新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と仮面舞踏会・前編

 

 

 平穏な日々が続いている。

 海は閉じ、空へ手が届かなくなっても、それが当然であるかのように世界は在った。

 わたしも随分と歳をとった。

 二十代と比べて体力は若干落ちてしまったが、能力に関しては逆だ。

 伊吹、鞍馬を始めとした“感情持ち”。

 彼女たちの支えにより、わたしは軍人として華々しい人生を歩んでいる。

 他に感情持ちを複数従える能力者もおらず、今では国軍の中枢を担っていると、自惚れながらに思う。

 

 そして、それ故の悩みも尽きない。

 目下取り組んでいるのは、間近に迫る大規模公開演習への準備である。

 七度のリムパックが延期を余儀なくされていたが、ようやく膠着状態まで持ち込めた今、敵ではなく味方に示威行動をしようというのだ。

 苦境から脱し、背中を気にする余裕が生まれると、人は他人を疑い始める。

 度し難い。

 

 名前と場所を変え、北大西洋で行われる合同演習には、ロシアを経由して人員と資材が送られる予定だ。

 あちらで新しく傀儡艦を建造し、演習後に初期化。それを各国へ贈る事で、繋がりを保とうとする思惑は理解できる。

 しかしあの日……。ハワイ沖で御子息を喪いながら、今また海を渡らされた少将は、一体どれほど口惜しいか。

 安全を期して領海内で行われるとしても、やはり不安は拭えなかった。

 

 ともあれ、少将の心配ばかりしている訳にもいかない。

 日本領海内でも、練度の高い傀儡艦を使った演習が行われ、衛星を介して配信される。

 わたしに――わたしたちに任された大仕事。確実に成し遂げねば。

 体調は万全。伊吹姉妹も士気を高めている。

 ……無事に終わることを祈ろう。

 

 

 桐竹随想録、第八部 望む世界・臨む覚悟、未修正稿より抜粋。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『次です。夜の赤坂迎賓館では、数年ぶりとなる“桐”の襲名披露宴が開かれようとしています』

 

「あっ、始まった。始まったよーみんなー!」

 

「ほら暁。いつまでも拗ねていないで。ちゃんと見てあげよう」

 

「す、拗ねてないわっ。別に、暁くらいになれば、パーティーなんかいつだって出られるし? ……お留守番だからって拗ねてないもんっ」

 

 

 整備主任の発した一声に、暁や響を始めとする、食堂でたむろしていた統制人格たちが集まり始めた。

 カラオケセットの一部である巨大スクリーンには、生放送のニュース番組。

 熟年の女性キャスターと男性コメンテーターが、迎賓館の絵をバックにしている。

 

 

『今回の主役はもちろん、異例のスピードで出世街道を駆け上がっている時代の寵児、桐林提督です』

 

『前回の襲名披露宴では、桐生・桐ヶ森両提督が“桐”を授かりましたが……。彼は既に“桐”を冠していますからねぇ。やる必要あるんでしょうかね?』

 

「あれ? もう入場しちゃってるんですか?」

 

「まだ、みたいですね。良かった。疋田さん、ここどうぞ」

 

「あ、どもです。……っていうか、なんで私ここに居るんでしょうね、朧ちゃん」

 

「アタシに聞かれても……。主任さんが連れてきたんですよね」

 

「うん、ヒマそうにしてたから。どうせ勤務終わりなんだし、お夜食出るし。くつろぎましょうよ~」

 

「そうそう、細かい事はイインダヨ! の精神で居て下さいな。普段迷惑を掛けてる分、漣たちがお持て成ししますんで」

 

「それが逆に不安なんだよねー。鳳翔さんのお夜食は楽しみですけど」

 

「酷いっ、漣は純粋な真心からご奉仕したいだけなのに!? こんなんじゃ、座敷に寝っ転がって煎餅カスを零す位しかしたく無くなっちまうよ……!」

 

「こら、漣」

 

 

 取り上げられている人物と縁深いだけあって、多くの少女がスクリーンにかじりつく。

 珍しく遠征などと重なっている者も少なく、天龍・龍田にあきつ丸、潜水艦たち以外のほぼフルメンバーが揃っていた。

 通例と違い、かなり遅れて開かれ、列席者も限られるこの催し。

 留守番組である彼女たちにとっては、これが最も手早く情報を得られる手段であった。

 偶然会った主任に引きずられて来た、普段は制服姿の疋田も、スポーティーな私服で半分くつろいでいる。

 椅子を引いた茶髪のショートボブ少女が、桐林艦隊最後の綾波型駆逐艦――七番艦の朧だ。

 かつて第七駆逐隊に所属した彼女だが、姉妹艦の曙、漣、潮と行動を共にすることは少なかった。

 しかし、人の身を持った今では、エキセントリックな妹へチョップするのに忙しいようだ。

 

 

『桐竹源十郎氏から始まる“桐”の襲名というのは、今回で七回目なんですよね?』

 

『ええ。桐條、桐谷、葉桐(はぎり)、間桐、桐生・桐ヶ森と来て、桐林です。

 “九曜”の桐條と、初めての女性提督でもある“狼”の葉桐はもう亡くなっていますから、現在の“桐”は五名です』

 

「へぇー、そうだったんだー。私てっきり、今居る“桐”の名前で引き継いでるのかと思ってたわ。初代桐谷とか、二代目間桐とかって」

 

「確か、最初は陽炎ちゃんの言う通りにする案もあったらしいですよ。

 でも、“桐”に該当するほどの能力者が滅多に現れなくて、個別に名前をつけるようになったみたいです」

 

「さっすが古鷹はん、よう勉強しとるわ。にしても、意外と少ないもんなんやねぇ。ふむふむ……」

 

 

 歴代の“桐”をシルエットで表記したフリップが、迎賓館に代わって拡大される。

 シルエットの下部には略歴もあり、黒潮は特に桐條、葉桐の項を注視していた。

 

 “九曜”の桐條。

 陰陽師の家系に生まれた麒麟児。齢十九にして提督の任に就き、偵察や後方支援を得意とした。

 広告塔として個人情報が公開され、眉目秀麗な容姿からも人気を博したが、とある作戦中に戦死。詳細は開示されていない。

 “狼”の葉桐。

 潜水艦による奇襲作戦で大きな戦果を挙げた、初の女性提督。

 実は最初期から活動していた能力者でもあったが、政治的な問題により存在を隠されるという、不遇の提督でもある。

 こちらも作戦中に戦死したとされており、詳しい経緯は不明。

 

 本題でないからか、簡略過ぎて要領を得ない略歴であった。

 女性キャスターは別の点をクローズアップしようと話題を継ぐ。

 

 

『“桐”といえば、長く体調を崩されている桐生提督が心配です。パーティーには列席されず、先日公開された、第二次ツクモ艦侵攻への対抗作戦にも参加できなかったとの事で』

 

『確かに。身体の弱い青年らしいですが、税金で戦う上に治療までしてるんですから、しっかりして欲しいですよ。

 というか、この秘密主義はいつまで続くんです? 前時代の轍を踏む事にならなきゃ良いんですが。そもそも――』

 

「……なんやこの人、妙に辛口やあらへん? 好き勝手に言って、ちょっち嫌味やな」

 

「だねー。それが売りみたいだけど、単なる嫌な人って感じする。桐生さん、大丈夫なのかな」

 

「さぁ? ウチもあんま知らへんねん。お好み焼き、食べさして感想聞きたかったんやけどなぁ」

 

 

 持論を展開する男性コメンテーターの姿に、龍驤と主任は腕を組む。特に、面識のある龍驤にとっては、知人を貶されたようで面白くなかった。

 龍驤を始めとする多くの統制人格は、桐生提督が意識不明に陥っていることを知らない。軍内部でも桐林艦隊内でも、この事実を知る者は少ないのだ。

 見舞いに行った電と島風。他には赤城など、ごく少数のみが知らされている。この認識の差が、思い遣りのすれ違いを生んでいた。

 そんな中、終わりの見えない議論を中断しようと、女性キャスターが無理やりに番組を進行させる。

 

 

『えー、現場には橋元アナが居ます。橋元さん?』

 

『はい! こちら赤坂迎賓館前では、多くの報道陣が提督たちを待ち構えています!』

 

「うっわ~、凄い数。青葉が見たら悔しがるだろうなぁ」

 

「そう言えば、見かけませんね。どこに行ったんでしょうか」

 

「朧、知ってます。極秘の取材だとかで、白露型や最上型のみんなと出かけました」

 

「なるほど。絶対に取材だけではなさそうですね」

 

「不知火ちゃん、そんな言い方はダメですよ。確かに不安ですけど……。はい、焼きオニギリが出来ましたよ」

 

 

 映像が切り替わり、マイクを持った妙齢の女性が映し出された。

 その背後に居る報道陣たるや、映っているだけで百に届くかもしれない。衣笠が頬杖のまま感心する。

 自称・艦娘リポーターの青葉が見ていれば、きっと指を咥えて羨ましがるだろう。

 しかし、不知火の疑問に朧が答えたことで、なんとも言えない不安な空気が漂った。

 つい先日も、なにやら提督へボソボソ呟いては、最新式取材道具をゲットした彼女。苦笑いする鳳翔の言う通り、良からぬ事を企んでいなければ良いのだが。

 

 ちなみに、本日の食事処 鳳翔、フロア担当がほぼ休みなため、臨時休業である。

 誰もいない店内で、たもんまるの御三方が渋く盃を交わしていたりするのだが、本編とはもちろん関係ないので割愛させて頂く。

 さらにもう一つ無駄な情報を付け加えると、この女性リポーター、疋田の元クラスメイトであった。さりげなく「あ、優里香ちゃん夢叶えたんだ」などと呟いた疋田だが、こちらも関係ない上に今後の出番も無いので割愛。悪しからず。

 

 

『放火によって焼け落ちた旧迎賓館を、桐谷提督の御実家である千条寺家の出資により再建して百年、という節目でもある今年。

 例年にも増して多くの方々へ招待状が送られたとの事ですが、中でも注目を集めているのは、今まで参加を固辞してきた梁島提督の出席!

 一目その姿を拝見しようと、夜も遅いというのに、制服姿の女子学生まで詰め掛け、盛大な賑わいを見せています! それに加えて――』

 

『ん? あのポニテ……いやまさか……』

 

『……はい? なんでしょう?』

 

『あぁ、いや、なんでも……』

 

「……んん? あれ、今、見覚えのある子が映りませんでした?」

 

「え、そう? あたしは気付かなかったけど」

 

「気のせい、かな……」

 

 

 カメラの映像がぐるっと周囲を見渡し、今度は一般の人々を映し出す。

 小さな国旗を片手に歓声を上げる女性や、取材陣に負けぬまいとカメラを構える男性など、様々だ。

 男性コメンテーターと疋田は、その中に見覚えのある制服姿のポニーテールを見かけたのだが、主任たちは気付かなかったようで、思い違いかと考え直す。

 むしろ、思い違いだと思っていたいような顔である。

 

 

『えー、残念ながら警備の関係上、主賓である桐林提督は別の入り口から入館済みのようですが、海軍の双璧以外にも注目を集めているのが――!? 来ました!』

 

「あっ、いよいよだね! 地上波初登場が那珂ちゃんじゃないのは悔しいけど、応援しなくっちゃ!」

 

「はい。録画、出来てます……」

 

 

 女性リポーターの進行に合わせるよう、事態も急速に動き出した。那珂はサイリウム、神通はリモコン片手に意気込む。

 ちなみに川内は、他提督の夜間演習の標的艦任務で居らず、比較的静かだった。

 付き合わされている雷巡を除いた球磨型三名と、新入りの重巡――摩耶・鳥海(ちょうかい)にとっては堪ったものじゃないであろうが。

 

 画面外から、長大なシルエットの車が滑るように進入。

 ゆっくりとスピードを落とし、館の入り口から敷かれるカーペットの端に横付ける。

 無数のフラッシュが焚かれる中、おもむろに開いたドアから現れるのは、黒い礼装をまとう老紳士と、同じく礼装姿の女性二人。

 

 

『今、黒塗りのリムジンが迎賓館前に停まりました! 吉田豪志中将です! 両脇に、感情持ちである航空戦艦、伊勢・日向の統制人格を従えています!』

 

 

 胸を勲章で。両脇を見目麗しい航空戦艦で飾り、中将は悠然と光を浴びる。

 腰にかかるほどの黒髪が美しい伊勢。対照的に、短めな髪をざんばら頭にしている日向も、慣れた様子だ。

 それを見て対抗心を燃やすのは、桐林艦隊の戦艦のうち、姉妹で留守番組となってしまった扶桑と山城である。

 

 

「あれが、中将の伊勢と日向……。なんだか、少し悔しい気分だわ……」

 

「だ、大丈夫ですよ姉さまっ。扶桑型だって伊勢型に負けてません! えっと、その……。か、艦橋の高さとか?」

 

「それって被弾面積が大きいって意味じゃ……」

 

「……そう、ですね。やっぱり無駄に高いだけの違法建築ですよね。ふふ、ふ……」

 

「姉さまぁ!? ちょっと疋田さん、余計なこと言わないでもらえません!?」

 

「あ、ごめんなさいです、はい」

 

 

 現代において、扶桑型と伊勢型の多くは航空戦艦へと改装される。

 が、性能差やその他もろもろの理由で、「航空戦艦の駄目な方」呼ばわりされる事もある扶桑たちにとっては、伊勢型は不倶戴天――とまではいかなくとも、ライバル的存在だった。

 そのため、他に類を見ない特徴で自尊心を癒そうとする山城だったが、疋田の冷静なツッコミに扶桑は精神的轟沈してしまう。

 慰めるなら、もう少しちゃんとした部分を褒めて欲しいものである。

 事実は事実なので、なんとなく謝る疋田も腑に落ちない顔だ。

 

 

『さらに後ろにも、美しい女性が続きます! 情報によると、彼女たちは桐林提督の励起した統制人格との事です! 桐林提督に代わり、吉田中将がエスコートを――』

 

「お、やっと赤城さんたちの出番ね。やっぱ綺麗だなー」

 

「うん。陸奥さんも、長門さんも、綺麗……」

 

 

 惨劇の広がる宿舎から視点を戻すと、中将の後ろに、まだまだ女性たちが続いていた。

 曙は両手で頬杖をつきながら、潮は控えめな拍手と共に見送る。

 それぞれに着飾る彼女たちは、宿舎の皆にとっては見慣れた顔。リポーターが言った通り、桐林艦隊の統制人格たちである。

 赤城、加賀、長門、陸奥……。そうそうたる顔ぶれに、フラッシュ音が加速していく。

 ところが、近くに座る霞が食いついたのは、別なところのようで。

 

 

「珍しいじゃない。潮はともかく、曙が素直に褒めるなんて」

 

「霞うっさい。わたしだって誰彼構わず喧嘩売ったりしないわよっ」

 

「そうよね。買って欲しいのは司令官“だけ”だものね」

 

「あんたねぇ……!」

 

「曙ちゃん、あの、ケンカはダメ、だよ?」

 

「霞も……。めっ」

 

 

 潮と霰に嗜められ、二人は「ふんっ」とそっぽを向きあう。

 喧嘩するほど仲が良い、とは彼女たちを言うのだろうか。周囲にとっては見慣れた光景であり、微笑ましく見守っている。

 しかし、画面の中の人物たちが置かれている状況は、少々勝手が違うらしい。

 

 

『橋元さん、誰がどの艦とかは分かりますか?』

 

『え? え、ええと、ですね……』

 

『あれ? リポーターのお姉さん、もしかして分からないんですか? お仕事で来てるのに?』

 

『うっ。そ、そんな訳ないじゃないですかっ。ええと、先頭の二人は……せ、戦艦の長門に陸奥、とか?』

 

 

 キャスターからの質問に、リポーターは目に見えて焦り始める。どうやら、そこまでの情報を仕入れていなかったらしい。

 よほど切羽詰まっているようで、なぜか聞き覚えのある声の主と、普通に会話してしまっている。

 画面に「チッチッチ」と振られる人差し指が入り込み、カメラがそちらへ。

 得意げな顔をしているのは、やはり見覚えのあるセーラー服のポニテ娘だった。

 

 

『ハズレです。いえ、ある意味戦艦でも間違ってはいないんですが、とにかく違います。仕方ありませんね~。私たちが解説して差し上げましょう!!』

 

『ちょっと、マズいよっ。ボクたちがここに来てるの秘密なのに……!』

 

「あ、青葉ちゃんと最上ちゃん。取材ってこれの事だったんだ」

 

「極秘でもなんでもなくなった、ような気がします」

 

「青葉ってば、もう……」

 

「みんな、ズルい……」

 

 

 勉強不足なリポーターへ助け舟を出したのは、極秘取材に赴いているはずの、青葉だった。変装のつもりか、サングラスをかけている。

 周りに同じくサングラスをかけた最上型、白露型の計八名もおり、立派な桐林取材班がそこにあった。

 夜食の焼きオニギリを頬張る主任は危機感なく、朧・衣笠は疲れた顔で映像を見つめる。霰は羨ましそうだ。

 

 

『出てきた順に名前を挙げますと、航空母艦の赤城さん・加賀さん・翔鶴さん・瑞鶴さん。そして戦艦の長門さんに陸奥さんです!』

 

『言わずと知れたビッグセブンと、一航戦に、五航戦。桐林艦隊の主力を担う船っぽい!

 翔鶴さんたちはまだ実戦経験が無いっぽいけど、即戦力として期待されてるっぽい?

 いいなぁー、私も素敵なパーティーに出たかったー』

 

『ほうほう……』

 

 

 青葉の紹介と夕立の補足通り、真っ先に車から降り立ち、中将の後ろを静々と歩いているのが一航戦組み。

 赤城・加賀共に、足元までを覆う、本物の着物姿である。友禅染め――恐らくは加賀友禅か。見事なグラデーションを描く赤と青に、花の文様が美しい。

 加賀は普段通りの髪型だが、赤城は長い髪を結い上げ、かんざしを差していた。

 

 同じ航空母艦である翔鶴・瑞鶴も着物姿かと思いきや、彼女たちはドレス姿である。

 レースのきめ細やかな彩飾を際立たせる、大人しめな薄い青のロングドレス。

 瑞鶴はツインテールを解いて大人っぽく、逆に翔鶴は、白い長髪をポニーテールとし、うなじから鎖骨のラインで男の視線を釘付けに。

 

 そこへトドメを刺すのが、ビッグセブンの二人。

 彼女たちもドレス姿なのだが、五航戦組みとは打って変わり、肩から背中が大きく開いたデザインの、黒を基調としたドレスだった。

 髪型などは弄らず、余計な装飾品も身に付けていない彼女たちだが、故に素の美しさが引き立つ。

 三者三様……いや、六者六様の美女の姿に、画面を見つめていた瑞鳳、祥鳳、飛龍に蒼龍、龍驤はウットリとため息をつく。

 

 

「わ~。赤城さんたち、着物を選んだんだ~。他のみんなはドレスなんだよね? 勇気あるな~」

 

「本当。でも、堂々としていて、翔鶴さんたちのドレスも似合っていて、凄い。私だったら、緊張で転んでしまいそう……」

 

「ホントホント。けどさ、赤城さんたちのドレス姿も見てみたかった気がしない? ね?」

 

「あー、するかも。私たちは普段が和服だから洋服を買ってもらっちゃったけど、きっと似合うんだろうなー」

 

「あの二人、実はごっついスタイルええもんなー。

 ウチなんか子供用のドレスしか着れんかったんやで?

 あんなん着て表によう出れんわ……。お、次はウチらのカテゴリーや」

 

 

 遠く、座敷スペースで不貞腐れていた龍驤は、次にリムジンを降りる仲間の姿に目を輝かせる。

 主役となる華美なドレス姿ではないが、落ち着いた華やかさで容姿を引き立たせている四人だ。

 

 

『で、その次が軽空母――千歳さん千代田さん姉妹に、飛鷹さん・隼鷹さんです!』

 

『ついに軽空母へ改装された千歳さんたちですけど、甲標的母艦時代には、高速航路の実用化に貢献した艦なんですよ?

 飛鷹型の二人は商船改装空母というのもあって、ドレス姿が堂に入ってるわ』

 

『本当……。普通の女の人にしか見えないです……』

 

『でもでも、やっぱ普通の女の人じゃないんだよねー。ほら』

 

 

 青葉、村雨の解説にリポーターが呆然とする中、鈴谷が指差したタイミングで歓声が上がった。

 普段の衣装にも織り込まれた鶴を連想させる、脇が開いたデザインのドレスをまとう千歳と千代田。

 肩から胸元をはだける臙脂色のドレスにストールを羽織り、その胸元を揃いの勾玉で飾る飛鷹と隼鷹が、艤装を取り出したのである。

 飛鷹型二名は大きな巻物から式紙を。千歳型二名は新たな航空艤装――飛行甲板を模した巨大カラクリ箱から、手の平サイズの航空機を飛び立たせた。

 上空を旋回する航空機からは、金銀に煌めく紙吹雪が。そして、鬼火を宿して飛ぶ式紙は、十二支などの動物を模した折り紙となって、報道陣たちの手へ。

 派手な演出に、宿舎内でも拍手が巻き起こる。特に朝潮など、スタンディングオベーションだ。

 

 

「流石は千歳さんたちです! 場の空気を読んだ盛り上げ方、私も見習いたいです!」

 

「見習ってどうするの。私たちじゃ、せいぜい照明弾を撃つ位しか出来ないわよ。っていうか、隼鷹さん髪型違わない? ストレートになってる」

 

 

 相変わらず向上心の塊な長女に、満潮がツッコミながら首をかしげた。

 普段と違った衣装で着飾る軽空母たちだが、その中でも特徴的な髪型をしているはずの隼鷹は、一瞬誰だか分からないほどのサラサラヘアに変貌しているのだ。

 見た目的には指名No. 1ホステス、といった所か。いつものちゃらんぽらんな言動を知っている側にすれば、意外にもほどがある。

 そんな疑問に答えるのは、相変わらず眠そうな顔で突っ伏す加古。

 

 

「ドレスコードに引っかかるから固めるなって、前に提督に言われてたから、それでじゃない……?

 高い酒が飲めるって聞いて折れたみたいだけど……くぁ……うぅ」

 

「隼鷹さんらしいですよね。あ、次、金剛さんたちの出番みたいですよ」

 

 

 考えてみれば当たり前な説明が速攻で終わった頃、古鷹の指し示すスクリーンの中では、また新たな淑女が姿をあらわしていた。

 紙吹雪にフラッシュが乱反射し、光が踊る中を進み出る、純白のドレス。

 ブーケを持っていれば花嫁にも見えるだろう彼女は、ブライズメイドの如く、露出が控えめなドレスで揃える妹たちと、仲間二人を引き連れる。

 

 

『お次は高速戦艦四姉妹の、金剛さんと比叡さん、榛名さんと霧島さんに、重巡の足柄さんと、軽巡の由良さん!』

 

『御召艦を歴任した四姉妹、飢えた狼の異名を持つ外交特使、軽巡初の水上偵察機搭載艦……。皆様、素晴らしい経歴の持ち主ですわ』

 

『なんでもあの服、イギリスの……なんとかってぇブランドのなんだってさ。わざわざ取り寄せたって言うんだから、提督もいなせだねぇ』

 

『うわぁ、素敵……。羨ましいな……。あたしも欲しい』

 

 

 凄まじい気合いの入れように、年若い女性リポーターは別の意味で釘付けになっていた。

 解説の仕事は三隈、涼風に任せっきりである。如何なものか。

 しかし、画面に映っているのは金剛だけではない。

 足柄は光沢のある紫のタイトなドレスを着込み、スカート部分の左側には際どいスリットが。本人にそのつもりがあるかどうかは不明だが、色気のある大人の女性風である。

 由良は質素なエメラルドグリーンのフォーマルドレスに白いボレロを合わせているが、髪の色を考えると決して地味ではない。

 金剛たちを豪奢な花束。足柄を一輪挿しの野薔薇と表すならば、彼女は温室育ちの小さな花。所変われば主役にも。

 姉妹艦の晴れ姿を見て、妙高型と長良型の皆は沸き立つ。

 

 

「キチンと胸を張れていますし、歩みにも淀みがない。緊張はしていないようですね」

 

「ふっ。足柄がパーティー程度で緊張するはずはないだろうさ、妙高」

 

「はい……。でもあのドレス、スリットが……」

 

「下着、見えちゃいそうですよね……」

 

「ですよねー。ワタシなんか足が太くてみっともないから、絶対着れないもん。スゴいな、足柄さん。由良も綺麗だな……」

 

「なに言ってるのよ、長良。健康的な証拠じゃない、細過ぎるよりは良いわよ。……あ、次で最後みたいね」

 

 

 地味にヘコんでいるらしい長良を慰めつつ、五十鈴は画面を示す。

 さながら、花嫁の入場のように練り歩く金剛たちの後ろには、これまた結婚式っぽい演出にピッタリな、幼さを残す少女たちが続く。

 

 

『そしてそして! トリを飾るのが特型駆逐艦+α! 吹雪ちゃん、綾波ちゃん、島風ちゃん、時雨ちゃん、雪風ちゃん、雷ちゃん、電ちゃんですよ~!

 ちなみに、電ちゃんは提督の初めて励起した駆逐艦です。このパーティーへの参加もゴリ押ししたとかなんとか……』

 

 

 金剛のそれに似ながら、可愛らしさを前面に押し出す白いドレス姿の、右手と右足を同時に出すセミロング少女。ガチガチに緊張しているらしい。

 彼女を落ち着かせようとするサイドポニーの少女は、薄桃色のキャミソール風。やはり苦笑いの中に緊張が伺えるが、隣の少女のおかげで落ち着きを保っているようだ。

 

 その後ろには三人の少女。

 プラチナブロンドに、白と青を基調とするエプロンドレスを着る少女は、不思議の国のアリスをモチーフにしていると思われる。黒いリボンがウサギの耳のように揺れていた。

 黒いゴシック風味のドレスを着ているのが、豊かな黒髪を一本のお下げにする少女。パニエによって大きく膨らんだスカートが特徴的である。

 残る一人は大陸風か。短い茶髪に快活な笑顔が似合う少女を、方衣(ホンイ)――日本の千早に似た、袖のない簡素な上着が包んでいる。作りが簡素な分、その意匠にはこだわりが見られた。西洋のドレスに引けを取らない煌びやかさだ。

 

 そして最後。

 双子のようにそっくりな顔立ちで、明るいサフランイエローのワンショルダーを着る少女たち。

 髪型や肩紐の位置以外を、全く同じデザインに合わせた二人が、スカートの端をつまんで優雅な一礼。微笑ましさに、柔らかい拍手が送られた。

 

 

『うっわぁあぁぁ……! 可愛い、お人形さんみたい、抱きしめたい!』

 

『いっちばん最後に持ってくる辺り、提督からの愛されっぷりが伝わるよね! 時雨ー! 可愛いよー!』

 

『実際、愛されてますもんね。私が電ちゃんの立場だったら、どうなってたのかな……?』

 

 

 得意気な青葉の解説そっちのけで、リポーターと白露、五月雨がキャイキャイ騒ぐ。

 基本的に容姿は整っている統制人格だが、今まで登場したのが美しい女性ばかりだったのもあり、可愛らしい少女の愛くるしさが堪らないのだろう。

 そんな声が届いたのか、食堂に姿のなかった留守番組みが入ってくる。

 湯上りの気配をパジャマ姿から漂わせる、叢雲を始めとした吹雪型と、残る綾波型の敷波。おまけの如月、望月だ。

 

 

「あら、丁度良いタイミングだったみたいね」

 

「あーあー、吹雪ってばガッチガチだよ。まるでロボットじゃんか」

 

「ううう、見ているだけで、緊張しそうです……」

 

「私は、そもそも外出したくない」

 

「初雪、動いちゃダメよ。吹雪も綾波ちゃんも、綺麗で羨ましい」

 

「ほんと、羨ましいな……。あたしもあんなドレス着て、司令官と……」

 

 

 一目見てクスリと笑い、叢雲が風呂上がりのフルーツ牛乳をあおる。

 半袖のシャツを着る深雪、女の子らしい七分丈のパジャマな磯波、キャミソールに短パンの初雪は椅子へと腰を下ろしながら、それぞれに感想を言い合っていた。ネグリジェの白雪は湿気の残る初雪の髪を拭きつつ、である。

 大きめのワイシャツを羽織る敷波も、羨望の眼差しで見つめていた。表情や口振りから、脳裏にどんな光景を思い描いているか、想像に難くない。

 だが、絶賛反抗期中な曙にとって、そんな顔の姉妹艦にはチャチャを入れずにいられないらしく……。

 

 

「……前々から思ってたんだけどさ。敷波はなんでクソ提督のこと好きなわけ? 好きになる要素なくない?」

 

「へっ? べ、別に、好きなんて言ってないし。なんとなく、気になるだけ、だし……」

 

「まぁまぁ。趣味は人それぞれなんだし、生暖かく見守ろうじゃない。ボノボノだって死ぬほど嫌いなわけじゃないでしょー」

 

「ボノボノ言うな! 嫌いだし! 死ぬほど嫌い――」

 

「んで、実際どのような所がお好みで? むっつりスケベなとことか、押しに弱いとことか、ハニトラに引っ掛かりやすそうなとことか?」

 

「褒める所じゃないのばっかじゃん……。普通に優しいし、わりと格好良いと思うんだけど。ドレスも真剣に選んでくれたし、さ」

 

「――って人の話聞けぇー!」

 

 

 一触即発な雰囲気になるかと思いきや、漣の乱入により、最終的に曙自身がイジられ側へと回って終了のようだ。これもいつもの光景である。

 苦笑いで見守っていた朧や潮もホッと一息。絨毯を進む駆逐艦たちを眺める。

 

 

「潮はもう買って貰ったんだっけ、ドレス」

 

「ううん、まだ……。あの。普通のサイズだと、胸がキツくって……」

 

「そ、そうなんだ。……それ、龍驤さんの前で言っちゃダメだからね、絶対」

 

「聞こえてんでぇ……。駆逐艦の癖にけったいな乳しよってぇ……」

 

「諦めちゃだめよぉ。今度いっしょに、バストアップ体操しましょう?」

 

「いや、あたしら成長しないんだから無駄なんじゃ……。ま、いいけどさぁ。特定の層には需要ありそうだし……」

 

 

 どこからともなく現れ、涙でテーブルを濡らす龍驤。シュミーズを着る如月が慰めるものの、無駄な努力であろう。

 望月の言う特定の需要も、当人からすれば嬉しいはずがない。

 龍驤は「バルジを、もっとバルジを……」と咽びながら、炭酸ジュースを飲み干すのだった。

 

 

「ねぇねぇ、雪風が着てるのって、台湾の民族衣装なんだよね」

 

「そのはずです。高砂族の方衣だったかと。おそらく、丹陽時代をイメージしたのでは? 浮いている気もしますが」

 

「ええやん、似合ってるんやし。はぁ~、ええなぁ~。雪風はそういう逸話がぎょうさんあって、羨ましいわぁ」

 

「似合っているね、雷たちも。ワタシはまだ選んでいないけど、どうしようかな」

 

「……響なら、きっとどんな服でも似合うわ。その時は暁が選んであげるっ」

 

「うん。お願いするよ」

 

 

 雪風・雷・電の晴れ姿を見て、口々に語り合う陽炎や暁たち。

 仮面舞踏会で民族衣装。確かに浮いてしまうだろうが、雪風の知名度があれば、むしろ良い味になるやも知れない。

 ドレスの下見に付き合っていながら、「ごめん、車に乗れる人数が超過しそうだから残ってくれ!」と留守番を言い渡された暁も、ようやく機嫌を直したようだ。

 

 

『なるほど~なるほど~。美人揃いでしたね~。……っていうか、妙に詳しいですね。もしかして貴方たち、軍関係者なんじゃ……?』

 

『はっ。ぃ、いえいえいえ、そんな事は。あ、もう門限の時間だっ、青――私、これにてオサラバします! お先に失礼~!』

 

『ちょっと、お待ちなさい! わたくしを前にそのセリフ、よくも言えましたわね!?』

 

 

 統制人格たちの入館が終わりそうな頃、ようやく自分の仕事を思い出したのか、女性リポーターが青葉に率直な疑問をぶつける。

 そこでやっと正体がバレたらマズいことに気付いた青葉。適当な嘘を残してその場を走り去った。

 

 後を追う熊野が怒っているのは、フィリピン島はサンタクルーズ沖にて、米空母タイコンデロガの攻撃により、以前の彼女が生涯を終える二十日ほど前。

 サマール沖海戦にて大きな被害を受けていた熊野が、別海域にて同じく被害を受け、大破していた青葉と共に日本を目指し、パシー海峡へ向かった時の出来事が理由である。

 待ち伏せしていた米潜水艦四隻から、繰り返し放たれる雷撃を回避しきれず、航行不能に陥った熊野に引き換え、たった五ノットしか出せない青葉は全くの無傷。

 しかも、後に残した言葉は「ワレニ曳航能力ナシ。オ先ニ失礼」である。イラっとするもの無理はない。

 ちなみに青葉は単独で台湾に向かい、のちに呉へと帰投していたりする。

 

 ともあれ、リポーターは口を挟む暇もなく、青葉たちを見送るしかなかった。

 しかし、スタジオのコメンテーターは一早く正体にたどり着き、私物のコラム小冊子(閲覧用)を取り出しながら叫ぶ。

 

 

『……やっぱり、間違いない! 橋元アナ、さっきの女子学生を追え!』

 

『は、はい? ど、どうしたんですかいきなり……』

 

『いいから行け! あの子は統制人格だ統制人格! ほら、この重版コラム書いた、青葉型重巡の!』

 

『ぇええ!? ちょ、ホントですかぁ!?』

 

 

 にわかに慌ただしくなるスタジオ。

 想定外の事態のようで、「どうする? 追う?」「とりあえず追いかけるか」「サイン色紙あったっけ?」などという取材班の音声が漏れ聞こえる。

 騒動の予感に、高雄や愛宕、甚兵衛姿の利根型姉妹が溜め息をついた。

 

 

「とうとうバレちゃいましたね……」

 

「まぁ、あれだけ情報を出してれば当然よねぇ~」

 

「今時分、苦情というか、確認の電話がひっきりなしに掛かっておるじゃろうな」

 

「お察しします、書記さん……」

 

 

 カニカマを齧りつつの利根の考察は、正しかった。

 携帯テレビを見ながら残業していた書記の少女は、青葉が登場した瞬間にコーヒーを吹き出し、現在、関係各所からの電話攻撃に対応している。明日辺り、青葉の上に大きな雷が落ちる事だろう。

 なんとも締まらないが、これで特集コーナーは終わりらしい。宿舎内の統制人格たちも、思い思いに立ち上がる。

 

 

「さて、終わりましたね。戻りましょうか、北上さん。……そ、そうだわ! 明日もお休みですし、あの、ド……ドド、ドレス着て、私と一緒に踊っちゃったりとかぁ……」

 

「あー、ごめん大井っち。ダンスは先約があるんだー。だから、大井っちとはその次にね?」

 

「……は? ちょ、どういう事ですか北上さん? まさか提督相手じゃありませんよね? 私は認めませんよ!?」

 

「なんかあっという間に終わっちゃったなぁ。お風呂入って寝よ。あ、疋田さんどうします? 泊まってきますよね? ガールズトークしましょうよ~」

 

「いえ、私は家に帰――って引っ張らないで下さい!? 洗濯物干しっ放しで……!」

 

 

 一部に騒がしい少女も居たが、ほとんどが各々の部屋へ帰り、明日に備える。

 この場に居ない“彼”から言い残された、大事な任務のために。

 

 

 


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