新人提督と電の日々   作:七音

69 / 107
新人提督と約束された痛み・中編

 

 

 

 同じ頃。一階部分の捜索を手早く終え、地下に潜った第二班もまた、戦闘状態にあった。

 

 

「ふふん、おっそーいっ!」

 

 

 行く手を三台の自動砲台が遮る中、島風は、銃弾乱れ舞う明るい通路を走る。

 小刻みに揺れる動き。

 優秀過ぎる射撃ソフトが予測軌道を計算するも、追いつかない。全く見当違いな場所へ弾を飛ばすばかり。

 加えて、高い負荷の掛かったFCSは、壁走りで通り過ぎた島風に続く、木曾の姿を捉えきれなかった。

 銃身を向けようとした時点で遅過ぎる。ダマスカス刀が左の一台を右上から袈裟懸けに叩き、勢いを殺さず右の二台目を左へ薙ぐ。

 少し奥まった最後の一台には、踏み込みが足りないか。しかし、木曾は身を屈めるだけだった。

 彼女へ照準をつけようとする三台目。けれど、カメラが三人目の少女を補足する。

 木曾の背中を飛び越え、白いスカートが翻るのも構わず、飛び蹴りを放つ摩耶。その眩しい太ももと靴底を最後に、自動砲台たちは沈黙した。

 

 

「……チッ、思っていたより身体が振られる。重過ぎるのか? もっと細身で、鋭く……」

 

「なぁにブツクサ言ってんだよ、勝ちは勝ちだろ。やったな、島風!」

 

「えっへへー。速さでは誰にも負けないもんねっ」

 

 

 想像していたのと使い勝手が違い、木曾はダマスカス刀を戻しながら顔をしかめている。

 全力で叩きつけても、欠けたりヒビが入らないどころか、歪みすら出ないのは流石だが、艤装状態の木曾が振るっても軸が僅かに振れるのだ。もっと他に、木曾に合う戦い方があるのかも知れない。

 島風と摩耶はハイタッチして得意気である。

 自らの速度を余す所無く活かし、自動照準を狂わせる島風。もうとにかく鬱憤を晴らせてスッキリしている摩耶。案外、相性は良いようだ。

 

 

「でも、どうなってるんでしょうか、この館。“アレ”は出ませんけど、夕張さんの持ってるホラーゲームみたいです。雪風、あのゲーム苦手です……」

 

「全くデス。Grotesqueなのは勘弁ネ。まぁ、ワザワザKeyを探す暇なんてNothing.立ち塞がるEnemyも、Lockの掛かったDoorもブチ破りまショー!」

 

 

 残る第二班のメンバー……雪風、金剛たちが三人と合流。再び脚を動かす。

 現在、彼女たちは地下一階を進んでいる。

 上階では手間を惜しんで明かりを点けなかったが、地下のフロアはセンサーで点灯してくれた。通り過ぎてきた街とは違い、自家発電装置が生きていたか、時間が経って復旧したのだろう。

 一階に大した施設はなく、トイレや厨房、応接室などがあるばかり。しかし地下に降りた途端、シックな装いだった内装は近代的となり、各扉も頑丈な合金製に変化した。

 中の設備も、いかにもな電子機器や保管用ケージ、得体の知れない培養タンクなど、不気味さの様相まで変わってきているのだ。

 雷と村雨が、どこか不安そうな顔で周囲に気を配る。

 

 

「……妙高さんたちの報告にあった、同じ顔の兵士、出てこないわね。その方が良いんだけど、不気味だわ……」

 

「そうよね……。これだけの研究設備、一体どれだけの命を冒涜したのかしら」

 

 

 強襲部隊がこの館へ突入してからというもの、遭遇したのは全てが無機物であった。

 拉致の際に姿を見せた人間――いや、クローン兵士は、一人たりとも存在を確認できていない。

 今までの部屋の雰囲気から考えると、この階かもっと下に、彼らの“生産工場”があっておかしくないのだ。それがより薄気味悪さを加速させる。

 

 

「……? 皆さん、ちょっと静かにして欲しいのです……っ」

 

 

 ふと、電が立ち止まった。

 言われた通りに皆が声を潜めると、通路の奥から、かすかに聞こえてくる音が。

 

 ――ヒタ、ヒタヒタ、ヒタ、ヒタ。

 

 まるで、素足の人間が歩いているような音。鎖の擦れるような音も混じっていた。

 だが、リズムが少々おかしい。一定間隔ではなく、フラフラと覚束ない足取りであると分かる。発生源は、左へ曲がる角の向こう。

 まさかとは思いつつ、雪風が顔を青くした。摩耶、金剛も砲を構える。

 そのまま、十秒。

 

 

(なんか、ものすっっっっっごく、遅いね……。ムズムズする……)

 

(噂をすれば影が差す、か。対人戦なら、俺が出た方が)

 

(……待って下さいっ。この、足音……)

 

 

 島風がなんとも場違いな感想を述べ、木曾がダマスカス刀を腰溜めに進み出ようと、一歩を踏み出す。

 しかし、その動きをまたも電が制した。

 この足音、彼女には聞き覚えがあったのだ。いつもと様子は違うけれど、半年近く前――まだ彼と二人きりだった頃に、幾度となく聞いた足音だ。

 確実にそうだと言える自信は無かったが……信じたかった。

 

 誘われるように、電は歩き始める。

 コツン、という革靴の音と、素足の足音が交互に。やがて、足音は曲がり角のすぐ側へと差し掛かった。

 緊張に顔を強張らせる電。信じて見守る皆が生唾を飲み込む。

 

 ゆっくりと、足跡の主が姿を見せ始めた。

 角に添えられる手。

 緑色の、薄手のズボンを履いた素足。

 ――そして。

 焦がれるように求めていた、とても懐かしく感じる、彼の横顔。

 

 

「司令官さん!」

 

「……い、なづ、ま……?」

 

 

 弾かれるように電が駆け寄り、その人物――桐林の身体へ抱きつく。

 バランスを崩し、尻餅をついた彼の後ろには、数台の自動砲台が存在した。が、動く気配はない。

 もっとも、電はそれに気付いておらず、ただただ、震える手で入院着の背中を握りしめ、顔を何度も擦り付ける。

 

 

「司令官さん、司令官さん、司令官、さん……っ」

 

「……みんな。来て、くれたのか……。うぐ」

 

「テートク!? ああそんな、眼が……!」

 

 

 電の背を撫でる桐林に、皆は大急ぎで駆けつける。

 意外……でもないだろうが、最も速かったのは島風ではなく、金剛だった。

 桐林の傍らへ膝をつき、痛みに顔を引きつらせる姿を見て、思わず涙を浮かべている。

 彼の顔には、大きな裂傷があった。塞がってはいるが、まばらな深さの生々しい傷痕が、唇や頬、閉じられた左眼の上を走って。

 雪風と霞の証言から覚悟していたけれど、実際に見ると痛ましいという他にない。

 

 

「なんだよ、一人で脱出してたのか。結構やるじゃん、提督。あたしらの来た意味無かったな」

 

「脱出……。いや、よく分からないんだ。気が付いた時には、もう拘束が解かれてて。とにかく逃げようと、歩き回ってただけ……だと思う」

 

「あん? なんだそりゃ。訳分かんねぇんだけど」

 

「……自分にも、何がなんだか……」

 

 

 沈痛な雰囲気を変えるためか、摩耶があえて軽い調子で話しかけるが、返事は要領を得ない。どうやら、彼自身も現状を把握していないようだ。

 桐林の手足を見てみれば、千切れた鎖の繋がるバンドが嵌められていた。

 拘束されていたのは確かであろうが、ならば今、どうして自由の身になっているのだろうか。少々腑に落ちない。

 

 ともあれ、作戦の主目的は達成された。留意すべき点はあるが、他の面々も安堵で口元を緩ませている。

 けれど、無事に帰還してこそ、この作戦は完全に終了する。

 いち早く警戒状態に戻った村雨と雪風は、まず、沈黙を守る自動砲台を調べ始めた。

 

 

「なにかしら、この砲台。急に動きが止まった……?」

 

「まるで、司令を……。ううん、雪風の考え過ぎ、ですよね……」

 

 

 今まで、問答無用に銃弾を放ってきた自動砲台だが、村雨がカメラを覗き込んでも、雪風が銃身をつついても、全く反応しない。機能停止したようだ。

 これではまるで、桐林を守ろうとしていたようにも見える。

 貴重な人材、そのように設定されていたとしても変ではないけれど、だとしたら急に機能を停止したのは何故なのか。

 わからない事だらけだが、しかし、この場に留まるのは不味い。

 桐林の身体を気遣いつつ、雷がそれを示す。

 

 

「司令官? 疲れてるだろうけど、今はゆっくりしていられないの。動ける?」

 

「平気だ、問題ない……。心配かけて、ゴメンな。雷」

 

「……う、ううん。良いの。私は全然、なんともない……から……っ」

 

 

 左手で雷の頭を撫で、微笑む桐林。

 痛みがあるのか、それは左右非対称になっていて、疲労が色濃く現れている。

 だというのに、感じる温もりが普段通りで、涙を誘う。

 

 

「電、離れてくれるか。立たないと」

 

「……あっ、はい。ごめんなさい、私……」

 

「良いから良いから、な。……ぅおっと」

 

 

 立ち上がろうとする桐林だったが、中腰になった所でフラつき、また尻餅をつく。

 いや、つきそうになった瞬間、摩耶が後ろから支えたため、辛うじて立っている。

 見ていられないと、彼女はぶっきらぼうに肩を貸した。

 

 

「ほらっ、肩貸せよ。あ、それともおんぶのが良いのか?」

 

「い、いやいや。もう意識はハッキリした。なんとか歩ける。すまない、摩耶……」

 

「……いちいち謝んなって。お前のそういうとこ、ちょっとウザいぞ」

 

「はは、ゴメン……っと、また謝っちゃったな」

 

「……ふん。ばーか」

 

「もう、摩耶さん? 提督は怪我してるんだから、そんな言い方……」

 

「良いんだよ、村雨。君も、来てくれてありがとう。顔を見れて、安心した」

 

「……うん。私も。もう二度と、捕まっちゃったりしたら、駄目なんだから」

 

「ああ、努力するよ」

 

 

 怪我人に対して、少し雑にも思える物言いだったけれど、桐林は笑っている。

 右手を掴む細い指。腰へ添えられた手。決して急ぎ過ぎない歩幅。乱暴さを装う素振りの端々から、己への気遣いを感じ取っていたからだ。

 そんな姿を見て、村雨もホッと胸を撫で下ろした。

 ようやく取り戻せた。横須賀に帰れば。これが日常の世界に帰れば、全てが元通り。姉妹艦たちにも胸を張れる。

 

 今度こそ、桐林たちは歩き出す。

 ペースは遅めだが、確実に出口へと向かって。

 桐林を中心とし、右に摩耶、左に金剛。前を木曾と島風、雪風が固め、背後に雷、電、村雨を配置する輪形陣だ。

 しばらく進むと、金剛が俯き加減に口を開く。

 

 

「テートク……。答え辛い事ナラ、答えなくてもいいんデスけど……」

 

「……この眼、か。もう、使い物にならない。ヤツが……そう言っていた」

 

 

 言葉にしづらいのか、口ごもってしまう金剛だったが、返答は実にあっさりとしていた。

 使い物にならない。つまり、失明している。

 事も無げに言ってのけたが、その事実は重い。

 金剛は言葉を失い、前を行く木曾が、ダマスカス刀の鞘を握り締める。

 

 

「すまん! 俺が、俺たちが不甲斐ないばっかりに……っ」

 

「木曾のせいじゃないさ。ここに居る誰のせいでもない。……全ての元凶は、ヤツなんだからな……」

 

 

 振り返ることの出来ない木曾へ返されたのは、慰めとも、励ましとも違う言葉。

 揺らめくような怒りに満ちる、敵意だった。

 電を含め、この場に居る誰も聞いたことのない、暗い声。間近で聞いた摩耶の手に、無意識に力が篭る。

 それで雰囲気の変化に気付いたか、桐林の方から話が振られた。

 

 

「そう言えば、みんな、どうしてここが分かったんだ? どうやって手掛かりを?」

 

「電さんのお手柄です! あの光の柱が立った後、急に司令の居場所を言い当てて……」

 

「……光の、柱? 雪風。なんだ、それ。そんな事が?」

 

 

 両腕を広げ、表情豊かに説明する雪風。しかし、桐林は首を傾げるばかりだった。

 数km離れていた彼女たちにすら、あれだけ強烈な衝撃を与えた現象を、まるで認識していないようだ。

 信じられないといった様子で、雷が電と顔を見合わせる。

 

 

「司令官、本当に分からないの? スッゴイ衝撃で、みんなひっくり返っちゃったのよ? ね、電?」

 

「はい。あの時、なんだか急に、司令官さんと過同調状態になったような気がして……。

 でも、電だけじゃ何も……。兵藤さんが発信機を付けていてくれなかったら、今頃……」

 

「……なんだと」

 

「え?」

 

 

 兵藤の名を出した途端、桐林が脚を止めた。

 右眼が細くなり、唇も戦慄いている。まるで、忌まわしい言葉を耳にでもした様に。

 急激な表情の変化に皆が驚き、島風が桐林を覗き込む。

 

 

「どうしたの? 提督、なんだか怖い顔してる……」

 

「……確認しておきたい、事がある。あの後、何があった?

 軍病院へ向かう途中、突然地面が爆発して……。

 あれはなんだったんだ。主任さんや、疋田さんは? 自分の家族は? ……先輩、は」

 

「そ、それは……ええっと……」

 

 

 矢継ぎ早な問いかけに、雪風を始め、誰もが口を閉ざしてしまう。

 言えば安心して貰える情報がある。けれど、言えば確実に傷付けてしまう情報も、ある。

 どれをどうやって、どこまで伝えれば良いのか。判断が難しい。

 息苦しい沈黙は、一体何秒あったのだろう。

 意を決し、木曾が振り向いた。

 

 

「一先ず、家族の方は桐ヶ森大佐が保護してくれたし、疋田も無事だ。俺たちと一緒にここまで来た。整備主任と、兵藤大佐は――」

 

『ヤッホー。聞こえるかーい、こーうはーいくーん!』

 

「――!? この声……!」

 

 

 唐突に割り込んでくる、不躾な声。

 間違えようがない、“元”少年提督、小林 倫太郎だ。木曾は怒りに歯軋りする。

 館内放送とは違う。ごく間近から……。桐林が付けている、左のリストバンドから聞こえていた。

 どうやら唯の拘束具でなく、監視用の様々な機能も備えていたらしい。

 

 

『いやはや、何をどうしたんだか理解できないけどさ。よくもヤってくれたねぇ』

 

「……なんの、話だ」

 

『トボけちゃってー。おかげさまで、今までの研究データがパーだよ。ま、バックアップはあるけども』

 

 

 明るく装っている通信機越しの声は、隠しきれない恨みと、異様なプライドの高さを滲ませる。

 わざわざ聞いてもいない事を話す辺り、焦っているらしい。自らの優位性を示したい証拠だ。

 

 

『でもさ、コケにされたまま引き下がるなんて、僕の性に合わないし。……後輩君、勝負しようよ』

 

「勝負、だと……?」

 

 

 だが、次に“元”少年提督が言い放った言葉は、驚きで皆の眉を歪ませた。

 勝負。この場合、求められているのは個人同士の戦いではないだろう。

 艦船同士の、殴り合い。

 

 

『そ。(かんむり)島の辺りで待っててあげるからさ。舞鶴に来てる君のお仲間を呼びなよ。先輩直々に、教練してあげる』

 

 

 冠島。別名を、大島、雄島、常世島、竜宮島とも呼ばれる無人島である。

 京都府舞鶴市は若狭湾に存在し、成生岬から北北西へ十kmほどの場所に位置する。

 さらに北北東には(くつ)島――別名を小島、雌島、鬼門島と呼ばれる小さな無人島もあり、合わせて鳥獣保護区に指定されていた。

 深海棲艦が跋扈する以前はクジラなども回遊していた海域だが、度重なる海流変化により、今では鳥も魚も寄り付かない、死んだ海域である。

 戦闘行為を行っても問題ないと言えばそうだが、けれど桐林は拳を握り、感情を押さえつけた声で拒否する。

 

 

「……そんな事に付き合って、何になる。無駄な戦いをする気は、無い……」

 

『まぁまぁ、いけずなこと言わないで。……あんまりツレないと、僕、拗ねて何するか分からないよ』

 

「な、なんなんデスかっ、さっきから黙って聞いてれバ、傍若無人な――」

 

『黙れ、ヒトカタ風情が。僕が会話するのを許したか。下がっていろ』

 

 

 あまりに馴れ馴れしい“元”少年提督へ金剛が噛み付くも、一気に温度を下げた声が一蹴した。

 驚いたのか、怒っているのか。顔を真っ赤にした金剛は、声にならない声を挙げながら地団駄を踏む。

 おそらく、言った本人は暴言とすら思っていないのだろう。リストバンドからの声はまた馴れ馴れしさを取り戻し、桐林へ呼びかける。

 

 

『よし。じゃあ、ヒントをあげよう。……第一次大侵攻』

 

「……!? まさか、お前っ!!」

 

『ハハハ、流石に分かり易過ぎたかな? そう。僕にはね、艦載機運用能力がある。

 僕を無視したりすれば、またあの時みたいに、“元 味方の艦載機”が本土を焼くよ!』

 

 

 桐林が顔色を変え、左手のリストバンドに詰め寄る。

 第一次大侵攻。舞鶴鎮守府を半壊させ、多大な被害をもたらしたあの事件が、再現されようとしている。無視できるはずがなかった。

 加えて、“元 味方の”という言い方にも引っ掛かる。

 それでは、あの事件が味方により……。統制人格と、傀儡能力者により引き起こされたようではないか。

 一体どこまで、何を知っているのか問い質したい所だが、しかし、答えてくれる保証もない。

 苦虫を噛み潰した顔で、桐林は決闘の申し出を受ける。

 

 

「分かった……。猶予は」

 

『一時間。それだけあれば十分でしょ? 多分、とっくに舞鶴を出てるんだろうし。

 なんだったら、応援を要請したって構わないしさ。動ければ、の話だけど。見た限りじゃ無理っぽいかなー』

 

 

 せせら笑っている顔が、リストバンドの向こうに見えるようだった。

 口振りから判断するに、敵 艦載機は舞鶴鎮守府を目視可能な位置へ到達している。射程圏内、という事だ。ひょっとすると、他の街へも……。

 問題は、提示された猶予の間に、舞鶴で演習予定だった艦隊が辿り着けるか否か。

 桐林が視線で問うと、村雨が軽く挙手して答えた。

 

 

「業腹だけど、言われた通りよ。今、加古さんたちがこっちへ向かっている途中なの」

 

「ちっ、あたしらも船で来てりゃ、直接ブン殴れるってのに……!」

 

 

 憎き仇敵を目前にして、傍観するしかない。歯痒さに摩耶が舌を鳴らす。

 金剛もブンブンと首を縦に振っているが、聞こえているだろう声を無視し、“元”少年提督は話を切り上げる。

 

 

『じゃ、決まりって事で。そうそう、僕への通信帯も教えておくよ。普通の演習みたいに喋りながらやろう。楽しみだなぁ、あぁ、楽しみだなぁ。クヒッ。周波数は――』

 

 

 最後にとある数列を言い残し、音声は途切れた。

 雪風があくせくメモを取り、「バッチリです」と頷く。用済みとなった拘束具も取り外す。

 それを受けて皆が移動を再開するが、しかし電は納得できておらず、縋り付くように桐林へ訴える。

 

 

「司令官さん、無茶なのですっ。そんな身体で戦闘指揮なんて……」

 

「……やるしか、ない。ここは、京都なんだよな?

 何があったかは知らないけど、あの言い方、舞鶴鎮守府の機能は麻痺しているんだろう。

 他に増援を求めたとして、到着まで待っていたら焼け野原にされる。そんなの、駄目だ」

 

「でも……っ」

 

 

 受け答えはしっかりし、もう摩耶の助けを借りなくても歩けているようだが、相変わらず顔色が悪い。

 こんな状態で戦闘を行えば、戦いの最中に何が起こるか。電はそれが心配なのだ。

 けれど、桐林は電の肩へ手を置き、前方を見据えたまま、己が決意を指に込める。

 

 

「大丈夫。あんなヤツに、負けない。負けてたまるか。絶対に、勝つから」

 

「電。諦めましょ? こうと決めた司令官は、絶対に止められないもの」

 

「……は、い……」

 

 

 雷からも宥められ、しぶしぶ引き下がる電だったが、やはりまだ納得できない。

 何より、桐林の言葉に違和感を覚えてしまった。

 彼は今まで、勝つ事を目的に戦っていただろうか。

 戦いを強いられる立場ではあるけれど、その中に別の意味を見出してきたのではなかっただろうか。

 まるで、急き立てられるように。囃し立てられるように戦へ赴こうとする背中が、何故か、電を心細くさせる。

 

 

「……そうだ。ヤツの正体については、みんな知ってるのか?」

 

「確証はないが、な。吐噶喇列島の少年提督、なんだろう。違っていれば、ある意味安心なんだが……」

 

「いや。当たりだよ、木曾。

 ヤツは深海棲艦と融合を果たした、元 人間。自分の先達に当たる。

 本人も理屈は分かってないみたいだったけど」

 

「そうか……。何がどうなってるんだろうな、この世界は」

 

「……答えを知ってる奴が居るなら、自分も聞いてみたいよ。

 どうして世界はこんなにも、悪意に満ちてるんだ、って。

 詳しいことは後で共有しよう。今はとにかく急がないと」

 

「……そうだな」

 

 

 天井を仰ぎ、木曾は眉をひそめた。

 深海棲艦となった人間。

 統制人格という存在をも生み出す、傀儡能力者だ。どんな不条理を引き起こしたとて不思議ではないが、それにしても。

 しかし、本土爆撃の可能性が示された今、悠長に考察している暇などない。九名は足早に階段を上る。

 

 ややあって、桐林たちは一階のエントランスを過ぎ、館の外へ出た。

 金剛、摩耶が先行すると、外に残っていた皆は、欠員も無く改造四脚を無効化していたようだ。煙を吐き、動けなくなったそれらが沈黙していた。

 金剛の姿を見つけた長門たちが、目を見開いて駆けつける。

 

 

「金剛っ、提督は……無事、だったか……」

 

「って顔!? 顔が無事じゃないクマっ、大惨事クマ!?」

 

「にゃ……。痛そうにゃ……。ついでに極道みたいにゃ……」

 

「おい。その言い方はどうにかなんないのか、君ら」

 

 

 大きく息を吐く長門に続き、早速いつもの調子で纏わり付く球磨と多摩。

 ヤのつく職業の人扱いをされ、桐林も苦笑いを禁じ得ない。これこそが本領なのだろうが。

 次に話しかけてくるのは、陸奥、最上、三隈の三人である。

 

 

「あらあら。でも、傷は男の勲章だもの。格好良いわよ。……痛い?」

 

「ちょっと、な。しかし、陸奥に格好良いって言って貰えただけ、ありがたいさ。平凡な顔にも特徴が付いたかな」

 

「提督、ちょっと笑えないよ……。手術とかで消せるかな? ボク、後で調べてみるね」

 

「わたくしは陸奥さんに同意です。なんと言いますか、凄味が出て男らしくなられたように見えますわ、お兄様?」

 

「その呼び方はやめてくれ。癖になりそうだ……。ありがとうな、最上も」

 

 

 腫れ物に触るような優しさで、陸奥の指が傷痕の側をなぞる。

 いつも通りの口調に思えるが、彼女は今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべていた。

 それがこそばゆいのだろう。桐林は茶化すように顔の右半分で笑うのだが、最上に気遣われ、おそらく本気の三隈に励まされ。ようやく肩から力が抜けたようだった。

 裸足で彼が歩き出すと、今度は山城と扶桑が隣に並んだ。

 

 

「あ、あのぉ……。提督が無事だったのは良かったんですけど、敵は?

 私たち、四脚の相手しかしてないんですが……。しかも途中から動かなくなりましたし……」

 

「……その事だが、込み入った状況になった。ここまではどうやって来たんだ? 扶桑、脚は?」

 

「文字通り、脚です。走って参りました。けれど、丁度良く……」

 

 

 問いかける山城は、どこか物足りない様子だ。イマイチ活躍できていないと思っているらしい。

 派手に動いて敵を引き付けるのも重要な役割なのだが、敵という単語に難しい顔をした桐林は、説明する間も惜しんで逆に話を振る。

 扶桑が自らの太腿を摩り、たおやかな語り口で前方を――鉄門の吹き飛んだ塀の裂け目を示すと、大型装甲車が猛スピードで突っ込んでくる所だった。

 思わず身構える桐林だったが、装甲車は彼らの数m手前でドリフトしながら停車。

 運転席から、顔まで覆う鎧のような装甲服を身に付ける人物と、鎮守府・若年女性職員用の制服を着た少女が降り立つ。

 動くのを渋る装甲車の制御コンピューターを蹴り直し、三隈のバイクは惜しみつつ放置して、山道と道路の法定速度をブッチ切ってきた、疋田と書記である。

 

 

「お、お待たせしましたぁ! 疋田 栞奈、完全武装で吶喊します! ――って終わってるじゃないですかー! やったー!」

 

「疋田さん、はしゃぎ過ぎです。……提督。ご帰還、大変嬉しく存じます」

 

 

 太ましくゴツいシルエットに似合わない、可愛いらしい声で万歳する疋田。それを窘める書記は、桐林の前に立って最敬礼を。

 呆気にとられていた桐林が正気に戻り、まずは書記へ答礼した。

 

 

「ありがとう、書記さん。早速だけど、舞鶴まで行けるかな。増幅機器が必要なんだ」

 

「でしたら、わざわざ出向かなくとも」

 

「こんな事もあろうかとー! ちゃんと積んで来ましたよ、ブースター・ベッド!」

 

「おお……。助かります。……というか、なんで居るんですか疋田さんは?」

 

「酷い!? 己が身と職を犠牲にしてまで助けに来たのに!?」

 

「ははは、冗談ですよ。ありがとうございます」

 

「うぅ、それでも酷いですよぉ。……ぁはは」

 

 

 要請を受け、書記と疋田が装甲車の後部ドアを開けた。中にある簡易増幅機器を見て、桐林は感嘆の息を漏らす。

 ついでに、見た目が特殊機動隊なせいで、落ち込む姿が妙にコミカルな疋田と笑い合っている。ほんの少し、空気が和らいだ。

 その間、金剛が皆へと事情を説明し、戦艦たちが総出で増幅機器を運び出しを始めた。

 装甲車の電源からでも起動は可能だが、稼働時間が短い。通ってきた街では電力が死んだまま。しかし金剛曰く、この館は電力が生きている。

 おそらく発電設備があるのだろうと書記は判断。増幅機器を運び込み、安全確認をしたのち、館内部の電源を使おうという腹である。

 危険だと分かった場合、装甲車に備え付けの手回し式大型発電機を、統制人格たちが死ぬ気で回すという地獄絵図が広がる事になるが……。

 

 

「どう、三隈? 使えそう?」

 

「はい。かなり旧式ですが、その分、信頼性は高いかと。爆発物も無いですし、大丈夫そうですわ、もがみん」

 

「では、運び込みましょうか。手近な部屋に固定しましょう。行くわよ、山城?」

 

「はい姉様! 例え地味な肉体労働でも、働けるだけありがたいと思う事にします! ふんぬらばっ」

 

「山城ー。その掛け声はちょっと逞し過ぎるぞー」

 

 

 幸い、館脇の小屋にあったのは電子制御でなく、古いガソリン式の発電機だったようだ。ハッキングなどで無効化もされないだろう。

 数百kgはある増幅機器を扶桑型姉妹が持ち上げ、電源コードや変圧器、ディスプレイなど、固定器具その他を皆で運ぶ。

 流石に手伝うわけにもいかず、桐林はガニ股で歩く山城に声を掛けたりして、四脚の残骸に腰を下ろしていた。

 電たちも手伝いに行ったため、一人だけだ。

 

 

「……はぁ。……っ、ふ、ぅ……ぁぁ……」

 

 

 皆に気取られぬよう、桐林は左手で顔の傷を押さえる。

 息が白く、荒い。

 熱に浮かされ、痛みに喘いでいるように見えた。

 

 

「オイ、司令官」

 

「っ。……天龍?」

 

 

 すると、残骸の影から音もなく、一人の少女が現れた。鞘に収めた長剣を肩に担ぐ天龍である。

 己を見上げる、見慣れた顔を。

 そこに刻み込まれた、見慣れない傷痕を一瞥し、彼女は桐林へ顔を寄せた。

 

 

「お前は怒ったっていい。それだけの事をされたんだ。

 でもな……。憎しみだけで、戦うなよ。そうなったら多分、深海棲艦と何も変わらねぇ。

 ……あと、我慢ばっかしてんじゃねぇや、アホ」

 

 

 ツン、と軽くデコピンし、天龍は早足で去っていく。

 その後を追うように龍田が現れ、傷痕へ、濡れたハンカチを静かに押し当てる。

 

 

「ごめんなさいね~? 天龍ちゃん心配性だから~。けど、ワタシも同感。……貴方の護りたいもの、忘れちゃ駄目よ……?」

 

 

 ハンカチを押さえるように桐林の手を取り、龍田はゆっくりとした歩みで立ち去った。

 その背中を見送って、次に空を見上げる。

 満月があった。

 しばし見つめ、何か、感じ入るように右眼を閉じる。

 

 数分後。誰かが近寄ってくる足音が聞こえ、彼は腰を上げた。

 今度は書記の少女だ。

 

 

「提督、準備が整いました。こちらへ」

 

「……分かりました」

 

 

 ぬるくなったハンカチを握りしめ、二人、連れ添って歩き出す。

 呼吸は落ち着きを取り戻していた。

 館に入り、書記の先導で左側通路、その右手前にある部屋へ。

 ケーブルを跨ぎながら中に入ると、ビリヤード台や大型スクリーンなどが置かれる、遊戯室らしき部屋の中央に、簡易増幅機器が据え付けられていた。

 脇には椅子が置かれており、更にその周囲には十個近いディスプレイが配置されている。書記が座る場所だ。

 

 金剛、長門、扶桑、三隈、弥生、木曾、電……。

 周囲に侍る仲間を一通り見渡してから、桐林はベッドの上に身を横たえる。

 簡易型だけあって、普通の増幅機器とは細かい部分が違っていた。

 腕にはめる籠手は同じだが、それを収める手すりも、肩を押さえつける装具も無く、代わりに素足を収め、固定する部分がある。後は色の濃いバイザーの付いたヘルメットを被るだけ。

 それでも機能は遜色なし。書記の制御の下、桐林は同調状態に入り、海上を移動中の水雷戦隊――中継器を積んだ加古に意識を飛ばす。

 暗い海。冷たい潮風と波飛沫。

 月明かりを浴び、厳しい表情で正面をまっすぐに見据える、黒髪セーラー服の少女が見えた。

 

 

『加古。……加古。聞こえるか』

 

「――ンごっ!? は、えっ? この声……。提督!?」

 

 

 しかし、桐林の声を受け取った瞬間、キリリとした少女は、しどろもどろになって狼狽えまくる。

 来たるべき戦いに闘志を燃やしているのかと思いきや、立ったまま、目を開けて寝ていたらしい。器用にもほどがある。

 が、その驚きは中継器を通じて他の五名にも伝わり、時雨や夕立、古鷹が驚喜の声を上げた。

 

 

《無事だったんだね……っ。良かった……!》

 

《ほ、ホントに提督さんっぽい? 提督さん? ぽい?》

 

『ああ。本物だよ、心配かけたか』

 

《当たり前ですよっ! 私たちだけずっと蚊帳の外で、もう……。心配してたんですからぁ……》

 

 

 胸の上で両手を握ったり、子犬のように小首を傾げて何度も問いかけたり、目尻に浮かんだ涙を拭ったり。形は様々だが、心の底から喜んでいるのが見て取れた。

 桐林が拉致されてからも、ろくに情報を得られず、ただ海を行くしかなかった彼女たちにとって、それは如何許りか。

 残る大井、北上も同じだろうけれど、少々素直ではない彼女たちは、気掛かりな点を挙げる事で喜びを隠す。

 

 

《無事で何より……と言いたいんですけど、本当に大丈夫なんですか? なんだか、酷く疲れているような感じが伝わって来ますよ》

 

《あ、あたしも思った。声を聞けて嬉しいけどさ、なんか無理してない? 左眼がショボショボするし……》

 

 

 言外に「休んでいろ」と言う二人だが、桐林はそれを良しとしなかった。

 

 

『自分としても、本当は全てを放り出したいんだけど、生憎そんなこと言ってられない。……敵を叩く。針路変更』

 

「敵? ……もしかして、提督を攫ってくれちゃった奴? いいじゃん、やられっ放しとか論外だしね!」

 

 

 向かうべき方向を新たに指示すると、すっかり目を覚ました加古が、屈伸運動をしつつ不敵に笑う。

 ここ一番に巡ってきた出番、張り切らない筈がない。時雨、夕立、古鷹も表情を引き締め、重巡、駆逐艦、雷巡の複縦陣が北東へ進む。

 雷巡たちは不服そうな顔――特に大井が露骨に眉を歪めるも、積極的に反対したい訳でもないようで、無言で従っている。

 

 

「提督。まだ到着までは時間がありますし、仮眠をとってはどうですか? 詳しい経緯は私からお伝えしますので、少しだけでも……」

 

「……それも、そうですね。十分だけ、休ませて貰います」

 

「はい。どうぞお休み下さい」

 

 

 少しばかり会話に間が空くと、すかさず書記が休息を提案する。

 疲労は自覚していたようで、桐林も素直に頷く。一分と経たない内に、彼は寝息を立て始めた。

 ヘルメットにはノイズキャンセリング機能がある。きっと安眠できる事だろう。

 

 その間に、これまで起こった事、判明した事実、敵の正体などを、書記や木曾が加古たちへ説明するのだが、時を同じく、遊戯室に新たな人影が入室した。

 二階より上層を捜索していた、吹雪たち第一班である。

 増幅機器搬入の騒ぎを聞きつけたにしては、ずいぶん遅い登場だ。

 

 

「ン? Hey,ブッキー! テートクは確保したデスよー! ……あれ。どうかしましタ?」

 

 

 吹雪の姿を認め、金剛が小声ではしゃぎながら駆け寄っていく。

 しかし、喜ぶべきはずの所を、吹雪も、弥生も、他の皆まで異様に沈み込んでいた。

 金剛は心配そうに顔を覗き込む。

 

 

「……あの、司令官は、今……?」

 

「テートクですか? チョーシこいたEnemyが挑戦状を叩きつけてきたのデ、加古たちを向かわせている所デス。It's Pay back Time!」

 

「……そうですか。重症を負ってたりとかは、ないんですね? うん、良かった……」

 

 

 桐林の無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす弥生たちだが、やはり表情が暗い。

 何か、思わしくない事案が発生したのだろうか。

 問いかけてみようとする金剛を差し置いて、今度は陽炎、川内、霞の三人が話し合い始める。

 

 

「でも、どうするのよ、こんな時に。話さなくちゃいけないけど、話したら、きっと……」

 

「しかし、事は急を要するよ。このままじゃ、悪化する可能性だってある」

 

「じゃあ川内さんはどうしろって言うのよっ? ありのままを伝えろって言うの? そうしたら、あいつ……!」

 

「霞、ダメだよ……。落ち着いて……」

 

 

 霞はかなり気を揉んでいるらしく、言動に余裕がない。慌てて霰がその抑えに入っていた。

 諍いの声を聞きつけ、もともと部屋にいた者たちも彼女たちに注視しだす。

 そんな時、無言で俯いていた那珂が、かつてないほど真剣な表情を浮かべ、自らの意見を述べる。

 

 

「那珂ちゃん、まだ話さない方が良いと思う。今、提督は戦いに集中してるんだよね?

 ……ううん。多分だけど、戦うことで、無意識に痛みを忘れようとしてるんじゃないかな……。

 後で怒られるかも知れないけど、今は秘密にしておこう? じゃないと、心が折れちゃうよ……」

 

「……私も、同意見です。提督はお優しい方です。知れば、必ず自分を責めてしまうかと……。そんな状態では、勝てる戦いも、勝てなくなってしまいます」

 

 

 言いながら、涙まで浮かべ始める妹に、神通が身を寄せつつ賛同する。

 胸に迫るものがあった。事情は分からないまでも、周囲で見守る者たちにまで、それは伝わっていく。

 吹雪が意を決して口を開いた。

 

 

「司令官には内緒で、お話ししなければならない事が……。出来れば、長門さんと陸奥さんも……」

 

「呼んだか、吹雪」

 

「あらあら。どうしたのよ、みんなで暗い顔しちゃって」

 

 

 呼ばれるのを待っていたか、長門、陸奥の両名が間を置かずに参加する。

 心苦しい、と物語る表情で、吹雪は己が目で見た“者”の事を語ると……。

 

 

「――んです。動かす準備をしておかないと……」

 

「……嘘デス、どうして、そんナ……」

 

「あの外道めっ! 一体どこまで……っ」

 

「長門、駄目よ。今は確認が先、ね?」

 

 

 金剛は色を失い、長門が怒りで拳を握りしめ、陸奥だけが冷静に、次に行うべき事を指し示す。もっとも、その瞳に揺らぐ感情は、隠しきれていないのだが。

 弥生を先導として、長門たちは遊戯室から駆け出していく。

 不穏な空気が、漂い始めていた。

 

 

「……どうして、こんな事に……」

 

 

 力無く、吹雪が呟いた言葉は。

 何も知らない桐林の寝息にも負けるほど、弱々しいものだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告