外角低め 115km/hのストレート【完結】 作:GT(EW版)
誰もが、息を呑んでいた。
グラウンドに居る者に例外はなく、サッカー部の者もテニス部の者も陸上部の者も――誰もが、その光景に目を奪われていたのだ。
彼らが自らの練習を疎かにしてまで注視しているそれは、野球部の練習風景だった。野球部は現在、実戦形式の打撃練習であるシート打撃を行っている。それだけならば、この竹ノ子高校においては日常的に行われていることだ。しかし、彼らが見ているのは練習そのものではなく、「誰が」練習を行っているかにあった。
一打席ずつ交代しながら打席に入る打者を、少ない球数で次々と打ち取っていく投手。
マウンド上に立っているその人物は、今校内で最も有名な一年生の「少女」だったのである。
「なあマル。あそこで投げてるのって、噂の一年生の泉星菜ちゃんだよな?」
テニスコートからその姿を眺めるテニス部員の一人が、新入部員に向かって確認の意図を込めて訊ねてくる。
しかし訊ねられた少年はその問いに応えることが出来ず、呆然とその場に佇んでいた。
「おいマル。聞こえてんのかー? 丸林隆!」
「あ、はい! 丸林です!」
「相変わらずだなお前は。あの子に見とれるのはしゃーないけど、一応練習中なんだからあんまボーッとすんなよ?」
「す、すすすす、すみません先輩! 丸林です!」
「なにキョドってんだよ……」
少女を眺める少年はその心に驚愕と畏怖、そして懐かしさを同時に感じており、とても自分の練習に集中出来る状態ではなかった。
彼がかつて所属していたリトル野球チームで、同じポジションを争った少女――泉星菜がマウンドに居る。
彼女という存在は当時類まれな才能を持っていながらも一度としてエース投手になれなかった丸林隆にとって、誰よりも巨大な壁であった。
在りし日の丸林はどれほど練習を重ねても彼女との間にある実力差を乗り越えることが出来ず、その現実に多大なトラウマを植え付けられたものだ。
(や、やっぱり泉さん、まだ野球やってたんだ……)
それこそが四月上旬、彼が寸でのところで野球部への入部を決められなかった理由の一つでもある。
要するに、丸林隆は泉星菜を恐れているのだ。
見知った関係でありながらも廊下で彼女と遭遇した時は一目散に逃げ出し、学校内ではほとんど会話をしたことがない。
「そういやお前、あの子と同じ小学校だったんだってなぁ。今度紹介してくんない?」
「む、無理ですよそんなおっかないこと!」
「おっかない? なんで?」
ああしてマウンドに居て、ボールを投げているということは、やはり彼女は丸林の知っている泉星菜のようだ。
それは彼が今まで避けてきて良かったと、心底思える情報だった。
堂々たる佇まいからキャッチャーミットを見据え、ゆったりとした動作で振りかぶる。
全身を使って左腕を覆い隠し、地面に叩きつけるかのようにボールを長く持つ――球持ちの良さ。
独特な投球フォームから放たれたボールはキャッチャー視点、打者視点からは予備動作なしで突然現れたように見える為、オーソドックスなフォームで投げるよりもよりも非常にタイミングが取りづらい。
さらに恐るべきは構えたところから一センチも違えない、正確無比な制球力だ。加えて打者の手元で驚異的な切れ味を発揮する、数多の変化球であった。
「あれ? 捉えたと思ったのに……」
カツン、と鈍い金属音が響き、小さなフライが打ち上がる。
これで九人目かと、泉星菜の投球を受ける六道明は彼女に打ち取られた打者の数をカウントする。
茂木監督の指示によってシート打撃練習を行うことになったのが十分前のこと。その際は野球部員一同が茂木の言い放った言葉に揃って驚きの声を上げていたことを思い出し、キャッチャーマスクの中で笑みが漏れる。
『バッティングピッチャーは泉、お前がやれ』
『はい』
『ああ、バッティングピッチャーだからってわざと打たせなくていいぞ。本気で投げてみろ』
『わかりました。全力で投げます』
あろうことか女子マネージャーである泉星菜が、監督から打撃投手に任命されたのである。本人がその言葉に返事を返すまで、大半の部員が聞き間違いをしたと思ったことだろう。
後にされた茂木の話によれば、今日から彼女は部員の一人として野球部の練習に参加するとのことだ。流石に体力的な問題から独自のメニューを組まれることになるのだとは思うが、既に彼女の才能を目の当たりにしている明からしてみれば彼女の参加は大いに賛成であった。
彼女と聖の対戦を最も近くで見た明は、以来気になっていたのだ。
彼女の投球は、高校野球レベルではどこまで通用するのか――と。
(とりあえず、ウチの補欠レベルが打てる球じゃないのはわかった……)
打者九人を相手に投げて、打たれたヒットは0本。フォアボールどころかスリーボールになったことすら一度も無く、テンポ良く打者を抑えていた。
一人、また一人と打ち取っていく度にグラウンドの空気が変わっていくのが見てわかる。そんな彼女の姿には野球部だけでなくサッカー部やテニス部の者からも視線が集まっている気がするが、それは彼女の存在感たる所以か。今明には、目の前に広がる光景が夢幻のように映っていた。
「次はオイラの番でやんす!」
彼女と十番目に相対する打者は、現時点の竹ノ子野球部においてレギュラーメンバーの一人である矢部明雄であった。打席に入る前に行う素振りだけでもわかるが、彼のスイングスピードは補欠の選手とは比べ物にならないほど速い。
尤も、それを見たところで星菜の表情は全く変わっていない。凛とした表情のまま、他の打者に対する際と同じように応対していた。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくでやんすぅ~!」
「なに鼻の下を伸ばしているのだお前は」
「可愛い女の子によろしくされて嬉しくない男は居ないでやんす!」
「その言い方はやめろ、誤解を招く」
明は捕手として投手である彼女をリードする立場にあるのだが、観客視点のようにこの対決を見物だと思っていた。
矢部明雄は頭が悪い上に空気の読めないどうしようもない男だが、一選手としての実力は他校に出しても恥ずかしくないレベルにある。彼との対戦結果は、他の選手以上の判断材料になるのだ。
「でも、オイラは真面目な高校球児でやんすから、相手が星菜ちゃんだからって手加減しないでやんす!」
「ああ、お前は逆に手加減される立場だ」
「ムッ、それは聞き捨てならないでやんす。オイラの華麗なバッティングを見せるでやんす!」
矢部が打席に入り、スクエアスタンスに立ってバットを構える。
打者の準備が出来たことを確認すると、星菜がゆっくりと投球動作に移る。極端にテイクバックを小さくした腕から放たれたボールは、鋭い腕の振りとは対照的に緩い軌道を描いていた。
「貰った! ホームランでやんす!」
「残念、空振りだ」
「ジャストミートしたと思ったんでやんすよ……今のスローカーブ、とんでもなく曲がったでやんす」
泉星菜が操る中で最も変化量の多い球種――スローカーブ。八十キロ足らずの球速でキャッチャーミットまで到達するそれは緩急の厄介さも無論だが、変化量も凄まじかった。打者の予測よりもさらに一段二段と曲がっていく変化には、これまで相対したどの打者も対応することが出来なかった。
(矢部よ、驚くのは早いぞ)
変幻自在な彼女の投球に対する打者の反応を見るのは、彼女をリードする明にとって愉快極まりないものだった。非力ながら技巧を凝らした玄人好みの投球で打者を打ち取る彼女の姿には、圧倒的な力を持って強引に打者を捩じ伏せる波輪には無い魅力があるのだ。
(次は……カット行ってみるか)
豊富な変化球を受けるのも、捕手として楽しいことだ。カット、ツーシーム、スライダー、スローカーブ、チェンジアップ、シュート等々……彼女いわく細かく分別すれば投げられる球種は全部で二桁にも上るらしい。実戦で使えるのはその半分ぐらいだとも言っていたが、打者を相手に実際に投げ分けてみせる彼女を見て、明は捕手という立場を忘れて唖然としたものだ。
そしてその球種は、ただ豊富なだけではない。
(ここだ。今の矢部にはこの高さで十分だ)
二球目の投球は、あえて打ちやすい甘い高さを要求する。その要求に従って投じられたボールは、打者の矢部にとって絶好球に見えたことだろう。
しかし、彼がフルスイングした打球はフェアゾーンには飛ばなかった。
「何で、今のがファールになるんでやんす?」
「芯を外したな。力んでいるのではないか?」
「ありえないでやんす! 一年生は皆打ち取られたでやんすけど、いくらなんでも今のコースのあのストレートを打ち損じるオイラじゃないでやんす!」
「では……俺から聞かせてもらおう」
これまで対戦してきた打者の誰もが、彼女のボールが持つその性質に敗れていた。
そして今現在相対している矢部明雄もまた、既に彼女の術中に嵌っていた。
「一体いつから、ストレートを投げていると錯覚していた?」
「なん……だと……でやんす」
今の矢部のようにこれまでの打者一同の反応があまりにも面白すぎた為、彼女をリードする明は楽しげに弾んだ声で囁いた。
小刻みに交えるスローカーブによって視点をずらされ、緩急をつけられる為、そしてあまりにも球自体の
相対した打者からしてみれば何故捉えきれないのかもわからないまま、アウトカウントだけが増えていくのだ。
「い、今のはストレートじゃなかったんでやんすか?」
「さあ? どうだろうか。今度はボールをよく見てみればいい」
「やってやるでやんす!」
先ほど投じたボールをストレートだと思った時点で、勝敗は決している。
溢れる笑みを抑えきれない。この事態は六道明にとって、全くもって予想外だった。
矢部明雄は既に、彼女の相手ではない。そのことがわかってしまったのだ。
(三球で十分だ、泉)
出したサインに頷き、彼女が三球目のボールを投じる。
相変わらず美しい軌道を描く白球は、何にも遮られることなく
「あ」
外角低め、球速は115キロぐらいか。ストライクゾーンギリギリ一杯に決まったストレートに手を出すことが出来ず、矢部明雄はあえなく三振した。
「ボールをよく見ている間にボールが来たってところか」
「き、汚いでやんす! 六道君がごちゃごちゃ言うから……!」
「集中力の無いお前が悪い。これは囁き戦術という立派な戦術だ。多分」
彼女のストレートは決して速くないが、だからと言って変化球のタイミングで待てるような球でもない。彼女のボールには並外れたスピンが掛かっている為、体感では実際の球速よりも速く感じられるのだ。一般的に「ノビのある球」と呼ばれる球質である。
高校野球レベルでも戦えるという自信が確信に変わったとでも言ったところか。矢部を容易く切って伏せた彼女の顔は、どこまでも晴れやかなものだった。
――話は数時間前、四時間目の授業が終了した後の昼休みまで遡る。
「おう、よろしく。同じピッチャーとして一緒に頑張ろうな」
星菜が主将の波輪に向かって野球部の練習に参加する旨を報告すると、彼は茂木と同様に、拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれた。
クラスメイトの矢部明雄や彼の教室に遊びに来ていた川星ほむら共々、大層驚いているようではあったが、女子である星菜が練習に参加することに対しては嫌な顔一つせず、寧ろ歓迎の言葉を掛けてくれたものだ。
「あの、本当によろしいのでしょうか……私なんかが一緒に練習して」
「みんな歓迎すると思うよ。もし練習がきつかったら監督に相談してメニューを変えてもらえばいいだけだし、問題ないだろ。なあ矢部君?」
「………………」
「あ、やべぇ。矢部君がフリーズしてる」
「嬉しすぎて固まっているみたいッスね。まあそんなことはどうでもいいッス、重要なことじゃないから。星菜ちゃん、ほむらも構わないッスから、あんまり気にしなくていいと思うッスよ」
「ですが……すみません、我が儘を言ってしまって。マネージャーの仕事も、私に出来ることは手伝わさせていただきます……」
「うーん、気持ちは有難いッスけど、それだと星菜ちゃんに負担が掛かるッスからねぇ……いっそ新しいマネージャーを勧誘した方が良いかもしれないッスね」
「……重ね重ね、申し訳ありません」
彼らの対応は、信じられないほどに優しかった。星菜としては、優しさがここまで来れば逆に不審に感じるぐらいである。
事が上手く運ぶのが、あまりにも都合が良すぎるように思えて――星菜にはこれが、全て夢の出来事とすら思えた。
「ああそうだ、グローブとかスパイクは持ってるか?」
「はい。グローブは軟式用ですが、中学時代に使っていた物があります。傷ついて汚れていますが……」
「使い込んだんだな。なら、これを期に買い換えても良いんじゃないか?」
「新品を買いに行くならほむらも一緒に行くッス!」
「……考えておきます」
「彼」と過ごした穏やかな時間によって既に人間不信は治ったものと思っていたが、まだ心の底では人を信じきれていないのかもしれない。
彼らの好意をどこか胡散臭いと感じてしまう己の心の汚さに、星菜は改めて失望した。
――本当に、自分なんかがあの場所に居て良いのだろうか。
自分が頼んだこととは言え、現場への復帰を決めればこうも簡単に前進出来たことに、今までの悩みは何だったのかと思ってしまう。
「……星菜ちゃん、俺は君が野球をやるのは大歓迎だけど、その代わり一つだけ俺のお願いを聞いてくれ」
しかし、現実はそう楽なものではない。波輪の言った言葉に顔を上げると、星菜は彼の顔を真っ直ぐに見つめる。
お願い――つまりは、女子である自分が野球をすることへの対価か。五月になって新チームの目処が立ったところで、後からノコノコ現れては共に練習したいと言うのだ。こんな勝手な人間の参加を、無条件で快く受け入れる道理は無い。
「……どうぞ」
星菜は静かに、彼の言葉を待った。無理難題を押し付けられたらどうするかなど、そう言った不安ももちろんあるが、ある程度のことは受け入れるつもりだった。
これから先自分が部に掛ける迷惑を考えれば、それに見合うだけの対価の支払いは当然のことだと考えていたのだ。
しかし彼は、彼らは、それすらも星菜の心を拍子抜けさせてくれた。
「ないとは思うけど、部の誰かに嫌なことをされたら俺に言ってくれ。以上だ!」
「あ、それならほむらにも相談してほしいッス! ウチの部員に限ってそんなことはないと思うッスけど」
それは星菜にとって、二人が今後も自分の味方で居てくれるという宣言のようなものだった。口では「お願い」と言ったが、その言葉からは彼らなりに星菜のことを心配してくれているのだということがわかる。
「……はい」
全くもって、人の良いことだ。
彼らの優しさは、守られることに対して抵抗を感じるような女には勿体無いものである。
ならば今度こそ、誰にも迷惑を掛けられない。
かつて犯した過ちを彼らの居る野球部で繰り返さないことだけは、その胸に強く誓った。
ありがとうございます――そう言って深々くお辞儀した後、彼女は二年の教室を去っていった。多くの生徒達が談笑する憩いの時間である昼休みだが、彼女が居る間教室の空気が普段と違う気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
本人がどこまで自覚しているのかはわからないが、彼女の際立った美しさはそれだけ周りの注目を集めてしまうのだ。
教室を立ち去る彼女の姿を見送った後、波輪はドサッと机の上に突っ伏した。
「重すぎだろぉ……」
彼女が居る間は言えなかった言葉を、喉から呻くように呟く。ポンッと肩に乗せられたほむらの小さな手が、今の波輪の唯一の癒しだった。
「なに? 俺なんかあの子に酷いことした? なんであんな目で俺を見るんだよぉ……」
「なんかさっきの星菜ちゃん、近所の怖い大型犬の頭を恐る恐る撫でようとしている子供みたいな顔してたッスね」
「思いっきり怖がられてたよね俺……別に取って食やしないってのに……」
「取って食ったら今波輪君はここに居ないッスけどね」
先ほど波輪の前で見せた星菜の表情は、驚くほどほむらの言う表現に当てはまっていた。そう、彼女は一言一言、どこかで波輪に噛み付かれるのではないかと思っているように恐る恐る話していたのだ。
要点をまとめれば「自分も野球部で練習したい」、「色々と迷惑掛けるかもしれないけどよろしく」と、ただそれだけの内容だった。しかしたったそれだけのことを、彼女は非常に言い辛そうにしていた。
「あれは何か、過去に辛い目に遭ったって顔だったなぁ……」
波輪もほむらも、そんな彼女の態度に何も感じないほど鈍感な人間ではない。
幸いにも波輪には中学のシニア時代に出会った野球少女の知り合いが居る為、彼女の態度には思い当たる節が幾つかあった。
「なんか、土曜日の予定が変わったことがすっかり話のおまけになっちゃったッスねぇ……」
「あー、恋々高校との練習試合だっけか。危ねぇ忘れるところだった」
「新チーム初めての練習試合ッスからね。気合入れてビシッと頼むッスよ波輪君、矢部君……って、矢部君はまだフリーズしてるんスか」
彼女からは彼女が練習に参加するという話の他に練習試合の予定も報告されたのだが、ほむらが居なければ危うく頭から抜け落ちるところだった。先ほど彼女から向けられた怖いものを見るような表情は、波輪にとってそれほど精神的ダメージが大きかったのである。やましいことは何一つしていない筈なのだが何故だか罪悪感が膨れ上がっていくという、非常に理不尽な目に遭っていた。
そこで、波輪はあることに気付いた。
恋々高校という、練習試合の対戦校についてのことだ。
「……恋々高校って、この間ほむらちゃん達が偵察に行った高校だよね?」
「うん、本当はパワフル高校の偵察だったんスけど。活き活きしてて強いチームだったッスよ」
いつだったか竹ノ子高校二人のマネージャーが偵察した試合に名前が上がった高校、恋々高校。その偵察の報告には、少々気になる点があった。スタメンに名を連ねた選手達の名前に、何人か心当たりがあったのだ。
記憶が確かなら、奥居、村雨、天王寺、球三郎という名前はシニアで身に覚えがあり、試合で対戦したことがある。そして四番を打っていた小波という男は、波輪は会ったことはないが鈴姫の出身校である白鳥中学の主将だったらしい。そしてほむらが言うには、当時の軟式野球で中学最強のスラッガーだったと。
私立校とは言え最近まで女子校だった学校がよくもそれだけの選手を集めたと思うが、それ以上に驚いたのは先発投手の名前だった。
早川あおい――波輪はその名の投手ともかつてシニアの試合で対戦したことがあり、そして完璧に抑え込まれた記憶がある――女性投手である。
(あの子がまだ野球を続けていたとはなぁ……)
生半可な捕手では捕球することすら出来ない曲がりの大きなカーブとシンカーを投げ、抜群の制球力を持つ投手。性格は男勝りで気が強く、個人的には少し苦手だったが、彼女の野球への熱心な打ち込み方には敵ながら学ぶものが多かった。
練習試合ならば、女子選手でも試合に出ることが出来る。もしかしたら土曜日は、久しぶりに彼女と投げ合うことがあるかもしれない。
「楽しみだな」
女子選手同士、彼女と星菜を引き合わせてみるのも良いかもしれない。見たところ星菜はどうにも心に闇を抱えているようだが、だからと言って波輪には自分が不用意に彼女の心に踏み込んでしまうのはあまりに失礼だと思えた。こういうことは近い立場に居る人間に任せた方が無難ではないかと――学力こそ皆無だが、波輪はそういったことには頭の回る男だった。
土曜日に向けて、今日は投げ込みを増やしてみるか――そんなことを考えていると程なくして昼休みが終わり、ほむらが慌てて自分の教室に帰った。