新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 山城さんの弱点克服大(?)作戦

 

 

 

「………………」

 

 

 現在時刻、一四○○。

 昼下がりの気怠さが漂う、横須賀は我が桐林艦隊の執務室にて、とある少女が険しい顔をしていた。

 肩を剥き出しにするシンプルな改造巫女服に、短めの黒髪を彩る、艦橋を模した髪飾り。扶桑型戦艦二番艦、山城である。

 見守るこちらの視線にも気付かず、彼女は真正面に立つ少女たちを見つめる。いや、睨む、と言った方が正しいだろう。

 それを受け止めるのは、ニコニコ微笑む駆逐艦、舞風ともう一人。

 水色と灰色の中間っぽい襟と、同色スカートのセーラー服……由良と同じ制服を着る、赤毛ショートの新人軽巡だ。

 舞風と違い、真剣な顔で山城と向き合っていたその子は、不意に両腕を掲げ――

 

 

「……パナイ島まじパナイ!」

 

「ふごぁ!? ……っ、ま、まだまだぁ!」

 

「おー。しぶといねー。じゃあ今度は私が……おっほん。

 今日は何日だっけ? そっか、七日なのかー。ついでに火曜かよ! なんちゃって」

 

「へぎゅる!? ふ、ぃ、くぅぅ……」

 

 

 ――山城へダジャレ攻撃を始めた。後には舞風が続く。

 新人軽巡、長良型五番艦の鬼怒が放った一撃で、山城のバイタルパートにヒビが。

 後ずさって持ちこたえようとするも、間を置かず追撃を受け、口元を押さえつつ前のめりに。

 なんとも言えない、珍妙な光景がそこにあった。

 

 

「……ねぇ、提督。あの子たち邪魔なんですけど。っていうか何してるの?」

 

「自分に聞かないでくれ」

 

 

 呆れ顔なのは、胸にクリップボードを抱えた第二秘書官、初風だ。

 今現在、この執務室には総勢七名の統制人格が詰めていた。

 つい昨日。襲名披露宴を終えたばかりの自分を待っていたのは、大量の始末書だったのである。

 原因? 青葉に決まってんでしょうが。

 あんのお馬鹿、取材にかこつけて、無断でテレビ出演なんぞしやがって……。

 おかげさまで上には怒られるし、書記さんには愚痴られるし、こうして始末書の山まで片付けなきゃならなくなってしまった。いい迷惑だよホント……。

 

 当然、本人も罰は受けている。現在進行形で。

 暴走を止めなかった白露型・最上型のみんなと一緒に、七十二時間耐久警備任務中だ。

 主犯以外はローテーションを組んでもらってるが、青葉“だけ”は常に旗艦。

 味気ない保存食でひもじい思いをするが良いわ。

 

 と、ちゃっちい復讐で思考を逸らす自分に対し、妹を見守っていた第一秘書・扶桑が、珍妙な光景の説明をしてくれる。

 

 

「なんでも、中将様の伊勢型の話を聞いて、対抗心を燃やしたらしくて。彼女たちに勝つためには、弱点の克服が必要だという結論に達し、それで……」

 

「確かに弱点といえば弱点だけど、方向性が違うと思うな、私。はい、初風ちゃん」

 

「あ、ありがとうございます。由良さん」

 

 

 ……しかし、説明なんだろうか、これ。どっちかってーと遊ぶ言い訳なんじゃないの?

 約束を果たしてくれたお礼だから――と、手伝ってくれてる由良のツッコミに、無言で頷いてしまう。

 

 

「なぁ、鬼怒。その特訓は執務室でやる必要ないよな?」

 

「そんなことないよー!

 自分から弱点を克服しようと思うなんて、凄いことなんだよ?

 山城さんの頑張ってる姿、提督にもちゃーんと見てもらわなきゃ!」

 

「そーそー。私たちも協力してるってアピールしないと、影薄くなっちゃうし」

 

 

 問いかけてみても、赤毛の少女は、舞風と元気一杯に胸を張るだけ。自重する気はないらしい。

 ちなみに、彼女が言った「パナイ島まじパナイ!」だが、壮絶な自虐ダジャレである。

 なんせ、鬼怒の沈んだ場所が、フィリピンはパナイ島近辺。五十機もの敵 航空機に爆撃されて、なのだ。

 それを笑い話にしてしまえる前向きさだけは、見習いたい所だけど。

 

 

「ふぅ、ふぅ……っ。ご迷惑なのは、承知ですけど……っ。扶桑姉さまの側なら、気合の入り方が、違いますから……っ」

 

「うんうん、頑張ろー! 改造した船はデカいぞー! なんてね?」

 

「ほぶっ!? ……ま、負けない……! 扶桑型戦艦は、こんな事で、沈まない……っ」

 

「え、脚立が邪魔? 早く脚立けなくちゃ!」

 

「はひぅ!?」

 

 

 舞風、鬼怒に畳み掛けられ、山城は仰け反ったり俯いたり。息も絶え絶えである。

 顔を真っ赤にし、声を出さないよう、涙目で口元を押さえてピクピクするその姿は、なんと言うか……。

 いやいや、止めとこう。ただでさえ、最近はセクハラ思考になりつつあるんだから。

 エロいなぁとか思っちゃイカンよ、うん。

 

 

「えっと……。仲がいいのは良い事だと、朧は思います」

 

「うーん。仲はいいんだろうけど、やっぱ別な場所でやって欲しいな……。はい、司令官。こっちも上がったわよ」

 

「ん。ありがとう、敷波」

 

 

 無駄な努力に勤しむ山城を放り出し、自分は始末書処理へ戻る。

 付近の机で手伝ってくれてるのは、特Ⅱ型でも真面目な方の二人。敷波と朧だ。

 綾波はオスカーの世話で忙しく、曙・漣・潮は、例の喫茶店へ遊びに行ったらしい。

 キチンと変装するよう、口酸っぱく言っといたから大丈夫だろうけど、青葉の後じゃ心配である。

 あの盗聴器も、いざ逆探を掛けたら無反応だったようで、オマケにもう一つ、襟裏にまで仕掛けられていた。

 心当たりがあるとすれば……。いや、考え過ぎか。とにかく、自分たちを探ろうとしている連中がいるのは確か。明日の朝礼でみんなに注意を促すか……。

 

 

「そういえば、敷波と朧って服の色が違うのね。同じ綾波型なのに」

 

 

 敷波から自分、自分から初風と渡った書類を確認しつつ、本日の第二秘書が首をひねった。

 スカートや襟だの袖口だのが茶色い綾波・敷波に対し、朧以降の四名が着るセーラー服は、茶色であるはずの部分が紺色なのである。

 デザイン的なものを考えると、吹雪型のそれに近い……というか、まんまだ。疑問に思うのも無理はない。

 

 

「たぶん、原因はアレだよね?」

 

「うん。朧以降の綾波型は、煙突が若干低く設計されていて、特ⅡA型とも呼ばれるから」

 

 

 机に戻った敷波と顔を見合わせ、朧が書き損じた始末書の裏で、お絵描き解説してくれる。

 もともと綾波型は、前級である吹雪型と比べて艦橋が大きく、ボイラーへ海水が入るのを防ぐため、吸気口の形を変えたりしてある。

 加えて、煙突の高さがちょっとだけ低くなっているのが、朧型とも称される四隻の特徴だった。

 こういった様々な仕様変更が、衣装の違いとして現れているらしい。

 文字を書く手を休めず、由良は感心したような表情だ。

 

 

「長良型も、長良ちゃんたちと私たちとで違ってるから、凄いこだわりを感じるかも」

 

「いや、自分にデザイン能力なんて無いはずなんだけどね……。ここまで個性豊かだと、なんか別の意思が働きかけてる気がするよ」

 

「別の意思、ですか……。あり得なくもないのが、怖い所ですね……」

 

 

 一方、扶桑の顔色は優れない。

 普段から血色が悪いというか、幸薄そうなのは置いておくとして。不安に思う気持ちも理解できた。

 一般的な統制人格というのは、統計上、あくまで能力者の内から発生する存在だ。

 その容姿も、服装も。感情に目覚めた後の立ち振る舞いでさえ、能力者から抽出されたエッセンスを元に構成される。

 

 だが、扶桑を始めとするこの子たちはどうだ。

 多少は似通っている部分もあるだろう。けれど、総じて“別人”と判断可能な、多様性に富んでいる。

 無茶な母港拡張が許され、艦船の励起を続けられているのも、これが能力解明に繋がると見込まれているから。

 ただでさえ分からない事だらけな現状で、統制人格の誕生に働きかけられる意思が存在するとしたら、それは。

 ……やめやめ。不安を煽る様な考えはよそう。

 せっかくの平穏な一日。もっと楽しい事を考えなくては!

 

 

「まぁ、見てる分には楽しいし、別の意思様々だけどね。

 毎日が女子学生服博覧会だよ。

 扶桑たちみたいな巫女服もあるから、伝統衣装博覧会でもあるかな?」

 

「……司令官。その言い方はちょっと……」

 

「普通に引くわ……」

 

「お、朧は、ノーコメントでお願いします」

 

「え゛」

 

 

 ……あれ。気を遣ったはずなのに、なんか引かれてる。

 敷波も、初風も。朧ですら視線を合わせてくれない。

 由良は書類に集中しているみたいだし、鬼怒・舞風・山城は相変わらず「金曜カレーのお供は?」「フライでー!」「ぬふぅ!?」とかやってるけど。

 お、おっかしーなー? 最近、こういう匙加減を間違えてばっかりな気がするぞー?

 

 

「失礼しまーす」

 

「提督。兵装開発の現状報告に来ましたよ」

 

「ついでにアタシも来ましたよ~」

 

 

 どう言い訳しようかと冷や汗を流していたら、不意にドアがノックされ、三人の少女が入ってきた。

 順に、北上、大井、主任さんである。

 そういえば、ここ最近は彼女たちに開発を任せてたんだっけか。いや、視線の向きが変わって助かった。

 

 

「い、いいタイミングで来てくれた。どんな具合だ?」

 

「……まぁた変なことでも言ってたんですね。これだから……」

 

「まぁまぁ大井っち。せっかく良い報告ができるんだから、ね? ほい、報告書」

 

 

 表情は取り繕ったはずなのだが、大井には一発で見抜かれたらしく、視線の温度が下降気味。北上が間に立ってくれなければ、皮肉と嫌味の二重奏が響いていたことだろう。

 うーむ。惚れ薬事件があってからというもの、前以上に当たりが強くなったような……。

 騙したのは一応バレてないはずだし、如月に至っては飲んだことすら覚えておらず、逆セクハラも復活した。副作用なんて無いはずだろうに、どうして?

 ……まぁ、今はいいや。先に報告書を受け取って、いそいそ進み出る主任さんの話を聞かなくちゃ。

 

 

「では、口頭での報告は開発主任であるアタシから……。

 発注を受けていた、六十一cm五連装水上魚雷発射管、後期型の十二・七cm砲、対空電探や水上電探。

 その他もろもろの艦載機など、無事に開発を終了しました!」

 

「だいぶ時間はかかったけど、やっと数が揃ってきたよー。とりあえず、五連装を一基だけ載せてみたんだけど、似合ってるでしょー」

 

「魚雷発射管はまだ二十基ほどですが、一つの水雷戦隊に行き渡るくらいにはなりました。面での制圧力が変わりますね」

 

「うん、把握した。お疲れ様でした、主任さん。二人もご苦労さん」

 

 

 報告書の下には、納品書も添付されていた。

 船の戦闘力というものは、練度が上がれば多少なりとも向上するけれど、やはり兵装に頼る部分が大きい。

 あの戦いで力不足を痛感した今、戦力を底上げするために、おざなりだった新規開発へ力を注いでいるのだ。

 四連装発射管から、単純に二割五分増しの雷撃力を得られる、五連装発射管。

 大戦中にもマイナーチェンジを重ね、より高性能となっていく小口径主砲塔。

 そして、性能こそ低めなものの、有ると無しでは大違いな電探類に、あらたな艦載機である紫電改二、流星、彩雲などなどなど……。とにかく大量だった。

 初風も、北上の左腕に据えられた発射管を、興奮気味に見つめていた。

 

 

「五連装発射管……。島風専用だった兵装が、ついに……!」

 

「えっ、ホントにホントにっ? すっごいじゃん、流石はスーパー北上様だね~」

 

「五連装かぁ~。アタシも一回載せてみたい、かな?」

 

「うん。興味ある」

 

「ちょ、ちょっとー、駆逐艦寄ってくんなー」

 

「こら貴方たち! 私の北上さんに馴れ馴れしく……!?」

 

 

 さらには、舞風・敷波・朧までも寄ってたかり、逃げ出す北上と追いかけっこが始まる。

 大井の顔が怖い事になってるが、自分としては微笑ましい光景だ。

 扶桑や由良も、騒がしい水雷戦隊を優しく見守っている。

 彼女たちを作り上げ、慈しんで整備する少女もまた、同じように。

 

 

「いや~、みんな元気ですね~。ますます賑やかになっちゃって」

 

「ええ。それもこれも、主任さんがしっかり仕事をしてくれてるからですよ。いつぞやと違ってって」

 

「お。やった、誉められちゃった……のかな。なんか引っかかる。あぁ、そう言えば。実は提督さんにお願いが……」

 

「はい?」

 

 

 小さくガッツポーズして見せた主任さんは、何か頼みごとでもあるのか、執務机を回り込んで来た。

 珍し――くもないな。発注書のゴマカシなんか日常茶飯事だったし。

 ともあれ、内緒にしたい話でもあるらしく、身を屈めた彼女がこっそり耳打ち。

 

 

「あーもー、駆逐艦ウザ――」

 

「失礼しますぅ! 提督、ちょっと匿ってぇ!!」

 

「――いぎゃっ」

 

「あっ、北上さぁん!?」

 

 

 ――しようとした、正にその瞬間。北上が吹っ飛ばされた。

 勢いよく開いたドアが、運悪く通りかかった彼女に直撃したのだ。

 ドアの陰でうずくまる北上。それを気遣う大井。硬直するその他大勢。

 重い沈黙に、加害者の少女――光沢のある金髪ツインテールと、こだわってセットしているらしい前髪が特徴の、長良型軽巡洋艦・阿武隈が、ポカンと周囲を見回す。

 あっちゃぁ……。やっちゃったよ……。

 

 

「……あれ。みんな、どうしたの?」

 

「阿武隈。右向けぇ、右」

 

「へ? ……うわうっ!? き、北上さ……!?」

 

 

 死角になっているせいで、なかなか北上に気づけない阿武隈。

 仕方なく号令をかけてあげると、立ち昇る怒気に彼女は恐れ慄いた。

 ゆらり。北上が立ち上がる。

 

 

「あぁぁぶぅぅくぅぅまぁぁ……」

 

「ち、ちちち違うのっ、全身タイツの球磨さんに『こうなったら道連れクマァ……』って追っかけられて、急いで逃げてたから、悪気があった訳じゃなくて……」

 

「ゆ・る・さ・ん。何度も何度もぶつかって、このっ、このっ!」

 

「いゃあぁぁあああっ、やめて、前髪グシャグシャにしないでぇぇぇ」

 

 

 真っ青な顔で脅える阿武隈に対し、鬼怒雷巡は容赦しない。あ、“きぬ”じゃなく“おにおこ”で御座います。

 丹精を込めた前髪へ手を伸ばして、思いっきりグシャグシャにしている。不可抗力とはいえ、過去の遺恨は残っているようだ。

 それと言うのも、かつての北上と阿武隈は、大規模演習中にゴッツンコしてしまい、阿武隈は艦首を破損。北上に至っては大破してしまった過去があるのである。

 突然の舵の故障が原因とされ、加えて夜間の演習でもあり、不運が重なった結果とも言えるのだが、「追突されたあたしは被害者」「舵が壊れたせいでアタシのせいじゃないもん」と、両者の主張は平行線を辿っている。

 まぁ、本気で啀み合ってる訳じゃなさそうだし、注意すれば治るから大丈夫なんだけど……。

 

 

「あんの新参者の小娘ぇ……。北上さんと、北上さんとあんなに激しくもつれ合うだなんて……っ。魚雷、酸素魚雷はどこ……?」

 

「駄目よ大井さん、落ち着いて。ね、ね?」

 

「っはぁ、はぁ、ふ……。ん? なんだか人が増えてませんか?」

 

「おー、ホントだ。いつに間にか阿武隈ちゃんまで来てる。仲間が一杯で、嬉しいねー!」

 

 

 ……問題は、そんな二人にすら嫉妬する、ガチレズさんであった。由良が大急ぎで止めなければ、マジで惨劇が広がっていた事だろう。

 呑気な山城と鬼怒が羨ましいよ……。あ、“おにおこ”じゃなくて“きぬ”(略)。

 とか、バカなことを考えていた時だった。《ジリリリリッ》、と、机に置かれた黒電話が鳴り響く。

 見た目は古臭い黒電話でも、中身は最新鋭。簡易プロジェクターで発信者の名前が空中に表示される。

 ふむ、書記さんか。仕事の連絡かな。

 

 

「はい、桐林執務室」

 

『あ、提督ですかっ? 今すぐニュース番組をご覧になって下さいっ!』

 

「へ? 一体どうし――」

 

『いいから早く!! もうっ!!』

 

 

 耳をつんざく大声に、堪らず受話器から距離を取ってしまった。

 な、なんなんだ? そんな怒らせる事――しっぱなしだけど、今日はまだ心当たりがないぞ?

 書記さんのこんな声、久しぶりに聞いたな。扶桑にも聞こえたみたいで、ビックリしてる。

 

 

「どうなさいました、提督……? 何か、切羽詰まったような声が……」

 

「いや、書記さんがテレビをつけろって……」

 

「……? とにかく、見てみましょっか。アタシは後回しでも良いんで」

 

「すみません、助かります」

 

 

 プー、プー、と鳴り続ける受話器を置き、とりあえず席を立つ。

 主任さんと扶桑を伴い、もはや誰もが職務放棄している執務室を横切って、金剛ソファでリモコンをポチッとな。

 やや斜め前に設置された大型テレビは、どんな天災にも負けずに、アニメや映画を流す放送局を写し始める。

 喧嘩中の北上・阿武隈、暴走中の大井と、それを食い止める由良を除いたみんなも、何事かと集まってきた。

 

 

『――したが、電磁スクリーンを抜くためには、スペクトル解析機だけではなくて、解読プログラムも必要なんですよね?』

 

『はい。しかも、迎賓館で使われていたのは軍の最新式なはずです。

 常時変化し続けるスペクトルパターン……。それを突破されたとなると大問題ですよ。

 内部犯でないのなら、犯人はウィザード級のクラッカーと言えるんじゃないでしょうか』

 

 

 しかめっ面をする男性キャスターと、解説者らしき女性。画面右上には、生放送であることを示すロゴがアニメーションしている。

 なんだか重い雰囲気だな……。

 発言から察するに、襲名披露宴をパパラッチされたらしい。確かに問題だ。

 ……まさか、桐ヶ森提督とのダンスを撮られたりしてないよなぁ?

 いや、たったの数分だし、電磁スクリーン越しじゃあ、そもそもテラスへ出たのすら――

 

 

『えー。本日は番組の予定を変更してお届けしています。

 つい三十分ほど前、日本全国の各テレビ局へ、旧式カメラによる写真が送られました。

 それは、桐林提督・桐ヶ森提督と思しき、男女のキスシーンではないかと予想され……』

 

「ブッッッッッ!? な、なんでっ!?」

 

 

 思わず、テーブルへ身を乗り出していた。

 画面に映し出された写真。高所から撮ったらしい、暗がりの迎賓館。背を向ける礼装の男性と、向かい合う白いドレスの少女。

 映像が切り替わる毎に、男性の首へと細腕が伸び、やがて影は重なる。間違いなく、自分と桐ヶ森提督の写真だった。

 顔には目隠しが入っているけれど、全身像はハッキリと。どんなドレスを着ていたかなんて、出席者に確認すれば一発だろう。つまり身元はバレバレ。

 悪質なイタズラ、加工されたCGとしてゴリ押そうにも、旧式の写真というものは、今なお裁判に採用される鉄板の証拠品だ。

 一番勘違いされ易いシーンが、よりにもよって全国ネットワーク流出?

 ……なん、でやねぇええぇぇえええんっ!?

 

 

「あのぉ。もしかして、提督ってモテる人なの?」

 

「やっ、ちがっ、えっ!?」

 

「で、でも、あの後ろ姿って提督……だよね? 鬼怒にはそう見えるんですけど」

 

 

 いつの間にかコブラツイストを掛けられていた阿武隈が、呆然とする皆を代表して問う。

 全力で狼狽えつつ、自分はなんとか否定を返すも、復帰した鬼怒の見解は正解で……。

 

 

「そっ、そうなんだけどっ! 違うんだ、自分で否定するのも悲しいけど、キスなんかしてない! あれは頭突きされただけで……」

 

「見苦しい言い訳……。見損ないましたよ提督。電ちゃんというものがありながら、公然と浮気だなんて。不潔です。ねぇ北上さん?」

 

「いやホントなの! ファーストキスだってまだなんだから! き、北上は信じてくれるよな? なっ?」

 

「……ごめん、提督。今、ちょっと何も考えらんない」

 

「痛い!? そう言いながら締まってるぅ! いい加減離してってばぁ!」

 

 

 身振り手振りを交え、必死に言い繕うけれど、大井からは軽蔑され、北上は顔を背けがらツイストをキツく。

 周囲のみんなに目で助けを求めるも、誰一人として視線を合わせてはくれなかった。

 扶桑はチラチラテレビを伺い、逆にガン見しているのが山城と由良。不穏な空気に右往左往する鬼怒を、朧が宥めている。

 初風と敷波なんか、手にしていたクリップボードやペンを落として愕然と。

 

 

「えっと……。アタシは提督さんを信じますよ? 提督さんにそんな甲斐性なさそうですし」

 

「ありがとうございますぅ……って言っていいのか分からないぃぃぃ……ん?」

 

 

 唯一、主任さんだけが、苦笑いで肩を叩いてくれる。

 でも嬉しくない。そういう信頼のされ方は嬉しくありません!

 と、むせび泣く自分の耳に、遠くからの地響きが聞こえてきた。

 何かがトンでもない速度で走っているようなそれは、どうしてだか執務室の前で止まり。

 

 

「テェェェェェェェェトクゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!! あの画像はどーいう事デスかぁあぁぁあああっ!?

 ワタシと、ワタシと踊った後に、他の女とLove Sceneを演じるだなんて……。きっちりきっかり説明してもらいマース!!」

 

「こ、金剛さんっ、落ち着いて欲しいのです! あれは違うのです、みんな勘違いしてて……」

 

「何を言ってるデスか電っ? Youがそんなんじゃテートクが調子乗りマス! ここはしっかり首輪(Collar)を締めるべきなのデース!!」

 

「ぎゅぐぃ!? こ、金剛っ、ぐ、苦しい……っ!?」

 

「間違ってるのですっ、締めるのは首輪じゃなくって手綱なのですぅ!」

 

 

 鈴谷に壊されたばかりのドアが、今度は金剛によってブチ壊された。

 彼女の腰には、必死な顔で弁解してくれる電がしがみ付く。

 しかし、ヒートアップした金剛には無意味なようで、テーブルへ飛び乗った勢いのまま、前後に揺さぶられる。

 

 

(ヤバい、このままだとマジで窒息し……。あ、なんか爺ちゃんと婆ちゃんが見える……)

 

 

 朦朧とする意識の中、天国にはいないはずの祖父母――っていうか、知らない老夫婦の姿が見えたのを境に、自分の記憶は途切れるのだった。

 いやマジで誰ですかあなた方ぁ!?

 にこやかに手招きしないでぇええっ!?

 

 

 




「書記さん、大丈夫かい? 司令官が迷惑をかけて、本当に済まないね」
「お茶を持ってきたから、一息入れましょ? そのままじゃ倒れちゃうわ」
「あら……。響さんに、暁さん……。お心遣い、感謝いたします……。あと、一通だけ……。提督宛の、電報を、確認しますので……。お待ちに……。くぅ……」
「……寝ちゃった。せめてもの償いに、ワタシたちで確認しておこうか」
「そうね。レディーたるもの、お手紙チェックくらいお手の物なんだから! えっと……家族会議招集? あれ、この差出人って、司令官の?」
「嫌な予感がしてきた……」

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