新人提督と電の日々   作:七音

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(略)那珂ちゃん(略)地方巡業記! その三「あ、主任さーん! 例のもの用意できてるー? ……おぉぉ、さっすがー。これを使えば那珂ちゃん、ますます魅力的になっちゃ(略)」

 

 

 少々時間を早送りし、桐林艦隊が横須賀へ帰投してから、二週間ほど経過した頃。

 十名ほどの統制人格が集まる、薄暗い小会議室にて。

 彼女たちを集めた張本人である少女が、やおら立ち上がった。

 

 

「皆さん、ごきげんよう。まずはお礼申し上げます。お集まり頂き、ありがとうございました」

 

 

 重い空気を破る、淑やかな声。

 茶色のセーラー服をまとい、髪を右でサイドテールにまとめる彼女は、綾波型駆逐艦一番艦・綾波という。

 艦隊へとやって来て、まだ間も無い新顔である。

 

 

「今回お時間を割いて頂いたのは、他でもありません。実は、皆さんにお願いしたい事があるんです。まずは資料をどうぞ」

 

「しつも~ん! それってやっぱり、あの事?」

 

 

 圧着された再生紙書類の束を配る綾波へ、集められた内の一人――長良が挙手をしつつ問う。

 資料を配り終え、コの字型に並べられた長机の端へ腰かけた綾波は、それに対し難しい顔でうなずく。

 

 

「そうなんです。今までは、なんとか隠してこれました。でも、これ以上提督を騙すのは……」

 

「ですよね……。悪いことじゃないと思いますけど」

 

「なのです。ちょっとだけ、罪悪感があるのです……」

 

 

 長良の隣に座る名取と、さらに隣の電も、同じく悩ましげな顔。

 例えるならば、親に隠れて動物を拾ってしまい、隠れて世話をしている学生、といったところか。

 あくまでこれは例えであり、事実となんら関わりないはずである。

 ひょっとしたら正鵠を射ているかも知れないが、 その場合は御容赦頂きたい。

 

 

「そんな状況を打破するため、私は那珂さんと一緒に、ある作戦を立案いたしました」

 

「ふーん。これがその作戦なの? って言うかさ、那珂さんは? どっこにも居ないじゃない」

 

 

 綾波と同じ新顔であり、その姉妹艦――綾波型駆逐艦二番艦・敷波(しきなみ)は、書類をペラペラめくりながら部屋を見渡す。こげ茶色のポニーテールが揺れた。

 会議室に居るのは、すでに発言した綾波、長良、名取、電、敷波の五名と、これまた新顔を含む残り五名の計十名。

 発起人の那珂が居ないのはおかしい……と彼女が思った途端、騒がしくドアが開く。

 

 

「おっ待たせ~! 噂の那珂ちゃん、ただいま参上~! あ、榛名さん。これ配るの手伝って~」

 

「は、はい。分かりました。……あら? これは……」

 

 

 大きなダンボールを抱え、きゃるん☆ と擬音を発しそうな少女が駆け込む。那珂である。

 その勢いに押され、一番近くに座っていた榛名は、箱の中身を配ろうと立ち上がるのだが、初めて見た“それ”にまじまじと見入ってしまう。

 確認も兼ねて、那珂から真っ先に“それ”を受け取り、完成度の高さに大きく頷いた綾波は、ゆっくり皆を見渡し――

 

 

「この作戦の主眼は、意識改革にあります。司令官の苦手意識を無くし、こちら側の要求を通し易い状況を作ります。それには皆さんのご協力が絶対に必要なんです。特に……」

 

「い、電、ですか?」

 

「そうそう! 電ちゃんがこっちに居れば、那珂ちゃんの可愛さとプラスされて、完全勝利間違いなしだもん!」

 

 

 ――最後に、電へ注視した。

 十人分の視線を受け、電はたじろいでしまうものの、那珂の高過ぎるテンションが重さを和らげる。

 そうこうしている内に、例の物が全員に行き渡った。

 各々、“それ”を見て十人十色な表情をする彼女たちへ、綾波は頭を下げる。

 

 

「新参者の私が、こんな事をお願いするのは筋違いかも知れません。

 ですが、どうしてもちゃんとした環境を用意してあげたいんです。

 だからどうか、どうか協力して下さい……!」

 

 

 懇願。

 こう表すのに申し分ない、切実な声だった。

 さっきまでハイテンションだった那珂までもが、真剣な顔で何度も頷いている。

 綾波にとって、この作戦は重要な意味を持つらしい。

 

 

「水臭いな、綾波。そうまで言われて、断れる奴なんか居るわけがない。さぁ、作戦を頭に叩き込むぞ!」

 

「あ、はい。頑張りますっ。努力すれば、なんとかなりますよね? きっと」

 

 

 そんな彼女に対する仲間の目は、おしなべて優しかった。

 睦月型八番艦である長月(ながつき)が威勢良く立ち上がり、緑色のロングヘアを跳ねさせる。

 隣の磯波(いそなみ)――吹雪型九番艦も、黒髪のお下げ髪という大人しい外見通り、控えめな励ましを。

 ここに居る全員、彼女が抱える事情を熟知していた。

 仲間であり、家族であり、命を預けあう同僚でもある。

 何より、素直に助力を求め、惜しげもなく頭を下げる心優しい少女を、どうして見捨てられようか。

 返された沢山の笑顔に、ようやく綾波は微笑む。

 

 

「……ありがとうございます、皆さん。それでは……」

 

 

 そうして、手にしていた物を頭部に装着。

 後に続く皆を待ち、彼女は胸を張って宣言した。

 

 

「全ては、素敵なにゃんこライフのために! オペレーション“エヌ・ワイ・エー”、発動です! にゃー!」

 

『にゃー!」

 

「に、にゃ~……」

 

「……にゃー」

 

 

 なんとも可愛らしい掛け声と共に、拳が天井へ突き上げられる。

 不本意でたまらないという顔の長門と那智も、嫌々ながら。

 こうして、世にも珍しい、キュート過ぎる作戦行動が開始されたのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ん……っくはぁぁぁ。ようやく落ち着いてきた感じかな」

 

 

 朝日が差し込む窓辺に向かい、自分は大きく背伸びをする。

 双胴棲姫との一戦を越え、戦後処理の真っ只中である今日このごろ。

 やっとこ終わりも見え始めていて、忙しいながら、平穏な日々を楽しんでいた。

 ……まぁ、途中で財布無くしたり、各種再発行に手間取ったり、「レーベ」なる聞き覚えのない名前のせいで電と修羅場ったり、桐ヶ森提督からお説教されたりと、全くもって楽しくない出来事もあったのだが、それは別の機会に語るとして。

 時刻はそろそろ○七○○。朝食前に、秘書官の子たちが起こしに来てくれる時間だ。

 

 

「司令官さん、起きてますか?」

 

「お、電か。今日は起きてるよ、入ってくれ」

 

「はいです」

 

「失礼いたします」

 

 

 コンコン、と。タイミング良くノックの音。新人の子を引き連れた電だ。

 仕事を奪っちゃってアレだけど、たまには自分だって、朝からシャンとするのである。

 着替えは済んだし歯も磨いた。キッチリ決めた姿で出迎えよう。

 

 

「お早う、二人とも。今日一日、秘書官としてよろしく……な……」

 

 

 ――と、思ったのだが。

 ドアの向こうから現れる二人の少女に、顔が硬直してしまった。

 なぜならば。

 

 

「おはようございます、にゃのです。司令官さん。本日、第一秘書を務める“いにゃづま”と……」

 

「第二秘書官を務めさせて頂きます、“あやにゃみ”です。至らにゃい点もあると思いますが、よろしくお願いいたします」

 

 

 そこに居る少女たちは、どういう訳か猫耳と猫尻尾を生やしていたからである。

 電は髪と同じ色の茶色耳。人間の耳があるはずの位置に、入れ替わるようにして生えていた。尻尾も茶色一色。ゆらゆらと揺れていた。

 彼女の隣に居る、茶トラ模様の耳尻尾を生やした少女は、あの戦いで双胴棲姫から解放された駆逐艦、綾波だ。

 二人とも、“な”と言うべき部分が“にゃ”になっている。……アカンこれ。

 

 

「うん。よろしく頼む。じゃあお休み……」

 

「はいっ、それじゃあ失礼しま――にゃ、にゃんでにゃのです!?」

 

「し、司令官っ? にゃんでお布団に戻っちゃうんですか!?」

 

「疲れてるんだ。もしくは憑かれてるんだ! なんか変なものが見えたり聞こえたりするし、きっと仕事できそうもないから休むぅ!!」

 

 

 押入れから布団を引っ張り出し、軍服のまま潜り込む。

 何やらニャーニャーうるさいけど、きっと空耳だろう。あの耳尻尾だって幻のはず。

 あんな物を幻視してしまうだなんて、いつの間にか無理をしてたに違いない。

 そうに決まってるんだ。だから寝た方が良いんだぁ!

 

 

「だ、駄目にゃのですっ、ちゃんとお仕事しにゃきゃ、駄目にゃのですぅ!」

 

「そうですよ。困らせにゃいで下さい、司令官っ。まだ書類に判子が必要にゃんですからっ」

 

 

 しかし抵抗も虚しく、艤装を召喚した二人に布団を剥ぎ取られ、畳の上でうつ伏せに。

 こちらを見下ろす猫耳少女たちは、見えそうで見えないもどかしさと、奇妙な違和感を放つ。

 ……前にもこんな構図を楽しんだような気がするな。思い出せないけど。何が見えそうかって? 秘密です。

 

 

「なぁ、二人とも。なんともないのか?」

 

「にゃにがですか?」

 

「いつも通りですよね、いにゃづまさん」

 

「にゃのです」

 

 

 立ち上がりつつ問いかけてみるが、電も綾波も、可愛く頷きあうのみ。

 ただでさえ美少女なのに、萌えポイントが追加されて倍率ドンッ。ニャー語でさらに倍! である。

 なんなんだこれは? でも、嘘ついてるようには見えないし……。

 

 

「……分かった。君たちがそう言うならそうなんだろう。働くよ」

 

「良かった……。じゃあ、まずは朝ご飯にゃのです」

 

「一日の元気のみにゃもとですから。しっかり食べてくださいね」

 

「うん……」

 

 

 問答しようにも、求めるものは得られそうにもない。

 仕方なく、しぶしぶ布団を仕舞って、ニャーニャー声を背に部屋を出る。

 やっぱ疲れてんのかな……。

 

 

「あ、提督。お、お早う御座います」

 

「おう、名取。お………………はよう」

 

 

 考え込みそうだった自分へ、三人目の猫娘が挨拶した。

 自室と宿舎をつなぐ屋根付き廊下。その宿舎に近い花壇を手入れしていた彼女は、長良型軽巡の三番艦、名取……のはず。

 なんで断言できないのか。立ち上がる彼女には、やはり耳尻尾が付いていたからである。今度はキジトラだ。

 思わず口をつぐみそうになると、名取は猫耳をピクリと跳ねさせ、首もかしげる。

 

 

「……? あのぉ、どうかしましたか?」

 

「ううん、なんでもない。なんでもないよー。いつも以上に可愛いなーって思っただけ」

 

「ふぇ!? そそそ、そんにゃこと、ありません、よぅ……」

 

 

 取り繕うのも面倒臭く、つい正直に感想を言ってしまえば、彼女は顔を真っ赤にして、胸の前で指をモニョモニョさせ始めた。

 窮屈そうな神の恵みが、見ていてとても楽しい。可愛いっていうのも嘘じゃないし、背後から感じる圧迫感さえなければ、頭を撫で回したいところだ。

 しょうがないんですよ電さん。自分だって男なんだし、しかも何故か憑かれてるっぽいんで、勘弁してください。

 

 

「おーい! しれーかーん! にゃとりー!」

 

 

 ――と、そんな時、遠くから近づいてくる足音が一つ。

 駆け足の速度でリズムを刻むのは、名取の姉、長良だ。いや、この場合は“にゃがら”、か?

 彼女はサバトラ。灰色と黒の縞模様である。

 また猫娘が増えた……。でも、電はいつも通りって言ってたんだから、こっちもそのつもりで対応した方が良いよな。うん。

 

 

「はぁ、はぁ……。おはようございます! 寒くにゃって来ちゃいましたね! いにゃづまちゃんとあやにゃみちゃんも、お早う!」

 

「おはようです、にゃがらさん」

 

「おはようございます。朝からランニングにゃんて、健康的ですね」

 

「だなぁ。自分には真似できないよ」

 

「もっちろん! にゃがらはこんにゃ程度、へっちゃらへっちゃら! 空気が澄んでて気持ち良いですよ。一緒に走りません?」

 

 

 白く煙る息を整え、長良は短めな尻尾をピンと立てる。

 もう冬至を過ぎ、今年も終わろうかという時期なので、気温はかなり低い。

 それでも大抵の子はミニスカのままで、長良も当然のように短パン半袖姿。見ているこっちが震えそうだ。

 早くコタツに入ってあったまりたい……。

 

 

「いつも断っちゃって悪いんだけど、これから朝ご飯だからさ。またの機会にな」

 

「そうですかー。残念です。にゃら、私もそろそろ上がります。おにゃかも空きましたしっ」

 

「あ、にゃがらちゃん、きちんと手を洗ったり、うがいしにゃいと……。それじゃあ、提督。私はこれで……」

 

「うん。食堂でなー」

 

 

 あまり期待していなかったのだろう、長良は特に気落ちもせず、元気に玄関方向へ。

 手を土で汚した名取がそれを追い、途中でペコリと腰を曲げ、また追いかける。

 小さくなる背中へ手を振り、自分たちも今度こそ宿舎に。

 食堂と直結しているため、暖かい空気と味噌汁の匂いが迎えてくれた。

 

 

「あ、司令。電に綾波も、おは――」

 

「おはようございます、提督! 一番ですか? 電ちゃんと綾波ちゃんを除いたら、私との挨拶が一番ですよねっ?」

 

「ちょっと白露ぅ!? 朝の挨拶から張り合うことないじゃない!?」

 

「おはよう、陽炎、白露。入り口んとこで名取たちと会ってな。残念ながら白露は三番目だ」

 

「そうですかぁ……。すっごく残念……」

 

「本気で落ち込まなくても……っていうか、三番目は私じゃないの? 私の方が早かったわよね、絶対に」

 

 

 ……あれ。他の子は猫耳じゃないな。

 食堂へ入り、すぐ近くに居た子たちと挨拶を交わすのだが、予想に反し、彼女らは普通なままだった。

 しかも、電たちにまで普通に挨拶している。ニャー語でもない。

 マジでどうなってるんだ。まさか自分にしか見えてないとか? うぅむ……。

 悩ましいけれど、考えてたって仕方ない。そのまま食べ終わったらしい二人と別れ、厨房を覗けるカウンターに。

 

 

「おはようございます、鳳翔さん。朝の献立は?」

 

「大根と油揚げのお味噌汁と、銀ダラの西京焼きに、ほうれん草の胡麻和え。あとは小鉢が二つですよ。この時期はタラがとても美味しいですから」

 

「朝から豪勢じゃないですか。いつも美味しい物を用意してくれて、ありがとうございます」

 

「ふふ、どういたしまして。素直な提督には、御飯を大盛りにしてあげちゃいます」

 

「お、やりぃ」

 

 

 忙しく配膳する、割烹着姿の女性――鳳翔さんは、ほっこり笑顔でしゃもじを構えた。

 奥には手伝いをしている神通、霞、曙、由良、瑞鳳たちの姿も。

 あぁ、なんだろう。この言葉にできない幸福感。鼻に優しい味噌の香り。

 拝みたくなる心地に、自然と笑ってしまう。

 

 

「司令官さん。御膳はいにゃづまが持って行きますから、先に座っていて貰えますか?」

 

「ありがとう。電たちもまだなんだよな。一緒に食べよう」

 

「はい。あやにゃみもお手伝いしますので、少しだけお待ち頂けますか」

 

「ん。座敷の方に居るから、よろしく」

 

 

 電たちの申し出に甘え、自分はテーブルで食事を摂る満潮や叢雲、龍驤と挨拶をしながら、コタツのある一角へ向かう。

 一応、耳やお尻の辺りを確認してみるが、電、綾波、長良と名取以外には、誰も耳尻尾を付けていなかった。

 つーかこの四人、明らかに共通点があるよな。しかしまさか、そんな安直な……?

 

 

「……あ、敷波」

 

「お、呼んだ? おはよ、司令官。……にゃにか用?」

 

「おはよう。いや、用ってわけじゃ無いんだけど……」

 

 

 首をひねっていると、空の食器を手に目の前を横切る、新たな猫耳少女を発見。思わず呼び止めてしまった。

 綾波と同じセーラー服。黒いリボンで短めのポニーテールを結う、綾波型駆逐艦二番艦・敷波が、安直すぎる考えを肯定したからだ。

 それは、全員の名前に“な”が入っている、という事実である。マジでこれが理由だとしたら、自分の発想力の無さに悲しくなる。

 けどなぁ? だからって猫耳が見えるとか、欲求不満なんだろうか。

 風俗なんて行けないし、自分で処理したとしても、部屋を掃除してくれる鳳翔さんとかに気付かれそうだ。困ったな……。

 ともあれ、用事も無く呼び止めたことを知ると、敷波は呆れたような顔を見せる。

 

 

「にゃんだよー。あたしも忙しいんだけど。ご飯食べたら、練習航海の準備しにゃきゃだし」

 

「あー、そう言えばそうだったな。初めての海だし、緊張とかしてないか?」

 

「別に? ただ指定された場所へ行って帰ってくるだけだしさ。……まぁ、不安がにゃいって言ったら、嘘ににゃるけど……」

 

 

 簡単な仕事とは思いつつ、緊張感を拭えないのか、彼女は落ち着きなく猫耳をヒクつかせていた。

 茶色一色なのは電と同じだけど、耳の先端が微妙に反り返っていて、尻尾は短い。

 芸が細かい……違うか。やけに凝ってる……でもないような。ええと……とにかく個性的だ。

 まぁ、どう表現するかなんて、この際どうでもいい。初遠征へ向かう新人を励ましてあげないと。

 

 

「安心しろ。旗艦は那珂に勤めてもらう予定だから。何があっても、あの子ならうまくフォローしてくれる。心配ないさ」

 

「あ……。ちょ、ちょっと、気安く(にゃ)でにゃいでよ……」

 

「あぁごめん。嫌だったよな。分かってるんだけど、つい」

 

「……別に、い、嫌じゃにゃいけどさ……」

 

 

 もはや癖になっているのか、敷波の頭を撫でてしまう。

 嫌がる口振りに慌てて手を外すが、プイとそっぽを向く彼女の頬は、かすかに赤く見えた。

 短い尻尾が大きく、ゆったりと左右に。なんとなくだけど、機嫌が良さそうに感じる。

 これぞ、霞みたいなガチのツンデレではなく、世間一般に認知されているツンデレである。癒されるなぁ……。

 

 

「じゃ、あたし行くから」

 

「うん。邪魔して悪かった。出発の時に、またドックで」

 

「んー」

 

 

 立ち話もそこそこに、席へ向かう敷波と別れる。

 日当たりの良い壁際には、全部で五卓ほどのコタツが置かれていた。

 熾烈な争奪戦を勝ち抜いた少女たちでごった返しており、空いているのは提督指定の大コタツだけだ。

 自分と秘書官の二人に鳳翔さん。あとは誘われた数人のみがくつろげるという、奇妙な暗黙の了解が作られていたりもする。

 そこへ靴を脱いで上がりこむと、隣では四人の少女がじゃれ合っていた。

 

 

「お腹、いっぱい……。動きたくない……」

 

「あ、あの、ダメだよ初雪ちゃん。食器とか片付けにゃいと……」

 

「え~。いいじゃん、もうちょっとゆっくりしてからでもさぁ~。食べた後って、なんか、眠くなるし……。くぁ~」

 

「にゃにを腑抜けている! 食ってすぐ寝ると牛ににゃるぞっ。ほら、立たにゃいかっ」

 

 

 正しく、かじりつくといった様子で天板にダレる、艦隊の怠けコンビ、望月&初雪。

 必死になって引っ張り出そうとしているのは、二人の姉妹艦であり、綾波たちと同じ新顔の長月、磯波。やっぱり名前には“な”が入っているし、耳と尻尾も完備である。

 ……そうだ。ちょっと試してみよう。

 

 

「大変そうだな。……いそにゃみ、にゃがつき」

 

「あっ、提督? おはようございますっ。にゃにか御用でしょうか」

 

「気にしないでくれ。少し話したかっただけだから。朝はもう?」

 

「うん、済ませたぞ。鳳翔さんの作るご飯は美味しいにゃ! おかげで任務にも力が入る!」

 

 

 黒髪おさげな控えめ少女と、緑ロングのハキハキした少女は、礼儀正しく挨拶したり、元気良く胸を張ったり。それぞれに声を返してくれる。

 が、呼ばれ方にはなんの反応も示さない。随分と変にゃ事ににゃっているはずにゃんだけどにゃ……。ほれ言い辛い。

 長月の耳尻尾は普通だし、磯波は耳がちょっとヘタってるだけで、短い尻尾――いや、カギ尻尾も存在を自己主張していた。

 う~ん……。もう考えないで受け入れた方が良いんだろーか。可愛いんだから良いよーな気もする。

 

 

「……で、初雪と望月はダレてるわけか」

 

「だって……。外、寒い……」

 

「食後にまったりする時間ってさ、至高だよー。仕事もないし、今日は一日ここで過ごすー」

 

「おいおい」

 

 

 ふてぶてしい非猫耳少女たちは、変わらずコタツへしがみ付く。

 あんまりと言えばあんまりな、二人のコタツむり。

 呆れて半眼になってしまうと、長月・磯波コンビも、畳に正座して同じような顔をしていた。

 

 

「まったく。同型艦にゃがら、にゃさけにゃい……。悪いにゃ、司令官。コレの分は私が働こう」

 

「本当に、ごめんにゃさい……。私も頑張りますので、どうか……」

 

「そう畏まらないで。事実、この二人は休みなんだし、ゆっくりして貰うよ。休みが終わったら働いてもらうけどな」

 

「有給、使いたい」

 

「働いたら負けな気がしてきた」

 

「お前らにゃ……」

 

「ごめんにゃさい、ごめんにゃさいっ、ごめんにゃさいぃぃ……。もうぅ、初雪ちゃんたらぁ……」

 

 

 姉妹艦が庇ってくれているというのに、コタツむりは全く懲りない。

 怒りと諦めを込めた視線が二人へ向き、こちらにはピョコピョコ動く尻尾が。

 

 

「……なぁ。長月、磯波」

 

「にゃんだ? 司令官」

 

「にゃんでしょう」

 

 

 振り向く代わりとして、ゆらーと揺れる尻尾が二本。

 ……ダメだ、もう我慢できん!

 

 

「ふひゃ!? へ、変にゃところ触るんじゃにゃい!」

 

「あぁぁあぁのっ、恥ずかしいですぅ……」

 

 

 堪え切れない衝動に任せ、両手で尻尾をむんずと掴む。

 おぉぉ、めっちゃ触り心地が良い。長月のスラッとした尻尾も良いし、途中で折れ曲がってる磯波のカギ尻尾も乙だ。

 生の猫なんて、もう十数年間触ってないはずだけど、こんなに気持ち良かったっけ。

 逃げようとしてる二人には申し訳ないが、もうちょっと堪能したいなぁ。

 

 

「司令官さん。にゃにしてるのですか」

 

「はっ」

 

 

 ギクリと、背後からの冷たい声に手が離れる。その隙に、長月と磯波は食器を抱えて逃げ出してしまう。

 振り返った先には、二つの膳を器用に持つ電と、コタツむりへ向けられていたような視線の綾波が居た。

 やべぇ、どう言い訳しようっ?

 

 

「いやっ、違うんだ! これはその、つい……」

 

「……にゃのですか」

 

「決してやましい気持ちがあったわけでも無くて、純粋な学術的興味が先走ったというか……」

 

「……にゃのです?」

 

「ごめんなさいもうしません! 許して下さいぃ!!」

 

「にゃのですっ」

 

 

 必死に言い繕うが、「にゃのです」としか返してくれない“いにゃづま”さん。

 諦めて安い土下座をしてみても、ムスッと荒く吐き捨てられる。

 これは、ガチ切れ寸前の「なのDeath」モードだ。

 こないだのレーベ修羅場ではこれにとても困った。どうにかして誤魔化さないと!

 

 

「えっと……。御飯、食べませんか? このままだと冷めてしまいますのでっ」

 

「そ、そうだなっ。食べよう食べよう! お? おーい! 長良、名取! 五十鈴もこっちこっち!」

 

「……ふぅ。仕方にゃいのです」

 

「司令官、さっきぶりですっ」

 

「お、お邪魔しちゃっていいんでしょうか? にゃんだか変にゃ雰囲気ですけど……」

 

「だからでしょ、きっと。全くもう……」

 

 

 さり気なく差し出された、綾波様の助け。

 迷わずそれに縋り付き、ついでに長良たちも呼び寄せると、弾劾裁判のごとき空気は払拭された。

 五十鈴の「しょうもない……」と言った風な溜め息が痛いけど、土下座しっぱなしよりマシである。

 なんだかんだで、電は自分の隣。右側には綾波と五十鈴、左に長良&名取が腰を下ろし、みんなで「いただきます」と両手を合わせ、やっと朝ご飯だ。

 

 まずは味噌汁。出汁の香りと味噌が優しく鼻に抜ける。

 主菜のタラには程よく焼き目がつき、塩気が胡麻和えの甘さを引き立て、電チョイスの小鉢はお新香とネギ入り納豆。シャキシャキ&ネバネバ。

 美味しいという他に、感想なんてあるはずがない。猫娘が気になることを除けば、至福の和御膳だった。

 

 

「ところで、五十鈴」

 

「何よ。あ、こっちのヒジキ欲しいの? なら、そっちのお新香と交換よ」

 

「うむ、取引成立。……ってそうじゃなく、何か気づかないか?」

 

「え? 気づくって……。いつも通りだと思うんだけど」

 

 

 小鉢を交換しながら、日常会話を装って問いかけてみる。

 刻まれた白菜をシャキシャキさせる彼女は、しかし、期待外れな答えを返すばかり。

 それでも諦め切れず、もう一度聞いてみるけれど――

 

 

「よぉーく見てくれ。ほら、みんなの顔の横辺りとか」

 

「……? もう、からかってるの? だからいつも通りじゃない。変な提督ね」

 

 

 ――あむ、とご飯を頬張り、会話は切り上げられてしまった。

 猫娘三名を見回すも、幸せそうに銀ダラをモシャモシャ。無言でうなずくだけ。

 やっぱり納得いかんなぁ……。みんなで口裏合わせてんじゃないか……?

 

 

「あ」

 

 

 ふと、誰も座っていないコタツの一辺を通して、目が合った。

 真正面。テーブル席へ腰掛ける重巡の統制人格――羽黒である。

 ぽー、と箸をくわえ、こっちを見つめていた彼女だが、視線が重なった瞬間、ワタワタ朝食をかき込み始めた。

 怪しい。メッチャ怪しい。逃がしてなるものかよっ。

 

 

「待てぃ羽黒」

 

「ななな、なんですか司令官さん!? ゎわゎゎわたし、妙高姉さんに呼ばれてててて」

 

「まずは落ち着こうか。ほら深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って……」

 

「は、はい……。すぅ、はぁ、すぅ、すぅぅ、すぅぅぅぅぅ……っけほっ!? えふっ、す、吸いっ放しじゃ死んじゃいますぅ!?」

 

 

 そそくさコタツから抜け出し、お盆を手に席を立とうとした羽黒の肩を掴む。

 可哀想になるくらい彼女は怯えていた。普通なら気づくイタズラにも、簡単に引っ掛かってしまう有様だ。

 うむ。慌ててる羽黒は苛め甲斐があるな。ま、それは置いといて。

 

 

「羽黒。これからする質問に、 正 直 に 答えて欲しいんだ。いいかい?」

 

「は、はいぃ……」

 

「いい子だ。で、だな……。電たちの耳やお尻辺りに、何か妙なもんが見えないか?」

 

「……っ。え、えぇええっと……あの……」

 

 

 やや強引に向かい合わせとなり、逃げられないよう両肩へ手を乗せ、つぶらな瞳を見据える。

 速攻で逸らされたそれは、周囲で座っているはずの仲間に助けを求めるも、エアポケットを避ける航空機みたいに姿を消した。

 巻き込まれたくないのか、それとも口裏合わせがバレるのを嫌がったか。

 どちらにせよ、見捨てられてしまった哀れな重巡は、震える唇で答える他に、選択肢がない。……勝った!

 

 

「み、見えない、です。いつも通りだと、思いますっ」

 

「……本当に?」

 

「は、はいっ。特に変わったところ、は……」

 

「本当に?」

 

「もちろん……です。う、ぅ嘘なんかついてませんっ……よ……」

 

「 本 当 に ? 」

 

「あぅ……」

 

 

 スッポンのようなしつこさで詰め寄ると、羽黒はいよいよ涙目に。

 勢いづいた自分は、くすぐられたSっ気の赴くまま、彼女を弄りまくる。

 

 

「さっき約束してくれたよな? 正 直 に 答えてくれるって。嘘だったらお仕置きしようかと考えてるんだけどもねぇ」

 

「えっ。……ぉ、お仕置、き?」

 

「うん。とても口では言えないあんな事やそんな事をね。さぁ、もう一度聞こう。なんか変なもんが見えないか?」

 

「あぅ、あぅ……」

 

「どうしたんだい羽黒。冷や汗がヒドイぞ羽黒。目をそらさないで欲しいなぁ羽ぁ黒ぉ!」

 

「あぅあぅあぅ……」

 

 

 一体どんな想像をしているのか、耳まで真っ赤に、食器をカチャカチャ震わせる羽黒。

 あぁ、なんて苛め甲斐のある子なんだろう。

 ちょっとイケナイ気分になって来ましたよ自分。

 本当にお仕置きしちゃいましょうかねぇ、ふっへっへ……。

 

 

「……に、にゃにをしているか、貴様は」

 

「あだっ」

 

「あっ! 那智姉さん!」

 

 

 スコン。軽妙な音と共に、後頭部へ軽い衝撃。

 振り返ってみると、厳めしい顔つきをする那智さんが、クリップボード片手に立っていた。

 当然、耳尻尾付きである。耳と尻尾の先端だけが白い、黒猫仕様だ。

 

 

「朝一番から羽黒を口説くとは、にゃんとも元気が良いことだにゃ?」

 

「違いますよっ、ちょっと質問してたらエスカレートしちゃっただけで……」

 

「事実がどうであろうと、傍目からすればそうとしか見えにゃいんだ。気を付けにゃいか。風紀が乱れる」

 

「……すみません」

 

 

 ボードが振りかざされ、尻尾も左右にブンブン振れる。

 怒っている……というか怒られているらしいので、とりあえず謝りはするけど……。

 

 

「な――ごほん。にゃんだ。私の顔に、にゃにか付いているか?」

 

「はい。それはもう。おかげで自分、出会ってから初めて、那智さんを可愛いと感じています」

 

「かっ!? ……つ、つまりそれは、今までそうは思っていにゃかったということだにゃ!?」

 

 

 いかんせん、迫力が無い。

 普段なら恐縮してしまうだろうに、怒った顔すら愛でてみたい衝動に駆られる。

 怒鳴り声が御褒美に早変わりとか、恐るべし猫耳尻尾の萌えアピール。思いっきり撫でてぇ。

 と、殊勝な顔のままコッソリ悶える自分へ、那智さんの背中に隠れる羽黒が、ムスッと文句をつけて来た。

 

 

「司令官さん、酷いですっ。那智姉さんにだって可愛いところはあるんですよっ?

 ベッド周りが編みぐるみで一杯だったり、新しく来た駆逐艦の子たちへ、それをプレゼントしてたり。

 少し厳しいところもありますけど、皆さんに慕われてるんですからっ」

 

「羽黒ぉ……」

 

「あ。……ぁぁあ足柄姉さんの演習準備を手伝いたいので、ししし失礼しますねっ、ごめんなさいっ!」

 

「待て! よくもバラしてくれたにゃ!?」

 

 

 にゃちさん、頬を引きつらせて羽黒をガン見。羽黒さん、逃走。

 本人は精一杯フォローしたつもりなのかも知れないが、実際には隠れた側面を公表しただけ。怒り肩で追いかけるのも仕方ない。

 一人で棒立ちしている訳にもいかないので、自分はのそのそ専用コタツへ戻る。

 すると、箸を止めていたらしい電は尻尾を立て、眉毛の角度も急勾配に。

 

 

「司令官さん。お食事中に席を立つにゃんて、お行儀が悪いのです」

 

「そうですよっ。せっかく鳳翔さんが作ってくれた朝ご飯ですよ? 食べるのにだって集中しにゃいとっ!」

 

「……にゃんだか、今日の提督は変です」

 

「いやぁ変なのはみんなの方……」

 

「それより、みにゃさん。ご飯を食べてしまいしょう。朝礼の時間が近いですし」

 

「綾波の言う通りよ。早く済ませましょ」

 

「……う~ん?」

 

 

 首をひねるも、みんなは気にせず食事を再開する。

 結局、疑問は解決しなかった。いや、明らかにおかしいんだけど確証がない。

 これは……。下手にこちらから動かないで、行動されるのを待ったほうが良さそうだ。

 そう自分を納得させ、冷めかけた味噌汁をすする。

 晴れない心と裏腹に、カツオ出汁の美味しさだけは、しっかり味蕾を刺激してくれるのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「司令官。次は、この書類をお願いします」

 

「へーい」

 

「もう、返事はちゃんとしにゃきゃダメにゃのです!」

 

「はーい」

 

 

 綾波から渡される書類にザッと目を通し、パッと署名捺印して電へ。

 朝礼を終えて、練習航海へ出航するみんなを見送り、執務机に向かうこと数時間。途中、瑞鳳お手製の甘い卵焼き弁当をつっつきながら、ひたすら書類を片付けていた。

 資材運用に関する物もあったのだが……。猫耳モードな電たちがそばに居ても、気が重くなる。

 対双胴棲姫戦へ出撃した二十四隻と、支援艦隊十四隻の燃料。中破してしまった船体を修復するための鋼材。撃ちまくった弾薬の補給に、落とされた航空機の補充用ボーキサイト。

 ここに佐世保への運搬費用も加算すると……いざという時の為に溜め込んでおいた各種資材&余剰運営資金が、スッカラカンになってしまうのだ。

 

 

(オマケに“アレ”の準備もしなきゃだから……。人生初の借金も考えないと……)

 

 

 桐谷提督から名刺を貰っといたし、「必要とあらば融資しますよ? 無利子無担保で」とも言ってくれたんだ。少しくらい頼ったって……。

 いやいやいやっ。タダより高い物は無し。書記さんと相談しながら、やっぱ自分でなんとかしよう。

 ……よし、これで終わった!

 

 

「あぁぁ、机仕事はやっぱ疲れるぅ……」

 

「ご苦労様でした、にゃのです」

 

「休憩がてら、お茶にいたしましょうか。お茶請けはにゃにが……あら?」

 

 

 開放感から机に突っ伏す。口からは魂でも出そうな感じだ。

 そんな自分を見て、書類をトントン整える電が微笑み、綾波はお茶を淹れようとしてくれるのだが、ドアノブに手をかける直前でノックの音。

 

 

「執務中、失礼いたします」

 

「午後の演習について、確認したいことがあるんだが……」

 

 

 声から判断するに、榛名と長門のようだ。

 視線で問う綾波へ頷くと、一歩下がった彼女が「どうぞ」と告げる。

 開くドアから現れたのは、予想通りな二人の姿。

 

 

「はるにゃさん、にゃがとさん。ちょうどお茶にしようかと思っていたんです。お二人の分もお持ちしますね?」

 

「あ、いえ、そんにゃ。どうかお気遣いにゃく」

 

「でも……」

 

「長――おっほん。にゃが居するつもりはにゃいんだ、気持ちだけ受け取ろう」

 

 

 そう。予想通りの、猫娘たちだった。

 那智さん同様、榛名は黒猫仕様だが、耳の先端が折れ曲がっていて、スコティッシュフォールドっぽい。

 対して、白黒茶色の三毛猫模様な長門。尻尾が磯波と同じカギ尻尾になっている。

 ……もう慣れたつもりだったけど、ヤバいかも。

 初恋補正のある榛名が、ニャー語で喋りつつ猫耳モード。そして、対双胴棲姫戦では勇ましい姿を見せてくれた長門が、落ち着かない様子で耳と団子みたいな尻尾をピクピク。

 新手の精神攻撃じゃなかろうか、これ。

 

 

「お疲れ様です、提督。お邪魔ではにゃかったですか?」

 

「ウン、ダイジョブダYO。ウン、ホンTO」

 

「……やけに顔が強張っている。そうは見えにゃいぞ」

 

「ソンナ事ナイSAー。HARUNYA、報告ヨロシKU」

 

「は、はい。それでは……」

 

 

 撫でたい。くすぐりたい。モフりたい。髪の毛に顔面うずめてクンカクンカしたい。

 そんな衝動を堪えているせいだろう。自分の顔は能面になっているようだ。

 微妙に金剛っぽい喋り方にもなってる気がするけど、今はとにかく用事を済ませてもらわないと。

 

 

「本日の演習について、最終確認をさせて貰いますね。

 一五〇〇。横須賀鎮守府演習海域にて、桐林艦隊内演習を実施する予定です。

 甲艦隊。足柄さん、にゃがつきさん、曙さん、霞さん、神通さん。旗艦は私、はるにゃが勤めさせて頂きます」

 

「乙艦隊。羽黒、いそにゃみ、叢雲、満潮、天龍。このにゃがとが旗艦を勤めよう。目標としては、打撃力と雷撃力の向上、といったところか」

 

「うん、その通り。この間の戦闘で、うちの艦隊にもかなり仲間が増えた。

 大きな戦いがそう何度も続くとは思えないけど、練度にバラつきがあったんじゃ、いざという時に困るからな。

 できるだけローテーションを組んで対応するつもりだから、演習といえども、気を抜かないでくれ」

 

「了解ですっ。はるにゃ、頑張ります!」

 

「にゃがと型の真価は火力だけではにゃいと証明しよう。負けるつもりはにゃいさ」

 

 

 それぞれに拳を握り、二人の猫艦娘が意気込みを示す。

 仕事モードへ入ったおかげで、なんとか持ち直すことも出来た。

 ちょっと雑談でもしてみるか。

 

 

「どうだ、長門。こっちにはもう慣れたか?」

 

「む? ……そうだ、にゃ。正直、最初は面食らったが、もうにゃれた。いちいち駆逐艦の子たちが寄ってくるのには、困ったものだが……にゃ」

 

「ふふふ。みにゃさん、憧れがあるんですよ。にゃんと言っても、当時の戦艦の象徴みたいにゃものですから」

 

 

 榛名の言葉がくすぐったいらしく、長門は照れ臭そうに鼻の頭をかいている。

 今でこそ、当時の軍艦に関する情報は誰もが閲覧可能だが、戦時中は厳しい情報統制が行われていた。

 時には宇宙戦艦にすらなった大和も、当時の人々にはあまり親しみがなく、代わりに人気を集めたのが長門だったのだ。

 もちろん金剛や比叡も知られていたけれど、抜きん出ているのはやはり……といった感じである。

 

 

「にゃのです。それに、いにゃづまは背が低いから、にゃがとさんが羨ましいのです」

 

「そうか? 無駄に身長があるだけで、いにゃづまの方がよほど可愛らしいと思うのだが……」

 

「ありがとうございます、にゃのです。……でも、いにゃづまはやっぱり、にゃがとさんたちみたいに、綺麗にゃおとにゃの人に、にゃりたいのです」

 

「……そう、か。まぁ、せっかく褒められているのだ。ありがたく受け取ろう」

 

「にゃがとさん、ほっぺたが赤くにゃってますよ?」

 

「こら、あやにゃみ。からかうにゃ」

 

 

 本日の秘書官たちも、そんな長門のことを好ましく思っているみたいで、出会って二週間ほどなのに親しげだ。

 いや、今日は特別だろうか? 常に背筋を正し、凛とした気高さを見せる彼女だって、ニャー語では威厳もへったくれもない。

 たぶん、何かの目的があってあんな格好してるんだろうが、これをきっかけに、もっと打ち解けてくれると良いんだけど。

 

 

「……あら? 提督、にゃにか聞こえませんか?」

 

「ん? そうか? ……あ、ホントだ」

 

 

 和やかな雰囲気が漂う中、ふいに榛名が窓の向こうへ意識を向ける。

 自分もそれに続いてみると、確かに聞こえた。

 にゃー。という、かすかな鳴き声が。

 

 

「あの、司令官」

 

「分かってる、綾波。皆まで言うな。散歩ついでに様子を見に行こうか」

 

「にゃのですっ」

 

「はるにゃもお供いたします」

 

「乗り掛かった船だ、私も行こう」

 

 

 心配そうな顔をする綾波に笑いかけ、五人で執務室を後に。

 庁舎の外へ出ると、鳴き声はより明瞭に聞こえてくる。

 それに導かれるよう、日の当たらない、物陰となった一角に足を踏み入れると――

 

 

「にゃーん、にゃあーん! こぉんにゃに可愛い“にゃかちゃん”にゃのに、にゃぜか捨てられちゃったにゃーん! 誰か、優しい人が拾ってくれにゃいかにゃー☆」

 

 

 ――でっかいダンボールに入って、これでもかと存在をアピールしまくる猫娘那珂と、その隣で「にゃー」と鳴く、本物の子猫が居た。

 何してんだよ、君。一目見ただけでもう、全ての事情が把握できちゃったじゃないか。

 

 

「にゃ、にゃんということでしょー。こんにゃ所に捨て猫がー」

 

「た、大変にゃのですー。可哀想にゃのですー」

 

「ひ、酷いことをする人が居るんですねー。はるにゃ、かにゃしいですー」

 

「ま、まったく、鬼畜の所業だー。見つけだして懲らしめにゃいとにゃー」

 

 

 そしてそこの四人。さっきまでの自然なニャー語はどうした。

 何故ここぞという時に棒読みになるのさ。見ているこっちが恥ずかしいわ。

 しかしまぁ、期待されている行動は理解できる。応えてあげるとしますかね。

 

 

「……言いたいことは多々あるが、とりあえず置いておこう。まずは保護しないとな」

 

「わーい、提督やっさしー! 流石はにゃかちゃんの――」

 

「おー、慣れてるなー。まだ一~二ヶ月ってとこか?」

 

「――って、にゃんでそっちに行っちゃうのぉ!?」

 

 

 そんな訳で、さっそく子猫を抱き上げてみるのだが、ずいぶん大人しい。

 鼻の上辺りから胸元までが白く、他は真っ黒。瞳は綺麗なアイビーだ。

 なんか騒がしい猫娘は知らん。

 

 

「ほ、ほらほら、とぉっても可愛い子猫ちゃんが、すぐ側にもう一匹居ますよー? にゃーん☆」

 

「あぁはいはい可愛い可愛い。ん、なんだ。噛むか、噛むのかこのやろー。全然痛くないぞー」

 

「反応がぞんざいだよぅ! にゃかちゃん、お小遣い全部使って猫耳尻尾を用意したのにぃ!?」

 

 

 子猫に指を甘噛みさせていると、わずかに先端が反り返った茶色い猫耳を取り落とし、那珂が地面へ崩れ落ちる。

 どうやら、耳をおおうタイプのパーティーグッズだったようだ。

 尻尾はおそらく腰へ巻きつけ、スカートに穴でも開けたんだろう。デフォ衣装ならそこらへん自由自在だし。

 声のトーンなどに反応して、本物のように動く最新式。かなり高いはずだぞ、これ。

 

 

「朝から妙だとは思ってたけど、その格好は猫を拾わせるためだったんだな?」

 

「……はい、そうにゃのです」

 

「あやにゃみさん――いえ、綾波さんが少し前に、宿舎の物陰でその子を見つけて……」

 

「周囲に親の姿を探してみたんだが、それらしい親猫はいにゃ――おっほん。居なくてな」

 

「それでねー。にゃかちゃんがみんにゃに頼んで、一芝居打って貰ったの! 潜在的ににゃんこ成分を求めてるんだって勘違いして貰えば、スムーズに行くかにゃーって」

 

「だったらなんで張り合おうとしたんだ君は」

 

「アイドルの意地です! たとえにゃんこが相手でも、可愛らしさでは負けられにゃいもん☆」

 

「あ、そうですか」

 

 

 もはや隠す必要もなく、猫娘たちが耳尻尾を外しつつ、口々に事情を説明してくれた。

 あざといポーズのにゃか @ まだ猫娘は放っとくとして、事の発端である綾波は、実に申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 

 

「回りくどい事をして、ごめんなさい。でも、司令官に隠し事を続けるなんて、いけないと思って……。

 お世話は綾波がちゃんとします。ご飯に掛かるお金とかも、お小遣いから遣り繰りするつもりですっ。だ、だから……!」

 

 

 一生懸命に懇願する彼女の目は、痛切な感情で潤む。

 周囲のみんなも……。ウザい頻度でウィンクする那珂からも、期待の眼差しが向けられる。

 どう答えるのかなんて決まっているけど、一応、熟考するふりをしてみる。

 一分ほど経過し、綾波の固唾を飲む音が聞こえた頃。自分はようやく、震える肩を叩いた。

 

 

「構わないよ。もうヨシフが居るんだし、猫が一匹増えたくらいで、困ったりなんかしないさ」

 

「えっ。ほ、本当ですか!?」

 

「本当も何も、最初から言ってくれれば良かったのに。断る理由も無いんだから」

 

「で、でも、司令官は猫が嫌いだって……」

 

「は? 別に嫌いじゃないけど。どこからの情報だ、それ」

 

 

 てっきり喜んでくれるかと思ったのに、綾波は肩透かしを食らったような顔。

 その口から語られたデタラメ情報を聞き、今度は自分が眉を寄せてしまう。

 と、視界の端に居た那珂が、「あ、あっれぇ?」なんて言いながら可愛さアピールを止めた。

 

 

「だ、だって前に、野良ちゃんが実家の鶏舎を引っ掻き回して、大変にゃ思いをしたって聞いた……のに?」

 

「あぁ、あれか。確かに大変だったけど、あの猫だって生きるのに必死だったわけだし、嫌いにはならないよ。親父と母さんは流石に嫌ってるけど」

 

「……そうにゃんだー」

 

 

 いつだったか、ヨシフを飼っても良いかと暁・響に聞かれた時、動物に関する思い出話をした気がする。

 ひょっとすると、それが伝言ゲームで変化しちゃったのか?

 

 

「……それって、つまり……?」

 

「私たちが恥ずかしい思いをする必要など、無かったという事だな」

 

「そうみたい、ですね……。榛名は、嫌ではありませんでしたけど……」

 

「あ、あはは。にゃかちゃん勘違いしちゃった! めーんご☆」

 

 

 電、長門、榛名から見つめられ、テヘペロしちゃう那珂さん。

 ハッキリ言うとウザい。傷付くだろうから面と向かっては言わないけど、ウザい。見た目はかなり可愛いはずなんだけど、こういう時はウザくて仕方ない。

 ……構うと調子乗るだろうし、大人しく抱っこされてる子猫に戻ろう。

 

 

「ふーむ、お前はオスかー。……オスか。オスカー。よし、名前はオスカーにしよう! 縁起も良いし!」

 

「えぇ!? し、司令官っ?」

 

「安直なのです、物凄く安直なのです!?」

 

「良いじゃないか。昔ドイツに居た幸運の黒猫と同じ名前だぞ? 毛並みも似てるし、何よりかっこいいだろ。なぁオスカー?」

 

 

 にゃー。

 降って湧いた名案に、子猫ことオスカーは元気な一鳴き。

 榛名や長門は、「もっと可愛い名前の方が……」「そ、そうだっ。ええと……く、黒助とか」などと反対意見を言ってくるが、そっちには反応無し。

 うむうむ。お前は分かってるな。桐ヶ森提督に教わった、ドイツの戦艦・ビスマルクの幸運の黒猫。明るい未来を運んで来てくれると信じよう。

 

 

「さてと。この分だと飼う用意はしてあるんだろ? 一旦宿舎に帰って、預けてこなきゃ――」

 

「そうは多摩屋が卸さないにゃあぁぁあああ!!」

 

「な?」

 

 

 場を仕切り直し、連れ立って宿舎へ戻ろうと歩き出した途端、近くのヤブから少女が飛び出して来る。

 まるで花火大会みたいな叫びを発したのは、そういえばにゃんこ作戦なんだから居ても良かっただろう、多摩だった。

 

 

「みんなヒドいにゃ! 寄って集って多摩のアイデンティティーを奪いに来るなんて……。イジメにゃ、虐待にゃっ、言葉の暴力にゃあぁぁあああっ!」

 

「ち、違うんですよ多摩さんっ。綾波、そんなつもりじゃなくて……」

 

「そうなのですっ。電たちは猫ちゃんのために……」

 

「だったらぬぁんで独居房なんかに閉じ込めたにゃ!? 生の猫に走るだなんて、どういうことにゃー!!」

 

「く、一歩遅かったか。そういう反応すると思われたからだろう、落ち着け姉二番っ」

 

 

 綾波たちの釈明もなんのその。滂沱と涙を垂れ流し、葉っぱまみれの髪も振り乱す多摩。

 どこからともなく木曾まで現れ、あっという間に混沌とした空気へ変化してしまった。

 独居房ってアレか。先輩が閉じ込められてたって奴か。この反応じゃ致し方ないかぁ……。

 

 

「あの、木曾さん? まさか、金剛お姉さまも脱走してしまったんですか?

 

「いいや。金剛も大暴れしてるんだが、なんとか押さえ込んだ。しかし、その隙を突かれてな……」

 

「おいおい。金剛まで閉じ込めてんの?」

 

「仕方ないだろう。彼女は提督へ懸想している。言いたくはないが、自己主張が強過ぎて邪魔にしかならんよ」

 

「絶好のアピールチャンスだもんねー。金剛さんにはぁ……これ! ブリティッシュショートヘアの茶色バージョンが似合うと思うにゃ!」

 

 

 出会って間もない長門すらこの対応である。

 確かに金剛なら、「さぁ、CATなワタシを思うぞんぶん撫でくりまわしてくっだサーイ!」とか言いそうだけどさ。

 個人的には少しだけ見てみたかったような気もする不思議。

 

 

「とにかく、新しい猫を飼うなんて許さないにゃっ。猫は一匹で良いにゃ……。艦隊の猫の座は譲らないにゃ! ふしゃー!!」

 

 

 そんなこんなで、多摩はオスカーを前に威嚇行動を取っている。

 髪の毛もブワッと逆立ち、闘争本能むき出しだ。

 うかつに近寄れば猫パンチを食らいそうだし、皆、慎重に様子を伺っていた。

 

 

「……どうしたもんかな、これ」

 

「ふぅ……。仕方ねぇ、こいつを使ってくれ。念のために持ってきた」

 

 

 打開策を見出そうと考えを巡らせていたら、木曾はため息と共にある物を差し出した。

 長さ三十cmほどの、棒切れだ。

 一見、ごく普通な国産RPG最弱装備にも見えるが、多摩にとっては最終兵器になり得るか。いけるかも知れない。

 意を決して、自分はファイティングポーズを保つ少女へ歩み寄り――

 

 

「おーい、多摩ー?」

 

「なんだにゃ!? たとえ相手が子猫や提督でも、多摩は容赦しない――」

 

「ほれ、マタタビの原木」

 

「にゃあぁああん♪」

 

 

 ――さり気なく棒切れを押し付ける。

 その刹那、八重歯を剥く多摩の表情は、雪のごとく溶けてしまった。

 しきりにマタタビへ頬擦り。最終的に地面へ崩れ落ちていく。

 効果はてきめんだ!

 

 

「ほれほれー。これが欲しかったんだろう、この欲張りめー」

 

「にゃ、あぁ、違う、にゃあん。これは、本能的な、行動にゃ……。多摩の、多摩の本意ではない、にゃあぁ」

 

「ふっはっは。ここか、ここが良えのんかー」

 

「にゃ、ふん……。そこはダメ、にゃ……。ダメになってしまう、にゃあぁああぁぁぁ」

 

 

 棒切れで額をショリショリ。指で顎をスリスリ。耳の裏側までくすぐられ。ついでにオスカーも寄って行き、二匹仲良く腰砕けだ。

 猫じゃないとか言う癖に、やっぱ好きなんじゃないか、このダブスタ娘め。

 恥ずかしい姿を晒して反省するがいい。

 

 

「よし、悪は去った! これにて一件落着っ。さぁみんな、宿舎に戻ろ……う?」

 

 

 荒い呼吸を繰り返し、多摩は虚脱状態へ陥っている。

 この分なら、オスカー飼育も強引に既成事実化できそうだし、丸ごとお持ち帰りしてしまおう。

 そう考え、ぐでー、となった少女&黒猫を小脇に抱えるのだが、近くにいたはずのみんなは、なぜか微妙な距離を取っていた。

 

 

「ごめんなさい……。ちょっと、近寄って欲しくない、です……」

 

「誘拐の現場を目撃しているようで、身の危険を感じるな……」

 

「えっ。い、いやっ、君たちにこんな事するわけ無いじゃないか! その、これは防衛手段であってね?」

 

「それは分かってるが、どうにも顔付きがな。かつてないほど生き生きしてたぞ、指揮官」

 

「う、嘘ぉ……」

 

 

 綾波を始め、長門、木曾が後ずさる。

 女の子にイタズラし、グッタリしたところをお持ち帰り。傍目から見れば、確かに誘拐犯だった。

 なんて事だ……。ナチュラルに犯罪行為を誘発するだなんて、恐るべし猫耳尻尾! 責任転嫁とか言わないで!

 

 

「……あれ、電?」

 

「………………」

 

 

 思わず多摩を落っことしそうになり、慌てて地面へ横たえるのだが、落ち込む自分のそばに電が立っていた。

 しかも、一旦は外した耳尻尾を再装着して。

 

 

「ど、どうした。そんなピッタリくっついて」

 

「……い、いにゃづま、にゃのです」

 

「はい?」

 

「にゃ、にゃのです!」

 

 

 ピタっと身体を横付け、こちらの足には茶色い尻尾が巻きつく。顔はほんのり赤く、瞳が上目遣いに見つめて。

 期待。嫉妬。羞恥心。

 色んな感情が見て取れるそれのせいで、自分は金縛りにかかってしまう。

 ど、どうしろってぇのさ。撫でろと? 構えと? 長門木曾綾波の刺すような視線の中で?

 流石にそれは、無理じゃないかなー。

 

 

「にゃ……ので、す……」

 

「ぁああ分かった、分かったからっ。こ、こんな感じ、か?」

 

 

 ――と、思ったのも一瞬。

 沈黙に耐えきれなくなったか、涙目でプルプルし始めた電をなだめるため、すぐさま座り込む。

 そして、恐る恐る頭へ手を伸ばし、耳から顎へとゆっくり下げていく。

 

 

「にゃ、ん……。司令官、さん……。んにゃ……」

 

 

 くすぐったそうに目を細め、耳の辺りで身体をピクリと揺らし、うっとりと手の平へ頬擦りする電。

 ガラガラガラ、と。何かが崩れていく音が聞こえた。

 ……なんで自分、辛い思いをしてまで、色んなこと我慢してるんだろう。

 社会的な倫理観さえ無視しちゃえば、金剛が邪魔しにくるくらいで、他に何も問題ないと思うんだ?

 こんだけ甘えてくるって事は、きっと両想いなはずだし。じゃなかったら首くくる。

 いっそこのまま、どこか人目のない小部屋にでも連れ込んじゃおうかな……。もうゴールインしても良いよね……。

 

 

「あの、提督」

 

「はいすみませんっ、違うんです榛名さん!?」

 

「あ、もう終わり、にゃのですか……」

 

 

 反射的に直立。謝罪の言葉を叫ぶ。

 今のはちょっと――かなりマズかった。倫理観を無視しちゃイカンよ、無視しちゃ。

 それに、“そういう事”をしたがってるって憲兵さんにでもバレたら、無理やり普通の女性と結婚させられる。んなの勘弁だ。

 とりあえず、寂しそうな顔してる電は撫で続けるとして、止めてくれた榛名にも言い訳……じゃない、お礼言っとかないと。

 

 

「いやいや、いかがわしく見えるかも知れないけど、自分は電の望みを叶えてるだけで……なんでまた猫耳つけてるんですか。てか近い……」

 

「榛名じゃ、ありません。は、はるにゃですっ」

 

 

 電の耳をくすぐりながら振り返ると、猫娘に戻った榛名が、やけに近い位置で胸を張った。

 え? 君も? そ、そんなおねだりされるほど、好感度高かったっけ?

 

 

「おい、どうする。行った方が良いんじゃないのか? 二人共」

 

「また“これ”を付けろと言うのか!? わ、私は戦艦であってだな……!」

 

「でも、司令官の機嫌は損ねない方が……。せっかくオスカーちゃんのことも許してもらえたんですし……」

 

「コラそこの三名。人の事なんだと思っとるんじゃい」

 

 

 もう飼うって決めたんだから反故になんかするか!

 生贄を差し出すような顔するなよ、自分だって傷つくんだぞ!?

 

 

「あのー、あやにゃみちゃん? 司令官との話し合いはどうにゃったのー?」

 

「連絡がにゃいから、心配で……」

 

「にゃんだ。今度は(にゃら)べば良いのか?」

 

「……ふんっ。別にあたしは、ま、またにゃでて欲しいとか、思ってにゃいんだから。仕方にゃくにゃんだからねっ」

 

「……はぁぁ。今日ほど私の(にゃ)前を呪ったことはにゃい……」

 

「ううう、猫ちゃんのためにゃのは分かってますけど、やっぱり恥ずかしい、です……。この職場、ブラックですぅ」

 

 

 食堂で別れたきりの猫娘たちまで合流し、はるにゃの後ろには長蛇の列が生まれてしまった。

 コスプレ少女に連れれてか、遠くから「また何かやってるよ」「見物しとくか」「通報の準備だけしておかなきゃな」と、野次馬の声まで。

 人通りの少ない物陰で、猫耳少女を撫で回す男。もし誰かに見られたら、即御用レベルである。

 冷や汗が背中を濡らす。

 

 

「ヤバい、人が来る。今すぐ逃げないと!? 長門、綾波っ、多摩とオスカーを頼む! この場を脱出するぞ!」

 

「む、了解した」

 

「はいですっ。オスカーちゃんは、綾波が守ります!」

 

「あっ、そんにゃ……。はるにゃでは、はるにゃでは駄目にゃんですか、提督っ」

 

「後で好きなだけ撫で回してやるから、今は従えっ。行くぞ電!」

 

「にゃ……にゃ!? し、司令官さん!?」

 

「総員撤退ぃー!」

 

 

 相変わらず左腕へ巻きつく電を、無理やりお姫様抱っこ。

 自分は仲間たちと共に、風評被害を避けるべく、遁走を開始するのだった。

 猫一匹を住まわせるだけで、とんでもない事になったもんである。

 けど、この馬鹿騒ぎが、自分たちのいつも通りなんだよなぁ……。

 ……あれ。

 猫耳少女を引き連れて全力疾走とか、どっちにしろ通報もんじゃね?

 

 

 

 

 

「Jeeeeesus! なんで私の名前には“な”が入ってないノ!? テートクに媚びをSellするChanseなのにぃ! ここから出すデ~ス!!」

 

「狭い所に押し込んでしまって、申し訳ないです姉さま。比叡も姉さまの猫耳姿、見てみたかったです……。という訳で、代わりにわたしが!」

 

「まぁ、出たら騒ぎが拡大すること間違いなしですから。仕方ありません。はい、チェックです。チェスも面白い物ですね」

 

「また負けたクマー!? マジで強過ぎだクマー!」

 

「なんで私、また監視員の仕事なんかしてるんだろ……。転職しよっかな……」

 

 


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