アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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活動報告に書いてある通り、過去の皇帝に関する記述を少し改稿しました。
改稿したのは本筋に影響のない地の文の部分です。小規模ですし、活動報告と第二章年表を見れば把握できるはずです。こちらの不手際で申し訳ありません。


青年期・『ドラゴニア特別派遣艦隊』(宇宙歴767年7月21日~宇宙歴767年7月25日)

 宇宙歴七六七年七月二一日。銀河帝国首都星オーディンに独立艦隊等を寄せ集めた一万隻ほどの艦艇が集結した。『ドラゴニア特別派遣艦隊』と名付けられたこの艦隊の役割は、ドラゴニア辺境軍管区の宇宙戦力がアスターテ会戦で壊滅した後も各惑星で抵抗を続ける帝国地上軍の支援である。

 

 去年四月末のアスターテ会戦における帝国艦隊の敗北は帝国軍が事実上ドラゴニア辺境軍管区全域の制宙権を失ったことを意味する。しかしながら、今なお辛うじてイゼルローン回廊全域の制宙権は帝国側が保持している。グローテヴォール大将以下四〇〇〇隻の捨て身の突撃は同盟軍第四艦隊、第六艦隊を激しく消耗させ、両艦隊のイゼルローン回廊侵攻を断念させた。

 

 フレデリック・ジャスパー同盟宇宙軍元帥は残る第五艦隊と第八艦隊を率いイゼルローン回廊に侵入したが、オスカー・フォン・バッセンハイム宇宙軍大将率いる黄色弓騎兵艦隊が激戦の末にこれを撃退した。数で勝る同盟軍は押し切ろうとしたが、バッセンハイム大将は同盟軍を回廊の難所であるアルトミュール星系で迎え撃ち、その地形を活かして効果的にこれを阻止、さらにイゼルローン要塞用にアルテナ星系に集められていた固定砲台を簡易的な改装で支援砲台として転用することで数に勝る同盟軍との熾烈な砲撃戦を制した。

 

 この第一次アルトミュール会戦後、帝国上層部においてアスターテ会戦大敗の対処が検討された。本来ならば大艦隊を編成し、失陥したドラゴニア辺境軍管区の奪還に動きたい所であったが、オトフリート五世帝の崩御と帝位継承争いを無視して大艦隊を動員できるはずも無かった。苦肉の策として正規艦隊ではなく、独立分艦隊や近衛艦隊を寄せ集めた一万隻ほどの艦隊を編成し、これを用いてドラゴニア辺境軍管区全域で抵抗を続ける地上軍を援護することで時間を稼ぐという案が出されたのだが、それすらも現在の政治情勢では認められるか怪しかった。

 

 しかしながら、既に退任が決まっている帝国軍三長官は「最早失う物も無い」と言わんばかりに形振り構わない強権を発動し、関係各所に――宮廷書記官長リヒテンラーデ伯爵の言葉を借りれば、見えない銃剣を突きつけているが如き鬼の形相で――怒鳴りこんで出兵を承諾させた。特に最後まで抵抗していた高等法院に対しては三長官が揃って護衛小隊を引きつれたまま直接乗り込んだ。事実上の脅迫である。高等法院から助けを求められた憲兵総監クラーマー大将が慌てて仲裁に入る騒ぎにまでなった。

 

「……まあ、父上としては別にそこまでしてドラゴニア辺境軍管区を救援する必要性は感じてなかったと思うけどね。この場面でゾンネンフェルス元帥やクヴィスリング元帥に協力しないのは不自然極まりない」

「どうでしょうかね?大義の為とは言え多くの将兵に犠牲を強いるのは御当主様の本意じゃないような気もしますけど」

「コーゼル大将もグローテヴォール大将もアイグナー中将も父やシュタイエルマルク提督の親しい戦友だよ?彼らすら犠牲にしておいて、今更大義の為に犠牲を強いることを躊躇する物かね?」

 

 私の言い方は少し意地が悪かったかもしれない。……グローテヴォール大将たちを死に追いやったのは直接的には同盟軍であり、間接的には帝都の政争である。しかし、イゼルローン要塞建設を阻止したい機関による様々な工作もグローテヴォール大将たちを玉砕に追い込んだ原因の一つであることは疑いようもないだろう。

 

 第二次ティアマト以来――あるいはそれ以前も――機関の活動の結果、多くの血が流された。その事を思うと私は憂鬱な気分になる。私たちの活動は必要だった。犠牲も必要だった。だがそれが「正しかった」と、そう軽々に言ってしまう事は決して許されないと私は思う。

 

「御曹司……」

「分かっているよヘンリク。別に父やシュタイエルマルク閣下を非難するつもりは無い。それもまた『必要だった』。ただ割り切れないだけさ……」

 

 私は小さく笑いながらそう言った。……そう、必要な事だ。私たちは必要だから自由の為に多くの罪を犯してきたし、これからも必要だから犯さなければならなかった。そしてそのことを糾弾されることもまた必要なはずだ

 

 ドラゴニア特別派遣艦隊はオーディンに集結するにあたり、いくつかの宇宙軍基地を臨時で間借りしている。その一つが帝都近郊のオストガロア宇宙軍基地であり、そこに駐留する第一二特別派遣戦隊こそが私の率いる部隊だ。私はヘンリクと共に公用車でオストガロア基地に向かっていた。

 

 

「新鋭艦をわざわざ用意してもらえるのは有難いけどね。名前はどうにかならなかったのかな」

 

 戦隊旗艦のリューベックは標準型戦艦の一つであり、通信機能と機動性を強化したシュレージエン級の四三番艦である。シュレージエン級は第二次ティアマト会戦の大敗後に将来の主力艦として設計された。

 

 これまでの帝国艦は指揮官である貴族将官を守る為にひたすら防御性と単艦戦闘能力を重視していた。しかし、第二次ティアマト会戦の同盟軍による猛攻を前にしたことで、多少装甲とエネルギー中和磁場を厚くし、旗艦が単独で奮戦した所で指揮官の生存率に何ら寄与する部分が無いことが露呈した。

 

 むしろ、防御性を重視した結果として機動性を犠牲にしたために指揮官クラスの乗り込んだ艦は悉く包囲から抜け出すことが出来ず、また同盟艦隊の追跡を振り切ることが出来なかった。酷い事例では機動性で勝る護衛艦に旗艦が置いて行かれた結果、指揮官が捕虜になったという物もある。シュレージエン級はその反省から父の肝煎りで生産が進められている艦だ。しかし、財政危機と政争によって生産が進まず、未だ中央艦隊にすら十分な数が配備されていない。

 

「リューベック騒乱を終息に導いたのは御曹司の有名な『功績』ですからな。それを誇示するのは当然です」

 

 横を歩くヘンリクは真面目くさった表情でそんなことを言う。私は顔を顰めた。……あれが功績だって?

 

「さ、御曹司、いよいよ戦隊司令官としての着任です。気を引き締めてください」

「分かっているよ……」

 

 作戦室に入るなり、中に居た士官たちが一斉に私を見る。

 

「戦隊司令官閣下に敬礼!」

 

 参謀長のレンネンカンプ宇宙軍大佐の言葉に合わせ、幕僚たちが一斉に立ちあがり、私に敬礼する。後ろに立つヘンリクも私に敬礼している。私が答礼すると敬礼を止めた。私が司令官席に座るのを確認し、士官たちが着席した。

 

「アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍准将だ。諸君らも知っているだろうが私に艦隊指揮の経験は無い。いきなり戦隊司令官をやらされたのはまあ、父の都合だろう。とはいえだ。ライヘンバッハの都合で将兵に無駄な犠牲を出すことだけは絶対に避けたい。貴官らには私の為ではなく、その為に私に力を貸してほしいと思っている。宜しく頼む」

 

 私の挨拶に困惑した表情の士官が少なくない中、ラルフやヴィンツェルといった貴族の友人たちが呆れたような表情をし、ハウサーら平民の友人たちが満足げに頷いた。

 

「ゴホン……司令官閣下。それでは我々も名乗らさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 私の右隣に座るレンネンカンプ参謀長がそう質問し、私は勿論許可した。幕僚と戦隊に属する部隊の指揮官たちが順番に挨拶をしていく。副参謀長ヘンリク・フォン・オークレール地上軍中佐、情報部長ラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼン宇宙軍中佐、後方部長ヴィンツェル・フォン・クライスト宇宙軍少佐、戦隊憲兵隊長マーシャル・ペイン宇宙軍少佐、作戦副部長カミル・エルラッハ宇宙軍少佐、情報副部長エッカルト・ビュンシェ宇宙軍少佐、後方副部長代理ユリウス・ハルトマン宇宙軍大尉、部下では無いが戦隊と行動を共にする第一六一混成師団長マルティン・ツァイラー地上軍准将らに関しては最早説明も要らないだろう。

 

 参謀長のパトリック・レンネンカンプ宇宙軍大佐は父の元帥府に属しており、宇宙艦隊総司令部で長年作戦参謀を務めていたベテランだ。あの第二次ティアマト会戦ではコーゼル大将の黒色槍騎兵艦隊で巡航艦艦長として戦い抜いた。髪が少し薄くなってきているが堂々たる体躯で准将の私よりよほど貫禄がある。ヘルムートという息子が居るらしい。

 

 作戦部長のマヌエル・フォン・エッシェンバッハ宇宙軍中佐も同じく父の元帥府に属している。こちらは比較的若手ではあるが、それでも三五歳である。二六歳で准将と呼ばれる私とは違い、いくつもの会戦に従軍して今の階級まで登り詰めてきた。彼の本家はヴィレンシュタイン公爵の反乱に巻き込まれて断絶したエッシェンバッハ伯爵家であるが、彼自身は帝国騎士出身であり、身分にさほど拘りは無い。ただし、エッシェンバッハ家を再興する夢を持っており、上昇志向は強い。私の戦隊に配属される際には父に対して熱心に自分を売り込んだらしい。

 

 人事部長のイグナーツ・フォン・ハウプト宇宙軍中佐は軍部保守派で父に近いアルベルト・フォン・マイヤーホーフェン宇宙軍大将が回してくれた人材だ。ただし、マイヤーホーフェン大将も持て余していたようで、「能力の高さは人事局一だが……扱いづらさでも人事局一だ。御父上に頼まれて卿の下に付けたが本当に良いのか?」と心配そうに聞かれた。

 

 厳密な意味での参謀は作戦部、情報部、後方部、人事部に属する幕僚を指すが、一般的には運用補佐部門の幕僚も参謀と呼称される。当然ながら、この第一二特別派遣戦隊にも運用補佐部門の参謀が大勢配属されている。

 

 この中で注目すべきは法務部長のカール・バーシュタット・フォン・ブレンターノ宇宙軍中佐だろう。彼の家は帝国騎士であり、代々の当主は皆帝都憲兵隊に勤務している。だがブレンターノ家は彼の父の代からジークマイスター機関の協力者になっており、憲兵隊の内部情報を機関に漏らしていたそうだ。それがバレそうになったこともあり、緊急避難を兼ねて私の戦隊の法務部長に転属してきた。

 

 そしてもう一人は私の副官に任命されたカール・ロベルト・シュタインメッツ宇宙軍少尉だ。帝国軍ノイシュタット幼年学校を優等で卒業した後、士官学校へは進まずにそのまま軍に入り、ザールラント方面で活動する独立分艦隊の一つ、第四猟兵分艦隊に配属された。この第四猟兵分艦隊は今回の『ドラゴニア特別派遣艦隊』編成に際して帝都に集結させられた部隊の一つであり、一部部隊がそのまま第一二特別派遣戦隊にも配属されている。

 

 シュタインメッツ宇宙軍少尉は今回の『ドラゴニア特別派遣艦隊』には従軍せず、また別の辺境地域に転属することになっていたが、そこを私が強引に自分の副官に引き抜いた。理由は前世の……と言っても信じないか。まあ、偶然顔を見た時に凄まじい将器を感じたとでも言っておこう。

 

「第二六一巡航群司令代理。ルーブレヒト・ハウサー宇宙軍少佐です」

 

 第一二特別派遣戦隊の総艦艇は約九〇〇隻であり、直轄部隊、一個機動群、二個打撃群、ニ個巡航群、ニ個駆逐群、地上支援群で構成される。ハウサーの他にクルトも私の指揮下で一個機動群を率いることになっているが、クルトは現在アムリッツァの黄色弓騎兵艦隊に所属しているためにここには居ない。他の指揮官は大抵が父カール・ハインリヒの元帥府に属する佐官だ。

 

 この日の幕僚会議は顔合わせのような物であり、ドラゴニア特別派遣艦隊の作戦目的と、その達成の為に各部署が行う業務について基本的な事が話し合われた後、解散した。

 

 

 宇宙歴七六七年七月二三日。各部隊での顔合わせが終わり、『ドラゴニア特別派遣艦隊』本隊における主要幕僚会議が開かれた。その主な出席者は以下の通りである。

 

司令官 ハンス・ヨーデル・フォン・シュムーデ宇宙軍中将

副司令官 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍少将

副司令官 ロータル・フォン・ライヘンバッハ地上軍少将

参謀長 テオドール・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍少将

副参謀長 クルト・フォン・ヒルデスハイム宇宙軍准将

人事部長 マルセル・フォン・シュトローゼマン宇宙軍大佐

 

第一分艦隊司令官 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍少将

第一特派戦隊司令官 ヨーゼフ・フォン・グライフス宇宙軍准将

第二特派戦隊司令官 リヒャルト・フォン・ノイエ・バイエルン宇宙軍准将

 

第二分艦隊司令官 ワルター・フォン・バッセンハイム宇宙軍少将

第四特派戦隊司令官 ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング宇宙軍准将

 

第三分艦隊司令官 クリストフ・フォン・リブニッツ宇宙軍少将

 

第四分艦隊司令官 マティアス・フォン・ハルバーシュタット宇宙軍少将

第一一特派戦隊司令官 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ宇宙軍准将

第一二特派戦隊司令官 アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍准将

 

近衛第三旅団長 エーリッヒ・フォン・ラムスドルフ近衛軍准将

第一六一混成師団長 マルティン・ツァイラー地上軍准将

第一六ニ混成師団長 パスカル・フォン・シェーンコップ地上軍准将

 

 

 特徴としては殆どが帯剣貴族出身者であること。また私やミュッケンベルガーのように若手の将官が多いことが挙げられる。

 

「この『ドラゴニア特別派遣艦隊』の目的は、ドラゴニア星系基地を襲い、イゼルローン回廊入り口まで進出しつつある叛乱軍の侵攻を留める為に、ドラゴニア辺境軍管区全域で今なお抵抗を続ける帝国地上軍を支援することである。期間は帝国宇宙軍の主力艦隊が反抗の準備を整えるまで。まあ最低でも一年間は任務にあたる必要がある。本作戦に当たって何か意見のある者は居るか?」

 

 シュムーデ提督がそう問いかけると早速手が上がった。副参謀長のヒルデスハイム准将だ。彼は『ドラゴニア特別派遣艦隊』では珍しい領地貴族――それもブラウンシュヴァイク一門の――である。シュムーデ提督が発言を許可した。

 

「畏れながら本作戦の意義をお尋ねしたく思います。何故この財政危機の今、ドラゴニア辺境軍管区に一万隻もの艦隊を派遣する必要があるのでしょう?」

 

 ヒルデスハイム准将の発言を聞いて数人の将官が不快感を表している。

 

「イゼルローン回廊防衛の為に決まっているだろう。副参謀長、分かり切ったことを聞かないでくれ」

 

 不機嫌そうに答えたのは参謀長のゾンネンフェルス少将だ。現在の軍務尚書エーヴァルト・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍元帥の息子である。ゾンネンフェルス伯爵家は第二次ティアマト会戦前から残る名門帯剣貴族家の一つであり、オトフリート四世帝の時代にも軍務尚書を輩出している。

 

「参謀長閣下、その答えは正確ではないでしょう。回廊では無く、要塞を守りたい、違いますか?」

 

 ヒルデスハイム准将はどことなく気取った様子でそう指摘する。

 

「……くだらん揚げ足取りは止めろ。要塞にせよ、回廊にせよ、結局俺たちがやることは変わらん」

 

 第三分艦隊司令官リブニッツ少将が淡々と言った。その横ではハルバーシュタット少将が腕を組んで頷く。リブニッツ少将は建国以来の名門帯剣貴族家であるリブニッツ侯爵家の血を引く。ハルバーシュタット少将はライヘンバッハ一門の子爵家当主だ。二人とも勇将としてその名を知られている。

 

「変わりますとも。回廊を守りたいのであれば、建造中の要塞を壊せば良いのです。イゼルローン回廊には居住可能惑星も無ければ大規模な艦艇基地が作れる惑星も無い。作りかけの要塞さえ壊せば、後はティアマト以前と同じくエルザス辺境軍管区で距離の暴虐で消耗した奴らを迎え撃てば良いだけの事」

 

 ヒルデスハイム准将の言うことは正論のように聞こえはする。同盟軍がイゼルローン回廊を恒久支配するには恐らく今帝国軍が建造中のイゼルローン要塞を奪取するしかない。ならばそれを壊してしまえばイゼルローン回廊を同盟軍が恒久支配することは不可能になる。……同様に帝国軍による恒久支配も不可能になるが。

 

 とはいえだ。『ドラゴニア特別派遣艦隊』が派遣されると決まり、その幕僚会議をやっている状況で今更そんなことを言っても意味は無い。ヒルデスハイム准将はそれを分かって敢えて言っている訳だから、他の士官たちが不機嫌になるのも当然だ。ついでに言えば、私はイゼルローン回廊に要塞が出来た結果を知っている。それを踏まえればヒルデスハイム准将の意見が間違っていることは明らかだ。……勿論指摘はしないが。要塞なんて出来ない方が我々機関には都合が良いのだ。

 

「ドラゴニア星系基地があるだろう……。あれがある限り距離の暴虐は不完全にしか機能しない」

「だったら壊せば良いだけの話だ。核を使えば簡単だ」

 

 メルカッツ准将の指摘に対してヒルデスハイム准将はそう答えた。会議室がざわつく。惑星への核攻撃は一三日戦争以来の禁忌だ。

 

「昔はともかく今のドラゴニアに民間人は住んでいません。相手が軍人なら躊躇する必要は無いでしょう」

「居住可能惑星に核をぶち込むだと!?ダゴンの過ちを繰り返すのか!」

 

 私は思わず口を挟んでいた。……宇宙歴六四〇年のダゴン星域会戦は帝国にとって大規模な狩猟以上のものでは無かった。帝国は当初、自由惑星同盟に対して「惑星に核攻撃をしない」という不文律を適用しなかった。恭順する惑星はともかく、全土を要塞化して徹底抗戦しようとした惑星に対しては容赦なく核弾頭が降り注いだ。かつて、ドラゴニア辺境軍管区と呼ばれる地域にはもっと多くの居住可能惑星があったが、今ではドラゴニア星系基地のあるドラゴニア星系第三惑星位のものだ。他に正規艦隊を恒久的に配置できるような惑星は殆ど無い。戦略的な事情を考慮すると、ほぼ第三惑星一択と言って良い。

 

 勿論、同盟側もやられっぱなしではない。……エルザス辺境軍管区と呼ばれる地域には同盟による熾烈な報復が行われた。尤も、『人道的観点』から住人を『避難』させただけ帝国よりはマシか。結果としてイゼルローン回廊の両端地域は居住可能惑星が極端に少なくなってしまっている。

 

 なお、帝国が同盟を対等な国家であると認めたことは一度も無いが、コルネリアス二世元帥量産帝が大親征前に送った和平使節団と自由惑星同盟国防委員会の間で「人類間の地上における戦闘に核を使うことは絶対に許されない」という内容の覚書が交わされた。ちなみに同じタイミングで最初の捕虜交換の基本的な枠組みが作られてもいる。

 

「過ちとは何を言うか!叛徒共が畏れ多くもコルネリアス二世帝陛下が作られた基地を……」

「黙れ!」

 

 色を為してヒルデスハイム准将が反論しようとしたその瞬間、副司令官のミュッケンベルガー少将が机をたたいて立ち上がる。

 

「確認しておこうか。『ドラゴニア特別派遣艦隊』は帝国軍三長官が総意によって宰相府、国務省、財務省の許可を受け、その専権によって編成と派遣を決定した。卿らは帝国軍三長官が何故帝国軍の指揮権を有するか、忘れた訳でもあるまい」

 

 ミュッケンベルガーは言い聞かせるように見回した。ブラウンシュヴァイク公爵の後ろ盾を得ているヒルデスハイム准将程あからさまで無いにせよ、この派遣に疑問を持つ士官は一定数存在する。ミュッケンベルガーはそういう人間たちにも確認しているのだろう。

 

「帝国軍の最高司令官は皇帝陛下だ。勿論、軍政のトップも軍令のトップも皇帝陛下である。だが皇帝陛下には銀河帝国全体を統治する使命があり、常に軍事だけに注力する訳にはいかない。故に帝国軍三長官が最高指揮権を分割して代行している。その意味が分かるか?……例え帝位継承が済んでいないとしても、いや済んでいないからこそ、今の帝国軍三長官の命令は皇帝陛下の命令に等しい絶対的な物であるということだ」

 

 ミュッケンベルガー少将はこの場の誰もが幼年学校や士官学校で習った常識を敢えて口に出した。「皇帝が全軍を直接指揮し、幕僚総監以下大本営が一元的にそれを輔弼する」というのが本来の帝国軍のシステムだ。実際、ルドルフ大帝とコルネリアス二世元帥量産帝の時代には皇帝自らが軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊総司令官の役割を果たし、その全てを大本営幕僚総監が輔弼していた。

 

 しかしながら、ミュッケンベルガーの言う通り、皇帝が常に軍事だけに注力している訳にもいかない。故にルドルフ大帝が亡くなった後、ジギスムント一世帝の時代に皇帝に代わって前線の指揮を執る宇宙艦隊総司令部が大本営と別に創設され、初代宇宙艦隊司令長官にヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェン公爵が任命された。

 

 また、ノイエ・シュタウフェン公爵の死後、ジギスムント一世は大本営から軍政権を分離して、軍務省を設置する。一説によるとジギスムント一世自身は特に軍を直接統括することに苦を感じていた訳では無いが、「自分の子孫が自分と同等に優秀とは限らない」と考え、皇帝の負担軽減の為に軍務省を設置したという。……ジギスムント一世はルドルフ大帝ほど遺伝子の力を信じていなかったようだ。

 

 統帥本部の設置はさらに時代が下り、ダゴンの殲滅戦の後である。尤も、その前身となったのはダゴン星域会戦以前にベルベルト大公の強権によって宇宙艦隊総司令部とは別に創設された遠征軍総司令部だ。……ベルベルト大公がどういう意図で宇宙艦隊総司令部と別に自分の為の司令部を用意したかは分からない。しかし、ダゴンの大敗とその原因としてのベルベルト大公の醜態が大本営(と皇族)から独立した「軍事のプロ」である統帥本部創設のきっかけとなったのは間違いないだろう。まさかベルベルト大公がそれを狙っていた訳は無いし、皮肉な話である。

 

 なお、統帥本部創設と同時に大本営は常設機関ではなくなった。しかしながら、皇帝の主席参謀ともいえる幕僚総監のポストは今なお残っており、序列上は軍政権を代行する軍務尚書、軍令権を代行する統帥本部総長の次に位置する。とはいえ、実権は格下の宇宙艦隊総司令官より小さいと見られている。ただし、帝国軍三長官と幕僚総監の関係性には皇帝権力の強弱や幕僚総監自身の資質等が複雑に絡んでおり、一概に閑職とも言い切れない。少なくとも今の幕僚総監フォーゲル元帥は宇宙艦隊司令長官への転任が決まっていることから分かるように、主流派では無いが三長官と対立していた訳でもない。当然、閑職に回されていたとも言えないだろう。

 

「……我々には既に三長官の総意でドラゴニア救援の命令が下された。卿らの一部はその事に不満があるらしいが、勅命に等しい三長官の命令に逆らうというのであれば、それ相応の覚悟が必要だ。その事を分かった上で発言しているのだな?」

 

 ミュッケンベルガーは淡々とした様子だが、その姿からは反論を許さない威圧感が感じ取れた。

 

「……小官は本作戦の意義を確認したかっただけです。命令に逆らうなど……そんなつもりはありません」

 

 ヒルデスハイム准将はそう呟くように言うと黙り込んだ。

 

「我々がドラゴニアに向かえば地上で戦う多くの将兵が救われるだろう。我々がドラゴニアに向かえば祖国に仇為す多くの叛徒を討ち取れるだろう。我々がドラゴニアに向かえばイゼルローン要塞に存在する皇帝陛下の財産を守り切れるだろう。祖国と皇帝陛下に忠誠を誓う帝国軍人としてそこに意義を感じられないなどということがあるはずもない。敢えて作戦の意義を確認する必要もあるまい。……他に司令官閣下に意見を述べたい者は居るか?」

 

 ミュッケンベルガーは全く声色を変えずにそう言うと座った。堂々たる姿である。ある英雄は「堂々たるだけ」と評したらしいが……私にはとてもじゃないがそんなことは言えない。その後、いくつか基本的な点を話し合った後、主要幕僚会議は終わった。

 

 宇宙歴七六七年七月二五日。『ドラゴニア特別派遣艦隊』は帝都オーディンを発ち、アムリッツァ恒星系へと向かう。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。

 


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