ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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直死

 ある時、ふと気がつけばそこにいた。

 

 記憶はない。己が直前まで何をしていたかなど全く思い出せず、いやそもそもそんな考え自体思わず、ただ漫然と俺はそこに存在していた。

 

 其処は暗く、底は昏かった。

 

 自分の周りにあるのは闇だけで、他には何も無かった。光も音も、生命の鼓動すら感じない海の中。果てのないそこで、俺は沈んでいく。

 

 いや、違った。ここには闇すらなく、初めから墜ちてなどいなかった。

 

 ここには何も存在しない。闇と表したのは何も見えなかったから。だがここでは何も在れない。闇も、無さえも、『墜ちる』という意味すらここでは無い。

 

 なぜならここはそういう場所なのだから。無いからこそ在り、在るからこそ無い。とても穏やかで満ち足りた不変。永劫変わることのない終焉。万物の理が辿り着く結末。

 

「――――これが、死」

 

 呟く声は、意味なく消える。

 

 在るものが到達する世界。無きものしか観測できない世界。

 

 それを理解して――――そこに在り続けている(、、、、、、、)自分に怖気が奔る。

 

 視れば(せかい)が壊れていく。世界に死が満ちているという事実に、気が狂いそうになる。

 

 目を背けたかった。一秒でも早く終わってほしかった。

 

 だが。何もないのだがら視線を逸らしても意味はなく、時間も存在しないのだからそれが無限なのか刹那だったのか分からなかった。

 

 分かるのは一つだけ。

 

 ――――ここが俺の起源であり、根源だということ。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 響き渡る剣戟。交差する刃と刃。その激突は既に百を超えており、互いに一刻の間も与えず絶え間なく接触する。

 

 人間離れした速度で刃を交えるのは二人の男。互いの手には敵を殺す獲物が握られており、両者容赦なく互いの生命の奪わんと死の刃を振るう。

 

 手加減など皆無。決まれば確実に生命を奪う一撃を互いに放ちながら、彼等は笑っていた。

 

 一人は嘲笑を、もう一人は微笑を。

 

 生命のやり取りをしているというのに、彼等は終始笑っていた。愉しそうに、まるで友と会話するように、二人は殺し合いをしながら平然と会話していた。

 

「ふむ……つまり貴方は彼の力の源というわけでいいのか?」

 

「ああ。この身は現象に過ぎない。ゆえに英霊などというたいそうなモノではないし、名前など持たないさ」

 

 曹操の槍が地面を抉り、土砂を散乱弾に変えながら襲い掛かる。彼は槍よりも深く身体を沈ませ、三十センチも満たない隙間に身体を潜り込ませ、ほぼ垂直に顎を蹴り砕く。曹操はその一撃を平然と槍で受け止め、再び振り下ろす。

 

「だが、そうなるとやはりおかしい。力というモノは存在だけのはずだ。だが貴方はこうして自我を持っている。それでは説明がつかないのでは?」

 

「それがそのものだけならばな。俺達は奴と限りなく同質の魂だが、やはり決定的に別の存在だ。だからこそ決して混ざり合うことがない。純度百パーセントの水と濾過された水が違うようにな」

 

「俺達……なるほど、やはり複数の英霊の力をその身に宿していたのか。道理で特定できないはずだ」

 

「おっと、これは失言だったかな?」

 

「御冗談。分かって言う失言ほどつまらないものはないだろう?」

 

「はっ、違いない」

 

 曹操が槍を振るう。それだけで背後の樹木が吹き飛ぶ破壊力。

 

 彼がナイフを振るう。一瞬で刃が分裂したと錯覚するほどの高速斬撃。

 

 二人を中心に、辺りが破壊尽くされていく。それでも二人は笑っていた。その姿はまるで、円舞曲(ワルツ)の踊り。客がいない、頭のイカれた舞台。互いに傷つけあうことでしか他者と触れ合えない狂人の舞踏(ダンス)

 

 それは圧倒的絶対的で、先程の戦闘などこの死闘に比べれば稚児の戯れでしかないだろう。殺気と鬼気で周囲が歪むほど充満し、狂気に染めていく。

 

 だというのに。

 

「ところで――――アンタはいつまでその槍を鞘に納めているつもりだ?」

 

 なんて、よく分からないことを彼は口にした。

 

「――――」

 

 その問いに僅かに目を見開く曹操。今まで如何なる時も頑なに表情を変えなかった彼が初めて見せた別の貌。それほどまでにその問いは彼を驚愕させた。

 

「ほう。分かるのか」

 

「生憎、そういうのには敏感でね。その槍はどうも内側と外側の力の在り様が違いすぎる。無理矢理押し留めているのが丸見えだよ。実力を隠していたかったか――――或いは、それを制御出来なかったかは知らないがね」

 

「…………くくく、ははははははは」

 

 それに対し、曹操は堪え切れないとばかりに笑い出した。それは決して他者を冒涜する笑みではなく、ただ愉快でしかたないとばかりの笑み。

 

「ああ。その通りだ。貴方の言う通り、俺はこの槍を完全には使いこなせていない。どうも全力で振るうと――――一撃で相手を殺し兼ねない」

 

 戯言のように聞こえる台詞だが、曹操は至極当然のように告げた。それは虚言などではなく、事実そうなのだろう。その笑みからは自信が伺える。

 

「昔から手加減というものが苦手でね。全力を出してはならないと理解していても、身体が言うことを訊かない。だから、己に枷を掛けてきたが…………なるほど。貴方相手に手加減は失礼か」

 

 その呟きと共に、曹操の槍が大気を震わせる。圧倒的な神威の放流。黄金に輝く槍は神々しく、触れるものを破壊に導く煌めきを誇っていた。

 

 今までとは比べものにならない力の結晶。ただ在るだけで世界を歪ませるほどの存在感。それを直視するだけで彼の身体は軋み、悲鳴をあげている。

 

 だが。

 

「…………面白い!」

 

 彼は嗤い、ナイフを強く握り締めた。その圧倒的な力を前にしても、彼はただ愉しくてしかたがないと口許を歪ませた。

 

 集う神威。聖槍に収束されていく力の奔流。それは解き放たれるのを今か今かと待ちわびて――――

 

 

 

「――――至ったか」

 

 

 

 ふと、今までの殺意が嘘のように消え、彼は臨戦態勢から構えを解いた。

 

「…………どうした? 興が冷めたか?」

 

 突然の行動に、曹操は槍を構えながら問い掛ける。それに対し、彼はいや、と首を振り、

 

「ここは奴に譲ってやろうと思ってね。望まれぬ役者はさっさと退場するのがお似合いさ」

 

「ほう。だが貴方は彼の力の現象なのだろう?なら彼にとって貴方こそが目指すべき最強の己のはずだ。それを未熟者に譲るのか?」

 

「はっ」

 

 曹操の問いに彼は鼻で嗤う。そんなことも分からないのかと嘲笑うように。

 

「俺達は所詮力の残滓だ。ゆえに奴が辿り着く極地など奴以外には分からないさ。それに――――奴の方が愉しめると思うぞ?」

 

「…………ほう」

 

 その戯言としか思えないことに曹操は歓喜の笑みを浮かべる。これほどの力を放つ自分の敵。その存在に、曹操は笑みを隠せない。

 

「…………一つ、忠告しておこう」

 

 彼は己の貌を手で覆い、俯きながら告げる。まるで、その瞳を隠すように。

 

「アンタは常識に対して脅威となる存在だが…………奴は、非常識に対しての死神だぞ?」

 

 忠告と共に彼の存在感が消失していく。

 

 瞬間――――その存在が変態した。

 

「――――」

 

 違う。これは先程までとは純度(、、)が違いすぎる。殺気も鬼気も感じない。纏っているのはただ一つ。

 

 ふと、彼は俯いていた顔を上げた。指の隙間から見える二つの眼。

 

 蒼。先程までとは違う、混じり気なしの蒼。恐ろしくも美しい、不純物を含まない正真正銘の蒼。

 

 その瞳と視線が交差する。その瞬間、曹操は胸に蠢く感情をようやく理解した。

 

「――――ああ、なるほど」

 

 目前の存在がどういうモノなのか理解する。それは森羅万象総ての結末。避けようのない終焉。

 

「ようやく本当の君に会えた気がするよ、兵藤信貴」

 

 それは曹操が初めて感じた感情。今まで感じたことがなかった想い。

 

 それは――――恐怖と呼ばれるモノだった。

 

「――――君が、死か」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「――――」

 

 ふと、意識が目覚めた。いったいどれくらい気を失っていたのか。身体は嘗て感じたことがないほど酷使しれており、酷く怠い。気を抜けば再び意識を手放してしまうほど。

 

 だが、何よりも痛むのは眼と頭だった。点滅する視界。黒い点と線が時々現れ、世界を蝕むのが視える。

 

「がァッ――――」

 

 おそらくこの頭痛は幻覚だろう。本当は痛みなど感じていない。それでも頭痛がするのは心が視えるモノを否定したがっているからだ。

 

 世界に死が満ちている――――なんて、残酷な真実を。

 

「…………く、は」

 

 ふと、声が聞こえた。それは必死に耐えていたが思わず出てしまったような失笑。もう我慢の限界だと、歓喜に魂の底から湧き上がってくる衝動を抑えきれんとばかりの声。

 

 激痛の奔る目を抑えながら、視線をそちらに向ける。

 

「ははははははは、はははははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははは――――ッ!!」

 

 曹操は、笑っていた。

 

「見事。ああ、素晴らしい。心から君に喝采させてくれ。やはり今日君と出逢えて本当に良かった。この出逢いに祝福を。この偶然に感謝を。やはり君は違う。君は特別だ。胸が躍る。この感動を詩に残したいほどだ!」

 

 桁が違う。規模が違う。曹操から放たれる存在感は俺の認識できる範囲を超え、ただ漠然としか感じることしか出来ない。身体を抑える重圧が増加したのは疲労だけではなく、この男から発せられるものも含まれているだろう。

 

 絶望的なほどの力が聖槍から放たれ、一点に収束されていく。集う黄金光。総てを消し飛ばさんと唸る力は、森羅万象邪魔するものを跡形もなく粉砕するだろう。それこそ、俺の身体など跡形もなく。

 

 絶体絶命の危機。もう二度と奇跡は起きない。ならば、今度こそ死んでしまうだろう。身体は言うことを訊かず、避けるなど不可能。決まってしまった運命。

 

だというのに。

 

「――――」

 

 俺はその力の奔流を見て何も感じなかった(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 死を目前にして心が壊れてしまったのか。確かにそうなのかもしれない。その絶望的な力を目の当たりにして、俺はなぜか安心していた。

 

 なぜなら、その力はそこに在るから。例えどれほど強大で圧倒的で絶対的だとしても、それはそこに存在しているから。何も無い(、、、、)のに比べれば安心できる。

 

「ほう。やはり恐れないか。そうでなければならない。そうでなくてはつまらない。ここまで俺を本気にさせたんだ。――――俺を愉しませてくれ、信貴!」

 

 曹操の持つ槍が、嘗てないほど黄金光に神々しく輝きを放つ。大気を震わせるほどの覇気。加減はない、文字通り一撃滅殺の突き。森羅万象総てを悉く破壊尽くす一撃が放たれた。

 

「――――」

 

 これは躱せない。いや、躱すことに意味がない。たとえ一瞬凌げての次の瞬間には破壊されるのだから、避けても無駄だった。

 

 迫る聖槍。視界を覆い尽くす神威の光。この一撃を食らえば俺の身体は細胞一つ残さず跡形もなく蒸発するだろう。

 

 だが。

 

「――――」

 

 視る。視える。閃光のように白く覆われた視界。その中で微かに視える、黒い線。

 

「ああ、そうか…………」

 

 理解する。認めたくなくて、否定したくて、けれど死の直前でそれが何なのか完全に理解してしまった。

 

『在る』ならば『終わる』。

 

『生きている』ならば『死ぬ』。

 

 それは世界の理。森羅万象総てに訪れる結末。それが存在しているならば、神さまとて例外ではない。

 

「生きているならば――――」

 

 右手が自然に動く。ナイフを握った腕は、満身創痍の身体とは切り離されているように勝手に動く。

 

 迫りくる光。その中心、最も神々しい光を放っている部分の黒い線――――

 

「――――神様だって殺してみせる」

 

 ――――『死』を、断ち斬った。

 

 瞬間――――世界が光に満たされた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 いったい、どれほど時間が過ぎただろうか。身体は既に限界を超え、意識を保つのが精一杯だ。握り締めているナイフの感触だけがこれが現実なのだと告げてくれる。

 

 視界がようやく慣れてくる。薄らぼやけて見える光景。曹操は俺の目前に立っており――――その手の聖槍は俺のナイフに断ち切られていた。

 

「――――」

 

 視力を取り戻したのは同時だったのか、曹操も目を見開いて驚愕している。槍から感じた神々しい力はもう感じず、そこにあるのはただの鉄屑だった。

 

 しばらく無言で槍を見つめる曹操。そして薄く微笑し。

 

「ここらが潮時、か」

 

 

 

 瞬間――――世界に罅が走った。

 

 

 

「な――――」

 

 唐突すぎて何が起こったのか理解できない。周りの風景に黒い罅が走り、それが見る見る広がっていき、闇が世界を侵していく。

 

 だが、曹操はその程度のことなど問題なさそうに暗闇の方へ歩いていく。

 

「ま、待て――――がはァっ!?」

 

 ついに身体の限界が来たのか、口から血を吐き出して膝を付く。立ち上がろうと足に力を込めても震えるだけで立つことが出来ない。

 

「そう慌てるな、信貴。こうなったのはこの異界がすでに限界だからだ」

 

「…………なんだと?」

 

「初めに言っただろう? ここは俺の仲間が作りだした異界だ。ならば当然、周りから圧力を掛けられれば壊れる。さすがはオーフィスといったところだ。もう見つけるとは君は姫君からとても大切に思われているらしい」

 

「オーフィスが…………?」

 

「安心してくれ。この異界が崩壊すれば君は元いた場所に戻る。それから――――」

 

 曹操は俺のナイフを指差し、薄く微笑んだ。それは敬意の笑み。認めた者に見せる表情だった。

 

「そのナイフは俺からの祝福だ。今回は俺の敗北だ。ゆえにそれはその証として受け取ってほしい。次会うときは、その()を使いこなせるようにしておけ」

 

 曹操はそう告げると、足を翻して漆黒の闇へと消えていく。

 

 その直前、最大の呪いを残していきながら。

 

 

 

「――――次に逢い見えるときは、俺も全力で戦えることを期待しよう」

 

 

 

 瞬間――――世界は砕け散り、俺の意識は暗い闇の底へと呑み込まれた。

 




やっと曹操編終わったーー! ……と思ったら後日談が。あ、次回はオーフィスでますよ。

しかし……ちょっと曹操強くし過ぎた気がするが……まあ大丈夫だな! うん!!

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