ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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とりあえず現状目指すフリード・セルゼンの魔改造。
遊佐司狼+言峰綺礼+アンデルセン。
うわ――――なんだろう、この人間なのに物凄く死ななそう。


奥の手

 ――――迫る数多の爪牙。視界総てを覆い尽くす獣の猛攻を、斬り裂き、蹴り砕き、撃ち抜いて殺し尽くす。一秒で五体は殺すペース。それだというのにキリがない。

 

 否、終わりがないのは当然か。なぜならこの獣等は死しても現世に蘇る混沌。幾ら世界の一部を滅ぼしたところで、混沌(せかい)が存在する限り無限に再生する。

 

「チ――――」

 

 噛み付こうとしてきた虎の頭部を顎から蹴り上げ、脊髄を粉砕しながら吹き飛ばす。しかし、何度も見慣れた、死体が泥となり再び蘇生する様子を見せられ、思わず舌打ちが零れた。

 

「ったく、面倒くせぇことになってきやがったな」

 

 背中越しからフリードの声が聞こえるが、今回は激しく同意だった。幾ら殺しても無限に再生する。こちらは残機一ずつに対して向こうは残機無限。出鱈目もほどほどにしろ。

 

 数百のキメラの大群に囲まれてから、果たしてどれほどの時間が経過しただろう。体力の疲労から考えても、一時間近く戦っているような錯覚に襲われる。呼吸する音が五月蠅いし、心臓の鼓動がいつにもまして激しく大きく感じる。かなり限界に近づいているだろう。

 

 先ほどフリードの様子を確認したが、フリードも限界に近そうだ。貌は先ほどと比べて不敵な笑みが消え、隠そうとしているが苦しそうに見える。銃の連射する速度が最初に比べだいぶ遅れてきている。

 

 この戦いは肉体よりも精神の方が消耗が激しい。戦っても戦っても無限に増殖してくる敵。これで敵の数が減っていけばまだ精神面で余裕が持てるが、いつまでも数が減少しなければ“終わらないのでは?”という不安が徐々に精神を蝕んでいく。

 

 このままではジリ貧だ。どうする……!

 

「おい、信貴。なんかおまえ良い策ねえ? このままじゃちっとばっかヤベえぞ」

 

「そっちこそ、良い案はないのかよ。それに、あったらさっさと使ってるっての……!」

 

「ハッ。そいつはそうだな」

 

 一応“奥の手”はあるが、今は使えない。あれを使うとするならば、少々時間が必要だ。この状況であれを使おうとすれば、一気に袋叩きにされてしまうだろう。

 

 だから、今は耐え忍ぶしか手段がない。それが破滅への階段だと分かっていても、それ以外に成す術がないのだから。

 

 そして、変化が訪れる。

 

「――――ふむ。検証はこの程度でよかろう。中々有意義なデータを取ることが出来た」

 

 ふと、今の今まで不気味なほど無言だったはぐれ悪魔であるシヌイが、唐突に声をあげた。その声に反応するかのように、次々にキメラ達が黒い泥へと変貌し、シヌイの影へと一点に集束していく。

 

 影が質量を持ったように蠢く。混ざり合う影は恐ろしいほど急速に密度を高めていき、

 

「貴様等は用済みだ。疾く逝くといい」

 

 刹那――――膨れ上がった影が、天井を破壊した。

 

「なぁ――――」

 

 今まで集束していたキメラの泥が総て融合したように、影から現れた巨体が天井を突き破った。天井の瓦礫は幸いなことに俺達の元には振り注がなかったが、烈風が襲い掛かり腕を交差させて顔を庇う。

 

 いったい、何が起きた? 理解の範疇を超えた現象に戸惑いを隠せないが何とかそれを押し殺し、烈風が収まったのを感じて盾にしていた腕を降ろして――――絶句した。

 

 頭上。天井は跡形もなく砕け散り、最上階だったのか夜空を月が照らしている。その光景も十分異常だが、それを遥かに凌駕する異常がすぐ目前で顕現していた。

 

 シヌイの頭上。夜空の月に照らされて、それはそこに存在していた。

 

 鋼を弾く鱗。鋭く鋭利な牙。翼を広げられたその巨体は先ほどの数百人は入る大ホールほど。その姿はまさに生物上最強と謳われ畏れられてきた幻想種。

 

 ドラゴン――――伝説の生物が、君臨していた。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 流石のフリードも、この光景には乾いた笑みしか浮かべられなかった。無理もないだろう。俺もおそらく同じような表情を浮かべているに違いない。

 

「何をそこまで驚く? そもそもキメラとは様々な生物の細胞を合成して作り出している合成獣だ。ならば、それらの因子を組み合わせることで私が思い描く生物を作り出すことなど造作もないことだ。まして、今やこれは私の一部でもあるのだぞ? 不可能など存在しない」

 

 ふと、ドラゴンの尾が振り上げられる。その巨体から振り下ろされるエネルギーなど計り知れない。咄嗟に回避しようと脚に力を込めるが、

 

「なぁ……!」

 

「くそっ、脚にへばりついてやがる!」

 

 黒い泥。キメラがシヌイの影に戻るときになる黒い泥が、脚に纏わりついて動けない。ゆえに、ドラゴンの尾を回避する術はなく。

 

 

 

中身(たましい)に用はない。肉体(うつわ)の一部さえあれば因子を捕食できる。ゆえに、潔く死ね」

 

 

 

 激突する龍の尾。防御するが、そんなもの紙一重でしかない。衝撃を殺すことは出来ず、崩れていく地面の瓦礫と共に俺達は下層へと落下していった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「……おーい。生きてるか、信貴」

 

「……そっちこそ。実は脚がないとか言うんじゃないだろうな」

 

「死んで幽霊になってるんじゃないかって? 心配すんな、ちゃんとくっついてるよ」

 

 城の下層。最上階から叩き落とされたせいで瓦礫の山に埋もれながら、信貴とフリードはフラフラと起き上がった。そして自分の身体を確認する。

 

「今回ばかりはあいつが戦闘に関してど素人だったのが幸運だったな。流石にオレ様でもあの一撃食らってたらお陀仏だったわ。つっても? あの状態で外す方がミラクルだと思うけどね、オレ。それで、そっちはどう?」

 

「……左腕が完全にイかれてる。脚もさっき落ちた時に鉄筋が刺さって動かし難い。脇腹も少々やっちまった。後は別に問題ない。そっちは?」

 

「あー。右脚に罅が入って右腕の骨が突き出て左手首は折れて右肩外れて肋骨が数本複雑骨折している気がするが、何の問題もねえよ」

 

「……それ、重傷だろう」

 

「それはお互い様だろうが」

 

「違いない」

 

 互いに苦笑して、上空を見上げる。唯一見える光は蒼い月の光のみ。雲の隙間から覗く月の光に照らされて、信貴は問う。

 

「フリード。おまえ、あと全力で何分動ける?」

 

「五分だな」

 

 迷いなく即答で答える。彼等は多くの戦闘を経験してきた。ゆえに、自身の性能を把握するなど容易いことだ。それに、彼等は戦闘に関しては非常にシビアだ。何故なら、戦いとは常に己の性能を把握していなければ生き残れない。慢心、油断、そういった余分なものを抱え込めばすぐ死ぬ。だからこそ、彼等は冷静に現状を把握する。

 

「俺もおそらくその程度だな。この脚でそれ以上動くのは難しいだろうな」

 

「おおっ、まさに絶体絶命ってヤツだな。それで? どうする。このままリタイアするか?」

 

「思ってもないこと言ってんじゃねえよ。決まってる――――」

 

 この身が五分しか持たないというのならば。

 

 

 

「「――――五分でケリをつけてやる」」

 

 

 

 平然と、当然にように、信貴とフリードは断言した。

 

「へーっ、出来んの? さっきあれほど苦戦してたってのに。何ならオレ一人で相手してやってもいいんだぜ?」

 

「おまえにあの無限に再生するキメラもどきが倒せんのかよ」

 

「その口ぶりだと、おまえは倒せるのか?」

 

「ああ。俺なら殺せる(、、、)

 

 力強く断言する。それを聞いて、知らずフリードの口許が吊り上がっていた。

 

「オーケー。ならあのドラゴンキメラはおまえに任せるぜ。代わりに、本体はオレがやらせて貰う。あの時検証してたのはあいつだけじゃねえ。今のあいつなら、オレでも滅ぼせる(、、、、)

 

「……本気だしてなかったのかよ、おまえ」

 

「それはおまえさんもだろ?」

 

 そう言って、お互い思わず笑ってしまう。どうやらお互い共、先の戦闘で全力を出していないことを気づいていたらしい。ゆえに、二人は“奥の手”を解放する。

 

「――――」

 

 信貴の瞳がゆっくりと閉じられる。意識を集中し、回線を切り替えていく。反転する視界。反転する世界。生は死へと変貌し、死がセカイに満ちていく。信貴の瞳は真の姿を取り戻すように、黒から蒼へ変貌する。

 

 その眼は魔眼――――死を射抜く直死の魔眼――――

 

 再び開かれた視界。世界には死が満ちており、黒い線と点が存在していた。普段は視界のチャンネルをズラすことで見ないようにしているが、意識を集中させれば見ることが出来る。先ほどまで使わなかったのはこの集中する時間が必要だったからだ。

 

 しかし、幾らチャンネルをズラしているとは言え、それは単に見ないようにしているだけで、脳は死をずっと認識しているのだ。ならば、普通は壊れてしまう。幾ら脳が耐えようとしても、死を見続ければ精神が崩壊してしまうはずだ。それでも信貴が理性を保っているよいうことは、

 

「俺は、もうすでに壊れてるのかもな」

 

 そう呟いて、自嘲する。今すべきことは奴を殺すことだけ。例え奴が死体から再構成できるとしても、死体そのものの存在を殺せば再構成することは不可能だろう。

 

 故に、殺す。『死』を貫く――――

 

 そして一方、フリード・セルゼンは。

 

告げる(セット)――――」

 

 そう告げて、懐から一冊の書物を取り出した。厳重に封印されていたそれは、彼の言葉に反応するように封印が解かれていく。現れたのは、聖書だった。それを掴み、フリードは思わず笑みを浮かべる。

 

「さて、と。こいつを使うのは久しぶりだな。骨が突き出てて滅茶苦茶痛えが、まあ問題ねえな」

 

 共に準備は終えた。さあ、後は――――

 

「一丁派手に、第二ラウンドとしゃれこもうじゃねえかァッ!」

 

 共に地面を強く蹴り出し、最速で最上階まで駆け上がっていった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 最上階。天井が無くなってしまった大ホールで、はぐれ悪魔であるシヌイ――――否、混沌(カオス)は、ドラゴンの尾で崩れた地面の穴を感慨深く見つめていた。周囲には彼の一部とも言えるキメラ達と、巨体なドラゴンが佇んでいる。

 

「……ふむ、死んだか。流石にドラゴンの一撃を食らって、人間が生きているはずがない。何ともあっけない幕切れであった。まあ、人間風情ではそれが限界か」

 

 そう言って、彼は己の影から鳥のフォルムをしたキメラを創造した。

 

「さて、死んだとしても肉片ぐらいは残っているだろう。それを回収できれば十分だ。光栄に思うがいい、貴様等が私の研究のための礎になれることを」

 

 主の命により、鳥は穴の下へ降りようとして、

 

 刹那――――地面の穴より飛んできた刃が、その身体をズタズタに引き裂いた。

 

「な……に?」

 

 目前の光景に茫然と吐息が零れる。しかし、変化はそれだけでは収まらない。穴から湧き上がる無数の紙。それらは突如刃へと変貌し、周囲に散らばっていたキメラを串刺しにしていく。

 

 自身にも降り注ぐ刃を、影から創造したキメラを盾にして防ぐ。貫かれていくキメラ達。その姿を間近で見て、貫く刃がなんであるのかを理解して驚愕する。

 

「これは……!?」

 

 

 

「――――どうよ。聖書のページで精製された黒鍵のお味は。おまえら悪魔にとって抜群の相性だろ?」

 

 

 

 声がした。あの、死んだはずの人間の声。それに驚愕しながら、消滅していくキメラ達に更に驚愕する。視界が開けた大ホール。そこに、あたかも最初からいたように、フリード・セルゼンは不敵な笑みを浮かべながらそこにいた。

 

「おっと。死んだはずだ、みたいな馬鹿な台詞は吐くなよ? ここにいる時点で生きてんのは確定してんだし。まあこの神父服の術式防護処理(エンチャント)のおかげでもあるんだけどな」

 

 その飄々とした態度に沸点が超えそうになるが、研究者としての冷静な判断が先に疑問を沸かせる。

 

「……黒鍵。刃渡り八十から九十センチの投擲剣。刀身は聖書の紙で精製されている。しかし、投擲に特化した形状であるがゆえに剣戟には向かず、扱いには熟練を要することから現在では敬遠され使い手がほとんどいないとされている教会武装」

 

「へえ。よく知ってんじゃねえか」

 

「だが! それは即ち神の敵だからこそ絶対的な威力を誇るはずだ! 私の作り上げたキメラは悪魔とは違う、聖書の紙で精製された黒鍵を受けても剣が刺さっただけのはずだ! なのに、なぜ『浄化』されている!?」

 

 そう。キメラ達は本来、神の恩恵を受けても何の外傷もない、ただの創造物であったはずだ。だからこそフリードも最初は聖なる光を宿した弾丸ではなく対怪物用戦闘弾丸を使用していたのだ。しかし、それが今ではキメラ達は神の恩恵を受ければ『浄化』され消滅していく。まるで、悪魔と同じように。

 

 だからこそ、それが何故なのか理解できない。そんな様子のはぐれ悪魔を見て、フリードは笑いながら残酷な真実を告げる。

 

「そんなの決まってんだろ? ――――おまえの研究が失敗してたからだよ」

 

「――――」

 

 フリードの言った言葉を、はぐれ悪魔は理解できない。失敗? 私が? いったい何を?

 

「おそらくだけどよ、おまえの予定ではその混沌化ってのはまだ先の予定だったんじゃねえの? けれどオレ等がここに来て、追い詰められたせいで急遽予定を変更してそれを行うことにした。まあ多分だいたいは完成してたんだろうが、検証が未完成だったせいでそれを行った場合、おまえがキメラと同化するんじゃなくて、キメラがおまえに同化しちまったんだろうな。だから、悪魔であるおまえの弱点である聖なる光がキメラの弱点にもなっちまった」

 

「――――黙れ」

 

 フリードの容赦ない言葉がはぐれ悪魔の憤怒を燃やしていく。それはあまりに的確で、だからこそそんな過ちを人間如きに言われるのが耐えられない。

 

「つーか、普通それが一番重要なんだから最初に検証するだろ? まあ、追い詰められたら使うなんて負け犬根性丸出しの奴なら仕方ないかね」

 

「――――黙れええええええええええええええええええええええええええええェェッ!!」

 

 爆発。元々悪魔とはプライドが高い種族だ。それが明らかに格下な人間にここまで舐められれば、怒り狂うのは当然の摂理だろう。はぐれ悪魔は己の背後に控えていたドラゴンにすぐさま目前の人間を消し去ろうと命じようとする。

 

 しかし。

 

「――――遅い」

 

 それよりも疾く、いつの間に現れたのか、信貴がドラゴンの身体にナイフを突き立てていた。

 

 いつの間にそこにいたのか。驚くはぐれ悪魔だったが、むしろ都合がいいと微笑んだ。幾ら素早く攻撃できたとしても、所詮ナイフの一突き。そのような脆弱な一撃でドラゴンを倒せるはずがない。黒鍵とて同じ。幾ら刺そうが、滅ぼせる前に奴等を殺すことなど容易い。

 

()れ! そいつらを、ころ――――」

 

 歓喜に満ちた表情で、傍の人間ごと殺せと命じようとするが、その表情は次の瞬間、驚愕に染まった。

 

 ナイフを突き立てられたドラゴン。それはまるで夢だったかのように、跡形もなく塵となって消え失せた。

 

「ば、馬鹿、な……!」

 

 目の前で起きた事が信じられない。大量の因子を使用して創造したドラゴン。それが、聖なる光で攻撃されたわけでもなく、何故ただのナイフで貫かれただけで消滅した? 理解不能、理解不能。理解不能――――!

 

「なにを、した、人間……!」

 

「……殺した」

 

 ポツリ、と。平然と地面に着地し、恐ろしくなる青い眼ではぐれ悪魔を見つめながら、告げる。

 

「死は万物の結果。あらゆる存在は発現したと同時に死を潜在する。そこに、ナイフを通しただけだ」

 

「なにを、言って……!」

 

 理解できない。この男が何を言っているのか、彼の知識を持ってしても皆目見当が付かなかった。だからだろうか。ドラゴンを一撃で葬った男。その人物が、死神にみえたのは。

 

「く――――」

 

 未知の存在に恐怖する。それに、現状では圧倒的にはぐれ悪魔が不利だ。だからこそ、はぐれ悪魔に残された道は逃走しかなかった。

 

 人間風情から逃げなければならない。その真実が彼の憎悪を焦がすほど燃え上がる。屈辱に身を侵され、彼は嘗てないほど憎悪しながらその身体能力を駆使して逃走しようと計る。

 

「貴様等の顔は覚えたぞ……! この屈辱は千倍にして返してやる! 精々再び見えることを恐れながら、死ぬ運命に怯えるがいい……!」

 

 だが。

 

 

 

「――――おいおい。オレが逃がすと思ってんのか?」

 

 

 

 その試みは、一瞬で無駄となった。

 

「な――――にィィィッ!?」

 

 後方へ飛ぼうとしていた脚が動かない。否、それだけではなく身体の自由が指先すら効かない。どういうことだ。戸惑いながら、ふと脚元を見つめて――驚愕する。

 

「これは……複合束縛方陣ッ!?」

 

「おーおー。流石は研究者。一発で見破るとは大したもんだ」

 

 地面に浮かぶ方陣。対象の動きを封じ、さらにその効果を増幅させる方陣が地面に浮かんでいた。だが、理解できない。いつの間にこのような複雑な方陣を作り上げた。そんな様子は見えなかったが――

 

「まさかだと思うがよ。このオレが、わざわざ雑魚共倒すためだけにあんな大量の黒鍵ばら撒いたと思ってんのか?」

 

「な――――」

 

 その言葉に反応して、周囲を見渡す。フリードの言葉通り、先ほど周囲のキメラを滅ぼすために無造作に投げられていたと思われていた黒鍵が、方陣の触媒代わりとして機能していた。

 

「く……! だが、この程度三十秒あれば……!」

 

「だろうな。だから――――これで終焉(フィナーレ)だ」

 

 身動きの取れないはぐれ悪魔。それに対しフリードは、彼が行使できる最大の術式を発動する。

 

 

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。私が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

 

 

「そ、それは――――!」

 

 

 

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

 

 

 それは主の教えにより迷える魂を昇華し、還るべき「座」に送る簡易儀式。

 

 

 

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

 

 

 それは神の教え。神の敵に対し絶対的な効果を発揮する聖言。

 

 

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる。――――許しはここに。受肉した私が誓う」

 

 

 

 それは奇跡の顕現。

 

 

 

「――――“この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)”」

 

 

 

 洗礼詠唱。彼等の聖典、“神の教え”を肉体ではなく魂に与える教会の秘術。悪魔にとって神の猛毒とも呼べる禁忌。“無に帰す”という摂理の鍵。

 

 それは大いなる慈悲を以って、はぐれ悪魔の存在を消滅させた。

 

 ――――はずだった。

 

「マダダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」

 

 消滅する寸前。凄まじい執念を以ってはぐれ悪魔はフリードに襲い掛かった。身体に存在する残り総ての因子で身体を混沌で覆い肉体を強化し、目前の人間を道ずれにしようとする。

 

 ここに、一つの驚愕が起こる。

 

 フリードは動かなかった。先ほどの洗礼詠唱の姿勢のまま、全く反応していなかった。そしてその顔は――――不敵な笑みが浮かんでいた(、、、、、、、、、、、、)

 

 

 

「――――詰めが甘いぞ、フリード」

 

「――――ハッ。出番のないおまえに譲ってやったんだよ。むしろオレ様に感謝しな、信貴」

 

 

 

 ゆえに、驚愕したのははぐれ悪魔の方。

 

 最後の一撃を放つ前に、信貴のナイフがその背中に突き刺さっていた。そして、最後まで驚愕の表情を浮かべてながら、AA級はぐれ悪魔“合成獣創造(キメラ・バース)”シヌイは、存在ごと消滅した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「AA級はぐれ悪魔“合成獣創造(キメラ・バース)”シヌイ――――討伐完了っと。いやー、あいつの研究が完成してたら流石にほんのちょっとばっかしヤバかったかもな。確実にSS級は至ってたぜ」

 

「……おまえ、よくそんな喋れるな」

 

 はぐれ悪魔の討伐を終えた俺とフリードは、そのまま地面に倒れこんで休んでいた。流石に今回は連戦ばかりで非常に辛かった。最後の死闘なんかあと少しでも時間が掛かっていればこちらの限界が迎えてやられていただろう。それほどの激戦だった。

 

 だというのに、こいつはどうしてこんなにも口が利けるのだろうか。あれか? あまりに疲労して逆にハイになってるからか?

 

「一応礼は言っとくぜ。まあ、オレ一人でも何とかなったと思うけどな」

 

「……言ってろ」

 

 こいつの戯言に反論するのも億劫だ。言いたいなら好きに言わせておけばいい。

 

 そして、それから数十分経過しただろうか。くだらない会話をしていると、ある程度回復したのかフリードが立ち上がった。

 

「さて、と。オレもそろそろ帰るとしますかね。この事について教会の爺婆共に伝えねえとならねえし。ああ、そうだ。ついでに送っていってやろうか?」

 

「いや、別にいい。俺も脚があるから大丈夫だ」

 

「ハッ。そうかい」

 

 そう言って、フリードが俺をしばらく見つめてきた。無言となる空気。その奇妙な雰囲気に耐えきれず、思わず睨んだ。

 

「……なんだよ」

 

「いいや、別に。何だかおまえとは奇妙な縁がありそうだなって思っただけだ」

 

 そして、穴のトコへ向かうフリード。降りる寸前、彼は振り返り、

 

「――――またな。次逢うときは、どちらが上か決着つけようぜ」

 

 そう告げて、姿を消した。それに対するコメントはただ一つ。

 

「……出来れば、俺はもう関わりたくないな」

 

 やれやれと、俺は深く嘆息した。

 

 そして。それから数分後。俺もようやく動けるようになり、帰る合図をするために脚であるオーフィスに形態で電話を掛ける。

 

『……もしもし?』

 

「あ、オーフィスか。悪い、遅くなった。終わったから次元の狭間を開いてくれ」

 

『分かった。……それよりシキ、怪我しなかった?』

 

「ぐぅ……!」

 

『……シキ?』

 

「あ、いや、その、別に、うん、問題ないぞ?」

 

『……シキ、正直に答える』

 

「…………怪我しました、はい」

 

『……無茶しないって、約束した』

 

「あ、いや。これはしかたなかったと言いますか――」

 

『約束した』

 

「ぐふぅ……! いや、確かにはぐれ悪魔討伐を受ける条件が怪我しないことだったけど、これはしょうがいというか――」

 

『……シキ、反省してない』

 

「へ? いや、反省はしてるよ? だから――」

 

『……シキ、帰ったら説教。覚悟する』

 

「え、あ、ちょ待――」

 

 ――――ブツン、と容赦なく電話が切れた。仕方ないので形態をポケットにしまい、溜息一つ。

 

「……ああ。今夜は眠れないかもな……」

 

 とりあえずどうにかしてオーフィスの機嫌を取る方法を考えないと。そう悩みながらオーフィスが来るのを待っていると、

 

「……うん?」

 

 ふと感じた、自分以外の別の生き物の鼓動。この城にいるキメラは先ほど総て滅ぼしたし、フリードとは別の気配がした。それが気になり、周囲を見渡して――――それを見つけた。

 

 

 

 天井が崩れた瓦礫の隙間。そこに、弱り切った一匹の黒猫がいた。

 




フリード・セルゼン編終ー了ッ!!
今回は妄想全開のシーンでした。初めからフリードには黒鍵と洗礼詠唱使わせてみたかったんですよね! というかもう途中から主人公食ってねこいつ? まあ今回のメインはこいつだから仕方ないのだけど……。
さて、次回は明かされる黒猫の正体! いったい何者なんだー(棒読み)
まて次回!

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