アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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「歴史の変転と勝敗の帰趨は、ともに一瞬で決する。しかし、大部分の人間は、その一瞬の後姿を、遠い過去に向って眺めやるだけである。現在がその一瞬であると知る者は少なく、自らの手でその一瞬を未来に定める者はさらに少ない。しかも極めて残念なことに、より悪意を持つ者が、より強い意志を持って未来に対するケースが多いように思われるのだ」
         ――ダリル・シンクレア,ガンダルヴァ国際大学理事,歴史学部名誉教授

「だとするならば、780年のライヘンバッハ伯爵は相対的に善人だったと言えるだろうな」
         ――ゲオルグ・スチュアート・リヒター,
           公益社団法人特定機密管理・公開推進センター上席待遇客員研究員




壮年期・「この日、オーディン戦勝記念広場で六つの人生と共に一つの時代が終わった」――D. Sinclair(宇宙暦780年12月10日~宇宙暦780年12月18日)

 歴史上、ライヒハートの名を以って行われた処刑は二〇〇例強存在するが、その九割以上が宇宙暦三一六年から宇宙暦三二一年と宇宙暦三五一年から宇宙暦三五六年に集中している。

 

 『ライヒハート』による最初の処刑は宇宙暦三一六年にルートヴィヒ・エルンスト・シュトラッサー、オーギュスト・レーム、アンドレイ・スタルヒンら二七名の「恐ろしき陰謀家」に対して行われた。以後およそ五年間、間に悪名高い『劣悪遺伝子排除法』制定と議会の永久解散を挟みながら、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが自身の手で鉈をふるったこの粛清期において『ライヒハート』は多用された。

 

 尤も、この時期において『ライヒハート』の名は大して重要視されていなかった。そんなライヒハート一世が皇帝の処刑人として広く認知されたのは、宇宙暦三二一年の「共和国の至宝」アントワーヌ・シュフラン処刑によってだろう。シュフランが処刑された理由はただ一つ。「生きていることがルドルフの邪魔になる」。それだけだ。他の罪人と違い、シュフランには何の瑕疵も無く、罪状も無く、それらをでっち上げられてすらいなかった。徹頭徹尾、ルドルフが殺したいという理由だけで「万民の友人」「(法と道徳に次ぐ)第三の基準」「人類の良心」と呼ばれた男は断頭台に送られた。純然たる皇帝による殺人がそこにあった。それを誰も止められず、裁けないという事実は人々の心を打ちのめし、共和政の敗北を実感させた。その処刑を執り行ったのがヨハン・ライヒハート一世であった。シュフランの処刑を機にルドルフは鉈を置いたこともあり、人々にヨハン・ライヒハートの印象が強く残る事となった。

 

 後世、ある種の神格化の為にこの時期に行われた著名な処刑が『ライヒハート』の手によって行われたとされたが、実際の『ヨハン・ライヒハート一世』という人物は単にルドルフの狂信者の一人でしか無く、他の狂信者よりも早くルドルフと面識があったが故にいくつかの処刑を任されたに過ぎない。アントワーヌ・シュフランを殺したのが他の処刑人であれば、「皇帝陛下の」処刑人という称号は別の名前に冠されていたかもしれない。

 

 宇宙暦三五一年。「連邦主義者(フェデラリスト)の乱」に直面したジギスムント一世とノイエ・シュタウフェン大公は乱の鎮静化の為に打てる限りの手を打った。その一つが『ライヒハート』の聖域化だった。急遽用意した『ヨハン・ライヒハート二世』による共和主義者の首魁『ジャン=リュック・シュフラン』の処刑は露骨なまでに三二一年の処刑を模倣していた。余談だがこの『ヨハン・ライヒハート二世』はヨハン・ライヒハート一世にそっくりであったが一切血の繋がりがない一処刑人であり、一方『ジャン=リュック・シュフラン』はアントワーヌ・シュフランの孫であったが、それだけで「連邦主義者(フェデラリスト)の乱」とは一切関係のない人物だったと言われる。

 

 この処刑を皮切りにジギスムント一世とノイエ・シュタウフェン大公は『ライヒハート』の権威を盛んに宣伝し、体制を支持する民衆たちに『ライヒハート』で処刑された人間の家族や友人、果ては同郷の人間まで徹底して差別し、迫害し、断罪するように扇動した。今に至る『ライヒハート』の原型がこの時完成した。

 

 概ね宇宙暦三五三年後半以降、体制は『ライヒハート』による処刑を威圧手段として使う余裕を手に入れ、共和派民衆や罪人に対し司法取引を迫るようになった。国家に対する犯罪によって死ぬか、皇帝に対する犯罪によって死ぬか、という取引である。連座制の一部適用除外と組み合わせたこの取引は非常に成果を挙げたという。

 

 宇宙暦三五六年、「連邦主義者(フェデラリスト)の乱」の完全鎮圧が宣言されて以降、ジギスムント一世は務めて『ライヒハート』の使用を避けた。一連の乱を通じて流血の象徴となった『ライヒハート』を民衆の目から遠ざけたのだろう。「連邦主義者(フェデラリスト)の乱」で共和派は敗北したが、根絶することは結局できなかった。そして「連邦主義者(フェデラリスト)の乱」では帝国体制側も甚大な被害を受けた。ジギスムント一世はそれらの事実と共に、乱の存在自体を矮小化することを選んだ。

 

 その後、『ライヒハート』はいくつかのエピソード――痴愚帝による商人処刑や流血帝に命じられた『ライヒハート八世』による『ライヒハート七世』の処刑など――を挟みながら今へと受け継がれてきた。しかし、ジギスムント一世による聖域化によって、『ライヒハート』は銀河帝国皇帝自らの銃であり、縄であり、斧であり、剣であると定義され、『ライヒハート』による処刑は皇帝自らが銃や剣を使用して処刑を行うのと同義とされたことで、『ライヒハート』が実際に使用されるのは極々稀な場合となった。

 

 例を挙げると、宇宙暦七〇〇年代で『ライヒハート』の使用によって処刑されたのは化学兵器の研究を秘密裏に行った挙句、バイオハザードを起こして町を丸ごと一つ「殺した」フリードリヒ・ヴィーデナーと自身の特殊性癖(ディスモーフォフィリア)を隠さんとするあまり、革命的民主主義者武装同盟に軍事機密を片っ端から流し、二〇年に渡って革民同の活動を支援し続けていたトーマス・フォン・プデラーの二人だけである。

 

 宇宙暦五六三年に行われたアドルフ・シャンバーグの処刑、宇宙暦六四六年に行われたゴットリープ・フォン・インゴルシュタットの処刑、宇宙暦七三六年に行われたコルネリウス・フォン・ヴィレンシュタインの処刑、宇宙暦七六九年に行われたオットー・フォン・ブラウンシュヴァイクとその一派の処刑などはいずれも『ライヒハート』の使用が噂されたが結局軍務省、あるいは司法省による死刑執行という通常の形式で行われた。

 

 

 

 

 

 

 故に、その映像が銀河に齎した衝撃は計り知れないものがあった。その六人が『ライヒハート』で処刑されるのであれば、彼等と血縁関係にある者達は銀河帝国皇帝にとって最も憎むべき敵であるという事になる。……それはすなわち、『帯剣貴族』という集団そのものを銀河帝国皇帝は公敵と見做したという事である。ルーゲンドルフ公爵家やフィラッハ公爵家、バウエルバッハ伯爵家と血のつながりがない帯剣貴族を探す方が難しい。

 

 シェーンベルク大将が処刑されているのも衝撃的だ。シェーンベルク子爵家はあのリッテンハイム侯爵家に連なる家柄なのだ。となれば、『リッテンハイム侯爵家』も銀河帝国皇帝は公敵と見做すのであろうか。

 

 気になる前例があった。止血帝エーリッヒ二世は流血帝の治世下で『ライヒハート八世』が行った処刑を無効と宣言した。正確に言えば、『ライヒハート七世』が『ライヒハート八世』を僭称する人間に殺害された後、『ライヒハート』は空席になっており、改めて『ライヒハート八世』を止血帝エーリッヒ二世が任命する、という体裁を取った。『ライヒハート』の名が当人の死亡と共に次代に受け継がれる決まりとなっている以上、七世死亡前から八世を名乗っているのはおかしい、という論理だ。……尤も、そうだとしても七世の死後、八世が流血帝から正式に任命を受けている点は説明の仕様がないはずなのだが。

 

 とはいえ、この前例にならい、フリードリヒ四世が『ライヒハート一六世』を名乗る青年による処刑を無効とする可能性はあった。

 

 ……人々は困惑していた。ライヘンバッハ伯爵は正気なのか。こんなことをすれば帝国は崩壊しかねない。一体何を考えているのだろうか。そもそもこれは本当にライヘンバッハ伯爵の意思なのだろうか。あの『ライヒハート一六世』は本物なのだろうか。フリードリヒ四世とルートヴィヒ皇太子はライヘンバッハ伯爵を支持したのか……。この瞬間、全銀河が、私の一挙一足に注目していたといっても過言ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……自分たちが何をしたのか。分かっているのか?」

 

 私は務めて冷静さを保ちながら問い掛ける。正面のスクリーンには六つの顔が並ぶ。その中でもライヒハート記念収容所から戒厳司令部の通信に応答している男――セバスティアン・コーゼル宇宙軍大佐――が即座に反応した。

 

『人民と国家にとって必要な事を為した、ただそれだけの話です』

 

 その言葉にスクリーンのこちら側に立つ者達が一斉に激昂する。一際大きな声が左側のスクリーンから飛ぶ。処刑映像を見て慌てて戒厳司令部に直接通信を入れたブルクミュラー地上軍大将の声だ。

 

『ふざけるな!貴族軍人が全員叛乱を起こすぞ!』

『でしょうな。ですからライヘンバッハ大将閣下には重ねて第二次処刑の実行許可と貴族軍人全員の拘束命令をお願い致します』

『馬鹿を言うな!火に油を注ぐ気か』

『その通りです。この機に変革を受け容れない帯剣貴族共は燃やし尽くしてしましょう。そうすれば火は消えます』

「……何という」

 

 私の近くでビュンシェ准将が絶句する。少なくない者がビュンシェ准将と同じ反応を示し、それ以外の者は一斉にがなり立てた。喧騒の合間を縫うようにしてグリーセンベック上級大将の冷静な質問が飛ぶ。

 

「ゾンネンフェルス中将、貴官程の人間が何故こんな暴挙に及んだ?」

「そうだオトフリート……!こんなことは狂気の沙汰だ……」

 

 途方に暮れたような表情でゾンネンフェルス退役元帥が息子に語り掛ける。

 

『私は正気です。グリーセンベック上級大将閣下、父上。正気を失っているのは白薔薇ではない。貴方方だ』

「何だと!」

『いや失礼。正しくは「狂気に陥っている」ですね。貴方方の高潔な志は私も充分に理解している。私が殺そうとしている人間の中には貴方方と同等に惜しむべき者も居るでしょう。それも理解している。……ただ貴方方の発想はどこまでいっても「貴族」でしかない。その点で貴方方は正気で無いのだ。……我々「白薔薇党」が目指す世界に貴族は障害でしか無い』

 

 ゾンネンフェルス中将は嫌悪感を隠そうともせずそう言い放つ。今度は絶句する者の方が圧倒的に多かった。平民のコーゼル大佐が貴族を悪し様に言うことは想定の範囲内だが、ゾンネンフェルス中将の口からここまで直接的な貴族敵視の言葉が出るとは想定していなかったのだろう。

 

『単純な話です。私は人が人として生きることが出来る世界を作りたい。「課税」?「終戦」?それは枝葉の話です。もっと根本的に、私は一握りの人間がその人格と能力と努力からして相応しくない地位を占めるこの国の体制に問題を見出しています。貴方方自身は地位に相応しい器量をお持ちだが、他人……特に身分の低い者が相応の地位を得ることが出来ない現状に対しあまりに無頓着だ。貴方方は恥ずべきなのです。帝国国籍保持者三二〇億の一パーセント程でしかない支配階級の、さらに三分の一程度でしかない帯剣貴族を、貴方方は帝国国籍保持者の九七パーセントと「事実上の」帝国臣民二〇〇億、さらに銀河に散逸した一〇〇〇億とも言われる同胞よりも優先している。貴方方はそのおかしさに気付けていない』

 

 憐れみと嘲りが混ざったような口調でゾンネンフェルス中将は語る。「数の問題ではない!国を誰が支えているかという話だ!」即座に反論したのはブルクミュラー地上軍大将である。「急ぎ過ぎだ馬鹿者!」顔を顰めてブルッフ宇宙軍上級大将が吐き捨てる。「おかしいのは卿等だ……こんな蛮行を冒して『人らしく生きられる世界を』だと!?」メクリンゲン=ライヘンバッハ地上軍大将は悲痛な表情だ。「卿等は自らの行動で、老人達が軽々に平民を引き立てなかったのが正しいと証明したのだ」ゼーネフェルダー中将は厳かに諭す。「坑道から金を採掘するのと河原から砂金を探すのでは効率が違う。高貴なる者が居ることではなく、高貴なる者が、自身が高貴である理由(ノブレス・オブリージュ)を忘れることに問題があるのだ」グリーセンベック上級大将は必死に語り掛けた。

 

『何と言われようが、我々「白薔薇党」は考えを変えることはありません。……むしろ貴方方は数日の内に我々の正しさをその目で確認することになるはずだ。高貴なる者とやらが実際はどれほどのものだったのか、それを見れば貴方方も少しは啓蒙されることでしょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦七八〇年一二月一二日。帯剣貴族集団によるクーデター計画。それに便乗する形でアルベルト・フォン・ライヘンバッハ率いる粛軍派が決起した。……クルト・フォン・シュタイエルマルクの薫陶厚い、身分と階級の低い軍人たちは皆白薔薇のブローチを身に着けてこれに参加する。「白薔薇党」、そう名乗った彼等の「計画された暴走」によって事態は私の想定を遥かに超えて進展する。

 

「戒厳司令部を新無憂宮に移す。事ここに至っては皇帝陛下を戦火に巻き込む危険性があっても国家の最高意思決定機関を我々の最高責任者……つまり私が掌握する必要がある」

 

 最初に私が打ち出した決定は迅速に遂行された。皇室宮殿(パラスト・ローヤル)から新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)皇宮警察本部への司令部移転作業が急ピッチで進められると共に、私を含む粛軍派上層部は先んじて皇宮警察本部へと移動する。

 

「市内で『白薔薇党』による貴族将校への私刑が始まっています。早急に辞めさせなければなりません」

「分かっている。オークレール准将とブレンターノ准将が対応にあたる。人員のスクリーニング中だ。『白薔薇』シンパが居たら大変だからな」

「御当主様、『白薔薇党』による通信妨害の一部解除に成功しました」

「シュターデンに繋がるか?」

「お待ちを……不安定ですが何とか」

「よし、あの理屈倒れに繋げろ!」

 

 私はやや八つ当たり気味にそう命令する。『白薔薇党』による処刑は、当然ながらライヒハート記念収容所への人員輸送が滞りなく行われなければ成り立たなかった。私は拘束したルーゲンドルフ退役元帥らをライヒハート記念収容所に連れていけなどとは一言も命令していない。第一派部隊として帝都を制圧し、人員を拘束した赤色胸甲騎兵艦隊陸戦軍の指揮権は艦隊司令部作戦主任参謀と陸戦軍特務主任参謀を兼務するシュターデン宇宙軍少将が事実上掌握していた。その時の私の視点からすると、彼が『白薔薇党』の一員である可能性が非常に高かった。

 

『このような事になり、本当に申し開きの仕様もございません……。司令官閣下……このシュターデン、一生の不覚でございます。この身を以って罪を償わせていただきたく思う所存です。御免!』

「おい馬鹿、待て!」

『止めないか!少将!』

『放せ!放してくれ!私はこのような蛮行に加担してしまったという事実に耐えられないのだ!こうあっては最早死を以って我が罪を同胞達に償い、帯剣貴族としての誇りを僅かながらでも示すしか……』

「止めろシュターデン少将!まずは説明を、説明をしたまえ!」

 

 通信が繋がるなりシュターデン少将はそう言ってブラスターを抜き放ち自分の頭に向けて発砲しようとする。隣に立つバルヒェット大佐が止めようとするがシュターデン少将は「死なせてくれ」と喚き散らして暴れる。

 

『仕方ない……』

『グ……』

『誰かシュターデン少将を医務室へ。彼は錯乱している。ふんじばって口に詰め物……。いや、タンクベットに叩きこんで眠らせておけ!』

 

 手に負えないと判断したバルヒェット大佐が鳩尾に拳を叩きこんだ。シュターデン少将がゆっくりと崩れ落ちた。恐らくシュターデン少将の名誉への配慮だろう。罪人のように縛り上げるのではなく、意識を失わせることにしたようだ。

 

『……失礼しました閣下。シュターデン少将閣下も閣下に直接経緯を説明し、裁きを受けたいと言っていたのですが……』

「いや、よくシュターデン少将を止めてくれた。……ところで何故卿がシュターデン少将と一緒に居るのだ?」

『帝都制圧部隊の中で良からぬ動きがあり、小官もヴァーゲンザイル少佐に拘束されそうになりました。何とか虎口は脱したのですが、その後シュターデン少将に真意を問いただそうと独自に動いておりました。……結果はご覧の有様です。力及ばず、「白薔薇」共の蛮行を許してしまいました』

「そうか……」

 

 バルヒェット大佐は無念そうにそう言った。

 

『シュトローゼマン准将閣下から何か聞いていませんか?』

「『白薔薇』の通信妨害が行われていた。アイゼナッハ中佐の端末で警告を飛ばしてくれていたみたいだが……それを活用することは出来なかった。……私の不徳だ」

『……小官も、シュトローゼマン准将も完全に欺かれました。シュターデン少将もです。彼は「白薔薇」について何も知りませんでした。黒幕はゾンネンフェルス中将です』

「みたいだな。……最悪だ。現在衛星軌道上を抑える赤色胸甲騎兵艦隊はゾンネンフェルス中将に掌握されている。参謀長ディッケル少将他、『白薔薇』への加担を拒否した人間は拘束しているそうだ。……利害的に『白薔薇』が粛軍の妨害をすることはあり得ない、とはいえ『白薔薇』に我々の生命線を握られているのは最悪だよ」

『ゾンネンフェルス中将が「白薔薇党」の一員でも、配下の将校、兵士は今も閣下に忠誠を誓っている筈だ。閣下が直接呼びかければ赤色は閣下の統制下に戻るはずです』

「そうだな。……だがそれは出来ない。少なくとも今の段階において、我々に『白薔薇党』との対立、粛清を選ぶことは出来ない。粛軍派の実働部隊の約四割が『白薔薇党』のメンバーによって掌握されていると予測される。『白薔薇党』と対立すれば、これらの部隊は敵に回るかもしれないし、最低でも指揮官不在になる』

『しかし……』

 

 私はそこで不服そうなバルヒェット大佐の発言を遮って続けた。

 

「もっと大事な事がある。『白薔薇党』を否定すれば、ライヒハートでの処刑も否定されることになるという事だ。ライヒハートでの処刑が否定されれば、誰かがあの六人を『間違って』殺した責任を負わなければならない。ゾンネンフェルス中将達の首で解決する問題だと思うかい?……処刑の正当性を否定したら連鎖的に粛軍の正当性が揺らぐよ」

『待ってください!ということは、ライヒハートでの処刑を粛軍派の意思であったと言われるおつもりですか?それは駄目だ!軍と貴族階級からの支持を失います!』

「バルヒェット大佐。そんなことは分かっている。だが望むと望まざるとに関わらず、既に外部から見たらあの処刑は不自然な点はあれど粛軍派の……アルベルト・フォン・ライヘンバッハの命令で行われたものなんだよ」

『……今からでも「白薔薇」の首謀者を裁くべきです。粛軍の正当性は揺らぐかもしれませんし、配下の暴走を許したことについて批判はあるでしょう。結局、黒幕は閣下では無いかという疑義も残るかもしれません。それでも、反粛軍派との「落としどころ」を作るべきです。このままだと我々は軍の大半を敵に回して内戦を行うことになります』

「……そういう意見は、実の所上層部でも根強い。ただ粛軍派の実働戦力が『白薔薇党』に頼る所が大きいことと、帝星全域の制圧が終わっていないことから、今すぐの『白薔薇党』粛清にはどうしても踏み切れない」

『しかし!』

「バルヒェット大佐。赤色胸甲騎兵艦隊陸戦軍特務主任参謀に卿を任命する。『白薔薇党』を追認するにせよ、排除するにせよ、その兵力を削ぐ必要がある。シュターデン少将は欺かれていた。で、ある以上、指揮下の陸戦部隊も『白薔薇党』に掌握されておらず、欺かれて協力させられている部隊も多いはずだ。帝都に展開する陸戦部隊を戒厳司令部の指揮下に戻してほしい。ただし、我々が『白薔薇党』を制御出来ていない事は絶対に漏らすな。忘れてはならないが、我々は『白薔薇党』と同等かそれ以上に厄介な抵抗勢力をいくつも抱えている。準備なく、内輪もめをすれば我々は破滅する」

『御命令は謹んでお受けいたします。ですが閣下!これは叛乱です!看過しては帝国の威光は失墜します!平民共が最早貴族(われわれ)に従わなくなる。今すぐにでも粛清するべきだ……』

「バルヒェット大佐。貴官の意見は覚えておく。自分の為すべきことを為せ」

『閣下!』

 

 バルヒェット大佐との通信を終えた私は頭の中を整理する。

 

 

 

 

 先行きは著しく不透明だ。法治国家ではなく人治国家たる帝国においても、暗黙のルールは存在している。白薔薇党はあまりにも無作法に、無遠慮に、無神経に、六名の命を奪った。暗黙のルールの枠組みの中で生きる人間にとって衝撃的な行動だ。自由惑星同盟で例えれば官憲が無抵抗の市民を道端で射殺するが如き愚行、あるいは失政を行った政治家を大衆で撲殺するが如き蛮行だ。少なくとも貴族階級にとっては。

 

 粛軍派上層部の動揺は著しい。ただし、離反の動きは今の所ない。既に「共犯者」である以上、私の首を差し出した所で彼等もただでは済まないからだろう。当面は私に白薔薇を粛清させようとするか、皇帝陛下から勅旨を引き出し処刑を正当化しようとするはずだ。比率的には前者が八、後者が二程度か。とはいえ、どちらの選択肢も採れないまま無為に時間が過ぎれば、私に可能な限りの責任を被せて保身を図るだろう。それでも自裁は免れ得ないだろうが、家を残せる可能性はある。そして一人がそういう動きを見せれば、他の人間も雪崩を打って私を見捨てる。

 

 どちらの選択肢を採用するか。粛軍派上層部の大半は白薔薇を粛清するべきと考えている。理由はバルヒェットと概ね同じだ。一方、ゾンネンフェルス元帥とグリーセンベック上級大将ら数名は処刑の正当化を主張している。私がバルヒェットに説明した理由に加え、グリーセンベック上級大将は「既に結果は変わらない」として処刑の正当性を揺らがせるべきではないと主張している。彼に言わせれば、「今更白薔薇を粛清しても貴族階級の不信感は拭い去れない。反抗する者は反抗する。であるならば、みすみすそのような者達に反粛軍の大義名分を与えてやる必要はない」らしい。

 

 確かに、白薔薇の非を認める方が反旗を翻す者を増やすという意見には一理ある。重要な事実として、我々が首都と皇帝と皇太子を握っていることを忘れてはいけない。なるほど、感情を度外視して政治の論理で考えればグリーセンベック上級大将の言う事は正しい。今からでも皇帝の支持を得て、「あれは皇帝の意思による正当な処刑だ」と言ってしまえば公人である貴族たちが反旗を翻すのは難しくなる。

 

 「前例に倣えばルーゲンドルフやフィラッハを族滅することになる!そんなことできるか!」とブルクミュラー大将が怒鳴ったが、「馬鹿正直にそこまでする必要はない!そんな『道理』と『慣例』は有耶無耶にしてしまえ!」とグリーセンベック上級大将も一歩も引かない。「あの無法者を容認するのか!?」とクナップシュタイン少将が発言すると、「『裏』でケジメはつけさせる。何も表立ってやる必要はない」とゾンネンフェルス元帥が応じる。「帝国軍の鼎の軽重が問われるぞ!」「貴方は自分に火の粉が降り注ぐのを恐れているだけじゃないのか!」「馬鹿を言うな!貴官らは冷静さを欠いている。白薔薇共を殺せば解決する問題か!」……etc.

 

 議論は皇宮警察本部への移動によって一度中断された。結論は出ていない。私自身はグリーセンベック上級大将の言う事に説得力を感じていたが、厳正なる対応を求める多数派の意見も間違っていると切り捨てることは出来ない。これは最早直感の域の話になってくるが、こんなことを許してしまえばきっと取り返しのつかないことになる。私はそう確信していた。理性はグリーセンベック上級大将に傾き、感情は実現不可能な『中庸』を志向し、そして直感が大音量で警告を発する。

 

「……」

 

 亡き父カール・ハインリヒとシュタイエルマルク退役元帥に語った通り、結局の所、私は欲深い人間なのだろう。故に、事が自分の思想信条に関わると、理論も感情も全て抜きにして『最善』を尽くす。独善と言われようが知ったことでは無い。それは何故か。不本意ではあるが……突き詰めると、結局それが自分にとって「快」であり、「利益」であるから私は命を賭けたのだろう。……俗っぽい言い回しになるが、今回の白薔薇党の動きはどう転ぼうが私へ「快」を齎すことは無い。この流血は不快でしかない。だから私は、この局面で著しく指導力を欠いた。いつものような『独善』とも批判されるような『最善』を見出せなかったからだ。

 

 しかし私は精力的に動いてはいた。それは一種の逃避でもあったかもしれない。白薔薇党の暴走によって綻んだ計画を修正する。自分の手持ちの資源を適切に分配し、信頼できる人材に管理させ、足りない部分は八方手を尽くして補った。今から振り返ってもあの期間ほど勤労に励んだことはなく、そしてあの期間ほど的確な判断と正確な事務処理を行えたことは無かったように思える。……最上段階の戦略判断を保留したままでなければ、誇れることだっただろう。

 

 この時も私は結局「白薔薇党を粛清するか」「皇帝から支持を得て処刑を正当化するか」の二択を棚上げして、より下位の事案の処理に取り掛かった。私はノームブルク大将を呼び出す。

 

「ノームブルク大将。卿の艦隊をヴァルハラへ呼ぶことは出来ますか?」

「……申し訳ありませんが、それは難しいかと存じます」

「貴官でも無理ですか?旧ブラウンシュヴァイク派ならば白薔薇党が知らない秘密の連絡手段の一つや二つ、お持ちでないかと思ったのですが……」

 

 白薔薇派による通信統制は厳重だ。帝都に存在する送受信施設の全てを白薔薇党が掌握している訳ではない。しかし、衛星軌道上に存在する通信衛星は白薔薇党が完全に抑えている。なおかつ、軍務省の機密通信網を始めとする衛星を経由しない惑星間超光速通信設備は、完全に白薔薇党が掌握しているものとみられる。白薔薇党は今の時点において敵ではない。その為我々も通信網を使用することは出来ているが、白薔薇党に不利な通信に関しては厳重な規制が掛かっている状態だ。

 

「我々は常に粛清の危機に晒されてまいりました。……旧ブラウンシュヴァイク派が掌握していた連絡手段、という事は叛徒となった者達が知る連絡手段という事です。私が知る限りの連絡手段は全て憲兵隊に差し出しました」

「そうですか……」

「……それと閣下。ヴェルフ、ジークフリート・テクノロジーズ、ザクセン信用保険会社、ヴェルフ・サイエンスの四社が我々への支援を考え直したいと……」

 

 ノームブルク大将を粛軍派に引き込んだのは彼が持つ旧ブラウンシュヴァイク派への影響力を見込んでの事だ。そしてノームブルク大将を通じて財界における粛軍派のパートナーとして選んだのが、旧ブランズウィック・グループの諸企業であった。七六九年の粛清で彼等はその資本の七六%を失った。支店、研究施設、工場、輸送船、株式、鉱山、在庫品、土地……その大半はルーゲ公爵らによって国営企業及び、官僚貴族系特権企業に分割された。しかし、一部は当時のリューデリッツ派が押さえ、軍内部での支持基盤の整備に用いられた。

 

 リューデリッツの失脚後、その派閥は空中分解した後、シュタイエルマルク元帥を旗頭に据えて規模を縮小させながら再編された。しかしシュタイエルマルク元帥はリューデリッツ派の保有する資産の継承に対しては興味が無かった。多くの資産はライヘンバッハ派……特にコルネリアス老ら地上軍上層部へと流れた。私は旧ブランズウィック・グループにその返還を条件に粛軍派の支持を求めた。直接的には資金提供であるが、将来的に終戦へと国の方向性を変えていく際に財界において軍需産業の抵抗を排する『戦力』が必要だった。私を支持する新興企業や共同戦線を張るワレンコフ系フェザーン企業だけでは心もとなかった。

 

「何!……まあそうなるか……ノームブルク大将、率直に見解を聞かせてください。彼等旧ブランズウィック・グループ残党と交渉の余地はあると思いますか?」

「……分かりません」

 

 旧ブランズウィック・グループの支援は本来それ程重要では無かった。どちらかといえば将来への布石としての意味合いが大きかった。しかし、「白薔薇党」の暴走で事情が変わった。軍需産業内部でもシェア争いがあり、改革路線だからこそ得られる利益を提示すれば、軍の運営に支障が出ない程度の支持派を獲得できる見込みはあったのだ。だがライヒハートは不味い。軍需産業の幹部には帯剣貴族も多い、つまり、ライヒハートで殺された六人と血の繋がりがある者も少なくない。帯剣貴族と関わりのある軍需産業の支持を得られる見込みが一切無くなったと言っても良いだろう。財界全体を見ても、大貴族を嬉々としてライヒハートへ送り込んだ私に支持を表明する企業があるとは思えない。旧ブランズウィック・グループの支援は一気に生命線の一つへと変わってしまった。

 

「ヴェルフ・サイエンスのフォン・プレスブルク社長はオーディンに居ますよね?ノームブルク大将、彼に直接会って私の伝言を伝えてください。……言うまでも無いとは思いますが、大将。貴官は既に引き返せない場所に居ます。仮にオッペンハイマーの如くなりふり構わず保身に走っても、絶対に命脈を保つことはできません。私が成功しなければ、貴官は……」

「分かっています。……ただのメッセンジャーではなく、死ぬ気で財界の旧ブラウンシュヴァイク派を説得しろ、という事ですね。お任せを。……それで伝言とは?」

「アドルフ・カーボン・テクノロジーとスツーカの処遇をお任せします。その他にもルーゲンドルフが握っていた軍需産業の権益の多くを貴方方にお譲りしたいと、そうお伝えください」

「!……宜しいのですか?」

「宜しくはないです。ですが仕方ない……。粛軍派上層部は何とか説得します」

 

 「分かりました」といってノームブルク大将が踵を返す、私はそこであることを思い出しノームブルク大将を呼び止めた。

 

「待ってください!……確かプレスブルク社長の孫が幼年学校に居ましたよね?彼の出世……」

 

 私はそこで自分の考えの卑劣さにはたと気づき顔を顰める。ノームブルク大将は怪訝そうだ。

 

「閣下?」

「いや……プレスブルク社長のお孫さんだが、大変勇気のある人物だと聞き及んでいます。私は彼を未来の正規艦隊司令官にと大いに期待して、優先的にチャンスを与えようと考えています」

「……」

「貴官の艦隊で面倒を見てもらうことになるかもしれません。それを言いたかっただけです」

 

 ノームブルク大将は私が最初何を言おうとしたか――つまり、孫の軍歴を人質にしようとした――察した様子だが、何も言わずに「承りました」と頷き、私の前を立ち去った。

 

「閣下。少し休まれては如何ですか?」

「そんな暇はない」

「だとしても、閣下は冷静さを失いかけています。閣下が先程口にしようとした事は、閣下が破滅すれば意味の無い脅しです。……と、いうよりも、ノームブルク大将がここに居る時点でプレスブルク社長がどう動こうが、閣下が破滅すればお孫さんの軍歴は閉ざされるでしょう」

「分かっている。だが私が成功すれば……」

 

 私はそこで気づき溜息をついた。ヘンリクの言う通りだった。言う必要のない事を私は言おうとした。プレスブルク社長が孫の出世の為に私を支援するような人間であれば、私が脅すまでもなく彼は孫の軍歴の為に私の支援に動く。どの道私が破滅すればノームブルク大将の失脚と共に孫の出世の道も閉ざされるのだから。

 

 というかそもそもの話、いくら馬鹿な領地貴族でも孫の出世程度で私を支持するかの判断を左右するとは思えない。

 

「確かに、少し疲れているかもしれないな……。もう夜も遅いか」

「はい」

「……だが今休むのは流石に怖い。タンクベットで三〇分寝てくる。それで良いか?」

「怖くても普通に休む、それも将の器量かと」

「……分かった。だが何かあればすぐに起こしてくれ。どんな些細な出来事でも、だ」

「お任せください」

「……ああ、忘れていた。メクリンゲン=ライヘンバッハ大将に帝都への進軍を早めるように伝えなくては……」

「閣下、それは先程電文で伝えました」

「そうか……そうだった。……いけないな。ヘンリク、後私は何をやる必要がある?」

「閣下。まずはお休みください。それが今やるべきことです」

「……」

 

 私は結局ヘンリクの勧めを容れて、仮眠を取ることにした。……しかし、四時間もしない内に申し訳そうな顔をしたヘンリクに叩き起こされることになる。

 

 宇宙暦七八〇年一二月一三日早朝。リューベック藩王国で軍部によるクーデター発生。元リューベック国防軍大将チェニェク・ヤマモトを政府首班とし、リューベック共和国の建国が宣言された。藩王セオドア・ロールストン以下政府首脳陣は拘束、反国家的行為を理由に処刑された。共和国政府は布告第六号で国務長官アルベール・ミシャロン、内務長官代行アルフレッド・ルノー、国防軍第一艦隊司令官マイルズ・ラングストンら八名の拘束命令を公示した。また、帝国との断交を一方的に宣言した。

 

 そして、それは最初の爆発でしか無かった。リューベックを皮切りに、帝国各地で燻っていた火種が一斉に燃え広がり、激しい爆発を連鎖して引き起こすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は精力的に活動した。主敵たる帯剣貴族の動きを迅速に封じると共に、本来は中立と見做されていた帝都防衛軍や第二、第九、第一〇軍集団といった各部隊に新たに適切な備えをする。

 

 一二月一三日から一五日にかけて軌道軍集団がオーディン中央大陸の主たる軍港を占拠し、大洋艦隊を無力化する。同時に東方艦隊司令官ヴァルテンベルク地上軍中将を迅速に拘束、西方艦隊司令官レーマーバーグ地上軍中将――機関の調べによると同性愛者――に『要請』して東方艦隊司令官を兼務させた上で粛軍派を支持させ、殆ど粛軍支持派が居ないオーディン西大陸を海上封鎖させた。これによってオーディン中央大陸において粛軍派と反粛軍派の均衡が成立し、北大陸における優勢が確定した。

 

 事前計画に沿って、第一軍集団のヴァルトハイム大将ら要注意人物の身柄拘束も進める。帝都及びメルクリウス市の軍機関に勤務する高官の多くは、帯剣貴族による領地貴族排斥のクーデター計画を隠れ蓑にする形で拘束が可能であった。しかし、帝星各地に点在する地上部隊司令部に勤務する軍部高官に対しては、帝都中心部を制圧した上で改めて対処する必要がある。帝都中心部と違って、彼等に警戒されず予め拘束部隊を配置する事が出来ないからだ。

 

 一二月一三日。ブレーメン州バート・オレンハイムに置かれた第一二軍集団司令部に宇宙軍特別警察隊第一司令部――憲兵総監部第一野戦憲兵旅団第二・第六憲兵大隊及び征討総軍中央軍集団第一機動軍第一機動連隊で構成――が強制捜査を開始する。エメリッヒ=ルーゲンドルフ地上軍大将以下、ルーゲンドルフ公爵家と縁深い者で固められた第一二軍集団は特警隊第一司令部の受け入れを拒否。特警隊は第一二軍集団を一種の「見せしめ」とする意図もあり、司令部ビルへの突入を敢行する。この結果、司令部隷下警備大隊との間に激しい銃撃戦が起こる。特警隊と第一二軍集団の双方に犠牲者を出し、エメリッヒ=ルーゲンドルフ大将ら高官を含む司令部要員も特警隊へ最後まで抵抗した結果、半数以上が命を落とした。尚、エメリッヒ=ルーゲンドルフ大将も自決を図ったが搬送先の病院で一命を取り留めた。……表現としては取り留め「させられた」の方が良いかもしれない。

 

 同日中にエメリッヒ=ルーゲンドルフ大将と同じく、指揮下部隊の動員を図っていた地上軍の将校七名に出頭命令が下ると共に、水面下で二〇名前後の将官クラスに戒厳司令部からの『警告』が行われた。

 

 第一二軍集団司令部の制圧が完了したと知らせを聞いてすぐ、私は新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)に参内した。戒厳令の布告は皇帝の専権であるが、緊急措置として閣僚首座(原則は宰相だが空座の際は国務尚書)には行政戒厳権が、軍政の責任者(原則として軍務尚書)に軍事戒厳権が認められている。どちらも大帝勅令集第一編に規定された戒厳令の一部または全部を一定の範囲に適用する権限だ。しかし、戒厳令を完全かつ全領土に適用するには皇帝陛下の詔勅が必要になってくる。

 

「やったなライヘンバッハ伯爵」

「……」

新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)の老人共が青くなったり赤くなったり。いやはや、珍しい物を見せて貰った」

 

 皇帝フリードリヒ四世は呆れたような表情で私を見る。……そして私も恐らく同じような表情でフリードリヒを見ていた。

 

「……畏れながら陛下。何故……アルトナー子爵令嬢を御傍に?」

「御機嫌よう。ライヘンバッハ伯爵閣下」

 

 玉座に座るフリードリヒの膝の上にはシュザンナ・フォン・アルトナー子爵令嬢が座っていた。純真無垢という言葉がこれほどなく似合う、花咲くような微笑みを浮かべ、彼女は私を真っすぐに見つめていた。今この帝都と、フリードリヒ、そして私が置かれている状況を考えると不釣り合いなほどに穏やかな、幸せそうな様子である。

 

 私は「久しゅうございますな、アルトナー子爵令嬢。御壮健そうで何より」と笑みを――恐らくはぎこちない――浮かべ答えた。そしてその表情のままフリードリヒに目線を合せる。フリードリヒは少し黙り込み、それからゆっくりと私から目を逸らす

 

「……まあ聞け」

「はい」

「余がこうしている原因は卿にある。故に卿には、今余に苦言を呈する資格はない」

「……ほう」

「卿のせいでラムスドルフが近衛を連れてルートヴィヒの所に居るでな。今の後宮は無法地帯よ。これは非常措置なのだ」

 

 そこまで言ってフリードリヒは「シュザンナ、余が良いと言うまで耳を塞いでいなさい」と囁く。シュザンナ嬢は不服そうな表情だったが、さらにフリードリヒが一言二言囁くと顔を紅くして耳を塞いだ。

 

「仲が宜しいようで。ええ、クリスティーネ様も安心するでしょう」

「安心は出来んだろうな……。実子の『病死』など気にも留めず少女と戯れているような父を見て、安心できる娘はおるまい」

「……何ですって?」

「エレーナが死んだ。昨晩遅くの事らしい」

「!」

「正直、片手で数えられる程度しか会ったことない『娘』だ。悲しいか、と聞かれると何とも、な。だが……父と子を相次いで失って悲しんでいるパウラは見てられん」

 

 フリードリヒは力なく笑う。フリードリヒの後継者はほぼ皇太子ルートヴィヒで確定であり、ルートヴィヒに不慮の事態が発生してもカスパーという『スペア』――貴族たちの言い回しを借りた――が居る。とはいえそれは危うい均衡の上での「確定」であり、貴族たちは「万が一」に備え自分の娘や妹をフリードリヒの後宮へ送り込んだ。ルートヴィヒの正室が貴族同士の激しい対立によって遅々として決まらないこともその動きを促進した。貴族の中にはルートヴィヒ・カスパーの系統が断絶することをほぼ確信して「その次」を狙う者もいれば、ルートヴィヒが本来後ろ盾となり得るクロプシュトック・リッテンハイムと距離を置いていることからそれに取って代わる事を狙って側近となる「弟」や「妹婿」を作ろうと画策する者も居たのだ。

 

 パウラ・フランツィスカ・フォン・ルーゲンドルフはそのような経緯からフリードリヒの第五夫人として後宮に送り込まれたルーゲンドルフ公爵――私が死地へと追いやる事となった地上軍のフィクサー――の末娘である。エレーナ・フォン・ゴールデンバウムはそんな彼女とフリードリヒの間に去年生まれた娘であった。……後ろ盾は勿論ルーゲンドルフ公爵、そして地上軍に影響力を持つ帯剣貴族達だ。 

 

「今朝、その知らせを受け取るまで、余はお前に『好きにしろ』と言うつもりだった。だが……愚かな余でも経験に学ぶこと位は出来る。パウラのように嘆き悲しむ娘たちは見たくないのだ。あまり苦しめんでくれ。……エレーナが死んだ時も、ルーゲンドルフ公爵が死んだ時も、シュザンナの下に居たような男が言える言葉では無いだろうが、な」

「……申し訳ございません」

「卿に原因はあれど、責任は無い話だがな。……そう、エレーナの死に責任を持つ者は今ものうのうと生き永らえている。今の後宮は殺人者が徘徊しているのだ。……余の妻たちは皆後ろ盾を有し、命がけで守ってくれる従者たちを有している。だがシュザンナを守れるのは余だけだ。ラムスドルフが帰ってくるまではな」

 

 皇帝フリードリヒ四世はどこか空虚な表情で私にそう言った。……フリードリヒ四世の一五名の子供はカール(エッシェンバッハ伯爵)、ビーネ(第四皇女)、リヒャルト(第三皇子)、コルネリア(第五皇女)、そしてエレーナ(第七皇女)と既に三分の一が亡くなっている。流産した三回を合わせれば生存率はほぼ五〇%と言って良い。信じられない低確率……と言いたい所だが、実際「皇帝」にとっては珍しくない。

 

 フレデリック・ハーバーサイド――編注、ローザンヌ国立大学人文学部准教授――の近年の研究によると、ルドルフ大帝からカスパー二世までを対象として統計を取った場合、皇子の成人までの生存率は四二%、皇女の成人までの生存率は六一%、足して平均すると五二%となるそうだ。(尤も、成人前の臣籍降下を死亡に合算したデータであり、流産・死産に関しては詳細な資料が残る一二名の皇帝から平均を出して推計を行っていることから、正確性に疑義は呈されているが)

 

「……陛下。臣は一刻も早く、この帝国と陛下の御宸襟に安寧を齎したく存じます。是非、臣に御命を頂ければ、陛下を苦しめるあらゆる敵を臣が討ち果たしてみせましょう」

「……選択の余地はなかろうて。卿が余を害するとも思わんが、余が思い通りにならなければ『必要な程度』『必要な措置』を行う事を卿は躊躇わんだろう。……だがライヘンバッハ。分かっていると思うが余は家族の事についてだけは、卿を特別扱いする気はない。……意味は分かるな」

「宰相皇太子殿下、次官皇子殿下を始めとする皇族の方々はこのライヘンバッハが必ずお守りいたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一二月一四日早朝。多くの被告が欠席する中、裁判でエメリッヒ=ルーゲンドルフ大将ら第一二軍集団司令部は国家叛逆罪等八つの罪状で有罪とされ、軍籍と爵位を剥奪した上で死刑判決が下された。

 

 同日午後、出頭命令に応じ第一七装甲軍司令官と第六航空軍司令官が出頭。両司令官に加え、第一二機動軍司令官は戒厳司令部に無断での動員を行った事について、叛乱の意図が無かったことを口々に弁明した。その他の多くの部隊も第一二軍集団に対する戒厳司令部・宇宙軍特別警察隊の容赦ない処罰を見て動きを封じられた。予め粛軍派から要注意人物とされている人物に対してはその所属部隊の指揮権限者やその継承者、あるいは憲兵隊長宛てに拘束命令が発令されているが、それらの命令の六割程度がこの日に遂行された。ただし、宇宙軍特別警察隊へ引き渡されたのは第二五歩兵師団長や第一一装甲擲弾兵連隊長、第九軍集団参謀長ら数名に留まり、多くの部隊は様々な理由を付けて引き渡しを拒否、あるいは遅らせようとした。

 

「態度を保留しているのでしょうね」

「……戒厳司令部がいきなり軍集団一つを潰してくるとは予想外だろう。同じ目にあうのはどこの部隊も避けたいはずだ。だが……帯剣貴族をライヒハート送りにするような戒厳司令部を支持は出来ない。よってひとまず様子見って所か」

「『保留』というのは中々面倒です。当初の予定だと皇帝陛下が戒厳を布告なされた時点で多くの部隊が最低でも『中立』という態度を明らかにしている算段だった。しかし、彼等の『保留』は『反抗』を視野に入れている。『中立』ではない」

 

 メクリンゲン=ライヘンバッハ地上軍大将が苦虫を嚙み潰したような表情で私に語り掛ける。若き日は帯剣貴族随一のハンサムと言われた彼であるが、地獄のラインラント戦線を預かっている間に実年齢に比してさらに一〇年は老け込んだ。今なお美形と言って良い顔立ちではあるが、若白髪が目立っている。そんな彼が中央軍集団の再編を終え、部隊と共に帝都へと移ってきたのは昨日の遅くの事だった。

 

『我々は弾劾する。奴等は栄光の国史における、決して拭い消すことが出来ぬ致命的な汚点である。我々は弾劾する。奴等は血に酔う愚かで野蛮な、傲慢で独善的な、そしてふてぶてしく、恐ろしく自らを省みない、肥大化し、濁り切った自意識を持つ、最も救いがたい者共である。我々は弾劾する。奴等は国家の病巣である。皇帝陛下を排し、人類を再び混沌なる生き地獄へ突き落さんとす、度し難い悪魔のような者共である。……全帝国将兵に告ぐ!奴等の存在は歴史における必然である!すなわち、それは試練である!人類種を滅びへ誘おうとする、地獄からの使者達が、今再び姿を現したのである!全帝国将兵は、一心奮起して、この試練に打ち勝たなくてはならない!』

 

 一四日午後二一時一七分。突如として軍務省宣撫局が管理する国軍放送網――軍施設内に居住する将兵及び家族向けの放送網――がジャックされる。その中では第四軍集団司令官ランツィングァー大将が拳を握りしめて演説する。

 

『これは国家秩序の危機である。権力欲しさに帝都の逆臣達は渡ってはいけない橋を渡ってしまった。これは大規模な平民による叛乱であり、それ以外の何物でもないのだ。時計の針をBevor Großerに戻す訳にはいかない。第九軍集団司令部は軍法に基づき上位司令部の判断に拠らず、叛乱鎮圧のために出動する。各司令官の良識に期待したい。 地上軍大将 第九軍集団司令官 エーリッヒ・フォン・グッゲンハイム伯爵』

 

 演説中、ルーゲンドルフと距離を置く故に中立派と目されていたグッゲンハイム大将が各部隊に平文を送り、反粛軍の意思を明確にする。

 

「諸君!帝都の同胞達の尻拭いと行こうじゃないか!」

『迷惑な話ですな』

「違いない!でもまあ、嫌われ者の我々に選択肢は無いからねぇ。全く地上軍軍人っていうのはさ……平民には難儀な商売だ!戒厳司令部に連絡。『我、此れより第五軍集団との交戦を開始せり。司令部は戒厳司令官に迷惑料の支払いを期待す』以上!」

 

 第八軍集団司令官シュテッフェンス地上軍大将は楽しくて仕方がない様子で、副司令官代理ハーゼンバイン地上軍中将は不愉快そうに、異口同音に叫ぶ。

 

撃て(ファイエル)

 

 第八軍集団第九戦術支援軍を中核に、各軍隷下の野戦重砲師団、各装甲師団隷下の機動砲兵大隊が容赦ない砲撃を開始する。目標は粛軍派を血祭にあげるべく帝都に進撃する第五軍集団第六機動軍隷下の第一一騎兵師団、第一二騎兵師団である。直撃を受けた部隊が時折吹き飛ぶが、撃ち出された砲弾の数からすると、その被害は著しく軽微だ。第五軍集団第六戦術支援軍の野戦高射砲が第八軍集団部隊の超長距離砲撃を相次いで「撃ち落として」いるからだろう。また、騎兵師団がその特性を生かして「道なき道」を進撃していることも理由の一つだ。第八軍集団の想定とは違う進撃路であるが故に、一部の部隊が砲撃に参加できず、参加している部隊の命中率も低下している。

 

 懐古趣味の見掛け倒しと笑われる征討総軍の騎兵部隊は、それでいて即応性と適応能力という観点では中々に馬鹿に出来ない力を持っている。「騎兵」という名前は変わっていなくても、そこで用いられる馬――実際の所、地球由来の厳密な意味での馬ではないが――は時代と共に大きく変化しているのだ。

 

『ふーむ。損害を諸ともしない。手強いですな』

「は!飼い主の為なら命など惜しくないってか!流石精強第五軍集団(ルーゲンドルフのクソ犬ども)!……付き合う必要はない。人の戦い方を教えてやれ」

 

 

 

 

 

『……審判の時は来た!人民よ、判決を下すのだ!大帝陛下より信を賜りし英傑達の末裔よ。真に高貴なる者達よ。何故震えて隠れようとする?「我等が人類史の担い手である。我等が人類の庇護者である」何故、そう胸を張ることができない?……勿論、貴様等が自分で自分を騙してきたからだ!人類種の害虫たる貴様等は必死にその事実から目を逸らしてきた。そして自らの高くも卑しく、大きくも小さな城で自らに価値が有ると、自らに言い聞かせ慰めてきた。ああ何と滑稽な事だ!国務省の人口統計を見てみるが良い、大きく右下がる曲線を見て、きっと赤子すらも貴様等の無為無能を笑うだろう!』

 

『……貴様等が否と!我等常に優良種足らんとしたと!そう言うのであれば、手近な人民の前に首を差し出すが良い!この数〇〇年の決算の日が来た、それだけの単純な話なのである!貴様等が地位に相応しい器量と歴史を有していたならば、皇帝陛下と人民は貴様とその血族の、さらに数〇〇年の繁栄を許す。そうでなければ、自らの為した罪過に相応しい末路を、皇帝陛下と人民は貴様等に許す。単純な、単純な話なのだ!』

 

 一二月一八日。テレスクリーンに映るのはゾンネンフェルス宇宙軍中将である。帝都に放送設備を置く全てのチャンネルが例外なくこの演説を流している。戒厳司令部は嫌々ながら帝国全土にテレスクリーンの電源を切る事を禁じ、常に戒厳司令部の発する情報を受け取ることを命じている。今の所、それで利益を得るのは白薔薇派であるが、だからと言って放送通信網を手放す訳にもいかない。

 

 画面の中のゾンネンフェルス中将には目もくれず、メクリンゲン=ライヘンバッハ大将は私に語り掛ける。

 

「……やはり白薔薇党は排除するべきでした。表立って動いたのは第四・第五・第九だけだ。だが水面下ではその何倍もの部隊が反粛軍に動き始めている筈です。粛軍支持派の部隊を総動員しても帝都近郊を維持するのが限界だ……」

「今更態度を軟化させても奴等は矛を納めんよ……。いいかね?粛軍派はルーゲンドルフを殺したんだ。あのルーゲンドルフをだぞ?」

 

 メクリンゲン=ライヘンバッハ大将に反論したのはゾンネンフェルス退役元帥だ。メクリンゲン=ライヘンバッハ大将を気遣うような調子で彼は続ける。 

 

「……白薔薇を粛清した所で、卿の兄上を抱き込まないとルーゲンドルフの連中は納得しない。そして粛軍派が卿の兄上、軍務尚書ルーゲンドルフ元帥と妥協するという選択肢を持っていないのは、他ならぬ卿が一番よく知っている筈だ。ルーゲンドルフの非主流派が奉ずる卿自身がな」

「……」

「それでも卿は白薔薇を粛清しろというのかね?」

「それは論理のすり替えです、ゾンネンフェルス元帥閣下。白薔薇の行った処刑をどう扱うかと、ルーゲンドルフをどう扱うかは別の問題だ」

「いいや、同じ問題だよ。白薔薇を粛清すると、ライヒハートでの処刑が不当であったと認めることになる。ルーゲンドルフ家に罪無しと認めることになる」

「ですから!ルーゲンドルフ家に罪はあるが、ライヒハートではなく法に依って裁かれるべきだった、と、そう主張すれば……」

「ルーゲンドルフ公爵家自体の責任は限定され、卿が新たな当主となって権益を引き継ぐことができる、と?」

 

 ゾンネンフェルス退役元帥はメクリンゲン=ライヘンバッハ大将の言葉を遮ってそう言った。その言葉にメクリンゲン=ライヘンバッハ大将が明らかに気分を害した様子になる。それを見て取ったゾンネンフェルス退役元帥は「すまない。これは良くない発言だった」と素早く詫びを入れる。しかし、「だが」と引き下がることなく続ける。

 

「卿が反粛軍派だとして、その論理を受け容れるかね?大体、君たちはそもそもルーゲンドルフ老と軍務尚書を殺す気はなかったんだろう。その理由を思い出したまえ。……彼等を殺せば多くの貴族将校が反旗を翻すからじゃないのか?『ライヒハートではなく法に依ってルーゲンドルフ老に死刑が下されるのならば問題は無かった』という主張を大人しくルーゲンドルフ派が受け容れるなら、君たち自身最初から法廷を経て彼等を刑場に送ったんじゃないのか?」

「……ではゾンネンフェルス元帥閣下は、御子息の見解に賛同為されると?」

「そうは言っていない。ケジメは付けさせるとも」

「その『付けさせる』という言い方も気に入らない。御子息の命で済む話ではない!元帥閣下……いやゾンネンフェルス伯爵家はどうケジメを付けられるのか!?ルーゲンドルフの血を流したケジメを!」

「何を言うのか……!愚息に非はあれど、その道を選ばせた責任は誰にある!……いや、ライヘンバッハ伯。卿を責める気はない。大多数の帯剣貴族達が道を誤ろうとしていたことは間違いないのだからな。しかし、卿の統制が部下に及んでいなかったことは一つの事実だ、そうだろう?」

「……シュタイエルマルク、つまり軍部改革派の下に居る者達が暴発したというのも一つの事実ですぞ、ゾンネンフェルス元帥閣下。閣下はシュタイエルマルク大将に随分甘く接しておられたではありませんか。後見人として彼の横紙破りを諫めるべき立場にあった、違いますか?」

「……それは軍部全体が負うべき責任だ。かの英雄を我々は大切にし過ぎたのだ」

 

 私は小さく溜息をつく。このような言い争いは日常茶飯事だ。私は目の前の二人の議論に割り込む覚悟を決める。ゾンネンフェルス元帥からすると、私に預けていた嫡子がいつの間にか危険思想に染まっていた、というような感覚だろう。一方メクリンゲン=ライヘンバッハ大将からすると、ゾンネンフェルス元帥の嫡子が古巣であるシュタイエルマルク派の下級将校を扇動して(あるいは神輿にされて)暴走した、というような感覚だろう。そこはどちらの解釈も成り立つ所だ。故に私は両者を懸命に宥めた。宥め終わればきっとまた「白薔薇を粛清するか否か」という話題に戻り、また言い争いになるのだろう。一分一秒を争うこの重大な局面では無駄でしかない時間だ。私は焦燥感と徒労感を覚えつつ、目の前の意見対立の処理に取り掛かった……。

 

 

 




(リヒターの言葉を人伝に聞き顔を顰め)「無能・敗者と直接的に痛罵しないのはリヒターの甥らしくある。が、舌鋒の鋭さ自体はブラッケによく似たものだよ」
                     ――アルベルト・フォン・ライヘンバッハ

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