外角低め 115km/hのストレート【完結】 作:GT(EW版)
猪狩守は自他共に認める野球の天才である。
あらゆる分野において自分が人よりも才能に恵まれていることを理解しており、人よりも多く努力することを惜しまない人間でもある。己の才能を生かすことに対して、彼は誰よりも貪欲な人間なのだ。
努力をする天才――単純に言えば、それが猪狩守という男の人物像である。
しかしそんな彼とて、元からそうだったわけではない。
もちろん昔から野球の才能には恵まれていたが、それ故に少年時代の彼は傲慢な性格をしていたのだ。
挫折を知らなかった幼い頃の彼は、持って生まれた才能で他者を圧倒することを当然のこととして受け入れていた。彼にとっては試合に勝つことなど始まる前から決まっていることであり、試合中には自分がどれぐらい気持ち良く投げれるか、打ち込めるかということぐらいしか頭に無かったのだ。
そんな彼が初めて圧倒することが出来なかった、それどころか勝負に勝つことすら出来なかった相手が泉星菜という野球少女である。
もちろん、彼女一人に負けたわけではない。
当時彼女のボールを受けていた女房役であり、今は恋々高校の主将を務めている小波大也という男。彼と泉星菜のバッテリーによって、天才猪狩守と弟の進が率いる最強のチームは敗れ去ったのである。
当時の思い出は風化しても尚、猪狩守は忘れていない。守にとってその日のことは人生初の敗北という汚点であると同時に、自身の野球に対する考え方が変わった大きな分岐点でもあったのだ。
(あの時の君の球は、誰よりも速かった……そう、この僕の球よりもね)
あの時、最後の打者となったのは他でもない猪狩守だった。
最終回の攻撃、一打が出れば逆転サヨナラのチャンスで、守は彼女と三打席目の対峙をした。
彼女のチームとの試合は手に汗握る大熱戦だった。マウンドに立つ彼女の球数は既に100球を超えており、初回から中盤に掛けての投球に比べればボールの力は明らかに落ちていた。それこそ天才である守のバットなら、一振りで決まられる筈の状態だったのだ。
――しかし守はその打席、遂に彼女のボールを打つことが出来なかった。
彼女が最後の力を振り絞って投じた渾身のウイニングショットは、体力的に疲れ切った身でありながら、その試合におけるどのボールよりも速かったのである。
結果は、ど真ん中のストレートに振り遅れた猪狩守の空振り三振だった。
それは彼が野球を始めてから見たことがないほどに、体全体で「速い」と感じたストレートだった。その時になってようやく、猪狩守は彼女が自分に匹敵する……もしくは自分以上かもしれない才能の持ち主であることに気づいたのである。
そして初めて、少年守は心の底から悔しいと思った。自分の努力が足りなかったことを思い知った。一つの敗北が、彼の野球人生の中に延々と残り続けたのである。
リトルからシニアに移り、今に至るまで守は全国各地に存在する多くの好投手と戦ってきた。
竹ノ子高校の波輪風郎。
海東学院の樽本有太。
帝王実業の山口賢。
橘商業の久方怜。
星英高校の天道翔馬。
白鳥学園の戸井鉄男。
……いずれも同年代であり、守に勝るとも劣らぬ才能を持つ剛腕投手である。
実際に打席に立って見た時、彼らのボールは確かに速かった。それこそスピードだけなら、守よりも速いボールを投げる者は何人も居たものだ。
だがそれでも、猪狩守がこれまでの野球人生の中で最も「速い」と感じたのは、彼らの内の誰かではない。
猪狩守の野球人生において最も「速い」と感じたのは、リトルリーグの大会で勝負した泉星菜――彼女との最後の対決で空振り三振に仕留められたど真ん中のストレートこそが、今に至るまで彼が最も「速い」と感じたボールだった。
尤も当時の守は小学生であり、高校生になった今とはボールの見え方も感じ方も異なる。泉星菜への評価の高さを思い出補正と言われてしまえば、否定出来る具体的な根拠はどこにもないだろう。
しかしそれほどまでに、猪狩守にとって
「……怪我人を笑いに来てみたら、面白い物が見れたな」
「ピンチですね、泉さん。流石に高校野球まで来ると、球速が遅いのは厳しいのかな……」
「どうかな? 僕にはそうは思えないね」
「え?」
彼らがその場を訪れたのは、ほんの気まぐれだった。守が弟の進と共に日課のランニングがてら竹ノ子高校の練習を視察しに来てみれば、何とも興味を引く光景が広がっていたのである。
相手のチームがどこの高校かは知らないが、見れば先日自分のライジングショットを
しかし、泉星菜が球威の無さを突かれるような形で連打を浴び、今も尚ピンチが続いている。ヒットらしいヒットと言えばあの小山雅という少女が放ったホームランぐらいなものであるが、狙いすましたようなテキサスヒットの連発は彼女の球威の無さという弱点を露呈していた。
その光景は、暗に猪狩守の彼女に対する評価が過大であると言っているようにも見えた。
――しかしこの時、猪狩守の胸には泉星菜の投球に対する失望は無かった。
それで居て、彼女に勝負を申し込もうとした時に抱いていた情熱的な感情も全く薄れていない。
猪狩守は彼女が投げている光景を自分の目で見てもまだ、彼女へのライバル意識は冷めていなかったのだ。
それは普段の彼を知る者が見れば、あまりにも異常な姿だった。
「僕には、あの子のボールが本当に遅いとは思えない」
彼は、猪狩守は信じていた。
かつて自分に人生初の挫折を味わせ、これまでの野球人生の中で最も「速い」と感じさせた泉星菜という投手の才能を。
あれから長い時間は過ぎた。彼女の見た目の雰囲気も随分と変わった。もちろん、その投球スタイルも。
彼女の投球スタイルの変化が性別の壁によるものだと言うのなら、守は心底勿体ないものだと思った。
彼女ほど才能のある投手が、女性であるということに対してではない。
彼女が「自分自身の才能を信じていない」ことに対して、守は勿体ないと思ったのだ。
「……どんな馬鹿な指導者に教わったのか知らないけど、なんで自分の才能を自分で封じているんだろうね。あの子は」
「兄さん?」
泉星菜の投球を冷静に分析しながら、この時の猪狩守は直感的に彼女の本質に気づいていた。
彼女の弱点を目の当たりにした上で小山雅のように見限っていないのも、それが理由である。
「……そのことに気づかない限り、君はそこから抜け出せないだろう」
しかし、「現時点での彼女」が守にとって恐るに足らない相手だということもまた事実ではあった。
だがそれでも、彼女の「全盛期」を知る猪狩守には、彼女がこのままで終わるとは欠片も思えなかった。
「それでも、抜け出してみろ。僕のライバルである君なら、そのぐらいのことは出来る筈だ」
猪狩守は自身が天才であることを微塵も疑っていない。
だからこそ、「天才のライバル」に対する信頼は鋼のように分厚い。故にその言葉に込めた感情に、揺らぎはなかった。
小山雅のホームランから、明らかにときめき青春高校の攻め方が変わってきている。
相手打線とマウンドで相対する星菜もまた、そのことには気付いていた。しかし星菜には、こればかりは気付いていても対処が難しい問題だった。
球威――投げたボールで、相手のバットを押していく力。自分のボールにはそれが無い。それはこのマウンドに立つずっと前から、既にわかっていた弱点なのだ。
だからこそ星菜はその弱点を補う為に制球を磨いたり、星園渚の投球フォームを取り込んだり、打者を幻惑する為の変化球を幾つも覚えたりしてきた。小細工も極めれば大きな武器になることを信じて続けてきたからこそ、星菜はその努力の成果によって打者を打ち取ることが出来たのだ。
……これまでは。
(150キロのボールがなくても、140キロのボールをコーナーに決めればいい。140キロのボールがなくても、130キロのボールをコーナーに決めればいい。だけど……)
球速よりも制球、球威よりも変化球。それが中学以来抱き続けてきた、星菜の信条である。
だがそれでも、限度というものがある。今の星菜が立たされている状況についても、ただそれだけの話だった。
(115キロじゃ、これが精一杯って言いたいのか?)
小山雅は自らの打席を持って、星菜の能力を否定した。そして今もまだ、彼女の助言を得たのであろうときめき青春高校の打線を前に星菜は苦戦を強いられている。
遂には、勝ち越しの失点を許してしまった。捕手の六道にはまだ行けると言った手前これでは、あまりにも恰好がつかないだろう。
「……違う」
だが、星菜の目はまだ死んでいない。
これが、自分の限界だと……悔しいが、それはとっくの昔に認めていることだ。しかし、チームの勝敗はまた別の話である。
例え野球選手としての才能が否定されても、それが試合に負けていい理由にはならない。
下向きになろうとしていた意識を、星菜は自らを鼓舞する言葉を持って振り払う。
「まだ……ここからだ」
七番神宮寺に勝ち越しを許すタイムリーヒットを浴び、状況は尚もツーアウト一二塁とピンチが続く。
心中では悔しくてたまらない。悲しくて仕方がない。投手としての将来性の無さを他でもない親友と思っていた人物に突き付けられたことで、星菜には二重の意味でこの現実が直視し難いものだった。
――それでも、決して逃げてはならない。
野球というスポーツに制限時間は無い。どんなに苦しくても、最終回のスリーアウトを取るまで試合は続いていく。
ましてや星菜は、今この状況下においてマウンドに立つことが出来る竹ノ子高校唯一の投手なのだ。
そして何よりも、こんなにも周りに助けられておきながら逃げるなどという選択は、星菜のプライドが許さなかった。
「ファール!」
打席にはときめき青春高校の八番青葉春人。彼に対して投じた七球目のボールは、一塁線を切れてファールになる。
これで、カウントはツーストライク、ツーボール。外角の厳しいコースのボールで簡単に追い込んでからの、青葉の粘りである。
彼は明らかに、これまでの打者達と同様の打撃で当てに来ていた。それは彼女の緩急によって打撃の形を崩されたのではなく、狙い球以外のボールを徹底的にカットで逃れているという形である。
四番鬼力以降のスイングを見るに、彼らは狙い球を絞って逆方向に軽打することを徹底している。小山雅の差し金であろうその攻め方は、星菜にとって最もいやらしい攻撃だった。
星菜の投じるボールは球速が遅い為に、思い切って踏み込むことがしやすい。その為にブラッシュボールも混ぜてはいるが、ファールを打つだけならば難しくないのだ。
もしも星菜に波輪のような相手の内角を抉る剛速球があれば、ここまで粘られることもないだろう。
無い物ねだりほど見苦しいものはないとは言うが、この時ばかりは星菜もそう思わずには居られなかった。
(嫌なチームだな、ほんとに……)
……とは言うものの、力のあるボールを投げればそれで抑えられるという話でもない。
星菜が攻め方を変えられただけでこうも苦戦を強いられるようになったのは、単に彼らときめき青春高校野手陣の高い打撃センスによる要因が大きかった。
(……やってやる)
星菜は思考を切り替え、六道の構えるキャッチャーミットへと集中する。
そしてこの打席六球目となる投球を、寸分狂わず外角低めのコースへと投じた。
その一球を、青葉のバットが打ち据える。
「……っ」
星菜が投げたのは外角低めのボールゾーンへと外れていくツーシームであった。
そのボールを打席の青葉が腰を折り曲げながら強引に打ち返すと、ふらっと上がった打球は微妙な高さと速さを持ってセカンドの後方へと上がっていく。
それは、この回で何度も見た――テキサスヒットになる打球の軌道である。
ツーアウト故に二塁走者が切ったスタートは速く、落ちれば相手にさらなる追加点を許してしまうことは確実だった。
――しかし。
「うおおおおおおおっっ!」
気迫の篭った咆哮が、センターを守る外野手の喉から響き渡る。
セカンドの頭を越えていったボールが今まさにグラウンドの地に着こうとする刹那、物凄いスピードで突っ込んできた
彼の捕球を認めた審判が、表情を驚きに染めながらアウトをコールする。
マウンドから見ていた投手の星菜にとってもそれは、まさに目の覚めるような大ファインプレーだった。
「ナイスプレー!」
「信じていたぜ名センター!」
「こいつ、やればできるじゃねぇか!」
絶妙なタイミングで敢行したダイビングキャッチを見事に成功させた竹ノ子高校のセンター――矢部明雄に対して、グラウンドの選手とベンチのメンバーが一緒になって賞賛の声を上げる。
「……ありがとうございます、先輩」
星菜が高校初登板をした恋々高校との試合では、竹ノ子高校は彼のエラーが切欠となって敗北を喫した。その彼が、今度はその広大な守備範囲を持って星菜と竹ノ子高校の窮地を救ったのである。
スリーアウトチェンジになったことで先にベンチへと戻った星菜は、惜しみない感謝の気持ちを胸に矢部の帰還を迎える。
今の打球が落ちていれば追加点は確実として、ビッグイニングを作られてしまう恐れすらあった。
帽子を取り、星菜は深々と頭を下げる。
そんな星菜に対して、彼は言い返した。
「オイラはただ、必死にやっただけでやんす」
普段から感情の起伏が激しく、良く言えばムードメーカー、悪く言えばお調子者である矢部明雄という男は、おだてられれば天にも昇ってしまうほど浮かれた言動をするのが常だ。
そんな矢部であったが、今この時の彼にそのような様子はなかった。掛け値なしに自身の好プレーによってチームが窮地を脱したにも関わらず、彼の表情はそれを誇ろうとはしていなかった。
彼は、浮つきのない穏やかな口調で続けた。
「オイラだけじゃなくて、みんなも必死でやんす。星菜ちゃんの必死な気持ちも、みんなにもちゃんと伝わっているでやんす」
「先輩……?」
トレードマークである瓶底眼鏡の裏に隠れた彼の瞳には、闘志の炎が静かに揺らめいていた。
その姿は星菜が今まで見てきた矢部明雄のものとはまるで異なり、気のせいでなければ公式戦の最中よりも真剣な様子に見えた。
(……怒っている? 私の、不甲斐ないピッチングに……?)
今まで見たことの無い彼の態度に、星菜は最初、彼が自分の投球に喝を入れようとしているのだと思った。
しかし矢部の口から直後に飛び出した発言から、そんな推測が全く持って的外れな被害妄想であったことに気づき、星菜は己の思考を恥じた。
「大変な目に遭っても頑張って、必死で投げている星菜ちゃんの気持ちは、ちゃんとみんなにも伝わっているでやんす!」
「………………」
彼は責めているのではない。……励ましているのだ。
それはいつものお調子者で楽天的な彼ではなく、野球部の副主将として、後輩を導く正しい先輩の姿だった。
「矢部先輩……」
「要は、もっと後ろを信用しろってこった。俺以外は頼りねぇバックかもしれねーけど、苦しくなったらど真ん中にでも投げて打たせとけ」
「ああ!? 池ノ川君、それはオイラがカッコよく言おうとしていた言葉でやんす!」
「うっせ、泉の初勝利消した戦犯のくせにカッコつけんな」
「言ったでやんすね! 今度は成長したオイラを見せるでやんす!」
余計なことばかり考えている自分などよりも、この試合に対してずっと真摯だった先輩は、池ノ川を筆頭とするチームメイト達にもみくちゃにされながら場の空気を和ませる。
矢部明雄という男は、星菜が思っていたよりも遥かに立派な先輩だった。
この試合で最も長い守りを終えたことで、若干の疲労感を感じた星菜はチームメイト達が空けてくれた席に腰を下ろす。
丁度喉の渇きを感じていたその時、星菜の横合いからタイミング良くペットボトルを持った友の手が差し出された。
「飲むか?」
「……ありがと」
礼を言いながら鈴姫健太郎の手からスポーツドリンクを受け取った星菜は、程々の量を口内へと流し込む。
次の守りに入る前に気持ちを切り替える為にも、この時飲み込んだドリンクの甘さは丁度良かった。
「さあこっから逆転するぞ野郎どもォ!!」
「小島からの打順だな! この回50点取るぞ!」
「反撃するぞ反撃! あんなしょんべんスライダーにビビッてんなぁっ!」
イニングは五回の表。打順は巡り悪く、八番の小島からの攻撃である。
得点の期待度で言えば、最も力の無い下位打線である以上望みは薄いだろう。しかしベンチから放たれる声援は、これまでの攻撃時よりも明らかに激しかった。
逆転された直後で、矢部のファインプレーの余韻があるからだと考えても、少々不自然に感じるほどに。
「みんな燃えてんなぁ……」
「当然ッスよ!」
「ああ、当然だな」
ベンチの雰囲気の変化を不思議に思う星菜の横で、波輪とほむら、六道明が口々に語る。
彼らにしてみればそんな一同の様子も至って当然のことらしいが、推理を重ねてみても星菜の頭には今一つその理由がわからなかった。
「一体、どうして……」
「どうして俺らがこんなに燃えてるのかって? そいつはグモンだぜ、星菜ちゃん」
不思議に呟いた星菜の声に答えたのは、今から打席に向かう八番打者、小島の言葉だった。
「うちのエースを馬鹿にされてムカついてんのは、鈴姫だけじゃねぇってことさ」
「えっ……?」
言い捨てた後で左打席に入り、小島がバットを構える。
両チームの準備が整ったことで、球審からプレイ再開の号令が掛かる。その間、星菜の思考は彼の口から飛び出してきた予想外な発言に硬直していた。
「いったれ小島ァッ! 竹ノ子下位打線の力を見せてやれ!」
「大量援護指令だ!」
「打てなきゃお前、ベンチだベンチ!」
「這ってでも出ろよオイ! 足だけは速いんだからさぁ!」
「流石の僕もアッタマ来た……何だろ! あれは! 今日だけは負けられないね!」
優等生とは言い難い中年の野次のような声援が、ベンチで待機する選手達全員から矢継ぎ早に送られていく。
その言葉はどれも打者である小島を鼓舞するものであって間違いないのであろうが……自惚れでなければ、こちらを気遣ってのものなのだろうと星菜は察した。
彼らの声援には「馬鹿にされた泉星菜の為にも、何としてでも勝とう」という気遣いが込められていたのだ。
「……何と言うか」
「なんだ?」
「馬鹿ばっかり」
「今更だな」
「うん、今更」
真偽はさておき、彼らのやる気に火をつけるだけの魅力が自分にあるとは思えない。
それ以前に無駄にプライドの高い星菜は、このように他の誰かから庇護される立場は好きではなかった。
――しかし、何故だろう?
星菜には、心の奥から沸き上がってきたこの感情がわからなかった。
そして何故、今自分が……
「……! 星菜……ッ」
「……馬鹿で良かった。みんなも、私も」
……泣いているのかが。
自分もまた竹ノ子高校の一員であることを理解したから? いや、そんなものは試合が始まる前からわかっている。今になって涙を流すほどのことではない。
――ならば、何故?
この涙は何が理由なのか――星菜にはわからなかった。
「大丈夫だよ、健太郎……これは多分、悪い涙じゃない」
「……そうか……」
それでも確かなのは、チーム一丸で勝利を目指して向かっていくことへの喜びを、星菜はこの時、誰よりもその胸に感じていたということだった。