新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と空母機動艦隊

 

 

 

 

 

「……デッカいなぁ……」

 

「……大きいのです……」

 

 

 機械の駆動音がそこかしこから聞こえる、整備用ドックにて。電とふたり、“彼女”を眺めながらつぶやく。

 史実での近代化改修後を再現したその姿は、全長二百六十・六七m、全幅三十一・三二m。排水量こそ三分の二程度だが、戦艦大和に匹敵する大きさ。

 圧巻だ……。

 

 

「こらこら二人ともー。女の子に向かってデッカいとか大きいとか、ダメですよー」

 

「はわっ、ご、ごめんなさいなのです」

 

「すみません。空母を間近で見るのは、初めてだったから」

 

 

 振り返りながら頭を下げる。

 そこにいたのは、腰に手を当てて胸を張る主任さんだ。

 

 

「ま、何と言っても空母ですからねー。整備のしがいもありますよ、艦載機も準備しなきゃいけませんし。いやー、忙しくなりそうです」

 

 

 楽しげな様子に、しかし、若干の疲労が見てとれる。艦自体は“向こう”が用意してくれたけれど、航空戦の主役である戦闘機などは空。

 七十機近いそれを用意するのは、大変なんて一言で済ませられない大仕事なのだろう。

 どうせなら完璧に準備しておいてくれれば良いのに……。嫌がらせか?

 

 

「いつもありがとうございます。無理はしないで下さいね、主任さん」

 

「なんのなんの。半分趣味とはいえ、たまには真面目にお仕事しないと査定に響きますからー」

 

「そんな理由ですか……? ま、それはそうと、電」

 

「はいです。主任さん、これ、差し入れなのです。後で食べてください」

 

「おー! プリンですよねっ? 助かりますー。この包みの大きさ、もしかして全種類? うわー、何から食べよっかなー」

 

 

 電の提げていた風呂敷を受け取ると、彼女は大きく顔をほころばせる。

 中身は当然、プリンだ。遠征のおかげで懐が潤うようになり、少し前から色んな味を作り始め、現在レパートリーは六種類。最近では酒保のおばちゃんに「うちへも卸してくれない?」と打診されていた。

 もっと種類を増やす予定だし、調理技能持ちのみんなもレシピは習得済み。パッケージに彼女達の写真でも使えば、商品展開すら可能な気がする。艦娘お手製プリンが横須賀を席巻する日も近い。

 ……とか調子に乗ってみる。

 

 

「にしても遅いな、あの人。どうしても会いたいっていうから電を連れてきたのに。通常航法の士官は全員もう降りてるんですよね?」

 

「そのはずですよ。提督さんの先輩なんでしたっけ、この子を護送したの。ちょっと前から佐世保の方に出向してるっていう。

 アタシはその頃まだ主任じゃなかったし、直接会ったことないんですよねー。噂に聞くくらいで」

 

「ええ……。自分としては、あんまり面と向かいたくないんですけど」

 

「どうしてですか? 先輩さん、とっても格好良い人なのに」

 

「だからだよ……」

 

 

 小首をかしげる電へ、聞こえない程度の声でつぶやく。

 うん、確かにあの人は格好良い。格好良いけども、それが問題なのだ。

 あぁぁぁ、今から鬱になる……。またアレの相手をしなくちゃいけないか……。

 

 

「はぁ……。面倒だなぁ……」

 

「なんだい? 愛しの先輩がわざわざプレゼントを運んできたっていうのに、ひどい言い草だね」

 

 

 ――凛、と。その一言で空気が引き締まる。

 耳に心地よい声にまた振り返れば、件の人物がタラップを降りてきていた。

 大佐の証である肩章が映える、白い軍服。

 軍帽からこぼれる髪は後ろで一括りにされ、眼差しが優美な丸みを帯びてこちらを見つめる。

 名は体を表すのか、身体つきは引き締まり、身のこなしも無駄がない。

 

 

「お久しぶりです、兵藤大佐っ」

 

「ああ、敬礼はいいよ。私と君の仲だし、面倒なのも同じく嫌いさ」

 

「……そういう訳にはまいりません。上官なのですから」

 

「真面目だなぁ、相変わらず。君の良いところだけどね。それはそうと新人君――」

 

 

 敬礼するも、返ってくるのは人懐っこい笑み。スッと通った鼻梁にあいまって、ともすれば見惚れてしまうことだろう。

 が、自分は予想できる。その潤った唇から放たれるであろう言葉を。

 耐えろ。頑張れ表情筋。しかめっ面は思う壺だ。来るぞ、来るぞ、来るぞ……!

 

 

「――今日の君のパンツはどんなだい? ブリーフ? トランクス? それともまさかのブーメランかい?」

 

「……普通に無地のトランクスです。締め付けられるのは嫌いでして」

 

「なるほどなるほど。自慢の四十六cm砲はそんなのでは収められないと。そいつを使って電ちゃんを毎晩のごとく啼かせているんだろう、羨ましい。どうだい今晩、私とも」

 

「申し訳ありません、執務が溜まっておりまして。それと、自分は童貞であります」

 

「奇遇だね、私も処女だ。上下・前後ともに。優しくしてね?」

 

「だ・か・ら……!」

 

「あ、あの、司令官さん? どうして耳を塞ぐんですか? 電もお話したいですっ」

 

「うわぁー。噂通り、どギツイなぁ……」

 

 

 ヤらねぇっつってんだろ処女なのも知ってるよこの……! という言葉を必死に飲み込み、上目遣いで疑問顔をしている電の耳をふさぎ続ける。

 こんなセクハラ発言、彼女の格好良いところしか見ていないこの子に聞かせられるもんか。

 兵藤凛(ひょうどう りん)

 日本海軍大佐にして、かつて自分の教導官も務めたこの人は、海軍きってのセクハラ魔人だった。

 俗称は、「軍人と呼びたくない軍人」「高等技能を修めているから切るに切れない変態」「訴えんぞこの残念美人」、である。

 というか四十六cmって馬かよ。自分の息子はその半分もありません。具体的な数字は勘弁してください。

 

 

「ようやく表情が柔らかくなった。そっちの方がお姉さん好みで大変よろしい。さて、こんにちは電ちゃん。元気にしてたかい?」

 

「あ、はいっ、こんにちはです、先輩さん! 今日も元気いっぱいなのです!」

 

「そうかそうか。電ちゃんは可愛いねぇ、本当に。うちの子達はまだみんな無愛想で……。そちらのお嬢さんも、初めまして」

 

「そ、そんなこと、ないのです……。えへへ……」

 

「あー、どもー」

 

 

 やんわりと腕を外され、和やかな挨拶が交わされてしまう。しゃがみ込んだ先輩と電は満面の笑みだ(主任さんは苦笑い)。

 っんとに外面だけはいいな。セクハラする相手を選んでくれるのは助かるけど。

 まぁ、流石に純真無垢な憧れを穢すのは憚られるんだろう。見た目だけは本当に大人の女性だし。

 心の底では「白無垢を自分の色で汚し尽くす。それもまた良し」とか思ってそうだが。……自分が守らねば。

 

 

「ささ、挨拶もすんだことだし。旧交を温める前にまずは、受領のサインを貰えるかな」

 

「あ、はい」

 

 

 小脇に抱えていたクリップボードを差し出され、言われるがままペンを動かす。

 わざわざ佐世保から、このためだけに来てくれたのだ。いくらセクハラが酷くても、このくらいはちゃんとしよう。

 

 

「確かに。これで“彼女”は君の元へ正式に配された。存分に奮って欲しい」

 

「……はいっ。全力を尽くします!」

 

 

 先輩の顔つきは穏やかだが、その言葉には力があった。

 反射的に敬礼してしまうと、仕方ないといった風に破顔。直後、答礼がなされる。

 その名の通り、凛々しい姿。普段からこうしてくれていれば、素直に尊敬できるのに。

 演習中だって、多重人格かと思うくらい厳しかった。けれど公私の区別はしっかりあって、訓練を離れれば真摯に相談も受けてくれる。それこそ、電が憧れてしまうのも当然だと言えるほどに、いい先輩なのだ。

 ……人目をかいくぐって行われるセクハラさえなければ。なんでこうもギャップが激しいのさ……。

 

 と、そんなことを考えつつ、自分の視線はまた“彼女”を向いていた。

 ミッドウェー海戦で沈むまで、高名な南雲機動部隊と共にあった存在。名は赤城(あかぎ)

 栄光ある第一航空戦隊の旗艦を務めた、航空母艦である。

 

 

「そうそう、言うのが遅れてしまったね。“桐”の襲名、ならびに昇進おめでとう。これからは新人君なんて呼べないかな」

 

「いいえ、自分なんてまだまだですから。それに、いきなり別の名前で呼ばれても実感が湧きませんし。できれば、今まで通りで」

 

「了解したよ。私としてもその方が嬉しいからね。……にしても、たまには上も粋な計らいをしてくれる。向こうの連中はかなり引き渡しを渋っていたけれど」

 

「まだ提督の任を拝命して半年も経っていないド新人が、いきなり正規空母ですからね。正直なところ、使いこなせる自信がありません……」

 

 

 傀儡能力者は、条件さえ整えればどんな艦船でも励起できる(一部例外・制限はある)。

 が、それと使いこなせるかは別次元の問題。いきなり大きすぎる力を与えられても、持て余してしまうのは道理だ。

 そのため、戦艦などの大型艦船を励起しても、通常は巡洋艦や軽空母でならし、しかるべき実力を備えてから正式に運用開始となる。実際、自分も軽空母と水上機母艦を複数準備してあった。

 しかし、“桐”の襲名をしてしまった自分に対し、軍本部は、佐世保で建造中だった赤城の譲渡を通達してきた。これまた異例のことである。

 

 

「期待の表れさ。だから私が呼び戻されたのだしね。桐ヶ森の姫君には負けるが、艦載機の制御には心得がある」

 

「……ということは?」

 

「そう、訓練演習だよ。君へ航空機運用のイロハを叩き込めと、吉田のお爺様からお達しさ。すぐにという訳にはいかないけど、数日中に予定が組まれると思う」

 

「本当ですかっ?」

 

 

 驚いて一歩を踏み出してしまうが、先輩は力強くうなずき返してくれる。これは、心からありがたい。

 ネームバリューにも困ったもので、桐林を名乗るようになってからというもの、演習相手に事欠いていたのだ。最悪、実践でノウハウを積み重ねるしかないと考えていた。

 けれど、先輩が指導してくれるのなら間違いはないだろう。厳しくなりそうだけど、初心に帰るという意味でも気が引き締まる。

 

 

「あのー、割り込むようで申し訳ないんですけど、いいですか?」

 

「ん、なんだい? そこの可愛らしいお嬢さん」

 

「あはは、どもです。実はですね、まだこちらの艦載機が全部用意出来てないんです。ひとまず、九七艦攻に九九艦爆、零式艦戦の二一型を今も作ってるんですけど、数が……」

 

「ああ、なら問題ない。それはこちらで用意してある」

 

「どういうことなのですか? 先輩さん」

 

「私個人からのプレゼントさ」

 

 

 そう言うと、彼女はどこからかもう一つのクリップボードを差し出す。

 書面に書かれているのは艦載機の名前だ。しかもこれは……!

 

 

「流星と烈風、それに彗星……。ほ、本当にいいんですかっ?」

 

「もちろん。私が運用していたものの一部だけれど、昇進祝いに進呈するよ」

 

「うそっ、アタシにもちょっと……うわホントだ」

 

「……あの、主任さん。流星っていう子達は、どんな?」

 

「とんでもないわよー電ちゃん。全部、クグツ艦に載せられるなかで上位クラスの航空機なんだからっ!」

 

「わぁ……凄いのです……!」

 

 

 空母とは航空母艦の略であり、内部に航空機を載せ、それらを運用することで偵察・戦闘を行う。

 かなりの種類があるが、その中でも、ツクモ艦との戦いで主に空母へ載せられるのは三種類。

 敵の航空機(っぽいもの)を直接叩き、制空権を確保する艦上戦闘機。魚雷を搭載し、雷撃・水平爆撃を行う艦上攻撃機。急降下爆撃で真上からのダメージを狙う艦上爆撃機だ。

 烈風は日本戦闘機の代名詞、零式艦上戦闘機の後継。流星は艦攻と艦爆、両種の役割を兼ね備えた多任務艦上攻撃機。彗星は当時の最新技術の粋を集めた艦爆であり、のちに開発される機へ大きな影響を与えた。

 ありていに言えば、そろいもそろってレア物である。

 

 

「これだけの艦載機があれば、ひょっとして……」

 

「喜んでくれて何より。しかしまさか、それだけで私に勝てるとは思ってないだろうね」

 

「え」

 

 

 夢にまでみた初勝利を脳裏で思い描いていたら、先輩は意地悪に笑う。

 そして、こちらの頬へ手をさしのばし、つん、と人差し指で突く。

 

 

「ふふふ。性能の差が戦力の差ではないということ、じっくり教え込んであげよう。明日が楽しみだ」

 

 

 獲物を前に舌なめずりするような、蠱惑的な表情。鼓動が勝手に早くなった。

 こうしていると、先輩がとんでもない美人なのだと思い知らされる。しかも、実際に触れようとすれば、蜃気楼のごとく離れてしまうのだから性質が悪い。本当にこれで男性経験ないんだろうか。

 あと電。「格好良いのです……!」とか言ってるけどこの人、君に見えないようにセクハラしてるからね。今、ものすごくイヤラシイ手つきで耳をくすぐられてる……って首筋はダメっすよ!?

 

 

「っ、じ、自分だって成長してるんですから、あの頃のようには行きませんよ? 勝てはしなくても、一方的に負けるつもりはありませんっ」

 

 

 魔性の手から一歩で逃れ、自分は彼女に宣戦布告する。

 装備開発もしたし、練度だって比べ物にならないくらい上がっている。もう小突き回されていた頃とは違うのだ。

 航空戦のセオリーだって予習済み。絶対に一矢報いて、認めさせてやるぞ……!

 

 

「もちろん。日本男児たるもの、そうこなくては。期待しているよ。とはいえ、今回は私も主戦力を連れてきているから……どうしよう。ハンデはいるかい」

 

「無用ですっ………………ちなみに、どんな編成で?」

 

「とうぜん、空母機動部隊さ。この子と同じ、赤城に加賀(かが)の一航戦組、重巡の利根(とね)筑摩(ちくま)長良(ながら)型の軽巡四隻に、綾波(あやなみ)型駆逐艦が四隻かな。あ、戦艦は連れてきてないから安心したまえ新人君」

 

「どこが安心!? 十分ガチ編成じゃないですかぁ!?」

 

 

 嘘だろ、十二隻も相手にしなくちゃいけないのかよ……。

 確かにうちもそのくらい居るけど、同時出撃なんてまだ……。

 

 

「……あのー、たびたびすみません。質問いいですか?」

 

「はいどうぞ、お嬢さん」

 

「アタシはあくまで技術屋ですし、本業の提督さんのことはあんまり詳しくないんですけど、能力者が同時使役できる艦船って六隻までじゃありませんでした?」

 

「電も、そう聞いた覚えが……」

 

「ああ、なるほど。ま、意味もないのに秘密にされていることが多いからね」

 

 

 主任さんの質問に先輩が何度も頷き、こちらへ向けて視線を投げる。

 確認も兼ねて説明してみせろ、ってとこか。ええと……。

 

 

「確かに、能力者への負担を最低限にするという名目で、同時使役数は六隻に限定されてますけど、それは中継機にそなえられた制限装置の上限でもあって、実際は個人差が大きいんです」

 

「ってことはつまり、リミッターを外すか中継機さえ増やせば、もっとたくさんの船を操れる?」

 

「はい。でも、増えれば増えるほど脳を行きかう情報量も増えて、限界を越えたら頭が《ボン》らしいですから、制限するのも間違ってはいないんですよ。

 それに、中継機って一台で一億ぐらいするみたいですし、使いこなせなければ的を増やすだけです」

 

「“梵鐘”の御曹司があれだけ使役できるのは、実家のサポートあってこそだからね。

 もっとも、五十を越える艦船に命令を出し続けられるセンスは、到底マネできるものじゃない。そう言った意味では間違いなく傑物だよ」

 

「……あー、なるほどー。……ぅそ、アレそんなに高かったの……? 通りでよく分かんなかったわけだ……」

 

 

 サァーっと主任さんの顔が青くなる。このぶんだと、結構ぞんざいに扱ってたな?

 ちょっとやそっとじゃ壊れないよう頑丈にできてるはずだから、大丈夫だとは思うけど。

 

 

「まぁ、金銭的な問題だけじゃなくて、政治的な理由も絡んでるみたいですけどね」

 

「政治、ですかー」

 

「文民統制……シビリアンコントロールって分かりますよね? 戦時中だっていうのに、平和だった時代の決まりごとを持ち出して、軍の力を制限しようとする人がまだ居るらしくて」

 

「……電ちゃんヘルプ! アタシ社会の成績最悪だったのよぅ!」

 

「ふぇ!? あああのえっと……ぐ、軍隊の一番偉い人でも、政治家さんの指揮には従わなきゃいけないって決まりじゃ……多分ですけど……」

 

「だいたいその認識であっているよ。よく勉強しているね、電ちゃん」

 

「あ……えへへ、褒められちゃいました」

 

 

 先輩に頭を撫でてもらい、ご機嫌な電。

 ……ちょっと悔しいな。後で自分も撫でまくろう。

 

 

「人間とは度し難い生き物だよ。こんなご時世でも、お花畑で生きているような連中が上に立てるんだから。おかげで前線の人間がどれだけ口惜しい思いをしているか……」

 

 

 ――なんて対抗心を燃やしていたら、先輩の笑顔が不意に歪む。

 彼女にしては珍しい直接的な皮肉。よほど腹に据えかねているのか……。だが、自分としても同意見だ。

 前回の南西諸島防衛戦。相手の戦力が強大だったこともあり、妙高達は中破まで追い込まれてしまっていた。

 あの損害、もっと大勢で出撃していたなら、確実に防ぐことができた自信がある。無用な被害を被ってしまう制限など、迷惑でしかない。

 ああ、本当に迷惑だ。艦船の損傷具合に合わせて服が剥けるだなんて、あんな素晴らしいごっほんごっほん気の毒な格好、提督として、いいや男として見逃せん……あ、違う。これじゃダメだ。紳士として目が離せない……だから違うっ。ええいとにかく看過できないのだ!

 

 

「人間の最大の敵は、いつでも人間ってことですかー。……やるせないですねー」

 

「ま、そんな人達でも守るのが私達、軍人の務めさ。戦果と階級さえ上げれば、段階的に制限も解除されるしね。人事を尽くして天命を待つ。昔の人はいいことを言うよ」

 

 

 物悲しい表情の主任さんへ、先輩は笑いかける。

 たまにグチりたくもなるけど、やるべきことは変わらない。与えられた環境の中で才能を発揮し、全力を尽くす。

 全ては、命を守るために。あと布面積も。

 

 

「さてさて、暗い話題になっちゃったね。ここは流れを変えるためにも、どうだろう。新人君、赤城の励起をしてみないかい?」

 

「は? 今、ですか」

 

「うん。君の励起する統制人格は、普通の子達とだいぶ違うんだろう? 私はけっきょく電ちゃんとしか会えてないし、君の呼び出す赤城をぜひ見てみたいんだ。ダメかな?」

 

「そんなことはないですけど……」

 

 

 ちょっといきなり過ぎる気が……。

 前持って準備とかしておかなきゃいけないんじゃなかったっけ。PC借りたりとか。

 そう思って主任さんをチラリと見れば、なぜか彼女はしたり顔でサムズアップ。

 

 

「ふっふっふ、こんな事もあろうかと、用意だけはしてありますよー? いやー、一度言ってみたかったんですよねこのセリフ。ちょっと待ってて下さい」

 

 

 プリンの包みを近くの小型コンテナへ置き、物陰から専用PCを取り出す主任さん。同時にクレーンが慣れた様子で増震機を取り付ける。

 ……用意がいいのは助かるけど、不用心だ。それだってウン百万ですよ。うっかりフォークリフトとかで轢いちゃったらどうすんですか。

 

 

「んじゃー、ちゃっちゃと起動しましょう。……おー、さすがは佐世保。浸透圧高いなぁー」

 

 

 こちらの心配をよそに、彼女はそのままコンテナの上でPCを開き、軽やかにタイプ。

 電、先輩と頷き合い、自分は赤城へと歩み寄る。すでに何度も経験している励起だけれど、やはり緊張してしまう。

 どんな姿をしているのか。どんな性格をしているのか。どんなことが好きで、どんなことが嫌いなのか。

 考えは尽きないが、しかし、ひとつだけ確信できることもあった。

 それは――

 

 

「……うん、OKですよー!」

 

「ふぅ……。来い――赤城」

 

 

 ――自分が手を差し出し、信頼すれば、彼女は絶対に応えてくれる。

 今までだってそうだった。だから、これからもそうしよう。

 先輩が連れてきてくれた赤城を仲間に加えて、自分達はもっと強くなる。そしていつか、この国に。世界に海を取り戻すのだ。

 

 

「よーし、固着完了! 見えてきますよー」

 

「いよいよだね……!」

 

「ワクワク、なのですっ」

 

 

 光が揺らめく。

 ごくわずかに感知しえる、高周波と似た音の中、それは人の形を成した。

 背中にかかる艶やかな黒髪。

 巫女を思わせる紅白衣装だが、胸元が弓道で使うような胸当てに覆われ、袴はスカートのように短く、白のオーバーニーソックスが足を包む。

 ザッ――と、草履が地面を踏みしめた。

 

 

「お初にお目にかかります。航空母艦、赤城の現し身です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せ下さいませ」

 

 

 伸ばした右手に、しなやかな指の細さを感じる。

 強く力を込めれば、それだけで折れてしまいそうな儚さ。

 ……やった。やった、やったぞ! 信じて良かった、肌色が少ないよ!!

 天龍や妙高達は大丈夫だったけど、やっぱり島風の時みたく肌色成分過多だったらどうしようって心配だったんだ……でもこれなら!

 スカートの短さがコスプレっぽい風味を醸し出さないこともないけど、パッと見が普通ならなんでもいいや!!

 

 

「あの……。どうなされたのですか? そのように微笑まれて……。私、どこかおかしいでしょうか?」

 

「ううん、違うんだ。よく似合ってる。ただ、君に会えて嬉しかったんだよ。ようこそ、我が艦隊へ。心から歓迎する」

 

「……もったいない、お言葉です。ご期待に応えられるよう、粉骨砕身の覚悟で臨ませて頂きますね」

 

 

 握りあう手を確かめ、自分達は笑みを交わす。

 やばいやばい、顔に出てたか。こんなこと考えてるって知られたらドン引きだろうし、気を引き締めろー。

 ……っていうか、どうしたんだ赤城は。なんだか微妙にソワソワしてる……?

 

 

「いやはや、なんとも。実に素晴らしい!」

 

 

 ――と、唐突に叩かれる肩。

 嫌な予感を感じつつ、確かめないのも怖いので振り返ってみれば、そこには目を爛々と輝かせる先輩が。

 

 

「新人君、君は分かっている、よぉく分かっているね! 私と吉田のお爺様が見込んだだけのことはある! 流石だ、感服した、感動した!!」

 

 

 一体、このハイテンションはどうしたことか。

 例えるなら……そう、獲物を発見したような変質者みたいな?

 

 

「な、なんですか先輩。地が出かかってますよ、せめて電の前では取り繕って……」

 

「これが昂ぶらずにいられようか! 美形さんなのは同じだけど、やっぱり造形が全然違うなぁ~。表情がイキイキしてるっ。

 この改造和服も可愛いっ。たすき掛けと胸当てがいい味出してるね~。ミニ袴スカートなんてもう、もうっ!

 よし、うちの子にも着させよう! というわけで、採寸いいかないいよねいくよ赤城君っ?」

 

「ちょ、ホントに何してんだアンタはぁ!?」

 

「きゃ!? あ、あの……!?」

 

 

 ポケットからメジャーを取り出し(なんでそんなの持ってる)、今にも飛びかからんとする先輩から赤城をかばう。

 図らずも抱きとめるような形になってしまい、腕の中に収まる彼女は大いに混乱中。

 これもある意味セクハラっぽいが、先輩に襲われたら採寸しているうちに服を剥かれるかもしれない。我慢してもらうしか……。

 

 

「邪魔をしないでくれたまえ桐林提督。これは必要なことなんだよ。

 うちの子にも可愛らしい服を着せれば、それに萌える魂の震えが伝わり感情に目覚めてくれるかもしれない。

 これ即ち戦力強化のための観測行為である。さぁ、この国のために色んな場所を測らせておくれ! ハァ、ハァ……!」

 

「屁理屈こねながらにじり寄らないでくださいよ! くっ……逃げるぞ赤城!」

 

「は、はい……? あっ」

 

「ははは。逃げても無駄さ、どこまでも追いかけるぞぅ。さながら浜辺を追いかけっこする恋人達のごとくにね! フゥハハァーッ!!」

 

「こっちは逃避行してる気分ですよぉおおっ!!」

 

「て、提督? あの、手……」

 

 

 あの形相。どんなに美人であっても――いや、むしろ美人だからこそ、おぞましい欲望が顕著に表れていた。

 ダメだ。アレに捕まったら、赤城だけじゃなく自分までひん剥かれ色んなサイズを測られかねないっ。絶対に、ずぇったいにヤられてたまるかぁ!

 

 ……と、そんな、戦場へおもむく心境に似た覚悟を抱きながら、自分はまごまごしている赤城の手を引き、あぜんとする電達の周囲を駆けまわる。

 こうしてドタバタ騒ぐことで。

 未だ届かぬ、大きな壁に挑むことへの緊張を、ごまかすように。

 

 

 

 

 

「……いいなぁ、赤城さん……電も……」

 

「電ちゃん、現実から逃げちゃダメだよー。……いや、素の場合もあるか。あーあ、アタシにもいい人とか現れないかなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こぼれ話 艦これ・空母あるある話》

 

 

 

 

 

「さて、集まってもらったのは他でもない。今後の出撃予定についてだ」

 

 

 執務室。

 机の向こうで並ぶ四人の和装少女へ、自分は真剣な眼差しを向ける。

 固唾を呑む彼女達の立ち姿には、大きな緊張と同時に、戦いへの気概が見て取れた。

 となりを見やると、神妙な顔をした赤城が頷く。それに対してしっかと頷き返し――

 

 

「先輩との演習により艦載機をまるっと落とされ、その補填で念のために備蓄しといたボーキサイトが尽きました! よって君達の出番はしばらくありませんっ!!」

 

「……ぇええっ!?」

 

「んな殺生なぁ!?」

 

「そりゃあそうですよねぇ……」

 

「観戦してたけど、ボロ負けだったもんねぇ……」

 

「いやホントごめんっ。今、他のみんなが総出でボーキ運んでるから。それが終わったら資材分けてもらえるはずだから、もうちょっと待って?」

 

 

 ――重たく感じる唇で、残酷な現実を告げた。

 悲痛な叫びを上げる少女達の名は、順に、祥鳳(しょうほう)龍驤(りゅうじょう)千歳(ちとせ)千代田(ちよだ)

 赤城に続いて励起した軽空母二人に、水上機母艦姉妹である。

 

 

「申し訳ありません……。まさか、ああも見事に七面鳥撃ちされるとは……。五航戦の方々の気持ちがようやく分かりました……」

 

「ホントだよ。演習だからてっきり模擬弾かと思ってたのに、対空砲火だけは実弾使うなんて聞いてないよ。何が伝統的な洗礼だチクショウ」

 

 

 まだ記憶に新しい、初の空母機動部隊による演習。その結果は、見るも無残な完敗だった。

 流石に十二対六では勝負にならないからと、先輩の方から数を合わせてくれたのだが、数の大小なんて意味がないほど一方的に嬲られた。いや、嫐られた。

 なんでも、空母を励起した提督は高確率で「のぼせる」ようで、事前にそれをいさめるため、わざわざ格上と演習を組みフルボッコさせるらしい。

 アルミの原料であるボーキサイトの無駄とも思えるこの習慣、しかし、実戦に出て空母ごと落とされるよりはマシ。なので、残骸の回収も比較的楽に可能な演習海域にて、マリアナ沖海戦の七面鳥撃ちを再現するのである。

 これを突破できたのは唯一、“飛燕”の桐ヶ森女史(女子と言った方が年齢的には合うか)のみ。難易度が推しはかれるだろう。

 

 

「ということは、兵藤提督から贈られた艦載機、全滅してしまったんですか?」

 

「うん。可哀想だからってまた瑞雲を何機かくれたけど、今のままじゃ後が続かないし、備蓄ができてもしばらくは九七艦攻とかで我慢しろって。甘いんだか厳しいんだか分かんないよもう……」

 

「あぁ、そんな……。私、さっそく提督のお役に立てると、張り切ってたのに……」

 

 

 はらり。祥鳳の着物の肩がはだける。

 黒のミニスカートに白い着物を合わせる彼女のそれは、なぜだか非常に脱げやすかった。

 ゆったりと着ているわけでもないし、なで肩でもない。それなのに、左右のどちらかが何かの拍子で脱げ、中に着たチューブトップや、おヘソや首筋から鎖骨にかけてのラインが丸見え。

 正直な感想を言えば嬉しいに決まってるんですが、こうも脱げやすいと君が中破した時の格好が心配(楽しみ)でなりません。羽黒とか犯罪チックだったもんなぁ……。

 

 

「だけど、瑞雲があるということは、わたし達も爆撃とかできるってことですよね? なら、いくらでも待ちますよ」

 

「そうそう。偵察だけが水母の役目じゃないもん! 絶対に活躍してみせるから、期待しててよね提督!」

 

 

 自分達用の艦載機は残っていると知ったからか、わりと余裕な水母姉妹。

 膝上でカットされた朱色の袴に、刺繍の入った上着と鉢巻きという、そろいの衣装で身を包んでいる。後ろでまとめているのが千歳、セミロングが千代田だ。

 もっと詳しく分けるなら、オーバーニーによる絶対領域が形成されているのが千代田で、おそらくはパンティーストッキングを履いているのが千歳である。言い忘れていたが、赤城も絶対領域の持ち主。どっちにしても深層心理グッジョブ。

 

 そして瑞雲とは、日本海軍が発注した水上偵察機の一つ。

 機体下部にフロートを持ち、水面を滑走することのできる航空機を水上機と呼ぶが、瑞雲は急降下爆撃も可能な傑作。今の自分にはありがたい戦力となってくれるだろう。

 しっかし、どうせなら解放した時に艦載機も全部載せといて欲しい。いちいち用意するのはやっぱり手間だ(千歳と千代田、龍驤は建造ではなく、解放した艦船なのである。祥鳳も建造時に一悶着あったのだが、それは別の機会にしよう)。

 

 

「とりあえず、ボーキサイトが入ってきたら瑞雲の数をそろえて、千歳達に出てもらおうと考えてる。期待してるぞ?」

 

「やったね、千歳お姉っ。一緒に頑張ろ!」

 

「あら、本当ですか? 嬉しいですっ。今日はいいのを開けちゃいましょうっ」

 

「いやそれは……まぁいいか……」

 

「ほどほどになさって下さいね、提督。電さんからも、『飲み過ぎに注意せよ、なのです』と、言伝を受けておりますので。千歳さんもお願いします」

 

「分かってますよ赤城さん。ほどほどに、ですよね」

 

「ほんならその手に持っとる一升瓶はなんやねん。ホンマに分かっとんのかいな」

 

 

 龍驤のツッコミを受けながらも、千歳は笑みを絶やさない。これは、しこたま飲まされそうだ。

 彼女はやけに自分と同じ名のついた日本酒に凝っており、赤城を呼んだ翌日、また先輩におねだりされて励起してからというもの、一○○%晩酌してしまっていた。お酌がまた上手で、断るに断れないのである。どっかのお店じゃなくてホントによかった。

 ちなみに、あの変態淑女はもう佐世保へ戻っていらっしゃるので、横須賀鎮守府は平穏そのものです。半年くらい帰ってこないでいただきたい。

 

 

「そや、うち気になっとったんやけど。凄い艦載機が作れるんなら、なんで最初っからみんなそれ使わへんの? 船やってそうやん。ぶっちゃけ性能差はあるんやしー」

 

「……それもそうですね。私は赤城さんと一緒で建造された身ですけど、その資材で正規空母の皆さんを呼んだ方が良かったのでは……?」

 

 

 ちょこちょこ机へ歩み寄り、肘をついて覗きこんでくる龍驤(鋼鉄製みたいな色合いのバイザーとツインテ、真っ赤な上着が特徴)と、着崩れを直す祥鳳。

 なんか、不貞腐れてるっぽい雰囲気だな。気持ちは分からないでもないけど……。

 

 

「そういう訳にもいかないんだよ。性能がいい艤装や船ほど、作るのには時間が掛かる。

 艦載機は消耗品みたいなものだし、船体だってメンテや修理が必要不可欠。限られた資源で戦線を維持して、そのうえ数を揃えるのは難しいさ。高速建造剤も無限じゃないんだから。

 ……ああそれと、さっきみたいな言い方は良くないぞ、二人とも」

 

「はい?」

 

「うちら、なんか変なこというた?」

 

 

 背筋をただし、二人に向けてまっすぐ言うと、彼女達は不思議そうに首を傾げる。

 ……ちょっと恥ずかしいけど、提督として、ちゃんと示しておかねば。

 

 

「性能だけで全てが決まるなら、この戦いも、イージス艦とかが残ってた最初期に終わってる。演習だってマシな結果になってたはずだ。

 自分達が手を取り合ってるのは、数字なんかじゃ測れない、もっと別の力で戦うため。

 向き不向きの判断くらいは必要だけど、その上で出来ることを探すの、やめないで欲しい。自分も手伝うからさ」

 

『………………』

 

「……な、なんだよ」

 

 

 ポカン、と口を開いたままの龍驤と、ビックリした顔の三人。

 似合わないのは分かってるけど、そんなあっけに取られなくたっていいじゃないかっ。

 くっそぅ、言わなきゃよかったか……?

 

 

「もしかしてキミ、けっこう熱い人やったりする? ちょっとビックリや」

 

「ええ。ですけど私、感動しましたっ。そうですよねっ、軽空母は軽空母なりに、最大限の努力をすればいいんですよね!」

 

「うんうん。その代わり、活躍したらちゃんと褒めてくれんとイヤやで?」

 

「ワタシ達だって今は水母ですけど、改造さえしてもらえば甲標的母艦とか、航空母艦になれますから。なんでもこなして見せますよ?」

 

「いつかはお姉と一緒に、烈風や流星を飛ばせられたらいいなぁ。提督、お願いしますねっ」

 

 

 ――なんて思っていたら、みんなが一斉に破顔。

 視線は全部が全部こちらを向いており、その優しくもむず痒い暖かさに、自分は机へ置いてあった帽子を目深にかぶる。

 それでも照れ臭く、逃げ場所を探せば赤城まで。

 

 

「みなさん、同じ気持ちのようですね。私も、今回の演習では良いところなんてありませんでしたが、次こそは足手まといにならぬよう、全霊を打ちこむ所存です」

 

「あ、そんな。この間のは自分がまるでダメだっただけで、赤城に悪いところは……。むしろ、申し訳ないよ。自分はどう足掻いても、第一航空戦隊と同等には……」

 

「さきほど仰ったこと、もうお忘れですか? どうか、ご自分に合う戦法を模索なさってください。

 確かに私は過去、南雲機動部隊におりました。ですがそれは、あくまで昔のこと。

 今は提督の――貴方のためにある、ただの空母です。過去の誰かになろうとするのではなく、貴方自身のまま、ご成長なさいませ」

 

 

 慎ましくも、たおやかに。赤城のまぶたが緩められる。

 ……あぁ、全く。女って生き物は、どうしてこうも、男をその気にさせるのが上手いのか。

 頑張ろう。頑張ってやろうじゃないか。自分にできることを、精一杯。でもまずは、このこそばゆい状況から逃げ出さなければっ。

 

 

「そ、そういえば、みんなはどうやって艦載機を制御してるんだ? 演習では余裕がなかったから、あんまり覚えてなくて……。

 赤城の艤装は弓だったけど、龍驤や千歳達は違うんだよな。先輩もかなり珍しいって言ってたし」

 

 

 赤城を旗艦として、天龍・龍田姉妹と島風、それに妙高と那智さんで輪陣形を組み、艦載機を飛ばし始めたところまでは覚えている。なんというか、身体の外に目ができて、それだけ別の景色を見ているようだった。

 しかし、その数が増えるにつれ、どれがどれだか分からなくなって混乱。まともに指揮すら出来なくなってしまったのである。脳がフリーズするとは、ああいうことなのだろう。

 先輩いわく、「慣れればブラインドタッチのように簡単になるさ」とのことだが、そもそも一本指打法しかできないんで無理っぽい。

 

 

「ワタシ達は銃……というか、なんでしょうねこれ。カタパルト?」

 

「だよね、たぶん。ここから小さな機を飛ばすみたい。先導でもするのかな」

 

「私は赤城さんと同じ弓ですね。でも、弓自体がちょっと変わってるでしょうか」

 

「うちのは巻き物を飛行甲板に見たてて、そっから式神を飛ばす感じやね。軽空母同士でもぜんぜん違うねんなー? ちょっち陰陽師っぽいやろー」

 

 

 みんなが艤装を出現させ、おもいおもいにいじり出す。

 水上機模型(っぽいもの)が乗る小銃サイズのカタパルト、前面に甲板を模したと思われる板の付いた和弓、“航空式鬼神召喚法陣 龍驤 大符”と中に記された大きな巻き物。どれも、奇妙な存在感を放っている。

 赤城は和弓と、右肩に大きな飛行甲板。着艦識別文字の「ア」が書かれた前かけだ。

 

 

「私の場合、弓を引くと艦載機の発動機が始動して、放つと同時に発艦。その後は必要に応じて、念矢で指示を飛ばす、といったところでしょうか。数が増えると忙しいですね」

 

「あ、そんな感じだと思います。私、まだ実際には飛ばしたことありませんけど、何なく分かります」

 

「なるほど……。龍驤は?」

 

「うちも感覚的なもんやけど、おんなじような感じやね。式を艦載機と同期させて、ババーッと飛ばす感じかな? あとは……口ではよう説明できへんけど、どうにかなるんちゃう?」

 

 

 ボウ、と指先に青い光を宿し、龍驤は自信ありげな顔だ。ちとちよ姉妹もコクコク同意。

 まだ演習すらしたことのない彼女達だが、おそらく本能的にやり方は知っているのだろう。

 いちいち技能を習得しなければならない身としては、羨ましい。

 

 

「う~ん、どうすればあれだけの情報量をいっぺんに処理できるんだ? 先が思いやられる……。まぁ、なんだ。かなり頼ることになると思うけど、みんな、よろしく頼む」

 

「はい、千歳にお任せくださいっ」

 

「そうですよ。そのためにワタシ達が居るんだから、遠慮しないで!」

 

「……ああ。ありがとう」

 

 

 情けなくも聞こえるだろうに、返ってきたのは頼もしい声。二人だけでなく、他の三人もまた頷いてくれる。

 そうだ。なにも、一人で一から十までこなす必要はない。

 自分には頼れる彼女達がいてくれる。それが一番大きな武器だ。なら、とことんまでそれを突き詰めよう。

 頼れるところはちゃんと頼って、その上で自分も頼ってもらえるようになろう。今はまだ無理でも、近いうちに必ず。

 

 

「……と、電話か」

 

 

 不意に、《ジリリリ》と黒電話がなった。

 ちょうど会話も途切れたので、もう一度なるのを待ってから受話器をあげる。

 

 

「はい、執務室――あ、書記さん。ええ、おはようございます。はい……はい………………そうですか。……分かりました。いえ、ありがとうございました。失礼します」

 

「書記さんからですか。内容をうかがっても……?」

 

「うん、遠征組のみんなから連絡があったみたいだ」

 

「ということは、任務報告ですね。そのご様子ですと、首尾は上々でしょうか」

 

「……ああ」

 

 

 赤城が口元に手をそえ、上品に笑う。どうやら自然と笑っていたらしい。

 それに対し、今度は意図して大きく笑い返し。

 自分はまた、重い口を開いた。

 

 

 

 

 

「ボーキサイト輸送任務……失敗しちゃったって。なんでか急にコンパスが荒ぶって、納期に間に合いそうもないんだってさ。ははっ」

 

『……ぇええぇぇえええっっっ!?』

 

 

 

 

 




「いい天気ですね……」
「はい。よい風ですね」
「……はっ!? 茶柱――じゃなくて飛んできたゴミか……。不幸だわ……」

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