アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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少年期・シュタイエルマルク提督と父の真実・前(宇宙歴754年3月4日~宇宙歴754年3月25日)

 宇宙歴七五四年三月四日、私はいつものように食堂でクルト、クライストと共に食事を取っていた。私とクルトは幼年学校五年間の内、主に普通教育を受ける三年間を優秀な成績で過ごしており、来年度からの四年生では戦略研究科と呼ばれるエリートコースに入ることが確実視されていた。

 

『昨日正午頃、軍務省のクレランド報道官が臨時の記者会見を開きました。クレランド報道官の発表によると、帝国宇宙軍第一・第二辺境艦隊及び黄色弓騎兵艦隊は……』

 

「アルベルト様、クルト君。また大貴族の子弟と事を構えたそうですね!あれほど大人しくしていてくれと言ったのに……」

「悪いねヴィンツェル。でも流石にまだ寒い三月の夜に、後輩を裸で外に放り出すというのはね……。僕らの許容範囲を超えすぎている」

 

 私はそう言った。幼年学校における『平民いじめ』とそれに対する平民の『正当防衛』は日常茶飯事であった。私とクルトはそんな現状にかなりの不快感を感じていたが、私たちもそれなりに立場は弁えている。多少のことは我慢しようと努めているのだが、それでも見ていられないようなことは少なくなかった。

 

『……へと侵入してきた叛乱軍第六艦隊・第八艦隊・第一〇艦隊とロートリンゲン軍管区・フォルゲン伯爵領内に於いて交戦、これを大破せしめ、帝国辺境地域を脅かさんとする叛乱軍の意図を挫き、逆に叛逆者ドートリッシュ……』

 

「一晩位、鍛えてるんですから何とかなるでしょう!あの伯爵家はクロプシュトックと隣接した領地と縁戚関係にありましてね。あまり関係を悪化させるわけにはいかないのですよ」

「それは知っているよ。ラルフから聞いている」

「それならば……!」

「アルベルト、先月末の第四次ロートリンゲン会戦がニュースになってるみたいだ」

 

 クルトがクライストの苦言を完全に無視して、先ほどから国営放送の報道番組を流していたモニターを指差す

 

『宇宙艦隊総司令部関係者によると本会戦を指揮した黄色弓騎兵艦隊司令官カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大将は近く宇宙軍上級大将に昇進の上、宇宙艦隊副司令長官として、黄色弓騎兵艦隊及び三個辺境艦隊を指揮下に収めるとのことです』

 

「へー凄いな。流石ライヘンバッハ。僕の父上とは大違いだ」

 

 クルトがニヤニヤしながらそう言った。シュタイエルマルク提督も第二次ティアマト会戦を生き残った数少ない実戦派の提督として同盟軍と幾度も交戦し、武功を挙げていた。だが、階級は今でも据え置きで大将。役職は赤色胸甲騎兵艦隊司令官と、一実戦指揮官に過ぎない。

 

「そういう言い方は勘弁してよ……反応に困る」

 

 私は返答に困り、結局そう答えた。

 

「そういう時は『そうだろう?』と返しておけば良いんだ。血筋に助けられているとしても、実力は本物なのだからな」

 

 そう言いながらシュトローゼマンが私たちのテーブルに近づいてきた。

 

「ここ空いてるよな?」

「ええ、どうぞ。シュトローゼマン先輩はライヘンバッハ提督を尊敬なさっているんでしたっけ?」

 

 クライストが勝手にそう答えてしまう。シュトローゼマンは初日の一件でクルトを気に入ったらしく、指導生徒としての役割が終わった今でも何かと気に掛けている。さらに、初日に公言した通り、私を含む成績優秀者に対しては優しく、劣等者に対しては冷たい態度を取った。それ故に、私やクルトはシュトローゼマンから取り立てて不利益を被ったり、不愉快な目にあわされたことは無かったが、この厄介な先輩を微妙に敬遠していた。

 

「近年の帝国軍の提督ではライヘンバッハ提督とシュタイエルマルク提督、後は故・コーゼル提督を尊敬している」

「コーゼル提督も……?」

 

 クルトは少し驚いていた。コーゼル提督は幼年学校卒業後、『異次元の武勲』を立て続けて平民でありながら大将に上り詰めた名将だった。彼は戦う度に功績を立てた。帝国軍が敗北した戦いでも、彼が居る場所だけは勝利し続けた。……私は二人、似た現象を起こしていた提督を知っている。一人は行進曲(マーチ)に呪われた提督、フレデリック・ジャスパー。もう一人は……天才ブルース・アッシュビー。

 

「ああ、領地貴族連中はあの方を無能無能と言いふらしているがな、あいつらは男爵(バロン)ウォーリックと行進曲(マーチ)ジャスパー、どちらか一方の攻勢ですら数分と保たせられないだろうな」

 

 シュトローゼマンは嫌悪感を滲ませながら吐き捨てるようにそう言った。……シュトローゼマンは時に自分が領地貴族であることを忘れているような言動をすることがあった。

 

「それより、卿らに教えたい情報があってな。聞きたいか?」

「校長が代わるって話でしょう?ラルフから聞いていますよ」

「……またクラーゼンか。だが、それが誰なのかは流石に知らんだろう?」

 

 シュトローゼマンは少し得意気な表情で尋ねる。私たちは確かに校長が代わるという話しか知らない。

 

「知らないようだな。聞いて驚くな。エルンスト・フォン・カルテンボルン宇宙軍少将。第二次ティアマト会戦で戦死したカルテンホルン宇宙軍中将の甥だ」

 

 カルテンボルン。その名を聞いて私とクルトは驚いた。第二次ティアマト会戦において戦死したカルテンボルン提督の一族は閑職へ回されたはずだ。帝都幼年学校校長というのは軍の出世コースからは少し外れているが、それでも要職だ。

 

「地方の幼年学校に左遷されていたらしいが、徹底的な管理教育で結果を出して、帝都幼年学校に戻ってきたらしい。ここで結果を出せれば、教育総監部入りも有り得るって噂だ」

「か、管理教育ですか……?」

 

 私は慄いた。銀河帝国における教育は前世のそれや自由惑星同盟のそれとはまったく違う。体罰は勿論、私生活もしっかり管理される。一応、土日祭日は存在し、手続きを踏めば外出は可能だが……。自由教育を知る私に言わせると、全体として帝国の教育体制はかなり管理教育的と言って良い。その帝国の基準で管理教育となると、正直言ってどのような物か想像がつかなかった。

 

「帝都幼年学校は領地貴族共のせいで規律が緩みがちだからな。この際一気に改革するつもりかもしれん」

 

 シュトローゼマンは腕を組んで推論を述べた。

 

「ま、そういう訳だ。卿らにとってはこの春休みが最後の自由になるかもしれん。精々楽しんでおけよ」

 

 シュトローゼマンはニヤついている。彼は来年度から帝国軍に入ることになる。新しい校長が何をしようと関係がない立場だ。ちなみに、惑星カール・パルムグレンの第四辺境艦隊司令部に配属されるらしい。

 

 私たちは互いに顔を見合わせた。貴族だ幼年学校生だと言っても所詮は一二歳の子供である。『管理教育で成果を挙げた新校長』に不安を感じても無理は無いだろう。

 

 

 宇宙歴七五四年三月二五日。幼年学校は春休み期間となり、生徒たちが一斉に実家へと帰省する。私も幼年学校の正面玄関近くで、クルトと話しながらヘンリクの迎えを待っていた。

 

「お、シュタイエルマルク家の車だ。それじゃあアルベルト、お先に失礼するよ」

 

 そう言って走りだそうとしたクルトを私は呼び止めた。

 

「待ってくれクルト。……例の件についてだが、父に聞いてみようと思う」

 

 私のその言葉を聞いてクルトが真剣な表情になる。

 

「まだ早くないか……?何が起きたのか、確証どころか傍証ですら十分に集まっていない」

「所詮、幼年学校生でしかない俺たちに調べられることには限界がある。これ以上は直接聞くしかない」

 

 クルトは悩んでいるようだった。……宇宙歴七五一年一一月八日。その日以来、私とクルトは出来る範囲で父たちの事を調べていた。私たちの父は、英雄と呼ばれる二人は、一体何を隠しているのか……。

 

「分かった……。僕も話をしてみるよ」

 

 クルトはそう言って車に向かっていった。暫くしてライヘンバッハ家の車も入ってきた。

 

「御曹司!お久しぶりです。いやーお元気そうで何よりです」

「ヘンリクも元気そうで良かったよ」

 

 ヘンリクを隣に乗せて、私も車に乗り込む。久しぶりに会う運転手と挨拶を交わした後、車は走り出した。

 

「そういえば御曹司、知っていますか?この前の第四次ロートリンゲン会戦。本当に薄氷の勝利だったそうですよ。カール・ハインリヒ様の『虚兵作戦』が見破られていたら、恐らくフォルゲン伯爵領は陥落し、叛乱軍にオリオン腕側の大規模拠点を与える結果になっていたでしょう」

「へーそうなんだ。そんなこと国営放送で一言も言ってなかったけど……」

 

 ヘンリクは鼻で笑うと続ける。

 

「御曹司、国営放送が真実を伝える訳がないじゃありませんか。……第二次ティアマト会戦からこの方、叛乱軍は何度も帝国領土に侵入しては帝国軍に損害を与え続けています。ここ数年の帝国軍が挙げた勝利らしい勝利と言えば、コープが自滅したパランティア星域会戦と行進曲(マーチ)ジャスパーの「敗北」順だった第三次エルザス会戦位です。去年の辺境防衛戦略大綱ではついにエルザス辺境軍管区の維持を諦めて、第一辺境艦隊司令部があるロートリンゲン辺境軍管区で敵を迎え撃つ戦略に変更したとか。いやはや、苦しい戦況ですねぇ……」

 

 ヘンリクはいつものようにそうやって一般には知られていないようなことをサラッと言う。

 

「ヘンリクは物知りだね……。ねぇヘンリク。ヘンリクはさ、昔から重要な情報を掴んでくるのが早かったよね?」

「ええ、伝手が優秀なモノで」

「そうだね。一介の地上軍大尉の『伝手』とは思えない程優秀だ。……あのさ、ヘンリクの事を調べたんだ。同期に統帥本部情報部長の息子が居てさ、彼に頼んで資料を調べさせてもらった」

「……それで?普通の地上軍大尉の人事資料でしたでしょう?」

 

 ヘンリクは見たところ普通の顔色だ。

 

「マルティン・オットー・フォン・ジークマイスター」

 

 私がその名前を出した瞬間、ヘンリクの顔色が変わった。

 

「一時期、君はこの人の部下として働いていた。……ある貴族の叛乱を鎮圧するために、宇宙軍と地上軍の合同作戦が実施された時の話だ」

「……確かに、そんな名前の提督の下で働いたこともありましたなぁ。とは言え、一介の地上軍大尉がそんな提督と関わりを持つことなんてありませんよ」

「……だろうね」

 

 私はそれ以上の追及を諦める。ヘンリクとジークマイスターの関係はクルトにも教えていない。私が前世の記憶を基に当たりをつけて調べた結果だ。半分、まぐれ当たりと言っても良いかもしれない。

 

 暫く、車内は沈黙が支配した。私もヘンリクも身動き一つしなかった。そのまま車は進み、ライヘンバッハ家に到着した。

 

「ヘンリク。僕は父と話してみるつもりだ。それが終わってからで良い。……君の本当の姿を見せてくれ」

 

 車を降りる間際、私はそう言った。ヘンリクの返事は敢えて待たなかった。玄関を抜け、大広間に向かう。そこに父の姿は無かった。執事によると、書斎で待っているとのことだ。

 

 私は父の書斎に入り、そこで言葉を失った。父の書斎の本棚が横に開き、秘密の部屋に入れるようになっていたのだ。書斎に父は居ない、中に入るしかなかった。

 

「久しぶりだな、アルベルト。幼年学校では活躍しているそうじゃないか。クロプシュトック派についたと聞いた時には耳を疑ったが、ブラウンシュヴァイク公爵家に喧嘩を売ったなら仕方がない」

 

 父はおかしそうに笑った。思えば、父と会うのは幼年学校入学当日以来だろう。長期休暇の際も、父は私と会うことを避けていたように思える。

 

「父上……この部屋は?」

「大したことは無い。ライヘンバッハ家の当主が代々、知られては不味い物をしまっている隠し部屋だ。……ここに愛人を連れ込んだ馬鹿も居るみたいだがな」

 

 父は壁際を指し示す。薄暗いが、よく見るとベットらしきものがある。

 

「俺が見つけたのもただの偶然だ。だが……父上とエーリッヒは知っていたのかもしれないな」

「何故、私をこの部屋に入れたのですか……?」

「何、お前に見せたいものがあってな」

 

 父はそう言うと机の上にある本を見せてきた。所々掠れている為、タイトルが読みにくい。

 

「A……Theo…Theory?……of……Justice……」

「まさか古代ブリテン語が読めるとはな……。だが意味までは分からないだろう。『せおりー』は論、『じゃすてぃす』は正義という意味だ」

「え……それじゃあまさかこれは……ジョン・ロールズの『正義論』、ですか?」

「……驚いた。発禁本を何故……」

 

 父は驚きに目を見張っている。だが私はそれどころではない。

 

「やはり……やはり父上は共和主義者だったのですね……父上だけじゃなく、シュタイエルマルク閣下やミヒャールゼン閣下も……」

「『やはり』か。推測は出来ていたのかな?」

「……ミヒャールゼン閣下と会った時にいくつか手掛かりを頂きました。『リューデリッツ』『エーレンベルク』『パランティア星域会戦』……。リューデリッツは兵站輜重副総監、エーレンベルクは軍務省高等参事官。それはすぐに分かりました。だけどそれだけです。しかし、パランティア星域会戦のデータを見て、違和感を覚えました」

 

 私は父にクルトと作り上げた推論を述べる。

 

「パランティア星域会戦のデータを見たのか?」

「コネを使いました。こういう時、ライヘンバッハ家の名前は有利ですね」

「なるほど。それで何に違和感を感じた?」

 

 私はコープの用兵がまるで、偽の情報に踊らされているようだったこと、反対にジャスパーの行軍が予め敵の情報を得ていたようだったこと。それらと並行して、父とシュタイエルマルク提督が私を経由してデータチップを渡そうとしていた事などを順に述べた。

 

「……つまり、どういうことだ?」

「父上とシュタイエルマルク閣下は反帝国的組織に属している。そして私を利用して情報のやり取りをしていた。違いますか?」

「……確証が無いだろう?」

「傍証は有ります。アッシュビーの用兵は時に用兵理論に反していた。それなのに神がかり的な勝利を上げ続けたのは何故か?……簡単です。帝国軍の情報を得ていたからだ」

「そんなものは傍証でも何でもない」

「確かにそうです。ただ、コーゼル大将はどうです?」

 

 父は虚を突かれたようだった。

 

「何?コーゼルだと?」

「……アッシュビーという偉大な天才のせいでしょう。ヴァルター・コーゼルと言う規格外の名将に関して、帝国軍はあまりに注意を払ってこなかった。……恐らくは『リューデリッツ』と『エーレンベルク』の二人も」

 

 私は父の反応を見ながら続ける。

 

「コーゼル大将はその軍歴の初期に数回敗北を経験した以外は全ての戦いで勝利しています。……時に用兵理論に反して『野性的な勘』で奇跡的な勝利を掴み続けていました。ええ、コーゼル大将は優秀な方だった。それは間違いありません。しかし、それだけでは無かった。コーゼル大将は……父上たちが作り上げた『カエサル』ではありませんか?」

 

 父は顔に驚きを浮かべている。隠す気もさして無かったのだろうが、それでも分かりやすかった。

 

「コーゼル大将の勝利は優秀な情報参謀……特に初期はハウシルト・ノーベル、後期はクラウス・フォン・シュテッケルの貢献が大きいようです。……この二人はかつて共通の上官を持っていました。その名はマルティン・オットー・フォン・ジークマイスター。どうやらミヒャールゼン閣下とも友人だったご様子」

 

 実を言うと、私は前世の「物語」でジークマイスター機関の存在を把握していた。父とシュタイエルマルク提督がその一員だったのは知らなかったが、「ジークマイスター機関が存在する」と分かっていればそこから逆算して、コーゼル大将の軍歴に存在する『異質さ』に気付くのは簡単だった。

 

「父上とシュタイエルマルク閣下がジークマイスターと関係を持っているという事実は突き止められませんでしたが、ジークマイスター提督と共通の友人を有している所までは辿り着きました。そして私の護衛士であるヘンリクもかつてジークマイスター提督の下で働いた経験があるようです。果たして偶然でしょうか?」

「偶然、と言っても別に問題は無いな」

「そうですね。ですから『傍証』です。残念ながら父上が本当のことを話してくれないと、『確証』には辿り着けそうもありません」

 

 私はそう言いながら父を睨む。父は暫く黙っていたが、やがてポツリと言った。

 

「お前は賢いな、アルベルト」

 

 父はそう言うと立ち上がる。

 

「シュタイエルマルク邸に行こうか。私たちのことについて、ちゃんと話そうと思う」




注釈7
 ジョン・ロールズは地球時代の政治哲学者であり、自由惑星同盟では今でもなお、彼の著書である『正義論』が読み継がれている。当然、この本は帝国においては発禁本に指定されている。

 銀河帝国では共和主義的思想が完全に葬られている訳ではなく、功利主義的なアプローチや先に述べたホップズ等の思想が歪曲される形で後々まで残っている。これは建国初期に大帝ルドルフの権力簒奪を正当化する過程で、どうしても過去の思想等を利用せざるを得なかったことが原因であるが、ジョン・ロールズを初めとする一部の学者については、歴史からその存在自体が抹消されている。

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