新人提督と電の日々   作:七音

49 / 107
こぼれ話 不良と動物の組み合わせは鉄板

 

 

 

「……あら? あれは……摩耶とオスカーちゃん?」

 

 

 夜を徹した夜戦演習に川内がハッスルし、周囲が多大な迷惑を被った翌日。

 遅めの睡眠から清々しく目覚め、朝食とも昼食ともつかない食事を終えたばかりの鳥海――高雄型重巡洋艦四番艦は、散歩に出かけようとして妙なものを見つけた。

 宿舎の玄関と前庭の間という、中途半端な位置で座り込む人影だ。

 ノースリーブの紺と白襟、白のプリーツスカートを組み合わせるセーラー服。肩口で切り揃えられた茶髪のショートカット。バツ印の髪留めが前髪を飾る。

 鳥海と同じ服装をする彼女は、鳥海の姉に当たる、高雄型重巡洋艦の三番艦であった。

 その目の前には、かなりヤンチャな性格の子猫がお座りしている。

 

 

「部屋を出る時にはまだ寝てたのに。確か、『もう付き合ってられるか! 十二時間は寝てやるからなぁ!』って……?」

 

 

 メガネの位置を正しながら、鳥海は昨夜――ではなく、今朝の出来事を振り返る。

 肉を食べた事のない人間は、肉を食べられない事を苦しいとは思わない。しかし、一度その味を知ってしまうと、また食べたいという欲求が高確率で生まれる。

 これと同じ現象が川内にも起き、彼女は夜戦禁断症状を患っていた。具体的な症例はあえて割愛するが、とにかく早急に対処する必要があった。

 そこで提督が用意した解決策が、夜戦演習の標的艦任務である。

 本物の夜戦と比べれば程遠いであろうが、とりあえずは夜戦。川内も満足するはず……であった。

 それがまさか、一回だけで飽き足らず、夜が明けるまで続行しようとは、誰も思わない。

 全ては、「ワタシと……夜戦しよ?」という涙目の上目遣いに、「よろしくお願いしゃーす!」と全力で負けに行った相手側の提督が悪いのだけれど。

 鳥海ドン引きである。

 

 ともあれ。

 八時間にも及ぶ夜戦演習を終えた際、摩耶が暁の水平線に向けて叫んだのが上記のセリフであり、まだ起きてこないだろうと踏んでいたのだ。

 なのに、子猫の前で膝を抱えてジーっと見つめ合い……。

 首をひねらずにはいられない鳥海だった。

 

 

「さっきからずっとあんな感じクマ。球磨たちが来る前からで……かれこれ十分は経ってるクマ?」

 

「あ、球磨さん。木曾さんも多摩さんも、おはようございます。先日はお疲れ様でした」

 

「ああ、疲れたな……。まぁ、これで川内も一月……いや、三週間は……に、二週間は大人しいだろう」

 

「なんだかハッキリしませんね……」

 

「仕方ないにゃ。あれはそういう病気だと思うしかないにゃ」

 

 

 長い黒髪を揺らす鳥海に声を掛けたのは、夜戦演習にて固い絆を結んだ球磨型軽巡、球磨・多摩・木曾の三名。様子を伺うよう、玄関前の柱に隠れている。

 手招きする木曾に従って歩み寄った鳥海は、なんとなく小声で問いかけた。

 

 

「あの、何をなさって?」

 

「見て分からないクマ? 摩耶を監視してるクマ」

 

「いえ、ですからなんで……」

 

「そんなの、摩耶がオスカーに殺られないか、心配だからに決まってるにゃ」

 

「え。そっち?」

 

「鳥海。まだお前は知らないだろうが、あのオスカーはとんでもない奴でな。

 飼い主の綾波の他には、気に入った相手以外には恐ろしく喧嘩腰なんだ。

 姉二番は平気なんだが、俺も引っ掻かれて痛い思いをした……。新入りの摩耶があんなに接近したら、危ないからな」

 

「は、はぁ……。気難しい子なんですねぇー」

 

 

 なんの事はない、ただ三人が心配性なだけと判明し、鳥海は微妙な笑みを浮かべる。

 猫に引っ掻かれるのを警戒してこの有様とは、妹として有り難いやら、呆れてしまうやら。

 そんな時、沈黙を守っていた摩耶が動いた。

 

 

「……お手!」

 

『えっ、お手?』

 

 

 掛け声と共に、右手を差し出す摩耶。

 猫に対してお手? と四人が心の中でツッコミを入れるが、しかし、オスカーは摩耶の右手に自身の右前脚を乗せる。

 にゃー。

 誇らしげな一鳴きだった。

 

 

「お代わり!」

 

 

 今度は左手を出す摩耶。

 左前脚が乗せられ、にゃー。

 

 

「三回まわってニャー!」

 

 

 猫の手ポーズを付ける摩耶に従い、オスカーはグルグル三回転して、にゃー。

 産まれて半年も経っていないだろう子猫が、忠犬顔負けの芸を披露していた。

 

 

「凄い。オスカーちゃんって頭が良いんですね」

 

「ほ、本当にな。俺も吃驚したぞ」

 

「ぐぬぬ……。多摩も負けてられないにゃ。こうなったら、東郷ターンから魚雷をにゃー、で対抗しないとにゃ……!」

 

「どんな対抗手段クマ。というか、球磨は別の意味でビックリだクマー」

 

 

 眼前で繰り広げられる光景に、鳥海は驚きを隠さない。木曾たちなど、目を剥かんばかりだ。

 気に入った相手には甘えまくり、気に入らない相手には遠慮なく爪を立てる、あのオスカーが。

 陸奥には腹を見せて猫の開き状態になり、長門には思いっきり威嚇して涙目にさせる、あのオスカーが、唯々諾々と命令に従って撫でられている。本当に驚きだった。

 オマケと言ってはなんだが、球磨が指差す先では――

 

 

「ううんんぁああっ! オマエかわい過ぎるだろクソォオオッ!!」

 

 

 に゛ゃー。

 

 

「あぁぁごめん、ごめんな、苦しかったか? よく出来たなぁ、偉いぞー?」

 

 

 ――奇声を上げる摩耶が、オスカーを抱きしめ、撫でくり回す始末。

 演習中も、「摩耶様の攻撃、喰らえ~っ!」とか、「ぶっ殺されてぇかぁ!?」など、少々乱暴な……というより、ガキ大将的な言動が目立った彼女が、ああも表情を崩す。

 これも球磨にとっては驚くべきことだったようだ。

 鳥海からして見れば、ごく当たり前の光景でもあるのだが。

 

 

「ええと……。摩耶は、その、言動は乱暴なんですけど、凄く可愛い物好きで。人知れず、部屋ではヌイグルミを抱きしめたりして、色々と発散しているんです」

 

「人知れず? どうして隠すんだ? 見掛けだけなら相応の趣味だと思うが」

 

「きっとそれが恥ずかしいにゃ。可愛いって言われるのが嫌なお年頃にゃ」

 

「面倒臭い年頃クマー。……って、なんかこっちに変なのが来るクマ!?」

 

 

 鳥海の説明に、球磨型三名が首を縦に振っていると、遠くから土煙を上げて近づいてくる影が二つばかり。

 必死の形相で疾走する彼女たちは、天龍と筑摩だった。

 

 

「丁度良かった! おいオマエらっ、龍田と三隈が来たらあっちへ行ったって言ってくれ!」

 

「な、なんだ? どうしたんだ一体?」

 

「どうかお願いします! 今は何も聞かずに!」

 

 

 困惑する木曾の声に答えもせず、二人は玄関内にある下駄箱の物陰へ隠れる。

 事態を測りかねる四人が顔を見合わせていると、天龍たちを追いかけるようにまた人影が。

 ゴスロリドレスを手にした龍田と、書類一式を抱える三隈だ。二人とも満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「あら~。球磨ちゃんたちに鳥海ちゃん。おはよ~」

 

「不躾ですが、天龍さんと筑摩さんをお見かけになりませんでしたか?」

 

「く、クマ? あ、あっちへ行った、クマ?」

 

「二人とも、何してるにゃ? 龍田ちゃんは……だいたい想像つくけど、三隈ちゃんが分からないにゃ」

 

「そんなこと言わずに聞いて~。昨日の仮面舞踏会の録画を見てたら、天龍ちゃんのゴスロリ姿を動画に収めたくなっちゃって~。それで捕まえようとしてるのよ~」

 

「わたくしは、筑摩さんをクマレンジャーにお誘いするためですわ! あぁ、どうしてもっと早く気付かなかったんでしょう。すぐ側にメンバーが居ただなんて……!」

 

「あれ、マジでやるつもりだったクマか……?」

 

 

 龍田の天龍弄りはいつもの事として、冗談半分にサインしたクマレンジャー契約が本気だったと知り、球磨の顔が引きつる。

 クマレンジャー。おそらくはクマ・レッド、クマ・ブルー、クマ・イエロー、クマ・グリーン、クマ・ピンクの五人で構成される戦隊。

 もしかしたら、ピッチピチなボディスーツを着て変なポーズとか取らされるかも知れない。よく考えず、よく読まずに契約した事が悔やまれた。

 

 

「じゃあ、今度見掛けたら確保しておいてね~」

 

「筑摩さんは緑が似合うと思いますわ! あ、球磨さんも御自分の色を決めておいて下さいねー!」

 

 

 ヤバいクマ……と頭を抱える球磨の苦悩を知らない龍田たちは、笑顔を振りまきつつフェードアウト。

 後には奇妙な静けさが残るだけだった。

 それを破るのは、下駄箱の陰からひょっこり顔を出す天龍。冷や汗を拭っている。

 

 

「行ったか……。ったく、龍田のヤツしつこいんだよ……」

 

「なんでそんなに嫌がるにゃ? 普通に似合ってるんだから着れば良いにゃ」

 

「フザケんな! 二度と着るかあんなモン! 恥ずかしくて死ぬかと思ったんだからな!? みんなして可愛いとか綺麗とか……んぁああっむず痒いぃ!!」

 

「ここにも面倒臭い年頃が居たクマ……」

 

「全く……。筑摩も大変だな」

 

「はい……。姉さんが『吾輩だけ仲間外れにしおって……』と不貞腐れてしまうので、入隊はお断りしているんですけれど、なかなか諦めてもらえずに……。困りました」

 

「あ、あはは……」

 

 

 盛大に溜め息をつき、筑摩がそう締めくくった。なんと言えばいいのか、鳥海には分からない。

 大変ですね。楽しそうじゃないですか。知るかそんなこと。……どれも間違っているような気がする。

 ちなみに、摩耶は背後の騒動に全くもって気付いていないらしく、オスカーと「オマエはかっわいいにゃー。にゃー?」などと言い合っていた。可愛いのは摩耶もである。

 

 

「じゃ、オレたちはまた別な場所に隠れるから、絶対に! 告げ口すんなよ?」

 

「どうか、くれぐれもお願いします。姉さんの怒った顔も可愛らしいんですけど、さすがにずっとは――」

 

「あら~。天龍ちゃん見~つけたぁ~」

 

「ゲェッ、龍田ぁ!? 逃げるぞ筑摩!」

 

「は、はいぃっ」

 

「筑摩さん、お待ちになって下さい! ここに判子を、今なら低反発枕もお付けいたしますのに!」

 

 

 そそくさとその場を後にしようとした天龍たちだったが、なぜだか戻ってきた龍田たちに発見され、再び全力疾走を開始。追いかけっこが再開された。

 無言で見送る鳥海の頭に、拭いきれない不信感が湧き上がる。

 私の立っているこの場所は、一体なんなんだろう。

 もしかしなくても、人類の存亡を賭けて戦う、最後の希望が集まる場所ではなかっただろうか。

 

 

「……あの。ここって、鎮守府なんですよね?」

 

「まぁな。言いたいことは分かるが、これがここの平常運転だ」

 

「考えちゃダメにゃ。早く慣れるが吉にゃ」

 

「今日もいい天気になりそうだクマー」

 

「はぁあぁ、ほんっとに可愛いなー。なんかがみなぎって来たぜー」

 

 

 祈るような気持ちで確かめてみても、先任たちは既に諦めの境地へ到達していた。

 そんな彼女たちに習い、鳥海は空を見上げる。

 無駄に晴れ渡る空から、暖かな陽光が降り注いでいた。

 

 ――うん。考えるの、やめよう。

 

 

 

 

 

「くっ……。摩耶め、オスカーを独り占めするとは、なんという奴だ……! 私なんかまだ撫でさせても貰えないのに……っ」

 

「ねぇ長門? 触りたいなら、触らせてって素直にお願いしたら?」

 

「言えるわけないだろう、私はあの戦艦長門なんだぞ――いつからそこに居た陸奥!?」

 

 

 

 




「ひと、ひと、ひと……。っくん。はぁ……。これで大丈夫、うん、大丈夫なはず……」
「緊張し過ぎよアンタ。人じゃなくて独って書いてるわ。どうすればそうなるのよ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告