アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・私の罪と革命の犠牲(宇宙歴760年12月31日~宇宙歴761年1月3日)

 ラングストン大佐に計画を説明した後、私は革命臨時政府が臨時庁舎としている総督府へ向かった。総督府へ向かう際中、二度ほど騒ぎがあった。私は気にしていないよう振舞ったが、恐らく私を殺したい人間がその意図を防がれたことによる騒ぎだったと思う。

 

 総督府の大会議室に革命臨時政府の指導者たちは集まっていた。彼らの目は雄弁に私への反感――時に殺意――を伝えてきた。特にチェニェク・ヤマモト氏は私を思いっきり殴打した。彼は何も言わなかったが、彼の親友であったシーツ氏は……残念ながら私が到着する前に既に処刑されていた。ヤマモト氏は行き場の無い怒りの一端を私にぶつけられたのだろう。

 

 とはいえ、ロシェ氏の擁護とミシャロン氏の説得もあり、革命臨時政府は私を捕虜や罪人ではなく、きちんと交渉相手として遇することに決めたようだった。私を殴ったヤマモト氏はそのまま部屋を出ていき、彼らは何事も無かったかのように私に座るように促した。

 

「ライヘンバッハ大尉、革命臨時政府は貴官が同胞の一部を救ったことに謝意を示すと共に、貴官の要求する交渉の機会を設けることにした。貴官らが革命臨時政府並びに民衆と対立する意思が無いのであれば、貴官らは無事このベルディエを出ることが出来るだろう」

「……有難うございます。小官の敵は叛乱軍です。無論、徒にリューベックの民たちと敵対するつもりはございません」

 

 私がここに来た目的は監獄を開城するにあたっての交渉である。革命臨時政府側では交渉に応じない、あるいは応じたふりをして全将兵を拘束し革命裁判にかけることを主張する声もあったらしいが、ロシェ氏が何とか抑え込んだ。

 

『虐殺の報復で虐殺をやるか!貴族共の嘲笑する顔が見える。「自治領民は何と野蛮なのだろう」とな!』

 

 このロシェ氏の言葉は一定の支持を得たらしい。報復感情と理性の狭間で革命指導者たちは理性的な判断を優先したと評することが出来る。ただ、指導者たちが理性的な判断をしたからと言って、自治領民がそれに従う訳ではない。結局、囚人解放時に一度、監獄引き渡し時に二度、帝国軍と革命派が一触即発の危機に陥ることになり、私とラングストン大佐は最終的に常に監獄の正門を挟んで双方の不満を抑え込む必要性に迫られることになる。

 

 監獄の引き渡し方法も揉めた。革命臨時政府は駐留帝国軍に処刑責任者と監獄駐留大隊責任者の引き渡し、そして移動に必要な車両を除く全装備の譲渡を要求してきた。これは当然ながら帝国軍が呑める内容ではない。私は自分たちの立場を繰り返し説明し理解を求めた。私たちは敗北したから監獄を開城するのではなく、正義と人道に基づいて開城していること、その帝国軍の決断に相応しい態度を革命臨時政府側が取らないのであれば、部下を抑え込む自信が無いということ、その結果囚人に犠牲者が出ることも予想されうること……。

 

 私の交渉、というよりは説得が功を奏し、革命臨時政府側は態度を軟化させた。携行火器と最低限の弾薬の持ち出しは認めること。機関銃・携行ミサイル類等は持ち出さない代わりに革命臨時政府側にも引き渡さず、完全に破壊すること。監獄に備え付けの兵器に関しては監獄と同様に引き渡すこと。弾薬・食料・医薬品等は相当量を革命臨時政府側に引き渡すこと。監獄駐留大隊責任者は帝国軍が軍規に則って処置すること。囚人の内二〇名は即座に解放せず、領都ベルディエから五〇㎞離れた段階で解放すること等が取り決められた。しかし、革命臨時政府側が最後まで譲らなかった条件が一つある。……処刑責任者ロンペル少尉の引き渡しである。

 

 私は言葉を尽くして説得したが、彼らはロンペル少尉の引き渡し要求を頑として譲らなかった。報復に反対したロシェ氏もその対象が加害責任者のロンペル少尉個人であるならば、それは被害者たる我々の正当な権利であると発言した。頼みの綱のミシャロン氏も自治領民の不満を発散させる為にロンペル少尉を引き渡すべきだと私に言ってきた。

 

「監獄側の帝国軍が正義と人道に基づいて行動しているのであれば、当然、正義と人道に背いたロンペル少尉を引き渡すべきだ。アドラー中佐はともかく、彼は明らかに自治領民を蔑視していたし、その行いを考えれば、『上官に従っただけ』『騙されていた』等を理由に免責されることなど絶対に有り得ない!」

「……しかし!」

「ライヘンバッハ大尉、率直に話そうか。我々はな、個人的な復讐心が無い訳ではないが、それ以上に『必要だから』ロンペル少尉の引き渡しを求めている。貴官が民衆の立場なら『囚人が帰ってくるからそれで良し』と考えるか?……ハッキリ言おうか。ロンペル少尉は生贄だ。彼が死ぬ光景を見せられないなら、我々は民衆の報復感情を抑える自信がない。貴官らは監獄から出て1㎞もしない内に民衆の怒りをその身で知ることになるだろう」

 

 穏やかだが有無を言わせない口調で革命臨時政府主席のアーレンバーグ氏はそう言った。私は抗弁を諦めざるを得なかった。彼の言うことは理屈として正しいし、それに同盟軍第三艦隊の到着前に革命の方向性を決定づけておかなくてはならない。……時間が無かった。

 

 最終的に私は、ロンペル少尉を監獄の処刑場で処刑する映像を、領都ベルディエに限って全てのモニターに放送することを申し出た。それを聞いた革命臨時政府側は意外そうな表情をした後、立会人を出すという条件を付けた上で私の申し出を受け入れた。

 

 ロンペル少尉の処刑を申し出たのは当然ながら、彼に恨みがあるからではない。私の罪滅ぼし……いや偽善の表れだ。彼を革命臨時政府側に引き渡せば、間違いなく彼は死よりも辛い生があることを知り、苦しみながら息絶えることになる。それ位ならば、処刑場で銃殺される方がまだマシではないか、と考えたのだ。

 

 尤も、私はその安易な考えをすぐに後悔した。

 

『何故俺が死なないといけない!俺の弟を意味も無く殺した貴族は牢にすら入れられて無いんだぞ!?俺は軍人として命令に従っただけだ!なのに死刑だと!?そんなバカな話があってたまるか!』

 

 ロンペル少尉は自身が自治領民の不満を抑える為に処刑されることを聞くと、そう言った。

 

『……貴族と平民なら貴族の方が偉いんだろう!?平民と自治領民なら平民の方が偉いんだろう!?それがこの国の正義なんだろう!?俺の弟は助けないくせに何で自治領民なんか助けるんだ貴様は!……クソ、貴族はいつだってそうだ、自分勝手に人の命を弄ぶんだ!』

 

 ロンペル少尉がそこまで言った所で革命臨時政府側の立会人が反発して食って掛かったが、私はロンペル少尉の言葉に少なからず衝撃を受けていた。彼は多くの自治領民の命を奪った。それは人殺しを絶対悪と考える立場から言うと当然許されない大罪であるが、軍規や帝国法という観点で見ると彼が免責、あるいは減刑される余地はいくらでもある。少なくとも死刑になることは無いだろう。

 

 それなのに彼が死刑にされようとしているのは、究極的に言えば私が権威を笠に着て命令したからと言っても良い。結局、根本的な所で言えば彼の弟を殺した傲慢な領地貴族と私は同じことをしているのだ。

 

『……人殺し、地獄に落ちろ』

 

 ロンペル少尉は刑に処される前、最期に私を睨みながらそう言った。自治領民たちにしてみれば、「お前が言うな」という所であろうが、私は彼らのように同胞の命を奪われた訳ではない。良く言えば理想実現の為、悪く言えば自分の欲望の為にロンペル少尉を見捨てたのだ。……言葉で正当化することに意味は無い。私はこの瞬間、自分が罪人であることを本当の意味で自覚した。

 

 

「……構え、撃て」

 

 それでも、私は処刑の指示を出した。敢えて個人的な感情を抜きにして言えば……、ロンペル少尉の生死『程度』の事で革命臨時政府の反発を買う訳にはいかない。そして彼らも単に復讐心だけを理由に要求している訳ではなく(恐らく、数人は復讐心だけに動かされているだろうが)、実際に自治領民を制御する為に必要だから要求してきているのだ。

 

 ロンペル少尉は息絶える瞬間まで私を睨み続けていた。彼の所業に対する評価は別として、彼には私を恨む権利があるし、私はそれを受け止める義務がある。私はこの殺人を「必要だった」とは主張するが、「正しかった」と主張するつもりは無い。どれほど尊い理由があってもその為に誰かを犠牲にすることは決して正当化されない。誰かに犠牲を強いた者はその罪と向き合う必要がある。そして、偽善と言われようとも彼らの犠牲に意味を持たせないといけない。「より良い世界を作る為に必要だった」と。そして歴史家諸君、一般人諸君。君たちはそんな私たちの妄言を賛美してはいけない。……私たちの所業を拒絶せよ。否定せよ。糾弾せよ。革命による犠牲を肯定することは革命の理想を否定することでしか無いのだから。

 

 

 

 

 宇宙歴七六一年一月二日午前九時、クラークライン監獄の全囚人の解放が完了し、監獄駐留大隊と総督府防衛大隊第二中隊の全将兵が監獄を退去した。

 

 自治領民はロンペル少尉の処刑を放送で見て歓喜していた。興奮した彼らの一部は、「他の帝国人共も同じ目に遭わせてやれ!」と叫び、退去する私たちを囲もうとしたが、革命臨時政府の護衛部隊によってこれは防がれた。

 

 大半の臨時政府兵士・自治領民は帝国への反感や不満を捨てたわけではないが、さりとて何が何でも監獄から退去する帝国軍を襲わなくてはいけないとも思っていない。彼らは満足こそしていないが、ロンペル少尉の処刑によって多少の寛容さを取り戻したと言える。私たちは自治領民を刺激しないように細心の注意を払って行軍し、何とかベルディエから離脱することに成功した。

 

 フェルクリンゲン州最西部の街ヘルセの駐屯地についた段階で私はヘンリクに監獄駐留大隊を任せ、第二中隊とメルカッツ少佐を連れて別行動を取る。目的はフェルクリンゲン国立病院に軟禁されているフェルバッハ総督の奪還であった。駐留艦隊司令部はロンペル少尉の処刑を確認したことで監獄駐留大隊が私に掌握されていることに気づいた。司令部は私がフェルバッハ総督の身柄を狙うことに気づいたようだが、フェルクリンゲン国立病院に駐留艦隊司令部から派遣された部隊が到着する四〇分前、何とか私たちはフェルクリンゲン国立病院を制圧することに成功した。

 

「大尉殿!これはどういうことです?私を殺しに来たのですか?それとも助けに来たのですか?一体リューベックで何が起こっているんですか?」

 

 病室に居る総督は非常に痛々しい姿であった。頭に包帯を巻かれた状態で右足を固定され、腕や患者衣の下の胸にも包帯が見えた。だが、想像していたよりは元気な姿だったとも言える。最悪、今も意識を取り戻していない可能性もあるのではないかと覚悟していたので、私は安堵した。

 

「端的に説明します。駐留艦隊司令ノーベル大佐が叛乱軍と通じ離反、総督閣下を襲撃し、その犯人を私に仕立て上げることで総督府の権限を奪取し、リューベックに騒乱を齎そうとしております」

 

 私は堂々とフェルバッハ総督に状況を説明する。フェルバッハ総督の第一声を考えるに、総督は私が暗殺者であると知らされているが、自身を『警備』している部隊に対しても不信感を抱いていたのだろう。……ノーベル大佐にとってフェルバッハ総督は邪魔になり得る人物だ。総督は私たちが助けた時点で監禁に近い状態に置かれていた。

 

「ノーベル大佐は自治領府、警察府、立法府、分治府、自治領警備隊等に存在する独立派を根こそぎ監獄に収監し、それを虐殺しました。小官の介入で一定数が生き残りましたが、リューベック自治領(ラント)の民たちは激しく反発し、革命(レヴォルツィオーン)を起こしました。……暴動(アオフシュタント)ではありません。革命(レヴォルツィオーン)です」

「なんてことだ……大尉殿の言うことが本当なら、リューベックは終わりです……。自治領民と駐留帝国軍双方にどれほどの犠牲が出るか……。ダメだ、私には想像もつかない……」

 

 フェルバッハ総督は私の説明を聞き顔を青褪めさせ、頭を抱えた。

 

「ですから、小官は非常の手段に訴えてここにおります。フェルバッハ総督閣下。この状況を切り抜けられるのは閣下だけです。他の誰にも最悪の事態を避けることは出来ない。ですが、閣下ならばここから状況を改善することは可能です!」

 

 私は励ますようにフェルバッハ総督に声をかける。だがフェルバッハ総督は頭を抱えたまま動かない。小さな声で「なんてことだ……なんてことだ……」と呟いている。

 

「閣下。革命は今の所惑星リューベックに抑え込まれています。駐留艦隊司令部は地上の混乱を治められていませんが、リューベック自治領(ラント)全域に革命を波及させる最悪の自体は何とか回避しています。通信統制と航路封鎖が機能しているからです。これが自治領全域に波及してしまえばもう終わりです。私たちにはそうならないようにやるべきことが山ほどあります」

「……大尉、貴官の言うことが正しいかどうか、まずはそれを確認させてほしい。全てはそれからだ」

 

 フェルバッハ総督は青褪めた顔でそう要求した。私はそれを受け入れ、共にヘルセの駐屯地に向かうことを提案した。総督はそれを受け入れた。ヘルセの駐屯地では監獄駐留大隊が武装解除され、ヘンリクが拘束、アドラー中佐らが解放されていた。そこでフェルバッハ総督はアドラー中佐から「ライヘンバッハ大尉の背信行為」を訴えられた。

 

「……アドラー中佐、それは大して重要な事じゃない。数点確認させろ」

 

 フェルバッハ総督はアドラー中佐の訴えを遮り、領都と惑星リューベックの現状に関して矢継ぎ早に質問する。そして私がフェルバッハ総督に説明したことが概ね間違っていないと知ると、フェルバッハ総督は天を仰いだ。

 

「……馬鹿が!中佐、貴官は何年リューベックに居る……。処刑をすればこうなると、何故分からなかったんだ……」

 

 暫く黙った後、フェルバッハ総督は呻くようにそう言った。

 

「小官は命令に従ったまでです。あの時点では監獄駐留大隊は駐留艦隊司令部の……」

「ああそうか!分かったよ。それなら貴官らは今この瞬間から総督である私の指揮下だ、上位司令部の命令には従うんだよな!?よし命令する。駐留艦隊司令部の命令は全て無効!ライヘンバッハ大尉は全て総督命令に基づいて行動した、彼の行動の全てが肯定されるかは戦後の調査に委ね、今は不問とする!文句あるか中佐!?」

 

 フェルバッハ総督は全身から怒りを漲らせながらアドラー中佐にそう言った。

 

「総督閣下!確かに閣下は本来ならば……」

「うるさい!杓子定規もいい加減にしろ!私の命令に従えないなら私を殺せ!」

 

 フェルバッハ総督は怒鳴りながら自分の腰から銃をホルスターごと外して机に叩きつけた。……叩きつけた瞬間、腕の負傷のせいだろう。顔を激痛に歪め、呻き声をあげた。

 

 アドラー中佐は顔をしかめ、なおも何かを言おうとしたが、ヘルセ駐屯地のツァイラー司令がそれより早く口を開いた。

 

「ヘルセ駐屯地はフェルバッハ総督を正当な指揮権者と認め、フェルバッハ総督の指揮下に戻ります。……アドラー中佐、貴官が従わないというのであれば、私はオークレール少佐ではなく貴官を拘束せざるを得ない」

「ツァイラー司令……」

 

 アドラー中佐は黙り込んだ後、フェルバッハ総督への支持を表明した。

 

「ツァイラー司令、通信設備を貸せ。私が正当な指揮権者であることを全帝国軍将兵に伝える」

「承知しました」

 

 ツァイラー司令の案内でフェルバッハ総督が部屋を出ていく。私はその後ろに着いていきながら、何とか計画の第一段階が成功したことに安堵した。




注釈15
 『革命による犠牲を肯定することは革命の理想を否定することでしか無い』とは救国革命に対するアルベルト・フォン・ライヘンバッハのスタンスを端的に表している言葉であると言える。この言葉は形を変えながらライヘンバッハが折に触れて口にしていた。
 私、ブルクハルト・オスカー・フォン・クロイツェルは昨今の右翼思想家、分離主義的思想家に対して彼のこの言葉を贈りたい。「尊い犠牲」なんてものは存在しないのだ。歴史は事実の集まりである。それを歪めて美化することをアルベルト・フォン・ライヘンバッハは決して許さないだろう。

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