外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

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再会はバッティングセンターの中で

 

 初めて野球をやると言った時、両親は二人とも快く認めてくれなかったことを覚えている。

 

 尤も、今でも両親は自分が野球をすることに対しては常に否定的であり、出来ることならばそんな男だらけの空間から身を退いて、家業を継いで欲しいとまで言われている。

 そんな彼女だが、彼女は今までに一度として彼らの言葉を疎ましく思ったことはない。娘として十分なほどに愛情を注いでもらい、両親が本気で自分の将来のことを考えてくれているのはわかっていたし、高校生になっても野球を続けることがいかに困難なことか、他ならぬ彼女自身が理解していたのだ。

 だがそれでも、彼女は我が道を進むことを諦めようとはしなかった。

 

 シニアリーグに所属していた時、彼女は周りの者から「お前は本当に凄い奴だけど、高校野球に女の子は参加出来ないんだ」と聞かされた。

 ならばと彼女は「だったら男の子になればいいんだ」という極論に至り、高校入学からは性別を偽ることで男子部員として野球部に入部するという強行に出た。彼女が入学した「ときめき青春高校」は生徒の性別を真面目に確認しないほど杜撰な校風であり、その杜撰さを活用して高校野球に参加することを決意したのである。

 しかし当然のことながら、入学以降も問題は続いた。仲間の部員達に性別を偽り続けることも困難であったが、それ以前に彼女の仲間となる野球部員自体が、自分を含めて三人しか居なかったのである。

 そして彼女らが部員の確保に奔走し、ときめき青春高校野球部がようやくチームとして形になった頃には一年が経過しており、彼女は二年生になっていた。

 

 しかし人数は少ないながらも野球部として活動していた日々は間違いなく充実しており、彼女にとってはまるで夢のように楽しかった。

 青葉春人や朱雀南赤や茶来元気等、部の仲間達は誰も彼もが一癖も二癖もある変人であったが、一選手としての実力は申し分なく、お遊びではなく、本気で高め合いながら練習の日々を送ることが出来たのだ。

 

 

 ――そう、あの日までは。

 

 

 全てが狂い始めたのは、今夏の公式戦で起こった一つの事件からだった。

 

 ――恋々高校、女性選手の出場により二回戦進出を取り消し。

 

 早川あおいという一人の野球少女が規定を破り、スポーツ紙の一面を飾る問題となったこと。本来ときめき青春高校とは全く無関係である筈のその事件が、巡り巡って彼女の――小山雅の元へと回ってきたのは必然だったと言えた。

 

「小山雅は早川あおいのような処分を受けることを避ける為、女子であることを隠して男子を装っているのではないか?」

 

 学校の誰かがそのような疑問を持ち始めれば、そこから彼女の正体が知られるのに時間は掛からなかった。

 事件の数日後、程なくして彼女の秘密が学校に、チームメイトの皆にバレてしまったのだ。彼女の性別が本当は男子ではなく、女子であることが。

 ときめき青春高校は管理の甘い校風とは言え、見た目からして女子生徒その物であった彼女に、元々無理のあった秘密を隠し通すことは出来なかった。ほんの少し調査を受ければ厳しい確認などする必要もなく、彼女が女子であることがバレ、当然チームメイトにも知られてしまった。

 

 そうして絶対に知られたくなかった秘密が知れ渡り、彼女は自身の居場所を失ってしまったのである。

 チームメイトの皆は厳つい顔をしているが根は優しい為、もしかしたらこれまで嘘をついていた自分のことも許してくれるかもしれない。そんな思いはあったが、雅には彼らと顔を合わせるのが怖かった。

 そして仲間である彼らをこれまで騙し続けていたという罪の意識から逃げるように、彼女は次の日から学校へ通わなくなった。

 

 夏休みが明ければ、両親のツテで他県の高校に転校する話になっている。彼女はもう、ときめき青春高校には居たくなかったのだ。

 

 ときめき青春高校に居て野球部の仲間の顔を見る度に、彼女は自分も野球がやりたくなってしまう。しかし彼らを騙してしまったが為にその場に居辛くなり、またチームとして本格的に始動した彼らに、自分の為に余計な気を遣わせるのも嫌だった。

 転校という選択は彼女にとって、野球をやめることへの決意表明でもあったのだ。故に彼女は、転校先の学校で野球に関わる気も無かった。

 

 ――そう、頭の中では考えていた。

 

 しかし彼女の心は、未だ変わらず野球人だった。諦めるべきだと思っている一方で、それ以上に野球をやめたくない思いが強かったのである。

 

 そして彼女は、誰よりも野球が上手かった。

 

 打撃も守備も超一流に優れた野球選手。それは行き過ぎた過信ではなく、客観的に自分の能力を分析した上での小山雅という選手だった。

 未だ公式戦に出場したことがないにも拘らず、プロ野球の名スカウトである「影山秀路」から声を掛けられたこともあった。シニア時代もまたチームが弱小であった為に目立つ機会こそ無かったが、対戦してきた投手は全員、例外なく打ち砕いてきた。その中には、天才と名高いあの猪狩守の名もある。

 なまじ野球選手として優秀すぎた為に、雅は野球を諦めることに不完全燃焼だったのだ。

 試合の中で女子選手として戦っていく自信を失ったのならば、まだある程度は潔く野球から身を引くことが出来たのかもしれない。しかし彼女が野球を諦めるには、実力も情熱も有り余り過ぎていた。

 スポーツ雑誌の中で取材を受けている高校球児などよりも上の実力を持っている自分が、このまま公式戦にも出られないまま野球をやめなければならない。

 彼女は多感な時期の真っ只中の、高校生の少女である。元は気の優しい乙女であろうとも、度重なる理不尽を前にして、人格に影響を受けない筈が無かった。

 

 ――故に彼女は、やがて野球に対して、高校球児に対して歪んだ考えを抱くようになった。

 

「ハッ、何が来年の注目選手、山道翔だよ……」

 

 書店の中、立ち読みしていたスポーツ雑誌の内容を嘲笑い、雅はそれをつまらなそうに本棚へと戻す。

 何か興味の沸く話題は無いかと思い手に取った雑誌であったが、その内容は「自分よりも劣る高校球児達」の特集ばかりで、雅の頭へといたずらに苛立ちを募らせるだけだった。

 

「どいつもこいつも、私に滅多打ちにされたくせに……」

 

 ――気に入らない。

 

 自分よりも劣る彼らが、世間から注目されているのも。

 自分よりも劣る彼らが、のうのうと野球を続けているのも。

 

 ――気に入らない。下手くそな彼らが認められ、本当に優秀な選手がしょうもない理由で認められない現実が、実に不愉快で怒りが沸いてくる。

 

 こんな小娘一人抑えられない無能共が、よくプロから注目されるものだ。

 いよいよプロ野球もお仕舞いだなと、雅は鼻で笑った。

 

「紹介されるピッチャー、みんなしてヘボじゃないか……あの雑誌の見る目は節穴だよ。やっぱり、猪狩守君みたいな有名どころを当たるしかないか」

 

 彼らが本当に、プロ注目の選手ならば。

 本当に高校野球の上の上、超高校級の選手ならば。

 誰でもいいから、この不完全燃焼な野球少女から完全に野球を諦めさせるだけの圧倒的なものを見せて欲しいと思う。

 

「いい加減、私に野球を諦めさせてよ……」

 

 今の小山雅の考えていることはただ一つ。

 やっぱり女の子では野球は無理だったと、自分にそう言わせて諦めさせてほしいのだ。

 このまま夏休みが終わってしまえば、自分は野球を続けたいと思いながら新しい学校に入ってしまう。それではまた、同じ過ちの繰り返しだから……。

 

 野球を諦めきれない心からの脱却――今の小山雅は、切実にそれだけを考えていた。

 

「あっ、バッティングセンター」

 

 書店を後にして五分ほどで、雅は緑色のネットが張り巡らされたバッティングセンターを見つけた。

 その時、つまらない雑誌の為に溜まったストレスを発散したかったからか、雅の足は自然とその方向へと向かっていた。

 

 ――それが彼女にとって思わぬ再会の切っ掛けとなろうとは、この時の雅には知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間以上に及ぶ強化合宿が終わり、星菜達竹ノ子高校野球部員は地元地区へと帰っていた。

 合宿内容は選手達の体力を限界まで追い込むハードなもので、それだけに収穫は大きかったのではないかと星菜は思う。

 しかし星菜自身に何か収穫があったのかと問えば、首を捻らざるを得ないのが厳しい現実だ。合宿によって多少基礎体力は上がったかもしれないが、彼女に至っては突然球速が上がることも変化球がさらに曲がるようになることもなかった。

 猛練習をしたと言えど必ずしもそれが報われるとは限らないのはこれまでの経験で嫌というほど思い知らされてきたが、それでも周りがレベルアップをしている中で自分だけが取り残されていくような疎外感は、一度として慣れたくないものだった。

 

(焦っても仕方が無いって……わかっているけど……)

 

 練習がまだ足りないのではないか、自分を追い込むことに対し甘さがあるのではないか。そう考え、より激しい練習を行おうとすれば身体が悲鳴を上げ、監督の茂木からストップが掛かる。

 怪我をしてしまったら元も子もないことはわかっているが、自身の野球選手として虚弱すぎる体質にはほとほとに悩まされるばかりだった。

 

 そんな星菜は今、自宅の中で暇を持て余していた。半袖のTシャツに短パンというラフな格好で自室のベッドに寝転び、ただ何もすることなくぼうっと天井を見つめている。

 昨日は強化合宿から帰ってきたこの日、星菜達竹ノ子高校野球部員は合宿の疲れを癒すべく一日の休暇を言い渡されていた。故に星菜はこうして楽な格好で寝そべっているのだが、昼の十二時を回れば疲れもそれなりに癒え、今は無益に手持ち無沙汰な時間を過ごすだけとなっていた。

 中学で野球をやめてから高校に入学する前までは、料理に裁縫、生け花と野球以外の趣味を見つけようと色々なものに取り組んできたのだが、今の自分にはそれらに掛けていた感情が丸っきり冷めてしまっていることに星菜は気付いた。

 四六時中野球のことしか頭にない姿はまるで幼かった頃の昔の自分のようで、それがなんだか可笑しく思え、星菜は口元から笑みが溢れた。

 

「……少しだけ、あの頃の私に戻っているってことなのかな……」

 

 せっかくの休日で野球のことしか考えていない自分に呆れながら、しかしそれで良いじゃないかと胸を張る己に星菜は気付いていた。

 野球馬鹿ならば野球馬鹿らしく、休日も野球のことに使えばいい。あまり激しい運動は出来ないが、バッティングセンターで三十回ほどバットを振るぐらいならば問題は無いだろう。

 

「よし、行こう」

 

 ベッドの上から跳ねるように起き上がると、星菜は運動用のジャージに着替え、自室から飛び出した。

 そのまま階段を下りて玄関口へと向かうと、屋外に出る前にリビングに居るであろう母親へと声を掛けておいた。

 

「ちょっと外出してくるね」

「行ってらっしゃい。もしかしてデート?」

「……一人でバッティングセンターだよ」

 

 近頃、母は星菜が外出する度に異性との――鈴姫とのデートではないかとほざくから笑えない。

 星菜が彼との関係を修復出来たことについて話した時、彼女は自分のことのように喜んでいた。そんな母としては、彼のことは割と気に入っているらしい。

 だが生憎にも自分と彼は、友人であっても「そういう関係」ではない。何度もそう弁解しているのだが完全に思い込まれているらしく、星菜は一々構うのは無駄だと諦め母の言葉を冷静に対処し、逃げるように屋外へと立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地である行きつけのバッティングセンターに着いた時、星菜は奇妙な遭遇をした。

 普段星菜が立つことの多い打席に、初めて見る客が佇んでいたのだ。

 頭の後ろで一束に結ばれた鮮やかな金髪に、星菜とて人のことを言える口ではないがバットを持つには華奢すぎるくびれた体つき。まず最初に映ったのは、バッティングセンターの打席には不釣合いなその姿だった。

 しかしそんな小柄な体格でありながらも、彼女(・・)は向かってくる速球をいとも簡単に遠方のネットへと打ち返していた。

 その打球の鋭さも飛距離も、到底少女(・・)のものとは思えなかった。

 

 ――そこに居たのは、星菜と同じ野球少女だったのである。

 

「神主打法……」

 

 容姿と同等に異質なのは、神主がお祓いをする姿に似たその「神主打法」と呼ばれる打撃フォームだ。それは打撃の基本から完全に外れた、並大抵の技術では習得不可能である非常に難度の高い打撃フォームである。

 その神主打法から、金髪の少女は左右中央、自由自在にヒット性の打球を連発している。それも全てバットの真芯で、狙い通りの方向へボールを弾き返していた。

 その打撃は間違いなく、星菜をしても自分以上のものだと断言出来る精度だった。

 

「結構良いところだね、ここは……球は速くないけどコントロールが良くて。無駄に速いだけのバッティングセンターより、よっぽど良い練習になるや」

 

 アーム式のバッティングマシンが全てのボールを投げ終えると、金髪の少女はこのバッティングセンターの感想を呟きながら貸出品の金属バットを置く。

 そして打席から外れて後ろを振り向いた時、丁度そこに居た星菜と目が合った。

 

「……っ」

 

 その時、星菜の顔を見た金髪の少女が目を見開いた。

 驚きの色を露に、彼女は愕然と佇んだまま固まったように星菜と見つめ合う。

 

(なんだ? この人の顔、どこかで……)

 

 星菜の方もまた目の前に立つ彼女の顔に見入り、その場から動くことが出来なかった。

 整った顔立ちに、パッチリと開いたやや垂れ目の金色の瞳(・・・・)――他の人間には無いその特徴から、星菜の記憶の中で何かが引っかかったのだ。

 

 ――この少女と会ったのは、これが初めてではない。

 

 思い出す。

 昔、そう、随分昔のことだ。

 星菜が昔、この町から遠く離れた地で暮らしていた頃。

 あれはまだ鈴姫とも知り合っていなかった転校前の、小学一年生の頃のことだ。

 彼女は隣の家に住んでいて、一つ歳上ではあったが何かと一緒に居ることが多かった。

 十年も経てば容姿は大分変わっているが、それでも今向かい合っている少女には確かに、かつての面影があった。

 

「あのっ」

「その……」

 

 沈黙を破り、声を掛けたのは同時だった。

 

「君はもしかして……!」

「貴方はまさか……」

 

 声を重ね合わせながら、両者は互いに名を問うた。

 

「泉星菜って言いませんか!?」

「小山雅さんではいらっしゃいませんか?」

 

 そしてその瞬間、二人の疑問はお互いの名を持って解消されたのである。

 

 

 最後に会った時の星菜は、まだ野球を始めたばかりの幼子で。

 最後に会った時の彼女は、まだ野球を始めてすらいなかった。

 泉星菜と小山雅――それはかつて仲の良かった友人同士の、思いがけない再会であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋々高校の校庭グラウンドの片隅で、早川あおいは一心不乱にボールを投じていた。

 限界までリリースポイントを低くしたアンダースローから右腕を振るい、直球の軌道から曲がりながら落ちていくボールが相棒の小波大也の構えるミットを目掛けて音を立てて突き刺さっていく。

 シンカーボール――早川あおいの代名詞と言って良いその変化球は、傍目から見れば変化量、キレ共に申し分無かった。しかし誰よりも、当の投げた本人であるあおい自身が己の投球に納得していなかった。

 

「こんなんじゃ、駄目……っ!」

 

 かれこれこの投球練習を初めて七十球になる。いずれも全て彼女の決め球であるシンカーであったが、一球足りとて満足の行くボールを投げることは出来なかった。

 

(こんなボールじゃ……あの人には通用しない……!)

 

 あおいの脳裏に過るのは、頭に特撮物の変身ヒーローのようなマスクを被ったふざけた格好をした少年の姿だ。

 先日、「野球マン」と名乗る金髪の少年がこの恋々高校のグラウンドに押し掛け、あおいを指名して勝負を仕掛けてきた。

 そしてあおいは、これまでの人生で一度も味わったことのない完全な敗北を喫することとなった。

 野球の実力以外のことで悩まされてきたことならば幾らでもあるが、野球の実力そのもので決定的な挫折を味わったのはこれが初めてのことである。彼にはあおいの持ち球全てが通用せず、棒球でもない渾身のボールがことごとく打ち込まれていった。

 勝負から一週間以上経った今でも、あおいが目蓋を閉じればあの日のことを鮮明に思い出してしまう。

 

 そして去り際に彼が言い残した言葉が、あおいの胸を締め付けた。

 

『笑わせるね……そんな程度で秋の公式戦に出る気だったのかい? 非力なボクにホームランを打たれる程度の球威で、よく夏はおめおめとマウンドに上がれたもんだよ!』

 

 野球マンの口から放たれた、激しい憤怒の言葉。

 それははっきりと、あおいの存在に対して憎しみを込めた言葉だった。

 彼が何故、あれほどまで自分のことを嫌悪していたのかはわからない。

 しかしあおいの中では、今でも彼の言葉が響き続けていた。

 

『……夢なんか語る前に、君はもっと現実を見るんだね』

 

 ――あの時、その言葉に何も言い返せない自分があおいには悔しかった。

 現実ならば散々見せつけられた。だがそれでも、今まであおいは自分の夢の為にそんな現実と戦い続けてきたのだ。

 

 ――あんたに何がわかるっ!

 

 普段の彼女であれば彼の言葉に対して怒りを抱き、その場で否定の言葉を口にしたところだろう。

 だが、それが出来なかった。

 あおいは彼の憎しみの言葉を受けた時、何か、その姿に「自分自身」を見てしまったのだ。

 

(……あの人、なんだかボクと似ていた……気がする)

 

 その胸に怒りや憎しみを抱き、修羅のように打席に立っていたあの少年。

 とても野球を楽しんでいるようには見えないあの姿は、あおいにとって過去に見覚えのあるものだった。

 

 何故ならばあおい自身、十年近く昔のことではあるが純粋とは掛け離れた邪な思いで野球をしていたことがあったのだ。

 

 ――父への復讐というスポーツ選手にあるまじき理由を持って、野球をしていたことが。

 

(ボクとは違うと思うけど……あの人は何だか、他人の気がしないよ……)

 

 近頃恋々高校内では、各野球部のエースを相手に道場破りのように勝負を挑んでいるあの少年の姿が目撃されているとの噂が流れている。

 その打率は驚異の十割で、全ての投手との勝負に完全勝利を収めているとのことだ。彼に打ち砕かれた投手の中には、パワフル高校エース山道翔などプロ注目の投手の名も幾つかあった。

 あおいもまた、彼に為す術もなく敗北した身であるからこそわかる。

 彼は、あの少年は天才だと。

 そして、同時に思った。

 

「次は負けない……絶対に」

 

 壁は大きければ大きいほど、あおいの挑戦心は強まっていく。

 この恋々高校の野球部の中で、彼女は一人の野球人として「強く」成長していた。

 敗北はそこで終わりではない。敗北を糧に、例え迷いながらでも突き進んでいくことが出来る。

 それが、早川あおいという野球少女であった。

 

 そして投球練習を再開し、彼女は七十一球目のシンカーを投じた――。

 

 

 

 






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