新人提督と電の日々   作:七音

75 / 107
幕間 レ級、北へ

 

 

 横方向への加速圧。

 右に回頭、大きく左へ傾斜する戦艦型端末は、垂直落下にも等しい前方からの急降下爆撃を、危うい所で回避した。

 波打つように流麗かつ、シャープなシルエットをった端末の左舷後方で、立て続に水柱が六本。

 第五戦速を維持して駆け抜けると、数秒の間を置き、海が破裂した。

 

 

「――っとぉ! 危ない危ない」

 

 

 空中に吹き飛ばされた海水が、雨のように降って来る。

 甲板の上では、黒いコートを着る人影が、涼しい顔で立っていた。

 中性的な顔立ち。少女から女性への過渡期を思わせる、瑞々しい肌が合わせから覗く。

 かつては“人馬”の桐生と名乗っていた、戦艦レ級である。

 球状の深海棲艦側 航空機が、海面スレスレで機体を復原し、端末の右舷へ抜けた。六機。ディフォルメされ、内に地獄の炎を灯す頭蓋のようだ。

 横目にそれを見送りつつ、レ級はコートの水滴を払う。

 

 

「全く……。問答無用で攻撃とは、手荒い歓迎ですね」

 

『ドウ、スル……? 私ガ、間ニ……』

 

「いえいえ、お手を煩わせるまでも。良い訓練になりますよ」

 

 

 耳へ届くのは、同士であり、先達でもある空母水鬼の声だ。

 彼女は今頃、赤道近くに足を運んでいるはずだが、まるで隣――北半球のとある海域で、肩を並べているような、鮮明な音声である。

 しかし、心配性な空母水鬼の申し出を、レ級はやんわりと断った。

 これも咎のツケ。一人で乗り越えられないようでは、かつての名が廃る。

 決意を新たにしていると、遠方から近づいてくる発動機の存在を感じた。球状航空機が戻って来たのである。

 

 

「お。もう戻って来ますか、流石は特別機」

 

 

 素晴らしく旋回半径が小さい。

 今しばらくの余裕はあると踏んでいたが、やはり使役者の腕は立つようだ。人智を越えた性能も遺憾無く発揮されている。

 人類側が頻繁に目にする、一般的な深海棲艦側 航空機で使用される兵装は、大まかに分けて三つのパターンがあった。

 航空魚雷一本か、二千pond――約九百kgの爆弾一つ。

 翼下に格闘戦用の五inchロケット弾ポッド二つか、五百pond爆弾四つ。

 最後が一千pond爆弾二つのパターンである。

 対して、先ほど回避したのは二千pond爆弾に相当するだろう。

 普通であれば続けて攻撃できる訳がないのだが、そこは使役者を選ぶ特別な機体という事か。

 

 

「訓練になるとは言え、この身体が傷付くのは嫌ですからね。……抵抗させて、貰います!」

 

 

 高度を稼ぎ始める航空機を見上げ、レ級は異形の脚を肩幅に開き、気合いを入れて艤装――口の付いた尻尾を顕現させた。端末とのリンクを深くしたのである。

 同時に、彼女(かれ)は航空機へ向けて右腕を高く掲げる。すると、瞬く間に端末が姿を変異させた。

 艦橋の役割を持つ構造物と、捻れた主砲・副砲以外には何もなかったシンプルな甲板に、無数の“棘”が生えたのだ。

 

 

「可変兵装、選択【ホ・ヘ】。副砲増設、第三戦速……。一斉射!」

 

 

 一時的に速度を落とし、内包された深海棲艦の因子――軽巡、ホ級・ヘ級の中口径砲を活性化。針鼠と化した端末は、空へ向けて文字通りの弾幕を張った。

 如何なる特別機と言えど、面の攻撃に対処する事は敵わず、六機の球状航空機は爆散。墜落していく。

 これで一安心……と副砲を格納。針路を北へ戻すレ級だったが、表情はすぐさま強張る。

 目指すべき方向から、同じ球状航空機の群れが現れたからである。数は――五十八。

 

 

「ふぅ……。脚を止めたら圧殺されますか。致し方ないっ」

 

 

 やれやれ、といった風に肩を竦め、レ級は僅かに身体を低く。

 急激に加速を開始した戦艦型端末が、第四、第五と速度を上げ、艦首がやや上へ持ち上がる。

 重量配分の変化でそれを抑え込むと、今度は船体が平時より沈み込み、戦艦としては異常な第七戦速――約三十六ノットにまで到達した。

 

 球状航空機が迫るも、群れは三つのグループに分かれる。

 左右へ広がり、すれ違いながら反転。斜めから相対速度を合わせる先発組二つと、精度の低下も厭わず、真っ向勝負を挑む後発組一つ。それぞれ二十機と十八機が振り分けられている。

 炎に巻かれる頭蓋から、強い意志が発せられていた。

 クルナ……。クルナ……! と。

 

 

「そういう訳にも行かないんですよ。ちょっとした事情がありましてね」

 

 

 対するレ級の顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。

 もうじき、後発の球状航空機群とすれ違う。これを無事に突破したとして、残る二つのグループが襲ってくるだろう。

 それが分かっていても、笑顔は崩れない……どころか、楽しんでいるかのように、より深く。

 緩やかに瞼が伏せられ、そして、開いた。

 

 

「開眼、紅緋(べにひ)の位……なんちゃって」

 

 

 紫の瞳が、朱に染まる。

 刹那、戦艦型端末は赤黒い霊子力場を纏う。

 球状航空機が、口から火の塊を吐き出した。自由落下するそれは、程なく力場障壁の膜と接触。ナパーム弾のように炎を撒き散らす。

 端末の速度は上がっていた。緋色の炎に巻かれながら、第八戦速へ。

 

 すると今度は、斜め後方から航空機が襲いかかる。

 対空射撃もなく、このままでは爆撃に曝されるのを待つだけ。

 しかし、レ級の狙いはそこにあった。

 

 

「“人馬”の真骨頂……いいえ、人馬一体。戦艦レ級の真骨頂、今一度お見せ致しましょう!」

 

 

 戦艦に対しハの字を描く航空機群は、空中で交錯しないよう、タイミングをズラした爆撃が開始された。

 まずはハの一画目グループ。二時方向へ抜けながら、一斉に火の塊が落とされる。

 だが、レ級はそれと合わせて、船首に備え付けられた錨砲のうち、左舷側を海面へと撃つ。

 霊子により摩擦抵抗を極限まで低減された錨は、一瞬で水底にその身を固定した。

 グワン、と鋼鉄の軋む音。

 海面を横滑りする戦艦型端末。

 左方向へドリフトした戦艦は、見事に炎塊の雨を回避してみせた。

 

 驚いたのか、二画目グループの挙動がわずかに揺らぐも、二十機を四機ずつの小隊に分けて対処する。

 一つ目の小隊が、錨鎖を切って西北西へ逃げる戦艦に追い縋り、真後ろから爆撃を試みた。

 しかし、ここでレ級は再び副砲を増設。断続的な対空射撃を開始し、油断していた第一小隊を撃墜する。

 続く第二・第三小隊は、警戒心も露わに高度を稼ぎ、超高高度からの急降下爆撃を準備。同時に第四・第五小隊が左右の側面から接近。対空射撃の分散を狙う。

 

 

「残念。今度は後ろです。……ふっ!」

 

 

 ところが、レ級はまたしても奇抜な行動を選ぶ。

 突如として戦艦型端末が急停止。後進し始めたのである。

 隠し玉である船尾錨砲二基を後方へ射出。錨が固定されたのちに巻き上げ、回転ヒレ――スクリューも一気に逆回転させ、船体を引っ張ったのだ。

 普通の艦船には物理的に不可能であり、半分生き物である深海棲艦……それもレ級ならではの埒外挙動だった。

 虚を突かれた小隊たちは、慌てふためいているのが見て分かるほどの、ギクシャクした機動で戦艦を追うが、後進しながらの対空射撃で、鴨撃ちが如く墜落。球状航空機群は半壊した計算である。

 残っているのは、反転して北東から迫る一画目グループ。

 

 

「残るは二十機ですが……。全部落としてしまうのも大人気ないですか。うん、そろそろ詰めるとしましょう」

 

 

 油断なく空飛ぶ頭蓋を見つめていたレ級だが、ふと表情筋を緩め、端末を加速させながらしばらく北西へ進み、それから本来進むべき進路、真北へ艦首を向ける。

 瞬く間に第八戦速まで速度を上げた端末は、しかし留まる事を知らない。

 軍艦においても前人未到である四十五ノットを優に越え、その速度は実に百二十ノット。時速 二百二十二kmにまで達した。

 もちろん、レ級の戦艦型端末にここまでの速力は無い。霊子力場による摩擦抵抗の低減・浮力維持に加え、異常潮流――高速航路に乗ったのである。

 航空機とは比べるべくもないが、爆撃用意で開いていた距離が災いし、一画目グループが追いつく頃には、あるモノが水平線上に見え始めていた。

 

 かつてはキスカ島があった場所。

 人類側の観測によれば、わずかな岩礁すら無くなってしまった海域に、その円形台地はあった。

 そう、台地である。

 荒波のただ中に、巨大定規で成形されたような台地が出現していたのだ。

 高さはおよそ五十~六十m。全周数百kmはあろう側面には、わずかに傾斜がついている。

 人智の及ばぬ手段で作られたに違いない台地へと、レ級は艦首方向にある二基の主砲を向け、砲撃。

 爆発しないよう設定した砲弾は、整い過ぎた台地の平面に間違いなく突き刺さった。

 

 

「さぁ、王手です。このまま徹底抗戦するつもりなら、霊子散弾で無力化させて貰わなければなりませんが?」

 

 

 高速航路から降り、端末を右に回頭させつつ呼びかけるレ級。

 すると、前触れもなく台地が震える。

 地震ではない。台地そのものが“稼働”しているのだ。その証拠に、鏡の如く整っていた斜面全体が泡立ち始めた。

 魚卵にも見える泡が弾けると、中からは、歪んだ砲身を持つ五inch単装高射砲が姿を現す。

 乱雑に、しかし隙間無く斜面を埋め尽くされた砲は、全てがレ級へ向けられていた。

 物言わぬ台地から、濃密な戦意が漂ってくる。

 対するレ級も、不敵に微笑んだまま霊子力場を維持。一触即発の空気が漂う。

 

 そんな時である。

 突如、一機の球状航空機――先程まで飛び交っていたものとは違い、緑色の炎を宿す機体が戦場へと割り込み、周囲に思念を発した。

 

 

『モウ、止メテオケ……。味方同士デ、争ウノハ』

 

 

 レ級の脳内に響いたのは、空母水鬼の声だった。

 いや。レ級だけでなく、台地を稼働させている“彼女”にも、この声は聞こえているはずである。

 直属の上司に類する者の仲裁とあっては、従わない訳にはいかない。

 まずはレ級が霊子力場を解除。戦艦型端末も消失させる事で、戦闘放棄の意思を示す。

 静寂。

 上空を旋回する航空機と、コートのポケットに手を突っ込み、自身の尻尾へと寄り掛かるレ級。

 

 ややあって、台地をデコレーションしていた高射砲が崩壊。台地も海に沈み始める。

 奇妙な事に、あれほど巨大な質量が沈んでも、海面は穏やかなままだった。

 数分が経過すると、台地は水面下に消え去り、その上に居たと思われる人影が海へ降り立つ。

 白く、幼い少女だ。

 白い肌。白い長髪。白い袖無しのワンピースと、白いミトン。

 所々――襟元やミトンの縁、足首などに、黒い小さな四角錐を繋げた飾りを着けていて、頭部で髪留めとする二つは角の様にも。

 大きく見積もり、一百三十cmに届くかどうか。レ級と比べて頭一・五個分ほど低い。

 朱色に輝く瞳が、レ級を上に見据える。

 

 

「………………」

 

「お久し振りです。

 いえ、初めまして……と言うべきでしょうか。

 貴方はあの時、産まれていませんでしたからね。北方棲姫様」

 

 

 幼子を前に、レ級は深くこうべを垂れ、臣下の礼を尽くす。

 この童女こそ、レ級がまだ人間だった頃、キスカ島にて相討ちとなった巨大深海棲艦。人類側が呼称する所の、キスカ・タイプなのである。

 レ級の恭しい態度に、北方棲姫は花弁のような唇を開いた。

 

 

「……レ」

 

「はい? ああ、もうご存知なんですね。僕の名――」

 

「カエレ! オマエノコト、キライ!」

 

 

 ……が。

 すぐさまプクーっと頬を膨らませて、彼女はそっぽを向いてしまう。

 この世に産まれ落ちる直前……いや、産まれつつ砲火を交え、結局は産まれ直させられた相手だ。

 手荒い歓迎も、レ級を嫌うのも当然だろうけれど、まさかのお子様対応にレ級はたじろぐ。

 

 

「そ、そんなこと言わないで下さいよ……。敵対していたのは、僕がまだ人間だった頃の話で……」

 

「ウルサイ! オマエノ、オマエノ セイデ、ワタシハ……!

 コンナ……。コンナ、チンチクリン デ、マッタイラ、ナ、カラダ、ニィイィィ……ッ」

 

 

 身をかがめ、頭の位置を合わせるレ級に対し、北方棲姫がクワッと目を見開いたかと思えば、たゆん、と揺れる眼前の双丘に絶望。海面をミトンで叩きつつ咽び泣いた。

 確かにあの時、桐生≒レ級が邪魔をしなければ、北方棲姫は成人女性か、少なくとも十代半ば以降の少女を模して産まれただろう。双胴棲姫同様、サイズはともかくとして。

 ところが、実際の彼女は幼女である。紛うこと無き、幼女である。

 相討ちになったとは言え、深海棲艦の中でも特別な地位にある“姫”。

 生命力は極めて高く、完全には死ななかった事が災いし、肉体的に不完全な状態で、存在が固定されてしまったようだ。

 

 もはや産まれ直す事も、成長する事も出来ず、この星が終わるその時まで、永遠に幼女のまま。

 極々一部の倒錯した人間は、涙を流して万歳三唱しそうな状態であるが、この悲しみ様を鑑みるに、北方棲姫にとっては痛恨の痛手なのだろう。

 元凶だという自覚のあるレ級は、そんな彼女を慰めようと肩を叩く。

 

 

「悲観すること無いじゃありませんか。ほら、身体が小さければ被弾率下がりますし。

 それに、胸なんて動く時に邪魔なだけですよ? ちょっと飛び跳ねただけでも、無駄に跳ね回って痛いったら……」

 

「イヤミカ オマエッッ!?」

 

『レ級。女ノ子ガ人前デ、自分ノ オッパイ揉ンジャ駄目』

 

 

 溜め息をつき、自らの胸を揉みしだきながら、レ級は苦笑いを浮かべる。

 北方棲姫が背中に怒りの波動を宿し、上から見守っていた空母水鬼も、はしたないと彼女を窘めた。

 

 レ級は、かつて“人馬”の桐生と呼ばれていた男と、その傀儡艦である高速戦艦、霧島の統制人格とが融け合って産まれた。

 性の合一、正しき愛欲の力を説く古代インドの経典、カーマ・スートラの極致――あるいは、冒涜を体現した姿。はたまた、除災・富貴・夫婦和合・子宝の功徳を施す仏教神、歓喜天の化身か。

 いずれにせよ、故に彼女(かれ)は産まれながら、開眼を果たすだけの素地を有した存在である。

 

 ここでいう開眼とは、霊子を操る能力に目覚める事を指すが、レ級がそう呼んでいるだけであり、そもそも正式な名称はない。紅緋の位というのも、適当に雰囲気で言っただけだ。

 仏教にも同じ開眼、開眼供養という言葉が存在するが、前者は悟りを開くという意味合いを持ち、後者は仏像や仏画などを新しく作り、最後の作業として仏に眼を入れることで、その霊を宿す儀式の事である。

 また、ヒンドゥー教で最も重要とされる三大神の一柱、破壊神シヴァは、その妃、パールヴァティの悪戯によって、額に第三の眼を開いた。これは神眼とも呼ばれる。

 そして、シヴァとパールヴァティの息子である象頭人身の神、知恵と幸運を司るガネーシャは、仏教に帰依する以前の歓喜天の姿とされ、密教において歓喜天は、抱き合う男女二天として多く描かれるという。

 

 閑話休題。

 二身の融合によって誕生し、稀有な“力”も有したレ級だが、肉体のベースは霧島で、精神のベースは桐生である。所作は女性のそれでも、女としての自覚には乏しいようだ。

 それがまた腹立たしいらしく、完全におかんむり状態となってしまった北方棲姫は、背中を向けて海面に座り込んでしまった。

 

 

「トニカク カエレ! オマエト ハナスコト ナンカ、ナイ!」

 

 

 小さな背中が、「サッサと消えろ。もう来るな」と語っている。

 さっきまで巨大な陸地を操っていたというのに、取りつく島がない。

 仕方なく、レ級は残念そうな顔を浮かべつつ、尻尾の口からビニール袋入りの“ある物”を取り出した。一抱えはある大きさの紙箱だ。

 

 

「そうですか……。残念です、お土産も買って来たのに……。無駄になってしまいました」

 

「オミヤゲ……?」

 

 

 ピクリ。北方棲姫が反応を示す。ソーッと、背後の様子を伺っている。

 レ級は心の中で「フィッシュオン!」と叫び、密閉されたビニール袋を開封。ワザとらしい演技を繰り広げた。

 

 

「ああぁ。せっかく変装して岩川基地まで出向いて、芙蓉印の零戦ラジコンを買って来たのになぁー!」

 

「……ナニ? ゼロ……!?」

 

 

 四角いラジコンの箱――空を背景に飛ぶ零戦の描かれたそれを掲げ、くるくるくる~、とレ級がターン。

 北方棲姫はもう完全に振り返り、前のめりに食い付いている。

 ニヤリと見えない位置で微笑んだレ級。次はしゃがみ込み、パッケージ写真を見せつけた。

 

 

「しかも数量限定の激レア品! 日本の撃墜王、二○三空の谷水 竹雄飛曹仕様な五二型です!」

 

「ォオオ……! アタラシイ、ゼロ……!」

 

 

 目を輝かせ、北方棲姫が歓声を上げた。

 両翼と胴体に日の丸が描かれ、胴体のそれと水平尾翼の間に、星がモチーフの撃墜マーク。垂直尾翼には「03-09」と印された、零戦五二型。

 飛行時間一四二五時間、三十二機の撃墜記録を誇る日本のエース、谷水 竹雄氏が駆った機体を再現した物である。

 ちなみに、岩川基地、芙蓉印という単語は、鹿児島県大隈半島に再建された海軍航空基地、岩川基地で活動する低強度能力者の航空隊……。通称、復活の芙蓉部隊の事だ。

 かつては、本土防衛を目的として大戦末期に敷かれた基地だが、彗星を運用する芙蓉部隊は夜襲を専門に行い、昼間は滑走路に牧草を敷き詰めるなどして、牧場に偽装。終戦まで存在を隠し通した逸話がある。

 そんな旧芙蓉部隊に倣ってか、現代の芙蓉部隊も、航空支援を行わない平時には一般業務――航空機模型・ラジコンなどの販売を行っていた。

 使役妖精の協力を得て作り出される航空機は細緻を極め、今や芙蓉印のラジコンは、世界のラジコンユーザー垂涎の逸品である。

 

 貴重な品であるのも事実だが、それを知っているのか定かでない北方棲姫が、ここまで零戦ラジコンへ興味を示すのには、他にもちょっとした理由があった。

 地球上からは既に、アリューシャン列島に含まれる島々の全てが消失している。北方棲姫の二度目の誕生に際し、取り込まれたのだ。

 そして、桐生と鉾を交えた記憶が、彼女の能力決定を大きく左右する。

 “人馬”の桐生に殺されかけた。日本の軍艦に殺されかけた。

 まだ北方棲姫と成る前の“意識”は、この事を深海棲艦の知性母体から知り得て、すなわち日本という国、およびそれに属するものは敵の一種だと学習した。

 二度殺されぬ為には、日本を打倒する力……。かつて打倒した存在の力を宿さなければならない。

 そこで目をつけた――いや。本能的に模倣したのが、アリューシャン列島はウラナスカ島にあった米海空軍基地、ダッチハーバーである。

 大戦当時、龍驤と隼鷹を基幹とした部隊が、この基地を爆撃した事もあるのだが、最終的に日本軍は、北方海域から撤退せざるを得なくなった。

 

 遥か昔。

 日本軍と連合国軍がしのぎを削った島々を胎盤とし、戦争の記憶を子守唄に、今度こそ産まれ出た“姫”は、こうして自らの存在を定義した。

 深海棲艦の中でも数少ない、基地型棲艦――北方棲姫と。

 レ級に対しては使われなかったが、あの台地は膨大な数の航空機運用能力だけでなく、数千~数万の深海棲艦を産み出し続けるだけの、驚異的な生産能力も持つのである。

 さらに付け加えると、レ級がそうであるように、彼女もまた、人と似た肉体の方が主体である。つまり、北方棲姫という名前にも関わらず、北方以外の場所へ移動が可能なのだ。

 彼女が人類に対してどれだけの脅威となるのか、考えるまでもないだろう。

 

 話を戻すが、北方棲姫が取り込んだ島々の中には、アクタン島という島も含まれる。

 上記の戦いの際、龍驤から発艦した一機の零戦二一型が、この島に墜落するという最後を遂げた。

 比較的損傷の少なかった機体は、米軍によって鹵獲。徹底的に研究され尽くし、零戦の弱点を丸裸にしたという。

 この「アクタン・ゼロ」と名付けられた機体に関する歴史が、彼女の中で零戦への固執となり、零戦ラジコンに目を輝かすという、可愛らしい個性を作り上げたのだ……と、思われる。

 無駄に長くなってしまったが、とにかく北方棲姫は零戦が好きだ、という事実を覚えて貰えれば良い。

 

 さてさて。

 このような事情を、空母水鬼から事前に聞いていたレ級は、万が一に備えて零戦型ラジコンを用意していたのだった。

 サングラスとマスクを着け、ダボっとしたズボンを履いて岩川基地に行ったのも本人である。

 ワクワクした顔で覗き込んでいる姿を見るに、効果覿面なのは明らか。

 ……なのだけれども、あえてレ級は北方棲姫にお預けを食らわせた。

 

 

「ですが、話すら聞いて貰えないんじゃ、渡す事も出来ませんし……」

 

「エッ。ァ、アノ……」

 

「いいえ、もう持っていても邪魔ですね。一思いに捨ててしまいましょう。あそーれ不法投棄ー!」

 

「アッ!? ダメェ!!」

 

 

 悲しそうな表情を作って、戸惑う北方棲姫から一歩二歩。

 振り返ったレ級は、まばゆい笑顔でラジコンの箱を全力投擲した。

 と言っても形だけで、距離はせいぜい四~五m。北方棲姫がダイビングキャッチに成功する。

 はふぅ、と溜め息をついた彼女は、箱を頭上に怒り心頭だ。

 

 

「バ、バカモノ! コンナモノ ステタラ、ウミガ ヨゴレル ジャナイカ!」

 

「これは失敬。浅慮でした。でも、どうしましょう? 僕は所有権を放棄してしまいましたし、拾った方の物になるんでしょうか」

 

「……ソ、ソウ、ナノ?」

 

「でしょうね。捨てちゃいましたので」

 

「ソッカ……。ソウナンダ……」

 

 

 とりあえず謝って見せるレ級だが、すぐさまラジコンの方に話を逸らす。

 不法投棄は当然罰せられる行為であり、許可を持たない者がそれを無断で回収する事も違法行為である。

 しかし、産まれて間も無い北方棲姫は世間に疎いようで、レ級の口車にまんまと乗せられていく。

 

 

「僕は興味がありませんし、どうせですから、取っておいたらいかがですか? 海を汚しちゃいけませんよね」

 

「……ダナ! ウミヲ ヨゴスノハ、ダメダカラナ!」

 

 

 ドヤ顔を浮かべ、北方棲姫が「ゼーロー♪」と歌いながら駆け回る。最後まで、受け取って貰う為の方便に気付かぬまま。

 一度は殺し合った二人だが、これから長い付き合いになるのだ。関係改善の第一歩としては、まずまずだろう。

 まぁ、御機嫌取りはオマケであり、本来の目的は別にあるのだけれど。

 そろそろ達成する頃合いだと、レ級はタイミングを見計らい、北方棲姫へ話しかけた。

 

 

「ところで、物は相談なんですが……」

 

「ン? ナンダ?」

 

「はい。貴方の支配する海域で、ちょっとした演習を実施させて欲しいんです」

 

「エンシュウ……? フーン……」

 

 

 小さな陸地を出現させ、その上で箱を開封する北方棲姫。

 目が完全に取説熟読モードだが、一応話は聞いているようだ。

 レ級が彼女の対面へ移動し、さらに続ける。

 

 

「僕はこの通り、“成り立て”ですから。

 皆さんの足を引っ張らないよう、もっと躯体に馴れておきたいんです。

 しかし、普通の傀儡艦では相手になりませんし、通常海域での訓練戦闘を見られる訳にも……」

 

「ナルホド、ソレデカ」

 

 

 基本的に深海棲艦は、訓練や練習などに準ずる行為を行わない。

 そんな事をせずとも、知性母体から行動ルーチンをダウンロードすれば、状況に応じて適切な行動を取れるのだから。

 上位種になると事情は変わってくるが、わざわざ演習などを行わないという点では同じだ。

 けれども、元が人間であるレ級の場合、そうは行かない。

 今まで統制人格を通じて制御していた物が、自らの手足と同じ感覚で扱えるようになった。

 これはつまり、コンピューターに数値を打ち込んで行っていた作業を、いきなり手作業で行わなければならなくなったに等しいのだ。

 簡単になる部分と、難しくなる部分。両方出てくるに違いないが、それを把握するにも、まず経験を積まねば。

 

 しかし、人類側の船を相手とするには時期が早く、かといって通常海域で訓練を行ったら、深海棲艦同士が戦っている所を、衛星などで捕捉される可能性がある。とても宜しくない。

 そこで出番となるのが、広範囲にわたる環境操作能力を持つ“姫”なのだ。

 北方棲姫の場合、小さな身体に北方海域全ての情報を内包しており、それを強く意識することで、周辺環境を変化させる事ができる。これには電子的視界への欺瞞効果も含まれていた。

 彼女はこの能力に長けており、故に人類は北方海域の現状を知り得ないのである。

 その支配する海域であれば、どれだけ派手な事をしても問題ないだろう。

 

 ……と、いう訳で。

 安心安全な場所で特訓させて貰うために、はるばるレ級は北方海域までやって来たのだ。

 北方棲姫は、仕方がない奴だなぁ、的な雰囲気を出しつつ、鷹揚に頷いた。

 

 

「ワカッタ。キョウハ キブンガ イイ。トクベツニ、ワタシガ マモッテヤロウ ジャナイカ」

 

「助かります。あ、これ保証書です。箱もきちんと、大事に保存しておいて下さいね。プレミア付きますから。では……」

 

「ア、ウン。ワカッタ。ダイジニ スル………………ハッ!? コ、コンカイダケ、ダカラナ! モウ クルナヨ!?」

 

「はーい。失礼しまーす」

 

 

 快諾を得られた事で、レ級の顔にも笑みが浮かぶ。

 最後に、一枚の紙と注意事項を言い残し、彼女(かれ)は立ち去った。

 北方棲姫も、一旦素直に受け取るのだが、そうしてしまったが悔しいようで、怒鳴り声をコートの背中に返す。

 疎んじられているはずのレ級は、けれど楽しげに手を振り返し、今度こそ立ち去っていく。

 滑るような足並みの背後から、微かなモーターの駆動音が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ん~、ん~ん~ん~んん~ん~、ん~ん~ん~、んん~」

 

 

 北方棲姫と別れてから数時間。

 鼻歌を唄いながら、レ級がステップを踏んでいる。

 右脚で大きく一歩。揃えた左脚を浮かせ、その場で半回転。左脚で強く海面を蹴り、後ろ向きに数歩の距離で着地、また半回転。デタラメなリズムを蹄が刻む。

 周囲に視界を遮るものはなく、一面の青の世界で、異形の少女が軽やかに踊る。

 その本性を知らぬ人間が見れば、幻想的にも思えるだろう光景だった。

 

 

(自分の脚で歩くって、やっぱり楽しいな)

 

 

 身体と同じように、レ級の心は弾んでいた。

 人間のそれとは少々……。かなり形が違うけれど、自由に脚を動かせるというだけで、年甲斐も無くウキウキしてしまう。

 太腿を持ち上げる時の、筋肉への負担。

 関節を曲げ、狙った所に脚を置く難しさ。

 大地と海面を踏みしめる、感触の違い。

 その全てが、レ級の世界を色鮮やかに染め上げるのだ。

 

 

「ふん、ふん、ふふん、ふん。ふっ、はっ、とうっ」

 

 

 ついには、単なるステップから跳躍、全力疾走、側転バク転バク宙へ発展。縦横無尽に海上を走る。

 三回転ひねりの着地を決めた時などは、誰も見ていないというのに、体操選手の如きポーズをしつつドヤ顔まで。いや、誰も見ていないからこそだろう。

 こんな姿、誰かに見られたとしたら……。

 

 

「……何ヲ、シテイル?」

 

「ほわぁ!?」

 

 

 背後からの声に、思わずつんのめるレ級。

 どうにか転ばずに振り向くと、そこには黒いセーラー服の少女――空母水鬼が立っていた。

 心底不思議そうな顔で、小首を傾げている。

 今までと違う箇所を探すならば、虚ろに口を開けていた左眼が、刀の鍔を模した眼帯で隠されている所か。

 その遥か後方には、ポツリポツリと、小さな艦影が幾つもあった。

 

 

「な、なんだ、貴方ですか。到着してるなら声を掛け……たんですね、はい……」

 

 

 若干頬を染めたレ級は、特に汚れてもいないコートの露を払う仕草。流石に恥ずかしかったらしい。

 珍しく微笑んだ空母水鬼が、彼女(かれ)の隣へ並ぶ。

 

 

「随分ト、楽シソウダッタ」

 

「ゔ。そ、それはまぁ……。二十年来の願いが叶ったわけですしね。楽しいというか、嬉しいですよ、もちろん」

 

 

 バツが悪そうに頬を掻いた後、レ級は自身の脚を撫でる。

 人として持ち得た脚は歩く事に用を為さず、それが“彼”にとって最大の劣等感だった。

 預けられた施設で善人に囲まれても、能力に目覚めてエリート街道を進み始めても、“出来損ない”と背を向けられた記憶は消えなかった。

 脚を機械に置き換えようと考えた事もあったが、故 吉田と同じく、原因不明の人工インプラントへのアレルギー症状――サイバー義肢嫌悪症まで持ち合わせては、どうしようも無い。

 しかし今、彼女(かれ)は自らの脚を使い、歩くことが出来る。

 全ては“彼女”の……。その身を捧げてくれた、霧島のおかげ。だからレ級は、この身体が愛おしくて仕方がないのだ。

 揺れると痛かったり、ちょっとした不便はあるものの、これは間違いなく二人の、愛の結晶なのだから。

 心臓が一拍、やけに強く脈打った。

 

 

「……あ」

 

「ドウシタ……?」

 

「ああいえ、霧島が……。あの子も、喜んでくれているみたいで」

 

「……ソウカ。羨マシイ、ナ」

 

 

 感じる温かさに、レ級は自然と微笑む。

 この躯体を支配するのは、かつて桐生と呼ばれていた“彼”だが、“彼女”の意思は消えることなく、この躯体を満たしてくれる。

 最早、手を重ねる事も、言葉を交わす事も叶わないけれど、決して離れる事はない。

 歪んでいるように見えようとも、これが二人の形なのだ。それを選べなかった空母水鬼には、眩しく思えた。

 

 しかし、いつまでも立ち話をしていては、油を売っているも同然。

 めい一杯に背伸びしたレ級が、「さて」と気を取り直す。

 

 

「本題に入りましょうか。例の方は連れて来て頂けましたか?」

 

「アア。ソコニ居ル」

 

 

 問われた空母水鬼が、右後方を振り返る。

 すると、穏やかだった海面から、四つ目の奇怪な生物――を模した頭部外装を被る、一人の女が顔を出した。

 上半身しか確認できないが、恐ろしく長いと思われる黒髪を身体に纏わせ、男であれば垂涎必至の、豊満なスタイルを隠している。青い瞳は虚ろだが、必要となればそれは黄金色に染まるだろう。

 深海棲艦、潜水 ソ級 旗艦種。これが彼女の名前だ。

 北方にも潜水級は存在するのだが、その多くは選良種止まり。北方棲姫の生産する艦船も同様であるため、空母水鬼がわざわざ南方から連れてきたのである。

 レ級は脚部を折り畳み、頭の高さを合わせた。

 

 

「初めまして。戦艦レ級と申します。以後お見知り置きを。本日は、折り入ってご相談がありまして……」

 

 

 丁寧な挨拶に、ソ級もペコリも頭を下げた。

 雑級種の彼女だが、霊子受容性が高い――感受性が高いとも言い換えられる――旗艦種は、個々に知性の芽生えがあるため、こうした反応を返せるのである。

 知能レベル的にはまだ子供ほどでも、いつかは昇華も可能な相手。レ級は慇懃な態度で敬意を払う。

 

 

「知性母体からの情報で御存知と思いますが、僕は色々な船の特徴を複合化した、新機軸の端末を保有しています。

 豊富な攻撃手段と火力、弩級戦艦の防御力、その上で駆逐艦以上の速力。“鬼”にも負けない自信がありますっ。

 ……が、手放しには褒められない、欠点――というか、習性? みたいな部分もあって、困ってるんです……」

 

 

 困り顔で腕を組むレ級に、そうなんだー、といった感じで小首を傾げるソ級。

 身体は肉感的なのだが、妙に仕草があどけなく、アンバランスさが強調されていた。

 深海棲艦側の潜水艦は、人類側の潜水艦よりも耐久性に優れ、酸素魚雷に負けず劣らずな雷撃力を持つ。

 弱点と言えば、やはり水上艦型に比べると脆く、雷撃しかまともな攻撃手段が存在しない事、だろうか。

 

 それに引き換え、レ級の戦艦型端末には、弱点らしき弱点など無いように思える。

 耐久性と攻撃力はもちろん、レ級固有の常軌を逸した機動力に、爆撃機でのアウトレンジ攻撃。

 防空能力も決して低くはなく、走攻守の揃った完璧な戦艦だ。どこぞのイタリア戦艦のように航続距離が短い訳でもない。

 そんな彼女(かれ)が言う欠点とは、一体いかなる物なのか。

 

 

「実は僕、潜水艦を見ると……」

 

 

 言い辛いのか、単に勿体振りたいのか。とにかくレ級は溜めを作る。

 ゴクリ。ソ級も唾を飲み込み、空母水鬼だけが我関せずと枝毛を探していた。

 微妙な緊張感が漂う中、レ級の語った言葉は……。

 

 

「……対潜攻撃、したくなるんです。無性に」

 

 

 ソ級を急速潜行させた。

 

 

「あっ!? 待って、待って下さいっ、攻撃なんてしませんから! 爆弾落としたりしませんからぁ! ソ級さんカームバーーーック!!」

 

 

 スーッと音もなく潜行したソ級へ、レ級が四つん這いになり呼び掛ける。

 必死さはなんとか伝わったようで、また音もなく戻ってくる彼女だったが、身体はプルプルと震えていた。

 目尻には大粒の涙が溜まり、身を庇うように己を抱きしめ、イジメない? 本当に? ソ級沈まない? と、怯えた表情で訴えている。

 誤解を恐れずに表現するなら、言葉巧みに路地裏へ連れ込まれて身包み剥がされた、顔は地味目でもボディラインの主張が激しいグラビアアイドル……といった所であろう。

 十八歳未満は閲覧禁止な展開が繰り広げられそうだが、あくまで例えである。悪しからず。

 

 それはさて置き、ソ級が怯えるのも至極当然だ。

 レ級の使う艦載機――仮称 飛び魚艦爆は、文字通り飛び魚に似たフォルムが特徴なのだが、搭載される爆弾も特別製であり、質量・運動エネルギーで装甲を貫いたのち、敵艦内部で無数の小型爆弾を散布するという仕様である。

 通常爆撃の威力はもちろん、空中で散布するよう設定すれば、対潜攻撃にも素晴らしい効果を発揮する。知性母体から与えられたこの情報が、ソ級に身の危険を感じさせているのだ。

 それを察したレ級は、拳を握って「ご安心を!」と力説した。

 

 

「今回の演習は、この悪癖を治すために行うんですから。大丈夫ですっ。

 ソ級さんへ攻撃が行かないよう、空母水鬼さんがしっかり守ってくれますので。ね?」

 

「……ン。安心、シロ」

 

 

 引き合いに出された空母水鬼も、枝毛の駆逐を中止して頷く。

 訓練と言うからには、戦闘には飛び魚艦爆を使用するわけだが、その周囲を空母水鬼の艦載機が取り巻く予定なのである。

 こうしておけば、つい対潜攻撃をしそうになった艦爆の行動を妨害。レ級にお仕置きも出来る。万が一にも、ソ級へ攻撃が向く事はないのだ。

 ちなみに、標的とするのは統制人格の宿らない水上艦――人類側の無人艦船だ。動かないのは退屈だが、犠牲になる命も存在しないので、そういった意味では安心である。

 

 

「……という訳で。ソ級さんには、標的艦隊の間をウロチョロして貰って、僕の注意を適度に引きつけて欲しいんです。

 僕は潜水艦である貴方を無視し、水上艦への攻撃を継続して行えるよう、頑張りますので。

 あ、僕が霊子誘導体を務めますから、力場障壁も使い放題ですし。お願いできませんか?」

 

 

 レ級の懇願に、ソ級は悩む。

 一歩間違えれば大損害を被る可能性は捨てきれないが、安全への配慮も理解できた。

 力場障壁を併用しながらであれば、まず轟沈は避けられるだろう。それに、ここまで頼み込まれて断るのも、後味が悪い。

 承諾することを決めたソ級が、いいよ、と頷いて見せる。

 

 

「良かった……。それでは、本日はよろしくお願い致します」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろしたレ級が、改めて頭を下げる。ソ級も、こちらこそ、と同じように。

 潜行しながら離れていく彼女の姿が見えなくなれば、わずかに海が震え始めた。

 程なく、海中から剣が飛び出す。いや、剣のように鋭利な艦影の潜水級が、急速浮上したのだ。

 同化しているようで、今まで話していたソ級の姿は見えない。それでも船体からは、がんばるね、という思念が飛んで来た。

 レ級は「よろしくー」と手を振り返し、気合い一閃。再構築した戦艦型端末を、背後百mほどに出現させる。

 突如として出現した大質量体が、四万トン近い海水を押しのけた。

 

 

「じゃあ、空母水鬼さん」

 

「アア……。ソ級ヘ意識ガ向イタラ、容赦無ク爆弾ヲ落トス。ソノ ツモリデ、居ロ」

 

「了解です」

 

 

 うねる波に身体を上下させながら、自らの端末へ向かうレ級。

 その後ろ姿を見送りつつ、空母水鬼も意識を集中する。

 向ける先は、空で待機させていた球状艦載機群。高度を降ろし、戦艦型端末を目視する距離へ。

 一回の跳躍で甲板に飛び乗ったレ級が、艦橋の更に上まで登って行く。

 そして彼女(かれ)は、己の胸に手を置き、小さく呟いた。

 

 

「僕はここに居る。貴方も、ここに居る。一緒に強くなりましょう。また、最初から」

 

 

 端末の発動機が唸りを上げた。まるで、返事をするかのように。

 レ級は儚く微笑み、脚を踏み出す感覚をイメージ。

 遮る物のない、一面の青の世界で。戦艦レ級が、新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

「……水鬼さん」

 

「………………」

 

「確かに爆弾落とすとは言われました」

 

「……スマナイ」

 

「でもですね。何も僕の頭にピンポイント爆撃するこたぁ無いんじゃありません!? 本気で死ぬかと思いましたよ!?」

 

「……ダカラ、ゴメン……ツイ……」

 

「これがゴメンで済んだら警察なんて要らないんですっ! どうすんですかこのアフロヘアー!?」

 

「……似合ッテル、ゾ?」

 

「う・れ・し・く、なぁぁあああいっ!!!!!!」

 

(ケンカしないで……と、ソ級がオロオロしている)

 

 

 

 

 




「ん~……っかぁ。ようやく、アタシらの出番だってねっ」
「そのようだ。雪風にも負けぬ我が戦歴、伊達ではないぞ」
「うんうん。気張っちゃるけぇ、うちらにぜ~んぶ任しとき!」
「……と、いう訳で。第十七駆逐隊、初のお目見えとなります。もう少しだけ、待っていて下さい」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告