アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・『ベルディエの一番長い夜』(宇宙歴761年1月7日~1月9日)

「馬鹿な!早すぎる!」

 

 ハルトマンからの報告を聞き、私は叫んだ。

 

 軍隊が動くには時間がかかる。エルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区は艦艇五〇〇〇隻を有し、第二辺境艦隊は艦艇八〇〇〇隻を有している。だが、その全てがいつでも出撃できる訳ではない。同盟軍の奇襲に備え、第二辺境艦隊の二個分艦隊四〇〇〇隻は常に即応体制を整えているが、残りの艦艇は管区内の各惑星に分散配置されている。その全てを集結させるには最低でも一週間はかかる計算だ。

 

 しかもこれは単純に艦隊を集結させる時間の話だ。全艦艇を集結させれば当然、軍管区が手薄になる。その間隙を海賊や共和主義勢力に突かれる訳にはいかない。ということは一定の艦艇を軍管区に残し、尚且つその少数の部隊で軍管区部隊の本来の業務をやり繰りしなくてはいけない。その引継ぎにも時間がかかるだろう。また、中央に報告を上げ、その指示を受けるにも時間はかかるはずだし、各惑星から地上部隊を引き上げるのであれば、艦隊の集結にも余計に時間がかかる。

 

 さらに計画では機関の構成員が遅滞工作を行う手筈になっている。第三艦隊がリューベックに到達してから帝国辺境軍が対応に動くまで結構な時間が掛かるはずだ。既に動員を済ませ、さらにリューベックに進軍中というのは明らかにおかしい。

 

『グリュックスブルク中将が強権を発動したんだよ。「旧エルザス辺境軍管区に向かわせた偵察部隊がサジタリウス叛乱軍の姿を確認した」の一点張りで強引に第二辺境艦隊を集結させた。機関の構成員は当然遅滞工作に動こうとしたし、機関の構成員以外にもグリュックスブルク中将の強権に反対する人間は少なくなかったが……。軍務省から正式な出動命令が降りてきた。これじゃどうしようもない』

 

 ハルトマンは肩を竦めて首を振った。本来、軍務省から辺境軍管区や辺境艦隊に直接命令が降ることは無い。統帥本部を通さない命令は、何らかの政治的な力が働いた結果であると考えて間違いないだろう。

 

「だが早すぎるだろう。グリュックスブルク中将が第三艦隊の行軍に気づいていたにせよ、この動員は……」

『同感だ。というか、グリュックスブルク中将が強権を発動したのは去年の一二月二八日。その頃第三艦隊は回廊すら抜けてないはずだ。だからまあ……中将は元々知っていたんだろうな。機関が抑えている筈の軍務省から正式な出動命令が降りてきたことも考えて、俺たちは「奴ら」に嵌められたんだろう』

「『奴ら』?」

『……いや、まだ推論の段階だ、気にしないでくれ』

 

 ハルトマンは首を振った。私は気になったが、ハルトマンがまだ話す必要が無いと判断したのであれば、それを尊重するべきだと考えた。

 

 私はハルトマンにリューベックの情勢を伝える。ノーベル大佐が裏切った事を伝えると、ハルトマンは顔をしかめていた。

 

『状況は分かった。俺から上に報告しておく。それと二辺は軍管区の全艦艇を加え、リューベック星系から二〇〇光年の位置まで到達している。司令部は奇襲を考えているから、星系近くでは行軍速度を落とす筈だ。第三艦隊との会敵まで後二日と言った所だろう。それまでに第三艦隊に警告を頼む』

「短いな……機関の方で何とか出来ないか?」

『何とかしたからこそ、二日間の猶予が出来たと考えてくれ。本来なら今頃リューベック星系に到達していてもおかしくは無い。……これ以上の妨害はグリュックスブルクに気取られる』

 

 ハルトマンは険しい表情だ。……この通信も危ない橋を渡っているのだろう。

 

『後、軍務省は二辺と同時にフォルゲンの黄色と一辺にも出動命令を出している。あっちは辛うじて一万隻ほどの動員が出来たばかりらしいが、それでも時間をかければ第三艦隊は退路を塞がれて殲滅される。恐らく増援の三個艦隊は間に合わない』

「……分かった。何とかして第三艦隊に警告を出す。一応あてはある」

 

 私は通信を切った。……ブロンセ・ゾルゲに何とかして接触しなくてはならない。ミシャロン氏にゾルゲを保護するように伝えてあるから、生きていればミシャロン氏の下に居る筈だ。それに加えて、ミシャロン氏の計画を成功させる為にも一度革命派が制圧する領都ベルディエに行く必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

「危険です大尉殿!そこまでする必要がありますか!?二辺が向かっている以上、リューベックの叛乱は終わりです。もうあいつらに妥協する必要はありません!」

 

 私はフェルバッハ総督に対して、共にベルディエに向かうことを提案した。その提案を聞くなり、アーベントロート中尉が反対する。

 

「中尉。これは叛乱(アオフシュタント)ではない、革命(レヴォルツィオーン)だ。……貴官も領都で見たはずだ。彼らは最早帝国軍を恐れない。彼らは団結する強さを知ってしまった。自由の味を思い出した」

「彼らが恐れるか恐れないかはこの際重要では無い。駐留帝国軍七〇万、二辺の鎮圧軍一〇〇万、これだけの数を相手にすれば革命派に勝ち目はない」

「……認識が甘すぎる。シュリーフェン中佐、惑星リューベックで四億人、リューベック自治領(ラント)全体で九億人、我々が武力を以って鎮圧を目指すのであれば、その全てを悉く打ち倒す覚悟と戦力が必要です」

 

 シュリーフェン中佐の意見は予想の範囲内だ。それに反論するのに苦労は無かった。

 

「……まあ、大尉の言うことにも一理あるのではないか?第四師団や第一三一歩兵連隊の例もある」

 

 一時的に駐留艦隊の指揮権を預かっているメルカッツ少佐が発言する。

 

 ランペール州東部に駐留していた第四師団はレンドの暴動で師団長と兵員一五〇〇名を失った。その後、副師団長の指揮の下でランペール州、及び領都特別区を転戦し、独自に暴徒鎮圧を試みていた。

 

 ところが、一二月三十日に革命臨時政府軍J・F・ケネディ連隊を都市クラクフで包囲した所、猛烈――狂気的な程に――な抵抗を受け、ついに打ち破ることが出来なかった。反対に革命臨時政府側の援軍部隊とJ・F・ケネディ連隊に挟撃されてしまい、ついにランペール州からの敗走を余儀なくされることになる。

 

 第一三一歩兵連隊は暴動を防ぐためにゾーリンゲン州ラベットの自治領府支部役人全員を拘束した所、反発した大量の自治領民が駐屯地に押し寄せ、大量の死傷者を出した末についに駐屯地を放棄せざるを得なくなった。

 

「それに、皆さんはサジタリウス叛乱軍の事を忘れています」

「?二辺が動いたし、一辺も動員をかけているんだろう?撃退は容易だ」

 

 ヘンリクの発言にシュリーフェン中佐が応じた。確かに彼の言うことは間違っていない。ただし、見落としている点がある。

 

「……今リューベックに来ているサジタリウス叛乱軍は帝国軍がこんなに早く動員を済ませて来るとは予想していません。ですから、間違いなくリューベックに地上部隊を降下させてくるはずです」

 

 私はそう言いながら内心でこう呟いた。……それに彼らは駐留帝国軍が無力化されていると信じ切っているからな、と。

 

 ゾルゲから聞いた話だと第三艦隊は可能な限り地上部隊を詰め込み、何とか一二〇万の地上部隊を連れてくるらしい。ノーベル大佐と私が計画通りに動いていれば、過剰な程の戦力だっただろうが、今ではその逆だ。リューベック全体を制圧するには過小に過ぎる。

 

「……そうか。つまりサジタリウス叛乱軍の艦隊が撃退されたとしても、降下した叛乱軍が革命派と手を組む事は避けられないのか」

 

 フェルバッハ総督は気づいたようだ。奇襲を受けた第三艦隊に降下させた地上部隊を回収する余裕があるだろうか?努力はするだろうが、間違いなく無理だ。置いてかれた同盟兵が革命派に助けを求めるのは容易に想像がつく。

 

「そうです。……だからこそ、革命派を抑えなければならない。革命派は叛乱軍に不信感を抱いています。一方で、ノーベル大佐を排除し、帝国地上軍に自治領民との対立を止めるように指示したフェルバッハ総督の動きに注目している。ここで革命派と妥協しましょう。革命派も帝国軍と叛乱軍がリューベックで泥沼の地上戦をやるような展開は望んでいないはずです」

 

 私はフェルバッハ総督を懸命に説得した。「革命派との妥協」という提案は思ったよりも簡単に認められた。アーベントロート中尉やシュリーフェン中佐も九億人と泥沼の地上戦をやるよりはマシだろうという考えに至ったのだろう。彼らは標準的な帝国人として多かれ少なかれ自治領民への差別感情を持ってはいるが、理性的な判断に支障をきたす程、差別感情に拘ったりはしない。

 

 問題はその内容である。私はリューベック自治領(ラント)に帝国に臣従する状態での独立を認め、帝国総督府を解体、駐留帝国軍を全て惑星ボストンに移すことを提案した。そして、その提案をこちらから領都に出向いて伝えることを主張した。アーベントロート中尉やシュリーフェン中佐はそこまでの譲歩には否定的であり、革命参加者への免責や自治領府等の復活に留めるべきと主張した。また、フェルバッハ総督自らが領都に向かうことには激しく反対した。

 

「皆の意見は分かった。少し考えさせてくれ」

 

 やがてフェルバッハ総督はそう言った。私としては何としてもフェルバッハ総督を連れて領都に向かわなくてはいけない。革命派は元々反帝国の色が強い。かといってコルネリアス一世の大親征の一件もあり、親同盟という訳でもない。その辺りを突いて、ミシャロン氏は同盟軍への不信感を煽るような『真実(でっちあげ)』を創作し、帝国と革命派が妥協できる余地を作り出した。

 

 しかし、元々革命派……というより自治領民の帝国に対する恨みは根深いのだ。中途半端な妥協では逆に革命派を怒らせるだけだろう。オヨンチメグ氏のアーレンダール星系分治府主席就任を拒否した際、代わりに立法府議員資格を認めることで宥めようとして逆に自治領民の反発を招いたのはその一例だ。

 

 翌一月八日。フェルバッハ総督は領都ベルディエに直接乗り込むことを決意した。私たちは駐留艦隊司令部と総督府の直通回線を利用して藩民国政府に対して交渉の呼びかけを行った。藩民国政府はフェルバッハ総督自らが領都に向かうと聞き色めき立った。藩民国政府側は「暫く検討した後で改めて返答したい」と答えた。数時間後、藩民国政府側から通信が入り、アーレンバーグ氏が交渉に応じる意思を示す。

 

 同日夜、フェルバッハ総督と私を含む数名は駐留艦隊司令部を出て、ヘリコプターで領都ベルディエへと向かう。日時に関して藩民国政府側との間で合意は出来ていなかったが、総督府側としては何としても同盟軍の降下作戦開始前に藩民国政府と接触しておきたかったのだ。

 

 突如として帝国軍のヘリコプターが接近してきたことで、ベルディエの藩民国政府軍は警戒し、私たちは危うく撃墜されそうになったが、何とか総督府防衛大隊駐屯地のヘリポートに着陸することが出来た。

 

「即断即決ですな。しかし、いきなりヘリコプターで乗り付けてくるのは礼を失しているのではないかな?」

 

 私たちを出迎えたラングストン大佐は少し不愉快そうに苦言を呈したが、私たちを総督府へ案内した。藩民国政府は総督がベルディエに来ることを伏せておきたかったようだが、派手にヘリコプターで乗り付けたからだろう。自治領民たちが何事かと駐屯地の方に集まってきていた。総督府に向かう最中、何度か立ち往生する羽目になったが、何とか無事に辿り着くことが出来た。しかし、そこで藩民国政府側の準備が整うまで数時間待たされることになる。

 

 私は別れ際、ラングストン大佐にミシャロン氏への伝言を託した。ゾルゲを通じて上空の第三艦隊に警告を行うためだ。

 

 明けて一月九日午前一時二分。私たちが待たされていた会議室に六名の藩民国政府指導者が入ってきた。帝国側交渉団七名と合わせて一三名によって行われたこの交渉は後に『ベルディエの一番長い夜』と呼ばれることになる。……ちなみに、リューベック地方では『ベルディエの一番長い夜』という言葉は小田原評定や「会議は踊る、されど進まず」と同じ使い方をされているらしい。実際、交渉開始からおよそ八時間、一切何の進展も無かったからそう言われるのも仕方がないのだが……。当事者としては複雑な気持ちである。

 

 午前一〇時少し前だっただろうか、一人の藩民国政府軍士官が会議室に入ってきて報告してきた。

 

「自由惑星同盟軍が降下を開始しました!」

 

 私は思わずミシャロン氏の方を見る。ミシャロン氏は首を振っていた。……どうやらゾルゲを通じて第三艦隊に警告を与えることは出来なかったらしい。ゾルゲが既に死んでいるという事なのか、単に通信が出来なかったという事なのか、ゾルゲを保護出来なかったという事なのか……。その時点でそれは分からなかった。

 

 士官の報告をきっかけに会議室に不穏な空気が流れる。藩民国政府に対して第二辺境艦隊がこちらに向かっていることは交渉の最初の段階で知らされている。それが無ければ、あるいは藩民国政府は私たち交渉団を拘束したかもしれない。だが、その不穏な空気は一時間もしない内に消え去ることになる。

 

 午前一〇時四〇分頃だっただろう。再び士官が駆け込んできて報告した。

 

「銀河帝国軍第二辺境艦隊が自由惑星同盟軍第三艦隊を急襲しました!戦況は不明ですが、降下作戦中の第三艦隊は劣勢に立たされていると予想されます!」

 

 その言葉は藩民国政府側と私に大きな衝撃を与えた。この瞬間から、『ベルディエの一番長い夜』は明け始めることになる。

 

 


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