新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督とキスカ島強行上陸作戦・前編

 

 

 

 

「あれね」

 

 

 屋上から双眼鏡で見下ろす視界に、とある車が入ってくる。

 周囲を何台もの装甲車によって護衛された、黒塗りのリムジン。旧式だが、現代において乗れる者の少ない高級車。金に輝く桐紋が付けられていた。

 古くは菊花紋と同じく“やんごとなき”方々の紋章であり、豊臣の紋としても知られている。今でも一般にこの家紋を持つ家庭が存在するが、軍内部においてはごく限られた用途でしか用いられない。

 この場合、それに該当するだけの存在が乗っていることを示していた。

 

 

「本人は……まだ見えるわけないか」

 

 

 チ、と大きな舌打ち。厳つい双眼鏡が外されると、その人物の顔立ちが白日にさらされる。

 ありていに言えば、美少女であった。

 整えられた美麗な眉。大きな瞳は日本人らしくない碧色をしており、丸みを帯びた軍帽から金糸のごとき細さが溢れている。

 未だ成長過程と思われる身体を包むのは、軍帽と同じく白の軍服。誂えたのであろうそれは、下が短いプリーツスカートに変更されており、細かな部分にも少女らしい美的感覚が見て取れた。

 

 

「……時間のムダか。冴えない顔してるのは資料で知ってるんだし、帰ろ」

 

 

 リムジンが厳重な警備のゲートをくぐり近寄ってくるも、少女はためらいなくその場を後にする。

 もとより、皆に秘密で来ているのだ。ことがバレれば、あの“偉人マニア”にお小言をもらってしまうだろう。

 しかし――

 

 

「きゃっ」

 

 

 ――不意をつく強風がスカートをはためかせ、軍帽をさらっていく。

 慌てて追うも、あとわずかといった所で手をすり抜け、はるか下のコンクリートへ。

 運が悪いことに、延長線上には例のリムジン。

 

 

「ちょっと、ダメ――あぁぁ!?」

 

 

 ぐしゃり。

 ふかふかだった白さは、タイヤ痕と土にまみれて無残なありさま。

 呆気にとられる少女の顔が伏せられ、やがて、烈火のごとき怒りへと染まる。

 

 

「……桐、林……。よくも……」

 

 

 八つ当たりだと分かっていても、煮えたぎる感情は収まることがない。拳が握りしめられ、つり上がったまなじりには涙まで浮かぶ。

 お気に入りだった。素材選びからデザインまで自分でこなした一品。被り心地はもちろん、乗せていないと落ち着かないのだ。それを、踏みにじられた。

 

 

「絶対に、許さない……!」

 

 

 勢いよくきびすを返す。

 後に残るのは、吐き捨てた言葉の残滓と、かすかな花の香りだけ。

 こうして、少女から車に乗る人物――桐林提督への第一印象は、本人のあずかり知らぬまま、最悪なものとなってしまった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「では、こちらでお待ちください。失礼いたします」

 

 

 案内してくれた下士官の青年が敬礼し、格調高い家具が備え付けられる、特別応接室を出て行く。

 答礼を解いた自分は、「はぁぁ」と大きなため息をついて、本革張りのソファへと寄りかかる。

 

 

「偉くなるって、面倒だ」

 

 

 思い返すのは、横須賀を出てから大湊へたどり着くまでの道のり。

 共に出撃してくれる統制人格たち――赤城、扶桑、山城、千歳、千代田、龍驤の六人を見送った翌日。自分は陸路で大湊警備府のある青森に向かったのだが、その警備は恐ろしいほど厳重だった。

 専用列車に乗り、屈強な兵士たちに囲まれて、朝から六時間の汗くさい旅。

 駅へ着いてからも、たった十数分の道路なのに九三式装甲自動車を使い、一部道路を封鎖まで。

 国賓でも歓待するかのような扱いは、かつて、幼い自分も見たことのある光景だったが、その中へ放り込まれるなど夢にも思っていなかった。

 

 

「横鎮が異常だった、のか……?」

 

 

 構内を歩けば、相変わらず女性陣からの冷たい視線。男性陣からは嫉妬の嵐。とても良いとは言えない環境に思えたが、ぜんぜん違った。

 胡散臭い詐欺師を見るような目に、比べたら。値踏みする声に比べたら、ずっと。

 警備を担っていたはずの彼らの銃は、外敵に対してだけ向けられるもの……で、あったのだろうか。

 

 

「……自分も、昔はああだったんだよな」

 

 

 市井の人間にとって、傀儡能力者は憧れの存在であると同時に、受け入れがたい突然変異体でもあった。

 機械を思うがままに操り、魂を宿らせ、さらには人の形まで与える。

 一昔前は物語やアニメの中にしかいなかった者たちが、現実に出現し始めたのだ。その混乱は、ツクモ艦の攻勢と重なって大きなものになってしまった。

 訳も分からぬうちに、魔女狩りのごとく狩り出されてしまった能力者までいたという。

 

 

「世は悪意に満ち、陰る善意も幾ばくか……」

 

「されど、この手に明日への手綱あり。桐竹源十郎氏の言葉ですね」

 

 

 唐突にドアが開き、こぼれた言葉の先を紡がれる。

 顔を向けると、そこには車椅子に乗る青年。まとう軍服が、彼の立場を教えてくれた。

 

 

「もしかして、あなたが……?」

 

「はい。ノックもせずに失礼しました。僕が、“人馬”の桐生です。お見知り置きを」

 

「こちらこそ、初めまして。桐林です」

 

 

 急いで立ち上がり、伸ばされた桐生提督の手をとる。

 噂には聞いていたけれど、目の当たりにすると少し戸惑う。

 生まれながらに下半身へ障害を負い、それを取り戻すかのように、海の上を駆け回る駿馬。

 自分と同い年のはずが、穏やかな笑みには自信が満ち溢れていた。

 

 

「長旅でお疲れでしょう。お掛けになってください。今、お茶を用意させていますから」

 

「あぁ、いえ。おかまいなく……」

 

 

 愛想笑いでその場をしのぎつつ、再びソファに。

 モーター音が移動し、彼は三方を囲まれたテーブルの、唯一椅子が置かれていなかった面へ。

 

 

「時に、お好きなんですか? 桐竹氏の著書の言葉でしたが」

 

「は? ……あ、いえいえ、その。頭に浮かんだ言葉を、つい漏らしてしまっただけで。お恥ずかしいんですが、あれが桐竹氏の言葉だということも……」

 

「そうですか。有名ですからね、きっとどこかで聞いたことがあったんでしょう。あまりにメジャー過ぎるせいか、僕自身、興味を抱いたのは能力に目覚めてからでした」

 

 

 調子を合わせてくれているのか、桐生提督の顔にも恥ずかしそうな苦笑いが浮かぶ。

 桐竹源十郎。

 吉田豪志中将と同じ、傀儡能力者、最初の五人――護国五本指の一人。彼が国民的英雄になったのは、その生涯を終えた戦いに起因する。

 

 今をさかのぼること十年。

 突如として、ツクモ艦が舞鶴鎮守府・正面海域の安全領域内へ、数百の大艦隊で侵攻するという事件が起きた。

 まるで謀ったかのごとく、大規模公開演習による主戦力の留守をついたそれは、四半世紀におよぶ戦史においてただ一度、本土への爆撃を許した、最悪の事態でもあった。

 不意打ちによる混乱のさなか、体調不良を理由に待機していた桐竹氏(彼は京都の出身である)は残っていた予備戦力を率い、単身船に乗り込んでまで戦場へ赴く。

 なぜ増幅機器を使わなかったのかは謎のままだが、おそらくは建物ごと破壊されたのだと見られている。

 

 結果は惨々たるありさまだった。

 とって返した主戦力が見たものは、重油で燃え上がる紅い海と、無数に浮かぶ残骸のみ。

 桐竹氏の遺体は確認できなかったが、主戦力へ同行していた感情持ちの統制人格が消滅したらしい事実から、戦死したものと判断されているようだ。

 こんな言い方しかできないのは、当時の資料がまるで残っていないのが理由である。映像だけでなく、間違いなく発しただろう救難信号の記録までも。混乱ぶりが伺えるだろう。

 

 

「ですが、やはり傀儡能力者であれば、一度はお読みになることをお勧めしますよ。桐竹随想録なんて特に。彼の人となりや、能力者としての在り方を学ぶには最適です」

 

「はい。時間を見つけて、読んでみようと」

 

 

 不幸中の幸いと言うべきか、攻撃は鎮守府のみに留まり、民間での被害は皆無だった。だが、その立て直しには多大な時間を要している。

 施設的な面だけでなく、今までの定説……ツクモ艦は安全領域内へ決して侵入できないという、民間向けのそれが覆されたこと、並びに、護国五本指が欠けてしまったことで、当時の国民感情は揺れに揺れた。

 それを収めるために陣頭指揮をとったのが吉田中将――当時の少将であり、現在では傀儡能力者の元締めのような立場となっている。

 この事件を境に、哨戒任務の重要性が大きく見直され、増幅機器が堅牢な地下に置かれるようになった。また、そこへの出入り口も複数確保されるなど、戦いに慣れ始めていた軍が正されたと言えるだろう。

 桐竹源十郎とは、この国に多大な影響をもたらした人物なのである。

 

 

「あぁ、他にもオススメできる著書がありますよ。入門としては随想録が一番ですが、もっと深く知りたければですね――」

 

「え? あ、あの、え?」

 

 

 ……だから、車椅子の荷物入れを探り、解説しながらポンポン書籍を取り出す、桐生提督の心酔ぶりも理解できるのだが……。

 いや、もう十冊くらい出てきてるんですけど。いっつもそんなに持ち歩いてんですか?

 

 

「まずはお近づきの印に、一冊どうぞ。さ」

 

「それは、ありがたいんです、けど……でも……」

 

「あ、お気になさらず。これは全部布教用でして。僕の分は愛蔵版と読み返し用、複数持ってますので。ささ」

 

「……どうも」

 

 

 半ば押し付けられるようにして、分厚いハードカバーの随想録を受け取る。

 なんというか、不思議な人だな。見た目は爽やかなのにオタっぽいというか。自分が言っちゃいけない気もするけど。

 

 

「あ~……ところで、自分の船はもう到着しているんですよね?」

 

「ええ。桐林提督の六隻は、すでに入港を済ませています。現在は燃料の補給中ですね」

 

「そうでしたか。よかった」

 

 

 桐生提督の返事で、やっと心配事が一つ消えてくれた。

 安全領域内を巡航速度で進むだけとはいえ、先の通り、絶対ではない。うっかり領外へ出て操業していた漁船が、敵艦を引き連れて逃げ戻ってくる場合もある(例の大侵攻もこれが原因とされている)。

 もちろん、通常の哨戒任務を受ける艦がそれを出迎えてくれるだろう。けれど、心配なものは心配なのだ。

 

 

「羨ましい限りです。失礼ながら艦を拝見させて頂きましたが、噂どおり、全ての統制人格が意思を宿しているようで。動きで分かりました。自立行動も可能な傀儡艦。実に頼もしい」

 

「はい、自分は特に恵まれているようです。もうお会いになられたので?」

 

「入港の際に、遠目で観察しただけです。今は下船し、来賓用の客室でくつろいでいるはずですよ。こんなに大勢の“感情持ち”を歓待するとは、思ってもみませんでしたが」

 

「はは……御手数をおかけします」

 

 

 置かれている環境のせいで忘れがちだが、通常の傀儡艦とは、指示を下さなければ一mmたりとも動かない鉄の塊。

 際限なく、絶え間なく現れるツクモ艦に比べて、人間はあまりに脆い。

 戦えるだけの肉体・技能を獲得するまでに時間が掛かるうえ、失われるのは一瞬。傀儡能力が発現しなければ、人類は大地の上で慎ましやかに生きるしかなかっただろう。

 おまけに、駆逐艦でも数百人、戦艦ならゆうに四桁を要する乗員も、能力者なら一人で動かせる。実に都合良く、“リーズナブル”な能力なのである。

 

 

「己が本体である艦船の統制に特化するうえ、人間と同じく推論する力……理性を与える。嫉妬してしまいますよ。僕なんか五年も戦っていますが、意思を宿したのは未だに霧島一隻で」

 

「なかなか、難しいようですね。自分は最初からこうでしたから、ズルをしている気分にもなります」

 

「気になさり過ぎでは? この能力自体、まだまだ未解明のものですし、僕は僕で努力してみますよ。

 それにしても、噂ではかなりの美女たちに囲まれて暮らしておられるようで。羨ましいです。ええ、本当に羨ましいです。一個人として妬ましいです。ちっ」

 

「うちの子を褒めていただけるのは嬉しいんですけど、舌打ちしませんでした今?」

 

「とんでもない。モーターのスパークでしょうきっと」

 

「それはそれで危なくありませんかね」

 

 

 だんだんと素の出てきた桐生提督を、自分は半眼で見つめる。やっぱ、傀儡能力者には変人が多いな(棚上げ)。

 能力者の意思を船へと伝達し、無機物と有機物をつなぐ人型インターフェースが、統制人格。

 彼女たちもまた、通常は命令しなければ何一つ、人間らしい行動を行わない。外見だって、自分の励起した子たちと違いまさしく人形だ。

 髪型やその色、顔の造形には多少変化があるものの、生気に乏しく、悪い言い方をすれば――マネキン。意識して覚えようとしなければ記憶に留まらない、“薄い”存在なのである。

 もしも彼の立場に居たなら、恨み言の一つや二つ……三つか四つ言っていたかもしれない。うん、妬ましい。

 

 

「まぁ、ふざけるのはこのくらいにしますか。桐林提督。軽く段取りの確認をしておきましょう」

 

「……はい」

 

 

 気がつけば、大分リラックスしてしまっていた。

 侮れない話術……というより、単純なんだろう、自分が。

 ともかく背筋をただし、意識を切り替える。

 

 

「まず、僕は今日の夜までには大湊を発ち、厚岸に向かいます。函館への護衛は別のものが行いますので、桐林提督はここに逗留し、ゆっくりお休みください」

 

「はい。そして、桐生提督が厚岸に到着した翌日、自分は赤城たち、あなたは新造艦五隻へ同調。その日のうちにエトロフを目指す、と」

 

「エトロフへはすでに補給部隊が派遣されています。そこで最後の補給とともに一夜を明かし、夜明けを待って作戦開始です」

 

 

 頷きあい、概要を改めて脳に叩きこむ。

 函館への航路は完全に安全領域内なので、いつも通りの警戒以上に気をつけるべき点はない。エトロフへも同様だ。

 かつては色々な問題で曖昧とされていた部分が、安全領域という区切りでハッキリし、現在の日本の領土はエトロフ、ロシアはパラムシル島までとなっている。千島列島は完全に放棄された。

 本番は越境してから。

 偵察機による索敵・警戒を厳とし、できうる限り戦闘は回避。避けようのない場合は、艦載機によるアウトレンジ攻撃で数を減らして、残りは扶桑・山城の主砲である、四十五口径三十五・六cm連装砲四基八門(本来は六基あったが、格納庫や後部甲板設置のために撤去した)の先制攻撃で黙らせる。

 航空戦艦二隻の足は遅く、敵艦に追いつかれる可能性もあるが、ツクモに諦めるという概念はない。発見されればロシアまで類が及ぶため、殲滅を優先。

 徹底的な遠距離攻撃をもって、損害を未然に防ぐというのが今回の戦法だ。

 

 

「無事にパラムシル島まで到着したのち、高速給油艦でもある千歳・千代田から補給をうけ、桐生提督はさらに北上。ウスク・カムチャツク沖で一日停泊し、そこからコマンドルスキー諸島、アッツ島と渡り、キスカヘ」

 

「時間をかけるわけには参りませんから、ウスクからは一気に攻略する予定です」

 

「体調の方はどうでしょう。かなりの長丁場になると思いますが……」

 

「もたせます。投薬の準備もありますので」

 

 

 馴染みのない単語にギョッとなるが、彼はいたって落ち着いていた。

 艦艇戦闘は時間が掛かるため、どうしても集中力を欠いてしまったり、不調をきたすことも。そんな緊急事態へ備えるために、増幅機器には薬物投与を行う機能までつけられている。

 もちろん中毒性はない……らしいけど、負担にならないはずがない。それをさも当然と。

 これが、戦いに生きる者の矜恃、か。

 

 

「それにしても、数奇な運命です。まさかこのような形で、西村艦隊がそろうとは」

 

「……ですね。しかも、自分の扶桑・山城が見送る側ですから。どんな思い、なんでしょうか」

 

 

 西村艦隊。

 戦艦・山城を旗艦として、同じく戦艦・扶桑、航空巡洋艦・最上、駆逐艦の時雨・満潮・山雲・朝雲を配する、西村祥治中将の指揮した部隊である。のちに武勲艦と称される時雨を除いて、彼女たちはスリガオ海峡に沈んでいる。

 吉田中将が用意したのは、戦艦以外の五隻。おそらくは、験を担ぐ意味で用意された艦隊だ。

 進む海は違えども、たった一隻生きてたどり着けば良いと、それだけを期待された捨て駒。それを、山城たちが見送るのだ。何も知らないままに。

 

 

「詮無いことですよ。あまり思い詰めないことです。分からなくはありませんが、どうも、貴方は統制人格へ感情移入しすぎるきらいがあるようだ」

 

「……っ」

 

 

 痛いところをつかれた。

 自分だって、理解はしている。そんなことをしていれば、戦えなくなってしまう。

 戦いを指揮するものに必要な冷徹さが、自分には致命的に足りていない。

 でも――。

 

 

(それを感じられなくなってしまったら。自分は、自分で居られなくなるんじゃないだろうか)

 

 

 ――と、こうも思うのである。

 心を殺し、勝つためだけに生きていく。

 何の価値があるというのだ。そんな生き方に。……何を、残せるというのか。

 

 

「……ん?」

 

 

 そんな時、ふと気配を感じた。

 いや、気配だけではなく、おぼつかない六感を伝わってくる高揚感。距離でいうなら、まさに応接室のドアの向こう。

 これは……。

 

 

「どうしました」

 

「あぁ、と、その。どうやらうちの統制人格が、ドアの前で待ち構えているようでして……」

 

 

 傀儡能力者と統制人格は、精神的なつながりを持っている。

 同調状態でなくてもこれは機能し、ごく稀に、こうして彼女たちの強い感情が流れこむことがあるのだ。

 より近いほど感じ取りやすく、明瞭になるため、誰がいるのかも調べられる。たぶん、千歳だろう。

 

 

「ふむ。なにか緊急の伝達でしょうか。ちょうど一段落ついたところですし、呼んであげて下さい。僕としても、美女にお会いできるのなら願ったり叶ったりです」

 

「ありがとうございます。千歳、入っておいで」

 

「……失礼しまぁす」

 

 

 許しを得られたので、さっそく呼びかけてみる。すると、おずおずといった感じでドアが開かれ、千歳が顔を覗かせる。

 その後ろには千代田が続き、龍驤、赤城、扶桑……って、勢ぞろいかよ。

 

 

「お初にお目にかかります、桐生提督。水上機母艦、千歳の現し身です。水を差すような真似をして、申し訳ありません」

 

「……あ、い、いえいえ。桐林提督に用なのでしょう? 僕のことは気にせず、どうぞ」

 

 

 何かの冊子を抱えたまま頭を下げる千歳と、一緒に「ごめんなさい」する千代田。

 桐生提督は面食らったそぶりを見せるものの、すぐに気を取り直して笑顔を浮かべた。

 女の子ばかりがぞろぞろ入ってきたし、驚いたんだろうか。服装が個性的なのもあるけど、何よりみんな美人だからなぁ。

 あれ。これって親バカ……じゃなくて自画自賛か? この子らは自分の無意識から生まれたんだし。……んん? それに、なにか足らないような……。

 

 

「それでは、失礼しまして。提督提督っ、これ見てくださいっ」

 

 

 思わず考えこみそうになったが、隣へ腰を下ろして、身を寄せてくる千歳の重みに中断される。

 近い、近いってばだからっ。刷り込みがあるとはいえ、なんで君らはこう、距離感が妙に寄ってるんだよ。ペタってくっつくな、勘違いしちゃうからっ。

 

 

「ええと……ミュージアムのパンフ?」

 

「はいっ、千歳鶴です!」

 

 

 そんな気分をごまかすため、とりあえず差し出されたものを覗きこむ。

 北海道にある酒造元がひらく、工場見学のパンフレットだった。千歳がハマっている、例の老舗日本酒メーカーだ。

 ……あ、そういうことですか。接待的なボディタッチですか。本当に勘違いだったのね。

 

 

「今回の任務、帰りの日程には余裕を見ているんですよね? だったら一日くらい――いいえ、半日だけでも自由な時間とれますよねっ?」

 

「そりゃあ取れるけどさ。これが任務だって分かってるのか?」

 

「もちろんですっ! あくまで帰りにですよ、帰り。ね、行きましょうよ提督~」

 

「はぁ……。公私の区別はしっかりしなさい。いい加減にしないと怒――」

 

「まぁまぁ、そうカッカせんと。実は、うちもお願いがあるんやけど」

 

「んあ?」

 

 

 肩を叩かれ、降ってくる声に顔を上げれば、龍驤が逆さまの顔でニカッと笑っている。……嫌な予感。

 

 

「あんな、タコ()うて欲しいんよ」

 

「タコ? なんで?」

 

「そらもちろん、食べるために決まっとるやん。ほら、佐島のタコってやっぱ高いやろ。

 こっちならぎょうさん漁れるみたいやから、きっと安いでっ。ほんで、横須賀に帰ったら黒潮とたこ焼きパーティーするんや! みんなにも食べさしたるから、な?

 ちょっち調べたんやけど、根室の落石漁港なら帰りに寄れるし、ついでにカニとかウニとかもお土産にしてさ。な、な?」

 

「……二人とも。本気で怒るぞ。自分たちは重要な任務を託されてここに来てるんだ。出発したのが横須賀なら、そこへ無事に帰るまでが任務。遊ぶのはまた今度だ」

 

「んなケチくさい、ええやんかちょっとくらい~」

 

「そうですよ~。こんなに遠出する機会なんて、次また巡ってくるのはいつか分からないんですから。ね?」

 

「うっ」

 

 

 重要なことかと思えば、実際はただのおねだり。

 さすがに叱るべきだと声を固くするが、二の腕のあたりにそれと反比例するような柔らかさ。いつの間にやら、腕を抱え込まれていた。

 やばい。やっこい。あったかい。天龍と並ぶか、それ以上の逸材だぞ、これ……!

 だがしかし! 桐生提督の見ている前でだらしない顔はダメだ。自分だって、二つ名こそないけど“桐”の一柱。色仕掛けなんぞに屈するものかよっ。

 

 

「だ、ダメだって言ってるだろうっ。それに、ミュージアムの方は団体で予約しなきゃ無理って書いてあるじゃないか。諦めなさい」

 

「そこはほら、提督のお力でなんとか。横須賀では手に入らない、限定の大吟醸とか売ってますよ。炙ってお醤油かけたタコ足をツマミに、きゅーっと。どうですか? お酌もしますから~」

 

「く、ぅ……っ、それ、は……っ」

 

 

 待て待て待て。考えるな、想像するな、思い描くな。

 七輪の上で丸くちぢれた、タコの焼ける匂いを。

 熱さにハフハフ言いながら、キンキンに冷やした日本酒でそれを鎮める快感を。

 あぁぁ、なんて効果的な精神攻撃……! 職権濫用とかいけないのに、屈してしまいそうだ……!

 そして身体を揺らすのもやめてお願い。さっきから腕が気持ち良くて変な気分になりそうなんです。

 

 

「……だ、ダメ、もう我慢できない! ちょっと提督っ、いくらなんでもお姉とくっつき過ぎよっ、離れなさいー!」

 

「千代田? おわっ」

 

 

 突然な千代田の声に、「そういえば妙に大人しかったな」などと思っていたら、千歳の反対側へドスンと座り、空いていた腕を引っ張る彼女。

 顔には嫉妬の表情がありありと浮かんで、掴まれた部分は痛いくらいに握られている。どんだけ姉のことが好きなんだ。

 が、向かう先に待っているのは、やはりポユンとした柔らかさ。

 どうしよう、ほどくにほどけない。というかほどきたくない。あぁ、ごめんな電。自分は弱い男だよ……。

 

 

「提督には電ちゃんが居るんだから、他の女の子にデレデレしちゃダメでしょ? お姉も油断しちゃダメ! 男は狼なんだからっ。

 それと、お姉のお願いは聞いてあげて下さいっ。なんだったらワタシたち二人で行ってきますから!」

 

「い、いや、あのな千代田。離れろって言っても、やってることが千歳と同じ……」

 

「それもいいけど、せっかくなんだから、みんなで一緒するのも楽しいんじゃないかしら。

 提督、千代田も行きたがってるみたいですし、本当にお願いします。千歳、一生のお願いですっ!」

 

「うちのお願いも忘れたらあかんで~? うりうり~。どや、後頭部が幸せやろ~」

 

「は? ただ頭を抱えてるだけじゃないか。というか、なんか硬いものが当たって痛いんだけど」

 

「よぉし、ええ度胸や。昇天さしたる」

 

「ぎゅぐ!? ぢょ、り゛ゅうじょ……!?」

 

 

 頬に添えられていた手が首へとすべり、流れるような動きでスリーパーホールド。

 マズい、綺麗に入ったっ。本気で苦しい、早く振りほどかないと……!

 あ。だけど、そうしたら両腕のパラダイス状態まで解除されて……。ちくしょうっ、天国と地獄を同時に味わうとはこのことかっ。

 

 

「提督~。お願いですから~」

 

「だからお姉、ダメだってばっ。仲良くするだけならいいけど、くっつくのはダメなのー!」

 

「硬いとかなんとかほざいとったけど、うちの聞き間違いやよね? ほれ、なんか言うてみい」

 

 

 左右から引っ張られ、首には腕を巻きつけられ。

 絶妙な心地よさと息苦しさの間で、自分は苦悩する。

 生きるべきか、死ぬべきか(酸素か、ぷにゅぷにゅか)。それが問題だ、と。

 

 ……っていうか、首しまってるから何か言いたくても言えへんわい!

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

(何の冗談だ、これは)

 

 

 繰り広げられる寸劇を前に、桐生はぎこちない笑みで動揺を隠す。

 絶対服従を是とし、ただ機械的に命令をこなすはずの統制人格。彼女たちが意思を宿したとしても、その大前提は覆らない。人間を傷つけるなどもってのほか。

 それがどうだ。戯れとはいえ、統制人格が主である能力者を攻撃している。

 衝撃的だった。

 

 

(そもそも、本当にクグツなのか? これじゃあまるで――)

 

 

 ――人間にしか、見えない。

 

 桐生自身、一隻のみだが感情持ちを有している。が、どこそこへ行きたい、欲しいものがあるなど、一度たりとも言われたことがない。これほど表情豊かな存在でもなかった。

 言葉をかければ返事をする。見つめれば微笑むし、被弾すれば痛みにゆがむこともある。普通の統制人格は返事すらしないのだから、絶大な進歩だ。

 しかし、これらはあくまで附属的な機能だと思っていた。人間の思考をエミュレートする上で発生した副産物であると。

 人間と統制人格との見えない違いは、それを当然と思わせるほど大きかった。彼女たちと初めて対面した瞬間、目を奪われてしまうくらいには。

 

 

「申し訳ありません、桐生提督。騒がしくしてしまいまして」

 

「……いつも、このような……?」

 

「流石にこのような無礼は。今日はとりわけて、でしょうか。いつにも増して大げさな気がしますね」

 

「きっと、みなさん緊張しているんですよ……。無理にはしゃいで、不安を紛らわしているのかと。どうか、あまり強くお叱りにならなずに……」

 

「そ、そんな大仰な。僕が許したのですから、頭を上げてください」

 

 

 赤城に扶桑。

 桐林提督とじゃれついている三人から離れ、こうして桐生の相手をしてくれる彼女たちも、やはり違う。

 表情や仕草はもちろん、それから伝わる気遣いの念など、霧島からは感じたことが。

 

 

(……いや、そうじゃない。霧島も確かに心を持っている。ただ、“この”統制人格に比べると分かりづらいだけで。……確かに)

 

 

 気づかれないよう、わずかに拳を握る。嫉妬していた。

 冗談半分のつもりだったが、あれは存外、桐生自身の心境を的確にあらわしていたようだ。

 能力に目覚め、わずか半年足らずで“桐”を与えられた異端児。

 演習での戦績こそ悪いものの、実戦では未だ大破すら出したことがない。使役艦船数も尋常ではない速度で増え続け、今では序列の中盤にまで食い込んでいる。

 桐生が五年かけて歩んだ道程を、彼はまばたきの間に駆け抜けていた。それこそ、反則でも犯しているように。

 

 

(意外だな。僕の中にこんな、子供染みた感情が残っていたなんて)

 

 

 苦笑。

 捨てられたと思っていた。いいや、思い込んでいたのだろう。

 動かない脚のせいで強いられた、苦渋と屈辱の日々を。あの、薄汚い泥を。

 

 

「桐生提督……? どうか、なさいましたか……?」

 

「なんでもありませんよ、扶桑さん。いやはや、賑やかで本当に羨ましい。僕も負けていられませんね」

 

 

 だが、これも悪くない。人の原動力が清らかなものでないといけないだなんて、そんなこと誰が決めた。

 悪意からでも、嫉妬からでも。

 何かを求めて奮起する理由になれば、それで構わない。

 

 

(きっとそれが、僕にこの力を与えたのだから)

 

 

 特異性で負けようと、培った技術は比べるべくもないはず。

 生まれたてのひよっこに負けるわけにはいけないのだ。今までに沈めてしまった船たちと、苦心して育て上げた霧島のために。そしてなにより、動かない足でも一人で立っているために。

 己が歪みを自覚しつつ、桐生は笑う。

 結局のところ、ただ、海の上を駆けるだけ。それだけだ。……それしか、能がないのだから。

 

 

「ところで、山城さんの姿が見えませんが、彼女はどこに? 姉妹艦ですし、貴方と似ているのでしょうね」

 

『……あ』

 

「え?」

 

 

 何の気なしにつぶやいた桐生だったが、それに対する反応は妙なもの。

 赤城はハッと周囲を見渡し、扶桑は急にオロオロしだす。

 

 

「ど、どうしましょう、赤城さん。私のすぐ後ろを歩いていたはずなのに……」

 

「また迷子になってしまったんですね。困りました……」

 

「はい? 迷子?」

 

 

 これまた、統制人格には似つかわしくない単語に、桐生が大口を開ける。

 迷うはずがないのだ。なにせ、船はコンパスが基本装備。その機能を利用できるはずなのだから。

 が、それを問おうとしても、赤城は沈痛な面持ちで額をおさえ、扶桑も右往左往するばかり。

 頼りの桐林提督はといえば、顔色を茹でダコのごとく。案外余裕そうなのが桐生の呆れを加速させる。

 

 

「何の冗談だ、これは……」

 

 

 思わず頬が引きつり、今度は口に出してしまう。

 出撃を控えているとは思えない間抜けな空気が、応接室に漂っていた。

 

 

 

 

 

「ここ、どこぉ……? 扶桑姉さまぁ……。もう提督でもいいから出てきてよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こぼれ話 紅蓮の刃?》(時系列ガン無視注意)

 

 

 

 

 

「なぁ、天龍。前から聞きたかったことがあるんだけど、いいか?」

 

「ん? なんだよ突然」

 

 

 ちゃぶ台の上に湯呑みをコトリと置きながら、自分は少し離れた位置であぐらをかく少女へ問いかける。

 手には長大な剣(っぽいもの)が握られており、目を細めてその刃を確かめていた。

 

 

「それ、艤装の一部だよな。なんでそんなのが出てくるんだ? 船に剣なんてついてないだろう」

 

「オレが知るかよ。なんか出てくるから持ってるだけだしなー」

 

「私もそうね~。意外と便利よ~。草刈りしたり、庭木の剪定したり。もうちょっと小さければ、他にも色んなことに使えるんだけど~」

 

 

 適当に答えながら鞘へおさめる天龍を見て、「そんなもんか」とお手製かりんとうをつまむ。

 隣には龍田が座っており、満足そうに甘さを堪能していた。彼女が使うのは薙刀(っぽいもの)である。

 双方とも、刃の部分が真っ赤という特徴があり、人間が振るうには重すぎる代物だった。ギックリ腰になるかと思ったよ……。

 

 

「剪定バサミ代わり……まぁいいか。けど、持ってるってことは、剣術の心得はあるんだよな」

 

「ッたり前だろ。斬鉄くらい余裕でできるぜ?」

 

「本当か? それは凄いな」

 

「天龍ちゃんスゴイのよ~。このまえ釣りに行った時なんか、フナムシに驚いてテトラポッド真っ二つにしちゃったんだから~」

 

「あっ!? おい龍田、それは秘密って!」

 

「天龍の仕業だったのかあれ。噂になってたぞ……」

 

 

 いつものように吉田中将が釣りに出た際、恐ろしく鋭利な切り口のそれが発見され、一時期話題になっていたのだ。

 下手人も分からないまま……というか、ろくに捜査すらせず置き換えてしまったらしいが、ひょっとするとバレていたのかもしれない。後で差し入れでもしなきゃ。

 

 

「だってよぉ。あのワサワサ動く足……うがぁああっ! 思い出しただけで気持ち悪りぃいいっ!」

 

「こ、こらこら、分かったから室内で剣を振り回すなっ」

 

「やっぱりそうよね~。大抵の生き物は大丈夫だけど、アレ系はちょっと~。絶滅させちゃいたいわ~」

 

 

 なにか、目に見えないものと戦う天龍に、苦笑いを浮かべながら恐ろしいことを口走る龍田。

 天龍の乙女チックな弱点はいいとして、龍田も虫は苦手か。そういえば、釣りの時もエサは練り餌だったっけ。何があるか分からないし、覚えておこう。

 ……イタズラなんてしませんよ。そんな事したら殺されるし。

 

 

「ところで、銘はあるのか。その剣」

 

「は? 銘って?」

 

「ほら、あるだろう。正宗とか来国俊とか。天龍のことだから、絶対につけてると思ってたんだけど」

 

「……お、おうっ。当然だろっ!」

 

 

 嘘だ。間違いなく嘘だ。

 だって、頭についてる耳……アンテナ? っぽい奴がめっちゃソワソワしてるし(彼女のそれは艤装を解除しても付いたままなのだ。龍田の輪っかも同じ)。

 分っかりやすいなぁ。けど、ここはもちろん気づかない振りを。

 

 

「へぇ、どんなだ? ぜひ教えてくれ」

 

「い、いや、それは……」

 

「あら~。私も聞きたいわ~。名前つけてたなんて初耳だもの~」

 

「う、え、と……」

 

 

 さすが龍田さん。分かってらっしゃる。

 すがるように助けを求める視線もなんのその。一瞬で意図をくみ、追い打ちをかけた。これなら逃げられないだろう。

 案の定、右のまぶたをピッチリ閉じ、悩み始める天龍。数分後、ようやく開かれた彼女の口からこぼれたのは――

 

 

「と、刀身が赤いから……紅蓮、とか?」

 

 

 ――という、実に適当で中二的なお名前だった。

 どう考えても今つけただろそれ。とかって言っちゃってるじゃん。

 なんて感想を飲みこみ、自分は優しく微笑む。

 

 

「そうか。紅蓮っていうのか。そうかそうか」

 

「……なんだよ。言いたいことがあんならはっきり言えよ。変な顔すんな気味悪りぃ」

 

「いやいや、格好いいじゃないか、紅蓮。な、龍田?」

 

「私もそう思うわ~。なんと言っても紅蓮だもの、紅蓮。ね~」

 

「ぐ、む……」

 

 

 それに龍田が続き、二人そろって何度も頷きあう。天龍はといえば、口をモニョモニョさせて顔も真っ赤だ。

 ちょっと可哀想な気もするけど……ダメだ、天龍をイジるの楽しい。自分で格好つけてるくせに、軽くつついただけで照れちゃうところとか、もう可愛いです。

 

 

「か、帰るっ。オレ部屋に戻る! 司令官のばーか、あほー! 釣ってきた鯛、食わしてやんねぇからなー!」

 

「鯛!? え、待ってごめん、謝るからっ、天龍ー!? ……っちゃあ、やり過ぎたか」

 

 

 まさかの獲物に追いすがろうとするも、彼女はあっという間に姿を消してしまった。

 惜しいことしたなぁ……。刺身とかお茶漬けにして食べたかった……。

 

 

「大丈夫ですよ、あとでフォローしておきますから~。でも、ちゃんと謝ってあげてくださいね~」

 

「うん、そうする」

 

 

 悲嘆にくれていると、隣からありがたい助け舟がもたらされた。

 ホント頼りになる妹さんだこと。この前の遠征――海上護衛任務も大成功だったし、懐と資材がうるおって大助かりだ。

 う~ん。感謝の意味もこめて、二人にご褒美でもあげとこうか。なにがいいだろ……。

 

 

「なぁ龍田。欲しいものってあるか? 天龍のご機嫌取りのついで……って言ったら聞こえが悪いけど、いつも頑張ってくれてるお礼にさ」

 

「あら、いいんですか~? だったら私、紫陽花の苗が欲しいわ~」

 

「紫陽花か。もうそろそろ梅雨だし、風流でいいなぁ」

 

「でしょ~。お庭の彩りがちょっとさびしいかな~と思って」

 

「分かった、用意しておくよ」

 

 

 花の苗か。普段の言動からは意外にも思えるけど、女の子なんだな、やっぱり。

 天龍には……そうだな。ぬいぐるみでも買ってあげるか。なんでか知らないけど酒保に悲しげなペンギンのやつ置いてあったし。相変わらず品揃えがカオスだ。

 

 

「ところで、知ってますか~。紫陽花からは毒が作れるんですよ~」

 

「へぇ、知らなかった。毒があったのか………………なんでこのタイミング言うの?」

 

「あ、ポットが空だわ~。お水入れてきますね~」

 

「それは助かるけど、なんで。ねぇなんで。ホントになんで?」

 

「うふふ~」

 

 

 台所へ消えようとする背中に呼びかけるが、返ってくるのは微笑のみ。……空恐ろしい気分に襲われた。

 

 なんなんだよさっきのブラックトリビア。

 毒? 花を愛でる美少女のイメージが、一瞬で夫をくびり殺す毒婦に変わっちゃったぞ。

 いや、まさかそのために欲しがったんじゃないよな。ただの雑学、だよな。使用対象は自分だったりしないよな? そうだと言ってくださいお願いします……!

 

 と、そんな思いを込めて、自分は声を張り上げる。

 祈るような気持ちで、虚空に問いかけ続けるのだった。

 

 

 

 

 

「龍田さん? どうして答えてくれないんですか? 製造法どうやって調べたんですか? 近々、暗殺のご予定でもあるんですかー? ……龍田さぁああんっ!?」

 

 

 

 

 




「一航戦、赤城。出ます!」
「山城、遅れないで……? 出撃よ……!」
「はいっ、姉さまっ。でも、この中で一番足が遅いの、私たちです……」
「それは言わないでちょうだい……。あぁ、防御力と速力が欲しいわ……」

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