アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・クラークライン監獄の虐殺(宇宙歴760年12月27日)

 リューベック自治領(ラント)は帝国でも有数の難治の地である。その原因は帝国と対立を繰り返してきた歴史もさることながら、人口九億人且つ複数星系に跨って住人が暮らしているという事情によるところが大きい。リューベックがここまで多くの人口を抱えるに至った理由としては、リューベックが銀河帝国建国初期の有力な共和主義系抵抗勢力だったことが挙げられるが、これは別にリューベックに限った話ではない。

 

 城内平和同盟(ブルク・フリーデン)東洋の同胞(アライアンス・オブ・イースタン)ティターノ星系共和国(レプッブリカ・ディ・ティターノ)と言った諸勢力の流れを組む辺境自治領も歴史的・人口的にはリューベックと同じような状態である。しかし、これらの自治領がリューベック程帝国にとって厄介な地域となったことは無い。

 

 リューベックを難治の地たらしめる、人口以外のもう一つの理由がある。それは地理的条件である。イゼルローン回廊の帝国側出口から僅か五〇〇光年しか離れていない為に、自由惑星同盟との戦争を遂行する上で帝国はリューベックをどうしても統治『せざるを得ない』のだ。

 

 他の辺境自治領に対して帝国は広範な自治権を認めているが、これは直接統治するコストが馬鹿にならないからである。その為、先に挙げた辺境自治領には駐留軍も無ければ総督府も(リューベック並みに強大な権限を持つ物は)無い、フェザーン自治領(ラント)に近い状態で放置されている。あるいは、放置はしていないが、ローザンヌ伯爵領、トリエステ伯爵領のように、『貴族公選制』とでも言うような政体を許している。

 

「……しかし、このリューベックは叛乱軍との戦いを続ける上でどうしても放置する訳にはいかなかった。そこで帝国軍はこのリューベックに辺境の一地域としては過大な程の陸上戦力を配置することになる。その数およそ一五〇万、これは平均的な管区総軍の兵力に匹敵する。兵力が大幅に縮小されたとはいえ、最前線であるエルザス辺境軍管区総軍の全兵力をも僅かに上回ると言えばリューベック星系を中心とするリューベック自治領(ラント)の維持にどれほど帝国が気を配ってきたかが分かるだろう。……ちなみに、半数弱の約七〇万が領都のある惑星リューベックに駐留している」

 

 私たちに対してそう解説するのは総督府防衛大隊長ベルンハルト・フォン・シュリーフェン地上軍中佐である。あの後私たちは昼食をとり、それからアーベントロート中尉が協力を取り付けたというシュリーフェン中佐を入れて、今後の善後策を話し合っていた。

 

「ただし、総軍という形式をとっている訳ではなく、その内約一〇〇万が帝国軍少将に相当する総督の指揮下にあり、残り五〇万が基地防衛、強襲揚陸などを目的に駐留艦隊司令の指揮下にある。ただ、実際の所リューベックに駐留する各地上部隊は上位司令部が機能しなくても各個に戦闘を続けられるような指揮体系が整備されている。これは本国の防衛戦略が理由だな。万が一叛乱軍がリューベックまで到達するようなことがあれば、可能ならば自治領民を動員した上で、徹底したゲリラ戦を行う。駐留艦隊は各星系の連携を保ちつつ、必要ならば地上部隊の支援を行う」

「自治領民の動員……ですか?」

 

 私は思わず口を挟んだ。そんなことが可能だとは思えない。

 

「『可能ならば』だ。まあ、確かに今じゃ検討するだけ無駄とも言えるが、総督府が上手く機能している頃には一応このリューベックにも親帝国派が居たんだよ。ただ、上も無能じゃない。自治領民の協力が得られない場合もしっかり想定してある。つまり、各駐屯地や基地、あるいは秘密拠点は叛徒だけではなく、自治領民が敵に回ることも想定して整備してある」

「……尤も、限度はあるでしょうがね。何せ自治領民は九億人。帝国一五〇万が抵抗してもいずれは限界が来ますよ」

 

 悲観的な表情でヘンリクが付け足す。シュリーフェン中佐はチラリとヘンリクの方を責めるように見たが、結局何も言わなかった。……彼も同意見なのだろう。

 

「……二時間前に都市ロブセンで起きた暴動は帝国軍の介入で鎮圧されつつありますが、既にランペール州全域に混乱が波及しつつあります。ランペール州の自治領民の間で『祖国を奪還せよ!』『我らの代表を奪還せよ!』の声が広まり、一部は領都に向けて行進を始めたとか。ランペール州の駐留部隊は領都特別区とランペール州の境界に集結し、これを阻止する構えですが……」

「武力を行使しないことには無理だろうな」

 

 アーベントロート中尉とメルカッツ少佐がそれぞれ発言する。二人とも事態の深刻さを前に険しい表情だ。ちなみにランペール州は領都ベルディエのある特別区の西に隣接する州だ。……人口は二〇〇〇万人弱である。

 

「駐留艦隊司令部は強硬姿勢を崩していない。ランペール州自治領民が不穏な動きを止めないのであれば……これ以上の混乱を防ぐために拘束しているリューベック独立派を処刑する、と声明を発表した。ノーベル大佐は何を考えているんだ……」

「有効な手だとは思うが……」

 

 メルカッツ少佐の発言におずおずとランズベルク局長が答える。

 

「……相手が冷静ならばな。この状況では自治領民を刺激するだけだ」

「『独立の為ならば彼らは喜んで犠牲になるだろう』あるいは『処刑が始まる前に何としても彼らを解放するぞ!』かな……。どちらにせよリューベックの人々はもう脅しには屈しないよ、賽は投げられた」

 

 私はメルカッツ少佐に続けてそう言った。ランズベルク局長は青ざめ、どこかへと走っていく。……一〇分ほど後、彼は官舎から自らの家族を連れて戻ってきた。私たちは呆れたが、すぐにランズベルク局長が正しい判断をしたと思い知ることになる。

 

「シュリーフェン中佐!駐留艦隊司令部からアルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉、テオドール・フォン・アーベントロート宇宙軍中尉、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ宇宙軍少佐、ヘンリク・フォン・オークレール地上軍少佐、コニー・ブレスケル宇宙軍上等兵を引き渡すようにとの命令です」

「無視しろ!馬鹿に付き合うつもりは無い!」

 

 シュリーフェン中佐は辛辣だ。……彼はアーベントロート中尉がグリュックスブルク中将の密命を受けていることを知っている。アーベントロート中尉がグリュックスブルク中将から渡された命令書にはハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐の離反行為が明らかになった時に限り、総督府と駐留艦隊の全職員に対し一時的に指揮権を持つという内容が書かれていた。尤も、法的根拠を考えると少し怪しいのだが……そこはグリュックスブルク中将もアーベントロート中尉も名門領地貴族のリッテンハイム一門、多少なりとも体裁を整えればゴリ押し出来るとの判断だろう。実際、シュリーフェン中佐はこの命令書を見てアーベントロート中尉の言う事を信用したらしい。

 

「アーベントロート中尉……この状況、本当に上位司令部の対応を待っているだけで良いと思うか?」

「それは……。しかし、我々に出来る事はありません。グリュックスブルク中将が対応なさるまで、この駐屯地に立てこもるしか……」

「中尉、しかしな、それでは大勢死ぬぞ?自治領民も帝国兵もな」

 

 私はアーベントロート中尉を説得にかかる。アーベントロート中尉も迷っている様子だ。恐らくこの場のイニシアティブを握っているのはグリュックスブルク中将の密命を受けているアーベントロート中尉だ。彼を何とか機関にとって都合が良いように動かさなければならない。

 

「中尉、我々も事態を悪化させないように行動するべきだ。まずは政治犯を収容しているクラークライン監獄。ここに向かおう」

「……クラークラインには駐留艦隊司令部から人が送られています。小官の命令書も通用するか怪しいですが……」

「その時は強行制圧するしかない」

「制圧ですか!?」

 

 アーベントロート中尉が驚いている。他の皆も同様だ。……少し強引に話をし過ぎたか?と私は後悔したが、やむを得ない。

 

「駐留艦隊司令部がリューベック独立派の処刑を考えているならば、何としてもこれを防ぐべきだ。処刑を執行してみろ、本当に取り返しがつかなくなるぞ」

「それは……そうですが……。総督府防衛大隊とクラークライン駐留大隊での戦闘を起こしかねませんよ!?」

「……私は賛成だ」

「メルカッツ少佐!?」

 

 アーベントロート中尉が驚き、私も少し驚く。ヘンリクは援護射撃をしてくれると思ったが、メルカッツ少佐がこうも早く賛成するとは思わなかった。

 

「何も戦闘が起こると決まった訳でもあるまい。要するに処刑を妨害出来れば良いのだ。やり様はいくらでもある」

「そうですな。小官もメルカッツ少佐の意見に賛成です」

 

 ヘンリクもここぞとばかりに同調する。シュリーフェン中佐は黙っているが、反対もしていない。このままアーベントロート中尉を丸め込めば……そう思った時にランズベルク局長が帰ってきた。

 

「な!?帝国軍同士で対立するのはダメだろう!独立派の奴らも可哀想ではあるが、反帝国的、時に皇帝陛下を愚弄するような言動を繰り返していた連中だ。同士討ちの危険性を背負ってまで助ける必要はあるまい!」

 

 ランズベルク局長は暫く事態を把握できていなかったが、やがて勢いよくそう言った。私はランズベルク局長を無視してそのまま強引にアーベントロート中尉を説得しようとしていたが、逆にランズベルク局長を丸め込んでからアーベントロート中尉を説得した方が良かったかと後悔した。

 

「局長、別に同士討ちをするという訳じゃ……」

「……メルカッツ少佐、少し聞きたいことがあるんだがな。今上がってきた報告によると、監獄の指揮を執っているのはヨーナス・ロンぺル少尉という人間らしい。私の記憶が確かなら、彼はノーベル大佐の無礼な副官だったな?」

 

 唐突にシュリーフェン中佐がメルカッツ少佐に確認する。……『無礼な』の部分をかなり強く発言していた。

 

「ロンぺル少尉だと……。ええ、シュリーフェン中佐の仰る通りです」

「やはりか……。メルカッツ少佐、私はあの男相手に同士討ちを避けられるとは思えないのだが、貴官はどう思う?」

 

 シュリーフェン中佐はウンザリした表情だ。……ロンぺル少尉は貴族と見れば誰にでも喧嘩を売っているらしい。メルカッツ少佐も黙り込む。

 

「大隊長、クラークライン監獄を守っている大隊長は御友人のアドラー中佐です。いくらロンぺル少尉が居たとしても、アドラー中佐なら話を聞いてくれるはずでは?」

「あいつは上官に絶対服従する人間だ。私と違ってアーベントロート中尉の法的根拠が怪しい命令書に従ったりはしない」

 

 ヘンリクの意見に対して、シュリーフェン中佐は首を振ってそう言った。「法的根拠が怪しい」と言われたアーベントロート中尉はムッとした表情だが、実際怪しいんだから仕方がない。何を以って『離反行為』とするのか?駐留艦隊司令部はともかく、総督府の上位組織は内務省ではないのか?『一時的』とはどの程度の期間か?そもそもアーベントロート中尉に対してグリュックスブルク中将が命令することが指揮系統的に妥当だろうか?などなど、疑問は尽きない。シュリーフェン中佐は命令書だけを見て従った訳では無く、この状況を総合的に勘案して判断したのだろう。

 

 その後も私、ヘンリク、メルカッツ少佐が監獄に向かうことに賛成し、アーベントロート中尉、ランズベルク局長が反対、シュリーフェン中佐も消極的な姿勢を取り続けた。そのまま議論は平行線を辿り、とりあえず食事をとってから、もう一度話し合おうと休憩を取っていた一八時二一分、私たちの耳にとんでもないニュースが飛び込んできた。

 

「メルカッツ少佐!ライヘンバッハ大尉!テレビを見てください!」

 

 そう言って大隊司令室にコニーが走りこんできた。彼はこの駐屯地についた後、暫くはメルカッツ少佐のすぐそばに居たのだが、私たちの話し合いに遠慮したらしく、いつの間にか司令室から居なくなっていた。

 

「上等兵!メインモニターで公営放送を流せ!」

 

 シュリーフェン中佐の指示でメインモニターに公営放送が流れ……私たちは絶句した。

 

『……法府書記エドマンド・グレス、同ジョン・ヘイグリッド、立法府議員キム・ウーリャン、同コートニー・サージェス。以上八名を不敬罪、内乱罪、陰謀罪他八つの罪で処刑する。構え!撃て!』

 

 その合図と共にモニターに映された自治領府・立法府・警察府の要人八名の命が失われた。私たちは何も言えない。このまま放っておけば遠からずこのような事態は起きうると皆が予想してはいた。しかし、こんなにも早いタイミングで、しかもわざわざ公営放送に処刑の様子を垂れ流すとは思っていなかった。

 

『次!警察府第三課課長ドナルド・シルバーパーク、自治領警備隊大隊長アベベ・イエトナイト、同アリツィア・コヴァルスカヤ、自治領府職員ヤスヒト・カトウ、同ジュン・カッセル、同イネス・レンドイロ……』

 

 銃殺された八名の遺体が運び出され、代わりに新たな八名が引き立てられてくる。男性だけでなく女性も居るが、共通しているのは彼らが非ゲルマン系であることだ。全員が猿轡をされ、腕を拘束されている。帝国の慣習として、罪人には銃殺刑に処される場合も最後に発言が許されている。しかし、監獄の連中は自治領民にはその権利すら保証する気が無いらしい。

 

「なんてことを……」

 

 思わずといった感じでそう呟いたメルカッツ少佐は一年前の大暴動をその目で見ている。ノーベル大佐も見ている筈なのだが、自治領民の怒りを恐れなかったのだろうか?……いや、違うか。恐れたからこそ、ここまで極端な反応なのだ。彼は決して辺境任務が短かった訳ではないが、そのキャリアは全て艦隊勤務。地上司令部勤務、まして自治領総督などという職務の経験は一切無い。

 

「……ヘンリク、君の中隊は頼りになるか?」

「……落ち着いてください、御曹司」

 

 ヘンリクは私の問いに答えず、代わりにそう言って私の肩に手を置いた。

 

「落ち着いているよ……。落ち着いて怒っている。いや、私個人の感情はどうでも良い。自治領民がこの放送を見てどう感じると思う?怒り?悲しみ?恐怖?……分からないけどね。最後はこう思うはずだ。『もう止めてくれ』と。私が止めなければ彼らが自力で止めようとするだろう……」

「……昨年の大暴動がもう一度起こりますな」

 

 ヘンリクも深刻な表情でそう言った。……私たちが話している間も、モニターの中では処刑が続いている。

 

「違うな……次に起こるのは暴動(アオフシュタント)ではない。……革命(レボリューション)だ」

「レボ……?」

「……古代ドイツ語なら革命(レヴォルツィオーン)という発音になるのかな。ヘンリク。私は一人でも行く。君がどうするかは任せよう」

 

 私はそう言って大隊司令室を出て行こうとするが、肩を掴んで止められる。

 

「……一〇分お待ちを。中隊に準備させます」

「分かった。だが……たった一〇分で何と多くの命が失われることだろうか」

 

 私はモニターに目をやった。また八名の尊い命が失われた。……この国の人間の何割が非ゲルマン系である彼らの命を尊いと感じれるのだろうか?この国にとって、彼らの命は安すぎる。

 

「大隊長、中尉。私とヘンリクは止めに行く。君らは好きにしろ!だがな、理屈で考えても、感情で考えても、このままだと大変なことになるのは分かるだろ!?」

 

 私は最後にそう言って司令室を出た。極自然にその後ろにはメルカッツ少佐とコニーが付いてきた。私は彼らがそうするであろうことは何となく察していた。メルカッツ少佐もあるいは帝国的価値観に毒されているかもしれないが、このような光景を良しとはしない。コニーはメルカッツ少佐が行くならついてくるだろう。

 

 

 私たちはヘンリクの中隊と共にクラークライン監獄に向かった。その途中、街の各所で人々が不穏な集団を形成しつつあるのを見た。憲兵隊と臨時で協力している領都警衛隊が対処しているが、道に出ている人の数はどんどん増えているように見えた。私たちはそういった集団の中を時に突っ切り、あるいは迂回し、一八時五四分にクラークライン監獄に到着した。

 

「突っ込め!一人二人吹っ飛ばしても構わん」

 

 私はヘンリクにそう言う。監獄とベルディエ市街の間には一本の深い水堀が存在している。私はこの水堀の上にかかる跳ね橋が上がっていることを懸念していたが、呆れることにこれだけの所業をしておきながら監獄側は呑気に跳ね橋を下ろし、門すら閉めていなかった。

 

 中隊の車両が次々に監獄の敷地内に入る。私はヘンリクの部下に監獄の司令部を制圧すると共に、跳ね橋を上げ、門を閉めさせるように指示した。私の予想が正しければ、ここにはもう数分もしない内に群衆が殺到してくるはずだ。

 

「よし、処刑場に向かうぞ!」

「待て!」

 

 私は声のした方を一瞥したが、対応するのが面倒で無視した。私の後ろをヘンリクら四〇名がついてくる。

 

「監獄の責任者のアドラー中佐だ!貴官らは何をやっているんだ!」

 

 声をかけてきた士官が追いかけてくるが、ひたすら無視する。

 

「良い判断です、御曹司。敵なら対処は簡単ですが、訳の分からない連中への対処は難しいもんです。尤も、時間をかければ強硬手段に出てくるでしょうね。急ぎましょう!」

 

 ヘンリクはそう言いながら前に立ちふさがった――あるいは不運にも立ってしまった――下士官を殴り飛ばして進む。勿論、監獄の処刑場がどこにあるかは把握している。……大体は、だが。念の為に隊を分けて捜索している。

 

「確か、次を左だったはずです!」

 

 同行する監獄勤務経験者の兵長がそう言った。扉の前に銃を持った数人の兵士が居たが、私たちが明らかに帝国軍であるのを見て戸惑っている。

 

「ここか!どけ!こんなバカな真似は止めろ!」

 

 私たちは扉の前に居る兵士たちと揉みあいになったが、こちらの方が数は多い。部屋の扉を炭素クリスタルの斧を使って強引にこじ開ける。

 

「中止しろ!即刻処刑は中止!」

 

 私はそう叫びながら部屋に入る、そこは厳密には処刑場では無かったが、処刑を待つ囚人を留め置く部屋の一つだったらしい。

 

「今だ!やれ!」

 

 私の乱入に室内の兵士たちが気を取られた瞬間、自治領警備隊員の制服を着た青年が叫び、数人の囚人が一斉に兵士たちにとびかかる。勿論手足は拘束されているが身体全体を使って倒れこむように兵士たちを押し倒した。

 

「な!止めろ!私は君たちを助けに来た!抵抗する必要は……」

「く、来るな!」

 

 私が呼びかけている最中に銃声がした。見ると、兵士が飛びかかってきた囚人を撃ち殺したらしい。事ここに至って、部屋の中の囚人たちは目の前の兵士を倒すことでしか自らが自由になる方法は無い、と思い定めたらしく、次々に兵士たちに飛びかかっていく。私は何とか止めさせようとしたが、そこでヘンリクから声をかけられる。

 

「御曹司、ここは何とかしますから、それよりも奥を!」

 

 ヘンリクが指差した『奥』を見る。恐らく処刑場へ続く道だろう。私は部屋を突っ切って処刑場に飛び込んだ。

 

「処刑は中止、中止しろ!」

 

 私がそう言ったのと、部屋の中の兵士が発砲したのは同時だった。私は一番近くの兵士を蹴り飛ばし、大声で「中止!発砲止め!」と叫ぶ。私は兵士たちに何とか発砲を止めさせると、撃たれていた側の人々に駆け寄った。

 

「大尉殿、この人はまだ息があります!」

 

 私の後ろをついて部屋に入り、犠牲者たちの方へ駆け寄った兵長が私にそう伝えてきた。兵長が抱えたその人物の顔を見て私は青ざめた。目の色が変わっているし、もっと彼の肌はゲルマン系らしい色白だったはずだ。だが、それでも見間違るはずがなかった。

 

「ゾルゲ……!軍医だ、軍医を今すぐに呼べ!」

 

 

 

 ……ブロンセ・ゾルゲの解放は自由惑星同盟宇宙軍第三艦隊に計画の失敗を伝えるために必要不可欠な条件であった。ゾルゲが死ぬ前に辿り着いたことを幸運と考えるべきか、処刑が始まる前に辿り着けなかったことを悔いるべきか。この時の私にはまだ分からなかった。




注釈14
 『貴族公選制』とは銀河帝国の辺境地域の一部で行われていた政体である。簡単に言えば、大統領制とほぼ同じ仕組みで大統領を『伯爵』と呼び変えているだけに過ぎない。尤も、大統領制と違うのは、銀河帝国側が常に『伯爵』を取り込もうと試みていることである。実際、トリエステ伯爵領では歴史上二回、領民に選挙で選ばれた『伯爵』が任期終了後の選挙を拒否し、息子に爵位を世襲しようとしたことがあるが、どちらも領民の強い反発で断念せざるを得なかった。

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