新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 食事処、鳳翔へようこそ!

 

 

 

 私こと、横須賀鎮守府勤務の女性職員、疋田 栞奈(ひきた かんな) @ 二十三歳独身・彼氏絶賛募集中は、悩んでいた。

 

 

「はあぅ……。やっぱり、鎮守府以上に安定する職場なんて、他にないよね……」

 

 

 思わず吐き出すため息が、夜の帳と一緒になって肩を重くする。ショルダーバックへしまう求職情報誌は、まるで鉛のよう。

 休日であるはずの今日。丸々一日を費やした転職活動は、芳しい結果が出なかった。

 高望みが過ぎるのかも知れないけど、このご時世、女が一人で生きていくには、とにかくお金が掛かる。

 ……諦めた方が良いのかもしれない。

 

 

「実家、帰ろっかな……。ううん、ダメダメっ。そんな事になったら、また五十過ぎた脂ギッシュメンとお見合させられちゃうって!」

 

 

 不意に襲ってきた弱気を、頭を振って追い出そうとするけれど、結局また溜め息が出てしまう。

 お前が我慢すれば家は繁栄する――と、とんでも無いことを言われて故郷を飛び出し、「鎮守府勤務になったから無理!」って絶縁状を叩きつけ、早七年。

 勝手に出てったんだから、戻るなんて許される訳ないし、またお見合いだってやらされるかも……。

 

 

(そんなの絶対ゴメンだよ。素敵な旦那様はこの手でゲッチュするって決めてるし! ……でもなぁ)

 

 

 だがしかし。このまま横須賀で働き続けていても、似たようになる可能性があるのだった。

 原因はもちろん、あの変態提督コンビ・兵藤&桐林である。

 ひょんな事がきっかけで彼女らと知り合った私は、なぜかそれ以降、妙な縁で結ばれちゃったのだ。

 顔と名前を覚えられ、統制人格の子たちとも仲良くなっちゃったし。金剛ちゃんとは何回かお茶した仲です。

 何より、同僚からのやっかみがヒドい。「上手く取り入りやがってこのア(ピー)レ」という、カミソリ入りの手紙が毎日届くようになるとは、想像してなかった。他にも色々やられてて、転職を考えた主な原因はこれ。

 確かに今年一番の出世株だけど、私にはそんな気無いし、万が一、向こうがその気になったら断れないし、いい迷惑だよ……。

 

 

「はぁ……。あれ? あんなとこにお店?」

 

 

 何度目だか分からない溜め息をつき、ボーッと鎮守府敷地内の社員寮へ帰ろうと、私は重い足を運ぶ。

 けれど、その途中にある店屋密集地帯――通称・横須賀食い倒れ通りに、見知らぬ看板らしき物を発見した。

 普段なら絶対に見落としてしまう、細い路地の向こう。

 護身の心得はあるし、フラッと歩み寄ってみれば、やっぱり看板だった。

 

 食事処、鳳翔。

 

 赤い提灯に紐暖簾の門構え。なんだか真新しく見える。立地条件は微妙に悪いけど、新しいお店っぽい。

 漂ってくる美味しそうな匂いが、歩き回って疲れた胃袋を刺激した。

 

 

「入ってみようかな……」

 

 

 ちょっと前までは、同僚とよくこういう居酒屋さんで夕飯を食べてたけど、最近ご無沙汰。

 お酒は好きじゃないのに、みんなが楽しんで食事している雰囲気が好きだった。

 足元の小さな黒板にも、「お一人様歓迎!」って書いてある。

 ……よし、入ってみよう。独り酒なんて気にしない!

 

 

「お、お邪魔しまぁす」

 

「はーい、いらっしゃいませー! 食事処、鳳翔へようこそ!」

 

 

 わ。凄く可愛い店員さんだ。

 恐る恐る引き戸を開けた私を出迎えるのは、白い髪留めで結った、黒髪ツインテール少女だった。

 緑色の和服スカート姿で、上からお店のロゴ入りエプロンを着けてる。白い足袋と下駄を履いていて、カランコロンと音が気持ちいい。

 良いなぁ、私あんな格好したことないや。

 

 

「何名様ですか?」

 

「あ。見ての通り、一人です。すみません」

 

「謝ることないじゃないですか。はい。それじゃあ、カウンター席へどうぞ。すぐにお冷をお持ちしますねー」

 

「どもです」

 

 

 つまらない自虐ネタに、店員さんはホッとする笑顔で案内してくれる。

 レジを過ぎると、左手に仕切られた座敷席が四つ。右の壁際はボックス席になっていて、中央にはテーブルが二つほど。全体的に、女性客が多いような。

 更に奥には、厨房への出入り口と隣接した和風バーカウンターが設けられ、白いジャケットの黒髪ロングな女性が中に立っていた。お客さんらしいお爺さんとお喋りしてる。

 その二つ隣に腰を下ろすと、別の店員さんが間を置かずにお冷を出してくれた。

 

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お声掛け下さいね?」

 

「は、はいです」

 

 

 ぅわ。この人もスンゴイ美人。

 和服スカートなのは同じだけど、上と下で紅白カラー。あ、スカートの方が紅ね。白い袂をたすき掛けで縛っている。

 腰近くまである髪も雪みたいに真っ白で、さっきの人が可愛い系なら、この人は間違いなく美人系。

 脱色してるのかな。それとも天然? あのサラサラ具合からして、後者かも。羨ましー。

 っていうかこんな美形、初めて――じゃないか。金剛ちゃんレベルの美人さんが、まだ鎮守府に居るとは……。

 

 

「はっはっは。美人じゃろう? あれだけの器量好しは、滅多にお目に掛かれん」

 

「へっ。あ、あぁ、そうですね……」

 

 

 ビックリしたまま店員さんを見送っていたら、隣のお爺さんが話しかけてくる。人の良さそうな赤ら顔だった。

 愛想笑いにも、お猪口片手にご機嫌で、ちょっと困る。あんまり親しくない人とのお喋りとか、苦手なんだよね……。

 と、そんな気分を察してくれたのか、コップを拭いていた黒髪ロングの女性が、お爺さんへ苦笑いを。

 よく見ればこの人も美人系だぁ。どうなってんの? この店。

 

 

「もう、駄目ですよ吉田さん。若い子に絡んだら」

 

「酷いのう、飛鷹の嬢ちゃんや。ワシにだって分別くらいあるわい。おーい、瑞鶴の嬢ちゃん、飛龍の嬢ちゃん。もう一本つけとくれーい」

 

「はいはーい。熱燗、了解でーす」

 

「こっちのお皿、下げますね。他にご注文は?」

 

「そうじゃのぉ……」

 

 

 その女性を、なんだか妙な名前で呼んだお爺さん――吉田さん? は、片手を上げて他の店員さんも呼び寄せた。

 うひゃー。これまた美人が二人も。

 たぶん、ズイカクって呼ばれた方の子は、さっきの白い髪のお姉さんとお揃いの格好で、髪型は最初の可愛い系の人と同じ、黒髪ツインテール。

 でも、どっちかって言うと美人系かな。私より年下っぽい雰囲気がある。

 ヒリュウって呼ばれた人は逆に可愛い系で、クチナシ色の和服と緑色のスカートを組み合わせている。

 髪は茶髪のショートカット。右の方で一房、サイドテールっぽくアップにしてる。最初の人と同じで下駄を履いていた。

 なんだか自信なくなりそう……だったんだけど、そこに追い打ち。

 

 

「こちら、本日のお通し。クラゲとキュウリの和え物になります」

 

「あ、どもです。美味しそう……」

 

 

 ここは魔窟か。なんて内心で呟いてしまう私。

 お通しを出してくれたのは、朱色の袴を太もも丈で切り、紺色の和風ジャケットを羽織る美人系四号さん。

 白髪さんと同じくらい長いだろう髪を、後ろで一つに括っている。もう悔しいなんて言えないラインナップ。お手上げ侍です。

 和え物に逃げよ。頂きます。……ん~、おいひい。

 

 

「お酒にも合いますよ? こちらの千歳鶴なんかオススメ。北海道からの直輸入なんです」

 

「北海道から!? 値段も高……くない。なんで?」

 

 

 四号さんのオススメに、思わず目を見開いてお品書きを探してしまった。

 最近になって奪還された沖縄と違い、戦争が始まってからもやり取りのある北海道だけど、青函トンネルだけで運搬ルートが足りる訳もなく、海路も使われているらしい。

 でも、敵さんがどこからともなく湧いてくるせいで、100%安全な船旅は望めない。だから、船を使った輸送などには船団護衛をつけるのが、船を出す絶対の条件。

 幾つもの輸入会社が手を組み、費用を折半しているって聞いてるけど、やっぱり海路品は高くつく、というのが常識だった。

 なのにお値段据え置きとは、どういうカラクリだろう?

 首を捻っていると、美人系三号――ヒヨウ? さんが説明してくれた。

 

 

「身内にそっち方面の仕事に就いてる人がいて、個人的な伝手で安く仕入れさせて貰っているんです。品質は保証するわよ」

 

「ああいえ、疑ってるわけじゃ……。えっと、食べる方のオススメとかは?」

 

「牡蠣や金目鯛、カサゴも美味しいですよー。ノドグロも置いてあります。吉田さんがお裾分けしてくれて。本当に助かっちゃいます」

 

「はっはっは。釣りはワシ唯一の趣味じゃからの。気にせんどくれ、千歳の嬢ちゃん」

 

「へぇ~」

 

 

 美人系四号さんに肩を揉まれて、吉田さんは極楽といった様子。そりゃあそうだよね。美人さんだし。

 ふーむ。今日はガッツリ食べちゃおっかな。

 

 

「じゃあ……カキフライにご飯と、ノドグロ? っていうの、お願いします。あ、お酒もさっきのオススメで」

 

「喜んで。ノドグロはどんな風に?」

 

「あ~、よく分からないので、お任せします」

 

「了解。鳳翔さーん、カキフライ定食とノドグロの煮付けを単品で!」

 

「はぁい、喜んで」

 

 

 ヒヨウさんが奥へ注文を告げると、優しそうな声が聞こえてくる。

 なんだろ、凄くホッとするなぁ。過労で死んじゃったお母さんを思い出す。

 ……ううんっ。せっかく美味しいもの食べに来てるんだから、しんみりしちゃダメだって! 元気出せ、栞奈!

 

 

「飛鷹ー。カサゴのお刺身を追加で。あと、海老芋と芽キャベツの煮っ転がしも」

 

 

 ――と、セルフケアしていた所へ、またまた美少女が小走りに。

 美人系四号さんと同じ服装の彼女は、こげ茶色の髪をセミロングにしていた。顔立ちは……可愛い系かな。

 四号さんに似てる気がする。この子も私より年下っぽい雰囲気があるし、姉妹だったりして。

 

 

「はい、喜んで。ねぇ千歳、厨房の手伝いをお願い」

 

「了解です。千代田、フロアはよろしくね」

 

「任せて、お姉! ……あ。でも、隼鷹はどうするの?」

 

「まだグダってるのね……。いいわ、わたし行くから。はい、千歳鶴お待たせしました。ちょっと失礼します」

 

 

 その直感が正しいと教えてくれたのは、ヒヨウさんたちとの慣れたやり取り。

 四号さんが千歳って名前で、セミロングの子が千代田かぁ。……なんかおかしくない? 苗字?

 どうにも納得できなくて、カウンターから出て行くヒヨウさんを目で追うと、向かう先には彼女と同じ格好をしたお客さん……だよね。飲んでるし。とにかく、またまたまた美人さんが居た。

 明らかに染めて、しかも固めてるっぽい紫色のツンツンロングヘア。ちなみに、下は真っ赤な袴。ヒヨウさんはスカートです。そこだけちょっと違う。

 

 

「んぉお……? おぉ、飛鷹ぅー。ちょーど良かったぁー、こっちにももう一本つけてぇー」

 

「隼鷹、あんたって女は……っ。従業員のくせして呑んだくれるってのはどういう事よ!? 仕事しなさい仕事を!」

 

「えぇー、いいじゃーん。他のみんなで回せてるん、ひっく、だしさぁー。ほらぁ、唐揚げおいしーぞぉー?」

 

「ちょっと、やめなさ――あ、美味し」

 

 

 ……お客さんじゃなかったのねー。

 グデングデンに酔っぱらったジュンヨウ(?)さんに絡まれて、ヒヨウさんが唐揚げ食べさせられてる。

 あれも美味しそう……。これ以上頼んだらカロリー気になるので、諦めますけどね。

 でも、さっきから店員さん同士、妙な名前で呼び合ってるのがやっぱり気になるよ。聞き覚えがあるような、ないような。

 うん。お隣のよしみ。いっそのこと、吉田さんに聞いちゃおう。

 

 

「あのぉ、吉田……さん?」

 

「なんじゃい、娘さん」

 

「店員さんたち、さっきから変わった名前で呼び合ってますけど、あれって……?」

 

「ほ? お前さん、その様子では横須賀で働いておるだろうに、空母の名前も知らんのか」

 

「すみません。全く」

 

「いやいや、こちらこそ済まなんだ。自分が知っておるからといって、それが常識ではあるまいて。説明してやろうかの」

 

 

 意外にも程がある、という顔つきに、なんとなく謝ってしまう。

 すると、逆に吉田さんの方が慌てて頭を下げてくれる。

 良い人そうって思ったのは、間違いじゃなかったみたい。

 

 

「え? なに、このわた? ……何それ、美味しいんですか?」

 

「まず、あそこで注文受けとる嬢ちゃんは、蒼龍型航空母艦の一番艦・蒼龍じゃ」

 

 

 座敷席の方で、蒼龍と呼ばれているらしい女の子は首を傾げていた。

 なんでも、赤城・加賀という空母のノウハウを活かして建造された航空母艦で、本当は航空巡洋艦? 的な船になる予定だったとのこと。

 速力は三十五ノット。海軍の空母でも随一で、真珠湾攻撃やセイロン島沖海戦で活躍したんだそうな。

 

 

「あはは、ですねー。月を肴に一杯……てのも良いですけど、今日はこれとか……」

 

「次が飛龍の嬢ちゃんじゃ。飛龍型航空母艦の一番艦じゃが、蒼龍型改とも呼ばれるの」

 

 

 今度は、ボックス席でお客さんにオススメを紹介している、飛龍さん。

 蒼龍さんの姉妹艦で、艦橋が左舷にあるのが外見の特徴なんだけど、乱気流で航空機の着艦が難しくなっちゃって、けっこう大変らしい。

 ミッドウェー海戦を最後の戦いとし、山口多聞司令官や、友永隊という攻撃隊の運用でも有名だとか。

 蒼龍・飛龍のコンビが、第二航空戦隊――通称・二航戦として名高いんじゃ、と吉田さんは言う。

 

 

「……は? 七面鳥!? そんなの置いてないって昨日も言ったでしょ! 爆撃されたいの!?」

 

「あっちでヒートアップしとるのは、翔鶴型航空母艦二番艦にして、稀代の幸運に恵まれた空母、瑞鶴の嬢ちゃんじゃ」

 

 

 鼻の下を伸ばす男性客を叱りつけたのは、美人さん二号のツインテ少女。

 珊瑚海海戦という戦いでデビューを果たし、マリアナ沖海戦まで“一発も”被弾しなかった、幸運の空母と呼ばれているそう。

 でも、そのマリアナ沖での敗戦が「七面鳥撃ち」として今も語り継がれていて、メチャクチャ気にしているらしい。

 

 

「……はい、ちょうど頂きました。またのお越しを、心よりお待ちしていますね」

 

「会計しておるのが、瑞鶴の嬢ちゃんの姉であり……被害担当艦呼ばわりされる空母、翔鶴の嬢ちゃんじゃの」

 

 

 一方、お淑やかに見送りをするのが、美人さん一号・翔鶴さん。

 瑞鶴ちゃん共々、蒼龍さんたちで培った技術の粋を集めた、日本空母の最高峰と太鼓判を押される船なんだとか。

 けれど、飛行甲板に描かれた着艦識別文字「シ」が不運を呼び寄せたのか、珊瑚海海戦で爆弾三発&航空燃料に引火により大破。南太平洋海戦でも爆弾四発&高角砲弾誘爆で中破。そして、マリアナ沖海戦で魚雷を四発受け、最後を遂げたとのこと。

 うーん……。瑞鶴ちゃんと第五航空戦隊――五航戦を組んでたっていうけど、不運だわ……。不幸さが儚げな美しさを際立たせてるわ……。

 

 

「すみません、お待たせしました。こちら、熱燗と百合根のかき揚げです。さ、まずは一杯」

 

「おおお、すまんのう。おっとと。……っかぁぁ、美味い。この嬢ちゃんは千歳と言ってな。

 今はまだ甲標的母艦じゃが、いずれは空母になれる船なんじゃよ。よく気が利く良い子でのー」

 

「あら、お上手ですね。もう一杯どうぞ」

 

「はっはっは、本心じゃて」

 

 

 切ない気分に日本酒をチョビチョビ煽ると、千歳さんが吉田さんへの追加注文を届けに来た。

 解説は……お酌されるのに夢中で無いっぽい。まぁ、しょうがないよね……。千切りキュウリうまー。

 と、黄昏気分な私にもお料理が。運んでくれるのは千代田ちゃん。

 

 

「はーい、こっちもお待たせしましたー。カキフライ定食に、ノドグロの煮付けです」

 

「あ、どもでーす。わぁ、いい匂い」

 

「そうでしょーそうでしょー。なんたってお姉と鳳翔さんの手作りだもん。絶対に美味しいから、味わって食べてよね?」

 

「はーい」

 

 

 自信満々に、千代田ちゃんは胸を張る。何気におっきい。

 頂きますしてカキフライへ箸を伸ばせば、サクジュワッと旨味が広がった。

 んぁ~、堪んな~い。次はノドグロちゃんを……。あ~、こっちも美味しい~。濃厚だ~。

 

 

「その子は私の妹で、千代田って言います。同じく甲標的母艦なんですよ」

 

「しかし、なかなか姉離れが出来んでな。ときどき困ったことも言いだすんじゃよ、これが」

 

「むっ。何よぉ、吉田さんまでっ。そんなこと言うと、またお仕事サボってるって言いつけちゃうんだからね?」

 

「ぬぉ? そ、それは勘弁してくれんかのぉ? 老いぼれの楽しみを奪わんでおくれ」

 

 

 感動的な美味しさに舌鼓を打つ私の隣で、吉田さんは大慌て。

 お仕事をサボっちゃいけませんですよ、お爺さん。でもでも、ノドグロ釣ってきてくれたから私的には問題ナッシング。もっとサボれー。

 なんて迷惑千万なことを考えていたら、厨房の方から新たな女性が登場した。

 

 

「ふふふ。冗談ですよ、きっと。吉田さんは上得意様ですから。今後もご贔屓にして下されば、嬉しいです」

 

「勿論じゃよ鳳翔さんや。この店は落ち着くからのう。若いのに感謝せねばなるまいて」

 

「ありがとうございます。申し遅れました。女将を務めさせて頂いている、鳳翔です。本日はどうぞ、寛いでいって下さい」

 

「はい。どもです。楽しんでます」

 

 

 暖簾をくぐって現れた和服美女は、先程から名前の出ていた鳳翔さんというらしい。

 割烹着に柔らかい物腰がとても似合って、田舎のお母さんって感じがする。

 顔立ちはこの人も美人さんなのに、笑顔がどこか可愛らしくて、なんていうか……最強? 年上に見えるけど、こんな風に成長できたらなぁ。

 吉田さんが付け加えた解説によると、鳳翔さんは世界で最初に完成した空母なんだとか。

 

 

「そっかぁ。そういう設定のお店なんですね、ここ。桐林さんのとことかも、こんな感じなのかな」

 

「あ……。いえ、そうではなくて。よく勘違いされますけど、私たちは……」

 

「あぁ、ごめんなさい。お客が言ったらダメですよね。はい」

 

「あの、ですから……」

 

 

 なるほどなるほど。

 このお店って、秋葉原とかにある統制人格カフェの居酒屋版なんだー。

 今までもそういうお店あったけど、桐林さんのおかげで垣根が低くなって、かなり増えたって聞く。

 実際繁盛してるみたいだし。こんな美人揃いな上、料理も美味しければ当然だけど。

 

 

「はぁー。ようやく一段落ー。で、何を話してたんですか? さっきから私たちの名前が出てるみたいですけど」

 

「おう、飛龍の嬢ちゃんか。耳が良いの。なに、この娘さんが空母を知らんと言うんでな。軽く説明しておったところじゃ」

 

「いや、すみません。勉強不足なもので……」

 

「へぇー、嬉しいなぁ。どんな形でも、私たち二航戦のことを知ってもらえるなんて」

 

 

 一人で納得しているところへ、今度は飛龍さんと蒼龍さんが寄ってくる。注文はさばき終わったみたい。

 並んでいる二人を見ると、やっぱり姉妹艦っていう設定だけあって、雰囲気が似てる。

 さすがに本当の姉妹じゃないだろうから、似てる人を探して採用したんだろうなー。こだわってる。

 

 

「三番と四番テーブルも片付いたわよ。あぁ、疲れるぅ……。こんなの空母の仕事じゃないわ……」

 

「駄目よ、瑞鶴。お客様の前でそんな事を言ったら。それに、退屈ーって不貞腐れていたのは誰?」

 

「だってぇ……。ただ宿舎でゴロゴロしてるだけじゃ、ホントに退屈なんだもん……」

 

 

 逆にこっちは――疲れた顔の瑞鶴ちゃんと、困った顔の翔鶴さんは、本当の姉妹っぽい。

 空いたテーブルの片付け直後なのか、手には細長い板を持っていて、重ねられた食器が乗っかってる。

 多分あの板、飛行甲板……ってヤツだよね。凝ってるなぁ。

 

 

「家で腐ってるよりは、こうして動いてる、方が、マシだものっ。あぁもぅ、自分で歩きなさい、よっ!」

 

「ぐへぁー。みんなぁー! お勤め、ごくろーしゃまぁ! あ、お姉ちゃんお姉ちゃん。カキフライと唐揚げ、一個交換しない?」

 

「へ? い、良いですけど……」

 

 

 瑞鶴ちゃんたちが厨房に消え、入れ替わりにやって来るのが、ヒヨウさんとジュンヨウさん。

 私の隣へ放り出されたジュンヨウさんは、唐揚げのお皿を器用に抱えていた。

 勢いに押されて頷いてしまうと、彼女はそそくさ箸を動かす。

 

 

「ありがとさんっ。んじゃこれとこれを……んーっ、タウリンが染み渡るわー!」

 

「こらっ! ったく、すみません。うちのバカがご迷惑を」

 

「あはは。気にしないで下さい。唐揚げ、美味しいです」

 

「ちょっと飛鷹ー。バカは無いんじゃないバカはー。ひっく」

 

 

 美味しそうにカキフライを頬張るジュンヨウさんに、叱りつけるヒヨウさん。

 この二人は……長年のコンビ? って感じ。ツッコミにも遠慮がないし、仲良さそう。

 唐揚げも美味しいです。冷めてるのにカリウマです。

 

 

「もう分かっとると思うが、その子らが飛鷹の嬢ちゃんと隼鷹の嬢ちゃんじゃ。商船改装空母と呼ばれておってな。元は出雲丸、橿原丸という名前じゃった」

 

 

 吉田さんの解説いわく、昔の政府は、有事の際に軍艦へと改造できる客船を確保しようと、様々な政策を行っていたらしい。助成金を出したりとか。

 そんな中で建造された豪華客船が、出雲丸と橿原丸の二隻。色々あって飛鷹さんは沈んじゃったんだけど、隼鷹さんは終戦まで生き残った数少ない船でもあるとのこと。

 また、空母として完成したのは隼鷹さんの方が先で、隼鷹型航空母艦と呼ばれることもあるんだとか。うーん、勉強になるなぁ。

 

 

「あーあ、隼鷹を見てたら、なんだかワタシもお腹すいてきちゃった。お姉と一緒にご飯食べたいよぅ……」

 

「大丈夫よ、千代田ちゃん。賄いもキチンと用意してありますから、もうちょっとだけ頑張りましょう。仕込みを手伝ってくれますか?」

 

「はぁーい」

 

 

 艦船講義に花が咲く間にも、お店の中はゆっくりと動いていた。

 千代田ちゃんだけじゃなく、ときどき鳳翔さん自身もお料理を運んだりしてる。

 フロア担当が四人もお喋りしていて、それでも回せるくらいには落ち着いてるから、大丈夫……じゃないよね。

 良いのかな、立ち話してても。いやダメだよね普通に考えて。ここはひとつ、芝居でも打ってそれとなーく……。

 

 

「な、なんだか萎縮しちゃいますね。美人ばっかりに囲まれちゃうと」

 

「そうじゃのう。娘さんも中々の器量じゃが、嬢ちゃんたちはトンでもないしの」

 

「やったぁ、美人だって。誉められちゃったよ蒼龍っ。一航戦にだって勝てるかもよー?」

 

「いやぁ。そんな事は……無いっていうのはアレだし、あるって言ってもアレだけど、やっぱり嬉しいなぁ。ありがとうございます、お客さん」

 

「ま、翔鶴姉は凄い美人だもんね。ヘンタイ共の視線まで集めちゃうから、警戒するワタシとしては困っちゃうけど」

 

「瑞鶴ったら、もう……。お店の中で暴れたりしたら駄目よ?」

 

 

 あ、ダメだ。いつの間にか戻ってきた翔鶴さん姉妹を含め、この人たちガールズトークモードに入ってる。

 気の合う仲間と働き始めたばかりの、新人店員にありがちな症状。私もよく怒られたんだ、ここで新人だった時に……。

 まぁ、怒られるのも経験の内だし、余計な口は挟まないでおこう。

 

 

「っていうか、なんで赤城さんや加賀さんはほとんど来ないのよっ。ワタシたちだけバイトさせられるなんて不公平じゃない?」

 

「そういえば、一航戦の先輩方は見かけた事がありませんね。他の方はお手伝いに来て下さいますけれど」

 

 

 生暖かーい視線で見守る覚悟を決めていると、瑞鶴ちゃんが、蒼龍さんの説明時に出た名前を呼びながらジタバタ。

 翔鶴さんも、おっとり頬に手を当てながら、不思議そうに小首をかしげる。さりげない仕草まで美人だとか、格差社会ってヒドい。

 そんな二人に答えるのは、厨房からひょっこり顔を出す千代田ちゃん、千歳さん、鳳翔さん。

 

 

「なんか、新型の開発で忙しいらしいよー?」

 

「皆さんの分まで、新しい物を用意するそうです」

 

「なので、空母はしばらく私たちだけですね」

 

「そうなんですかぁ。っていうことは、私たちも流星とか紫電――ううん、烈風とか載せられるのかな。どう思う? 飛龍」

 

「んー。私としては天山に思い入れがあるんだけど、選り好みはできないしねー。まぁ、噂の烈風には興味あるかな」

 

 

 私にはよく分からない説明だったけど、蒼龍さんたちには通じたらしい。

 察するに、みんなの先輩である赤城さん・加賀さんが、みんなのために新しい仕事道具か何かを手作りしてる、のかも。良い先輩だね。

 隼鷹さんもそう思ったみたいで、瑞鶴ちゃんにプラプラ手を振ってる。

 

 

「相変わらず、瑞鶴は加賀に対抗心むき出しだねぇー。うぃっく、んなこと気にするよりー、仲良くした方がみんな喜ぶんじゃないのー」

 

「そうはいかないわよっ! あの人ねぇ、澄ました顔で『五航戦の子なんかと一緒にしないで』とか言ってくれちゃったのよ!? 焼き鳥製造機の癖にぃー!」

 

「まぁ。凄いわ瑞鶴、物真似がとっても上手よ」

 

「や、褒めるにしてもタイミングがおかしいから、翔鶴」

 

 

 キィーっと悔しそうな顔の瑞鶴ちゃん。天然笑顔で拍手な翔鶴さん。そしてそれに突っ込む飛鷹さん。

 職業意識は足りないかもだけど、やっぱりこのお店レベル高いわ。お料理と店員さんの容姿・属性バランス的な意味で。

 よく集めたもんだと感心しちゃう。

 

 

「でもさ、実際にまだ練度じゃ敵わないわけだし、焼き鳥作るのも上手いんだよねー。あの絶妙な焼き加減……。本人は作るの好きじゃないみたいですけど」

 

「思い出させんでくれんか、蒼龍の嬢ちゃん。食いたくなってくるわい。……飛龍の嬢ちゃん。ネギマ二本、追加しとくれ」

 

「はい、喜んでっ。けど、艦載機制御では負けるつもりありませんよ? なんといっても、私には友永隊が乗ってたんですからっ」

 

 

 ふむふむ。加賀さんは焼き鳥上手なんだ。

 今度来るときには、居てくれるといいなー。軟骨とか美味しいよね。あの食感とか最高だと思いますです。

 ちなみに、瑞鶴ちゃんを刺激しないよう、小声な吉田のお爺さん解説いわく。

 赤城・加賀という航空母艦は、色々あって艦種転換を行った船であり、様々な構造的欠陥があったとのこと。

 その中でも大変だったのが、煙突やら排熱やらの問題。

 赤城さんの方は居住区に煙が充満して「人殺し長屋」とまで呼ばれ、加賀さんの方は熱がこもって「焼き鳥製造機」なんて呼ばれたらしい。

 昔の軍人さんは大変だぁ……。

 

 

「スイマセーン、こっち注文お願いしまーす」

 

「あ、はーい。ただいまー! さ、お喋りはここまでにしましょ。蒼龍、瑞鶴、翔鶴。接客をお願い」

 

 

 ――と、過去に思いを馳せていたら、他のお客さんから呼び出しが。

 さっそく飛鷹さんは手を叩き、みんなをお仕事モードへ復帰させる。

 

 

「了解っ。我が機動艦隊、出撃します! なんちゃって」

 

「はぁい。行こ、翔鶴姉」

 

「そうね、瑞鶴。あら、ちょうど新しいお客様が」

 

「隼鷹は……もういいから、そこでグダってなさい」

 

「あーい」

 

 

 最後に、諦めきった溜め息と、気だるそうな返事を耳にして、店員さんたちは散っていった。

 美人包囲網から解放されて、私もやっと人心地。まぁ、箸はドンドコ進んでいたんですが。

 っていうかご飯足らないです。お代わり頼もうかな。

 

 

「あ、あのっ、困ります! やめて下さい!」

 

「ちょっと! 何してんのよあんたたち!?」

 

 

 耳をつんざく、甲高い悲鳴。

 反射的に振り返れば、入り口付近に四つの人影があった。

 瑞鶴ちゃんに庇われる翔鶴さんと、軽薄な笑いを浮かべる……頭の悪そうな男二人。

 水を打ったような静けさの中、男たちは見た目通りの、だらしない声を上げる。

 

 

「ンだよ、イイじゃねぇか。そういう店だろココ? 短いスカートはいてよ」

 

「そーそー。そっちの子もかわいーじゃん。お酌してよー」

 

「ふざけないで! それ以上汚い手で翔鶴姉に触れてみなさい、容赦しないんだから!」

 

「駄目よ瑞鶴っ。わたしたちが人を傷つけては……!」

 

「けどっ」

 

 

 和やかだった雰囲気が、そこから澱んでいくようだった。

 女相手と侮っているのか、男たちはニヤニヤと嫌らしく笑い続けている。

 せっかく、料理が美味しくて雰囲気もまぁまぁなお店を発見したっていうのに、トンだ邪魔が入っちゃった。

 腰には携帯用の伸縮スタンロッドを携帯しているし、監視員という職務上、逮捕する権限もある。

 ここは私の出番かな……。

 

 

「待ちなさい、娘さんや」

 

「吉田さん? でも」

 

「安心せい。ワシらが手を出さんでも、この店は大丈夫じゃ」

 

 

 そう思い、わずかに腰を浮かせるのだけれど、吉田さんの一言が押し留める。

 大丈夫って、どう見てもそんな感じじゃないですよっ。

 翔鶴さんも瑞鶴ちゃんも、見た目は普通の女の子。頭一つ違う男への対処法なんて知らなさそうだしっ。

 

 

「悪いこと言わないからさー。ちゃんとお持て成ししてよー。オレたちこう見えて……さ?」

 

「お国のために働いてる男が、こんな場末の居酒屋に来てやってんだ。感謝して尽くすのが筋ってもんだろ。ア?」

 

 

 逡巡している間にも、男の手が乙女たちに伸びる。

 マズい。片方の男が示した襟元の徽章、あれは能力を保有した整備士である証拠のはず。

 偽造したりしたら実刑確実な代物だから、おそらく本物。

 

 

(どうするの栞奈。助けたいけど、手を出せば、転職先も見つからないまま首が飛んじゃうわよ)

 

 

 スローモーションになる世界で、私は思考を走らせる。

 能力者であれば、時代錯誤な特別扱いが許されるのが、今の世の中。

 逮捕しても懲役無しで出てくるどころか、誤認逮捕だって証言を捏造されて、これからの人生を棒に振るかも知れない。

 吉田さんも大丈夫って言ったんだし、大人しくしておいた方が無難だと、理解できる。

 

 

(でも、そういう事じゃない。そんなんじゃダメ)

 

 

 私がこの仕事を選んだのは、誰かを守りたかったから。

 どうしようもない実家から私を連れ出して、今も調整士としてこの国を守ってる兄さんに、憧れたから。

 なんで忘れちゃってたの。こんなに簡単で大切な、最初の気持ち。

 

 

(我が身可愛さに誰かを見捨てたら、誰にも胸を張れなくなっちゃう。そんなの、嫌だ!)

 

 

 いつだったか金剛ちゃんに聞いた、桐林さんの言葉。

 微妙に間違ってるかもしんないけど、とにかく彼が言った通り。

 ちょっと……いや、かなりオタが入ってる兄さんだけど、兄さんに誇れる私でいるために、ここは引けないっ。

 あんたらなんかに触られでもしたら、瑞鶴ちゃんが汚くなっちゃうでしょうがぁ!

 と、心の中で雄叫びを上げつつ、私は一歩を踏み出す。

 

 

「うぉ!?」

 

 

 ――のだが。

 カァン、という小気味良い音と共に、男の袖口が柱へ縫い付けられた。

 矢だ。

 濃い緑色の矢羽根に、日の丸が描かれた矢。

 放ったのは……蒼龍さん?

 

 

「今、あなた方が口にしたのは、私たちにとって最も許しがたい侮辱です。撤回しなさい」

 

 

 どこから取ってきたんだろう。彼女は古めかしい梓弓を構え、別人のような鋭い目を向けていた。

 エプロンも外し、背中には矢筒。飛行甲板を模した長い板を右肩に、同じデザインの前掛けも。

 可愛い系な女の子のどこから、あんな凄い気迫が……。

 

 

「ゆ、弓なんてどっから……。まさか、本物の……?」

 

「ンな馬鹿なことあるかよ、桐林のとこじゃあるまいしっ。クソッ、抜けネェ!」

 

「あーあー、やっちゃった。気持ちは分かるけど、いきなり撃っちゃだめじゃん、蒼龍」

 

「だって許せないじゃない? 能力を笠に着るだけじゃなくて、お店まで馬鹿にするなんて! 飛龍だってそうでしょっ」

 

「そうだけど、いいから落ち着いて。全くもう、見た目と違って燃えやすいんだから」

 

「ちょっとやめてよ縁起悪いってばぁ!」

 

 

 ところが、厨房から顔を出す飛龍さんとの会話だと、ただの怒った女の子に戻っちゃう。

 やれやれ……なんて言いたそうな顔の飛龍さんは、そのまま男たちへと近づく。

 

 

「蒼龍がごめんなさいね? でも、そういうオイタはめっ。これ以上は“たもんまる”に怒ってもらいます」

 

 

 そして、小さな子供へそうするように叱りつけた。

 本気で相手にはしていない。あしらうような素振り。

 それが癪に障ったのか、男たちはお酒も飲んでないのに、顔を赤く染める。

 

 

「ザッけんなよこのアマ……。こっちは提督にだってコネがあんだぞっ」

 

「オレたちを怒らせて、タダで済むと思ってんのかよ!?」

 

 

 唾を飛ばして息巻く男たち。

 他のお客さんからも、冷たい敵意を送られているというのに、それにすら気付かない。

 つける薬も無いよ、この二人。痛い目みなきゃ分からない、変われない連中だ。

 同じ判断を下したらしい飛龍さんも、大きく溜め息をついた。

 

 

「はぁ……。仕方ないかなー、これは。鳳翔さーん?」

 

「了承します。存分に」

 

「……という訳で。後悔しても遅いですからね。おいでませ、“たもんまる”!!」

 

 

 たおやかに頷く鳳翔さんの声を受けて、飛龍さんが笑顔を消す。

 次いで、右手を天井へかざし、声高に叫んだ。“たもんまる”って……誰だろう。

 緊張感が漂う中、場違いな疑問に首をひねっていると――

 

 

「あっらぁ~。ワタシたちをお呼びかしらぁ~」

 

『……え゛?』

 

 

 ――厨房から筋骨隆々な方々が三名ほど、ニュルリと顔を出した。

 ピンクいハート形のエプロンと、テッカテカなスキンヘッド。彫りが深過ぎて外人さんぽい顔立ち。

 ボディビルダーと紹介されても納得なのに、しかし口調はお姉さま。

 なんぞこれぇ!? 思わず私まで「え゛?」って言っちゃったじゃないですかぁ!?

 

 

「あの、あのあの、あああああああのぉ!?」

 

「落ち着いとくれ娘さん。気持ちはよぉく分かるからの。ほれ、水飲め」

 

 

 眼前の光景――しなを作りながら、男二人に近づく筋肉ダルマが信じられなくて、私は思わず吉田さんへ縋りつく。

 差し出されたコップを二秒で空にしても、やっぱりダルマさんは転ばずに十傑歩き。

 あれ。私は何を考えてるんだろう。意味わかんない。物凄く混乱しちゃってるかも。

 

 

「つ、つかぬ事をお聞きしますが、た、たたた、“たもんまる”って……?」

 

「たくましいだけでなく・文句一つ言わない働き者な上に・まるで巌の如き肉体を持った御姉さま方……を略して、“たもんまる”です! うちの裏方さんです!」

 

「無理矢理ってレベルじゃネェだろそのネーミングぅ!?」

 

 

 絶叫が迸った瞬間、飛龍さん以外の全員が「うんうん」と頷いた。

 ぶっちゃけ私もそう思います。

 吉田さんのこっそり解説によれば、飛龍さんと最後を共にしたらしい山口多聞司令官は、護衛機無しで爆撃機を発艦させたり、無茶な訓練を強いることでも有名で、「人殺し多聞丸」という仇名を冠していたんだとか。

 ……気持ちは分かるような気がしないでもないような。でもやっぱり分からないです!

 バチが当たるよ! 本物の多聞丸さん、草葉の陰で泣いてるか大笑いしてるよ!?

 

 

「このお店って~、元はワタシたちみたいなニューハーフが働くバーだったのよ~」

 

「それが~、ママさんの家庭の事情で閉店になっちゃってねぇ~」

 

「みんな路頭に迷う所だったのを~、鳳翔さんに拾ってもらったの~」

 

 

 困惑しきりな私を放って、“たもんまる”の御三方は事情説明。

 もう理解すんのやーめた。

 世知辛い世の中ですねー。

 鳳翔さんが良い人で良かったねー。

 

 

「皆さん本当に働き者で、とても助かっていますよ」

 

「うんうん。そこいらの男より力持ちだし」

 

「材料の買い出しとか、凄く頼りになりますね」

 

「細かい気配りも行き届いて、見習いたいくらい」

 

「うぃっく、オマケに心が男前と来たもんだ! “たもんまる”様々だよー」

 

「ちょっと隼鷹ちゃ~ん? 誉められてる気がしないわ~」

 

 

 ネーミングセンスには納得できなくても、同じ店で働く仲間としては頼りになるようで、みんな口々に“たもんまる”を褒め称える。

 ちなみに、鳳翔さん、瑞鶴ちゃん、翔鶴さん、飛鷹さん、隼鷹さんの順です。

 答えたのは……誰だろう。三人ともそっくりで区別がつかないや。

 

 

「ぉ、おい。ヤベェ、この店ヤベェ」

 

「見りゃ分かるよンなことっ、さっさと逃げ――っ!?」

 

 

 劣勢を悟った……というより、本能的な恐怖を感じたんだと思う。

 男二人は逃げ出そうとするけれど、なぜか振り向こうとしたところで身体を硬直させた。

 

 

「そうはい寒ブリ、ってねぇー。大人しく捕まっときなー」

 

「隼鷹。つまらない」

 

「こりゃあ失敬」

 

 

 なぜなら、その足元は紙のような物で固められていたから。

 人の形に――違う。飛行機の形に切り抜かれたそれは、指先に紫色の鬼火を宿す、飛鷹さん、隼鷹さんの手元から放たれていた。

 嘘……。

 確かに、傀儡能力者が世に現れてから、“そういった能力”は存在を実証されたけど、可視化するほど高位の力を振るえるのは、世界でも数人。

 それ以外には、傀儡能力者が使役する統制人格しか。ってことは、まさかこのお店……?

 

 

「全くもう~。桐林提督直営店って書いた張り紙、また飛んでっちゃったのかしら~。それじゃあ~、この子たちは貰っていくわね~」

 

「そろそろ立て看板を用意した方がいいかも~。あら~、よく見ると可愛い顔してるじゃな~い」

 

「うふふ~。どんな風に啼いてくれるのか、楽しみだわ~」

 

「イヤだ、イヤだぁ! 誰か助けてぇぇえええっ!?」

 

「出来心だったんです、ストレス溜まってただけなんですっ、掘られるのはイヤァァアアアッ!?」

 

 

 私の予想を肯定しつつ、“たもんまる”は男たちを担いで歩き去る。

 ドップラー効果で低くなっていく悲鳴が痛々しい。

 さっき瑞鶴ちゃんに七面鳥って言ってた男性客も、顔を青くしてるよ……。

 

 

「皆さん、大変お騒がせ致しました。ご気分を害されましたら、申し訳ございません」

 

「お詫びとして……というのもなんですが、お店で使える割引券をお配りしますので、どうかご勘弁下さい」

 

「今日のお会計にも使えますから、今後ともよろしくお願いしまーすっ!」

 

 

 鳳翔さん、千歳さん、千代田ちゃんがペコリと頭を下げ、周囲のお客さんからは拍手喝采。

 蒼龍さんたちも手伝い、お客さんみんなに割引券を配り始める。

 そっか。女性客が多かったのはこのせいか……。

 そりゃあ、不埒な事をしでかす男から守ってもらえて、しかも鎮守府直営とも言えるこのお店は、安心安全な場所だもん。みんな通うよ。

 ……男以外は。

 

 

「あの二人、大丈夫なんでしょうか……」

 

「ま、平気じゃろ。ワシらがしょっ引くよりは穏便じゃろうて。新しい生き方を見つけるやも知れんぞ」

 

「はぁ……? あ、という事は、吉田さんって私と同業者なんですか?」

 

「……ワシの知名度って低いんじゃのぉ。若いのも知らんかったし、寂しくなってきたわい……」

 

「えと、なんかすいません」

 

 

 微妙に心配になり、床へ溢れた涙の跡を視線で追っていると、吉田さんが気になる言い回しを。

 ワシらって事は、吉田さんもそういう仕事に就いてるって考えられる。

 ウエストポーチに偽装してあるスタンロッドも見破ったくらいだし、けっこう凄い人だったりして。

 そんな時、割引券を手にした翔鶴さんがやって来た。

 

 

「はい、中将も割引券をどうぞ。申し訳ありません、わたしのせいで、お店を騒がせてしまって……」

 

「なんのなんの。ああいう愚かな輩もまだ多い。いい薬じゃよ。それと、この店では階級で呼ばんでおくれ。今はただのジジイじゃ」

 

「本当に、こうしてると普通のお爺ちゃんだもんね。提督さんの上官とは思えないわ」

 

「それはそれで傷つくの」

 

 

 瑞鶴ちゃんに肩を叩かれ、翔鶴さんにはお酌され。中将と呼ばれた吉田さんは、だらしない顔をしている。

 中将。

 少将の上で大将の下。

 ええっと、横須賀には一人居たかなー? 司令長官でー、いわば私の上司の上司の上司の上司だけど。

 あっははー。人生オーワタ……。

 

 

「さて、娘さん」

 

「ひゃい! にゃんでごじゃいましょう!?」

 

 

 雷に打たれたみたく、背筋がピンと。

 噛みまくりながら返事をすれば、吉田中将は「よいよい」なんて大らかに笑う。

 

 

「人間という生き物は、どうしようもなくてな。どんな幸福にもすぐに慣れて、そのくせ不幸を探すのだけは得意としておる。

 じゃから、よく間違ってしまうんじゃ。今が不幸だと思い込んで、幸せを投げ捨ててしまうような事もしてしまう」

 

 

 一瞬、なんのことだろう? と不思議に思い、気付く。

 足元に置いてあるショルダーバック。そこからは求職情報誌の頭が覗いているはず。

 うわぁぁあああんっ! よりにもよって上司の上司の上司の上司に見られちゃったよぉおおぅ!?

 せっかく大事なことを思い出したっていうのに、クビ確定じゃないですかやだぁああぁぁあああっ!

 と、私は汗ダラダラにテンパっているんだけれど、中将がお猪口を置く「コトン」って音に、何故か思考は沈静化して。

 

 

「だがの。道の分岐点に差し掛かった時、ほんの少しだけ立ち止まって、自分の周囲を見回す余裕があれば、そんなことは起きん。

 歩いてきた道を振り返り、望むことをしっかり見据えて、それからどの道を行くのか、選ぶことじゃ。

 帰ろうとしても帰れなくなる場所というのは、案外そこらに転がっておる。思い残すことのないようにな」

 

 

 昔を懐かしむような瞳には、何が映っているんだろう。

 後悔じゃ、ない気がした。悲しみや、憤りでもない気がした。

 ……寂しさ?

 正体を確かめたくても、活気を取り戻した店内で唯一、私と中将だけが、静寂の中にいる。

 思い残さないように、立ち止まる……かぁ……。

 

 

「飛鷹の嬢ちゃんや。娘さんの会計はワシにつけておいとくれ」

 

「はい、了解です。またのお越しをお待ちしてます」

 

「えっ。い、いやいやいや、そんなっ」

 

「つまらん説教を聞かせてしまった詫びじゃ。受けておけ。ではな」

 

 

 お猪口に入った日本酒を眺め、考え込んでいる間に、中将は料理を平らげ、立ち上がっていた。

 その背中へ呼びかけはしてみたけれど、皺だらけの手が振られるだけで、そのまま引き戸をくぐって行く。

 飛鷹さんも、当たり前のように受け入れてる。そういう人みたい。

 

 

(色々、大変だけど……。もうちょい、頑張ってみよっかな)

 

 

 同僚からのやっかみはヒドいし、桐林さんとこの統制人格のみんなには振り回されるし、司令長官がお忍びで居酒屋に行っちゃうような鎮守府だけど。

 思い残すことがないように、少し立ち止まって、キチンと見極めよう。

 私はそう決意しながら、冷たい日本酒をあおる。

 さっきよりも、大人な味がした。

 

 

 

 

 

「……確かに、ワシへつけてくれとは言ったがの。柱の修繕費まで払わせるつもりか? この請求書。ちゃっかりしとるのう、嬢ちゃんたち……」

 

 

 




「うっくぅぅ……。み、妙高姉さん見てると首が痛いぃ……。もげるぅぅぅ……」
「大変だねー。そんな時はさ、踊って全部忘れちゃおー! そぉれワンツー、ワンツー!」

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