では、本編スタート。
プロローグ
二度目の人生をどう思うだろうか?
強くてニューゲーム、勝ち組、チート、楽な人生、素晴らしいモノ。人それぞれ答えは違うだろうが、恐らくほとんどの者が良いモノと考えるはずだ。
当然だろう。生まれた瞬間からこれから習う知識が既にあり、人生の選択肢が多いに増える。前世では平凡だったとしても、生まれ変われば神童にもなれるのだ。それを素晴らしいモノと思わない人がいるだろうか。
では何故、自分がこんな話をしているのか。理由は簡単だ。
俺、転生しました。
確かに俺は死んだはずなのだ。前世では平凡な高校生で、どこにでもいそうな普通の一般人。何か力に覚醒するわけでもなく、実は王族の血筋でもなく、平凡でありふれた日常を謳歌していた。
特別な人間ではないのは自分が最も理解している。だから自分が死んで転生したとき、何故俺なんだと思った。
それともう一つ、転生という概念が信じられなかった。
死んだ者は生き返らない。
失ったモノは戻らない。
俺達は幻想にはなれない。なりたいとも思わないし、なってはならない。
ならばここにいる俺は何だ? 生きる死者だろう。死んで終わったはずなのに、前世という幻想を抱えて生きている。死んでも終わらなかった幻想。なら、そんな奴は生きていてはならない。そんな異端者は存在しているだけで周りに害を及ぼす。
なら、死ねというのか。それは嫌だ。死にたくない。あんな場所には二度と行きたくない。あそこには何もない。光も闇も音も、恐らく無すらない。死で満ちた世界。完成した世界。
だから俺は特別なことなど望まない。つまらなくて平凡でありきたりな日常で構わない。俺は生きているだけで幸せだから。
それが俺の望み。転生した兵藤信貴という少年の渇望だった。
☆☆☆☆☆
『イッセーくーん! 信貴くーん! あーそーぼーッ!』
騒がしい声に、微睡んでいた意識が目覚める。時刻を確認すると、幼馴染の少女が遊びに来る時間になっていた。
ドタバタと横の部屋から誰かが暴れている騒がしい音が聞こえてくる。恐らく双子の弟であるイッセーが急いで外出する準備をしている音だろう。昨日から約束していたのだからさっさと準備しておけばいいのに、と思いつつも昔は自分もそうだったなー、と遠い過去を思い出す。
「悪い、紫藤。イッセーの奴まだ時間掛かるみたいだから、リビングで待っててくれ」
『うん、分かったー!』
元気な声で返事が返ってきて、玄関の扉が開く音が聞こえた。そしてドタバタとリビングに突入してくる足音。
「……少しは落ち着けっての」
二階にいる俺が呟いても聞こえないだろう。やれやれと肩をすくめた後、自室の隣部屋にいるイッセーに声をかける。
「おい、イッセー。俺が時間を稼いでおくからお前はさっさとしろよ」
「わ、悪い信貴! 俺も早く…………どわァァああああああッ!?」
ゴンガラガッシャーン! と、何かが倒れる音が響き渡った。……どうやらまだまだ時間がかかるみたいだ。
一階に降りると、紫藤はジュースを飲みながらソファに座って待っていた。ジュースは恐らく母親が渡したモノだろう。俺が来たことに気づいたのか、紫藤はこちらを振り向く。
「あれ、イッセーくんは?」
「自分との戦いに真っ最中」
「?」
俺の言っている内容の意味が分からなかったのか、首を傾げる紫藤。何でもないと言って紫藤の反対側のソファに腰掛け、ありふれた会話を開始した。
「ねえねえ! 今日から何しようかな!」
「何でもいいだろ」
「何言ってるの信貴くん! 私たち今日から夏休みなんだよ! なら、全力で楽しまないと!」
「ふーん、じゃあ何をするつもりだったんだ?」
「ぅえ゛っ!?」
「……おい、いま女の子が出す声じゃない声がしたぞ」
「な、何言ってるのかな信貴くんは! 別に変な声なんか出してないよ、ホントだよ?」
「ふーん、そうかー、そうだよなー。あんな野太い声、女の子が出すわけないよなー」
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……ッ!」
「いや、そういやーここにいるのは男かー。そうかー、ならしゃーないなー」
「ぷっちーん」
「ぷりーん」
「表出やがれこの野郎ォォおおおおおおおおおおッォ!!」
あ、紫藤キレた。
「私は何処からどう見ても女の子でしょ! 信貴くんの目はふし穴なの!?」
「いや、半袖半ズボン、更に男の俺より男らしい性格とか、初対面なら男と勘違いすると思うぞ」
「こんな美少女が男のわけないよ!」
「美少女? ハッ」
「笑った!? いま鼻で笑ったよね!? どういう意味なのそれ!」
「いや、別にー。そうだな、紫藤は微少女だな」
「悪い! 待たせた……って、何してんだ?」
「イッセーくん! 信貴くんが私のことを男だと言ってくるの!!」
「え? イリナは男だろ?」
「イリナパンチッ!!」
「べらさっ!?」
「お、クリティカルヒット」
二階から降りて来たイッセーが不適切な発言をして、紫藤の怒りを買ってしまった。二つ歳上のガキ大将と喧嘩しても勝った紫藤の黄金の右腕が唸る。それは喧嘩などではない、一方的な虐殺だ。
その光景を見ながら、ふと思う。
これが俺の日常なのだと。
馬鹿みたいなことで騒いで、怒って、泣いて、笑って、楽しんで。特別ではない、何の意味もない毎日。けれど、これで良いのだと思う。平穏こそ我が人生。俺はこんな今を愛している。
だから、この瞬間を全力で楽しもう。
「ほら、その変にしておけ紫藤。それ以上殺ったら遊びに行けなくなるぞ」
「む……信貴くんが悪いんだもん。信貴くんが私のことを男とか言うから」
「知ってるさ」
「え?」
「紫藤が可愛い女の子だってことぐらい知ってるさ。明るくて元気で、誰にでも優しくできる素敵な女性だってことぐらいな」
「な、なななななな……!」
紫藤の顔がゆでタコのように真っ赤に染まる。俺はそれを無視して、床に倒れているイッセーに話し掛けた。
「ほら、いつまで倒れてるつもりだイッセー。今日はお前がずっと楽しみにしていた夏休み初日だろ? ならさっさと起きろ。まさか今日を寝て過ごすつもりか?」
「ーーーーて、そんなワケあるかァ!」
ガバッ、と今まで倒れていたのが嘘のような勢いで起き上がった。というかイッセー、何でお前あれだけ殴られてたのに無傷なんだ。
「ほ、ほら早く行こうよイッセーくん、信貴くん!」
「そうだぜ信貴! 俺達の夏休みは始まったばかりだ!」
「おい馬鹿止めろそれ言ったらこの物語終わる」
なんて会話をしながら、俺は笑っていた。
ところで、一つだけ気になっている事がある。
イッセーと紫藤。
兵藤一誠と紫藤イリナ。
俺は彼らのことを前世の記憶で知っていた。
それは一つの物語。フィクションのお話。神が死に、天使と悪魔と堕天使が存在している世界。某ライトノベルの作品。
ーーーー『ハイスクールD×D』
「……まさかな」
そんなはずはない。そんな事はあり得ない。あれは幻想だ、現実とは違う。気のせいに決まっている。
しかし。
だけど。
もしも。
そんな疑惑が頭の中から離れなかった。
☆☆☆☆☆
この物語は王道などではない。
これは血と屍で出来た道。一人の少女のために世界と敵対した愚者の道筋。
万物には原初がある。全ての始まり。プロローグ。
ならば、この運命の起源はこの出逢いからだろう。
ーーーーここに、物語の開幕を告げる邂逅を。
☆☆☆☆☆
「あいつら元気すぎんだろ、ガキか……て子供じゃん、そりゃそうだ」
黄昏の夕焼けを浴びながら、自分で言った内容に思わず苦笑する。散々遊びまわったというのにイッセーも紫藤も元気で、家まで競走とか言い出して走りながら帰って行った。なので、現在俺は一人孤独に帰り道を歩いているのであった。
「しかし、もう九年も経ったのか……」
ーーーー俺が転生してから。
このことを心で呟いて、ふと振り返る。背後にはゆったりと沈んでいく太陽。終わりと始まりを告げる日没と日出。死と生。その光景があまりにも幻想的だったため、俺は思わず立ち止まって見惚れていた。
九年。
言葉にすると永く感じるが、本当にあっという間だったと思う。毎日が楽しくて愉快で、生きているだけで幸せだった。
特別な力なんていらない。
選ばれた才能なんて欲しくない。
テンプレだろうと王道だとしても、それの何が悪い。この陽だまりを失いたくないと願って何が悪い。
そう、例え、
ーーーー俺という存在が赦されないモノだとしても。
「……なんてな」
首を横に振って否定して、苦笑い。まるで己が悲劇の主人公にでもなったような考え方。どこにでもいる一般人のくせに、転生した記憶があるからという事だけで自分が主役のような錯覚。
笑う、笑ってしまう。そんな勘違いも甚だしい自分自身に。特別になれたくせに、それでも平凡という安直な人生を選んだ弱者のくせに。そんな自分が何をほざいている。
生まれ変わっても何一つ変われなかった人間。変わることを恐れ、逃げ続けている弱者。それが俺。
だからーーーー
「……あー、止めだ止め。ロマンチストとか俺の柄じゃないだろ、何くだらないこと考えてんだか」
弱気になっていた自分の考えに、やれやれと溜息を吐く。
よし、今日は家に帰ったら速効で寝よう。何も考えずベッドにダイブしよう。そのまま十二時間ぐらい爆睡するんだ。出来れば先っき考えたことを忘れるくらい。
と、考えていたその時だった。
ーーーー世界が歪んだ。
歪む。
大気が空気が力が歪み、物理法則を無視した光景が目前に広がっていく。三次元に二次元を突っ込んだらこうなるのか、目前の景色に黒い線が空中に走っている。まるで世界を無理矢理こじ開けようとして出来た黒線。境界の境い目。世界が悲鳴をあげているように、ギチギチとその黒線は広がっていく。
「ーーーー、ーーーーッァ」
声が出ない。身体が動かない。まるで重力が千倍にまで膨れ上がったような感覚。
ーーーー逃げろ。
何が起こったのか分からない。ただ本能が魂が、一度でも死を体験した経験が、最大警報を鳴らしている。
死にたくなければ、生きたいのならば、今すぐここから逃げろと。
ーーーー絶対的な“死”が近付いてきている。
桁が違う、生物としての格が違いすぎる。俺という存在など、一瞬で跡形もなく消されるだろう。
理不尽に。
呆気なく。
瞬間で。
疑問は山ほどあった。いったい何が起こったのか、何故自分なのか、どうして死ななければならないのか。だが、それらの全ての考えは近付いて来る超越した存在を前にして、受け入れるしかなかった。己の死すら、受け入れるしかなかった。
だが、それでも、
(……死にたくないなーーーー)
力なく笑う、自嘲する。生き残れるはずもないのに、それでも最後の最後まで諦めることができない己の愚かさに。
そしてーーーー歪みが開いた。
境界の境い目である黒線の亀裂が少しずつ開いていく。めき……、と、何かが脈動するように、物理法則を超越した光景が広がっていく。
そして、ベキリ、と。まるで処女を無理矢理引き裂いたような生々しい音を立てて、亀裂が一気に広がり、巨大な亀裂と化したそれは、まるで俺を呑み込むように大きく開いた。
この瞬間、確かに俺の心臓は停止していた。目前て開いた亀裂の奥にいたそれと真正面から対峙して、俺は何も思考できなかった。
女の子。
黒いワンピースを身に付け、腰まである黒髪の小柄な少女が、亀裂の隙間からこちらを覗き込んでいた。
「ーーーーは?」
思わず呆然と間抜けな声で呟いた。想像していたのとギャップの激しさに、目の前の光景を疑った。
少女はキョロキョロと辺りを見回し、もう一度こちらを見る。
深い黒。全てを呑み込み、なにものにも染まらぬ漆黒の瞳が俺の姿を写している。その宝石のような瞳に、思わず目を奪われた。
少女は亀裂から這い出るように身を寄り出すが、その途中で手を滑らせ、前のめりで倒れてきた。それを俺は反射的に受け止める。
フワリッ、と女の子特有のいい香りと、繊細で柔らかい少女の身体に一瞬心臓が高鳴った。抱き締めるように正面から受け止めたためら、少女の顔が視界一杯に広がる。
その距離は約数センチ。少しでも顔を動かせばぶつかる至近距離で、俺と彼女は見つめ合っていた。
ふと、彼女の手が俺の頬に触れる。そして今まで人形のように無表情だった顔が、ほんの少しだけ微笑んだ。
それはあまりにも破壊力があり過ぎて、俺はその笑顔に見惚れてしまっていた。
「ーーーー我、見つけた。未知なるモノ」
これが運命の始まり。
奇跡。
偶然。
必然。
さまざまな可能性が絡み合い、ここに一つの出会いを起こす。
ここに、運命の邂逅を。
Dies iraeやってからイリナがコロポックルにしか見えない件について。
感想はこれからはきちんと返していきたいです。