新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と金剛の初デート?

 

 

 

 どうして、私じゃダメなの。

 なんでお姉ちゃんばっかり。

 私だってあの人のこと……。

 

 どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうして

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテド

 ウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウ

 シテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシ

 テドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ――

 

 

 焼け焦げた大学ノートの一頁に書かれた文章。

 由来も書き手も不明だが、風化しないよう、厳重に保管されている。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「おっそいなぁ……。何してるんだよ……?」

 

 

 ガードレールに尻を置き、一三○○を刻む腕時計を確認しながら、自分は暗い溜め息をつく。

 人通りの多い銀座の街路。

 平凡なスーツで身を固めるフツメンが、衆人環視の的となっていた。

 もちろん“桐”なのがバレた訳ではない。こうなる他の理由があり、そうしてしまう気持ちを理解できるのが腹立たしく、気分を沈みこませるのだ。

 

 

(早く来てくれ……。このままじゃ、また……)

 

 

 背中で感じる好奇の視線。

 かすかに届く囁き声。

 それら全てが、終わりのない責め苦にも思えてきた。

 あぁぁもぅぅ……。あと五分。あと五分待って来なければ、先に行っちゃうか……?

 

 

「Hey,テート……Darling! 待ちましたカ?」

 

 

 ――と、うらぶれ始めた所へ掛けられる、耳に馴染んだ声。

 人混みをかき分けて近寄ってくるのは、普段と装いを変えた少女である。

 長い茶髪はポニーテールに。巫女さんっぽい服はガーリーなウィンターコートに。メガネらしき物までかける彼女は、変装した高速戦艦四姉妹の長女、金剛だった。

 

 

「待ったよ。遅いよ。何してたんだよっ」

 

「o,oh,メッチャ不機嫌デース……。こういう時は『今来た所だよ』って言って欲しかったのに……」

 

「不機嫌にもなるわ! 君の方から時間を指定した癖に、一時間も遅刻するかぁ!?」

 

 

 腕時計を示して詰め寄れば、金剛は数秒沈黙。「てへぺろっ」と誤魔化す。

 チクショウ、なんであざといポーズが様になるんだ、この美少女め。

 周りの男共が見惚れて、カップルに亀裂入ってるぞ。

 

 

「というかだ。なんで一緒に住んでるようなもんなのに、わざわざ外で待ち合わせするんだ? 意味ないじゃないか」

 

「だってぇ。せっかくの初Dateデスよ? 普通のCouple気分を味わいたくテ。それに、好きで遅れた訳じゃありまセン」

 

「え? そっちも何かあったのか」

 

 

 一緒に住んでる、という辺りに周囲がザワつくのも意に介さず、金剛は「あったのデス」なんて困った顔。腕組みしつつ、ため息まで。

 

 

「歩いてるだけでBadMen'sが声をかけてきて、面倒臭いったらありゃしないデース。三分も黙ってられまセンでした」

 

「あぁ……。なるほど……」

 

 

 聞けば納得の、もっともな理由だった。思わず頷いてしまう。

 普段からして美少女な彼女だが、今日はいつにも増して……という感じだからなぁ。

 特徴付けるのと同時に、一般人からすると話しかけ辛い雰囲気をもたらしていた、あの改造巫女服。

 それを、タートルネックのセーター&ミニスカ絶対領域+コートにしただけで、どこぞの読者モデルが目の前に! てなもんである。

 追いかけて来てたらしいチャラい男たちが、こっちを悔しそうに見ていた。

 自分もちょっと前までは、あっち側だったのに……。人生、分からないもんだ。

 

 

「ン? “も”って事は、Darlingも何かTroubleが?」

 

「うん。逆ナンされてた」

 

「……What's!? えっ、本当デスか? 道を聞かれたとか、宗教の勧誘とかじゃなくテ?」

 

「なぜ驚く。おい」

 

 

 小首を傾げる金剛に、今度は自分が苛立っていた理由を説明するのだが、彼女はこの世の物ではない“何か”を見たような目付きに。

 なんだよ。そんな反応することないじゃないか。

 そりゃあさ、今まで街で声を掛けてきたのはそっち方面オンリーだったけども。事実を突き付けられると傷つくんだぞ?

 

 

「全く、車なんて乗って来なきゃ良かったよ。ここまで人目を引くとは」

 

 

 振り返ったすぐ先には、有料の駐車スペースにある乗用車が。防弾ガラスに対光学兵器スモークフィルムを貼った軍仕様だ。

 世に車が誕生して数世紀。

 人類の第二の脚となった大発明だが、今では一九八○年代が如く、ブルジョアジー御用達のステータスアイテムとなっている。

 物資不足のせいで、乗り回すだけでもお金が掛かるのだ。軍関係や輸送業以外では使おうにも使えないのである。自分も軍で免許を取らせて貰ったくらいだ。

 見た目は普通の乗用車なんだけど、どうも客寄せ効果は素晴らしくあるようで、ずうっと粘つく視線を感じている。

 実際に声もかけられ、「待ち合わせですから」と断るのが面倒くさい。

 最初は嬉しかったですよ。何せ人生初の経験だし。でも、明らかに下心満載の猫撫で声とか、もうね……。女性不信になりそう。

 

 

「ムムム、なるほどデース。Womanというのは、時にRealisticにならざるを得まセン。それだけDarlingが魅力的になったということデス。自信持って下サイ!」

 

「自信ねぇ……。自分としては、もっと別のところで好きになって欲しいんだけど」

 

 

 共感できる部分もあるようだが、最終的にはサムズアップで励ましてくれる金剛。

 しかしながら、外見や付属物でなく、中身を評価されるのが男には望ましい訳で。

 自分でも難しいと思う基準に苦笑いすると、笑みを浮かべたまま、彼女は胸を張る。

 

 

「問題Nothing! ワタシや他のみんなは、例えDarlingがWorking Poorになっちゃっても関係ないデス。むしろ養ってあげマース」

 

「あ、そう……。まぁ、ありがとう? 確かに君たちなら、モデルとかでやっていけそうだしな」

 

「フッフーン。ワタシの美貌を考えればNo Wonderですけどネ! どうですか、この服?」

 

 

 微妙に嬉しくない例えだ。女の子に養ってもらうとかヒモじゃん。男の沽券に関わるよ。

 でも、自慢気にクルッと一回転する姿とか、その後のモデル立ちとか、似合ってるんだよなぁ……。

 たまにはリップサービスでもしておくかな。

 

 

「正直に言うと、見違えた。もちろん良い意味で。可愛くてビックリしたよ」

 

「へぁ? ………………r,Really? 嘘じゃないデスよね!?」

 

「お、おう。嘘ついてどうするのさ」

 

 

 素直な感想を告げただけなのだが、驚くほど金剛が食いついてくる。

 どうにか頷き、本心であることを伝えると、パァア……と表情を煌めかせ、小さな拳が握り締められた。

 

 

「……嬉しい。Darlingがそんな風に言ってくれたの、初めてデス」

 

「ええ? そんな事……」

 

「ありマス! お仕事以外で褒めてもらった覚え、無かったデスから……」

 

 

 金剛はそう言い、スーツの袖をおずおず摘む。

 改めて、彼女と出会ってからを思い返してみるけれど、確かに言っていなかったような?

 脳内で褒めちぎった覚えはあるが、実際、面と向かっては……。

 なんか、悪い事しちゃってたな。

 電の手前、手放しに喜ばせるわけにはいかなくても、もう少しくらい褒めてあげるべき……だよな。士気的にも。

 ……決して、周囲で様子を伺っていた一般婦女子からの「信じらんない」「なにアイツ」という冷たい視線に負けた訳じゃありません。ええ。

 

 

「え、ええと……。とにかく行こうか。時間も限られてるし」

 

「Yes! いざ、初Dateに出発デース!!」

 

「初デートねぇ……」

 

 

 ともあれ、外出できる時間は短い。

 肩を叩いて車を示すと、一気にテンションを上げた金剛が、迷うことなく助手席へ。

 自分もそれに習い、後方確認しつつ、運転席に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「目標が移動を開始しましたわ」

 

「おう、見えてる。オレらも追うぞ」

 

 

 車が動き出したのを確認し、離れて停まっていた大型バイクが二台、別々の場所から動き出した。

 サイドカーと運転手の背後に座る二人を合わせ、三人の少女が乗るそれらを操るのは、桐林艦隊の統制人格であった。

 

 

「いやー。面白くなってきたー。まさか提督が金剛さん“たち”とデートとはね?」

 

 

 気取られぬよう、距離を置いて尾行するうちの一台――天龍が運転する方のバックシート。樺茶色のブレザーを着る少女は、楽しそうに微笑んだ。

 最上型重巡洋艦三番艦・鈴谷である。

 桑染めのプリーツスカートは際どくはためき、ハーフヘルメットから溢れるウォーターグリーンのロングヘアが風に揺れた。

 そんな彼女を見やり、サイドカーで同じ制服に身を包む少女は嘆息する。

 

 

「全く、悪趣味ですわ。他人の逢引きを覗き見なんて」

 

「ンなこと言って興味津々じゃねぇか、熊野。双眼鏡まで用意してよ」

 

「ち、違いますわっ。これは、艦隊内の風紀が乱れぬようにっ」

 

 

 フルフェイス・ヘルメットの天龍に指摘され、最上型四番艦の熊野が、慌てて双眼鏡を隠す。

 薄茶色のポニーテールが崩れるのを嫌ってか、ヘルメットは被っていない。天龍に至っては、頭部の浮遊アンテナがヘルメットの一部のようになっていた。

 

 

「まぁまぁ、どっちでも良いじゃん。役には立つんだし。三隈、そっち遅れてない?」

 

「問題ありません。この子も公道を走れて喜んでいますわ」

 

「にしても、三隈が単車転がせるとはな。意外だったぜ」

 

「ホント。ボクなんか自転車も怪しいのに、凄いよね」

 

「まぁ。お褒め頂き光栄です、もがみん」

 

 

 鈴谷からのトランシーバーに答えるのは、もう一台の運転手。

 長袖のセーラー服――紅樺色の上着と茶色のスカートという、運転には向かない服装ながら、黒髪のツインサイドテールをたなびかせる、最上型二番艦・三隈だ。ヘルメットはハーフである。

 背中には一番艦である最上が抱きついており、実際にトランシーバーの操作をしているのは彼女だった。手放し運転などしていないので、ご安心頂きたい。

 ちなみに、最上は黒髪を少年のように短くし、下もスカートではなく短パン姿である。

 同型艦ながら、衣装に大きな違いのある最上型たちだが、三番艦の鈴谷からは、船体強度の確保や、機関の仕様変更などのために設計を改め、以降を鈴谷型とも称するのが理由であろう。

 かつて、この鈴谷型の設計を更に改めた船が、伊吹型重巡洋艦として就役するはずでもあった。

 

 

『……ところで、さ』

 

『ん? なんだよ、内緒話か?』

 

『うん……。電ちゃん、ずうっと黙ったままなんだけど、どうしたら良いかな……?』

 

 

 そんな重巡たちの長姉である最上は、不意に天龍へと秘匿念話を発する。

 サイドカーで黙々とクッション材をプチプチし続ける、電の気配に怯えながら。

 プチ、プチ、プチ、と潰すのに合わせて、「なのです。なのです。なのです――」と彼女は呟いていた。

 怒ったり悲しんだりしている方がまだマシであろう有様に、天龍は苦々しい口振りで返す。

 

 

『……わりぃ。オレにはどうにも出来ねぇ。耐えてくれ最上……』

 

『そう言われると思ってたよ……。三隈は運転に集中できるからいいけど、ボクだけ針のむしろさ……。あはは……』

 

 

 半ば諦めていたのか、三隈の背中に乾いた笑みを隠す最上。

 思い返せば、鎮守府を出立する際から「なのです」以外の言葉を聞いていない。

 これが噂に聞く「なのDeath」モードなのかと、彼女は味わいたくもない胃の重さを感じるのだった。

 

 

「にしても、提督はどこへ向かっているのかしら。大抵の施設は、鎮守府内にもあるはずですのに」

 

「そーだよねー。買い物するところも、遊ぶところもあるし。富井マートとか」

 

「単にバレたくなかっただけじゃねーか? 司令官と金剛が……まぁ、そういう風に遊んでるって知ったら、みんなして囃し立てるだろうからな」

 

「あー、それもあるかー。でも結局バレちゃってるんですけど」

 

「前日からアレだけ浮かれていれば、当然ですわ」

 

 

 三隈組みと打って変わり、華やぐ雰囲気の天龍組み。

 全ては前日の夜。

 宿舎内をスキップし、満面の笑みから「誰か聞いてくれないかナー」という気持ちをダダ漏れさせていた金剛へと、鈴谷が話しかけた事に端を発する。

 

 

『ん? ぉおう金剛さんじゃーん、チィっす! どうしたの、スキップなんかして?』

 

『Oh,YouはNew Faceの重巡さんデスね? 実はワタシ、ついに明日テートクと、テートクと……。ふふふ、これ以上はSecretネ! Good Night!』

 

 

 内容は以上の通りであり、言うだけ言ってすっきりしたらしい金剛は、そのままスキップで立ち去った。

 残された鈴谷といえば、「面白そうじゃん?」と目を光らせ、さっそく姉妹艦へと密告。次いで、翌日の外出予定を書記の少女から確認し、その護衛と称した尾行チームが結成されたのだ。

 車よりは一般に多く出回っている上、機動性を重視した二輪車を選択する辺り、本気なのが伺える。ちなみに私物である。

 美少女が乗っているせいで、妙に注目を集めてしまっている事に気付いていないのは、改善点であろうが。

 

 

「皆さん。提督の車が左折。駐車場へ入って行きますわ。私たちは如何いたしましょう?」

 

「あれは……。ブティックだよね。鈴谷たちが持ってる雑誌とかに、特集されてなかったかな」

 

 

 そんな時だ。三隈は金剛たちの乗った車が、とある店舗の駐車場へ入っていくのを確認した。

 一旦はその店を通り過ぎ、離れた路地を同じく左折して停車。もう一度確かめてみると、ショーウィンドウに着飾ったマネキンが置かれていた。服飾品を扱っているに違いない。

 遅れて天龍組みも脇道から合流し、六人は道端で作戦会議を開く。もちろん他の邪魔にならないように。

 

 

「さすがに、お店の中へは入れそうにありませんわね」

 

「ん~……。あ、おあつらえ向きに喫茶店あるじゃん。とりあえず、あそこ入って様子見ようよ」

 

「ちょうど向かいか。良いかもな」

 

 

 バイクから降り立った鈴谷が偵察してみると、現在地――ブティック側から片側二車線の道路を挟んで、やや斜め前に、シックな面持ちの喫茶店が門を構えていた。

 あの位置ならば、ブティックの出入り口を見張りつつ、身を隠せるだろう。

 そう判断した天龍がバイクを吹かし、鈴谷が戻ってから再び動き出す。

 

 

「承知しました。三隈も続きますわ」

 

「ボク、喉乾いてたから助かったよ。……い、電ちゃんも、それで良いよね?」

 

「なのです」

 

 

 おっかなびっくり、最上が問い掛けてみても、やはり返ってくるのは短いセリフ。

 しかし不満の色も感じられず、ホッと一息。早く着かないかなぁ……と、冷や汗をかく最上であった。

 常識人の苦悩は終わらない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「さ、着いたぞ」

 

 

 目的地であるお店――上流階級の人間も通うブティックへと到着。車を停め、自分は車内に呼び掛ける。

 ……が、返事はなかった。

 シートベルトを外しながら隣を見ると、金剛が風船みたいな顔でそっぽを向いており……。

 怒ってますねー、どう見ても。

 

 

「金剛、いい加減に機嫌直してくれよ」

 

「つーん、デス」

 

「何が気に入らないんだ? 君との約束通り、買い物に付き合ってもらってるだけなのに……」

 

「何ガ……? 本気で聞いてマスか!? だったら言わせてもらいますケド、どうして初Dateがコブ付きなんですカぁ!!」

 

「コブだなんて、そんな言い方は無いんじゃないかしら?」

 

「そうよっ。レディに向かって失礼だわっ」

 

 

 プンプン怒り狂う人差し指の先には、フォーマルなスーツを着崩した陸奥と、いつものセーラー服姿な暁が居た。護衛を兼ねて最初から車に乗っていたのである。

 こちらからすると、以前、電との出会いを話した時の約束を果たすつもりだったのだが、やっぱり金剛は別の意味で捉えていたらしい。

 まぁ、普通そう考えるよね。普通。

 

 

「Sorry,ちょっと興奮してしまったデース……。でもでも、本っ当に楽しみにしてタのに、いざ車へ乗り込んだ瞬間、後部座席に美少女が二人も居た絶望(Despair)と言ったら……」

 

「そんなこと言われても、自分はデートなんて明言した覚えはないし、二人っきりだとも言ってないぞ?

 勝手に早合点したのは金剛じゃないか。勘違いしてるだろうと予測はしてたけどもさ」

 

「ひ、ヒドいっ、けっきょく騙してたんデスね! Pureな乙女心を弄ぶなんて、このジゴロ、スケコマシ、I Love You!!」

 

「あらあら、結局は好きなのねぇ」

 

「じ、ジゴ……スケコ……?」

 

 

 悲しげに両手で顔をおおった金剛だが、罵りながら告白するという器用さが溜め息を誘う。

 なんだか楽しそうですね、陸奥さん。意味が分かってない暁は……。是非そのままでいて欲しい。

 如月とか漣みたくなられちゃ困るし。

 

 

「とにかく、さっさと行こう。買い物って言ったけど、仕事の一環でもあるんだ。三人には頑張ってもらわないとな」

 

「ふぇ? どういう事デスか?」

 

 

 先んじて車を降りると、嘘泣きしていた金剛、暁たちも。

 ドアをしっかりロックしてから、自分たちは店舗の入り口へ。

 

 

「あと二週間もしない内に、千条寺家の仮面舞踏会が開かれるのは聴いてるだろう?」

 

「確か、赤坂の迎賓館を貸し切って行われるのよね」

 

「うん。で、自分が出席するのはもちろんなんだが、護衛として統制人格のみんなにも出てもらう事になったんだ」

 

「ほうほう。つまり、ワタシたちの社交界Débutという訳デスか!」

 

「社交界デビュー……。も、問題ないわっ。暁は歴としたレディだものっ」

 

 

 年末に日程を組まれる、襲名披露宴を兼ねた仮面舞踏会。

 歴代の“桐”たち――といっても、最初の“桐”である桐竹氏から自分までを合わせて、たった八人なのだが。

 とにかく、彼らを盛り立てるために開かれ、政治家やら資産家やらも集まるこのパーティーは、様々な意味で注目される催しだった。

 貧富の格差問題が持て囃される昨今、とにかく槍玉に挙げないと気が済まない人も多いのだ。

 中には過激派組織を後ろ盾に活動する者まで……。警戒するに越したことはないのである。

 

 

「とはいえ、“桐”が集まるパーティー。普通に警戒厳重だから……。言い方は悪いけど、賑やかしとか、イベントコンパニオン的な感じかな」

 

「エー。なんデスかそれー。ワタシ、Darling以外にお洒落した姿を見られても嬉しくないデース……」

 

「はいはい、安心しろ。

 ただ会場内に居てもらえれば十分だし、あくまで君たちは自分の身内。客からの要求に応える必要もないから。

 無理強いするような馬鹿には、相手が誰であろうと対処する。安心して楽しんでくれ」

 

「あら、頼もしい。しっかり守ってね?」

 

 

 二重になっている自動ドアを一つくぐり、受付をしている男性に身分証を提示する。

 ICチップから情報を読み込むと、流れるような動きが一瞬だけ停滞。貼り付けた笑みで案内を開始した。

 怪しんでたんだろうなぁ、内心では。

 鎮守府にはこういう海外ブランド店とか進出してないし、ま、仕方ないか。

 

 

「でも、司令官? 私たち――」

 

「暁、外でその呼び方はダメ。前もって打ち合わせしたろ?」

 

「あう。えっと……。に、兄様。舞踏会に着ていくドレスなんて、暁は持ってないわ」

 

 

 帽子頭をツンとつつくと、暁は慌てて呼び方を変えた。

 店員さんにはバレちゃってる訳だが、気を遣わなければ。

 なので兄様呼びに喜んじゃダメだぞー自分。

 可愛い妹が欲しかったのは確かだけど、仮だからなー。

 

 

「それを解決するために、この店に来たんだよ。事前に連絡はしてあるけど、外の店だ。バレないようにな」

 

「もしかして、買ってくれるデスか!? Yes Sir! 大人しくしてマース!」

 

「了解よ、兄くん? ふふふ、楽しみだわ」

 

「ドレス……。ふりふりで、キラキラ……。にへへ……」

 

 

 ぜんぜん大人しくなってないじゃないか、金剛よ。

 というツッコミが引っ込んでしまうくらい、女性陣は大喜びだ。

 陸奥も目に見えて頬を緩ませてるし、暁なんか顔が溶けてる。やっぱり女の子なんだな、みんな。

 

 

「そういえば、兄くん。ドレスを買ってくれるのは嬉しいけど、そもそも舞踏会へ連れて行く子はどのくらいなのかしら。まさか、全員分用意する訳じゃないんでしょう?」

 

「ん? 先方からの要望で、一般への知名度が高い順に十数人ってとこかな。ある程度ワガママは通すけど。あ、ドレスは全員分買うつもりだよ」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

 店舗内を奥へ進みつつ、陸奥からの質問に答えるのだが、彼女は何故か足を止めてしまう。

 金剛もビックリした顔で、飾られた服に見惚れる暁だけが夢見心地にフラフラ。

 同じように立ち止まってしまった自分とぶつかった事で、「んにゃうっ」と正気に戻る。どんだけ楽しみなんだ。

 

 

「H,Hey,Darling。我が家は最近、Moneyに困っているはずじゃあ……」

 

「うん。困ってる。でもさ、アッチとコッチじゃ、額が文字通り桁違いだからさ。どうにかなるんだよ。

 ……ぶっちゃけ、通常出撃で得る解放艦はダブリが多くなってきたし、それを他の能力者に提供することで、給付金を貰ってるんだ。

 公的な軍のパーティーでもあるし、その準備に流用しても法的な問題はないから、そこら辺は安心して良い。流石に一着ずつしか買えないけどね」

 

「背に腹は代えられないのねぇ……」

 

「……なんだか、ちょっと罪悪感を感じちゃうわ」

 

「しかし、これから仕事を続けていけば、公の場に出る機会は増えてくる。こういう準備も必要なんだよ。理解してほしい」

 

 

 要するに、艦隊運用費と生活費は別問題という事だ。

 ほんの四半世紀前までは在り得なかった方法で、数多の船を入手できるようになった現在、駆逐艦などの購入価格はそう高くない。

 だが、それでも服に比べれば桁違い。ドレスの百着くらいなら、未励起艦を数隻売り払うだけで賄えるのである。

 もっとも、こうやって得た資金は公費の助成として扱われる。みんなが使う日用品や食費などには使えないので、雑誌の売り上げでウハウハ言ってたのもこれが原因。

 大黒柱は大変ですよ……。

 

 世知辛い事情の説明をしている間に、自分たちはまた歩き出す。

 程なく、少し先を行っていた店員さんへ追いつくと、彼は大きなカーテンの前で立ち止まり、こちらの様子を伺ってから一気に解放する。

 

 

「お待たせ致しました。こちらが、今回ご用意させて頂いた品々で御座います」

 

 

 赤、白、黄色、緑、青。

 原色からパステルカラー。

 シルクやサテンに半透明なシースルー素材など、様々なドレスの踊る一画が、そこにあった。

 

 

「わぁー! 兄様、兄様、凄いわ!」

 

「まぁ、はしゃいじゃって。でも、気持ちは分かるわね」

 

「Wow,トンでもなくGorgeousデース!」

 

「すっげぇ……。わざわざ専用コーナーまで作ってくれたのか」

 

 

 マネキンの側には、着飾った女性店員も立っている。おそらくドレスの説明とかをしてくれるんだろう。

 よく考えたら、百着近くを注文してくれるかも知れない、超がつく上客だ。気合も入るよな。

 色めき立つ暁たちを見て、店員さんたちガッツポーズしてるし。

 

 

「さてと。まずは暁のドレスから選ぼうか。二人とも。自分にはそういうセンスないから、良いのを選んであげてくれるか?」

 

「もっちろんOKネ! こういうのはGirlの得意分野デース!」

 

「だけど、きちんと感想は言ってあげてね? 投げっ放しじゃダメよ?」

 

「了解了解」

 

 

 今か今かとソワソワする三人を引き連れ、特設コーナーへと足を踏み入れる。

 さっそく暁に女性店員が集まり、いろんな部分のサイズを測っていた。

 ちょっと見ただけでも、定番のフリル満点な純白ドレスから、背中がザックリ開いた黒いドレスまで、本当に色々だ。

 耳に聞こえる歓声は、「コレとかワタシに似合いそうデース!」「私はどんな感じにしようかしら」「二人ともズルい! まずは暁でしょ、レディファーストー!」「神戸牛ですわー!」なんて――

 

 

「んん? 神戸牛?」

 

 

 明らかに、場違いな言葉が耳へ届いた。

 神戸牛? え? 牛……いや、霜降り肉をモチーフにしたドレスでも置いてあるの?

 そう思って周囲を見回してみるが、人肌で融ける肉ドレスなんてあるはずもない。

 というか、この場にいる人間の声じゃなかったような。

 

 

(……あ、もしかして……)

 

 

 とある可能性に気付き、自分は姦しい女性陣から離れ、精神統一。

 己の中にある無数の“糸”を辿ってみると――

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「うーん……。ダメだわ、やっぱり全っ然見えない。ここに陣取ったのは失敗だったかなー?」

 

 

 外観と同じく、シックな内装でまとめられた喫茶店の中。

 熊野から借りた双眼鏡を構える鈴谷は、あっちこっちへ移動しつつ、必死にブティックを覗き込もうとしていた。

 顰蹙を買いそうな行動であるが、店内には鈴谷たち以外の客が居らず、店主である男性も見咎めなかったため、やりたい放題だ。

 

 

「仕方ないよ。中が丸見えだったら高級店っぽくないし。プライバシーへの配慮じゃないかな?」

 

「なのです」

 

「ですわ。電さんの言う通り、ここは大人しく待ちましょう。焦りは禁物です」

 

「えっ。なんで分かるの三隈。なのですとしか言ってないよ?」

 

 

 代わって声をかける最上も、カフェラテを飲んですっかりくつろぎモード……だったのだが、唐突な「なのDeath」モードの通訳に突っ込んでしまう。

 元々、自らを「くまりんこ」と呼んだり、ときどき「み、くま!」と鳴いたり、“くま”という読みの入った船――球磨・阿武隈・熊野に自身を加え、「あと一人居ればクマレンジャーが結成できますのに……」などと企む、天然系お嬢様な彼女。しかしまさか、電波まで受信できるとは。

 よくよく考えると軍艦なので当たり前なのだが、なんとなく突っ込まずにいられない常識人だった。

 それはさておき。

 同じく飲み物を注文し、アイスフロートのメロンソーダを楽しんでいた天龍は、バニラアイスを食べ終わったタイミングで話に参加する。

 

 

「しかし、ただ待つってぇのもな。飲みもん以外に何か注文するか?」

 

「わたくしはもう注文させて頂きました。せっかくの外出なんですから、皆さんも遠慮してはいけませんわ」

 

「お、熊野ったら抜け目ないねー。ってこれ……メニューめっちゃ分厚いんですけど……」

 

 

 六人分のドリンク――カフェラテ、メロンソーダ、紅茶、コーヒー、金箔入り梅昆布茶、サイダーは、ほぼ全てが空になりつつあった。

 長丁場になるのなら、場所を提供してもらっている側として、口止め料代わりの誠意も見せねばなるまい。熊野は淑やかに分厚いメニューを差し出す。

 鈴谷の手にもズッシリくる、ちょっとした辞書並みの厚さだ。

 それを編集したであろう店主は、良く言えば貫禄のある、悪く言えばヤのつく自営業者にしか見えない風貌通り、低い声を伴って歩み寄る。

 

 

「お待ちどう」

 

「ご苦労様です」

 

「おぉ、香ばしく焼けた匂いが最高だなぁ……ってステーキかよオイ!? ガチ喰いじゃねーか!?」

 

 

 素っ気なく、それでいて恭しくテーブルに並べられたのは、鉄板の上で肉汁を弾けさせるステーキだった。

 付け合わせは、定番のマッシュポテトに茹で野菜。濃厚なソースの香りが食欲を誘うけれど、注文主が御嬢様然とした少女ということもあり、違和感満載である。

 やはり常識人は突っ込まずにいられない。

 

 

「ここ、ファミレスじゃなくて喫茶店だよね? なんでステーキが……」

 

「フードメニューが充実しているみたいです。見てください、もがみん。定番のナポリタンからお寿司までありますわよ?」

 

「ほ、ホントだ……。もしかして、鍋とかおでんまであったり?」

 

「あるよ」

 

「あるの!?」

 

 

 短い返事に、冗談半分だった最上は驚きを隠せなかった。

 一方、店主はサングラスの奥から「ドヤァ」という雰囲気を放出している。

 この反応を待っていたらしい。見た目と違ってファンキーである。

 

 

「いやー、それにしたってステーキとかさ。臭いが服に着いちゃわない? 熊野」

 

「何を言っているんですの鈴谷さんっ。神戸牛ですのよ神戸牛!?

 偶然出かけることになって、たまたま入ったお店で神戸牛に出会う……。これぞ運命ですわ!

 神戸生まれの重巡として、厳かに堪能するというのが婦女子という物。ありがたく頂戴いたします……!」

 

「なのです」

 

「本当。熊野さん、とっても楽しそうですわ」

 

 

 パラパラとメニューをめくりながらの鈴谷に、熊野は俄然目を輝かせて反論。

 そそくさ紙エプロンまで装着し、ナイフとフォークを構えた。

 相変わらず「なのです」としか言わない電も、表情は柔らかい。

 

 

「よく考えたら、あたしらお昼まだなんだよねー。服を選んでるなら当分出てこないだろうし、今のうちに済ませちゃわない?」

 

「だな。腹が減っては戦はできぬ、だ。なに食おっかなぁ」

 

「じゃあボク、おでん食べたいな。あるって聞いたら食べたくなってきたよ」

 

「三隈はこの、本日の握り・松をお願い致しますわ。電さんは如何しますか?」

 

「なのです」

 

「はい。オムライスセットですわね」

 

 

 楽しそうな雰囲気に負け、鈴谷を始めとした皆も、それぞれランチメニューを探し始めた。

 ああでもない、こうでもないと悩む少女達に、カウンターへ戻った店主がかすかに笑みを浮かべる。

 

 そして、約一時間半後。

 

 

「はぁぁ……。堪能いたしましたわぁぁ……」

 

「ヤバいっしょ、このお店。ナポリタンめっちゃ美味しかったもん。……ぁあっ、また負けた!」

 

「フフフ、甘いんだよ鈴谷。しかし穴場だったな……。デザートまで食っちまったし」

 

「なのです」

 

 

 六人は、護衛任務という建前を忘れていた。

 悩んだ末に、特上神戸牛のステーキ、おでん、本日の握り・松、オムライスセット、ナポリタン、甘口カレーセットを注文した彼女たち。

 喫茶店らしからぬ味わいに舌鼓を打った後、ケーキセットやホットケーキまで頼み、思う存分、休日を楽しんでいる。

 現在は食後のまったりタイム。

 店主の趣味で置いているらしい旧世紀のコインゲーム、エアホッケーに興じたり、それを応援したり、これまた店主の趣味だという囲碁を打ったり。

 本来の目的は何処へやら、である。

 

 

「おでんも凄かったよ? 大根がほろほろで、出汁が奥まで染み込んでいて。本格的だった」

 

「握りも素晴らしかったですわ。ネタの鮮度がそのまま味として伝わってきました。これほどの手前、そう味わえるものではないかと」

 

「いいお店だよねー。なんでお客来ないんだろ? 後でみんなにも教えてあげよー」

 

「ですわね。……あっ!? ここ、金剛さんたちが出てきましたわ!」

 

 

 パックを弾くカコンという音に、碁石を置くパチンという音。静かに流れる古い歌謡曲。

 温泉宿場の遊戯室が如き雰囲気まで漂う店内だったが、紅茶のお代わりを嗜んでいた熊野が、見知った姿を窓の向こうに確認する。金剛を先頭とした四人だ。

 その声に正気を取り戻したか、尾行班は慌てふためく。

 

 

「マジかっ? 早いとこ移動しねぇと……。会計はどうすんだ。オレ、あんまりカネ持ってきてねぇぞ」

 

「え。鈴谷もほとんど持ってないよ? 結構これに使っちゃったし」

 

「ボクも、急だったから持ち合わせは……」

 

 

 まずは会計を済ませようと、財布を取り出して手持ちの確認。

 あいにく天龍と最上は懐が寒く、鈴谷はワンプレイ百円のエアホッケーにだいぶ注ぎ込んでいた。

 そこで、ためらわず高額メニューを頼んだ二人を見つめるのだが――

 

 

「あら。わたくし、財布など持ち歩きませんわよ。そういった事は下男の仕事ですし」

 

「三隈は無一物ですわ。単車の改造に使い切ってしまいました」

 

 

 ――尊大にふんぞり返る少女と、コロコロ笑う少女が居るだけだった。

 財布も持たずに高級和牛を注文するとは、どういう教育を受けているのだろうか。

 見た目はおっとりしているのに、単車弄りが趣味とはギャップがあり過ぎるだろう。

 そんなツッコミが天龍たちの脳裏をよぎるけれど、しかし突っ込んでいる場合でもない。

 

 

「……おい。ヤバくないかこの状況」

 

「ヤバい、マジヤバ。このままじゃ無銭飲食で捕まっちゃうってぇ……!」

 

「ねぇ。確かめてみたんだけど、神戸牛ステーキと握り寿司、値段が時価って書いてあるように見えるんだ、ボク。気のせいかな」

 

「な、なのです?」

 

 

 ガマ口を手に、電も顔を青くする。

 テーブルへ伏せられた伝票が、とてつもないプレッシャーを放っていた。

 誰も彼もが口を閉ざし、重苦しい沈黙が続く最中、ふと喫茶店のドアベルが鳴った。

 店主が「いらっしゃい」と素っ気なく出迎えても、天龍たちは気付けないほど追い詰められ……。

 だが、入店した人物は彼女たちへ迷うことなく進み――

 

 

「顔を突っつき合わせて、何してるんだよ君らは」

 

「ぬぁ!? し、司令か――!?」

 

「なのです!?」

 

 

 ――呆れた声をぶつけるのだった。

 振り返る天龍の側に立っていたのは、呆れ顔で六人を見下ろす桐林提督である。

 

 

「しー。ダメよ天龍さん、電。外では……。ね? 兄様」

 

「お、おう、そうだな。あ~……に、兄さん?」

 

「……なんだか気持ち悪いな。天龍からそう呼ばれるの」

 

「ウルセェなっ。オレだって違和感バリバリだっつの!」

 

「で、Youたちはこんな所で何してるデスか?」

 

「まぁ、この面々を見れば想像つくけど……」

 

「あはは……。だよね……」

 

「い、いつからバレていたんですの?」

 

「あー、推測なんだけど。熊野がメニューに神戸牛を発見して、テンションマックスになった時かな。歓声が脳内に響いてさ、ビックリしたよ」

 

「うっ。しくじりましたわ……っ」

 

 

 兄呼ばわりが互いに照れ臭い天龍・提督はさておき、金剛と陸奥の「仕方がない」と言いたげな笑みに、最上が苦笑い。

 三隈の問いかけにより判明した発覚原因で、熊野も頬を染める。

 女所帯でなら遠慮なく肉を注文できる彼女だが、肉で興奮する様を男性に知られるのは、さすがに堪えるようだ。

 

 

「でもさ、ナイスタイミングで来てくれたよー。ねーねー、にーいちゃん?」

 

「ん? なんだ、鈴谷――ぅおっ」

 

「実はあたしら、持ち合わせがちょーっとだけ少なくてさー。兄ちゃんの格好良いとこ、見てみたいなー?」

 

「お、おいこらっ。近い……」

 

 

 沈黙が破られた中、真っ先に行動するのは鈴谷である。

 斯くなる上は鎮守府へ連絡し、書記の少女からカミナリを貰うしか……といった瀬戸際で、天から垂らされた蜘蛛の糸。

 逃すまいと腕を抱え込み、女の武器を使ったアピールも忘れない。

 二の腕を挟み込む豊満さと、甘ったるい香り。提督の頬がわずかに緩む。電の目は細くなる。

 

 

「確かに、丁度良いですわね。提――兄上様。ここの支払い、お願い致します」

 

「どうやら三隈たち、食べ過ぎてしまったようなんです。助けて頂けませんか? お兄様」

 

「食べ過ぎって、喫茶店のメニューだろう? そんなに高いはず……ふごっ」

 

 

 熊野や三隈にまで援助を求められ、胡乱な顔で伝票を確かめる提督だったが、書かれていた数字に思わずむせた。

 それもそのはず。普通なら高くても四桁で済むだろう代金は、六桁を刻んでいたのだ。

 

 

「な、なんだよこの額!? 桁が二つほど違くない!?」

 

「驚くのも無理ないよね……。ほら見て? 原因は三隈と熊野が食べた……」

 

「ステーキと寿司ぃ? なんで喫茶店にそんなもんが……。まさか、ラーメンとか手打ち蕎麦とかもあったり……」

 

「あるよ」

 

『あるの!?』

 

 

 ワナワナと震える手をどうにか押さえ込み、適当な料理を提督が挙げてみると、店主は短く肯定。最上と声が重なった。

 恐るべし、客の来ない喫茶店。

 店主の顔さえ怖くなければ盛況だったであろう。

 

 

「話を聞いてたら、ワタシも小腹がHungryになってきました。ン~……よし、Hot Sandを注文するネ!」

 

「あっ、金剛さんずるいわっ。ねぇ、電は何を食べたの?」

 

「なのです」

 

「へぇ、オムライス。良いわねぇ。私はどうしようかしら……」

 

「ちょっと待った。今、『なのです』としか言ってないよな? なんで分かるんだ陸奥」

 

「良かった……。疑問に思うのはボクだけじゃなかったんだね」

 

 

 メニューの幅に興味を持ったようで、金剛は腰を落ち着けてしまう。

 続く暁、陸奥も食べる気満々である。

 無駄だろうに「なのDeath」モードへ突っ込む二人には、触れないでおく。

 

 

「まーまー、細かい事はいいじゃーん。兄ちゃんもなんか食べなよー」

 

「いや、買い物を途中で切り上げて来ただけだし、出来れば店に戻りたいんだけど。買ったものも預けたままで……」

 

「そう言うなって。マジで美味いから、な?」

 

「けど、これ以上はなぁ」

 

 

 鈴谷が提督の腕を引っ張り、空気を読んだ皆が電の隣へ押し込むも、彼は渋る。

 財布の中に現金はあるし、カードで払うことも可能だが、安くはない買い物を続けなければならない矢先に、これ。

 払えないのなら、いっそ働いて返させるのも勉強ではないか、と思う彼だった。

 

 

「……お兄さんは、お腹空いてませんか?」

 

「ううん、メッチャ空いてきたよ電。よーし、お兄さん今日は奢っちゃうぞー」

 

「物分りが良い兄上様で、助かりますわ」

 

「流石です電さん。お兄様も、ありがとうございます」

 

 

 ――が、隣り合った電に、上目遣いで小首を傾げられた途端、提督は手の平を返す。

 なんというか、“そういう店”で札束を振り回す、成金的な雰囲気である。

 あと数パターン呼ばれ方があれば完璧とか思ったり、妹姫を英語に直訳したりしてはいけない。

 

 

「ところで、兄上様。今日はどのような用向きでお出掛けに?

 電さんを放って複数の女性とブティックだなど、誤解されますわよ」

 

「ちょい熊野! 直球過ぎ……!」

 

 

 そんなこんなで、ざる蕎麦にホットサンド、フグの刺身や、オムライスセットと偽ったお子様ランチなどを頼み、談笑してしばらく。

 良くも悪くも空気を読まない熊野が、事の核心を突いた。

 桐林艦隊内では公然の秘密とされている、“彼”と“彼女”のヤキモキする関係。

 外見年齢に思うことが多分にある熊野でも、一応は見守ろうかと思っていた。だからこそ、軽率とも言える行動を取った提督へ、一言物申したかったのである。

 彼女の生真面目さを感じ取ったか、分厚いメニューを閉じ、彼も姿勢を正す。

 

 

「……まぁ、そういう可能性も考えたさ。

 これは自分なりに順序立てた結果なんだよ。

 暁たちにドレスを買ってあげるのも目的の一つだけど、本当は……」

 

 

 店主が「お待ちどう」と注文を運んできたタイミングで、言葉を区切り。

 軽く深呼吸してから、彼は照れ臭そうに言う。

 

 

「電のドレスを探すために、来たんだよ」

 

「な、なのです?」

 

「まぁ」

 

「やっぱりそういう事だったんだね」

 

 

 驚く電とは逆に、三隈や最上は得心のいった顔だ。妙なところで信頼を得ている提督である。

 それがまた照れを誘うのだろう。一つ咳払いする彼は、仕事をする時のような顔を作って誤魔化す。

 

 

「例のパーティー、統制人格の出席を求められてるのは聞いてるだろ?

 一航戦や五航戦、長門型や金剛型とかの有名どころを連れて行くのは、もう決まってる。

 けど、君にも出てもらいたくてさ。そのための下見のつもりだったんだよ。

 という訳で、本当はドレスを選ぶ時に頼む予定だったんだけど……。一緒にパーティー、出てくれるか?」

 

「は、はい! 喜んでお伴します、なのです! ぇへへ……」

 

「良かったじゃねぇか、電」

 

「なのですっ」

 

 

 最終的に、少々情けない、目を逸らしながらの誘いとなっても、電は満面の笑みで頷いた。

 思わず天龍たちにまで移ってしまうほど、キラキラ輝く微笑みだった。

 が、モッシャモッシャとホットサンドを頬張る金剛は、趣の違う……ギラギラした笑いを浮かべる。

 

 

「フフフ。喜ぶのもいいですケド、油断しちゃいけまセン。

 この金剛も出席は確実! これを食べ終えたら、今度はワタシのDressをChoiceするのデース。

 テートクの好みに、テートクの色に染まる時が来たのデス! ぐっふゅっふゅ……」

 

「金剛、その笑い方は止めようか。普通に怖いから」

 

「暁はもう買って貰ったのよ! レディーらしいゴージャスなドレスなんだからっ」

 

「私もドレス選びはこれからなんだけど……。ちょっと大胆に攻めようかしら? キチンと選んでね、兄くん? はい、あーん」

 

「あ、イタダキマス……。どうかお手柔らかに……。フグってこんな味なのか……」

 

 

 ケチャップで口元を真っ赤に汚す暁、小皿を添えて刺身を食べさせに来る陸奥も、どこか自慢気。

 こうなると、面白くないのは尾行組みである。同じ女として、お洒落をしたい気持ちはあるのだから。

 

 

「えー、いいなー。鈴谷も新しい服が欲しー。……兄ちゃーん?」

 

「昼飯代だけでなく服までタカるか。……と言いたいとこだが、もともと用意するつもりだよ。食べ終えたら、みんなで店に戻ろう。ついでだしな」

 

「マジで!? ぃやっほーい! 兄ちゃんってば、ビール腹ー!」

 

「おい、掴むな! 気にしてるんだからっ」

 

 

 指を咥えながら、ススス……と提督の背後へ移動し、肩を揉みつつおねだりの鈴谷。

 思いのほか色好い返事が返り、彼女は抱きつきながら大喜び。ついでに腹の肉を揉む。

 熊野、三隈も、意外なプレゼントに笑みを零した。

 

 

「服をプレゼントとは、殊勝な心掛けですこと。まぁ、殿方からの厚意を受け取るのも淑女の務め。お受け致しますわ」

 

「やけに香ばしい匂いを漂わせる淑女だな。シミが目立たないよう色は黒にしますか?」

 

「んなっ。し、失礼ですわよ!?」

 

「落ち着いて下さい、熊野さん。匂うのは事実ですし」

 

 

 ……まぁ、途中で子供の喧嘩に発展してしまうのは、ご愛嬌であろう。

 ずぞぞぞぞ、と蕎麦を啜る提督の顔がふてぶてしい。熊野も「匂うんですの……?」と不安そうだ。

 

 

「あのー。もしかして、ボクにも? ボクにはドレスなんて似合わないと思うんだけどな……」

 

「そんな事ないデース。普段がBoyishな分、GAP萌えが狙えマス!」

 

「暁ちゃんみたいに見立ててあげるわ。たまにはスカートも良いじゃない?」

 

「そうそう。遠慮するな、最上。天龍には……意外とゴスロリ系が似合ったりしてな? 色んなのが置いてあったから、君もじっくり選ぶといい」

 

「は、はぁ!? ゴスロリって……。フザケんなっ、オレがそんなの着るかよ! つーか、ドレスなんて要らねぇし……」

 

「ダメよ! 天龍さん可愛いんだから、暁が『こーでぃねーと』してあげるわっ。レディとして!」

 

「なのです。電も、天龍さんのドレス姿を見てみたいのです。きっと凄く綺麗なのですっ」

 

「うぐ……。いや……。でも、な……」

 

 

 所在無さに小さくなっていた最上、天龍を金剛たちが盛り上げ、場はウキウキした雰囲気に包まれる。

 着いていけないのはただ一人。可愛らしさより格好良さを選びたい、眼帯厨二病娘だけ。

 彼女は悩む。

 女なのだ。服に興味がないとは言わない。

 しかし、問題はドレスだということ。煌びやかで、ヒラヒラで、フリフリな。

 一人称からしてこだわっているのに、そんな物を着れる訳がないのだ。

 が、暁と電は瞳を輝かせ、着せ替え人形にする気満々。おそらくは、提督が言ったゴスロリ服の。

 ハッキリ言って逃げたい。このままバイクで走り出したい。

 けれどそんな事をすれば、せっかく直った電の機嫌を損ね、暁も悲しませてしまうだろう。どうすれば……。

 

 

「ご馳走様でした、と。それにしても往生際の悪い……。金剛、陸奥」

 

「Yes'Sir! いざ、Dress Up Timeデース!」

 

「さぁ、行きましょうか」

 

「お、おいっ? ちょっと待て、離せ、離せぇ! ヤメロ、ぶっ飛ばすぞぉおお!?」

 

「天龍さん、女の子がそんな言葉を使っちゃダメよっ。もっとお淑やかに!」

 

「なのですっ」

 

 

 一体どれほど悩んでいたのか、いつの間にか皆の食事は終わっていた。

 伝票片手に立ち上がった提督の命令により、天龍は両腕を抱えられ強制連行。

 まるで、悪の組織に改造される直前である。

 

 

「あはははは、天龍さん攫われる宇宙人みたーい。マジウケるー!」

 

「鈴谷さん。はしたないですわよ? 大口を開けて笑うだなんて」

 

「私たちも行きましょう、もがみん」

 

「だね。ボク、ちょっと楽しみだ」

 

「嫌だぁああっ!! 助けてくれ龍田――はダメだ、余計オモチャにされる。ぬぁあっ、このさい誰でも良いから助け――」

 

 

 残る最上型四名も、連れ立って席を立つ。

 無愛想な店主の「毎度あり」に見送られる彼らは、のちにこの店が、統制人格の出没する店として有名になることを、まだ知らない。

 そして、最後まで無駄な抵抗を続けた、天龍の運命や如何に。

 

 

 

 

 

「うふふふふ。ゴスロリを着て涙目になる天龍ちゃん、可愛いわぁ~。提督、グッジョブよ~」

 

「そりゃどうも……。けど、まずは鼻血を拭こうな、龍田。携帯が血塗れに……」

 

 

 


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