アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

19 / 79
青年期・リューベック独立派(宇宙歴760年10月18日~宇宙歴760年10月19日)

 リューベック自治領(ラント)はリューベック星系第三惑星リューベックに自治領府を置くが、他に同第四惑星ブラオン、アーレンダール星系第五惑星ファルスタ、ライティラ星系第三惑星ダルスブルクに分治府を置く。自治領府主席、副主席、総書記はいずれも帝国総督府の任命制であったが、分治府の首脳部はいずれも事実上の公選制で選ばれ、これを総督府が『承認』する形になっていた。

 

 勿論、総督府が機能している場合、これらの分治府首脳部にも親帝国的な人物だけが承認され、反帝国的な人物は絶対に承認されない。……ところが、第二次ティアマト会戦後の一連の流れで総督府の力が低下したために、総督府はこれら分治府首脳部に反帝国派の進出を許してしまう。

 

 宇宙歴七六〇年一〇月、アーレンダール分治府主席選挙でついに反帝国派の象徴の一人である非ゲルマン系女性活動家、バトバヤルティーン・オヨンチメグが当選する。近年、総督府は自治領民の反発を恐れてその絶大な権限を行使できていなかったが、流石にこの事態は許容できず、即日マックス・フェルバッハ総督は就任拒否と再選挙命令を発表する。

 

 これに対して自治領府のアデナウアー総書記、ライティラ星系分治府のアーレンバーグ主席らが激しく反発。自治領立法府は「今回の総督府命令は帝国と『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』の間で結ばれた地位協定に反し無効」との議決を行った。一般の自治領民の間でも再び反帝国的な機運が高まりつつあった。

 

 マックス・フェルバッハ総督は少なくとも前任者よりはバランス感覚に優れており、事態を鎮静化させつつ総督府の命令を通すために、オヨンチメグの自治領立法府議員資格を認めることを発表したが、これはさらなる自治領民の反発を招くことになる。自治領立法府は総督府が立法の最終決定権を握るが故に完全公選制が取られていた。その為、「総督府の決定は重大な越権行為であり、これを認めることは立法府の建前上の独立すら揺るがすことになる」と猛反発を食らったのだ。

 

「申し訳ありません。フェルバッハ総督閣下……。小官の読みが甘かったです」

「いや……仕方が有りますまい。まさか総督府が譲歩したのに批判してくるとは……彼らは革命を起こしたいのだろうか」

 

 私の謝罪を受けたフェルバッハ総督の顔には深い疲労が滲んでいる。

 

 フェルバッハ総督にオヨンチメグの立法府議員資格を認めることを提案したのは私であった。……私たち機関としても、同盟側や辺境司令部の同志との連携が取れないタイミングでリューベックの独立運動が過激化するのは避けたかった。今、リューベックで革命が起きても辺境艦隊に潰されるだけである。

 

「……とにかく、自治領府や立法府と対話して、なんとか妥協点を見出しましょう。昨年の大暴動の再発だけは避けなければなりません。当面の課題は、駐留艦隊司令部で持ち上がっているアーレンダール艦隊派遣案を止めさせること、そして来月の第七艦隊創設記念日を無事に乗り切ることです。オヨンチメグ連帯国民大会の開催が予定されているとか」

「駐留艦隊の方はノーベル大佐と大尉殿の友人のメルカッツ少佐が抑えてくれることを期待しましょう。国民大会を中止させるのは……無理か。中止させても彼らは勝手に集まるでしょうな。軍を派遣して大会が暴動に繋がらないように抑止しますか?」

「逆効果でしょう。アレは火薬庫です。そこに帝国軍を近づけるのは火種を放り込むのと同じです。各駐留部隊はいつでも出動できる状態で待機させておきましょう」

 

 着任から僅か三か月で私はフェルバッハ総督から深く信頼されるようになっていた。現在の総督府は……控えめに評して見るべき人材が居なかった。私がリューベック総督府の調査と立て直しに来たことは広く知られている。私が監査に立ち入るたびに各部署はそれをやり過ごそうとするのだが、それがあまりにも雑だった。幼年学校を卒業して僅か四年しか経っていない私の目でも杜撰な仕事ぶりとそれを稚拙な偽装で隠蔽しようとしていることが明らかだった。

 

 リューベックの実情に全く合わない本国と変わらない画一的な仕事振りの行政局、リューベックの反帝国感情を煽るのがお前たちの仕事なのかと問い詰めたくなるような不公正な法整備と不平等な法運用を試みる保安局、馬鹿みたいに帝国の『伝統』を押し付け、躍起になって『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』の痕跡を消そうと無駄な努力を繰り返す文化局、辞書に『増税』しか言葉が書いていない財務局、この混迷した情勢で思いついたように全ての教育機関に監視カメラ付きルドルフ大帝像を作ろうとした無能オブ無能の教育局。……ちなみに教育局長のコンラート・フォン・ランズベルクは領地貴族出身である。まあ、領地貴族としては珍しく、個人としては悪い奴では無かったが、あれは絶対に役人にしてはならない奴だと思う。

 

 気付けば私は総督府のあらゆる部署に口出しするようになっていた。彼らの無能と軽率は放置しておけば、今年一年保つことなくリューベックから総督府が消え去るのではないかという危惧を私に抱かせた。勿論、反発もあったが、公僕としての義務感と機関のメンバーとしての使命感で私はそれらを捻じ伏せた。

 

「そうそう、大尉殿の希望していた増員要請が認められましたよ。第二辺境艦隊とエルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区から一人の士官と数人の下士官を転属させてくれるそうです。いやはや、これも大尉殿の御威光ですな」

 

 フェルバッハ総督はいくらか表情を明るくさせてそう言った。総督府の現状が絶望的であることを思い知った私はすぐに上位司令部に助けを求めた。これでは『茶会(テー・パルティー)』計画が実行に移されるまで総督府が保たない。

 

「そうですか!それは良かったです」

 

 私も本心からそう言った。その後、フェルバッハ総督からいくつかの相談を受けた後、私は総督室を辞去した。

 

 

 

 

 同日夜、私は軍服から私服に着替え、かつらと眼鏡で最低限の変装をした上で領都ベルディエの外れにある歓楽街を訪れていた。その一角にある古いバーの二階にリューベック独立派の領都ベルディエにおける拠点が存在していた。

 

「マスター、マンハイム四三六年物の白ワインはあるか?」

「……おいおい、こんな場末のバーにそんな高級品がある訳ないだろ」

「無いのか、それじゃあいつものを頼むよ」

 

 私はマスターに声をかける。出てきた安物の酒を流し込んだ後、私はマスターにトイレを借りたいと申し出て、店の奥の方に向かう。すると、店の中からは死角になっている位置の壁が開き、中の男が私の腕をつかんで引きずり込んだ。

 

「痛……。毎度思うんだがな、引っ張る必要があるか?自分で入れるだろ」

「少しでもここを開ける時間を短くしたいんでな、悪く思わんでくれ帝国人」

 

 ……リューベック独立派が私たち機関にどういう態度を取るかは二極化する。圧政の中で自由の為に闘う私たちにやたら感動し、時に涙を流しながらその姿を称える理想主義者(ロマンチスト)、所詮帝国人は信用できないと無駄に冷淡な態度を取る現実主義者(リアリスト)原理主義者(ファンダメンタリスト)。比率的には一対二と言った所か。

 

 私は私を引きずり込んだ男と共に階段を上る。そこには一〇数人の男女が集まり、言い争いをしていた。

 

「今こそ立ち上がる時だ!国民は皆総督府への怒りを抑えきれなくなっている。分治府や立法府も今なら実力行使に賛同するはずだ!」

 

 大柄の茶髪の青年が熱心に決起を説き、数人がそれに同調する。

 

「ダメだ!協力者たちは年明けの決起を想定している、今立っても支援は受けられない!」

 

 それに対し、所々白髪の混じった恰幅の良い初老の男性が首を振って否定する。

 

「協力者など必要ないだろう!国民の団結を前にすれば総督府や駐留艦隊などひとたまりもない!」

「そうだろうな!そして辺境艦隊を中心とした大戦力がやってきてリューベック独立派は一人残らず絞首台送りだ!」

「死が怖いのか!ミシャロン!」

「無駄死は怖いな!チェニェク、お前は怖くないのか?」

 

 アルベール・ミシャロンは元自治領警察府検事の立法府議員だ。反帝国的なリューベック独立党の副幹事長を務めている。チェニェク・ヤマモトは家具職人の息子だが、リューベック自治領警備隊に入り警備隊曹長の階級を得ている。どちらも領都ベルディエにおける独立派の中心人物だ。

 

「二人とも落ち着いて。見てください、カールが来ましたよ」

 

 線の細い眼鏡をかけた青年が私の存在を二人に示した。私は軽く会釈して、会話に参加した。

 

「ミシャロン氏の言う通りだ。皆さん、大局を見失わないでください。オヨンチメグ氏の当選が認められないのは確かに不愉快な事ですが、それも年明けまで待ち、リューベックが再び独立すれば問題は無くなる」

「カール、それは分かっている。だが俺が言いたいのは、世論の話だ。マックス・フェルバッハは物分かりの良い総督を気取って、立法府や分治府の『穏健派』たちを取り込みつつあった。だが今回その化けの皮が剥がれた。奴も結局は腐りきった帝国人だ。モンゴル系の女性など分治府主席として認められないのだろうな」

 

 カールというのは私の偽名だ。チェニェクは独立派の中でも血の気の多い奴だが、頭の悪い奴ではない。ついでに言うと、私に対しても融和的だった。本心は分からないが、少なくとも友好を演出できる器量はある訳だ。

 

「皆、多少はフェルバッハ総督を信頼していましたからね。『少なくとも前よりはマシだ』という消極的な信頼ですが。それだけに現実を突きつけられたのでしょう。結局彼は前任者より誠実な訳ではなく、狡猾に過ぎないと。国民の反発を利用して、立法府議員の選任に総督府の影響力を及ぼそうとするとは……恐るべき手腕です」

 

 線の細い眼鏡をかけた青年――オリバー・シーツという大学の准教授だ――が付け足す。……リューベックの自治領民にはフェルバッハ総督と私のギリギリの妥協も、悪辣な姦計に見えたらしい。とはいえ、リューベックの歴史を考えれば無理もないか。

 

「カール、当初の計画通り『茶会(テー・パルティー)』計画が実行に移された時、不安要素となるのはリューベックの指導者層がどういう反応を示すかだったな?奴らは交渉を通じて自治権を拡大しようと考えている。それは俺に言わせれば夢物語だが、フェルバッハは狡猾にも夢物語の実現に期待を持たせ続けていた。確かに俺たちが武力革命に打って出た時、あいつらがどういう反応を示すかは読み切れない部分があった。だが今立てば間違いなく立法府や分治府の連中も立たざるを得ない。ここで総督府と妥協でもしてみろ、国民は帝国人より先にあいつらを処刑台に引きずり出すだろうな」

 

 チェニェクの言うことにも理が無い訳ではないが、彼は帝国軍を過小評価しすぎており、リューベック自治領民の精神力を過大評価しすぎている。チェニェクは今立ちあがり、その結果帝国軍が侵攻してきても抵抗は可能だと考えている。確かに艦隊戦では勝てないが、リューベック九億人がゲリラ的に抵抗すれば辺境の帝国軍が鎮圧するのはほぼ不可能と言っても良い。……本当に九億人全員が抵抗すれば、そして帝国軍が『常識的な』叛乱鎮圧方法を取ればの話だが。

 

 私は必死で彼らを説得した。説得する過程で止むを得ず、駐留艦隊司令のノーベル大佐が同志の一人であることを明かさざるを得なかった。尤も、「それならば尚更!」という意見もあったが……私の説得は何とか受け入れられた。リューベック独立派の中心的なメンバーが決起を思いとどまってくれるのであれば、オヨンチメグを巡っての立法府・分治府と総督府の対立は何とか落としどころが見つかりそうだ。私はそっと息を吐いた。

 

 

「おい、カール!ちょっと話があるんだ、少し残ってくれないか?」

 

 独立派の会合が終わり、私も拠点を立ち去ろうとしたとき、独立派のメンバーの一人であるブロンセ・ゾルゲに呼び止められる。ゾルゲは名前で分かる通りゲルマン系の住人であるが、熱心な独立主義者であり、人種を活かして総督府や駐留軍の建物に出入りしている記者である……ということになっている。

 

「……ああ、明日の軍務が辛くなるだろうが、別に構わないよ」

 

 私は軽く笑みを浮かべ、肩を竦めながら応じた。既に日付が変わっている。今から宿舎に戻って風呂に入り寝たとして……五時間寝れれば良い方である。

 

「軍務、ね。貴官は軍務より大切な物があるからこんなところに居るのだろう?それならば甘んじて受け入れるべきだ」

 

 ゾルゲも疲れた笑みを浮かべながらそう言った。……ブロンセ・ゾルゲは偽名である。私もこの時点では本名は知らない。知っていることはただ一つ、彼が自由惑星同盟軍の対外諜報セクションに属する人物だということだ。自由惑星同盟はジークマイスター機関の協力を得て辺境地域を中心に帝国領各地に諜報員を派遣していた。尤も、銀河帝国も似たようなことはしている。同盟の辺境星系政府は往々にして帝国との『取引』に応じることがある。例えば帝国諜報員に偽の戸籍を用意するような、そんな簡単な取引だが。

 

「カール、ゾルゲ。帰るときに偽装はしっかりやっておいてくれ。……それと重要なことは私にも伝えてくれないと困る、いいね?」

 

 ミシャロン氏は刺すような目線で私たちの顔を見つめながらそう言って拠点を出ていき、私とゾルゲだけが残った。ミシャロン氏は領都ベルディエに限らず、リューベック独立派における中心人物である。中々優秀な人物であり、私はともかくゾルゲの正体すらある程度察しているようだ。

 

「おっかない人だ。彼がリューベックに生まれた幸運を同盟は喜ばないといけない」

 

 ゾルゲは軽く笑いながらそう言った。私も同感であったが、彼にとってはこの土地に生まれたことは不運な事だっただろう。彼は昨年の少女暴行事件の後、自治領警察府検事を辞職し立法府議員に立候補した。同時に地下活動にも参加し、各惑星で個々に活動していた急進的な独立派組織をまとめ上げた。……彼としても本来はこのような運動に参加するのは不本意だったのではないか。検事として正義を実現できるのであれば、きっと地下組織のリーダーなどにはならなかっただろう。

 

「それで?ゾルゲ、話ってなんだ?」

「いや、大したことじゃないんだがな……。フェザーン弁務官事務所に新しい駐在員が派遣されていたらしい」

 

 ゾルゲはそんなことを私に言ってきた。ジークマイスター機関にとってフェザーンは重要な協力者の一つであると同時に、警戒しなくてはならない存在の一つである。フェザーンは長年勢力均衡政策を取っており、同盟か帝国のどちらか一方が勝ちすぎる、あるいは負けすぎる事態を防ぐべく、ジークマイスター機関に協力していた。もっとも彼らの目的はあくまで勢力均衡、ジークマイスター機関の活動が彼らの目的と対立する時は容赦なく妨害してくる。今回の『茶会(テー・パルティー)』計画をフェザーンが知れば妨害に動く可能性は低くない。

 

「……確かに時期外れではあるが……。それがどうかしたのか?フェザーンが計画に気づいたということか?」

「分からん。分からんが、この駐在員、三年前にもリューベックに赴任している。どうにもそれが気になる」

 

 ゾルゲはそう言って考え込んでいる。機関とて馬鹿ではない。フェザーンに対しては中央で軍務省に勤務しているシュタイエルマルク提督が対処している筈だ。クルトも今は在フェザーン帝国高等弁務官事務所に配属され、同盟側と協力してフェザーンに対する欺瞞工作を行っている。

 

「もしフェザーンが気づいているとすれば、もっと激しい動きがあるんじゃないか?機関の存在を帝国中枢に漏らす……のは自分の首を絞めることにもなるから無いにせよ、それに類するようなもっと効果的な妨害を行うはずだ。例えばそうだな……同盟の新聞社に第三艦隊の動員情報を漏らすとか。うん、それが一番手っ取り早いな」

「俺もそう思う。そう思いはするんだが……。まあ一種の勘だな、警戒はしておいた方が良い。情報を共有しておこうと思ってな」

「……分かった。こちらでも一応監視の目を強めておこう。二辺の同志を通じて報告も上げておく」

「宜しく頼む」

 

 私とゾルゲはその後暫く情報を交換してから別れた。気付けば時計の針は三時を指している。

 

(これは……徹夜かな)

 

 私は宿舎に戻る道を歩きながらそんなことを考えていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。