新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と愉快な仲間たちの里帰り・その四

 

 

 

「じゃあなー、長太くん。また帰りに乗ってけよー」

 

「はい、お世話んなりまーす!」

 

 

 結局、あれから誰も乗ってこなかったバスを、三人で見送る。

 アスファルトの上を走るそれの周囲には、背の低い家々が並んでいた。

 乗り込んだ場所とは違い、もう町中であることが明白な景色だ。とはいえ、横須賀などと比べれば、少々燻んだような町なのだが。

 

 

「ここが、司令か――じゃなかった、お兄さんの育った町なんですね」

 

「ああ。古臭いだろ? 首都圏だっていうのに、まるで二十世紀の片田舎だ」

 

「そんな事ありません。趣があって、私は好きです」

 

「ははは……。お世辞でも嬉しいですよ。じゃあ行きましょうか。すぐ近くですから、さっさと終わらせましょう」

 

 

 日本人らしく過度な謙遜をしてみるが、否定してくれる二人の顔は楽しげだった。

 勝手な推測だけど、小旅行気分……といった感じだろうか? 外れてないと嬉しい。

 バス停を背にしばらく歩けば、すぐに大通りへと出る。

 大通りといっても、車ですれ違うのがやっとの幅で、両脇に個人商店が軒を連ねる、昭和・平成の匂いが漂ってきそうな町並みだ。

 人通りは多い。ついでに、電と鳳翔さんに向けられる男の視線も。

 ふっふっふ、美人だろう、美人だろう! お前らにゃ触れられんし、自分も多分触れられんがな!

 

 という小物染みた優越感に浸りながら、まずは青果店へ。

 親父がウン十年も通い詰める馴染みの店で、当然ながら自分も常連。同い年の友人もいた。

 流石にそいつは居ないだろうけど、オジさん、元気してるかな。

 

 

「こんちわー。お久しぶりでーす」

 

「へいらっしゃい! ……おう? 長太じゃねぇか!」

 

「あれ、シンスケ? お前、シンスケか?」

 

「“の”を抜くんじゃねぇっつってんだろ、“の”を! ……はは、やっぱ長太だ。ひっさしぶりだなぁ!」

 

 

 程なく、店先でしゃがみこむ背中を発見し、遠慮なく声を掛けてみると、立ち上がったのは見覚えのある青年。

 黒い半袖シャツに、「坂田商店」を印字された前掛け。白い捻りハチマキで短髪を引き締めるのは、居ないと思っていた幼馴染、坂田 慎之介である。

 

 

「ビックリした……。お前上京してたんじゃ? オジさん、どうしたんだよ?」

 

「いやー、それがよー。ぶっちゃけ、向こうで事業に失敗してな。これからどうすっかなーって時に、オヤジが腰やっちまったって連絡が来てよ。けっきょく帰ってきちまった」

 

「そっかぁ。大変だなぁ……。でも、こっちも似合ってんじゃないか?」

 

「ははは。帰ってきて三カ月だが、俺もそう思い始めたとこだ。どこまで行っても八百屋の息子ってな」

 

 

 ニカっと笑い、シンスケが肩を叩いてくる。気安い態度は通常の証。自分も笑みで返す。

 自分は進学を選ばされ、シンスケは就職を望んだ事で、自然と連絡が少なくなってしまったけれど、竹馬の友という奴は変わらないらしい。

 

 

「あの、て――長太、さん? こちらの方は……?」

 

「あぁ、すいません放ったらかしに。挨拶させますから」

 

「ん……? ふぉ!? なにこの超美人っ」

 

 

 鳳翔さんの声で、すっかり話し込んでいたのに気付く。

 いかんいかん。自分以外は初対面同士なんだから、互いに紹介しないとな。

 

 

「こいつは小中高と同じ学校だった、昔馴染みの坂田です。シンスケ、こちらは鳳翔さんと有賀(ゆか)さん。“俺”の同僚だ」

 

「初めまして。鳳翔と申します」

 

「有賀です。よろしくお願い致します、なのです」

 

「……はっ、初めましてっ! 坂田 慎之介であります! よろっくおなっしゃーすっ!」

 

 

 三人の間に立って紹介を始めると、あくまで普段通りな二人と対照的に、シンスケは緊張しまくってカッチンコッチンに。

 気持ちは分かる。もし能力に目覚めず、実家を継いで仕事をしてる時に美人が来たら、自分もこんな風になっちゃうだろう。前に同じこと言った気がするけど、美人に慣れるって寂しい。

 余談だが、電が名乗った偽名は、昔の彼女の艦長を任された人物をもじった。こんな美少女に名乗られるんだから、怒られないはず。むしろ喜んでくれる……と良いなぁ。

 

 

「あらっ、長太ちゃんじゃないのっ。来てくれたのねぇ!」

 

「坂田のオバさん、どうも。昨日帰ってきました」

 

「まぁまぁなんだかガッチリしちゃって! お買い物?」

 

「ええ。さっそく使い走らされてます」

 

 

 そうこうしている内に、店の奥からステレオタイプなアフロ・オバさんが現れる。シンスケの母親だ。

 家族ぐるみの付き合いだから、当然この人とも深い親交がある。

 ……んだけども、どうしてだかオバさんはチョイチョイと手招き。近付けば何やらコソコソ耳打ちを始めた。

 

 

(それで、どっちが噂の鳳翔さんなの?)

 

(……はぁ!? な、なんでその名前を……!?)

 

(ご近所ネットワーク舐めちゃ駄目よぉ。長太ちゃんが女の子を大勢連れて帰ってきたって、もう町中の噂なのよ? 年寄り限定だけど)

 

(嘘やん……)

 

 

 誰にも見られないよう注意していたはずなのに、とっくの昔にバレていた。町人の情報収集能力が高過ぎる。

 いや、まだ能力者なのは気付かれてない……と良いんだけど、これは警戒厳重にしないとな……。

 

 

「おい、おい長太! てんめぇ、こんな美人と美少女をはべらせやがって、彼女いない歴五ヶ月の俺に対する嫌がらせか!?」

 

「さり気に短期間なのを自慢してんじゃねぇ! 本当にただの同僚だよ、そういう関係じゃない。あとな……」

 

 

 間の持たなくなったらしいシンスケが、オバさんと入れ替わりに自分の方へ。乱暴にチョークされた。

 仕返しに脇固めを掛けつつ、変に詮索されないよう、今度は自分が耳打ち。

 

 

(どうせ後からオバさんに聞くだろうけど、“俺”が連れてきた子たちは提督に所縁がある。手を出そうなんて考えるなよ)

 

(え。マジそれ? まさかロリ林じゃないよな。っていうか、事務方なのに提督とコネあんのか?)

 

(ロリば………………お前死にたいの? 複雑なんだ。バカな事してくれるな)

 

(こえぇなぁ、軍は……ってか痛ぇわ! 本気出すな!)

 

 

 かなり遠回しな言い方だが、嘘は言っていないし、勘違いしてくれれば儲け物、というつもりで説明すると、シンスケは神妙な顔で頷いた。

 ま、態度はちゃらんぽらんでも根は真面目な男だ。こう言っとけば妙な考えは起こさないだろう。

 それにしても、曙とか大井に罵られるのは平気なのに、こいつに言われると激しくムカついたのはなんでだ? あれか、ご褒美にならないからか。

 ……こういう考えが浮かぶあたり、我ながら、ロリ林って呼ばれても仕方ない気がしてきた。もう少し煩悩を抑えなければ……。

 

 

「お兄さん、お兄さんっ。見て下さい!」

 

「ん? どうかし……ぉおっ? た、玉ねぎが山盛り……」

 

「玉ねぎだけじゃありませんよ? 他にもこんなに」

 

「坂田さんにおまけして貰っちゃったのです!」

 

「あー、そんな。オバさん、気を遣ってくれなくても……」

 

 

 シンスケとのじゃれ合いに興じていると、電が山と抱えた玉ねぎを見せに来る。

 鳳翔さんも、オバさんから根菜類などを溢れそうなほど。

 申し訳なくて辞退しようとするが、人好きな笑顔を浮かべ、自分にもジャガイモを押し付けてくれる。

 

 

「良いの良いの、長太ちゃんの里帰り祝いよ。ほら、これも持ってって?」

 

「……すみません、有り難いです。今回は甘えさせて貰います」

 

「おう、気にすんな。今度来る時は、鎮守府であぶれてる姉ちゃんを紹介してくれよ?」

 

「紹介料払うならなー」

 

「お前のが確実に高給取りだろっ、むしろなんか奢れ!」

 

「なに言ってんだいあんたは!」

 

 

 払った金額の倍以上はある野菜をバックパックに詰め、シンスケが引っ叩かれる音に笑いつつ、自分たちは店を後にする。

 その後も様々な店を巡り、古い顔馴染みとの対面を果たした。

 

 ドラッグストアでシャンプーなどの日用品を買い足し、店主のバアちゃんから栄養剤をオマケしてもらった。

「これ飲んで励め」って言われたけど、何に? ナニにですか? 余計なお世話じゃ独身貴族め。

 魚屋では新鮮なアジやブリを分けてもらった。坂田んとこで貰った大根と合わせて、ブリ大根とかいいかも知れない。

 けどオヤジさん? 国家公務員だからって、いきなり見合い勧めるのはやめて。「仲人百組目は長太くんが良い」とかじゃないの。背後が怖いの。

 米屋の未亡人さんは相変わらずエロ――もとい、綺麗なお姉さんだった。今も昔も高嶺の花で、亡くなった旦那さんは海軍に居たとか。

 それでなのか、「貴方は無事に帰ってきてね」と、帰り際に言われてしまった。なんだか、この人には全て見抜かれてるような……。

 肉屋も店主が代替わりしていて、これまた幼馴染の女の子が切り盛りしていた。いつの間にか結婚していてビックリだ。「呼ぶの忘れてたわー」とか本気でヒドい。

 お詫びとして、揚げるだけのコロッケを五十個ほどゲット。これがマジで美味いのである。

 

 

「お兄さん、大人気なのです」

 

「人気って言っていいのかな……? 地元だし、単に話し掛けやすいだけだよ」

 

「ふふふ。いいじゃありませんか。なんだか、私も嬉しいです」

 

「左様で……」

 

 

 そんなこんながあり、現在は肉屋で買った揚げたてコロッケを頬張りながら、公園のベンチで休憩中。遊具で遊ぶ子供たちが賑やかだ。

 女の子に米袋とかを持たせる訳にはいかないので、帰り道が結構キツい。まぁ、頑張りますけどね、男だし。

 これで買い物リストはコンプしたから、後は帰るだけなのだが……。

 実はあと一軒、寄りたい場所があったりする。

 

 

「すいません、鳳翔さん。ちょっと荷物を見てもらってて良いですか? 個人的に行きたい店が……」

 

「あ、はい。私は構いませんが、どちらに?」

 

「ちょっと酒屋の方へ。すぐ戻りますから、二人はここで――」

 

「あ、あのっ。わたし、着いて行っちゃダメ、ですか?」

 

「へ? 自分は構わないけど、鳳翔さんを一人には……。この町にだって悪人は……」

 

「ご心配なく。私、こう見えても強いんですよ? 行ってらっしゃい、いな――もとい、有賀ちゃん」

 

「はい!」

 

 

 最初は一人で行こうとしたのだが、あれよあれよと、電も着いてくる事に。

 なんだか、物凄く気を遣われてしまった。けど、ここは少しの間だけ、鳳翔さんの好意に甘えよう。

 大人になった電と二人で歩く機会なんて、もう二度とないかも知れないんだから。

 

 そう思い、ベンチから腰を上げた、まさにその時である。

 

 

「やぁやぁ、そこな男よ! 両手に花でこの町を練り歩くとは、いい度胸だな?」

 

 

 唐突に、時代掛かった声が行く手を遮った。

 数ある遊具の中で、時代を超えて愛される滑り台。その上に大きな人影が。

 ざっと見積もっても、身長が二・五m以上あるだろう人物は――

 

 

「痛い目を見たくなかったら、女と有り金を置いて行くのじゃー!」

 

「じ、じゃー! ……です……」

 

「あぁ、なぜ私はこんな格好を……」

 

 

 古臭い、スケ番のような格好をしたツインテ・グラサン女子が、同じくスケ番っぽい女子に肩車されているだけだった。

 というか、利根である。肩車してるのは、揃いのグラサンにマスクを追加した足柄か? 順番待ちの子供が、「早く行ってよー」「危ないよー」と苦情を申し立てている。

 滑り台の下で追随してたのが羽黒で、恥ずかしがってるのは妙高に違いない。二人もスケ番っぽい格好だ。グラサンも同様。半袖セーラーに超ロングスカートとか、何してんだよ……。

 

 

「あー、どこの誰とは言わないけど、無理すんな……」

 

「お気遣い、ありがとうございます……と言いたいのですが、そこはかとなく馬鹿にしていらっしゃいませんか?」

 

「んな訳ないじゃないか。純粋に憐れだなぁと」

 

「それはそれで酷いと思いますぅ……」

 

 

 とりあえず、一番話しかけやすい妙高を慰めるのだが、言い回しが気に食わなかったらしく、額に青筋。

 いつものオドオドした調子に戻る羽黒も、羞恥心に耐えるよう、肩を狭めている。

 しかし、ああは言ったけれど、似合ってない訳じゃない。羽黒とか、セーラー服がデフォでも良かったんじゃないかと思えるくらいだ。

 妙高はコスプレ……いやさ、正しい意味でのコスチュームプレイにしか見ないけど。口に出したら殺されそう。

 

 

「おい、お主ら! 何を呑気に歓談しておるのじゃっ。せっかく吾輩が悪役を買って出て、気分を盛り上げてやろうというのに!」

 

「盛り上げる、と言われましても……」

 

「今は遠慮したいのです……」

 

 

 一方、無視されて傷ついたらしい利根は、滑り台をスーッと下り、尊大に胸を張っていた。

 足柄もその後ろに続くが、何故か彼女は一言も喋ろうとしない。「うんうん」と大きく首を振るジェスチャーだけである。

 色々とツッコミたくて仕方ないけど、まずは、なんでここに居るのか確かめ――

 

 

「Heeeeey! そこ行く買い物袋を提げたGentle Man! ワタシと一緒にTea Timeしまセンかー?」

 

 

 ――たかったのに、またしても横槍が入る。

 キキィーッ、という自転車のブレーキ音。

 それが聞こえてきた公園の入り口には、見覚えのある三人乗り自転車と、見覚えのあって欲しくない三人の姿があった。

 

 

「なんとなんと! 今なら両手に花どころか背中も埋まる出血大Service中デース! C'mon,Join us!」

 

「え~……。不本意ですが、姉さまがお望みとあらば、全力で接待致します!」

 

「流石に、ついて来なければ良かったと後悔しています、私。ええ……」

 

 

 三人とも、顔を隠すようにレスラーの覆面してるが、金剛と比叡と霧島だ。ちなみに服装はレスリングのアレ。大姉が一時期ハマって投げ捨てた、アマチュアレスリング用品だろう。

 もうどこから突っ込んで良いのか分からない……。榛名がここに居ないのだけが救いだよ……。

 だがしかし、このままでは児童公園がカオスの海に飲み込まれる。その前に状況を把握しないと!

 

 

「なぁ。そこの、初対面であるはずのお嬢さん。色んな事をさて置いて、一つ聞きたい」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「……まさかとは思うが、他にも来てないだろうな?」

 

「………………」

 

「おい。頼むから何か言ってくれ。おい!?」

 

「あ、あの、司令か――じゃなかった。長太、さん? お、落ち着いて……」

 

 

 切実な問いに、妙高は視線を逸らす。

 思わず詰め寄って肩を揺すぶるも、羽黒が慌てるのみ。

 どういう事だ。もうすでに野次馬が集まってるというのに、まだ他にも来るのか!?

 勘弁してくれよぉぉ……っ。

 

 

「クー、マッマッマッマッマ……。クー、マッマッマッマッマァ!」

 

「な、なんだ。この投げやりかつ暗い感情のこもった変な笑い声……?」

 

「あ! あれを見てっ!」

 

「え? どこどこ――って鬼怒まで居んのか!?」

 

 

 泣きそうな自分へ追い討ちをかけるが如く、辺り一帯には奇妙な声が響き出す。

 すると、野次馬の中に居た見覚えのある少女……ぶっちゃけ鬼怒だが、彼女がある方向を指差した。

 そこにあったのはジャングルジム。んでもってお約束、滑り台と並ぶ大人気遊具の上にはまたしても人影が、今度は五つ。というか五色?

 

 

「買い物を楽しんでらっしゃる方々に絡み、言い掛かりや難癖をつけるその所業……。たとえ天が許しても、わたくしたちが許しませんわっ!」

 

「我らクマ・レンジャーが、力無き人々に成り代わり、成敗させて頂きます。……あ、姉さ~ん? スケ番姿も格好良いですよ~」

 

「もはやヤケくそだクマァ……。カラーイメージなんかに囚われず、悪を懲らしめる名目で暴れまくってやるクマァ……!」

 

「落ち着いて下さいな、ブルー。それ、敵側のセリフですわ」

 

『ちょっとー、そこの女の子たちー。危ないから降りて来なさーい』

 

「あ、はいっ、ごめんなさい、お騒がせしてごめんなさいっ! あぁぁ前髪がぁぁ」

 

 

 婦警さんに拡声器で注意される彼女たちは、極々一部の限られた人間だけにお馴染みの、クマ・レンジャー五人衆であった。

 部分的に顔を隠す仮面。クマ耳。パッツンテカテカなボディスーツ。レッドが三隈、グリーンが筑摩、ブルーが球磨でピンクは熊野。謝り倒すイエローが阿武隈だ。

 どこからどう見ても戦隊ヒーローモドキです。本当になんて事をしてくれやがる。

 

 

「なんなんだよ、あれ……」

 

「知らないの提――お兄さん!? あれはね、横須賀で大人気……になる予定の(ボソッ)非公認ご当地ヒーロー、クマ・レンジャーだよ!

 でも、本物は今日も鎮守府で活動してるはずだから、物真似してる一般の人だね、きっと。いやー、広まったもんだねー?」

 

「いや、ここ関東つっても端っこだし。横須賀からめっちゃ離れてるし。知る限りでは地名にクマとか付かないし。つーか最初の笑い声は悪役だろ……」

 

「永遠に非公認のままなのでは?」

 

「なのです」

 

 

 脱力しながら呟くと、ここぞとばかりに解説を始める鬼怒。どうやらこれが役目だったらしい。割と冷静な鳳翔さん・電のツッコミが虚しく風に消える。

 そして周囲のお子様たち。「カッコイイー」とか「ホンモノの戦隊ヒーローだー」とか言っちゃいけません。

 あれ偽物だから。ある意味ヒーローには違いないけど路線が違うから。調子に乗るから応援しちゃダメ。

 

 

「ぬぅ……。現れおったなクマ・レンジャーめ! しかしっ、吾輩たちの邪魔はさせぬぞ!」

 

「ちょっと待つデース! Youたちの目的は女子、ワタシたちの目的は男子。ここは共同戦線を張りまショー!」

 

「は? い、いやな、あれは言葉の綾というか、様式美というか……」

 

「目的はアレですが、お姉さまと一緒に何かを成せるというのなら、それだけで私は満足です!」

 

「いやだから……聞けお主ら!」

 

「今の姉様たちには何を言っても無駄です、諦めましょう……」

 

「あの、妙高姉さん。わたしたちは……?」

 

「あれに参加するくらいなら解体を選びます。荷物番でもしていましょう」

 

 

 ご当地ヒーロー登場に場が湧き上がる? 最中、チーム・スケ番とチーム・アマレスは、即席のコンビを結成したみたいだった。

 利根の言い分はスルーされ、足柄は無言で肩を回し、金剛・比叡も準備運動中。無我の境地に達した霧島を置いて、妙高と羽黒は一切参加しようとしてないから、チームワークは最悪なのが予想される。

 

 

「まぁ! 二組の敵がコンビを組んで襲い掛かってくるなんて……。胸踊る展開ですわ!」

 

「確かに、戦隊モノの定番ですね。ついでに、姉妹が敵味方に分かれてしまっている、という設定も」

 

「そんな事はどうでもいいクマ! 動いてないと恥ずかしさで死にそうクマァ! さっさと終わらせるクマァアアッ!」

 

「賛成ですわ。このスーツ、シェイプアップ効果はありそうですけれど、流石にタイト過ぎて、色々と……」

 

「全く、最近の若い子は……! ジャングルジムの上で立っちゃ駄目! 子供が真似したらどうするの!」

 

「ご、ごめんなさい、すみません、もうしません! っていうか、なんでアタシだけ怒られてるのよぉ……」

 

 

 いそいそとジャングルジムを降りたクマ・レンジャーはといえば、シチュエーションに感動したり、ダークサイドに落ちそうだったり、不自然な盛り上がり方の胸元を隠したり、叱られたりと忙しい。

 熊野のアレは、おそらくパッドなんだろう。また要らん事実を知ってしまった。鈴谷の谷間は本物だったのに、哀れ。

 しかし、完っ璧にこっちのこと忘れてるな。全力で楽しみ過ぎだろ。

 もう“桐”がどうとか身バレがどうとか、考えるだけ無駄なように思えてきたよ……。いっそバラした方が楽なんじゃ……。ははは……。

 

 

「……今なら気付かれなさそうだし、他人のフリして帰ろうか」

 

「で、でも、良いのでしょうか? 放っておいて……」

 

「鳳翔さん。触らぬ神に、ですわ。それに、収拾がつくとも思えません」

 

「あのー、鬼怒も一緒に行っていいかな? もうお仕事終わっちゃったし、やる事なくて……」

 

「……ま、良いだろ。さ、帰るぞー」

 

「なのです。あ、羽黒さん。セーラー服、とってもお似合いなのです」

 

「ありがとう……。実は、ちょっとだけ楽しかったです……」

 

 

 ひとまず、この場に留まるのは得策でないと判断し、自分たちは荷物を抱え、六人で家路につく。

 警察の上の方に連絡が行ってるはずだから、酷いことにはならないだろうし。

 あ、酒屋は……別にいいか。逃げる訳でもないんだ。また後で来よう。

 

 

「ええい、まどろっこしい! とにかく、行くぞクマ・レンジャー!」

 

「Loveを獲得するためなら、誰が相手でも容赦しないデース!」

 

「提と――ではなく、善良な市民のお買い物は邪魔させませんわ! 皆さん、行きますよ!」

 

「あー、貴女たち。ちょっと交番まで来てくれる?」

 

『え?』

 

 

 さぁ、帰ったらゆっくりするぞー。

 後ろで騒いでる連中の声なんて無視するぞーっ。

 聞こえない。聞こえない。聞こえないったら聞こえないー!

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ただいまー。あー、無駄に疲れた……」

 

 

 盛大な溜め息と共に、重たいバックパックをゆっくりと玄関へ降ろす。

 声を聞きつけたようで、聞きなれた足音が聞こえてきた。予想通り、母さんだ。

 

 

「おかえりなさい。早かったわね。金剛ちゃんたちが変な格好で出て行ったから、もっと遅くなるかと思ってたんだけど」

 

「分かってたんなら止めてくれよ母さん……。あ、そうだ。また人数増えたから、那智さんに追加を頼まなきゃ」

 

「あら、そっちも?」

 

「えっ。“も”?」

 

 

 帰りはお喋りしながらだったので気付かなかったけど、妙高たちに加えて、後できっとこの家に来るであろう利根たちの分も考えると、予定していた量では絶対に足りない。

 急いで那智さんの携帯――念のために持ってもらっていた――へと電話するのだが、母さんの発言が引っかかった。

 も? まさか、利根たちだけじゃないのか? すでに家でも増加済みなの? 嘘だろオイ……。

 

 

「初めまして。私、妙高型重巡洋艦、妙高です。那智の姉です」

 

「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ子です。あ、あの……ごめんなさいっ、突然押しかけてしまって……っ」

 

「そしてわたしが軽巡、鬼怒でーす! 提督のお母さん、ですよね? 初めまして!」

 

「あらあらまぁまぁ。また美人さんが増えちゃって。あの子たちといい、この子たちといい、これは殺害予告を出されるわけねぇ」

 

「ちょっと。息子の命が危機にさらされてるんですけど? ……あ、那智さん? 自分だけど。実は……」

 

 

 キチンと問い質したかったけれど、その前に妙高たちの挨拶が始まり、電話も繋がってしまったのでウヤムヤに。

 ううむ、正確な人数が欲しいのに……。仕方ない、かなり多めに買ってきてもらうとするか。

 ちなみに、那智さんの現在地は大姉の家っぽい。後ろで遊んでる甥っ子たちの声が聞こえていた。

 

 

「司令官さん。電たち、先に食材を冷蔵庫へ入れちゃいますね」

 

「ああ、頼むよ」

 

「はい。すぐお夕食の支度に掛かりますから」

 

「楽しみです。……はいはい、米はこっちで買いましたんで……」

 

「よっこいしょ……! あぁ、腰にくるわ……。歳はとりたくないわねぇ」

 

 

 電、鳳翔さん、母さんがバックパックを運び出し、サポートには妙高たちが。任せても大丈夫そうだ。

 自分も通話しながら靴を脱ぎ、ちょっと休もうと居間へ歩き出す。

 しかし、ちょうど曲がり角の所で、胸にポスンと軽い衝撃。誰かとぶつかってしまったらしい。

 

 

「おっと、ごめん。電話して――て――」

 

 

 一歩後退し、すぐさま謝ろうとするも、喉は勝手に凍りつく。

 驚愕してしまったからだ。

 ぶつかった相手が悪かったんじゃない。予想外の相手だった訳でもない。

 そう、問題は。

 

 

「提督。おかえりなさいませ。榛名こそ、申し訳ありませんでした。お出迎えできず……」

 

 

 榛名が着ている、服にあった。

 紺色を基調とし、三角形の襟と赤いラインが特徴の上着と、間隔の大きいプリーツスカート。

 いつも彼女が着ている巫女服もどきではなく、もう思い出の中でしか見られない、セーラー服。

 

 

「ゆ――榛名? そ、その格好は……?」

 

「あ、はい。提督がお出になってすぐ、大姉様が着てくれ、と。榛名、セーラー服って初めて着ましたっ」

 

 

 よく見えるように腕を広げ、クルリとその場で一回転。

 黒髪とスカートが緩やかに浮き上がり、心臓は勝手に跳ね上がる。

 ウキウキしている彼女の表情が、かつての想いを呼び起こそうとしていた。

 

 

「……あの。おかしい、ですか?」

 

「ぃ、いや、いやいやっ、そんな事あるはずがない、んだけどもっ。……あっ、那智さん!? うちのバカ姉まだ側に居ますか!? 腐ってる方!」

 

 

 ついつい見惚れていたのを、榛名は勘違いしたらしい。

 楽しそうな笑みが萎んでしまったのをきっかけに、自分はなんとか正気を取り戻し、慌てて繋がったままの電話口に叫ぶ。

 数秒の間を置いて、不遜な声が耳に届いた。

 

 

『おい長太、聞こえていたぞ。腐ってるとはなんだ、腐ってるとは。発酵してると言え』

 

「黙れ乳酸菌なんか含有してない癖に。これはどういう事だよ! 榛名に何をした!」

 

『うん? ……あぁ、本当に着たのか。真面目な子だな……。しかし、その様子では気に入ったらしいな?』

 

「気に入るとかそういう問題じゃ……!」

 

『はっはっは。あれだけそっくりなんだ。少しばかり昔を再現したくなって当然だろう。それに、無理強いはしていないぞ。もし良かったら後で着てくれ、と土下座しただけだ』

 

「そんな事したら着るに決まってるだろ……。榛名は大姉と違って、凄く真面目で優しい良い子なんだぞ……」

 

「そ、そんな……。榛名には、もったいないお言葉、です……」

 

 

 壁に手をつき苦悩する自分と反対に、榛名はクネクネしている。

 つい勢いで褒めちぎってしまったが、別に間違ってないので放っておくとして。

 本っ当にこの姉は、弟で遊ぶ為ならプライドも簡単に捨てるな。そろそろ飽きてくれ。

 

 

『ところで長太。榛名くんに代わってくれるか』

 

「ヤダよ。今度は何を吹き込む気だ」

 

『失敬な奴だな、さっきから。いいから代われ』

 

 

 有無を言わさぬ口調で、大姉が悪巧みの指示を下してきた。絶対ロクでもない事を考えてるんだろう。

 正直、従いたくなんてないが、ここでやらないとなると、予想外のタイミングで不意打ちされる可能性もある。

 ドッキリを食らうよりは、自分からトラップに掛かる方が幾分マシか……。

 仕方なく、渋々、嫌々、榛名へ携帯を渡す。受け取った彼女は、首を傾げながらも大姉と会話し始めた。

 

 

「はい、もしもし。……はい。はい、ピッタリでした。

 ……え? で、でも、それって……。はい……はい……」

 

 

 コクコク頷き、また小首を傾げてこっちを見る榛名。

 綺麗に整えられた眉が歪み、疑っているような雰囲気だったが、やがて首は縦に振られる。

 携帯を胸に抱え、彼女は一つ深呼吸。背筋を正した。

 

 

「提督。さっきのお出迎え、やり直させて頂いても良いでしょうか?」

 

「は? やり直しって、出迎えを?」

 

「はい。ぜひっ」

 

「……まぁ、良いけど」

 

 

 奇妙な申し出に、何かがおかしいと思いつつ、その真剣さに了解してしまう。

 吹き込まれた内容が心配だけど、実行するのが常識的な感覚を持つ榛名であれば、トンでもない事にはならない……はず。

 不安を抱えながら、自分は一度玄関を出て、心の準備を整える。

 ……あかん。不安がどんどん膨らんでいく。逃げ出したくならない内に、さっさと終わらせなければっ。

 

 

「た、ただいま……?」

 

 

 とはいえ、懐疑心に苛まれていては元気も出ず、おっかなびっくり、忍び込むみたいに引き戸を開けていく。

 見えるのは……榛名の背中。

 今気付いた、という風体の彼女は、先程と同じようにクルリと振り返り。

 

 

「ぉ、おかえりなさい、長太くんっ。お買い物、ご苦労様!」

 

「――グホァ!?」

 

「きゃっ」

 

 

 まるで“年上のお姉さん”のような口調を使い、ニッコリと微笑みやがってくれた。

 言い回しがおかしくなっているが、自分にとってはそれ程までに衝撃だったのだ。

 だってあれは、自分があの人に惚れた状況の、再現だったのだから。

 

 

「どうしたの、いきなりむせて……」

 

「そ、それはこっちのセリフだ……。どうしたんだよ、榛名?」

 

「む。こぉら。年上の人をそんな風に呼んだら駄目でしょ? 榛名お姉ちゃん、もしくはハル姉と呼びなさい」

 

「へ」

 

「呼、び、な、さ、い!」

 

「えぇ……」

 

 

 そんな事とは露にも思っていないのだろう、榛名はあくまで年上振って、前のめりに叱りつけられる。これも同じだ。

 あの当時、生まれたばかりの上の弟に家族を取られたと感じ、自分は人知れず不貞腐れていた。

 まともに動けない両親と姉たちを手伝い、本当は嫌なのにお使いをこなし、鬱々と「ただいま」を言って。

 そこへ、明るく声を掛けてくれたり、反発して叱られたり。たまたま遊びに来ていた時、出迎えてくれたりするのが、嬉しかったのである。

 

 

「は、ハル、姉?」

 

「うん。よく出来ました」

 

「……どうも」

 

 

 懐かしさと、初めて見る榛名の強気な表情に押され、考えもしなかった呼び方をしてみる。

 満足気な笑みが返り、自然と見つめ合う形となった。

 廊下との段差のおかげで、身長はほぼ同じ。いつもと違う高さが、奇妙な、浮ついた気持ちを産んだ。

 どう反応すべきか迷っていると、榛名の方が先に表情を変えていく。

 満面の笑みに戸惑いが差し、戸惑いはやがて焦りへ。

 焦りが唇を歪ませて、視線もさまよう。……どうやら、照れが入ってきたらしい。

 

 

「なぁ。そろそろ説明して貰えると助かるんだけど」

 

「ううう……。何事もなかったように返さないで下さい……。こうすれば提督がお喜びになると、大姉様は仰っていたのに……」

 

「あんのクサヤ女ぁ……」

 

 

 冷静を装って聞いてみると、ますます小さくなる榛名。

 その姿自体は可愛らしく思えるけれど、自分の中の感情は硬質化していく。

 ……ハッキリ言っておかなきゃ、マズいな。

 

 

「榛名。電話を返してもらえるか」

 

「は、はい。あの、お気を悪くなさったのでしたら――」

 

「いいんだ。君は気にしなくていい」

 

 

 語気を強めると、差し出す手は怯えたように震える。

 自分のせいなのに、八つ当たりみたいになってしまった。とことんダメだな、自分は。

 とにかく、受け取った携帯を再び使い、榛名に背を向けながら大姉へと発信。

 掛かってくると予想していたのだろう。こちらが口を開く前に、大姉が喋り出す。

 

 

『どうだ。興奮したか? お前は本当に裕子の事が好きだったからなぁ。しかしだ、やらせておいてなんだが、その子は――』

 

「大姉。どうしても一つだけ言いたい事があるんだ。真面目に聞いてくれる?」

 

 

 いけしゃあしゃあと続く高説を、本気の声で押さえ込む。

 姉が黙り込んでいる内に、昂ぶりそうな気持ちを落ち着かせ。

 努めて静かに、伝える。

 

 

「確かに榛名は裕子姉に似てるよ。でも、この子は裕子姉じゃない。榛名なんだ。今を生きてる榛名を、想い出で塗り潰すような真似は、やめてくれ」

 

 

 どんなに面影を残していても。

 どんなに立ち姿が似ていても。

 ここに居るのはかつての想い人ではなく、今を生きる仲間なのだ。

 そう思わせたのは自分の心が原因で、榛名には嫌な荷物を背負わせてしまった。

 でも、だからこそ。榛名に誰かの影を押し付けるような真似だけは、して欲しくなくて。

 本気の言葉で、本気の気持ちを伝える。

 

 

『……むぅ。言おうとしていたことを言われてしまった。お前も成長していたんだな。姉は嬉しいぞ』

 

「は? 何を言って……?」

 

『なんでもないさ。少し調子に乗り過ぎてしまった。余計なお世話だったな、反省する。榛名くんにも後で謝ろう。じゃ、もう切るぞ』

 

「あ、ちょ……切れた。ったく、なんなんだよ……」

 

 

 大姉の反応は予想外というか、実にアッサリと反省の意を表明した。

 通話も切られてしまったが……なんだろう。やけに焦っていたような気が……?

 しかし、わざわざ確認するのも無粋と思い、携帯をしまってやっと家に上がる。

 と、今度は榛名の様子がおかしい。ボーッとした顔で、こっちを凝視しているのだ。

 

 

「どうかしたか、榛名」

 

「――あ。ぃ、いえっ、なんでもありません! 榛名は大丈夫です! むしろ絶好調です!」

 

「え、あ、そうなの? ならいいんだけど……。ごめんな、大姉が迷惑かけて」

 

「いいえっ。セーラー服も着れて、お姉ちゃんって呼んでもらえましたっ。……比叡姉様の言っていたことも、本当でしたし。榛名、感激です!」

 

「まだお姉ちゃん呼びにこだわってたのか……」

 

 

 声をかければ、ハッとなって身嗜みを整え始め、両の拳を胸の前で握るガッツポーズ。

 変な事させてしまった詫びもするのだが、ますます瞳を輝かせるばかり。

 どうしたんだ本当に? 最後の比叡ウンヌンはなんの事よ? わけ分からん……。

 

 

「おぉぉ……。新しいフラグが立つのを捉えちゃった……。村雨ちゃん、相手は強敵揃いだよ……!」

 

「ん……? 白露!? な、なんでここに!?」

 

 

 困惑していると、廊下の陰に光るレンズが。

 よくよく目を凝らしてみれば、この場にいないはずの駆逐艦・白露が構えるデジカメだった。

 まさか、今までのやり取り、全部……?

 

 

「あ、バレちゃった。えっと、懲罰任務で動けない青葉さんの代わりに、提督のおもしろ里帰りを撮影に来ました! さっきのも良く撮れてるよ~」

 

「消せ。消すんだ。消しなさい!」

 

「ちょ、ダメって、カメラに触っちゃダメですってぇ!」

 

「あ、提督? お待ちをっ」

 

 

 ズビシッ! 敬礼し、当たって欲しくない予想を見事に肯定する白露。

 奪おうと襲いかかるも、機動力を生かして逃げ回る彼女は、そのまま居間へと逃げた。

 追ってくる榛名を引き連れ、自分も駆け込むと――

 

 

「中吉くんの、ちょっといいとこ見てみたい。あそーれ一気、一気!」

 

「……っ……ぐ……ふぅ」

 

「わ~。もう五本目なのに、凄いっぽい~」

 

「あの、どうか無理しないで? 炭酸の一気飲みは、身体に悪いから……」

 

「うっぷ……。あの、ゲップしてきても、いいですか……?」

 

 

 ――村雨、夕立、時雨に圧迫接待される中吉という、信じがたい光景が広がっていた。

 座卓の上にはラムネ瓶が転がり、口元を押さえた中吉は、ヨロヨロと、おそらくは洗面所に向かって出て行く。

 なん、じゃこりゃあ……。

 

 

「あれ、提督じゃん。帰って来てたの? お帰り」

 

「鈴谷まで……。なんでエプロンなんか付けてんだよぉ……」

 

「むっ。なぁに、その言い方? 熊野の付き合いだもん、仕方ないじゃん。

 っていうか、男ならむしろ喜ぶべき所っしょ。制服エプロンだよ~? ほらほら~」

 

 

 あんぐり。大口を開けて茫然自失する自分に、またしても居ないはずだったJK統制人格、鈴谷が寄ってきた。

 ブレザーを脱ぎ、シャツの上からチェック柄のエプロンを着け、スカートの端をつまんでヒラヒラ。

 頭を抱えたいこっちの気も知らず、自慢気にドヤ顔している。

 

 

「どうよ、ご感想は?」

 

「エロい。可愛い。如何わしい。以上」

 

「エロっ……!? こ、このっ、もうちょい言い方ってもんをっ……。ま、まぁ? 鈴谷の溢れ出る色気を考えれば、DTな提督は――」

 

「なぁ白露。一体何人で来たんだ?」

 

「ええっと、私、時雨ちゃん、村雨ちゃん、夕立ちゃん。あとはクマ・レンジャーと、妙高さんとか重巡が六人に鬼怒さんかなぁ。電車で来たんですよー、もちろん先頭車両に乗って!」

 

「プラス十六人……。もう来てるのと合わせたら、うちの艦隊の半分近くじゃねぇか……。誰が許可出したんだよ……」

 

「えっと、中将さん。白露たちが直談判しに行ったら、『存分に遊んでおいで』、って。話の分かる上司ってカッコイイよねー!」

 

「なに考えてんですか中将ぉおぉぉ……」

 

「ちょっと! 無視しないでよっ!?」

 

「す、鈴谷さん、どうか落ち着いて……?」

 

 

 なんだか本音が混ざっちゃった気もするが、白露との質疑応答にまた呆然とし、座卓へ崩れ落ちる。鈴谷の抑えは榛名に任せよう。

 もう隠蔽工作とか無意味じゃん。これ絶対バレるよ……。いや、中将がそうしろって言ったなら、何か考えがあるのか?

 でもなぁ、あの人、孫みたいな歳の子に弱いしなぁ。キチンと対策されてるのを祈るしかない……。

 と、うな垂れる自分に差し出されるラムネ。隣に移動して来た村雨だ。

 

 

「はい、外を歩いて喉乾いたでしょう? 提督も飲んで」

 

「ありがとう、村雨。喉乾いた原因は別にあるんだけどね……」

 

「うん……。ごめんね、提督……。僕は遠慮しようかとも思ったんだけど、押し切られて……」

 

「だって~。どうせ行くなら、みんな一緒の方が楽しいっぽい!」

 

「戻りました……。兄さん、統制人格って、凄く個性的な子ばっか、なんだね……」

 

「……なんか、ごめん」

 

 

 お喋りしている間に中吉が戻り、疲労困憊といった顔で呟く。

 一体いつから白露たちの相手をしていたのか。自分には知る由もないというか知りたくないんだけど、とにかくご苦労様……。

 にしても、重巡が六人か。妙高、羽黒、足柄、利根、鈴谷……最後の一人は最上だろうか?

 

 

「鈴谷。三隈たちが来てるってことは、最上も居るのか?」

 

「あ、三隈には会ったんだ。居るけど? 古鷹たちを手伝うって言ってたから、今は裏庭の方じゃないの。ちなみにぃ、私はパパさんとお料理――」

 

「そっか。じゃあ自分、そっちの様子見ながら休んでるよ。少し、今後の身の振り方について真剣に考えたい……」

 

「あの、榛名もお供して良いでしょうか?」

 

「お好きにどうぞ……」

 

「……なんで中途半端に無視するの!? ねぇ!? うぅぅぅ、いいもんっ、鈴谷はパパさんと仲良くしちゃうんだからー!」

 

「母さんが怖くないならお好きにどうぞー」

 

 

 ラムネを片手に立ち上がり、「行ってらっしゃーい」と手を振る村雨たちと別れを交わして、また榛名と場所を移動する。

 なんだか構って欲しそうな叫び声も聞こえるけど、今は本当に休みたいんだ。後でな、後で。親父は母さん一筋だから放っといても平気だろうし。

 

 居間から離れれば、廊下には二人分の足音だけ。

 なんの気なしに隣を伺うと、ちょうど肩の高さで黒髪が揺れていた。

 

 

(昔は、ずっと見上げてたんだよな……って、イカンイカン。大姉にあんなこと言っといて、自分が思い出してどうすんだアホ)

 

 

 大きく頭を振り、脳裏によぎった懐かしさを、弾けるラムネの気泡へ溶かす。

 服装がいけないんだ、服装が。折を見て、元の服に着替えてもらおう。

 榛名にも気付かれたようで、少し早歩きにこちらを覗き込んでくる。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いや、なんでもない。似合ってるな、と思っただけ。まぁ、自分はいつもの巫女服も好きだけどさ」

 

「あ、ありがとうございます……。お望みでしたら、すぐに着替えを……」

 

「そこまでしなくても良いよ。風呂に入る時とかで。まぁ、これでハル姉が見納めかと思うと、ちょっとだけ残念だけどね?」

 

「……もう、お姉さんをからかっちゃいけませんっ。……とか、言ってみちゃいました」

 

 

 冗談めかして目を細めれば、握り拳が叩くふり。

 さり気なく褒める事で意識を誤魔化しつつ、誘導することも出来たようだ。

 しかし、純粋に喜んでる姿を見ると、かなり良心が咎めるな……。

 なんだか榛名が横滑りしてるよ……横滑り?

 

 

「ん? あれ、榛名……ってぉおぉ!?」

 

「て、提督っ!? え、雷さんと、響さんが、え?」

 

 

 いや、横滑りしてる――強制的に方向転換させられているのは、自分の方だった。

 音もなく背後から忍び寄った二人、響と雷に両腕を組まれ、直進するはずだった廊下を九十度に。有無を言わさず引きずられている。

 思わず落としてしまったラムネは榛名がすんでの所でキャッチ。そのまま追いかけてくれた。

 こ、こんな力どこからっ?

 

 

「ちょ、おい、なんだ、何事ぉ!?」

 

「ごめんね、司令官。説明はちゃんとするから」

 

「今は黙ってこっちへ」

 

 

 腕まくりしたセーラー服の上からエプロンを掛け、雷は頭に三角巾を。響は髪型をポニーテールに変えていた。

 多分、電や鳳翔さん、親父と一緒に夕食の準備をしていたんだろうけど、マジでどうなってるの?

 

 

「司令官、今から響が言うこと、よぉ~く、覚えてね? いい?」

 

「はぁ? な、なんなんだよ、いきなり。先に説明を――」

 

「切った前髪の長さは五mm、マスカラはウォータープルーフの繊維タイプ。

 ファンデは薄塗りで、チークは軽く撫でる程度。リップは電のと同じメーカーだけど、色が微妙に明るい。

 とりあえず、これだけ覚えれば十分だと思う。じゃあ、幸運を祈る」

 

「――どわぁ!?」

 

 

 とある襖の前で足を止めた二人は、突然妙なことを言い始め、かと思ったら、わずかに開けた隙間へと押し飛ばされた。

 思考が追いつかない自分は、もんどりうって畳に顔面から墜落してしまう。

 

 

「いったぁ……。何この仕打ち……」

 

 

 赤くなっているだろう鼻の頭をさすり、とりあえず八畳ほどの、荷物がない部屋の様子を伺ってみる。

 薄暗い。西日が差し込んでいるとはいえ、もう電気をつけなければ字も読めない暗さだ。

 でも、なんだか部屋の一角がやけに暗過ぎるというか、そこだけ影が濃厚というか……。

 

 

「――司令官――」

 

「うぉぉおおおっ!? ……あ、暁?」

 

 

 突如として浮かび上がる少女の顔。

 思わず後ろ向きに匍匐前進し、襖へ張り付いてしまったが、よーく見てみると、今にも死ぬんじゃないかってくらいに表情を暗くした、体育座りの暁だった。

 何故か髪型はツインテールになっており、服装もセーラー服ではなく、黒系の……なんだろ? まぁ何か着ている。

 総合的に見れば可愛いはずなのに、表情とシチュエーションのせいで、憎しみに染まった呪いの人形としか思えない。

 はぁぁぁぁ……。いや、マジでチビるかと……。

 

 

(暁ね、小姉さんにメイクして貰ったは良いんだけど、それを誰にも分かってもらえなくてスネてるのよ……)

 

(みんな、指摘するのは髪型か服装くらいだったんだ。だから、司令官が色々と褒めまくって、機嫌を直してあげて欲しい。よろしく)

 

(イヤイヤイヤいきなり過ぎるわ! っていうかそれで喜ばして良いのか!?)

 

(……よく分かりませんが、榛名、応援しますね!)

 

(待って、行かないで、襖閉めないでぇ!?)

 

 

 安心していいのか、それとも恐怖に震えるべきか。よく分からないまま溜め息を零す自分へ、微妙に開いた襖から事情の説明が。

 遅いよ色々と! 榛名も応援してないで助けてくれっ、自分にゃ荷が重いです!?

 とか心で叫んでいるうちに、ズリ、ズリ、ズリ――と、にじり寄る気配。

 あぁぁぁぁ来るぅぅぅぅ……!

 

 

「……ねぇ、司令官……。暁、どこか変わったように思わない……?」

 

「あ、あぁ……。そう、だな……。その前に、電気点けていいかな。見えないし。ね?」

 

 

 暁はまるで、どこぞの口裂け女みたいな質問をしてくる。

 ひとまず、精神的なコンディションを整えようと、返事を待たずに部屋の灯りを点ける。昔ながらの紐で引っ張るやつだ。

 数秒の重苦しい沈黙が過ぎ、やっと室内が明るくなれば、そこに居るのは呪われた人形なんかじゃなく、本当に愛らしい少女だった。ダウナー系の。ある意味、こっちも電並みの別人だな……。

 

 着ている服は、かつて小姉が着ていた制服だ。シンプルな紺色のブレザーで、胸ポケットの上に盾型の校章が縫い付けてある。

 う~ん、なるほど……。暁をアダルティーにするの諦めて、プリティーに走ったな? 確かにアイドルグループとかに居そうなレベル。

 これなら褒めるのも簡単だが……。いや、暁が気付いて欲しいのはあからさまな所じゃないはず。響からの情報を活かした方が賢明か。

 覚悟を決めた自分は、目の前でペタンと女の子座りをするローティーンアイドルへと、あぐらをかいて真っ正面から向き直る。

 

 

「ま、前髪切った?」

 

「……っ! そ、そうなのっ。ほんのちょっとだけど、小姉様に整えてもらったのよっ」

 

「そっかそっかー。通りでー。……ふぅ、聞いといてよかった……」

 

「ねぇねぇ! 他には? 他には何か気付かない?」

 

 

 まずは定番の髪を指摘してみると、目に見えて表情が明るくなり、上目遣いにおねだりしてくる。

 どうやら、溜め息から後ろのセリフは上手く隠せたらしい。危ねぇ危ねぇ……。

 ま、ここまで来たらやり通すしかない。カンニングしてるのがバレないよう、適度に変換して煽てなければ!

 

 

「いつもより、目がパッチリしてるような、気がするな。あと、いつもより肌が綺麗で、表情も明るく見えるなー」

 

「うん、うんうんうんっ! もっと、もっとないっ? ねぇねぇねぇ司令官っ!」

 

「ぉおぉぉおぉ、揺らすな揺らすな、あと、は、えっと……。く、唇! 唇がツヤツヤで艶かしい、かなー?」

 

「な、艶かしい!? ……大人よ、凄くレディーっぽい表現! やっぱり暁には司令官しか居ないんだわー!!」

 

「うわっと」

 

 

 全身からキラキラしたオーラを放つ暁は、振り子のように身体を揺すって続きをせがみ、「艶かしい」に驚愕する。

 しまった、言葉の選択を間違えた……とか思ったのも束の間。ウットリ頬を緩ませる暁が、感極まって胸に飛び込んできた。

 これは……任務達成で良いのか? 雷たちが拍手しながら入ってくるし。

 

 

「良かったわね、暁っ」

 

「だから言ったじゃないか。きっと司令官なら分かってくれるって。そういう趣味だし」

 

「うんっ! えっへへ〜」

 

「おい響。そういう趣味ってなんだ」

 

 

 聞き捨てならない言われようだが、場はすでに祝福ムード一色。あえてこれ以上の追求はすまい。

 にしてもだよ。暁は本当にチョロいな。可愛いけど、いや可愛いからこそ心配になる。

 その気はないだろうに、あぐらの上へチョコンと座ったり、上機嫌に左右へ揺れたり。いちいち言動が危なっかしい。耐えられるのは自分くらいだろう。

 いつかアイドルスカウト詐欺に引っ掛かるんじゃないかと、パパは気が気じゃありません。

 

 

「きっとみんな、私が急に大人になっちゃったから、ビックリしたのねっ。でも仕方ないわっ。それだけ立派なレディーって事だもの!」

 

「ええと、経緯はやっぱり分かりませんが、素敵ですよ、暁さん」

 

「ふふ~ん! お褒めに預かり光栄だわ! 榛名さんも、セーラー服が素敵よ?」

 

「何はともあれ、一件落着か。暁が大人っぽくなってくれて、自分も嬉しいぞー」

 

「あ、頭をナデナデしないでよぉ、えへへ……」

 

 

 人の上で胸を張る暁が、榛名と互いを認め合うのを見て、ようやく事態が収拾したのを確信する。

 随分と寄り道してしまったけど、これで一休みできそうだ。

 ご機嫌な暁の頭を撫でつつ、自分は心地良い疲労感を味わっていた。

 もしも子供が生まれて、それが女の子だったなら、いつかまた、こんな風に苦労するのかも知れない。

 

 ……だが。

 

 

「あれ? ……それって、今までは大人っぽくなかったってこと?」

 

「え゛」

 

 

 安心しきっていたのがマズかった。

 不意に首をかしげた暁は、普段なら気が付かないような、些細な言い回しに疑問を投げかけ、小さな部屋に沈黙の帳が降りる。

 膝がプルプルと震えている。自分が震えているんじゃない。俯いてしまった、暁の身体が震えているのだ。

 そして、錆び付いた動きで振り向いた彼女は――

 

 

「なによっ!? けっきょく司令官も私を子供扱いしてぇ! ばかばかばかばかばかぁああっ!」

 

「ま、待て待てっ、痛いっ、違う、誤解だ、自分はただ、言われた通りにっ」

 

 

 ――キッとまなじりを釣り上げて、小さな拳を振り回し始めるのだった。

 距離が近いせいで防御もできず、ボコスカやられ放題である。

 クソッ、なんでこんな事に痛いっ!?

 

 

「チッ、失敗か。流石にこれはマズいね。雷?」

 

「了解っ。さー暁ー、着替えて大人の女の戦場、台所に行きましょうねー」

 

「うわぁああんっ! 暁は、暁はレディーにゃんりゃからーっ!!」

 

 

 作戦の失敗を悟った響と雷が、さっき自分へとしたように暁を羽交い締め。

 疲れた顔で廊下の向こうに歩き去る。轟くレディーの声が哀愁を誘った。

 残されたのは、飲みかけのラムネを持って立ち尽くす榛名と、着衣が乱れまくった自分。

 

 

「……なぁ、榛名。どうして、家の中を移動するだけなのにダメージを負ってるんだろうか」

 

「さ、さぁ……。榛名には、さっぱり……?」

 

 

 ガランとした部屋で、炭酸の弾ける音だけが、かすかに聞こえていた。

 なんだろう。ちょっと、泣きたくなってきた……。

 

 

 


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