アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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少年期・幼年学校初日・前(宇宙歴751年4月)

 さて、ミヒャールゼン暗殺事件に関して私の知る全てとそれに基づく推論を書いてきたが、ここで少し時間を戻して、私の幼年学校時代について振り返りたい。

 

 宇宙歴七五一年四月、私は帝国軍帝都幼年学校に入校した。ちなみに士官学校とは違い、幼年学校は皇帝直轄領や貴族領の中心都市にもいくつか設置されていた。幼年学校に尉官や佐官を養成する目的があることを考えると、士官学校と同じように中央に一か所だけではとてもじゃないが人材が足りない。とは言っても、大多数の帯剣貴族は帝都近郊に小さな領土を持っているので、基本的に帝都幼年学校へと入学するのだが。

 

 ちなみに、帯剣貴族と言うのは国家革新同盟の武闘派とルドルフを支持した銀河連邦の軍人にルーツを持つ。最もルドルフ大帝と皇室に厚い忠誠を誓う貴族集団だ。領土は帝都近郊にある代わりに、比較的小さいことが多かったが、軍の要職を占めることが多く、第二次ティアマト会戦前の貴族将官は殆どが帯剣貴族出身者である。

 

 なお、一般人諸君は貴族に対して「どいつもこいつもロクデナシ」というようなイメージを持っているだろうが、帯剣貴族は違うと声を大にして主張しておきたい。帯剣貴族は保守的ではあるが、皆、規範意識がとても強かった。貴族の中でも最も清廉で優秀だったのは我々帯剣貴族である。一般人諸君がイメージするロクデナシの貴族は大抵、中央以外に広大な領土を持ち、私利私欲にまみれているクズ揃いの領地貴族共であるから、我々帯剣貴族と一緒にしないように気を付けてほしい。

 

 さて、入学した私を最初に待ち受けていたのは帝国軍教育副総監ロベルト・ハーゼンシュタイン宇宙軍大将の訓示……というか演説である。

 

「……であるからして、ここに集いし諸君は銀河帝国中でも際立って優秀と認められた優等臣民である!憎き叛徒共の首魁アッシュビーが死んだとはいえ、叛乱軍には未だジャスパー・ウォーリックの如き皇帝陛下に逆らうばかりか、卓越した能力と死をも恐れぬ勇敢さ、皇帝陛下への比類なき忠誠心、それらを併せ持った偉大で尊き六〇余名の帯剣貴族を卑劣極まりない姦計を以って葬った極悪人共が残っている。諸君らはこの幼年学校で皇帝陛下の御為に勉学に励み、やがてこの悪辣なる反逆者共を討ち果たさねばならない!そしていつの日か……」

(長い……)

 

 まあ、こういう式典の訓示は長いのがお約束のような所はあるが、ハーゼンシュタインのそれは限度を超えていた。入校式の訓示で一時間半もぶっ続けでしゃべる奴が他に居るだろうか?彼の訓示には多分に上級貴族に対する「おべっか」が含まれていたが、あの場にいた上級貴族の子弟全員が彼に不快感を覚えたことだろう。

 

 ハーゼンシュタインは第二次ティアマト会戦の後の人材不足で引き立てられた者の一人であり、体制に対し極めて従順なだけではなく、それを他者に示すことに極めて偏執的だった。その性格故かデスクワークに極めて秀でており、また「体制を妄信する平民の高官」と言うのが、平民に対する極めて効果の高い宣伝になるだろうと思われたために教育副総監に登用された。

 

 

「……という訳であり、以上を以って私からの訓示を終わりたい。諸君らが卒業し、優秀な帝国軍士官となる日を心待ちにしている」

 

 彼は最後にそう言ったが、恐らく生徒たちはこう思ったことだろう。「お前が教育副総監を務めている間に卒業したくない」と。当然、卒業式でも教育副総監による訓示は行われるのだから。

 

「やっと終わったか……」

 

 私はそっと息をついた。周りの生徒たちもうんざりした表情をしていたが、疲れている様子は見られなかった。幼年学校に入学できるような生徒たちだ。精神的にはともかくとして、肉体的には一時間半立たされていた程度で疲れたりはしない。……一部の例外を除いて。

 

 残念ながら、私は一部の例外の方に当てはまる。体調が改善してから幼年学校に入るまでにそれなりに体は鍛えたが、それでも本来ならば幼年学校に入学できるレベルの運動能力はない。身分のゴリ押しで入学したのである。ただ、言い訳をさせてもらうと、私は努力をしなかったのではなく出来なかったのだ。私と同じように身分のゴリ押しで入学した貴族は少なくなかったが、彼らの大半は努力をしなかった訳だから、それよりはマシだろう。

 

 その後、何人かの高官が適当に訓示を述べ、軍楽隊の演奏が行われた後、入校式が終わった。

 

「えー、一五分後、中央電子掲示板で班分けを発表する。各生徒は確認した上で、所定の教室に向かうように」

 

 放送から指示が流れ、入学式の行われた大講堂から生徒たちが中央掲示板に向かっていく。私もついていこうとした時、大講堂の外からヘンリクが入ってきた。

 

「御曹司、御曹司は第一八教育班だそうです」

「……相変わらずヘンリクは凄いね、今度はどういう伝手?」

「いや、今回は普通に幼年学校側から各貴族家の同行者に伝えられました」

 

 ヘンリクはそう言ってから皮肉げな笑みを浮かべて続ける

 

「『中央掲示板は混み合うだろうから、上級貴族の皆様方にご足労頂くのは忍びない』だそうです。教育副総監の無駄話に一時間半も付き合わせておいて、今更ご機嫌を取ろうとしても遅いと思うんですがね」

「ははは……。ま、折角のご厚意だからね。甘えさせてもらおう。一八番教室は……」

「東棟一階ですな。ご案内しましょう。こちらです」

 

 私はヘンリクに連れられて教室へ向かう。その途中、同じように先にどの教育班に所属するか伝えられたらしい生徒を何人か見かけた。

 

 帝都オーディンの幼年学校は他の幼年学校より規模が大きく、毎年五〇〇〇人程度の新入生を受け入れている。受け入れた一年生はそれぞれ教育班と呼ばれる四〇人の集団に分けられ、生活を共にする。ちなみに、五個教育班二〇〇人で一個教育小隊、五個教育小隊一〇〇〇人で一個教育中隊、五個教育中隊五〇〇〇人で一個教育大隊(=一学年)、五個教育大隊二五〇〇〇人(=全校生徒)で一個教育連隊を構成する。帝国地上軍の歩兵連隊定数はおよそ五〇〇〇人であることを考えると、幼年学校の生徒は五人で一人前と計算されていることになる。

 

「ここです、御曹司」

「有難うヘンリク」

 

 士官学校でも幼年学校でも基本的に従者や使用人を連れて入学することは固く禁じられている。地球統一政府時代に高級士官が従者や使用人を連れて軍に勤務していたことは一〇〇〇年近く経った今でも腐敗と堕落の象徴的エピソードとして語り継がれている。大帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは自らの信頼する部下たちが同じ轍を踏まぬように、軍人として勤務する際は身分に関わらず従者や使用人を連れて行ってはいけない、と定めた。(皇族のみは例外的に許される)

 

 当然、ヘンリクともここでお別れである。長期休暇の際にはまた護衛士として勤めてもらうことになるが。

 

「……御曹司に一つご忠告をさせていただいても宜しいでしょうかね?」

 

 ヘンリクは真剣な顔をしてそう言った。

 

「ん、忠告?何だい勿体つけて……。遠慮なく言ってくれ」

「御曹司は私のような者にもそうやって礼を言われます。それは人として勿論素晴らしいことではあるのですが……。基本的に上級貴族が帝国騎士や平民に礼を言うことなど滅多にありません。御曹司は良くも悪くも『上級貴族らしく』無い人柄です。ここではきっと『上級貴族らしく』振舞わなければ舐められるでしょう」

「……別に構わないよ。僕にとっては舐められるよりも自分らしく振舞えない方が苦痛だ」

 

 これは私の本心であった。勿論、自分が名門貴族家の次期当主であることは分かっている。当然その立場を弁えた振る舞いは必要だ。ただ、それでも許容される範囲内では自由にしていたいというのが私の考えだった。

 

「そういう事であれば何も言いませんけどね……。もしも御曹司が『舐められているな』と感じて、尚且つ我慢出来なくなったときは御曹司が『傲慢』と感じるくらいの態度を取られると宜しいかと。こちらは名門ライヘンバッハ、それくらいが丁度良い態……」

「分かった分かった。今日のヘンリクは母上みたいだね、まあ覚えておくよ」

 

 私は笑ってそう言って忠告を遮った。ヘンリクは少し心配そうな表情していたが、表情を切り替えると私に敬礼した。私は一瞬固まったが、よく考えれば今日から幼年学校生なのだから、帝国軍の末席に名を連ねたことになる。そしてヘンリクは地上軍予備役大尉だ。軍務の最中と言う訳ではないが、敬礼で別れるのも不自然では無いだろう。私もヘンリクを見様見真似で敬礼した。

 

「ふむ、まだ未熟者の敬礼ですな。亡きコーゼル閣下が見たら間違いなく怒鳴りつけるでしょう。あの方は『礼』に煩かったそうですからな。……それはともかく、御曹司が一人前の敬礼が出来るようになる日を心待ちにしておりますよ」

 

 ヘンリクはニヤリと笑いながらそう言うと、私の前を立ち去った。

 

 私はヘンリクを見送った後、一八番教室へと入る。そこには既に一人の生徒が居た。

 

 

「ふむ、ライヘンバッハ伯爵家のアルベルト君か。なるほど、幼年学校にとってはラムスドルフよりもライヘンバッハの方が大事という事か、それともあの使用人が優秀だったという事かな?」

 

 その生徒はこちらを見ながらいきなりそんなことを言ってきた。

 

「君は……?」

「私かい?私はラルフ。ラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼンだ。爵位は子爵に過ぎないが、これでも建国以来続く一族でね。父は統帥本部情報副部長、祖父は元・第二辺境艦隊司令官、帯剣貴族としてはそこそこ存在感のある家だと思うよ」

 

 ラルフと名乗った少年は少し青みを帯びた黒髪の、輝く目をした、鼻筋がすっとした容姿をしていた。極めて容姿端麗という訳では無いが、少なくとも結婚相手には困らないだろうと思った記憶がある。

 

「ラルフ君と言うのか。何故か僕のことを知っているみたいだけど……。一応名乗らせてもらうよ。僕はアルベルト・フォン・ライヘンバッハ。ライヘンバッハ伯爵家当主カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハの長男で、一応次期当主ということになっている。これから宜しくね」

 

 私はラルフに対して手を差し出す。

 

「握手か!君は面白いな。しかし私とはしない方が良い、握手は対等な人間同士がするものだからね」

 

 ラルフはそう言って握手を拒んだ。と同時に私は自分の軽率を恥じた。ラルフの言う通りである。いや、ラルフと私には確かに爵位差が存在するが、そんなことを気にする私ではない。ただ、相手も気にしないとは限らないのだ。

 

「ああ、ごめん……。世間知らずなモノでさ……」

 

 私は照れ隠しにそう言ったが、すぐに気づいた。「基本的に上級貴族が帝国騎士や平民に礼を言うことなど滅多にありません」……礼がダメなら謝罪もダメじゃないか。

 

「世間知らずね。確かにそうらしい」

 

 ラルフは笑いながらそう言った。

 

「まあ、無理もないか、君は小さい頃身体が弱かったんだろう?それが原因でタップファーを出て他の貴族と交流することも少なかった」

「……そんなことまで知っているの?」

「情報は命、だからね。知れる範囲のことは全て知っておく、そして後は『何もしない』。じっと息を潜めて観察するんだ。君も暫くはそうすれば良いと思う、あの使用人が言っていたように傲慢な態度を取るのが嫌ならさ」

 

 どうやらヘンリクとの会話を聞いていたらしく、そんなことを言ってきた。

 

「……ご忠告に感謝するよ。ところで君は何故僕に話しかけてきたの?何もしないで観察していれば良かったのに」

「君に関して知ることができた事前情報が少なかったからだよ……。ライヘンバッハ家、特にカール・ハインリヒの周りは外に聞こえてくる情報が極端に少ないんだよね。後ろ暗いことが多い領地貴族だとそういう家もあるけど……。まあ、そういう訳で、他の生徒が来る前に君の人柄を掴んでおきたかった」

 

 ラルフはそう言いながら窓際の席の一つを指し示した。

 

「そろそろ他の貴族連中も来るんじゃないかな?その前に私の隣の席に座ってくれたら、私が世間知らずの君の頭脳となって助けてあげよう。どうする?」

 

 先ほど「何もしない」とか何とか言っていたラルフが何故いきなりそんなことを言うのか。多少怪しんだ私ではあったが、結局彼の提案に同意して、荷物を後方のロッカーに置き、彼の隣の席に座った。その後、他愛も無いことを少し会話をしていると、教室の扉が開いた。そこには黒髪の端正な顔立ちの生徒が居た。その生徒はどこか苛立ちを募らせているように見えた。

 

「ここが俺の教室か。……簡素だな、平民共向けなどこんなものか」

 

入ってきた生徒はそうつぶやくと手近な席に荷物を置いた。そして私たちの方に近づいてきた。

 

「俺はエーリッヒ・フォン・ラムスドルフ。ラムスドルフ侯爵家の次男だ。今の近衛兵総監の息子にあたる。今ここに居るという事は君たちも貴族か?」

 

 私たちは「そうだ」と答え、名前と爵位を明かした。

 

「ほう……お前がライヘンバッハの病弱息子か。カール・ハインリヒ様が優れた将帥であることは分かっているが、我が子可愛さに病弱な息子に当主を継がせようとするとはな。帯剣貴族家の当主としては相応しくなかったらしい」

 

 ラムスドルフは私の名前を聞いた途端にそんなことを言ってきた。勿論、私は腹が立ったが、これが恐らく挑発であることは流石に分かった。

 

「僕はともかく、父の悪口を言うのはどうなのかな?君がラムスドルフの子供だろうが、いやラムスドルフの子供だからこそ、幼年学校の一年生に過ぎない君が父を偉そうに評価するのは流石に滑稽だよ」

 

 私は穏やかに、微笑みさえ浮かべてそう言った。帯剣貴族は上下関係が厳しい。そして血筋もさることながら武功が物を言う。我が父カール・ハインリヒを馬鹿に出来る提督が居るとすれば、それはシュタイエルマルク提督位の物だろう。

 

「貴様……!」

 

 ラムスドルフは怒っている様子だった。挑発に来ておいて怒り出すのは意味が分からない。ただ、まだ一〇歳の子供なのだ。仕方がないだろう。

 

「あーアルベルト君、少し言いすぎじゃないかな?ラムスドルフ君は『対立軸』を作りに来ただけなんだから、本当に怒らせたらダメだろう?まあ、ラムスドルフ君も言いすぎだけどね」

 

 ラルフがそう私に言ってきた。

 

「対立軸?」

「ラムスドルフは代々近衛軍だけに将官を輩出している。にも関わらず、彼が近衛軍に直接配属される道がある士官学校では無く幼年学校に入ったのは次世代の軍高官とのパイプ作りが目的でしょ。最近、近衛軍は孤立している気配があるしね。そうでなくても領地貴族と平民の台頭著しい今、軍内政治は大きく変化している。そこから置いていかれるのは流石の近衛軍も不安なんだろう」

 

 ラルフはラムスドルフには目もくれず、私にそう解説した。確かにラルフの解説は理にかなっていた。ラムスドルフ侯爵家は帯剣貴族の名門だが、その中でも帝都族と言われる、近衛や憲兵を多く輩出する家柄だ。そして近衛や憲兵はその任務の性質もあり、他の帯剣貴族家との交流が少ない。というか時に嫌われている。

 

「ライヘンバッハだけと仲良くしてもメリットは小さい。最盛期のツィーテン家やケルトリング家並みの勢力を維持していたならともかくね。だからラムスドルフ君としてはライヘンバッハと対立した方がお得なんだよ。ラムスドルフ君は労せずしてライヘンバッハ嫌いの帯剣貴族たちと仲良くなれる。君も帝都族のラムスドルフ君に反感を持つ艦隊派や軍政派の帯剣貴族たちと仲良くできる」

「なるほど……」

「……いや、勝手に納得されても困る、俺は別にそんな意図があった訳じゃ……」

 

 ラムスドルフがそこまで言った所でまたドアが開いた。一目見て「ああ、平民の子だ」と分かった。服装もさることながら、オーラが違う。可哀想な彼は明らかに貴族らしい三人組が教室に居るのを見て固まり、それから目線をそらして離れた席に座った。

 

 そしてその平民の彼を皮切りに次々と生徒たちが入ってきた。いつの間にか廊下は騒がしくなっていた。気づけば中央掲示板での発表時刻を過ぎている。

 

「……ちっ」

 

 ラムスドルフは舌打ちをすると自分の席へ戻る。ラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼンとエーリッヒ・フォン・ラムスドルフ、この二人以外の生徒たちといよいよ初顔合わせとなる。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈5
 アルベルト・フォン・ライヘンバッハの記述には領地貴族への反感と帯剣貴族への礼賛が所々に見え隠れしているため、その点に関しては厳密に客観的かつ中立的な記述が為されているか疑問を呈されている。

 ただし、帯剣貴族が所謂領地貴族よりも『皇帝一族』『銀河帝国』に対する忠誠心が高く、また、『高貴なる者の義務』(ノブリス・オブリージュ)の気風が強かったことは確かである。

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