レイナーレの依頼を受けてから早くも数日が経過した。俺はというと教会に通う生活を送っている。俺としては別にどうでもいいのだが、レイナーレ曰く、こういった共同生活を送ることで信頼が深まるらしい。俺としてはオーフィスやイッセー達にばれないようにするのが大変なので勘弁願いたいのだが。
それはさておき。もはや教会の定位置と化している二階の窓際で外をぼんやりと眺めていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「信貴、差し入れッス」
「ん、サンキュー」
声を掛けてきたのはゴスロリ服が特徴な堕天使であるミッテルトだった。実は先ほど誰が差し入れを買いに行くかポーカーで勝負しており、イカサマが即発覚したミッテルトが不戦敗というわけで買い物に出掛けていたのだ。
ちなみにそのポーカー対決はフリードの圧勝だった。ロイヤルストレートフラッシュ五連打などどう見てもイカサマしているとしか思えないが、その証拠がないため不正を取り締まることが出来なかった。
フリード曰く、『ばれないイカサマはイカサマじゃねえ』そうだ。ちなみにミッテルトのイカサマを初見で見破ったのもフリードである。
ひょいっと投げられた物を受け取り、それが何なのかを確認する。さっき出掛ける時に何でもいいと言ったのでそれが何なのか少し期待し――
ペットボトル(水)
「…………」
「あ、ちなみにそれ水道水ッスから」
ペットボトル(水道水)
余計に価値が下がった。
「……おい」
「ん? なんスか? ウチは言われた通り何でもいい物を持ってきただけッスよ~。悪いのはちゃんとした物を言わなかったアンタッス。ププッ。精々貧乏人のように水道水でもチビチビ飲んでるのがお似合いッス! ザマァ!!」
ミッテルトはそう早口で告げると素早く一階へ降りていった。俺は嘆息し、仕方なく貰ったペットボトルのキャップを開けた。
「……まさか、腐った水とかじゃないだろうな?」
流石にそれはないだろう。いや、あいつのことだから有り得る。そういうどうでもいいことに全力出す奴だとこの数日過ごして理解したし。
『死ねええええええフリードぉぉおおおおおおお! 熱々の缶コーヒーを食らいやがれッスぅぅううううううううッッ!!』
『おっと危ね、いきなり顔面目掛けて本気で投げてくんなよ危ねえな。まあコーヒーは助かったわ。さっき冷蔵庫にあったケーキ食ったせいで口の中が甘ったるくてよー』
『それウチの買ってきたケーキッス!? なに勝手に食ってんスかッ!?』
『ああ、知ってて食った』
『死に晒せフリードぉぉおおおおおおおおおおおぎゃああああああああああああああ!!』
なんか下から悲鳴が聞こえてきたが気のせいだろう、うん。
ふと外を見ると、二人の男女がこの教会に近づいて来ているのが見えた。この周囲には人払いの結界が施されているため、明確な意思を持って来なければ近づけられないようにされてある。それでもここに来れるというのだから、この教会に目的がある者達なのだろう。
一人はシスター服を着た少女。おそらく彼女がこの教会に目的があるのだろう。そしてもう一人が――
「――――」
「へえー? あれが今代の赤龍帝? おまえさんの弟にしちゃ偉い優等生じゃねえか」
「な……!?」
背後から突如聞こえた声に咄嗟に振り返ると、フリードが缶コーヒーを片手にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「……いきなり背後に現れるな、気分が悪い」
「ハッ。気づけないおまえさんが悪い。つーか一誠くんだったっけ? おまえの弟、確か悪魔になったんだろ? それなのにシスターと仲良くするだなんて、頭大丈夫か? まあそれに気付かないシスターちゃんも将来が不安だけどねえ」
俺の背後から現れたフリードが平然と俺を退かし窓から二人の訪問者を見ている。こいつの言っている事に同意するのは腹が立つが、確かにその通りだろう。シスターが悪魔の天敵だということはガキでも知っていることだ。
もう一人の訪問者の正体、それは最近悪魔になった俺の弟――兵藤一誠だった。
「……つーか、あいつが優等生ってどういう意味だよ。イッセーは頭良くないぞ?」
言っちゃ悪いが、イッセーはそこまで頭がいい訳ではない。私立駒王学園を受験する時も死に物狂いだったし。もう少し下を狙えば楽できたものの、俺が近場がいいという事で駒王学園を選んだ時、イッセーもそこを受験すると言い出し、気絶と勉強を繰り返してギリギリ合格した。あの時のイッセーには執念すら感じた。
「バッカ、そういう意味じゃねえよ。あいつ、こちら側の匂いが全くしねえ。赤龍帝だっていうのに全然そういう気配がしねえんだよ。よっぽどぬるま湯な人生を送ってきたんだろうな。知ってたんだろ? あいつが赤龍帝だって。だと言うのにあの能天気振りから察するに、おまえさんも過保護だねえ」
「…………」
「なんなら、オレ様がこの世界についてレクチャーしてやってもいいぜ?」
フリードの言葉に、俺は――
「……ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ、塵野郎。戯言ほざいてんじゃねえぞ」
イッセーが赤龍帝だってことは知っていた。けど、それが何だ? だからあいつを
俺はもう、そこにはいられないから。
「あいつに手を出してみろ。その前におまえを八つ裂きにしてやるよ」
「ハッ――いいぜ、前回の続きだ。あの時の決着がまだだったからな。オレとしてもあれは不完全燃焼だったんだよ。ここでケリ付けるのも悪くねえ」
全霊の殺気を放っているというのに、フリードは不敵の笑みを浮かべていた。そして互いに得物へと手が伸びる。
俺はポケットのナイフに、フリードは懐の聖書に手を伸ばし――
「……なーんてな。冗談だ、本気にすんじゃねえよ。一誠くんには手を出さないから安心しな。それよりも、レイナーレ嬢が御呼びだぜ? それを伝えに来たんだよ」
そう言うと先ほどの殺気が嘘のように霧散し、フリードはいつものように不敵な笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振った。気が削がれてしまい、俺も嘆息しながら殺気を解いた。
「……おまえ、本当に何でこんなところにいるんだよ」
こいつは読めない。何を考えているのか検討が付かない。だからこそ、こいつが金目的だけでレイナーレに協力するとは思えない。
その問いかけにフリードは、
「ハッ――決まってる。オレはオレが面白いと思うことをしているだけだ」
そう告げて、大胆不敵な笑みを浮かべた。
「ああそうそう、一つ言い忘れてた」
立ち去ろうとしていたフリードが振り返り、俺に笑いながら言う。
「おまえとの決着を付けるのは冗談じゃないぜ? いずれケリを付ける。もちろん勝つのはオレだ」
フリードはそう言うと、一階に降りていった。誰もいなくなり静けさを取り戻した部屋で、俺は嘆息してふと窓の外を見た。
窓の外、そこに帰宅しようとしていたイッセーが振り返り視線が合う。しかし、向こうはこちらの姿を捉えていないだろう。この教会には強力な結界が施されているため、外から中を伺うことは出来ない。おそらく何となく振り返った時に視線が合っただけだろう。
案の定イッセーは何事も無かったように来た道を引き返していった。その後ろ姿を眺めながら、ぼんやりと思う。
「なあ、イッセー……」
俺が、おまえを巻き込まないようにしていたのは間違いだったのか? おまえが赤龍帝だと分かっていた俺は、おまえをこの
「くそ……!」
その問いに、応えてくれる者は誰もいない。
◇◇◇
『アーシア、私のことはレイナーレって呼び捨てで良いって前から言ってるでしょ?』
『いえそんな! レイナーレ様を呼び捨てにするだなんてそんなこと出来ません!』
『まったく……あなたって意外に頑固よね。まあいいわ、奥の部屋にミッテルトがいるから話してきなさい。あなた達仲良かったし、積もる話もあるでしょ?』
『ミッテルト様もここに居られるんですか!? はい、ありがとうございます! …………』
『ん? どうかした?』
『あ、あの……レイナーレ様。私、もう一度逢えて嬉しいです!』
『……ええ。私もあなたともう一度逢えて嬉しいわ、アーシア』
一階に降りると、そんな会話が聞こえてきた。そして奥の扉が開かれる音。一階に到着すると、レイナーレが複雑な表情を浮かべながら佇んでいた。
「……知り合いなのか?」
「ええ。彼女はアーシア・アルジェント。少し前に逢う機会が合って、そこで知り合ったのよ」
そう言うレイナーレは何処か苦しそうで、奥の部屋に向かったアーシアを悲しそうな瞳で見ている。
『ミッテルト様、お久しぶりで――きゃああああああああああ! だ、大丈夫ですかミッテルト様!?』
『……う、ウチが死んだとしても、第二第三のウチが必ずフリードに復讐を…………ガクッ』
『ミッテルト様ァァあああああああああああああああッッ!?』
奥の部屋から聞こえてくる騒音は、まるで別世界の出来事だ。レイナーレはそれをぼんやりと眺めてながら、ポツリと呟いた。
「……前に私が人間と堕天使のハーフって言ったこと、覚えてる?」
「ん? ああ」
最初に出逢った時にそんなことを言っていたのを思い出す。
「私は、人間でも天使でも堕天使でもない。何もかも中途半端な存在。本来なら忌み嫌われる存在なの。だけど、あの娘はそんな私でも『レイナーレ様』と呼んでくれる。こんな私を慕ってくれる。……神様に裏切られた、今でも」
「……優しい娘なんだな」
「……そうね。残酷過ぎるくらい、優しい娘。本当に……」
その呟きには、何処か怒りや悲しみが込められており、一言で顕すのは不可能だった。まるで、理不尽なこの世界を呪うような……
「……というか、何であの娘はここに来たんだ?」
話を変えるように、ふと思いついたことを口に出す。だが、それは確かに疑問に思ったことだ。この使われなくなった教会に新たなシスターが派遣されるなど有り得ないだろう。それに、増援というのならば俺を仲間に引き込んだりしないだろうし、彼女が戦力になるとは到底思えない。
「……解らないわ。今朝、急にあの娘が派遣されるという報告が来たの。理由は不明。むしろ私が訊きたいくらいよ」
レイナーレは僅かに顔を歪ませて、苛立ちを含んだ声で呟いた。
「いったい何を企んでいるの、コカビエル……」
◇◇◇
「そうか、赤龍帝と魔女が邂逅したか。報告ご苦労。引き続き監視を怠るな」
昏い漆黒の闇が空間を支配する部屋。その中で、闇よりも更に深い黒き翼を五対十翼広げる堕天使が、玉座に腰掛けていた。
「これで舞台は整ったか。筋書きは三流だが、まあ構うまい。所詮暇つぶしの娯楽だ。目的さえ果たせれば問題ない」
その貌に浮かぶのは、嘲笑の笑み。これから起こる出来事が滑稽だというように、堕天使は嘲笑を浮かべていた。
「楽しませてくれよ、この俺を」
そのために赤龍帝を一度殺し、態々悪魔にさせたのだから。
そのためにあの使えない堕天使の末端を、態々この俺の配下にしてやったのだから。
そのために態々赤龍帝が魔女と出逢うように時間を調節したのだから。
「さあ、早く目を覚ませ、赤龍帝。哀れな魔女を殺した堕天使を憎悪し、その力を覚醒させろ。その神殺しの力を――この俺が使ってやる」
覚醒した神滅具を奪い取り、再び戦争を始めよう。天使と悪魔、そして堕天使の三つ巴。神はもういない、ならば残るは魔王さえ滅ぼせば堕天使が三大勢力の頂点に君臨する。神がいない天使勢力など何ら恐るるに足らん。神滅具をこの俺が使えば、魔王など一瞬で蹴散らしてくれる。
あの悪魔となった赤龍帝も、使えない下級堕天使共も、この俺のために死ねるならよほど有意義な生命だったと言えるだろう。むしろ価値を与えてやったのだから感謝して欲しいものだ。
「フフ、フフフフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
堕天使は哄笑する。その笑い声は、何処までも闇の中に溶けていった。
やべえ、書いててコカビエルの小物っぷりがパネェ……!
そして最近読み返して、キャラ改変する必要があったのか悩むこの頃。でも今更書き直すのもあれなんでこのまま突き抜けようと思う所存であります。
あと番外編ってここじゃなくて別に作った方がいいのだろうか? というか番外編の存在に皆気づけてる? まあ気が向いたら変えよう。
それでは、また次回。