アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・メルカッツ少佐の好意(おんがえし)とフェルバッハ総督の好意(きたい)(宇宙歴760年7月2日)

 宇宙歴七六〇年七月二日、私は惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインからの定期輸送艦によって、本当の赴任地であるリューベック星系第三惑星リューベックに到着した。

 

 リューベックは自治領であり、自治領府も置かれているのだが、帝国の官僚と軍人で構成されるリューベック総督府が行政と立法の最終決定権を握っており、また自治領域内に帝国軍リューベック駐留艦隊一〇二六隻の駐留を強いられている。中央地域にある自治領よりはマシだろうが、それでも他の辺境自治領に比べると、帝国の強い支配下にあるという印象が強い。

 

「惑星リューベック……。噂には聞いていたが、本当に多人種が共存しているんだな……。帝国にこんな星がまだ残っているとは思わなかった」

 

 私は市街の外にある帝国軍リューベック宇宙港から中心地にあるリューベック総督府へと向かう軍用車に乗っていた。朝市か、表通りにはいくつもの屋台が出ており、白色人種だけではなく、黄色人種や黒色人種の自治領民が交じり合って買い物をしていた。このような光景は中央地域では絶対に見れないだろう。私は感嘆していたのだが、私の呟きを不快感の表れと捉えたのだろうか、運転手の伍長が反応した。

 

「名門貴族家出身である大尉殿にこのような光景を見せてしまい、誠に申し訳ありません。しかしながら、この星系の不届き者共は総督府が出した再三にわたる人種隔離命令を拒絶し、あろうことか総督府を取り囲んで火をつけようとしたのです……。このような状況を放置するのは断腸の思いではありますが、しかしながら万が一でもリューベックの者たちが叛徒と化してしまえば、我々は……」

「ああいい。辺境には志願して来た。これくらいは覚悟してるよ」

 

 私は乱暴に伍長の口上を遮った。伍長が本当に標準的な帝国人のように差別感情を抱いているのか、それとも私に媚びてそう言っているのかは分からなかったが、どちらにせよ不愉快だ。

 

 ちなみに志願してきたというのは本当である。宇宙歴七五九年頃、リューベックにおいて大規模な暴動が発生したのだが、それに関連して多くの士官がこの星を去ることになった。ただ単に暴動を許してしまった責任を取るだけならば、辺境が常に人員不足であることを加味して、精々艦隊司令と総督が更迭されるだけで済んだのだろうが……。

 

 暴動のきっかけとなった事件がまずかった。何せ貴族階級の中尉らによって行われた少女に対する集団暴行を総督府が隠蔽しようとしたことが原因であった。帝国がいくら封建的な社会とは言え、何をしても許されるのは皇帝陛下だけである。貴族だとしても、あるいは貴族だからこそ、少女への暴行など不名誉極まりない話である。当初、この事実は揉み消されそうになっていたのだが、一人の心ある宇宙軍大尉が個人的な伝手でイゼルローン方面辺境を預かる宇宙艦隊副司令長官カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハ上級大将――つまり、私の父だ――に詳細な報告を行った。

 

 ……なるほど、確かに帝国には昔から被差別人には何をしても良いという見方があったかもしれないし、実際後の堕落した帝国軍ではそういう事が揉み消されたこともあった。だが私の父はこのような事を許すような高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)を履き違えた貴族では無かったし、この頃の帝国軍はまだ恥を知る組織であった。「相手が劣等人種であろうと、限度という物があるではないか。帝国貴族軍人と言えば優等人種の中の優等人種、それがこのような蛮行を行うなど許されない」。……少なくとも、まともな帯剣貴族ならこう考える。

 

 烈火の如く怒った父の圧力で軍務省人事局は下手人を軍法会議送りにし、リューベックの士官人事を刷新したのだが、同じ軍務省の地方管理局は二つの深刻な問題に直面することになる。一つは辺境地域、特に自治領の人材劣化が恐らくリューベックだけの問題では無いという事。もう一つは私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハの取り扱いに困ったという事である。……ぶっちゃけると、この不祥事に激怒した父が人事局に怒鳴りこんでいるのを見ていた地方管理局がビビったのだ。それから翌年まで、私は腫れ物のような扱いをされていた。

 

 宇宙歴七六〇年になり、軍務省地方管理局は辺境地域の調査と人材刷新に本腰を入れた。その一環として地方管理局からリューベックの立て直しに士官が派遣されることになったのだが、ド辺境のリューベックに行きたがる奴などいない。そこで、丁度機関の方で『茶会(テー・パルティー)』計画が立案されていたこともあり、私がリューベック赴任を名乗り出たのである。私を持て余していた地方管理局は大喜びで、宇宙軍大尉の階級まで付けて私を送り出してくれた。全く有難い話である。

 

「着きましたよ大尉殿。ここがリューベック総督府です。どうです?堂々たる建物でしょう。何せ連邦時代に建てられた歴史ある総督府ですからね」

「……それは違うな、正しくは『連邦時代に建てられた歴史ある議事堂』だ。わざわざ議会の内装だけを変えて総督府にするとは、帝国も無駄に金のかかることをするよね。リューベックの人々への嫌がらせだろうけどさ」

 

 私は結局軍用車の中で伍長の差別感情に溢れた戯言を聞かされ続けた。それに苛立っていた所に、さもリューベック共和主義の聖地を『これぞ我らの象徴!』みたいに胸を張って紹介された為に、思わず反論してしまう。

 

「は……?」

 

 伍長は驚いている。私はそんな伍長を放置して軍用車を降りた。総督府の前には銃を携帯した兵士たちが何人も配置されている。装甲車も数台配置されているようだ。物々しい警戒である。どうやら、リューベックの反帝国感情の盛り上がりは私の想像よりも凄まじいらしい。

 

 総督府に入り、受付で手続きを済ませる。私の部署は三階だが、そこに行く前に四階の総督室に着任の挨拶に行こうとしたところで、後ろから声をかけられた。

 

「大尉。間違っていたらすまないのだが……。貴官はひょっとして副司令長官閣下のご子息かな?」

 

 振り返ると、そこには私より数歳年上に見える青年士官が居た。階級章は彼が宇宙軍少佐であることを示している。総督府の少佐となると、本来は課長補佐級だろうが、辺境は人材不足だ。あるいは課長級以上の役職かもしれない、と思った。

 

「本日付でリューベック総督府特別監査室長として着任しました。アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉であります。本日より宜しくお願いします」

「ああいや……。私はリューベック駐留艦隊第三任務群司令代理、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ宇宙軍少佐だ。残念ながら総督府の所属じゃなくてね、勘違いさせてすまない」

 

 メルカッツ少佐は苦笑交じりにそう言った。

 

 私はその名前を聞いて驚いた。私が前世の『物語』で知るメルカッツと言えば、帝国軍の宿将として、あるいはイゼルローン共和政府軍の中核としてヤンとラインハルトという二大名将に一目置かれた人物だ。まさかこのような辺境の中の辺境で、彼のような名将と会えるとは思っていなかった。

 

「メルカッツ……少佐ですか。その、小官に何の御用でしょうか?」

「いや、何、一年程前に貴官の父上に世話になってな……。個人的に恩を感じているのだよ。……ここだけの話、総督府と駐留艦隊はあまり仲が良く無くてな、何か困ったことがあれば遠慮なく頼ってくれ」

 

 メルカッツ少佐はそう言うと総督府を出ていった。……ひょっとしてそれを言うためだけに総督府に来ていたのだろうか?だとすると、余程私のご機嫌を取りたかったか、余程その『恩』が大きかったかの二択だろう。無論、あのウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツが前者のようなくだらない事をするはずがない。恐らく後者だと私は考えた。

 

 一年程前の恩、と聞いて私には一つ心当たりがあった。リューベックの暴動に関する真実を父に伝えたのは、父の亡くなった戦友の息子だったと聞いている。メルカッツ家は確か第二次ティアマト会戦で没落した帯剣貴族家の一つだったはずだ。父と関係があってもおかしくは無い。

 

 メルカッツ少佐と別れた後、私は総督室に向かい、マックス・フェルバッハ総督に着任の挨拶をした。

 

「アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉、着任いたしました」

「良く来てくださった大尉殿。昨年の混乱以来、リューベック総督府の威信は地に落ちております。是非、大尉殿のお力でこの総督府を立て直していただきたい。このフェルバッハ、全力でお手伝いいたしましょう!」

 

 フェルバッハ総督は私に対して上司というよりもむしろ部下のような振る舞いをしてきた。総督を務めている人間は官僚であろうが、帝国軍では少将級として扱われる。当然ながら、一介の宇宙軍大尉に『殿』などと敬称をつける必要は無い。

 

「総督閣下が小官の任務に理解を示していただけるのは非常に嬉しいことですが、一介の宇宙軍大尉に総督閣下が下手に出る姿を他の者たちに見られると、総督府の秩序に悪影響が出るやもしれません。総督閣下の『真心』。このライヘンバッハ、確かに理解いたしましたので、安心して、総督閣下は自己の職務に奨励していただきたい」

 

 私は下手に出てきたフェルバッハ総督の顔を立てつつ、彼に対してやんわりと普通の態度を取るように要求した。多少無礼な言いようではあるが、名門帯剣貴族ライヘンバッハ伯爵家の御曹司としてはこれくらいの方が正しい。……不本意ではあるが。

 

「おお、承知しました。ではライヘンバッハ大尉。早速ですが貴官に相談したいことが……」

 

 フェルバッハ総督は微妙にへりくだりつつ、早速総督府が抱える問題について私に相談してきた。大きく分けて問題は三つ、一つ目は人材不足、二つ目は自治領民との衝突、三つ目は強制執行手段の欠如である。

 

 一つ目は言うまでも無い。元々、辺境への人材供給は後回しであったが、第二次ティアマト会戦以降は十分な人材を有している辺境基地の方が少ないという有様になっている。ましてリューベックは昨年の大暴動を受け、多くの幹部士官が更迭された。人材不足は推して知るべしである。

 

 二つ目も分かるだろう。元々リューベックは難治の地である。リューベック自治領(ラント)、別名『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』の歴史は銀河連邦末期まで遡る。リューベック、もっと言えば、帝国において現在、エルザス辺境軍管区と呼ばれている地域は、銀河連邦時代に辺境『との』交易の中継地域として発展していた。

 

 銀河連邦は『地球統一政府(グローバル・ガバメント)』が強力な中央集権体制を構築した末に内部の腐敗と地方の反発で崩壊した教訓から、徹底した地方分権体制を取っていた。その結果として人類の版図は飛躍的に拡大していた。銀河連邦時代の人類領域は銀河帝国よりもさらに広大であり、エルザスですらまだ辺境地帯では無かったのだ。何せ、一部の人類はオリオン腕からサジタリウス腕へと進出していた位である。

 

 銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは当然ながら、全ての人類をその統治下に置こうとしたが、呆れることに人類の版図が銀河系のどこまで拡大していたのかは、銀河連邦ですら完全に把握できていなかった。サジタリウス腕側に進出を目指した移民船団が複数あったことは地方政府に記録として残ってはいたものの、彼らの試みが成功したか失敗したかも判然とはしなかった。一応、『回廊』を通じて交易があった形跡は残っており、帝国はサジタリウス腕側の調査を検討してはいたが、結局、それは宇宙歴六四〇年まで三世紀近く実行されなかった。

 

 何せ帝国はオリオン腕側ですら満足に支配しきれていない。サジタリウス腕側の調査などやっている余裕が無かった。銀河帝国建国期、リューベックは『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』を名乗り帝国の支配に激しく抵抗した。国名が示す通り銀河連邦宇宙軍第七艦隊を中核とする残党が集結していたリューベックは頑強に抵抗し、ついにルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、そしてヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンに征服を断念させた。

 

 ノイエ・シュタウフェン公爵との取引によって、形だけの臣従と引き換えに、広範な自治権を得たとはいえ、銀河連邦の流れを汲んでいると自負する『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』は、専制主義に屈する現状に不満を持ち続けていた。宇宙歴六四〇年、ダゴン星域会戦で帝国軍が完敗し、共和主義国家自由惑星同盟の健在が明らかになると、『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』は独立と、自由惑星同盟への加盟を一方的に宣言した。以来、三〇年程を帝国から独立して過ごすが、宇宙歴六六八年、コルネリアス一世元帥量産帝の大親征の際に帝国軍に敗北し、以降、リューベック自治領(ラント)として帝国の不本意な支配の下に置かれている。

 

 こんな土地なのだから、当然帝国への反感は凄まじい。故にその反感を刺激しないようにふるまうのがリューベック自治領勤務のセオリーなのだが、第二次ティアマト会戦以降、辺境自治領のセオリーを知らない士官が左遷されてくるにつれて、自治領民との緊張が急速に高まった。第二次ティアマト会戦の大敗による各自治領のナショナリズムの高揚も有り、フェルバッハ総督曰く、「今のリューベックは町中に叛乱の火種が散らばっているような有様」らしい。

 

 そして三つ目は強制執行手段の欠如であるが、最初にリューベックの行政・立法に最終的な決定権を持つのは総督府であると言った。それは決して誤りではないのだが、リューベック自治領全体の住民はおよそ九億人であり、自治領都のある惑星リューベックに限っても四億人の住人が住んでいる。……仮にこの住人が全て叛徒と化したとしよう。とてもではないが、総督府と駐留艦隊の戦力では抑えきれない。だからこそ、歴代の総督はアメとムチを使い分けつつ、背後に存在する本国の威光をちらつかせつつ、上手い事自治領民側も取り込みながら統治していたのだが、第二次ティアマト会戦以降はそれが出来なくなった。総督は辺境統治のノウハウを知らない帯剣貴族が務め、本国の威光は第二次ティアマト会戦の大敗で地に落ち、自治領民の取り込みなど頭の固い帯剣貴族に出来るはずもない。……今のリューベック総督府は名目上行政権と立法権の最高権力を握ってはいたが、自治領府と自治領民の反発を恐れて殆どそれを行使できない状態へと追い込まれていた。

 

「……という訳です。ライヘンバッハ大尉。是非、貴官の力でこの窮地を何とかしてください」

 

 フェルバッハ総督はまるで泣きそうな表情で私に頼み込んできた。よく見ると、彼の目の下には隈が出来ているし、服は目立つ汚れこそ無かったが、所々しわが出来ている。机の上には乱雑に書類が散乱していた。

 

 私はここにきてようやくフェルバッハ総督の低姿勢が単純な権威主義によるものでないと気づいた。多分、この人は前任者が更迭された後、出来る範囲で職務を全うしようと試みたのだろう。だが状況は最悪であり、すぐに打つ手が無くなったのではないか。そんな時に、軍務省からエリート軍官僚が自主的にリューベックに赴任するという話を聞いた彼はどう思っただろう。……彼の中で、私はただ単に『偉い人の息子』なだけではなく、この状況を打破できる『最後の希望』と見做されているのではないだろうか。

 

「……全力を尽くします」

 

 私はそう答えたが、少なくない罪悪感を感じた。彼の苦労の原因は、リューベック独立派を支援していた機関にもあるし、私はその機関の一員として銀河帝国のリューベック統治体制を完膚なきまでに破壊しようとこの場所に来たのだ。……この不幸な平民は恐らく、真面目一筋にリューベック総督府で働き、それ故に更迭されることもなく、気づけば総督の椅子に座っていたのだろう。何ともやりきれない話だ。……我々の計画が成功すれば、高確率で彼は死ぬし、死ななくても酷い目に遭うことは間違いない。

 

 私は彼に内心で謝ったが、計画を実行に移すことに躊躇いは無かった。明日、駐留艦隊司令部に挨拶に行き、ハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐に接触する。その後、独立派のアジトへ向かい、独立派の指導部に加わっている同盟軍の諜報員に、帝国上層部の『要塞派』と『保守派』の争いについて伝えなければならない。

 

 全ては自由の為……そう自由の為なのだ。だが……もし自由を得ることと、目の前の哀れな役人を助けることが両立出来そうならば……可能な限りでそれを試みたい、と私は思った。ひょっとしたら、彼のような人間を冷徹に切り捨てられるようになることが、より優秀な工作員になる為の条件かもしれない。

 

 だがそうしてしまえば私は最早共和主義者を名乗る資格を失うのではないか、大の為に小を切り捨てるのが本当の共和主義者なのだろうか、当時の私はそんなことを考えていた。手を汚す覚悟という物がイマイチ出来ていなかった、とも言えるが……一方で私のこうした『甘さ』は、後の救国革命においては『強さ』ともなったのではないか、と私個人としては思っている。尤も、これに関しては自分で評価を下すより、歴史家諸君の評価に任せた方が良いかもしれないがね。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈13
 銀河連邦の行き過ぎた分権体制の下、多くの移民船団が辺境地域へと旅立っていった。その一部はやがて自由惑星同盟の設立に関わり、もう一部は『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』のように、辺境自治領を構成したが、近年、リューベック星系からさらに辺境地域に人類のコミュニティが存在していることが判明し、話題を呼んでいる。このコミュニティは少なくとも最盛期のフェザーン自治領(ラント)程度の人口を有していると思われており、国交の樹立が期待される。

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