新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 超解! エリクサー入門 ~誰でも作れる伝説の妙薬~・後編

 

 

 

「……で、目標の物は確保したわけだけどぉ」

 

「残りは四本。誰にお使いになりますか? ご主人様」

 

 

 急ぎ足で階段を登り、二階にある談話スペースの物陰でほとぼりが冷めるのを待った、我ら惚れ薬飲ませ隊。

 隊長である自分は、これまでの結果を踏まえ、実験対象を拡大しようと考えていた。

 

 

「今までは好感度が低いと思われる子に使ったけど、効果があるんだかないんだかよく分からなかった。と言うわけで、今度は信頼度の高い子に使ってみようと思う」

 

「ほうほう。具体的には?」

 

「それはだなぁ……」

 

 

 誰も追ってきていないのを確認後、ソファの裏から顔を見せると、観葉植物の影に居た漣たちも。

 何事もなかったかのように合流を果たして、また三人で歩き出す。

 向かう先にあったのは――

 

 

「あらぁ、この部屋」

 

「そう。空母組みだよ。……赤城、居るか。少し話があるんだが」

 

 

 ――航空母艦。一航戦の二人部屋だった。

 こちらに戻ってから精を出していた開発補佐も一段落しているし、今日はゆっくりしてもらっているはずなのだ。

 信頼関係は築けている自信がある。どちらに飲んでもらっても問題ないというわけである。

 程なくして、くぐもった「はい」という返事が。内側からドアが開いていく。

 

 

「提督。ようこそいらっしゃいました」

 

「ん? 祥鳳? なんで赤城の部屋に」

 

「ええと、それは……。と、とにかく中へ。本当に、良く来て下さいました」

 

「なんだか、妙に歓迎されちゃってるわねぇ」

 

「まぁ、拒否られるよりは良いんじゃ? 漣、赤城さんの部屋に入るの初めてですよー」

 

 

 しかし、立っていたのは赤城でも加賀でもなく、瑞鳳・龍驤と三人部屋に住むはずの祥鳳だった。

 酷く汗をかき、肩も露わに挙動不振だ。どうしたんだろう?

 ……考えててもアレだ。とにかく上がらせてもらうか。

 そう思い、靴を脱いで畳張りの床を歩いて行くと――

 

 

「うぉ!? な、なんで加賀さんと瑞鶴が睨み合ってるんだ!?」

 

「ひぃぃぃなんですかこの空気ぃぃぃ。殺される、爆弾と魚雷で殺されるぅぅぅ」

 

「し、司令官……。ちょっとだけ、手を握って良いかしらぁ……」

 

 

 ――真っ先に視界に入ってきたのは、大きいコタツの角に座り、射殺す眼光で火花を散らす二人の女性だった。

 チラッとこちらを一瞥したのち、彼女たちはガン付け合いに戻る。背景に龍虎相搏つの図が見えるほどだ。

 その隣では、赤城と翔鶴が困り果てた顔。なんでこんな事になってるのか、まずは事態を把握しないと……。

 

 

「赤城、翔鶴。説明してくれっ」

 

「提督……。事の発端は、些細なことだったんです……」

 

「昼食の後、赤城先輩が親睦を深めようと、お茶に呼んでくださって」

 

 

 刺激しないよう、出来るだけコッソリとコタツに潜り、一部始終の目撃者であろう二人に尋ねる。

 ちなみに、対面には加賀さん。時計回りに瑞鶴、翔鶴、自分、如月@シェイクハンズ、gkbr漣、祥鳳、赤城の順だ。かなり大きいコタツなので、まだ余裕がある。

 翔鶴の後を継ぎ、はだけた着物を直す祥鳳がさらに説明を続けた。

 

 

「途中までは、とても良い雰囲気だったんですよ? けど、お茶菓子が……」

 

「は? お茶菓子ぃ?」

 

 

 ――が、どうにも場違いに思える単語で、語尾を上げてしまった。

 お茶菓子って……。そりゃあ、お茶飲むんだから必要だけど、それが原因でこんな空気になるか? 

 眉間にシワを寄せていると、瑞鶴がバンと天板を叩く。

 

 

「聞いてよ提督さん! この人、好物のお菓子をジャンケンで取られたからって、『運だけで生き延びていた癖に』なんて小声で言ったのよ!? 信じられない!」

 

「聞き違いです。私はそんな事を言ってはいません」

 

「嘘つかないでっ! そもそも、一回負けたから三回勝負、それでも負けたから五回勝負、ってしてあげてたのに、二十五回勝負まで負け続けたそっちが悪いんでしょ!? しかも勝手に食べちゃうし!」

 

「記憶にございません」

 

 

 怒り心頭に指を突きつける瑞鶴。素知らぬ顔でそっぽを向く加賀さん。

 実戦さながらの緊張感は一変し、雄叫びをあげていた龍と虎も、威嚇し合う蛇とマングースになってしまった。

 

 

「あ~……。つまり、お菓子の取り合いで喧嘩したと」

 

「そう、なります、ね」

 

 

 筆舌に尽くしがたい気持ちで確認してみると、赤城が神妙な顔で頷いた。

 あの加賀が。硫黄島航路では、額に血を滲ませながら戦い抜き、双胴棲姫戦でも存在感を見せた、あの加賀が。

 たかだかお茶菓子一つを原因に、本気で後輩と喧嘩してた?

 ……ダメだっ、我慢できんっ!

 

 

「ぷふっ! っふ、ぅくくっ……。あはははは! か、加賀さんが、お菓子で、マジ切れ……ぶふぅ!」

 

「ちょっと、なに笑ってるのよ!? 私は真剣に怒ってるんだからね!?」

 

「そうです。私は食べていませんし怒っていません。“さん”も要りません」

 

 

 瑞鶴たちからは厳しい視線を向けられるも、なんだか妙にツボに入ってしまい、腹を抱えて大笑い。

 それが伝染したのか、他の五人もクスクス笑い始めた。

 ついさっきまで怒っていた二人はといえば、バツが悪そうに小さくなっている。

 いやはやなんとも、可愛らしい原因だこと。やっぱり、いざ戦いを離れれば普通の女の子なんだなぁ。

 

 

「あー、笑った笑った。いやー、加賀にも子供みたいな所があるんだな。ちょっと安心したよ」

 

「何故、それで安心できるのですか。それと、まるで私が負けた腹癒せにお茶菓子を強奪したかの様に扱われていますが、証拠は何一つ……」

 

「加賀さん。大変言いにくいことなんですけども……。口元に食べカスが」

 

「――!?」

 

「あらぁ、拭いちゃった。ホントは何も付いてなかったのにぃ」

 

「っ」

 

 

 あくまでも食べていないと言い張る加賀だったが、サザナミーズの連携プレーで真相は暴かれる。

 もはや喧嘩どころではなく、すっかり和やかな雰囲気になってしまった。然もありなん。

 

 

「ふふふ。誤解されがちですけれど、加賀さんは感情を表に出すのが苦手なだけで、実際は感受性が豊かなんですよ」

 

「あの、赤城さん、私は……」

 

「やっぱりそうですよねっ。艦載機の整備とかで、瑞鳳がよくお世話になっていますし。この艦隊では私の方が先輩ですけど、頼りにさせて貰っています」

 

「そう、ですか……。いえ、あの……」

 

「先日も、演習をご一緒しまして。私が至らず、厳しい言葉を掛けて頂いたのですが、静かな中にも熱を感じました。早く加賀先輩に追いつきたいです!」

 

「……もう、やめて下さい……」

 

「これが誉め殺し……。加賀さんを潮ちゃんっぽくしちゃうとは、おそロシア」

 

「ロシアは関係ないし、ぜんぜん違う意味だと思うわぁ。胸は同じくらいありそうだけどぉ……」

 

 

 加えて、赤城・祥鳳・翔鶴によるジェットストリームアタックまで喰らい、加賀の完全敗北が確定した。

 コタツに突っ伏す彼女を見て、瑞鶴も複雑そうだ。まぁ、張り合っていた相手がこんなになっちゃ仕方ない。

 ここは間を取り持つとしよう。

 

 

「こういう訳だ。正規空母の後輩ができて、加賀もはしゃいでるんだよ。

 失言だったのは確かだけど、本人もきっと、見た目以上に反省してる。

 許してやってくれないか、瑞鶴」

 

「むぅ……。しょーがないなぁー。提督さんに免じて、水に流してあげます」

 

「そうか。ありがとうな」

 

「偉いわね、瑞鶴」

 

「子供扱いしないでってばぁ」

 

 

 ぷくー、と頬を膨らませながらではあるが、ようやく瑞鶴も納得してくれたようだ。

 頭を撫でようとする翔鶴の腕も、あんな風に言いつつ受け入れている。一件落着、である。

 何かにつけてぶつかり合う加賀と瑞鶴だけれど、互いの実力を一番に認めてもいるのだろうと思う。

 過去、高い練度で名を馳せていた一航戦に属する飛行隊は、比較的新人の多い五航戦を下に見るきらいがあったそうな。

 しかし、その実態はどうだったのか……。もしかしたら、悪役を演じて反骨心を煽ろうとした、不器用な先達だったりしたのかも知れない。

 ま、ここにいるのは見栄っ張りな女の子みたいだけど。それも“らしい”か。

 そんな風に一人で頷いていた時、ドアの方からノックの音が聞こえてきた。

 

 

「失礼しまーす。赤城さん、加賀さん、置き手紙見て遊びにきましたよー」

 

「楽しそうな声が聞こえてましたけど、何してるんですか? あ、提督も居たんですね」

 

 

 入って来たのは、翔鶴たちと同じタイミングでやって来た正規空母。二航戦の飛龍・蒼龍姉妹だった。手には紙切れを持っている。

 彼女たちは……鳳翔さんのお店の夜勤を終えて、一眠りした後だろう。あくび混じりで眠たそうだ。

 

 

「いらっしゃい。飛龍さん、蒼龍さん。どうぞ座って下さい」

 

「じゃあ失礼して……。はぁぁ、あったかいー」

 

「専用コタツがあるなんて、羨ましいです。早く私たちも欲しいなー?」

 

「自分でお金貯めて買いなさい。公費で買ってあげられるのはみんなで使う設備だけです」

 

 

 飛龍は如月の左隣、蒼龍は漣の右隣へ潜り込みながら、さり気ないおねだりをしてくる。

 バッサリ切り捨てられ、飛龍が「ケチー」なんてアヒル口してるけど、甘やかしたら際限ないし、頑張って働いておくれ。

 

 

「ところで、提督? 赤城さんに何か御用だったのでは?」

 

「おっと、そうだった。ちょっと空母組みに用があってな。ありがとう祥鳳、忘れるとこだった。漣、如月」

 

「はいはーい」

 

「まずはこれを見てぇ?」

 

 

 すっかり和みモードに入るところだったが、祥鳳の指摘で本来の目的を思い出す。

 サザナミーズを促すと、さっそく如月が小瓶をコタツの上に。

 蒼龍がシゲシゲと観察している。

 

 

「栄養剤か何か、ですか?」

 

「なのでぃす。漣と如月ちゃんが、丹精込めて作り上げた一品でございます」

 

「今まで何人かに試飲してもらったんだけどぉ、あんまり効果が見えなくてぇ……」

 

「みんなのうち、誰か一人に飲んでもらいたいんだ。頼めるか」

 

 

 キラリン、と目を光らせる漣。頬へ手を当て、悩ましいため息の如月に代わり、みんなを見回しながらお願いしてみる。

 あの毒々しい見た目は誤魔化せているし、タイミング的にも不審には思われないはずだが……?

 

 

「栄養剤ですかー、丁度良かった。鳳翔さんのお店で働きづめですから、ちょっと疲れてたんですよー」

 

「あっ、ズルいわよ蒼龍! それなら条件は私たちと一緒じゃない!」

 

「そうは言うけどさ。瑞鶴は裏方ほとんど入らないじゃん。翔鶴と一緒で。ねぇ?」

 

「それはっ……飛龍先輩の仰る通りなのですけれど……。私たちが接客していれば、お客様の入りが違うと、たもんまるさんたちが……」

 

「あぁ、私も似たようなことを言われました。『祥鳳ちゃん。貴方はうなじと背中が武器よ~』……って。どういう意味なんでしょう?」

 

「……ど、どうなんでしょうね。悪い意味ではない、と思いますが」

 

 

 果たして、その読みは的中した。

 ヒョイっと小瓶を持ち上げる蒼龍に瑞鶴が噛みつき、飛龍や翔鶴も興味を示しているようだ。

 加賀は無言のままだし、祥鳳・赤城は微妙な所だけど……。とりあえず、うなじと背中が武器なのには同意します。

 鳳翔さんに見せられた履歴書には戦慄してしまったけども、審美眼もあって良い人材です、たもんまるの御三方。

 蛇足だが、三つ子かと思うほどソックリな彼ら――って呼んじゃいけない彼女たち。特に血の繋がりも無いらしい。遺伝子ってホント不思議。

 

 

「とにかく、私が飲んで良いですよね? 提督っ」

 

「駄目よ! 私か翔鶴姉が飲むの!」

 

「んー。蒼龍たちが飲みたいって言うから、私も飲みたくなってきちゃったなー」

 

「……実は、私も興味が。祥鳳さんはどう致しますか?」

 

「えっと、私も立候補しますっ。ぜひ飲んでみたいですっ」

 

「試験が必要というのでしたら、僭越ながらこの赤城が」

 

「……あ、の。赤城さんが飲むというなら、私も……」

 

『どうぞどうぞ』

 

「えっ」

 

 

 とか考え込んでいる間に、誰が飲むかで言い合いはヒートアップ。

 雰囲気に流されたか、加賀もおずおずと挙手をするのだが、その瞬間、コントみたく手のひら返し。加賀の目が点になった。

 なんだこれぇ……。こんなの教えた覚えないぞ?

 

 

「凄い。示し合わせたわけでもないのに、この連携力。南雲機動倶楽部は化け物かっ」

 

「その呼び方だと怒られちゃうと思うわぁ。翔鶴さんはついて行けてないわよぉ?」

 

「あ、あのっ、私、駄目でしたか? 何か失敗してしまったのでしょうか!?」

 

「いやいや、気にしない気にしない。みんながちょこっとずつ変なだけだから。とにかくだ、これは加賀に飲んでもらう事にしよう。提督権限で決定!」

 

『えー』

 

 

 アワアワと手を彷徨わせる翔鶴を落ち着かせ、自分は小瓶を取り上げる。

 そして、瑞鶴と二航戦組のブーイング無視。立ち上がって加賀の側へと膝をつく。

 眼前に偽栄養ドリンクを置くと、彼女は露骨に嫌そうな顔で瓶を見つめた。

 

 

「本当に、私が飲まなければならないんでしょうか」

 

「自分で立候補したじゃないか。ほら、グイッと」

 

「……腑に落ちませんが、仕方ありません。……南無三っ」

 

 

 怪しんでいるようだが、なんだかんだ言いつつ押しには弱いらしい。

 集まる視線に覚悟を決め、キャップを外す加賀。一言呟くと、勢いをつけて嚥下する。

 皆が固唾を飲んで見守る中、五秒ほどで小瓶は空になった。

 

 

「……ふぅ。御粗末様でした」

 

「味はどうです? ねっとり喉に絡みつく濃厚ピーチ味のはずなんですけど」

 

「悪くはありませんが、飲みにくいですね。絡みつくというか、粘つくというか……。濃過ぎる気がします」

 

「大井さんといい、曙ちゃんといい、なんだか別な物を飲んでるような感想ねぇ。そう思わない? 司令官」

 

「さ、さぁ? なんのことでせう……」

 

 

 妙に楽しそうな如月から水を向けられ、顔を引きつらせながら知らんぷり。

 色が白かったらヤバいよなーとか思ってても、こんな状況で頷けるわけがないだろう!?

 早いとこ健全な脳みそに戻らないと、色んなものに訴えられるぞ……。

 実際、瑞鶴とか首をひねってるし。穢されないよう自分が注意しなきゃ……。

 

 

「それより、身体の方に変化とかは無いか? こう、暑くなったりとか、やる気が出てくるとか」

 

「……ありませんね。元々、あまり疲れてもいませんでしたから」

 

「というと、やはり効果は見られないという事でしょうか。残念でしたね、加賀先輩……」

 

「っていうかさ、即効性なの? この栄養剤って」

 

「そのはずなんですよ、蒼龍さん。おっかしいなぁ? レシピは守ってるはずなんですけど」

 

 

 空き瓶を眺める蒼龍からの質問に、漣は腕を組んで苦い顔。意外と自信があったらしい。

 それを疑問に思ったのか、今度は飛龍が問いかけた。

 

 

「でも、統制人格にも効く薬のレシピなんて、一体どこで?」

 

「酒保の片隅に埋もれていた、古い本よぉ? 民明書房っていう所が出版したらしいんだけど、検索してもデータが無くてぇ。ひょっとしたら……って」

 

「一気に信憑性が下がった気がするのは、私だけでしょうか」

 

 

 どこからともなく、分厚いハードカバーを取り出した如月が質問に答え、赤城は眼を薄くする。

 下がったどころかブチ壊しだよ。

 もともと低かった信頼性がマイナス領域突破したわい。

 

 

「う~ん……。もう諦めた方が良いのかもなぁ……。邪魔して悪かったな。自分たちはこれで」

 

「お待ち下さい、提督。せっかくですから、せめてお茶を一杯」

 

「ああ、赤城。気を遣わなくても……。じゃあ、一杯だけ」

 

「はい」

 

「赤城さん、お手伝いします」

 

 

 ため息一つ。重くなった腰を上げて去ろうとしたが、お茶を淹れようとする赤城に引き止められ、また腰を下ろす。祥鳳の手を借りて、蒼龍たちの分も用意するのだろう。

 実はこの部屋、壁際に後付けの簡易キッチンまで増設してあるのだ。

 いつでもお茶を楽しむため、金剛の部屋にも似たような改装を施してあった。主任さんの施工だから安心である。

 

 

「提督。そのままではお寒いでしょうから、どうぞ隣に」

 

「いいのか? じゃあ失礼して。っこいしょ」

 

「提督さん、ちょっとオヤジ臭いわよー?」

 

「うっ。よ、余計なお世話だっ」

 

「ちょっと、脚突っつかないでよ! セクハラなんだからねっ」

 

「瑞鶴。あまり提督に失礼なことを言っては駄目よ?」

 

 

 楚々とした黒い長髪たちを眺めていると、加賀がスペースを空けてくれた。

 お言葉に甘えて足を突っ込み、小生意気な空母と脚蹴り合戦を開始。注意する翔鶴も、どこか楽しげだ。

 が、ふと気付く。

 先に言った通り、三人が一辺に座れるデカいコタツなわけだが、右隣に感じる体温が……近い。

 

 

「……加賀。なんか、近くない?」

 

「そうでしょうか。いつも通りだと思いますが」

 

「そう、か……?」

 

 

 尋ねてみても、いつも通りのポーカーフェイスと低音が返ってくる。

 しかし、やっぱり距離が近い。肩が触れ合いそうなくらいだ。

 みんながそれぞれに談笑する中、自分は初めての距離感に、奇妙な居心地の悪さを感じるのだった。

 

 結果。

 効果は……微妙?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「さて。残りは三本となった訳だが……。面倒なんで本命に行こうと思う!」

 

「おおぉ! 珍しくイケイケな発言。どうしたんですか、ご主人様?」

 

 

 赤城・祥鳳の淹れてくれたお茶をひとしきり楽しみ、部屋を後にして数分後。

 宿舎奥にある二つ目の階段近くで、自分は小声ながらに宣言して見せた。

 

 

「君らも気づいてただろうけど、さっき薬を飲ませた後、妙に加賀との距離が近くなっただろ? あれは彼女なりの気持ちの表現だと思うんだ」

 

「確かに、寄り添うみたいな感じだったわねぇ。あくまでさり気なく、不自然にならない程度っていうのがいじらしいわぁ」

 

「うんうん。信頼はされてたと思うけど、今までそんな感じのなかった加賀がああなるんだ。効果はあると見込んだ。……電に、飲ませる!」

 

「い、言い切った! うだつが上がらなくてむっつりスケベで、豪速球は打ち返すけど変化球に滅法弱いご主人様が! 男らしくなられて、漣は嬉しゅうございますっ」

 

「今なら、押し倒されても文句なんて言えないかもぉ。やん」

 

「はっはっはっはっは。もう一周回って褒められてる気がしてきた」

 

 

 拳を握って力説すると、漣がハンカチ片手に嘘泣き。如月は顔を赤くしてクネクネする。

 むっつりスケベで悪かったな。男なんて全員スケベなんだよ!

 けっきょく電が帰ってくる前に雪は止んで、綺麗さっぱり無くなっちゃったし、こちとらムラムラ――じゃマズいな。鬱憤が溜まっとるんじゃい!

 それはさておき、さっさと電の居場所を調べないと。能力者と統制人格の繋がりを、限定して辿れば……。

 ふむ。一階の玄関近くだから、また談話スペースか。行ってみよう。

 場所を確認後、サザナミーズと一階へ。

 玄関近くに向けて宿舎を縦断すると、数分もしないで到着だ。

 

 

「お。珍しい組み合わせだな」

 

「司令官さん! お疲れ様なのですっ」

 

「うん、お疲れ。あきつ丸、調子はどうだ」

 

「上々であります、提督殿」

 

 

 二階の談話スペースよりも広い――ラウンジとも呼べる場所では、四人の少女がソファに腰掛けていた。

 攻略対象である電と、以前とは服装の趣が変わったあきつ丸。重巡の足柄、衣笠である。

 とりあえず、わざわざ立ち上がり、お辞儀してくれる電の頭を撫で回す。

 彼女も自然と受け入れてくれるので、まぁ問題ないはずだ。

 

 

「ラブいですねぇ。お餅が焼けそうですよ、この温度」

 

「ホントにねー。なんか、こないだの“にゃー”事件で吹っ切れちゃった感じするよね」

 

「全く、弛んでるわっ。こっちは硫黄島の囮任務以来、まともに戦えてなくて悶々してるっていうのにっ」

 

「足柄さんが言うと、全然イヤらしく聞こえないのはなんでかしらぁ」

 

 

 ……こっちを見てブツクサ言ってる、外野を無視すれば。

 漣。その顔はなんだ。膨らんだ餅の真似か。

 衣笠。諦めたみたいに肩をすくめるな。セクハラしてる訳じゃないんだから。

 足柄。こんなとこで艤装を召喚すんじゃない。危ないだろう。

 如月。それは彼女がある意味で純粋な証拠だよ。君と違って。

 

 

「して、如何様な御用件でありましょうか。切迫する台所事情の中、改装して頂いた恩に報いるためにも、このあきつ丸、全力で任務を遂行する所存であります!」

 

「き、気合い入ってるな……」

 

 

 脳内ツッコミに勤しんでいた自分へ、唯一、余計なことを言わずにいてくれたあきつ丸が、立ち上がりながら敬礼する。

 灰色だった詰襟スカートは、今は黒く染まっていた。第一次改装を終了し、航空艤装を施した影響だ。

 対潜哨戒などに使われるカ号観測機・三式指揮連絡機を載せて、すでに何度か対潜哨戒任務をこなして貰っている。

 今までも艤装状態ではランドセルっぽい物を背負っていたのだが、その色も赤に変えただけでなく、スクリーン型の飛行甲板を展開。新たな艤装である走馬灯っぽい物で影を投影し、実物の影と同期させて制御する……らしい。

 まだ同調状態で運用していないので、こんな言い方しかできないのが残念。代わりに大発などは降ろしてしまったから、無駄にしないよう考えないと。

 

 

「まぁ、頑張ってくれるのは有り難いけどさ。本当に切り詰めなきゃいけないし」

 

「なのです……。戦艦の皆さん――扶桑さんたちには、出撃を控えてもらわないと……」

 

「とすれば、正規空母の方々も実働は控えるべき、という事になってしまいますな。ますます奮起せねば!」

 

「頼むよ。いいタイミングで飛鷹たちが来てくれたから、うまく運用できるよう考える」

 

 

 クドいようだが、この艦隊は現在、財政難に直面している。

 近海の輸送任務や警備任務などで、なんとか自転車操業しているけれど、この状態で大きな戦闘をしたりすれば、破産は免れない。

 しばらくは低燃費編成――軽空母や重巡以下の艦船を中心に、艦隊を構成する予定だ。

 まるゆにも仲間が出来たんだし、もうそろそろ呼んであげる時期かな……?

 

 

「ねぇねぇねぇ! っていう事は、打撃部隊の主力は重巡になるのよね? 私たちの出撃が増えるっていう事よねっ? そうなのよね司令!?」

 

「ぬぉあっ、ちょ、ちょっと足柄!? 確かにそうなんだけど落ち着け!?」

 

「んー! 考えただけで漲ってくるわ! 妙高姉さんたちだけに活躍はさせないんだから!」

 

 

 流石は足柄というか、なんというか。

 自らが関われる戦闘とかについては、とかく目端が利く。

 勢いに押されてソファへ倒れこんじゃったよ……。当の本人は拳を握って燃えてるし。飢えてる。

 

 

「あー、食われるかと思った」

 

「大丈夫? でも、足柄さんの前で出撃の話なんてするからいけないんだよ?」

 

「軍艦なのに任務の話をしちゃいけないってなんだよ……。しかし、あれだ。衣笠にも出張ってもらう機会が増えるだろうから、よろしくな」

 

「うんっ。その時は任せといて! 衣笠さん、絶対に無傷で帰還してあげるから!」

 

「それはちょっと残念だな……」

 

「司令官さんっ!」

 

「エッチなのはダメって前も言ったでしょ、もうっ」

 

「あたたたっ、ごめん、ごめんって! 謝るからっ!」

 

 

 足柄の闘気から解放された自分を、隣に移動してきた衣笠が気遣ってくれる。

 あきつ丸同様、胸を張って意気込む彼女だが、紐パンを見れないのが勿体無くてつい呟いてしまうと、両側から耳を引っ張られてお仕置きされた。

 割とガチで痛いのに、サザナミーズは「やっぱりラブい」「ラブいわねぇ」なんて言ってる。

 見てないで助けてくれよっ……と、そうだ。忘れないうちに用件を済まさないとな。

 

 

「えー、変なこと言ってすみませんでした。それはそうと、これを見てくれ」

 

「……提督殿。それは?」

 

「ふふふのふ。よくぞ聞いてくれましたあきつ丸さん! それはですねぇ」

 

「漣、待った」

 

「あら。どうかしたのぉ?」

 

 

 赤くなっていそうな耳をさすってから、また小瓶を取り出す。

 真っ先にあきつ丸が問いかけ、漣が答えようとするのだけれど、自分はあえてそれを止める。

 

 

「電。……何も聞かずに、これを飲んでくれないか」

 

「え? い、電が、ですか?」

 

 

 真剣に、目を見つめてお願いすると、電は戸惑っているような顔で首をかしげた。

 さんざん嘘をつきまくって来てアレだが、この子の前でだけは、正直で居たいのだ。

 ちっぽけなプライドだけど、これだけは守りたいと思う。

 

 

「見た目は普通の小瓶ね。栄養ドリンクか何かかしら」

 

「けど、何も聞かずにっていう所が怪しいよね……」

 

「あまり言いたくはありませぬが、良からぬ薬なのでは?」

 

「酷いな君ら!?」

 

「うーむ。なんと慰めれば良いのか、漣ちゃんには分かりません。お口YKKしときます」

 

「だから、ネタが古過ぎると思うのよぉ?」

 

 

 ……憶測で好き勝手言ってるな、足柄も衣笠も。

 当たってるから憶測って訳でもないんだけど、まぁ置いといて。

 心優しい電の反応は違う。たった数秒迷っただけで、自ら小瓶を手に取った。

 

 

「えと……。司令官さんは、飲んで欲しいんですよね? だったら、飲んでみるのです」

 

「う、うん。ありがとう、電」

 

 

 絶対的な信頼を乗せる、ホンワカした笑顔。

 自分の中にある邪な心が、浄化されながら「ごめん。ごめんね。ごめんなさいぃ」と悲鳴を上げていた。

 しかし、しかしだ。未だに手を繋いだり間接キッスくらいしか出来ていない現状を打破するには、泥を被る必要だってあるのだ!

 揺らいじゃいけないと気を持ち直し、自分は瓶を傾ける電を見守り続ける。

 

 

「――っ!? けほ、けほっ! の、喉に、引っかかって……っ」

 

「大丈夫か!? 無理して飲まなくても良いんだぞ?」

 

「平気、なのです……っ。司令官さんがくれた物なら、頑張れます、から」

 

「電……」

 

 

 ――が、急にむせて身をかがめる少女の姿に、思わず駆け寄ってしまう。

 気管にでも入ってしまったのだろう、涙を浮かべて苦しそうだが、けれど彼女は気丈に振る舞って。

 最低だ自分……。罪悪感と同時に、嬉しさまで感じてる。

 ただひたすら信じてくれている子を、こうして騙してるというのに。

 

 

「ご主人様、イカガワシイでごぜぇます」

 

「涙目なのがクリティカルだわぁ」

 

「そうかしら? ただ飲み物を飲んでるだけじゃない」

 

「足柄さんって、本当に戦い以外に興味ないよね……」

 

「自分は何も見ていないのであります。これを良しとする雰囲気に毒されてはいけないと、理性が訴えるのであります」

 

 

 見物人の謗りも、甘んじて受けねば。

 結果のいかんに関わらず、後で霞に罵ってもらおう。反省的な意味で。

 ともあれ、電は惚れ薬を最後まで飲み干した。「ごちそうさまでした」と言う彼女の様子は、今までと同じく変わらないが……。

 

 

「どうだ。何か、変化を感じられたりしないか?」

 

「……ごめんなさい、特に何も感じないのです」

 

「そっかぁ。効果はまちまちっぽいなぁ、これ」

 

「う~ん、そうなんですかねぇ? 漣、なんか引っかかるような……?」

 

「個人差が大きいのよ、きっとぉ」

 

 

 申し訳なさそうに返される瓶を受け取り、落胆の――いいや、安堵の溜め息。

 ノリと勢いだけで飲ませる気になってたけど、実際に惚れ薬なんかで結ばれたとしたら、一生後悔してただろう。

 これで良かったんだ。うん。本当に大切な相手は、実力で射止めないと。

 サザナミーズは諦めてないみたいだが、また同じようなのを持ってきたら即処分だな。

 

 

「ところで、司令官さん。一つ質問してもいいですか?」

 

「ん。なんだ? 遠慮せずに言ってごらん」

 

 

 密かに決心を固めていたら、今度は何か、言いづらそうに指を突っつき合わせる電。

 罪滅ぼしも兼ねて、できる限り優しく問い返してみると彼女は安心したように微笑み、軍服の袖を摘んできた。

 そして、艶やかな唇をかすかに開き――

 

 

「ほっぺたのリップの跡は、どうして付いたんですか?」

 

「え゛。あ、あぁぁ、そそその、これは……。ぉ、おいみんな、逃げるな!? 待って、一人にしないでぇええぇぇえええっ!!!!!!」

 

 

 ――背中から暗黒のオーラを放つのだった。

 

 結果。

 効果無し? とりあえず、自分の寿命は縮まりました。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。あ゛ぁ……。酷い目にあった……」

 

 

 なんでもないから。仕事があるから。後で説明するから。

 こんな言い訳を重ね、スタコラサッサと宿舎を逃げ出し、全力疾走でやって来ました、執務室。

 両開きのドアに鍵をかけ、自分は壁へと寄りかかり息を整えていた。

 朝潮から赤城まで気付かなかったキス痕を見て取るとは、さすが我が初励起艦。侮れん。

 何故か漣・如月も着いてきており、側で平然としている。体力あって羨ましい……。

 

 

「でも、自業自得ですよね? 惚れ薬なんかで乙女の心を振り回そうとするから、しっぺ返しを食らうんですよ、ご主人様」

 

「お前が、持って、きたんだろうがぁ!」

 

「あっ!? 痛いです痛いです痛いですぅ! ウメボシは堪忍しておくんなましぃ!?」

 

「仲が良くて羨ましいわぁ」

 

 

 自分なんてもう、ふてぶてしく他人のせいにする漣に、ウメボシを食らわせるのが精一杯だ。

 意図的に禁じてきた「お前」呼ばわりもしちゃったし。とにかく、疲れた。ちょこっとソファで横になろ……。

 

 

「どうして、電ちゃんには効果が無かったのかしらぁ? 大井さんと加賀さんには効いたのに……」

 

「今となっちゃ、それも怪しいけどな。

 ただテンションが高かっただけかも知れないし、ただそんな気分だった、ってだけかも知れないし。

 もう忘れよう? 結局、惚れ薬なんてこの世に存在しないんだよ」

 

「ううう……。酷いぃ……。傷物にされた……」

 

 

 残る二本分の惚れ薬を放り出し、グデーと金剛ソファに身を投げ出す。

 如月がハンカチで扇いでくれた。コロン、それかポプリ? 爽やかな香りが香って気分を落ち着かせてくれる。

 漣は自分からセーラー服を着崩して、嘘泣きしつつ色っぽさを演出中。クッションを投げつけておこう。

 すると、転げ落ちそうになった試験管を拾い上げ、それを眺める如月。

 

 

「……ねぇ、司令官。せっかくだから、やっぱり私も飲んでみて良いかしらぁ」

 

「飲むって、惚れ薬を? ……責任取れないぞ」

 

「効果はないって分かってるんだし、平気よぉ。どんな味なのか、気になっちゃってぇ」

 

「ふーん。まぁ、良いんじゃないか。お好きにどうぞ」

 

「ありがとぉ」

 

 

 問いかけには気楽に答える。

 同じ駆逐艦である電には、効果は見られなかった。だったら問題ないだろうと思ったのだ。

 ……あ、そういえば。

 

 

「聞きそびれてたけど、漣。その本が出た頃には統制人格なんて居なかったはずだろう? 何を根拠に効くって判断したんだ?」

 

「ふぇ? あぁ、それはですね。

 効能の末尾に、『これを飲めば天女だろうが女神だろうがイチコロである』という一文がありまして。

 だったら統制人格にも効くだろーっと思ったんですよ。ほら、漣たち可愛いですし?」

 

「なんて雑な理由……。確かに人間以上に可愛いけど――」

 

 

 ガシャン。

 下らない問答を中断させる、甲高い音。

 惚れ薬を飲んでいたはずの如月が、試験管を取り落としたのである。

 視線は惑い、頬も赤く、指先まで震えて。

 

 

「どうした、如月っ?」

 

「え。あ。え? ……あっ。な、なんでもない、わぁ……?

 思っていた以上に、ねっとりしてて、ドロドロで、ビックリしちゃった、だけよぉ……」

 

「いやいやいや、どう見たってそんな感じじゃないよ如月ちゃんっ。まさか、拒絶反応とか……?」

 

 

 正気に戻ったらしい彼女は、後ずさりながら取り繕うのだが、漣の言う通り。そんな風には受け取れない。

 ひょっとしたら、人間と同じようにアレルギー反応とか……?

 慌てて立ち上がり、自分は如月へ詰め寄る。

 

 

「本当に大丈夫なのか? 万が一って事もあるし、医者に……見せたってしょうがないよな。主任さんかこの場合?」

 

「も、問題ないわぁ。ちょっと、動悸は激しくなっちゃってるけどぉ……」

 

「問題大有りだっ。急に顔が赤くなってるし、まさか熱でも出てきたんじゃ。触るぞ」

 

「あっ、だ、ダメ……っ! ぁ」

 

 

 嫌がる腕を押さえ込み、額に手を。

 熱い。少なくとも三十八度は越えているだろう。おまけに全身が震え始めてる。

 何かが原因で、風邪に似た症状が引き起こされたのか。まさか、こんな事になるなんて。

 

 

「マズいな……。漣、その本には他に役立ちそうなもの載ってないのか? 人間以外にも効く風邪薬とか」

 

「あ~……。あるっちゃあ、あるんですけども。原因はご主人様が考えてるのと、全然違うと思いますですよ」

 

「はぁ?」

 

 

 藁にもすがる思いで製作者に聞いてみるも、どうしてだか、さっきまで泣きそうだった漣は、疲れたような顔をしていた。

 あぁもう、頼りにならん! 自分でどうにかするしかないか。

 

 

「とにかく横になろう。歩けるか? ほら、しっかりしろ」

 

「あ、あの……。その、ね。司令官……。ちょっとだけ、離れて……。もう、限界が……」

 

「そんなに辛いのか……。気付かなくてすまない。少し我慢してくれよ」

 

「きゃっ!? ぁ、ゃあ、だ、めぇぇ……っ」

 

「お、おい? 如月?」

 

 

 如月の手を引き、ソファに向かおうとするのだけれど、やはり足取りは覚束ない。

 というか、呼吸まで荒くなってきた。

 こうなっては仕方がない。きっと電も許してくれるはず。

 そう思い、強引にお姫様抱っこを敢行するのだが、余計に身体は縮こまり、震えが大きく。

 な、なんだ? この反応? 嫌がってるにしたって、なんか違うような……。

 

 

「あちゃー。やっちまったぜよ、ご主人様……」

 

「なんなんだ漣、さっきから変だぞっ?」

 

「あのですね、ご主人様。漣、ちょっと仮説を立ててみたので聞いて下さい」

 

「仮説?」

 

「はい。効果が無かった曙ちゃんと電ちゃん。効果が見えた大井さんと加賀さん。共通点があるように思えません?」

 

「……んんん? いやぁ……」

 

 

 そんな折り、漣が溜め息と同時に己が額をペチンと叩く。ぜんぜん深刻に受け取っていないようだ。

 思わず語気を強めてしまったが、しかし、続く言葉には怜悧な響きがある。

 大井と加賀の共通点……。思い当たる節はないけど……?

 

 

「ずばり、ご主人様を異性として認識しているか否か、じゃないでしょうか!

 北上さん大好きな大井さん。赤城さん大好きな加賀さん。

 その好意が向けられる矛先を、惚れ薬がチョビッとズラしたんだとしたら」

 

「……あ」

 

 

 ピシッと指を立てる漣の意見に、なんか納得してしまった。

 要するにだ。この惚れ薬、飲んだ相手のストライクゾーンを広げる効果があったんじゃないだろうか。

 信頼と愛情。

 似て非なる感情を勘違いさせた結果が、ほっぺにチューと近過ぎる距離感だった、と。

 

 

「で、でも、じゃあ如月は? あんな露骨に迫られてたのに……」

 

「あのですねぇ。本気で好きな人相手に、女の子があんなイタズラ仕掛けるわけないじゃないですか。これだからDTは」

 

「お前だって処――SJだろうっ。人のこと言えた義理かっ」

 

 

 肩をすくめ、漣は小馬鹿に半笑い。

 反射的に言い返そうとし、途中で危うい単語を修正する。いくらなんでもアレはイカン。

 けど、もうコイツには容赦しないぞ。

 

 

「もう、だめぇ……。司令官……。如月のこと、忘れないで……? きゅう」

 

「如月? 如月っ? しっかりしろ如月ぃ!? 傷は浅いぞっ、眼を開けるんだ如月ー!!」

 

「ダメだこりゃあ」

 

 

 しかし、その間にも如月の顔は紅潮し続け、ついに臨界点を突破。腕の中で失神してしまう。

 漣がコント終了を告げる中、自分は必死に、轟沈してしまった少女へと呼びかけるのだった。

 

 あんだけ気を持たせておいて単なるイタズラとか、どないやねーん!?

 

 

 

 

 

「すさっ。すささっ。すささささっ。

 ……これが、Dr.Small Waveの言っていた惚れ薬デスね。

 これさえあれば……。ふふふ……。hahahahahahahahaha!!!!!!」

 

「そこ! 誰か居るんですか!?」

 

「ha!? sit,見つかったネ! ここは逃げるがVictoryデース!」

 

「あ、金剛ちゃん? ちょっと……こ、こちら疋田、桐林提督執務室で……不審者? 発見! 応援を――どうせ兵藤とかだろ?

 いやまぁ似たようなもんですけど……。あ、切られたっ。もうっ、なんなんですかぁぁあああっ!?」

 

 

 




「フン、フフン、フフン、フフッフフーン♪」
「ん? ぉおう金剛さんじゃーん、チィっす! どうしたの、スキップなんかして?」
「Oh,YouはNew Faceの重巡さんデスね? 実はワタシ、ついに明日テートクと、テートクと……。ふふふ、これ以上はSecretネ! Good Night!」
「うん、お休みー。……へぇ~。なんだか分かんないけど、面白いことになりそうじゃん?」

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