インフィニット・ストラトス ~栄光のオリ主ロードを歩む~ 作:たかしくん
「では、本日より格闘及び射撃を含む実戦訓錬を開始する」
「はいっ!」
一組と二組の合同実習というわけで人数はいつもの倍、ということで返ってくる声量も倍、いつもより気合が入っているように見えるのは気のせいだろう。
「とりあえず戦闘の実演をしてもらおうか。天野、前に出ろ」
「うげっ、私ですか?」
早速の指名になんだか嫌なものしか感じない、そして戦闘の実演だというのに呼び出されたのは私一人だけというのが不安感を加速させる。
「な、なんなんでしょうか?」
「戦闘の実演と言っているだろうが、お前に戦ってもらうぞ?」
「だ、誰と?」
「勿論私に決まっているだろう。なに、可愛い後輩へのちょっとした依怙贔屓だ。嬉しいだろう?」
「全然嬉しくない……」
どう考えても公開処刑にしか見えないこの状況、私の心には絶望の二文字しかなかった。
「一応ハンデとして近接武器だけで戦ってやる、これならお前もそれなりに持つだろ」
「私も近接型なんですが、それは……」
射撃が苦手ってわけじゃないけど、私は近接戦闘の方が得意だ。勝ち目は無いけど無様な姿を友人達に晒すのは恥ずかしい、だったら頑張ってくらいついていくしかない。
「ゆうちゃん、ふぁいと~!」
「うるさいやい!」
霊華の呑気な応援を背に、私は打鉄を装着する。ああ、せめて白式があったらもうすこしマシな戦いができるのだが……
「さて、掛って来い」
「はぁ、腹を括るしかないか……」
私と織斑先生は見守るクラスメイトの集団から離れて対峙する、織斑先生も打鉄を装備し近接ブレードを構えている。
それに倣うように私も近接ブレードを構え……
「だりゃあああああああああっ!」
一気に
とはいえこの事は織斑先生も知らないはず、ということで打鉄が動かなくなる前に私の全てを出しつくすしかない。
「ふっ、代表候補生は伊達じゃないという事か。だがしかしっ」
「なっ!?」
私の超高速の斬撃を織斑先生はいとも容易く受け止める、迅雷跳躍を初見で受けられたのは初めてだ。というか初見じゃこれで負けたことがない、それは刀奈だって同様だ。
すぐさま私は織斑先生から離れ、二撃目を打ち込む。そしてまた受け止められる。
動こうとしない織斑先生を捕らえるのは簡単なんだけど、それをこうも簡単に弾かれると私の今までの努力が否定されているようで少し物悲しくなる。
「はぁっ、はぁっ……」
少し疲れてきたので織斑先生から離れて私は動きを止め、呼吸を整える。疲れというのは良くない、判断力と動きを鈍らせるから。
「どうした、もう終わりか?」
「無茶言わんといてくださいよ、これでも全力でやってるんですよ」
やはり織斑先生という壁は高い、仮に白式を装備してたら私はどれだけやれていただろう。いや、そんな事は考えるな。単純に私のスキルが織斑先生に追いついてないだけ、白式を持ってきたとしてもこの状況は変わらないだろう。
「さて、私からも攻めさせてもらおうか」
「ヒエッ……」
近接ブレードを構え、真っ直ぐ突撃してくる織斑先生。そこから繰り出される振り下ろしは私の目から見ても緩慢に見える、多分手加減されているのだろう。
そして私はその緩慢な動きから繰り出される刃を手持ちの近接ブレードで受け止めた。
「ぐぅううううううっ!」
「どうした、お前の実力はこの程度じゃないだろう?」
重い! ゆっくり振り下ろされたはずのその攻撃が果てしなく重い。その力の差はまるで大人と子供のそれであり、たった一撃で自分と織斑先生の力量差をはっきりと感じさせる。
「があああああっ!」
打鉄が軋みを上げ、私の心を焦らせる。何か、何かこの状況を打開する方法は……あった、あったけどこれでいいのだろうか。多分これをやったら織斑先生は凄く怒る、そして私はボコボコにされる。でもこの状況で一矢酬いるにはこれしかなさそうだ。
「どうした、これで終わりか?」
「いや、一応打開策はあるんですけど、あまりに非常識な方法で怒られるかなって……」
「別に構わん、お前の全てを出し切ってみろ」
「いいんですね、怒らないでくださいよ?」
「さっさとやれ」
許可は下りた、だったらやるしかない。後のことは野となれ山となれだ。
「……ぺっ」
「っ!?」
私は織斑先生の顔目掛けて唾を吐く、それは織斑先生の頬に当たりその顔は驚愕に染まる。
そして出来た一瞬の隙、ブリュンヒルデといえども人の子、予想外の事態にはどうしてもこうなるのは致し方なしか。
私はその隙を見逃さず、近接ブレードを手放し織斑先生の頬目掛けて右ストレートを放つ。
しかし、それすらも受け止められてしまった。
「……天野」
「は、はい……」
織斑先生の額に血管が浮かび上がる、怒ってる、やっぱり怒ってらっしゃる。
渾身の策は織斑先生の超絶的な反射神経の前に灰燼に帰した、後は処刑の瞬間を待つのみである。
「覚悟はいいな?」
「おお、もう……」
その直後、強烈なアッパーカットが私の脳を揺らす。そして、その衝撃は私を空中で二回転させながら地面に叩きつけた。
薄れゆく意識、私はもう全体的になんか駄目だった。
「天野、早くしろ」
私の意識が復活した直後、授業は再開された。今回は霊華たち一般の生徒をISに乗せる授業ということで私と刀奈、他数人が補助に回されている。
「なんか織斑先生の私に対する扱いが全体的に雑だ……」
「それだけ期待されてるんでしょ?」
「織斑先生はツンデレだったのか、レズのツンデレとか気持ち悪っべら!」
「お前、まだ懲りてないようだな?」
すぐさま落ちる織斑先生からの拳骨、今日はやけに頭部へのダメージが激しい、お陰で私の只でさえ少ない脳細胞は更に減少している。
「ゆうちゃ~ん、手伝ってよ~」
遠くから霊華の声が聞こえる、これ以上怒られないためにもちゃんとやらないと。ということで私は霊華の所へ向かった。
「ん~なになに~」
「これ一人じゃ乗れないよ……」
「え~、こことそこに足を掛けてガッと登れば大丈夫だよ」
霊華は打鉄装着に四苦八苦している、私は一人で大丈夫なんだけど霊華はそうもいかなかったみたいだ。
それにしてもこの打鉄、私がついさっき乗ったやつだ。迅雷跳躍の影響で内部の部品の歪みが心配だけど、多分大丈夫だよね? うん、報告するのも面倒だし霊華を乗せてしまおう。だってこれISだもん、世界最強の兵器だから多少はね?
ということで私は自分の膝に霊華の足を掛けさせ打鉄を装着させる。うん、さっきのは杞憂だったみたいだ。
「ほいっと。どう、霊華?」
「あっ、うん。ありがとう。それにしてもこれ、なんだかミシミシ言ってる気がするんだけど大丈夫かな?」
「え、みしみし?」
その瞬間だった、打鉄からパキッと小さな音が響き、霊華がバランスを崩した。そしてそのバランスを崩した先、そこには丁度私が居たわけで……
「きゃあああああああっ!」
「うっ、うわああああっ!」
同時に響く私と霊華の声、いつの間にか私は霊華の纏う打鉄に倒される。そして……
「どっ、どうしたっ!?」
「がっ……かはっ……ごぼっ……」
目の前には霊華の驚愕に満ちた顔、そして声にならない声を上げる私。
痛い。いや、熱い。そして焼け付くような痛みを発する左胸から熱い液体が食道を通り口から噴出される、その液体はぬめりを帯び鉄のような味がして気持ち悪い。
ああ、これってもしかして……
「霊華っ、どいて!」
「ゆ、ゆうちゃん?」
「仕方ないっ!」
鉄と鉄がぶつかる衝撃音の後に私に掛る重みが取り払われる、目の前の景色が一気に変わり、今度は目の前に刀奈の顔が映し出された。
「ゆ、幽貴……」
「がぼっ……かひゅー…………」
息をするたびに走る痛みと相変わらず変な音を出す喉のせいでまともな会話も出来ない、そして遠くから聞こえる織斑先生の声。
「更識っ! 兎に角保健室へ連れて行くんだ!」
「わっ、解りましたっ!」
IS学園には大学病院並みの設備があり、そこで治療を受ければ大抵の怪我ならなんとかなる。でもこの怪我は治療してなんとかなるものなのだろうか。と、やけに冷静に考えてみる。
「幽貴、もう少し待っててね。すぐに保健室に連れて行くから」
刀奈は私の体を軽々と持ち上げる、その時霊華と目が合った。彼女の表情は驚愕と恐怖と不安と混乱が複雑に入り混じっていた。
無理もない、霊華は責任感の強い子だから今回の事で気を病んでしまうかもしれない。私は霊華の心を少しでも軽くするために笑ってみせる、気にするなと言ってあげたいけど声も出せない今の状況ではどうすることも出来なかった。
刀奈が私を抱えて飛び立つ、しかし保健室まで後半分と言った所でまたしても事件が起こる。
「え、嘘っ!?」
グストーイ・トゥマン・モスクヴェの推進翼が破裂したのだ。だからロシア製は嫌いなんだ、すぐ壊れるから。
「幽貴、ごめん。もう少し待ってて」
「……がふっ」
「喋らないで、絶対に助けるから」
それでも刀奈はPICでの飛行を続ける、走っていくより早いと判断したんだろう。しかしその間も私の胸と口からは血が流れる、それはまるで私の体の中から血と一緒に命まで流れ出しているようだった。
「幽貴、もう少しだから頑張って……」
そして気付く体の異変。寒いのだ、四月後半の暖かい気温の中でも私の体は凍るように寒く、その反面左胸は焼けるように熱い。そして大量出血の影響からか目の前の景色が急速に暗くなっていく……
ああ、
わたし、
死ぬんだ。
死を意識しだすととてつもない恐怖が襲ってくる、自分の人生の終わりがこんなにもリアルに感じられるのは初めてだ。
ああ、死にたくない。まだ本物の白式をこの目で拝んでないし、刀奈にだって勝ち越してない。それにあの貧乏家族を養っていかないといけないし、そして何より恋だってしていない。
「がはっ、ごぼっ……」
「あっ、暴れないで!」
私はほぼ無意識に手を伸ばす、それは刀奈の頬に当たった。そして刀奈の頬に出来る黒い染み。ああ、私の世界は既に色すら失っていたのか。
「がっ、が……だな……」
「だから……喋らないでよ……」
刀奈の声が弱弱しい、きっと彼女も私がもうすぐ死んでしまうことに気付いているんだろう。
「ご……ごほっ……れ、れい……か、を……」
「解ってる、解ってるからっ!」
一番の心残りは霊華の事だ、もうすぐ死んでしまう私に彼女はきっと必要以上の罪悪感を抱いてしまう。だとすれば彼女を支える人間が必要だ、そしてこの学園で一番頼りに出来るのは刀奈だ。
「あ゛、あ゛り……が……と……」
「…………っ!」
頬を温かい物が濡らす。それが自分のものであるか刀奈のものであるか、既に自身の感覚をほとんど失った私にはもう解らない。
これが彼女のものだったら嬉しい、私が死んで悲しんでくれる人が居るという事になるんだから。
そして私の腕は力を失い、意識が黒く染まっていく。ああ、死ぬのってやっぱり怖いなぁ……
「事故調査委員会の調査結果によりますと、やはり内部の部品の破損が原因という事で結論が出たようです」
「その破損した部品を作っていたメーカーは?」
「三津村重工です」
「それまた大きい所が釣れたわね。そうか……三津村か……」
三津村グループ、日本が世界に誇る暗黒メガコーポは黒い噂が後を絶たない。その権力は政界財界に通じており、簡単に御せる相手ではないだろう。
「それに、天野さんの実家に三津村の社員が訪問しているという情報もあります」
「早速口封じとは流石ね、あそこの方針的に考えてやっぱりお金かしら?」
「そうそう、口封じと言えば三津村グループによるマスコミの囲い込みが行われているようです。ですので事件は一部ネットでしか知られていないという有様で……」
「…………幾ら何でも動きが早すぎるわね、もしかして三津村は事件の可能性を予期していたってこと?」
となればこれは大きなスキャンダルになる、もしかしたら本当に幽貴の仇を討てるかもしれない。
「ざーんねん、そういう事じゃないみたいよ?」
その声と共に不動先輩が生徒会室に入ってきた、この前生徒会長はどんな情報を持ってきたというのだろうか?
「どういう事ですか? 不動先輩」
「ええと、事故調査委員会の追加調査によると事故を起こした打鉄は駆動系を中心に全体的に部品の歪みが見られたみたいなんだよね。そして三津村重工製の部品は他の部品の破損の煽りを受けて壊れたみたいだよ」
「え、そんな情報私聞いてませんよ?」
不動先輩に虚が反論する、私としても不動先輩が虚の情報収集能力を超えているとは思えない。だとしたら不動先輩はどこからこんな情報を持ってきたというのだろう。
「はい、これ。事故調査委員会の最新の報告書、二十分前に作成された出来立てほやほやだよ」
「そ、そんな物どうやって……」
「コネだよ、コネ。前生徒会長舐めんなよ?」
虚が最新の報告書を見ながらぷるぷる震えている、一般人の不動先輩に先を越されたのが余程悔しいのだろう。
「し、しかし三津村が天野さんの実家に行った事や、マスコミの囲い込みを行った事はどう説明するんですか? やはり後ろ暗い事があったんじゃないんでしょうか?」
「そりゃあるだろう、あの規模の会社なんだから。でもそれは今回の事とは無関係だ、多分三津村は風評被害を恐れているだけだよ。だから天野の実家やマスコミが何か騒ぎだす前に口封じを行ったんじゃないかな? それにあの会社ってあの規模の癖してやたらフットワークが軽いからね。どうだい、虚ちゃん。何か反論はあるかい?」
「ううっ、もういいです。私の負けです……」
一般人の不動先輩に敗北宣言をする虚、そこには暗部組織の一員である面影は一切なかった。
「で、何でこんな所にいるんだい。たっちゃん」
「……え?」
「君の今やるべき事はこんな所でふんぞり返って事故調査の結果を聞くことかって聞いてるんだよ、そんな事よりやるべきことがあるだろう」
「あっ……」
そうだった、幽貴の遺言で私は霊華のフォローを頼まれているんだ。霊華は今部屋に閉じこもり、誰とも話そうとしてくれない。
彼女は何も悪い事をしていないのにこの事故の責任を感じている、そして幽貴を助けられなかった私に出来る事と言えば霊華を支える事だけだ。
「ほら、行けよ。君を必要としてくれる人物はまだ居るんだから」
「はいっ、行ってきます」
不動先輩に言われて私は生徒会室から出る、そして霊華の元へと駆け出した。
「霊華、居る?」
幽貴と霊華の部屋はこの学生寮の一番端の物置部屋の隣で、入り口から最も遠い。私は毎日三食分の食事を持ってここまで通ってきた、そして何度も話をしようと試みたけどそれは全て失敗している。
そして食事を持ってきた時には廊下にその前の食器が置かれている、しかもちゃんと洗ってある状態で。こんな時にも霊華は几帳面な性格は変わらなかったようだ。
しかし、今回異変が起きた。今日の昼に持ってきた食事が一切手を付けられていないのだ。というわけでノックをしてしつこく呼びかけてみるものの相変わらず返答は無し、痺れを切らした私はあの事故があった後初めてこの部屋のドアノブを回した。
そして簡単に開かれるドア、部屋の中を覗いてみるがそこには霊華の姿はなかった。
「……あれ?」
トイレにでも行ったのだろうか、人間である以上食べれば出さなくてはならないのでそれもあり得るのだけど何だか違和感を感じる。
「ん、この音は……」
シャワー室から音が聞こえる。ああ、そういう事か。なら返事をしてくれないのも納得だ。
「霊華?」
シャワー室前の脱衣所のドアを開け、霊華に呼びかけてみる。しかし、シャワー室からは相変わらず水が流れる音だけが流れる。
「ねぇ、霊華ってば」
少し声量を大きくして再度霊華に語りかける、しかし相変わらずシャワーの音が響くだけで、それ以外の音はしなかった。
「霊華、いい加減にしてよ。貴女が辛いのは解るけど、このまま閉じこもっていたって何の解決にもならないわよ」
何も話してくれない霊華に私はイラッとし乱暴にシャワー室のドアに手を掛ける、これを開けた時きっと私は霊華のフルヌードを拝む事になると思うがそんな事はもうどうでもよかった。
という事で私はシャワー室のドアを開ける、そして私の目の前に現れた光景は……
「れ、れい……か?」
シャワーから勢いよく流れる水、それを座ったまま浴びている服を着たまま霊華、そして壁に赤い斑点、そしてなにより目立つのが床。そこは真っ赤に染まっていた。
「霊華っ!」
慌てて霊華を抱き起こす、しかしその首が力なく曲がる。そして気付いた、霊華が既に体温を失っていることを。
ふと手を見れば左腕に大きな傷、そして右手にはカッターナイフが握られていた。
「……う、嘘でしょ?」
後のことはよく憶えていない、しかしその日が私にとって最高に最悪な気分で私は人生最悪の日々の終わりだった。
後日霊華の部屋から遺書が発見された、その内容は事故を起こしてしまった事の後悔、幽貴への謝罪、そして最後にはこう綴られていた。
『ゆうちゃんを殺した私はもう生きていくことが出来ません。みなさん、ごめんなさい。天国でゆうちゃんに謝ってきます、私は地獄行きかもしれないけど』
私は幽貴どころか霊華も助けられなかった。遺書を見た日、私の涙はついに枯れてしまったのである。