最初のプロットより二話ほど伸びちゃいましたが、大体書きたいことは書けたはずです。
第三章ではみんな大好きフリードリヒ四世が出てきます。
宇宙歴七六一年一月三日。リューベック革命臨時政府は領都に存在する公営放送局の設備を利用して、惑星リューベック全域に対して放送を行った。その放送では領都リューベックを『
「人民諸君よ!我々はついにクラークライン監獄から同胞を取り戻すことに成功した!そして新たに加わった二一六名の同胞と共に、我々はここに『ベルディエ
この発表で注目すべきなのはベルディエ藩民国という名称だろう。前のリューベック革命臨時政府という名称と比してみたい。リューベック革命臨時政府はあくまで『臨時』であり『政府』である。対して今回の発表ではベルディエという『
しかし、『藩』という言葉に注目してほしい。『藩』、もっと言えば『
つまり、『ベルディエ
なお、革命臨時政府改め藩民国は総督府庁舎を掌握しているため、惑星リューベックに対して自由に放送を行えたが、惑星外に関しては駐留艦隊司令部の徹底した惑星間通信妨害によって放送を実行できなかった。
同日、銀河帝国のマックス・フェルバッハ総督はヘルセ駐屯地より全帝国軍将兵に対し通信を行った。総督府の指揮系統に属する全部隊に対し、指揮下への復帰を命じると共に、駐留艦隊司令ハウシルト・ノーベル大佐の指示で自分は監禁されていたと主張し、駐留艦隊司令部の指揮系統に属する全部隊に対し、ノーベル大佐の命令に対する非服従と総督府への協力を要請した。また、同時にエルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境辺境軍管区司令部にノーベル大佐の越権行為を告発しようとしたが、これは駐留艦隊司令部の通信妨害で失敗した。
惑星内の通信であれば有線を用いた秘密通信経路もある為に完全な通信遮断は難しいのであるが、惑星間の超光速通信となると、何らかの迂回経路が無い限りは封鎖は容易だ。例えばA星とB星を直接に結ぶ経路が遮断されている場合は別のC星を経由するなり、強力な通信設備を搭載した艦船Dを経由するなりしないと、惑星間の通信は不可能になってしまう。
翌一月四日。駐留艦隊司令部は声明を発表し、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ、マックス・フェルバッハ、ルーカス・フォン・アドラー、マルティン・ツァイラー、ヘンリク・フォン・オークレール、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツらをサジタリウス叛乱軍に協力する反国家的組織の構成員ないし協力者であるとして激しく非難した上で自らの正当性を強調した。
同日、領都ベルディエの総督府防衛大隊司令部から通信が入った。総督府防衛大隊駐屯地は革命臨時政府――今は藩民国政府――の包囲下に置かれ、また独立派の手で領都全域の通信網が混乱していた為にずっと連絡が取れていなかった。
「ライヘンバッハ大尉殿!お久しぶりです。よくご無事で……」
「アルベルト!言いたいことは山ほどあるがな!とりあえずお前と総督閣下が無事で良かった!」
モニターにはアーベントロート中尉とランズベルク局長の姿があった。アーベントロート中尉が一言何か言う度にランズベルク局長が毒にも薬にもならないようなどうでも良い事を長々と述べた。私たちは若干苛立ちを覚えたが、彼に悪気が無いことは私もアーベントロート中尉もよく知っている為に我慢していた。すると画面の外から若い女性が現れ、ランズベルク局長の腕を引っ張った。
「エリー!何をするんだ、私は友と話したいことが山ほどあるんだ」
「皆さんはもっと重要な事を話したそうですけどね。旦那様の無駄話に付き合ってはいられないと思います」
「な!無駄話って……」
ランズベルク局長は絶句している。その間にエリーと呼ばれた女性――ランズベルク局長の細君である――がランズベルク局長を引きずって行った。
「ランズベルク局長は相変わらずだな……。中尉、貴官も大変だっただろう?」
「ええ、まあ……」
アーベントロート中尉は苦笑している。しかし、表情を引き締ると口を開く。
「総督府防衛大隊と小官はフェルバッハ総督閣下とライヘンバッハ大尉殿を支持します。また、駐屯地を放棄する代わりに領都から安全に退却させるように革命臨時政府……、いや藩民国政府?とやらに認めさせました。遅くとも明後日までには合流できるはずです」
「そうか!貴官らが味方に付いてくれるのは心強い」
私は本心からそう言った。……本当にグリュックスブルク中将の密命を受けているのは私ではなくアーベントロート中尉だ。彼と一刻も早く口裏を合わせないといけない。
私はアーベントロート中尉と情報を交換した後、フェルバッハ総督に総督府防衛大隊が支持に回ったことを伝えた。
惑星リューベックに駐留する約七〇万の兵士の内、約五〇万は総督府の指揮系統に属する。その内、三〇万程の将兵が正当な総督の指揮下に復帰した。しかし、残りの部隊は未だ駐留艦隊司令部に属している。その大半は積極的な意思ではなく、状況がハッキリしない為に惰性で駐留艦隊司令部の指揮下に留まっていた。
これは正直言って私が想定していなかったことである。正当な指揮権者を担ぎ上げれば最低でも総督府系統の地上部隊は恭順すると思っていたが、まさかこんなにも多くの部隊が惰性で駐留艦隊司令部の指揮下に留まるとは思っていなかった。……またしても辺境軍人の無能を思い知らされた。
宇宙歴七六一年一月五日、ベルディエ藩民国政府は『ベルディエ解放宣言』を発表する。
「我々は次の事を自明の真理と見做す。全て人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、及び幸福の追求に対する不可侵の権利を与えられていること……」
かつてのアメリカ独立宣言を踏襲した文章で始まるこの宣言は自治領民の熱狂的な支持を受けたが、その内容はかつてのアメリカ独立宣言と違う部分があった。すなわち、アメリカ独立宣言は英国国王を非難する文章が含まれていたが、『ベルディエ解放宣言』では皇帝を直接的に非難する文章は一切書かれず、単に帝国から派遣された総督が「銀河帝国と『
同日、駐留艦隊司令部とマックス・フェルバッハ総督はそれぞれ声明を発表する。
「畏れ多くも『国』を名乗る叛乱勢力が何やら妄言を吐いているようではあるが、全帝国軍将兵はそのようなモノに惑わされてはいけない。領都を占拠した奴らがあくまで独立などという戯言を要求するのであれば、駐留帝国軍は領都に対する総攻撃を敢行するまでの事。多くの血が流れることを懸念する声があるが、そこで流れる血は皇帝陛下に盾突く犯罪者の血であり、その血が流れるのは喜ばしいことである。そのような者たちに慈悲をかけることはそれ自体が皇帝陛下への許されがたい侮辱であり、決して許されることではない」
「銀河帝国皇帝陛下よりリューベック
フェルバッハ総督は『ベルディエ
この声明の後、駐留艦隊司令部はフェルクリンゲン州アストンに自己の掌握する駐留帝国軍を集結させ始めた。その目的が領都奪還にあることは明らかである。一方フェルバッハ総督は駐留艦隊司令部の命令を無視するように各部隊に命じた。
「我々もヘルセに部隊を集めるべきではないか?フェルクリンゲン州の集結地点アストンから最短距離で領都を攻撃するにはヘルセを通る必要がある」
「いや、我々もまた帝国軍であることを忘れてはいけません。我々が領都から近いこのヘルセに部隊を集めても、駐留艦隊司令部への対抗とは受け取られないでしょう。革命派に痛くもない腹を探られるのは御免です。最悪、革命派と駐留艦隊司令部の双方を敵に回しかねない」
ツァイラー司令の提案に私は異論を唱えた。ツァイラー司令は不安そうな表情をしている。彼はこの駐屯地の司令だ。駐屯地の安全を第一に考えるのも無理はない。
「……あれは脅しだろうな。いや、領都奪還は本気だろうが、わざわざヘルセを通る素振りを見せているのは脅しだ。流石に総督の掌握する帝国軍を襲撃すれば駐留艦隊司令部の正当性は地に落ちる。例えフェルバッハ総督や私たちに内通者のレッテルを貼っていてもな」
一方、アドラー中佐は落ち着いた表情である。顎に手を当てながら淡々と言った。
「では何の対処も必要ないということか?中佐?」
「そうは言っておりません。警戒は必要でしょうが、必要以上に慌てる必要は無いということです」
フェルバッハ総督の質問に対し、アドラー中佐は私たち全員に聞かせるようにそう言った。
「小官もアドラー中佐の意見に賛成しますが、結論は違いますな。ここは慌てざるを得ない状況です」
ヘンリクは腕を組み難しい表情をしている。私にも朧気にであるが、ヘンリクが懸念していることが分かっていた。
「どういう意味だ?オークレール少佐」
「現状、我々には駐留艦隊司令部による領都奪還作戦の決行を止める手段がありません。仮に駐留艦隊司令部がアストン以外に部隊を集結させてくれていれば、我々はこのヘルセから動くことが出来ました。ヘルセから動くことが出来れば、我々の取り得る選択肢は広がります」
「……ヘン、オークレール少佐の言う通りですね。実際に領都奪還作戦決行を止められるかどうかは別として、『止める素振りを見せる』ことはいくらでも出来ました。簡単な話、その集結地点とベルディエを繋ぐ道に移動するだけでも良かった」
アドラー中佐の質問にヘンリクが答え、私が補足する。
「なるほど。身動きを封じられたということか。仮に集結部隊がギリギリまでヘルセへの進軍を続けつつ、最終的には迂回して領都に向かったとする。その時我々が集結部隊の進軍を妨害することはヘルセ攻撃の可能性がある限りは出来ないし、ヘルセを迂回したと分かった時には彼らは既に領都近郊まで進軍している、下手に手出ししようとすれば我々も革命潰しに動いたと取られかねない」
メルカッツ少佐の言葉に私は頷いた。メルカッツ少佐は私の方を向いて問いかける。
「何か対応策はあるだろか?」
「一つ考えているのは、革命派に一度撤退してもらい、何とか武力衝突を遅らせることです。それと同時に私たちはヘルセの各部隊や総督閣下の指揮に従っているゲルスハイム州の第八師団等と共にフェルクリンゲン州の駐留艦隊司令部基地へ進軍します」
「そうか。駐留艦隊司令部基地には当然ノーベル以下駐留艦隊司令部の人間が居るし、メルカッツ少佐の第三作戦群を含む駐留艦隊の一部が駐留している。ここを抑えれば総督府側も宇宙戦力を手に入れる訳だ。放っておくことは出来まい」
フェルバッハ総督が納得したように頷くがアドラー中佐とツァイラー司令は難しい表情だ。
「大尉のやりたいことは分かる。成功する見込みも無い訳じゃない。だが集結部隊が我々の動きを気にせず進軍を続ければどうする?あるいはヘルセの制圧に動けば?……帝国軍同士で銃火を交える訳には行くまい。我々の陽動を無害と見切る可能性はある」
「言っておくがクラークライン監獄やフェルクリンゲン国立病院とは規模が違う。武力行使無しで制圧することは不可能だぞ」
アドラー中佐がそう言い、ツァイラー司令も続ける。
「だとしても他に方法はありません。少なくとも、我々が駐留艦隊司令部の横暴を止めさせるために動いたという事実は出来ます」
私はそう言った。アドラー中佐とツァイラー司令の指摘は正しいが、現状ではこの作戦しか無かった。……フェルバッハ総督を奪還したのに過半数の将兵が駐留艦隊司令部に従い続けるとは予想していなかった。あるいは……ロンペル少尉の処刑が噂として伝わり、ネガティブな作用をした可能性もあるが、やはり辺境の人材レベルが低すぎるというのが原因としてあるだろう。領都ではそれに助けられて権威とでまかせで無理を通してきたが、ここにきて足を引っ張られた形だ。……世の中とはなんと上手く出来ているのだろうかね。
私とミシャロン氏の計画にとって第一の誤算はフェルバッハ総督に過半数の将兵が従わないということだった。しかし、この誤算はすぐに問題では無くなる。……より大きな第二の誤算によって。
宇宙歴七六一年一月五日。駐留艦隊司令部とフェルバッハ総督がそれぞれ声明を発表したのとほぼ同時刻、自由惑星同盟宇宙軍第三艦隊がライティラ星系に到達。同日中に同星系をほぼ制圧することになる。それは私たちの予想を大きく上回る速度でのリューベック到達であった。