アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

30 / 79
二章終了です。


青年期・第四次リューベック会戦とベルディエの独立(宇宙歴761年1月9日~宇宙歴763年8月9日)

 宇宙歴七六一年一月九日から始まった自由惑星同盟宇宙軍第三艦隊と銀河帝国宇宙軍第二辺境艦隊の会戦は『第四次リューベック会戦』と呼称される。と言っても、リューベックで同盟と帝国が衝突したのはこれが初めてである。第一次・第二次リューベック会戦は建国初期に、第三次リューベック会戦はコルネリアス一世元帥量産帝の大親征の際に銀河帝国と『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』間で行われた。

 

 『第四次リューベック会戦』は当初帝国軍が圧倒的な優位に立って始まった。同盟軍は降下作戦を行っており、完全に油断しているように思われた。ところが、勢いだって突撃した第二辺境艦隊は強かな逆撃を被ることになる。降下作戦を行っているように見えた第三艦隊は既に第二辺境艦隊の存在に気づいていたのだ。これは第二辺境艦隊司令部に勤務していたジークマイスター機関構成員の働きによるところが大きい。第三艦隊司令官ハリソン・カークライト宇宙軍中将はこの情報によってギリギリのところで逆撃体制を整えることが出来た。

 

 なお、単に逆撃体制を整えるのではなく、降下作戦を行っているように見せるように提案したのは後の宇宙軍元帥シドニー・シトレ宇宙軍少佐であったらしい。……私とほぼ同年代にも関わらず、実力で少佐にまで昇進しているあたり、流石と言わざるを得ないだろう。

 

 第三艦隊の総艦艇は一三〇〇〇隻、対して第二辺境艦隊はエルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区の各部隊を加え、一二〇〇〇隻を擁していた。軍管区司令グリュックスブルク中将と辺境艦隊司令官スマルン中将は数で劣るものの、敵地深く進攻してきた第三艦隊は疲弊しており、尚且つ奇襲攻撃ならば打ち破ることは容易いと考えていたが、これは甘すぎる想定であったと言わざるを得ない。結局一月九日の奇襲攻撃は第三艦隊に五〇〇隻程、第二辺境艦隊に一一〇〇隻程の損害を発生させて終わることになる。

 

 同日、第一辺境艦隊と黄色弓騎兵艦隊が動員を完了したが、そこに自由惑星同盟軍第五艦隊、第七艦隊、第一一艦隊が回廊へ侵入したという情報が入り、身動きが取れなくなった。

 

 無論、この三個艦隊は第三艦隊と違い、通常の手続きを経て動員されたために銀河帝国側も襲来を予測していたが、これまでのデータとハイネセン=アムリッツァ間の距離を基にした分析によると早くても一月二〇日以前に帝国領に到達することは無いと判断されていた。であるならば、フォルゲンの艦隊の一部をリューベックに派遣したとしても帝国中央地帯で動員中の黒色槍騎兵艦隊、緑色軽騎兵艦隊の展開がフォルゲンに間に合う計算である。

 

 しかし、実際には議会で手続きを経るよりも早く既に三個艦隊は動員を開始しており、その進軍スピードは帝国軍の分析を上回っていた。勿論、これは機関も想定外のスピードである。……自由惑星同盟はジークマイスター機関を盲信していた訳ではなく、このように独自の行動も取っていたのだ。これは別に今に始まった事ではなく、かのブルース・アッシュビーもよくやっていた事である。

 

 その後もリューベックにおける会戦は数で勝り、尚且つ練度で勝る第三艦隊が優勢を維持することになる。

 

 宇宙歴七六一年一月一一日、第二辺境艦隊は再編の為にリューベック星系第九惑星ハーゲンまで後退、それを受けて第三艦隊は再度降下作戦を実行することになるが、同日午後八時、ダニエル・アーレンバーグ主席とマックス・フェルバッハ総督の間で一つの協定が結ばれたことが明らかになる。この『ベルディエ協定』が『第四次リューベック会戦』の趨勢を決定づけることになる。

 

『銀河帝国リューベック総督府とベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)政府は以下の事柄で合意した。

 

1、ベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)が惑星リューベック、惑星ブラオンに対し独自の主権を有すること

2、ベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)藩主は銀河帝国皇帝陛下に対し臣従し、その権威に服すること

3、ベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)と銀河帝国はその独立を脅かす共通の敵、サジタリウス叛乱軍に対し共同で対処すること……』

 

 内容は至って簡単な物である。……銀河帝国はベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)の独立を承認し、総督府を解体する代わりに、ベルディエ藩民国(ネイティブ・ステート)は銀河帝国皇帝に臣従する。そして共同で自由惑星同盟に対抗する、という物だ。

 

 内容は簡単であるが、合意に至るまでは大変だった。そもそも、マックス・フェルバッハ総督はリューベック統治に関して広範な権限を有しているが、だとしても勝手に独立を承認するような事が許されるのか、勝手に総督府を解体することが許されるのか、という問題がある。銀河帝国は人類における唯一の統治組織、と言うことになっている。当然ながら、総督が自治領に対して独立を許すなどと言う事例を想定した法律は存在せず、フェルバッハ総督のベルディエ独立承認が有効かどうかは全くの不明であった。

 

 当然、そのような不安定な承認に価値は無いと藩民国政府側は反発したが、確実な価値のある承認を求めようと思えば、藩民国政府側は結局、皇帝からの独立承認を引き出さざるを得なくなる。

 

 最終的に、藩民国政府側は協定の内容に同意した。このまま同盟と組んで帝国に対抗しても勝ち目はない。ならば帝国と組んで同盟と戦う他は無い。その戦いを通じて独立を目指すしかないと。

 

 ……実を言うとこの時点で戦況は第三艦隊優位に動いており、また既に増援三個艦隊が回廊を抜けつつあることを考えると、同盟と組んで独立を達成できる余地が無かった訳ではない。ただ、この時点で宇宙の詳しい戦況を把握していたのは駐留艦隊司令部基地位の物であったし、さらに言うならば、仮に第三艦隊と増援の三個艦隊が全てリューベックに到達できたとしても、帝国一五〇万は星系各地でゲリラ的な抵抗を行うはずだ。そう簡単に鎮圧できるとは思えない。……だからこそ駐留帝国軍を迅速に無力化出来ることが『茶会(テー・パルティー)』計画成功に必要不可欠だったのだ。

 

 

 

 

 『ベルディエ協定』の発表は第三艦隊司令部に衝撃を与えた。さらに、私たちの協力でゾルゲが第三艦隊に詳細な報告を行った。彼は意識不明の重体で病院に担ぎ込まれたが、傷が癒えた後、独自に潜伏し第三艦隊への報告を試みようとしていたが、全て果たせなかったらしい。最終的に不審人物として今度は藩民国政府軍に拘束されていたところを、ミシャロン氏が発見、保護した。

 

 ゾルゲの報告でリューベック自治領(ラント)での騒乱とその原因が自由惑星同盟にあるとされていることを知った第三艦隊司令部は仰天した。やがて、藩民国政府軍が帝国軍と共に同盟降下部隊と戦闘を始めると、第三艦隊司令部はついにリューベックの占領を不可能と判断した。自治領民四億人を敵に回して地上戦をやって、勝てる訳がない無い上に、時間をかければ帝国中央地域から動員の終わった艦隊がリューベックに派遣されてくる、撤退するしかないと考えざるを得なかった。

 

 宇宙歴七六一年一月一四日、自由惑星同盟宇宙軍第五艦隊がリューベック星系に到達。第三艦隊と共に第二辺境艦隊に総攻撃を仕掛けた。第二辺境艦隊は第五艦隊が到達した時点で抗戦を諦めており、早々にリューベックから撤退した。しかし、第三・第五艦隊の地上戦力およそ二〇〇万でリューベック自治領(ラント)全域を制圧することは不可能であった。両艦隊は最終的に地上部隊を回収し、撤退することになる。

 

 『第四次リューベック会戦』はこうして終わった。第二辺境艦隊は艦艇三六〇〇隻を失い、第三艦隊・第五艦隊は合わせて二〇〇〇隻弱を失った。会戦自体は同盟軍の勝利と言えるだろうが、戦略的には四個艦隊を動員してまで行ったリューベック制圧作戦が何も得ることなく終わった(それどころか何故か自分たちが悪役になっていた)ことから考えて、およそ勝利とは言えない結果となったと言えるだろう。

 

 

 

 一月二〇日。帝国領から自由惑星同盟軍の艦隊が全て撤退したことが確認された。同日、銀河帝国軍務省は「第四次リューベック会戦の勝利」を高らかに宣言する。

 

「叛乱軍は狡猾な策を以って辺境地域の警戒網をすり抜けてリューベックを奇襲したが、現地民と駐留軍が皇帝陛下の威光の下で一致団結して立ち向かい、ついに叛乱軍にリューベック占領を断念させた」

 

 ……これが軍務省の行った発表だ。リューベック奪還革命もノーベル大佐の離反行為も第二辺境艦隊の敗北も全部無かったことにされている。

 

 一月二一日。銀河帝国宮内省は皇帝オトフリート五世の意向として、「リューベック自治領主(ランデスヘル)ダニエル・アーレンバーグに『藩王』の称号を与える」と発表した。これによりリューベック自治領(ラント)はリューベック藩王国(ネイティブ・ステート)と名を変えることになる。

 

 帝国政府はマックス・フェルバッハ総督とダニエル・アーレンバーグ主席との間に結ばれた協定に一切触れなかった。しかし、協定の内容を完全に無視することは出来なかったらしく、総督府と駐留艦隊司令部、全駐留部隊の惑星ボストン移転を決定する。総督府の解体には応じるつもりは無いが、リューベックに過大な干渉をするつもりは無いというメッセージだとも言える。駐留部隊を全てボストンに置くという事は事実上総督府の権限を放棄することに等しい。総督府がどんな決定をしようと、近くに駐留部隊が居なければ自治領民がそれに従うことは無い。

 

 帝国政府のこのような妥協的な政策は、やはりリューベックの距離的な遠さがネックになったのだろう。リューベックの革命は既に駐留部隊だけで対処できる域を超えている。鎮圧には恐らく大部隊を派遣する必要があるだろうし、仮に鎮圧できたとしても、また同じような叛乱……革命が起きることは恐らく避けられない。地球時代で例えるのであれば、アメリカ……北方連合国家(ノーサン・コンドミニアム)と中東諸国の関係だろうか?

 

 一月三〇日、私を含む主だった者が軍務省への出頭を命じられた。私たちの職務は中央から送られてきた官僚、軍人が引き継いだ。通常、辺境での不祥事は辺境軍管区司令部が対処するが、どうやらその辺境軍管区司令のグリュックスブルク中将自体が出頭を命じられているらしい。

 

「アルベルト!久しぶりだな!」

 

 二月二日、惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインで帝都行きの輸送艦を待っていた私の下をハルトマンが訪れた。

 

「久しぶりだな……。元気そうで何よりだ」

「リューベックでは大変だったな……。あの『ベルディエ協定』はお前の差し金だろう?」

「一枚噛んだのは事実だ。……あの時は何が何でも革命派を対同盟の共闘に引きずりこむ必要があった。帝国だって本音を言えばリューベックの統治なんて面倒なことはしたくない。だが、リューベックが同盟に味方するのであればどれほど面倒であっても統治せざるを得ないし、軍だって送るしかない」

 

 私は『長い夜』を思い出しながら言った。

 

「逆に言えば、同盟と敵対するなら統治形態には拘らない、か……」

「ああ。……尤も、状況の変化もあるだろうけどね」

 

 私はそう言いながらハルトマンに対して新聞を放り投げた。

 

「赤線で囲んである部分を読んでみてくれ……経済面だ」

「……フェザーン自治領(ラント)立法府において、銀河帝国に対する航路安定を目的とした大規模な援助法案が可決。……ユニバーサル・ファイナンス、リッテンハイム侯爵領に一億帝国マルクを融資。……ジェノヴァ・コーポレーションがフォルゲン星系への進出を決定」

 

 ユニバーサル・ファイナンスもジェノヴァ・コーポレーションもフェザーン企業だ。特にジェノヴァ・コーポレーションは大規模宇宙建造物の建築に秀でていることで知られている。仮にイゼルローン回廊に要塞を作るのであれば、ジェノヴァ・コーポレーションの全面バックアップがあれば非常に心強いだろう。

 

「……次は政治面だ」

「……兵站輜重総監セバスティアン・フォン・リューデリッツ上級大将、帝国名士会議で演説。『昨今の辺境危機は全て要塞によって解決する』帝国名士会議、宰相府及び軍務省、財務省に要塞建設を促す勧告案を賛成九対反対三で可決。リッテンハイム侯爵、ノイエ・バイエルン伯爵ら、近く皇帝陛下に対し要塞建設支持を奏上する模様」

「回廊に要塞を作るのであればリューベックが多少不安定化した所で問題は無い。……それとね、『奴ら』の目的がようやく分かったよ。ハルトマン」

 

 私は溜息をついてそう言った。ハルトマンは黙り込んだままだ。

 

「『奴ら』というのはフェザーンだな?……ノーベル大佐を唆したのもフェザーン、グリュックスブルク中将を動かしたのもフェザーンだ。目的は、辺境情勢の悪化を強調し、帝国上層部における『要塞派』と『保守派』の論争に終止符を打つこと。……旧エルザス辺境軍管区が突破され、リューベックまでも侵攻を許し、第二辺境艦隊は完敗する。『要塞派』はこう言うはずだ、『それ見たことか!艦隊など役に立たない、要塞を作らないからこうなるんだ!』とね」

「……だと思う。グリュックスブルク中将はフェザーン企業の人間と何度も会っていた。きっとフェザーンのエージェントだったんだろう」

 

 私はブロンセ・ゾルゲから聞いた在リューベックフェザーン弁務官事務所の武官の話を思い出す。恐らく奴がノーベル大佐を唆した男だ。そして自らが蒔いた計略の種がどう育つかを見る為にリューベックに戻ってきたんだろう。

 

「フェザーンめ……天秤を維持する為に要塞建設を援助する気か。やつらまさかそこまでやるとはな……」

「……俺が思うに、フェザーンの狙いは同盟艦隊に消耗を強いることにもあったんじゃないか。同盟側は独自の判断で機関の計画よりさらに早い動員と行軍を行っていた。もしそれが無かったらどうなると思う?」

「……なるほど。同盟艦隊は万全の状態を整えた帝国艦隊に突っ込んでいくことになったのか。そうなっていたら……考えたくも無いな」

 

 少なくとも、リューベックの革命に対しては第二辺境艦隊の連れてきた地上部隊が鎮圧に動くはずだ。夥しい量の血が流れることになっただろう。

 

「……まあ、『茶会(テー・パルティー)』計画は失敗したし、要塞建設の流れを止めるのは難しそうだが……。今の所、機関の存在が露見する最悪のパターンにはなっていない。アルベルト、とりあえず今は軍務省の査問を切り抜けることだけを考えるんだ。軍務省には仲間も居る。悪いようにはならないさ」

「分かっているよ……。戦いはまだ終わっていない」

 

 

 

 

 軍務省で行われた査問会では私を含む二三名が査問の対象となった。マックス・フェルバッハ総督はリューベック騒乱の責任を追及されたが、自身も襲撃され重傷を負っていること、曲がりなりにも混乱を収拾し革命派を味方につけたことが考慮された結果、懲戒免職処分を下されることになった。リューベックの独立を勝手に承認したという事実は、互いにとって都合が悪く『無かったこと』にされた。それ故に刑事的な処分を受けずに済んだと言える。

 

 グリュックスブルク中将とアーベントロート中尉は免責された。……まあ、彼らは査問をする側と通じているのだから当たり前だろう。ただ、グリュックスブルク中将はどうも功を焦って独断行動を取っていたようで、この後閑職に回されることになる。

 

 シュリーフェン中佐、メルカッツ少佐、ランズベルク局長、私等はかなり厳しい査問を受けることになったが、結局、誰一人として処分されることは無かった。それどころか、リューベック騒乱の鎮圧に貢献したとして私を含む一一名が昇進した。

 

「あれは裁くための査問じゃない。単にリューベック騒乱の詳細を調べる為の査問だよ。……それとノーベルと繋がっていた人間が居ないかどうか、確かめる為の査問でもあった。エーレンベルクの奴はまだ機関が生き残っているのではないかと疑っている。……どうやら私も少し疑われているらしい」

 

 後に軍務省次官のシュタイエルマルク提督が私にそう教えてくれた。ちなみに、軍務省から各艦隊へ出た正式な出動命令にはシュタイエルマルク提督も関わっていた。何とか止められないかと思ったらしいが、エーレンベルクに勘付かれる恐れがあったために断念したという。

 

 リューベック騒乱の後も暫くの間『要塞派』と『保守派』の争いは続くことになる。フェザーンの全面的な支援とリューベックの騒乱は『要塞派』を勢いづかせ、徐々に『保守派』は押し切られ始めたが、『保守派』の利害がバラバラであることが逆に幸いし、完全に『保守派』の抵抗が封じられるまでにはしばらくかかることになる。

 

 しかし、宇宙歴七六三年八月九日。ついに皇帝オトフリート五世はイゼルローン要塞建設を決意。兵站輜重総監セバスティアン・フォン・リューデリッツを責任者に任命することになる。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。