ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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久しぶりにこんな長く書いた気がする。


対立

「うぃーッス。ミッテルトちゃんが夜食買ってきたッスよ~。……ってあれ? レイナーレ姉さま、皆揃って何処に行くんスか?」

 

「ミッテルト、ちょうど良かったわ。アーシアがどうやら攫われたみたいなの」

 

「うぇッ!? あの歩く天然娘がッスか? それって拙くないですか。あの子この前リアルで見知らぬオジサンに飴玉一つで連いて行こうとした超ド級天然っ子ッスよ。というかあの娘天然過ぎて最近ウチの心が浄化されそうなんですけど。無垢すぎて笑顔向けられると何か自分が汚れている気がするんスけど。まあ気のせいッスよね! ミッテルトちゃんは心も身体も綺麗ッスから! 生まれが違ったら天使だったと思うし! あ、でもあんな神様狂いの奴らと同じになるのは嫌ッスね。それにレイナーレ姉さまと離れなきゃいけなくなるし。やっぱ無しの方向で」

 

「ミッテルトはあまりに性根は曲がり過ぎて逆に真っ直ぐ伸びているように見えるからな」

 

「あれですね、樹に巻き付く蔦的な」

 

「そこの二人、五月蠅いッスよ。それで三人共、アーシアを探しに出掛けるんスか?」

 

「いいえ、アーシアの居場所なら先ほどフリードが行方不明になってるのに気づいて捜索に出掛けて、先ほど見つけたと連絡があったわ。私は何か嫌な予感がするから迎えに行こうと思って、そこの二人は……」

 

「私は護衛だな。レイナーレの嫌な予感は良く当たる。それに迷子になる恐れがあるしな」

 

「同じく。レイナーレが迷子となって泣き出したら困るので、付き添おうかと」

 

「ならないわよ! 貴方達私をどんな方向音痴だと思ってるのよ!? 貴方達は私の保護者か何かか!!」

 

「兄だ」

 

「姉です」

 

「歳弁えろッスジジイババア共腕の関節は360度回らないッス痛い!」

 

「フフフフ、余計なことを口にする口はこの口でしょうか?」

 

「それ普通口を押さえながら言う台詞ッスよね!? 関節極めながら言う台詞じゃねえッスって痛たたたたたたッ!!」

 

「それで、ミッテルトはどうする? 貴方は教会で待っててもいいわよ」

 

「痛たたたたた……え? 勿論連いて行くッスよ。その方が面白そうッスし、何より……」

 

「……? どうしたのミッテルト、そんな漁って。それは……パイ?」

 

「フフフフ……! 態々コンビニの店員に無理言ってかなーり温めたパイ。これを忌まわしきあの腐れ外道神父の顔面(ゴール)へシュゥゥゥーッ! 超! エキサイティン!! してやるッス……!」

 

「そして見事跳ね返されてミッテルトが白くて熱いドロドロした液体を浴びることになると」

 

薄い本(ソリッドブック)みたいに! 薄い本(ソリッドブック)みたいに! ですね」

 

「そこ、五月蠅いッスよ。今度こそ勝つのはウチッス。今度こそあのいつもニヤけた面を敗北の白に染め上げてやるッス……!」

 

「そういえば、フリードとミッテルトが約束した“負けた方は言うことを何でも聞く”というのはどうなったのですか? 件のことを考えるとミッテルトは既に三桁も負けているのでもはや身体で払うしかないほどの差が出来ていると思うのですが」

 

「それでもなお挑むとは……なるほど、これが噂に聞いたツンデレという奴だな。構ってほしいから態と反抗的な態度を取るというアレか」

 

「だ、誰がツンデレッスかこの変態ロリコンジジイ! セクハラで訴えるッスよ!! そ、そそそれと身体で払うって何の話ッスか!?」

 

「誰が変態ロリコンジジイだ! 冤罪だぞそれは!」

 

「この前フリードが言ってたッス」

 

「おのれフリード・セルゼェェェェン! 親睦を深めようとした猥談をバラす輩がいるか普通ぅ!? い、いやそれは冗談だからな? 本気にするなよおまえ達っ」

 

「うわぁ……」

 

「うわぁ……」

 

「うわぁ……」

 

「なぜそこだけハモるのだ貴様らああああああああッ! こ、このままではただでさえ男性陣が少なく権力が低い状況だというのに益々発言権が無くなってしまうではないか……!」

 

「元々ドーナシークは底辺ッスから心配ないッス。それよりもカラワーナ、さっきの発言はどういう意味ッスか!?」

 

「いえ、気にしないで下さい。よくよく考えてみたらもう払っている様なものなので問題ないでしょう?」

 

「問題大有りッスよ!? そ、それはどういう意味ッスか!? ハッ! ま、まさかウチの初めては既にフリードに奪われて――」

 

「だってこの前、私達の場合は何かを頼めば見返りを要求するはずのな貴女が、フリードの頼み事に関しては何も文句を言わず平然とやっていたので既にそういう仲なのだと……」

 

「あ、ああああれはつい普段の癖というか、偶々気分が良かっただけでいつもやってる訳じゃないッスよ! 普段ならもっとこうガツンを――」

 

「既に百回以上見てるのですが」

 

「ふむ、完全に調教されてるな」

 

「記憶失えええええええええええええええッッ!!」

 

「ゴパァッ!?」

 

「そういえば、前にフリードがこんな事を言っていたと思います。『真なる調教師は、相手が調教されていることに気づかせる事なく実行するものなのだと』とか」

 

「そ、そんなはずが……あれ? でも最近、なぜかフリードに命令されると鼓動が――」

 

「……貴方達、それ以上茶番を続けるなら置いて行くわよ」

 

「「「ハーイ!」」」

 

「返事だけは良いわね、まったく……」

 

「そういえばレイナーレ姉さま、信貴の野郎はどうしたんですか?」

 

「彼なら自宅に待機よ。こんなことで一々呼び出していたら彼の生活に支障が出るわ」

 

「アイツ肝心な時に使えねーな」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「これで良しっと……。しっかし、お嬢様も過保護だねえ。態々迎えに行くまで待ってろだなんて、ひょっとしてオレ信用されてないのかね? まあどっちでもいっか」

 

 連絡し終えた携帯をポケットに仕舞い、レイナーレの過保護っぷりに思わず苦笑交じりに呟く。するとフリードの真横、血だらけのカーペットの上で血反吐を吐きながら倒れていたエクソシストが彼を睨み付けた。

 

「な、何故、だ。なぜ邪魔をするフリード・セルゼン! これは神罰だ。神に逆らい悪魔と契約する異教徒を滅殺するのが我々エクソシストの役目だ! その役割を放棄する気か、フリードォッ!」

 

「…………」

 

 男の言葉を無視するようにフリードは深く溜息を吐いた。いや、正確にいうなら感情を吐き出すような感慨深い溜息。やるせない感情を無理矢理吐き出すように、喚き散らす男を見ないように極力努めていた。

 

 しかし、それでも男の騒音並みの耳障りな声は止まらない。

 

「答えろフリード! 貴様、神の命に逆らう気か! 我々がするのは正義だ、悪魔に心を囚われてしまった者の魂を救済する行為だ! それを邪魔すると言うのなら――」

 

「――ああ、もう黙れ。何一つ喋んじゃねえ」

 

 我慢できず、騒音を喚き散らす男の口に銃口をねじ込む。正直こんな輩にお気に入りの銃を汚されるのは嫌だが、これ以上聞いていると耳が腐ってしまいそうだった。

 

「――――、――――!?」

 

「じゃあな。狂信者(おまえら)が言いたい事なんて、何一つ理解できねえよ」

 

 トリガー。銃口から吐き出された弾丸は男の顎から上を綺麗に吹き飛ばし、脳を失った身体はようやく騒音を撒き散らすのを停止させた。

 

「レスト・イン・ピース」

 

 安らかに眠れ――全く思っていない感想を呟いてフリードは男の唾液によって汚れた銃を投げ捨てた。あんな輩に汚された物など、出来れば一秒たりとも触っていたくなどない。

 

 フリードにとって狂信者(エクソシスト)は理解できない存在だ。口を開けば神、神、神。神に仕える事こそが至高。神のために戦え。神こそが唯一無二の存在。口を開けばどいつもこいつもそれしか言わない。

 

 そんなに神の奴隷になるのが好きなのか。思考を止め、人形のように生きることが救いか。ならばそんな変態マゾヒスト共の心情などこれっぽっちも理解したいとは思わない。己は人間だ。自分で思考し、変わっていく生き物だ。神の奴隷などになるつもりなどさらさら無い。

 

「そういう事で。ま、お宅も運が悪かったな。来世があるなら、そこで幸せになるんだな」

 

 部屋の奥。そこで肉片となるまでバラバラに引き裂かれた死体に告げる。もはや彼なのか彼女なのかも解らないが、おそらく悪魔と契約していた人間だったのだろう。今どき悪魔がビジネスで人間と契約しているのは裏側(こちら)の住人なら誰もが知っていることだ。

 

 まあ、教会育ちの大半は間違った知識として悪魔と契約した者は命を取られるなどと時代錯誤なことを教えられたりもしているが、こうして悪魔と契約しただけで殺されるなどかなり低い確率での出来事だろう。ましてやそれがこの警察国家ならなおさら。おそらく明日のニュースでは殺人事件として報道されるだろう。悪魔側が揉み消すなら話は別だが。

 

「おーい、アーシア。……あちゃー、やっぱ気を失ってやがる。まあ純情属性のアーシアちゃんがこんなR-18G的な光景直視したらそりゃそうなるよな」

 

 ぺちぺちと床でうなされているアーシアの頬を叩くが反応が悪い。おそらく彼女はあの狂信者(エクソシスト)に『教育』などという理由でここまで連れられてきたのだろう。そしてそこで行われたのはグロテスクな解剖。純粋無垢な彼女からすれば刺激が強すぎて気絶するのは無理ではないだろう。

 

「よっと」

 

 しかし、気を失っているからといっていつまでもこの様な殺人現場に置いておく訳にもいかないだろう。どうせ彼女のことだから目が覚めてもう一度死体見て気絶の無限ループになるに違いない。それに死体の前で放置というのは衛生状問題だろう。

 

 まあ、迎えに来るとは言っていたが別に帰っても問題ないだろう。後で説明すればいいし。とフリードは自己完結し気絶して寝転がるアーシアを抱きかかえ――

 

 

 

「……離れろよ、テメェ」

 

 

 

「…………あ?」

 

 ふと、此処にいないはずの第三者の声が聞こえてきた。振り返ると、玄関の出入口。そこに一人の少年が立っていた。その人物をフリードは知っていた。前に渡された資料に書かれていた人物。そして、何より自分の宿敵(ライバル)が気に掛けている存在。

 

 悪魔である兵藤一誠が、そこにいた。

 

「今すぐ、アーシアから離れろ。聞こえねのか」

 

 放たれた声音には怒気が込められており、右手を強く握り締めながらフリードを睨み付けている。一瞬なぜ自分がそこまで睨まれているのか解らなかったが、周囲を見渡してふと気づく。

 

 おそらく、先ほどミンチにされていた人物が契約者だったのだろう。それでなぜ転移で現れないのかは解らないが、彼は此処に来た。そして着いてみれば依頼人は殺されており、男が気絶した少女を抱きかかえて何処かへ連れさろうとしている。成程、客観的に見れば明らかにこちらが不審者だ。しかも契約者を殺したエクソシストはフリードが殺したため更に話がややこしくなっている。

 

 とりあえず誤解を解こうと口を開いて――

 

「……待てよ?」

 

 これはある意味、チャンスなのではないだろうか? 奴の弟が、今代の赤龍帝がどれ程のものなのか。正直に言えば個人的にも興味がある。

 

 あいつの弟とやらが果たしてどれ程のものなのか――

 

「あいつには手出ししないって言ったが、悪いな。どうやら嘘になつちまった」

 

 そう思わず苦笑して、

 

 

 

「――――ぐちゃぐちゃ言ってねえで離れろっつってんだろがァッ!!」

 

 

 

 解き放たれた混じりけ無しの怒気。それを真正面から受け止めて、フリード・セルゼンは飄々と軽薄な笑みを浮かべる。

 

「……ああ、やっぱ面白えな、おまえ」

 

 ――兄弟揃って。

 

 誰にも聞こえない音量でそう呟いて、嘲笑した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 兵藤一誠にとって今日はいつもと変わらない一日になるはずだった。

 

 昼は学校で学生として生活し、夜は悪魔として人間と契約を執る。最近は契約を執るコツも大分掴んで来て割と充実した日々を送っていた。だから、今日もそんな一日になると思っていた。

 

 ――契約者の部屋に入るまでは。

 

 異世界に入ってしまったのかと錯覚するほど非日常系な光景。部屋全体に撒き散らすように血が溢れかえっている。悪魔となったせいか鋭くなった五感の内である嗅覚が濃厚な血の匂いに敏感に反応する。一瞬吐き気が喉元まで這い上がってきたが、意思を総動員して抑え込む。

 

 そこでふと、この部屋の異物に気が付いた。部屋の中央。そこに一人の少女が倒れている。金髪のシスターであった少女は何処か見覚えがあり、それが前に出逢ったアーシアという少女だったことを思い出したその時。

 

「な…………!」

 

 アーシアを抱きかかえた第三者を見ることで、ようやくこの部屋にもう一人いることに気が付いた。

 

 それほどまでにその人物は血だらけに染まった部屋と同化していた。アーシアが不純物だとすれば、この男は純物だろう。これほど血を纏った存在を一誠は見たことがない。もし死神というものがいるとすれば、この様な存在なのだろうと思った。

 

 そこでふと気づく。もしこのまま男を見逃せばどうなるのか。アーシアが優しい少女だということは知っている。誰かのために笑える少女なのだと知っている。それを、あんな残酷な殺害方法を執れる殺人狂の元にいていいのか? このまま放っておいていいのか?

 

 そもそも、見捨てるだなんてことを兵藤一誠は出来るのか――?

 

 そう思った時には、既に身体が動いてしまっていた。

 

「……離れろよ、テメェ」

 

 男が振り返り視線が交わる。それだけで全身が竦みそうになるが、それ以上に怒気が込み上げて来る。それが偽善なのは分かっている。それが傲慢なのも理解している。

 

「今すぐ、アーシアから離れろ。聞こえねのか」

 

 それでも、放っておくことなんて出来なかった。見なかったことになんて、出来るはずがなかった。

 

「――――ぐちゃぐちゃ言ってねえで離れろっつってんだろがァッ!!」

 

 己が放てる精一杯の怒号。それを真正面から受けて男は笑っていた。嗤っていた。ゆっくりとアーシアを部屋の隅に降ろし、飄々とした態度で嘲笑している。

 

「おーおー、悪魔が正義の味方(ヒーロー)気取りかよ、面白れえ。そうなるとオレが悪役ってか? 傑作だなこりゃ」

 

「……あの人達を殺したのは、お前か?」

 

「あ? まあな。確かに殺したのはオレだけど? それで?」

 

 一誠が指差した死体達を見て、あっさりと告白する。その何とも思っていない態度に怒りが更に高まり、握り締めた拳が痛い。

 

「……何で殺した? この人達が何かしたっていうのかよ!!」

 

「……おいおい」

 

 一誠の怒号に男はやれやれと嘆息して、

 

「オレ達は狂信者(エクソシスト)だぜ? ――理由を一々求めてんじゃねえよッ!」

 

「ガァッ!?」

 

 放たれたのは高速の回し蹴り。認識するよりも早く蹴り抜かれた一撃は防御する間もなく一誠の側頭部に直撃し、身体を右側の壁に吹き飛ばされた。激突した際に一瞬呼吸が出来なくなるほど衝撃に思わず咳き込む。

 

 そんな倒れる一誠にゆっくりと近づきながら、フリードは大袈裟に肩を竦めながら告げる。

 

「おいおい、正気かよおまえ。悪魔とエクソシストが出逢っちまったら、やることなんて一つしかねえだろうが。それを何呑気にぺちゃくちゃ喋ってんだ? 隙だらけ過ぎて思わず手が出ちまったじゃねえか。いや、この場合は足が出たって言うべきか? どっちにしろ、これ以上嘗めるっていうんなら――殺しちまうぞ?」

 

「――――!」

 

 そう告げて、フリードは一誠の頭部目掛けて足を問答無用に振り下ろした。その直前でそれに反応し、一誠は横に回避しながら立ち上がる。

 

 立ち上がりながら一誠は冷静に相手の強さを判断する。生き物は戦う時に相手の佇まいを見ることである程度どの程度か予測することが出来る。力技か小技か。どのようなスタイルなのか。

 

 しかし、この男は。目前の相手は兄である信貴と同じくらい底が知れない――

 

「上等……!」

 

 しかし、だからといってそれが諦める理由になるとは限らない。四の五の考えるのは後だ。まずはこの男を倒すのが先だ……!

 

 構えを取る一誠。それを見て、フリードはようやくかと笑みを浮かべ、

 

「神器は使わねえのかよ?」

 

「……お前相手には勿体無いから使わないでやるよ」

 

 一誠は笑みを浮かべながら言うが、勿論虚勢である。一誠はまだ神器を発動できていない。だがここで『相手が神器を使うかもしれない』という危機感を煽ることで僅かに隙が出来る。その隙を付けば勝率は上昇し、それに態々己の弱点を正直に話す必要もないだろう。

 

 実力差は歴然。ならば、実力を把握しきっていない且つ油断している今しか勝機はない。最初にして最大最速の一撃を叩き込む。余力など考えず、その一撃に全てを叩き込む。お互いの距離は七メートル程度。全力で踏み込めば二・三歩で詰められる距離だ。

 

 一誠は呼吸を止め、全身のバネを縮めるように僅かに腰の位置を下げ――

 

「お、――――ォおおッ!」

 

 爆発するように渾身の勢いで駆け出した。

 

「ハッ――――良いこと教えてやるよ、悪魔くん」

 

 だが。そんな一誠の覚悟を嘲笑うかのように、一誠が一歩踏み込んだ時に既に眼前まで踏み込んでいた(、、、、、、、、、、、、、)フリードが嘲笑する。握り締められていた拳は強く、全身の筋肉を使用して繰り出される一撃は計り知れない。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に腕を組んで防御の姿勢を取るがそんなものは紙装甲でしかない。

 

「余分な慢心や、下手なブラフは返って身を滅ぼすぜ?」

 

 繰り出されるのは強烈なボディーブロー。腕の装甲を突き破り、内臓を抉り込む的確な一撃が一誠の身体に突き刺さる。込められた威力を身体だけでは支えることが出来ず、反対側の食器棚まで吹き飛ばされた。

 

「……が、……アッ……ッ!」

 

 叩き付けられた衝撃に、突き刺さる食器の破片。しかし、それ以上に呼吸が出来ないことが辛い。気道が呼吸方法を忘れたように空気を肺に取り込まず、痺れるような鈍痛が腸を駆け巡る。

 

 空気を身体に送らなければ、動かすことが出来ない。指先にすら力を込められず、腹を押さえながら震えていることしか出来ない。そんな一誠の様子を見て、フリードは心底呆れたように頭を乱暴に掻き毟った。

 

「おいおい、一発ケーオーってそりゃねえだろ。あいつならこの程度食らってもピンピンしてるだろうし、何よりあんな甘い攻撃じゃ逆にオレの首を斬り落としているぜ? おまえ、本当にあいつの――かよ」

 

(……今、なんて言った……?)

 

 呼吸困難の所為か、聴覚が正常に働かない。今男がなんて言ったのか、一誠には聞き取ることが出来なかった。

 

「ったく、ちょっと追い詰めれば化けると思ったんだが、どうも期待外れみたいなようだなこりゃ。それじゃあ――――」

 

 と、その時。

 

 

 

「――――やめてくださいッ!!」

 

 

 

 ふと、声がした。一誠が曖昧な視界で見上げると、そこにはフリードから一誠を庇うように両手を広げて佇む、アーシアの姿が在った。

 

「……アー、シア……?」

 

 脳に空気が回らず、おぼろげな意識の仲で呟く。なぜ、彼女が自分を庇うように立っているのだろうか。俺は悪魔で、君はシスターなのに。

 

「……おいおい、アーシアちゃん。おまえさん、誰を庇ってるか理解してる? それ、悪魔だぜ? 主様の敵だぜ? それでもその悪魔ちゃんを庇うっていうのかよ」

 

「イッセーさんが、悪魔…ッ!?」

 

 アーシアの驚愕した声に、心が痛む。出来れば知られたくなかった。出来るなら、彼女にはただの親切な街の人と思われていれば良かった。悪魔だとは知られたくなかった。

 

 幻滅しただろう。シスターと悪魔は相容れない。それが必然なのだと、リアス・グレモリーも言っていた。だから、ここで悪魔と正体を言わなかった自分を見捨てても当然のことだ。

 

 だけど。

 

「……悪魔にだって、いい人はいます!」

 

 ――――それでも、彼女は引こうとはしなかった。

 

 怖かったはずだ。逃げ出したかったはずだ。後ろ姿から見える震えが何よりの証拠だ。それでも、彼女は引こうとはしなかった。

 

「―――――」

 

「イッセーさんは、困っている私を助けてくれました。シスターだと分かっていたのに、それでも困っている私に手を差し伸べてくれました! たとえイッセーさんが悪魔だったとしても……それでも、いい人だということは変わりません! それに、約束したんです。またいつか、出逢ったらお茶をしようって。だから、どうかフリード神父、お願いです! 私、何でもしますから! どうか、イッセーさんを助けて下さい! お願いしますッ!!」

 

 深々と頭を下げるアーシア。それを見て、フリードは戦意を解いて肩を竦めながら嘆息し、

 

「やれやれ……これじゃ完全にオレ様が悪役だな」

 

「……フリード神父?」

 

「別に、何でも。それよりも、そこの悪魔なら別に見逃してやってもいいぜ? ああ、でも女が軽々しく何でもするって言うのはどうかと思うぜ? それ、と」

 

 そう呟いて、アーシアを退かしフリードは一誠の元に近づいて行く。止めようとするアーシアに危害は加えねえよとジェスチャーして落ち着かせると、未だおぼろげな意識の一誠の耳元に口を寄せて、小さい音量で告げた。

 

「――良かったじゃねえか。か弱い女の子に身体張って守って貰えて。そういうの、男冥利に尽きんだろ?」

 

「――――」

 

 ドクンッ、と。鼓動が一際大きく高鳴った。

 

 おぼろげだった意識が僅かに鮮明になる。顔を上げれば、アーシアが微笑んでいる。……涙を浮かばせながら、それでも隠すために笑っている。

 

 誰が泣かした?

 

 ――――俺だ。

 

 どうして泣いている?

 

 ――――俺が弱いから。助けようとした人に助けられるほど、無様で弱いから。

 

 どうすればいい?

 

 ――――力が欲しい。大丈夫なのだと、守れるほどの圧倒的な力が。

 

 

 

『ならば早く“俺”を呼べ。そうすればお前に絶対的な力を与えてやる』

 

 

 

 カチリッ――と、何処かで鍵が開く音が聞こえた気がした。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォ――――ッ!!」

 

 咆哮。空気が体内に入らず限界な身体を酷使して立ち上がる。呼吸が出来ているのかすら分からず、視界がブラックアウト寸前にまで陥る。それでも、それでも立てた。立つことが出来た。ならばまだ戦える。まだ――助けられる。

 

 咆哮に驚いたのか、部屋を出ようとしていた二人が振り返る。一人は驚愕を、もう一人は笑みを浮かべて一誠を見ている。

 

「い、イッセーさん!?」

 

「へえ……? 確かに、十分程度動けなくなるくらいのが入ったと思ったんだが。痛くねえのかよ?」

 

「痛いに……決まってんだろ…ッ!」

 

 今だって、今すぐにでも倒れてしまいたい。痛くて痛くて、気絶してしまいそうなほど激痛が腸を駆け巡っている。肉体が休息を訴えているが、そんなものは意志で捻じ伏せる。ここが限界だと思った。しかし、限界などは己が定めるものではない。まだ意識がある。ならば、まだいける。

 

 それに、なにより――――

 

「女に守られているような男は、死んだ方がマシだろ…ッ!」

 

「……ハッ」

 

 その言葉にフリードは獰猛な笑みを浮かべ、

 

「悪いな、アーシア。さっきの言葉、前言撤回するわ」

 

「フリード神父ッ!? い、イッセーさんもやめてください! 死んじゃいますッ!!」

 

「………ッ!」

 

 フリードの手には先ほど握られていなかった光剣と光銃が握られており、爛々と殺意を漲らせている。先ほどまでとは違い、兵藤一誠はフリード・セルゼンにとって“敵”として認識された証拠だった。

 

「さっきの啖呵、ありゃ良かったぜ。おまえとは中々気が合いそうだ。そうだよな、女に守られてそれが当たり前だとか思ってる輩は死んだ方がマシだろ。そんな、男としてのプライドすら持てねえ奴なんか生きてる価値ねえだろ。おまえもそう思うよな?」

 

「……ごちゃごちゃ言ってないで掛かって来いよ」

 

「ハッ――――随分と吼えてんじゃねえか、雑魚が」

 

 フリードが笑みを浮かべるほど殺意が膨大に膨れ上がっていく。それを真正面から受け止めて、一誠は受けの構えを取る。

 

 一誠は自分の中で何かが目覚めかけているのを本能的に直感した。それが持ち主故なのかは定かでないが、漠然とした何かが膨れ上がってくる。一誠の強い覚悟と連動するかのように、その力は明確な形となっていく。

 

 兵藤一誠はそれが何なのかは理解していない。しかし、勝機があるとすればそれに掛けるしかないのだ。元々、兵藤一誠がフリード・セルゼンに勝てる確率など万に一つも存在しない。ならば、億に一つの可能性を取り出すしかない。

 

 フリードは飄々とした態度で笑みを浮かべ、一誠は右手の拳を強く握り締め、

 

「来いよ――主役を気取りたいんだろうが。だったらご都合主義の一つや二つ起こしてみろやッ!!」

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 フリードが特攻し、一誠が己の力を顕現させて激突する寸前――刹那、突如床に魔方陣が広がった。

 

「――――」

 

 瞬間、フリードの反応は素早かった。後一歩の所まで近づいたのにも関わらず、一瞬で判断して背後に跳び下がった。その突然の事態に一誠も困惑し、せっかく形作られていた神器が有耶無耶に消えていく。

 

 しかし、それよりもこの魔方陣には見覚えがあった。これは――

 

「――グレモリーの魔方陣か」

 

 小さく呟かれたフリードの言葉。それが何よりも真実を語っていた。魔方陣が光り、そこに転移して現れたのは、一誠の仲間である悪魔達だった。

 

「大丈夫、イッセー?」

 

「部長、それに、皆も……」

 

 魔方陣から現れたのはリアス・グレモリーが率いる眷属達だった。リアス部長、姫島先輩、木場に搭城といった仲間達の登場に思わず目元が熱くなる。そんな一誠をリアスは優しく抱きしめた。

 

「イッセー、ゴメンなさい。まさか依頼主の元にはぐれ悪魔祓いの者が訪れるだなんて計算外だったの。だからあなたを助けるのに遅れてしまった。本当にゴメンなさい」

 

「部長……」

 

 リアスはしばらく一誠を抱き締めると、ふと立ち上がった。そして次の瞬間――圧倒的魔力量がリアスの周囲から巻き起こり、破壊吹き飛ばしていった。

 

「……あなたね? 私の可愛い下僕を傷つけたのわ。自分のしたことを後悔しなさい」

 

「あらあら。も可愛い後輩を傷つけられて、少々怒っていますよ?」

 

「……神父」

 

「兵藤くん、君は休んでいて」

 

 リアスとその眷属がフリードを睨み付ける。一方、そのフリードはというと、

 

 

 

「……はあ。なんつーか、興醒めだわ」

 

 

 

 そう呟いて、目の前の殺気など感じていないように項垂れていた。先ほどの高いテンションが嘘のように消え、どうでもよさげにリアス達を眺めている。

 

「……どういうつもりかしら」

 

「はあ? 何が?」

 

「あなた、この状況が解らないの? 四対一であなたが圧倒的に不利なのにその態度はどういう事かしら? まさか降参するつもり?」

 

 リアスの疑問にフリードはやれやれと心底面倒臭そうに嘆息を吐いて。

 

「そりゃやる気も無くなるわ。ようやく盛り上がってきたと思ったら妨害されて、しかもそれが馬鹿な貴族悪魔と雑魚悪魔共と来たもんだ。そりゃ萎えるだろ」

 

「……なんですって?」

 

 轟! とリアスの周囲に魔力が吹き荒れる。彼女の怒りを表すように狂い乱れる魔力は普通ならば恐れるが、フリードは顔色一つ変えようとしない。寧ろ鼻で笑っていた。

 

「私の下僕達を愚弄するなら、容赦はしないわよ」

 

「ほら、そういうトコだよ。態々見せつけるように己の力見せ付けて何がしたいんだよおまえら。そんな暇があるなら――」

 

 と、突如フリードは床に散らばっていた椅子を上空に蹴り上げた。誰もがその奇行に一瞬眉を顰めたが、次の瞬間、フリードの顔面目前で滞空していた椅子が飛来してきた雷によって粉々に粉砕された。

 

「――こんな風にさっさと攻撃すればいいんだよ。まあ、殺気がただ洩れ過ぎて狙う場所教えてるようなもんだけどな。こんなんじゃ稚児でも分かるぜ」

 

 そう言って、雷を放った人物である姫島を嘲笑う。本人からすれば完璧に隙を付いたと思っていたのだがそれを見透かされていたため思わず歯切りする。

 

 と、その隙を付くように前衛である木場と搭城が剣と拳をフリードに叩き込んだ。完璧とも言えるタイミング。それを、

 

「遅い、軽い、単純。おまえら、本気でやる気あんのかよ」

 

「「――ッ!?」」

 

 手にしていた剣と銃で完全に防ぎ切っていた。否、正確にいうならば防ぐというよりも逸らしていた。木場の剣は剣で受け流し、搭城の拳は銃口を拳の側面に叩き込むことで防ぎ切っていた。

 

 驚愕して反応が僅かに遅れた彼らに瞬時にフリードは攻勢に回り、銃口を木場に向け、剣を搭城に振るう。その反撃にすぐさま反応しバックステップで距離を取りながら木場は弾丸を弾き、搭城は小柄な体格を活かし回避する。しかしそれでも紙一重だった。

 

「そして、後衛ポジションは範囲と威力が高すぎてこんな狭い部屋じゃ援護することも出来ない」

 

「「くぅ……ッ!?」」

 

 フリードの言葉に援護しようとしていたリアスと姫島が苦悶の表情を浮かべる。先ほどから援護しようとしていたのだが、この狭い空間では彼女達の魔力はあまりに強力すぎた。放てば必ず味方を巻き込むほどの。ゆえに、手出し出来なかった。

 

「逆に訊いてやるよ。――――おまえら、何しに来たんだ?」

 

 位置は最初と同じ場所に戻った。しかし、状況はリアス達がかなり不利な状況となっていた。これが野外だったなら話は別だったのだろう。しかし、ここは室内でしかも狭い空間であるため、人数差のメリットは逆にデメリットとなっている。しかも、相手はそれを瞬間的に把握できるほどの強者。明らかに不利なのは明確だった。

 

「まあ、オレからしたら殺すのが一だろうが四だろうが五だろうがどうでもいいけどよ」

 

「…………ッ!」

 

 苦しい戦いになる、そうリアス達が確信したその時――

 

「……ありゃ。どうやら時間切れみたいだな。お迎えさんのご到着だ」

 

 ふと、フリードの纏っていた気配が変貌する。先ほどまでとは違い、もはやリアス達の事を敵とすら認識していない。その様子に不思議に思うが、近づいて来る気配でそれが何なのか理解した。

 

「部長! この部屋に堕天使らしき者たちが複数近づいてきてます! このままではことらが圧倒的に不利です!」

 

「く……ッ!?」

 

 この状況で堕天使まで加わればもはや全滅は免れない状況だ。何としても一度体勢を整えたいが、目前の神父がそれを許してくれるとは思えない。しかし。

 

「あぁ? 逃げるなり好きにしろよ。別におまえらをどうこうしろっていう命令はねえから特別見逃してやるよ」

 

「……信じていいのね?」

 

「ハッ! 何に信じるんだよ。オレの良心か? んなもんが狂信者(エクソシスト)に在るわけねえだろうが」

 

 そう言ってひらひらと手を振るうフリードを睨み付けるが、疑ったところで時間がもう無い。姫島が呪文を唱えると同時に床に魔方陣が浮かびあがり始め転移の準備が進められていく。

 

 ふと、一誠はその時痛みに悶えながらもリアスに叫んでいた。

 

「部長! あのこも一緒に!」

 

 しかし――

 

「無理よ。魔方陣を移動できるのは悪魔だけ。しかもこの魔方陣は私の眷属しかジャンプできないわ。それに……あの男がそれを許すとは思えない」

 

「そ、そんな……」

 

 部長の絶望的な言葉に、思わずアーシアの方を見る。アーシアは先ほどのような泣き出しそうな笑顔を浮かべて、言った。

 

「イッセーさん。また、また会いましょう」

 

 そんな悲しい笑顔を見せられて……黙っていることなんて、出来るはずがなかった。

 

「アーシアァァああああああああああああああッッ!!」

 

「イッセーッ!?」

 

 考えるよりも先に身体が動いていた。静止させようとするリアスよりも早く一誠は彼女の名前を叫びながら魔方陣から飛び出そうとする。一誠とアーシアの間。その空間である魔方陣の外に一歩足を踏み込もうとした刹那――頭上から降って来た何かの衝撃で吹き飛ばされ、魔方陣の中央に倒れ込む。

 

「ガァッ!? ……な、何が……?」

 

 何が起きた? すぐさま起き上がり、振って来た物を確認する。天井を突き破って突撃してきたそれは、何処かで見たことがある光の槍だった。

 

 この槍を放てる者を知っている。なぜなら数日前にその持ち主に襲われ――また、別の持ち主に一度殺されたのだから。

 

 振って来た方向を見れば、夜空の中。月の光に照らされて、彼らは居た。

 

 

 

「……うっわ。来てみればなんかクライマックス寸前のタイミングなんスけど」

 

「貴様が寄り道するからだろう、この戯けめ」

 

「そう言いながらちゃっかり自分の買い物を済ませていた貴方が言えることではないと思いますが」

 

「…………」

 

 

 

 そこにいたのは四体の堕天使。その内の一人と無言のまま視線が重なり――視界が過去と現在を交差させる。

 

 あの夜。すべてが変わったあの日。自分が悪魔となったあの日に、泣いている少女がいた。その翼を生やした少女が、目前の堕天使の一人と一致する。

 

「……君、は――――」

 

 その時、自分はいったい何を言おうとしたのか。無意識の内に開かれた口は何かを言おうとして、魔方陣の光によって真っ白に染まっていく景色と共に消えていった。

 




一言言うとすれば、それは――

フリード強くし過ぎた!!

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