外角低め 115km/hのストレート【完結】 作:GT(EW版)
――それは、ストライクを一つ取った後の二球目だった。
恋々高校の捕手小波が要求したのは外角から外れるカーブだったが、投手奥居はそれを上手く制球することが出来ず、誤ってストライクゾーンの内側に入ってしまったのだ。
それも真ん中中央――絵に書いたようなど真ん中に。
そしてその失投を竹ノ子高校の主砲、波輪風郎が逃す筈もなく。
豪快に振り抜いたバットは目の覚めるような快音を鳴り響かし、白球は鮮やかな放物線を描いてレフトスタンドへと吸い込まれていった。
モニタースクリーンに映し出されたスコアボードに、数字の「2」が刻まれる。
それは波輪風郎のツーランホームランによって、竹ノ子高校が先制点を上げた瞬間だった。
「……それでこそ、僕のライバルだ」
一塁側の観客席の奥部からその瞬間を眺めていた青年は、我が物顔でダイヤモンドを一周していく男の背を見て満足そうに笑む。
あのボールを打ち損じるようなライバルでは、自分と相対する資格もない。
流石は中学時代唯一自分からホームランを打った男だ――と、青年は誰にも聴こえない心の内で呟いた。
「ちょっといいかな」
その時、ふと横方から声が聴こえた。
瞬時にその声が自分に向けられているものだと察した青年は、どこかで聞いた覚えのある声の主に対し、ちらりと顔を向けた。
「
「やっぱり
北欧のハーフを思わせるウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪に、甘い声色の印象と寸分違わぬ甘いマスクを持つ美青年――
「樽本先輩こそ、海東のキャプテンがわざわざ出張るとは珍しいですね」
「波輪君が久しぶりに投げるって聞いてね。僕は丁度OFF日だったから、マネージャーの偵察に付き合わせてもらったんだ。ほら、あそこに居るのがウチのマネージャー」
「……なるほど。海東は、随分とアイツのことを警戒しているみたいですね」
「まあね」
樽本の指差した方向に目を向ければ、空席の多い客席の中で黒紫色の髪の少女がビデオカメラを片手にグラウンドを眺めている姿が見えた。
彼の所属チームは相当に偵察熱心な様子であるが、それに対して猪狩の所属チームであるあかつき大附属高校の者は、この場には猪狩一人しか居なかった。それはあかつき大附属というチームにとって、この程度の試合は偵察する価値も無いという意味でもある。
無論、それは彼らが王者としての余裕を気取っているわけではない。今春の全国大会を制したあかつき大附属高校は現在「帝王実業高校」や「壱流高校」と言った全国レベルの強豪校の偵察に力を注いでいる為、竹ノ子高校のような地区予選レベルのワンマンチームの練習試合などはこの時期からわざわざ偵察しに行く余裕が無かったのである。
「君は違うのかい?」
「アイツの実力は認めています。しかし、それだけです。あのチームでは僕達あかつきには遠く及びませんよ」
猪狩もまた、決して竹ノ子高校の試合に興味があるわけではない。
彼が今回この場を訪れたのは自分の認めた
レフトスタンドへ飛び出した波輪のツーランホームランによって二点を先制した竹ノ子高校は、続く五番外川がショートゴロに倒れたことで、初回の攻撃は終了した。
ツーベースを打った鈴姫と言い、たった二人で二点を稼いだ攻撃は見事と言わざるを得ない。一つ注文を付けるとすれば矢部の盗塁失敗だが、こればかりは相手捕手の強肩を知っていながら事前に伝えていなかったこちらのミスであり、彼を責めるのは少々酷であった。
「ようし、この回もしまっていこう!」
「おう!」
攻守が交替し、二回の表が始まる。投球練習を終えナインに声を掛ける波輪だが、その表情には自身がホームランを打ったことによる浮つきはなく、ただ投手としての純粋な闘志が宿っていた。
この辺りの意識の切り替えは、流石はエースで四番を打つチームの
《四番、キャッチャー――小波君》
そして攻撃に移った恋々高校の先頭打者が、バットを担ぎながら右打席へと入る。
一塁側のベンチから彼の姿を視界に捉えた星菜は、一人息を呑んだ。
(小波先輩……)
小波大也――彼と小中学校と共に同じチームに所属していた星菜は、その実力の程を理解している。
一言で言ってしまえば、彼は野球の天才である。
守れば強肩堅守の名捕手であり、打てば勝負強い打撃で幾度となくチームの窮地を救ってきたスラッガー。その打撃センスは中学時代から学生離れしており、星菜が記憶している限りでは打ち取られた姿をほとんど見ていない。
彼と長らく同じチームに所属していた星菜は何度か対戦したことがあったが……通算では大きく負け越している。
もはや天敵と言っても良いほどに、全く歯が立たなかったものだ。
しかし、現在マウンドに立っている竹ノ子高校のエースもまた、他の高校球児を凌駕する天才選手である。
バットを上段に構えた小波と相対する波輪は、ノーワインドアップから投球動作へと移る。
180センチを超える大柄な全身をフルに扱い、その豪腕を力強く振り下ろした。
「ファール!」
打席上の小波が彼の投じた一球目――スクリーンに150km/hと表示されたストレートをバットに当てると、打球は真後ろのバックネットへと突き刺さった。
バットがボールの下を擦った為に前にこそ飛ばなかったが、タイミング自体は完璧であった。波輪が投げた目にも止まらぬ剛速球に対し、小波は目にも止まらぬスイングスピードで対応してみせたのだ。
(初見の150キロをああも完璧なタイミングで……相変わらず、速球に強いですね……)
その一振りを見て、竹ノ子高校のバッテリーはさぞや驚いていることだろう。
星菜の記憶している小波大也という打者は、リトル時代から速球に強い男だった。パワフル高校山道の剛速球をいともたやすくライトスタンドへ放り込んでいたことからわかってはいたが、高校レベル……それも波輪のような超高校級の投手が相手であっても、その強さは変わらないらしい。
目つきを厳しくした波輪が、二球目を投じる。
初球よりもより一層気合を込めて放たれたボールは唸りを上げて突き進み、キャッチャーミットに対し一直線に向かっていく。
そして――落ちる。
ボールはホームベースの手前からストライクゾーンの下を潜り抜けていき、ショートバウンドして六道のミットに収まる。この試合で初めて使った、波輪のフォークボールであった。
「ボール」
しかし打席の小波は直前まで踏み込んだものの、最後までバットを振ることはなかった。
(良いフォークだったけど、あれに手を出さないのがあの人の選球眼だ。私もあの人から空振りを取るまで、どれだけ苦労したことか……)
空振りを取れると思ったのか、マウンドの波輪は不服そうな顔を浮かべながら返球を受け取る。しかし打者にフォークボールがあるという意識を植え付けるだけでも、星菜は今の一球を良い見せ球であったと思う。
配球的には次もフォークを続けても良いし、落とすと見せかけてストレートを投げるのも良い。小波を抑える為にはとにかく球種を巧みに使い分け、かつコースを散らして的を絞らせないことが重要なのだ。
そして、三球目。
球種はストレートだった。そしてその球速表示は、またしても150キロを計測していた。コースは内角の高めで、打者にとって自分の身体に近い場所へと迫ってくる剛球は、先ほどのボールよりもまた一段と速く見えたことだろう。
ボールはしっかりと波輪の指に掛かっており、棒球でも制球を誤ったわけでもなく、波輪にとっては決して打たれる筈の無い、渾身のベストピッチであった。
――しかし次の瞬間グラウンドに響いたのは波輪の剛速球がキャッチャーミットに突き刺さった音ではなく、打者の一閃が生み出した甲高い金属音であった。
「打った!?」
「しかも大きいぞ!」
ベンチに居る補欠部員達の口から驚きの声が上がる。星菜もまた、目を見開いて打球の行方を眺めていた。
小波が打ち返した打球は物凄い速さでセンター左方向へと飛翔していき、センターの矢部が全速力で後退していく。
伸びていった打球は100メートル地点を越えた辺りでようやく失速すると外野フェンスへとぶつかり、数秒後に追い付いた矢部がそのクッションボールを処理し、中継に来たショート鈴姫へと送球した。
あまりにも打球が速かった為にバッターランナーの小波は二塁を回ったところで止まり、辛うじてスリーベースは免れた。しかしあわやホームランかと言う打球を目にした竹ノ子のナインは、打たれた波輪を始め驚きを隠せない様子だった。
「あ、危なかったッス……」
「……さすがです」
並大抵の高校生であればボールの威力に力負けしていたであろう波輪のストレートを打ち返し、見事長打にしてみせた。その打撃はまさしく、星菜の知る小波大也のものだった。
《五番サード、
だが驚いてばかりも居られない。間を開けずに次の五番打者が左打席へと入り、バットを構える。三番奥居、四番小波と同様に、彼もまた高校生らしからぬ大柄な体格をしていた。
対する波輪は、この試合初のセットポジションから第一球を投じる。
ストライクゾーンから内角に向かってボール一つ分ほど外れる、大きなスライダーである。やはり先頭バッターを二塁に出してしまった以上、簡単には攻めたくないというのがバッテリーの心情であろう。
しかし打者の陳は初球からそのボールを軽打し、バットに当ててみせた。右方向へと転がる打球の勢いは弱く、前に出たセカンド小島が無難に捌く。その間に二塁走者の小波が三塁へと進塁し、状況はワンアウト三塁となった。
(あっさりと進塁打を打たれたな……)
セカンドゴロに終わった陳の姿に目を向けると、彼はベンチに戻るなり恋々高校のチームメイト達とハイタッチを交わしていた。
それを見て星菜は今の打撃が迂闊にボール球に手を出した結果ではなく、打者陳が狙って進塁打を打ったものだということがすぐにわかった。まさに練習試合で行うべき正しいチームバッティングであり、彼の意識の高さが伺える打席であった。
《六番ライト、天王寺君》
ワンアウトを取ったとは言え全く安心出来ない場面で、続く六番打者が打席に入る。こちらもまた身長180センチを超える大柄な体格をしており、さらに目を向ければネクストバッターズサークルに待機している七番打者の身体も大きかった。
「恋々高校の選手は身体が大きいッスねぇ……」
ここまで出てきたあちらの選手の姿を思い、隣に座るほむらがどこか羨ましげに呟く。星菜もまた、彼らの恵まれた体格には強い羨みと同時に妬みすら抱いていた。
(……まあ、私があの身体に憧れても仕方がないか)
自分の身体も彼らのように逞しい筋肉に覆われていればという思いはあるが、生まれつきそう言った体質に恵まれない星菜はそれも無駄な憧れだと心の中で笑い飛ばす。
そして竹ノ子高校で最も恵まれた体格を持つ男へと目を向けると、マウンド上の彼は既に初球を投じていた。
その投球は外に大きく外れると、捕球した六道が三塁走者を目で牽制する。どうやらスクイズを警戒したボ一ル球のようだが、三塁走者の小波にスタートを切る様子はなかった。
打者天王寺との勝負がついたのは数秒後、ストレートを二球続けてツーエンドワンと追い込んだ後の四球目だった。
是が非でも三振が欲しいこの場面で波輪が投じたのは、外角のストライクゾーンからさらに外へと逃げるスライダーであった。
彼のキレの良いスライダーは打者の目からは途中までストレートに見えてしまう為、ボール球であっても思わず手を出してしまう。そして打者天王寺もまた、その球に手を出してしまった。
本来であれば彼のバットは空を切り、この打席は波輪の完全勝利に終わったことだろう。
しかし波輪が投じたその一球は、本来ある筈の変化ではなかった。
「むうん!」
打者天王寺がストライクゾーンの外へと
打球は芯を外した為にそれほどまでは伸びなかったが、それでも天王寺のスイングは強く、ライトの定位置まではノーバウンドで届いていった。
それは三塁走者小波がホームベースまで到達するには十分な距離であり、フライを捕球したライト石田が懸命にバックホームするも、程なくして恋々高校に一点が記録された。
「あっさり点を取られたッスね……」
「パワーもありますが、恋々高校はチームバッティングが上手ですね」
ツーベース、進塁打、犠牲フライ。無駄のない流れるような攻撃で一点を返してみせた恋々高校の攻撃を、星菜は心から賞賛する。これは個人的な意見であるが、星菜はどちらかと言えば豪快なホームランで得点を稼ぐ一発攻勢の野球よりも、この回の恋々高校の攻撃のようなチーム全体で点を取りに行く野球スタイルの方が好みであった。
(それも、貴方が決めたチーム方針なのですか? 小波先輩)
実に好感が持てる攻撃である。
星菜は恋々高校に二人の恩人が居ることも含めて、このままではいつの間にか竹ノ子高校ではなく恋々高校を応援していそうな自分に気付いていた。
『……あっちじゃなくてウチを応援しましょうよ、泉さん』
(……わかってるよ)
そんな時こそ星菜は一人のチームメイトの言葉を思い出し、これではいけないと自分の頭を小突く。
今の自分は竹ノ子高校野球部のマネージャー兼選手であり、小波大也の幼馴染でなければ早川あおいのことを尊敬する女子選手でもない。彼らとてグラウンドに居れば敵同士であり、余計な感情は捨て去るべきなのだ。
気を取り直してマウンドの波輪に目を向けると、星菜は不要だと思いつつも彼に落ち着きを促す為の声を掛ける。その応援の声が届いたのか否かはわからないが、彼は続く七番小豪月を今度こそ外に逃げるスライダーで三振に仕留めた。
それでは竹ノ子選手能力を四番~六番までを。
※あくまで参考程度に考えておいてください。
右投右打
ポジション 投手
弾道4
ミート B
パワー A
走力 C
肩力 A
守備力 C
エラー回避 B
プルヒッター パワーヒッター ムード○
備考:きれいなパワプロ君その1。作中トップクラスの実力者
右投右打
ポジション 一塁手
弾道3
ミート D
パワー D
走力 D
肩力 D
守備力 F
エラー E
盗塁2 積極盗塁 送球2
備考:速球に強い。某SB生え抜き選手とは何の関係もない
右投右打
ポジション 三塁手
弾道3
ミート E
パワー D
走力 E
肩力 B
守備力 C
エラー回避 E
送球4
備考:大体原作パワポタ3と同じ