新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と線引きの覚悟・後編

 

 

 

 

 

《あぁ~んっ! 陽炎~、ぬいぬい~! ウチ死ぬかと思うた~っ》

 

《ちょっと黒潮、情けない顔しないの。もう平気だから、ね?》

 

《それと、奇妙な呼び方はやめて下さい。気が抜けます》

 

 

 待ち望んでいた顔ぶれに、黒潮は涙を浮かべて大喜び。嘆息する陽炎だが、表情は優しい笑みで飾られている。

 不知火はといえば、誰もが慄く日本刀のような目つきなのだが……。

 おそらく、満更でもないのを隠そうとしてるんだろう。そうじゃなきゃ、繋がる魂が暖かくなるはずがない。

 

 

『ん? ………………ふごっ!? ちょ、なっ、えぇえ!? 風子さん!?』

 

『ぬおっ、な、なんですか桐ヶ森提督。女の子は出しちゃいけない音が……』

 

《あれ? この声、もしかしてアイリちゃん?》

 

『……アイリ?』

 

 

 ――と、和みかけたところへ聞こえてくる、鼻の鳴る音。発生源は、なんと桐ヶ森提督だった。

 どうやら、こちらの視覚情報を取得し、統制人格の様子を確認していたようだ。

 けれど、なぜか彼女は島風の姿を見た途端、あんな醜態を晒してしまった。

 ……アイリってまさか、間宮で羊羹を奢ってくれたっていう、あのアイリちゃんか? え、嘘。桐ヶ森提督も桐生提督の見舞いに?

 ってか同一人物だったのか? 聞いてた話と印象がだいぶ違う……。

 

 

『え、ぇぇえええと、お、お久しぶり? って、今はそんな場合じゃないわね。桐林の赤城、聞こえる?』

 

「良好です。“ひかり”の反射板護衛と、芙蓉隊の先導。遂行いたしました。続いて攻撃態勢へ移ります」

 

『ん。上出来よ。私も加わるからそのつもりで』

 

 

 流石に二つ名持ちだけあってか、彼女は瞬く間に気を取り直し、航空戦力の把握に努める。

 浮遊反射板に随伴していた護衛は、赤城たちの彗星だけではなかったのだ。

 彗星三三戊型。

 発動機を一千五百六十馬力の金星六二型に換装し、後部機銃を二十mm斜銃へ強化。二百五十kg爆弾を最大三発まで装備可能な、“陸上”爆撃機である。胴体に五百kg爆弾一発の機体と、胴体・翼下に二百五十kg三発の機体が混成していた。

 なるほど、そういうことか。

 いくら最新鋭の技術で作られた反射板とはいえ、宿毛湾からここまでの航続距離はない。だが、別の何かに運んで貰えば別だ。

 途中で襲われた場合も、赤城たちが対応すれば、芙蓉部隊の戦力を保ったまま戦場へ送り込める。

 操作も衛星電波を使うし、何機か使い潰して射線を確保すれば、距離に関係なく熱線照射を行える。上手いこと考えたなぁ。

 

 

『それと、桐林。後できっちり尋問するから、アンタも覚悟しておきなさい。このハレンチ男』

 

『え? 尋問? じ、自分なんかしました?』

 

《あ、あのねアイリちゃん。あのとき嘘をついたのには理由があって……》

 

『後にしてちょうだい。……分かってるから。後でね』

 

《……うんっ》

 

 

 一人で納得していると、矛先が突然こっちを向いた。

 声に宿る軽蔑の感情にビックリしてしまうが、慌てた島風が割って入り――あぁそっかあの服装か……。言い訳のしようがねぇや……。

 と、沈んでいるうちに話は終わったようで、島風は嬉しそうに笑う。

 なんだか、桐ヶ森提督ことアイリちゃんとの論点がズレている気もするけど、喜んでるみたいだし、言わぬが花か。尋問、キツくないといいな……。

 ……そうだ、思い出した。あの事を伝えなくちゃ。

 

 

「書記さん、みんなに通信を。話さないといけない事がありますから」

 

「……そのこと、なんですが。不要かも知れません」

 

「は?」

 

 

 この戦闘で確定した、統制人格と深海棲艦の因果関係。

 笑顔を曇らせるのは辛いが、これを話さなくちゃ先に進めない。

 そう思って意を決したのに、書記さんが出鼻を挫く。

 なんでですか? と問いかける前に答えを教えてくれるのは、凪いだ表情を見せる赤城だった。

 

 

「お話は全て聞いていました。ご負担になるかと思い、返事はしませんでしたが」

 

『……聞い、てた?』

 

《……うん。私もちゃんと聞いてたわ》

 

《書記さんが、みんなに声を伝えてくれたんだよ》

 

《怒らないであげて下さい、司令。そのおかげで、雪風たちはこうして居られるんです》

 

 

 おうむ返しには暁が続き、響と雪風が書記さんを庇い立てる。

 最初から責めるつもりなんて無かったけれど、きっと自分が聞く番だ。

 心を落ち着けて、みんなの言葉に耳を傾ける。

 

 

《正直に言うとね? 私も、天龍ちゃんも、他のみんなも。誰もが一度は考えたの……》

 

《まぁ、普通は気づきますよね。似ているところだらけだし》

 

《悩んで、悩んで。眠れない日も、ありました。提督には聞いちゃいけない気がして、私たちだけで相談し合ったことも、ありました……》

 

 

 自分が、深海棲艦の統制人格を最初に視認した場で、共にいた龍田は勿論の事、長良も苦笑いで頭をかく。

 乗組員を必要とせず、時代を遡る船。人類には霊的な力が発現し、深海棲艦も超自然的な力場を持つ。そして、甲板に立つ少女。

 確かに似ているところだらけだ。艤装を確かめる名取の不安は、如何許りだっただろう。

 

 

《考えん方が楽なんは分かっとったんやで?

 何も考えんと、ただ与えられた役割に従事するんが、うちらに刷り込まれた本来の“傀儡”の在り方。

 せやから今まで、示し合わせたわけでもないのに、みんなして黙ってしもうた》

 

《けど、それじゃあ私たちの居る意味がない。なんのために側に居るのか分からない。

 私たちがここに居るのは、楽しい気持ちや、辛い気持ちを分け合うためなんだから。

 ……って、島風ちゃんが言ったんです。ビックリするくらいの大きな声で》

 

《はうっ。い、言わないでって言ったのに……。アイリちゃんに言われた事とおんなじだから、恥ずかしい……》

 

 

 雪風の言葉に、島風は顔を真っ赤にして、連装砲ちゃんで顔を隠す。

 それを見た龍驤たちがころころ笑い、一息ついた陽炎が、同じ表情で肩をすくめた。

 

 

《……とまぁ、こんなやり取りがついさっきあってね? その問題は解決済みなの》

 

《だから、私たちも戦うわ。立派なレディになって驚かせる約束、絶対に果たすんだから!》

 

《もう言葉は不要です。司令が司令である限り、不知火は従います》

 

マルチャーニェ(Молчание - )-ズナーク(знак) サグラースィヤ。(согласия.)……沈黙は肯定の印、という訳さ。司令官、作戦命令を》

 

 

 決意に満ちた暁が宣言し、不知火は、先ほどとベクトルの違う鋭さを伺わせる。

 まだ耳慣れないロシア語にも、信頼が込められているのを感じた。

 

 

「帰ったら、キチンと話してあげなきゃダメだと思う。けど……。この場に居ないみんなも、きっと同じ気持ちだよ。

 だから今は、目の前の戦いに集中しないと。さ、ワタシと夜戦しよ? やっせん、やっせん、や・せ・んー!!!!!!」

 

《もう、川内ちゃんたら~。私、なんで神通ちゃんにジャンケンで勝っちゃったのかしら~》

 

「ふふふ。戦意が高いのは良いことです。……提督。これが私たちの――貴方の船の、選択ですよ」

 

 

 そして、一瞬だけ真面目な顔をしてみても、「月に代わってオシオキしまっせ」的な、変なポーズを取る川内と、疲れ果てた様子の龍田が目をギラつかせる。

 最後となった赤城は、皆を見回すように振り返った後、誇り高く胸を張った。

 どう返そう。

 どう返せば、この想いを形にできるだろう。

 悩み始めてしまった自分に呼びかけるのは、電。

 

 

《司令官さん》

 

『どうした?』

 

《……不思議、なのです。さっきまで、胸の中が苦しくて、寒くて。とても辛かったのに。今は……》

 

『……そうだな』

 

 

 決して、忘れたわけじゃない。

 命を。形あるものを壊す罪から、逃れられるわけでもない。

 だけど、軽くなった。

 制御艦数は脳に多大な負担をかけ、思考を鈍く、重くさせているはずなのに。

 今、自分は。自分の心は、周囲の景色と反比例するように、晴れ渡っていた。

 

 そういえば、雷が言ってたっけ。

 言葉にならないなら、無理にしなくてもいいんだ。

 魂で繋がっている、みんなだから。きっと分かってくれるだろう。

 この、溢れ出る信愛を。

 

 

『これより隊を再編する! ここからが勝負だ。この戦い……終わらせるぞ!』

 

 

 そう信じて、また戦いへと仕切り直し。

 おおお! と、小さな握りこぶしたちが空へ。

 気がつけば、遠く離れていた四艦隊と増援艦隊が、交錯する位置に来ていた。

 ずいぶん話し込んでいたように感じるが、キスカ・タイプはまだ再生の途中だった。

 どうやら、不死の怪物の弱点は、神話の時代から変わらず、傷を焼くことらしい。熱線曲射砲様様だ。

 

 

《ううぅ、ワタシたちはお役に立てそうもないデース……。悔しいデスけど、後はMiss長門にお任せするデース》

 

《どうか、榛名たちの分まで……!》

 

「ああ。新参者だが、敵艦隊との殴り合いなら誰にも負けん。任せておけ」

 

《砲門の数は単純に五割増し。第三砲塔だってピンピンしてるもの。仕留めて見せるわ?》

 

《第三砲塔……。言いたくないけど、物凄く不穏な感じが……》

 

《戦艦にとっては不吉な単語ですね。今度は爆発しないと良いんですが……》

 

《しないわよ!》

 

 

 会話しながら、幾多の船が場所を入れ替わる。

 位置関係を整理すると、加賀・祥鳳・瑞鳳に、赤城と龍驤の五隻。桐ヶ森提督の翔鶴・瑞鶴・龍鳳・神鷹の四隻が、キスカ・タイプから変わらず中距離を保つ。

 加えて、芙蓉部隊の彗星が数十機、爆撃のため南下していた。言葉を交わせないのが惜しいところだが、すぐに爆撃も開始されるだろう。

 

 近距離に居た戦艦たちは、彗星とは逆に中距離へと退避。キスカ・タイプを中心として、真北に位置する航空母艦たちのところへ。傷ついているとはいえ、まだ生きている砲もあるし、対空砲火なら可能なはず。

 増援である長門・陸奥が北西から。川内たちが北北東から近距離に差し掛かろうとしている。間も無く合流できる算段だ。

 那智さんなんかは長門を見て、「ふむ。あの改装、仕様書は……」と顎を撫で、妙高に「那智ったら……」と苦笑いされている。ちょっとは仕事から離れましょうよ……。

 

 ちなみに、プンスカ怒っている陸奥と、それをなだめる比叡・霧島がいう第三砲塔とは、陸奥が沈んだ理由――非戦闘時における、第三砲塔直下弾薬庫の“謎の”爆発のことだろう。

 積んでいた三式弾が暴発した、という説もあるが、今持って原因は謎のまま。

 ……祈ろう! 爆発しないよう祈るしかない!

 

 

《ぐぬぬ……。吾輩はカタパルトが不調じゃ……。砲の動きも悪い、しばらく下がる。頼んだぞ、長良よっ》

 

《任せといて~! ちょっとモデルは古くったって、水雷戦ならお手の物!》

 

《私も退避するわ。なんだか、ろくに仕事をさせて貰えなくて悔しいけど……。名取、しっかりね?》

 

《うん、頑張るっ。五十鈴ちゃんも、お疲れ様でしたっ》

 

『私たち、航空戦力は待機よ。キスカ・タイプの弱点は横からじゃないと叩けないみたいだし、何かあった時に即応する戦力は取っておくわ。出番がなければ、それに越したことないもの』

 

「了解しました。赤城、桐ヶ森提督の指揮下に入ります」

 

《ぃよしっ、桐林艦隊、一航戦組のそろい踏みや! もう制空権は渡さへんでぇ~》

 

《むぅ……。私だって、三航戦だって負けないんだから!》

 

《なら、私は四航戦の代表として、その名に恥じぬ戦果をお見せしましょう! ……出番があれば、ですけど》

 

「その意気や良し……と、言ったところでしょうか。一航戦の栄光に、揺るぎはありませんが」

 

 

 しかし、現実逃避気味にみんなを眺めても、やっぱり肌色が多くて困る。

 唯一安心できるのが空母組だが、瑞鳳と祥鳳を始め、なんかみんなで張り合ってる。

 ここに二航戦と五航戦が加わったら、一体どうなるんだろうか。喧嘩とかにならないといいけど。

 

 ……なんて、まだ見ぬ仲間を想像している時だった。芙蓉部隊の接近に対し、キスカ・タイプが行動を起こした。

 歪んだ汽笛が響く。

 同時に、巨大な船体を覆う、大規模力場が形成された。赤黒く、半透明なランダムタイルパターン。

 数機の彗星が爆撃を試みるも、全く歯が立たない。苛立ちが機動に映って見える。

 ……嘘だろ。全方位力場防御? 波の立ち方からして、海中まで張り巡らされている。旗艦種なんて目じゃないぞ……っ。

 

 

『そんな気はしてたけど、やっぱり力場発生能力もあったのね。……舐めプされるのって、本当にムカつくわ』

 

『ケッ、いよいよ余裕がなくなってきたって事じゃねぇかよ。そのまま潰してやる。

 今から狙撃ポイントを変える時間も無ぇ、プランB――両舷からの同時攻撃に作戦変更だ。新入り、東側じゃなくて西側へ回り込め。

 こっちは重要機関がありそうな場所を適当に撃つ。同時に仕留めるぞ。中将、頼んますよ』

 

『心得ておる。万能な力なんぞ存在せん。勘じゃが、大きいぶん見た目より薄かろう。障壁は引き剥がす。間桐、桐林。おヌシらが奴を射抜け』

 

『へーい』

 

『了解しました』

 

 

 だが、歴戦の勇士たちは恐れない。

 己に為せる事を熟知し、実行するだけの自信を持っている。

 自分も彼らの一員なんだ。この程度の逆境、屁でもないと言えなければ!

 

 

『……さて。メンバーは変わったが、やる事に大差はない。

 長門たちと合流後、間桐提督が射撃位置へ着くまでの間、芙蓉隊と一緒に今のダメージ状態を保つ。

 龍田。水雷戦隊の統率は君に頼む』

 

《あら~、私でいいの~? 中継器は川内ちゃんに載せちゃったんだけど~……》

 

「そ、そうよっ、なんでワタシじゃないの!? 活躍するから、初めての夜戦でも絶対に上手くやるからー!」

 

『だからだよ。龍田はもう夜戦の経験あるし、川内だと暴走しそうだしな。今回はダメ』

 

「それじゃあ思い通りに暴れられないじゃないやだー! せっかくの夜戦なのにー!」

 

《川内さん、子供みたい……。暁はちゃーんと従うわ? レディとしてっ》

 

《うん。まぁ、本当のレディはそう主張しな――なんでもない。スローヴァ - スィリブブー、(Слово - серебро,)マルチャーニェ - ゾーラタ。(молчание - золото.)雄弁は銀、沈黙は金だ》         

 

《ねぇ響。ほとんど言っちゃってない? ……あぁ、なんだろ。このやり取り、すっごく落ち着くわ》

 

《ぁはは、ホントなのです》

 

 

 どんだけ予想外だったのか、寝そべってジタバタする川内の姿に、自然と笑みが浮かぶ。

 不思議だ。窮地に追い込まれているはずなのに、負けるイメージが一切浮かんでこなくなった。

 島風が言ったことは、正しかったらしい。

 自分一人じゃ戦場にすら立てないけど、みんなと居れば、戦える。

 情けない在り方のはずが、どうしてだろう。嬉しくて、誇らしい。

 

 程なく、長門たちと水雷戦隊が合流。

 書記さんの操作によって、赤城の中継器と同期していた陽炎、不知火、龍田の三隻が、長門の中継器へと同期元を変える。

 旗艦・長門。随伴艦・陸奥、龍田、陽炎、不知火。旗艦・川内。随伴艦・暁、響、雪風、島風の、二艦隊が組まれた。

 これで準備は完了。あとは、砲雷撃戦に適した距離を待つだけ。陣形も複縦陣から単縦陣へ変わる予定だ。

 

 

『長引けばこっちが不利だ。キスカ・タイプ前方を横切り、すれ違いざまに右側面を叩く! 一度で決めるぞ。島風、速度を合わせてくれよ?』

 

《分かってまーす。でもでも、私の武器はスピードだけじゃないよ? 五連装酸素魚雷は、島風だけの兵装だもん!》

 

「あー、いいよねー、五連装。あたしたちも丸っと換装しちゃいたいなー。そうすれば今度こそ……」

 

「そうなったら、改二を名乗っても良いくらい強くなれそうです。提督、是非にお願いします。北上さんの為です。次までに絶対用意して下さい。手伝いますから」

 

『あ、うん。考えとくよ。考えておくから、『用意しないと魚雷でブちますよ』的な目はやめて?』

 

《姉たちがすまん……。その時は俺も手伝おう》

 

 

 ――なんだけども、緊張感が全くもって維持しない。

 いやね? 変に気負うよりはよっぽど良いんだ。

 でも、なんかこう……あるじゃん、雰囲気が。そこは守ろう?

 木曾も楽しそうにしてないでさ。

 

 

《なんだか、すっかりいつもの調子に戻っちゃったわね? もう少しシリアスな感じのままでも良かったのになー》

 

『どういう意味だ? 陽炎。間違いなく褒めてないよな? どうせ自分はいつもヘラヘラ笑ってる三枚目だよっ』

 

《ん~、そんな事ないと思いますよ、司令。だって部屋には、司令と撮った笑顔万点の写真が飾ってあ――》

 

《うぉぉおおおっと急に高波がー! 避けて雪風ー!》

 

《ひゃあぁ!? あぁあぶ、危ないですぅ!?》

 

《……何をしているんですか、貴方たちは》

 

《もう突っ込む気も起きへんー。スパッツが破けてもうてスースーするし、かなわんわー。はよ帰りたーい》

 

 

 ダメだこりゃ。もうこのノリで行くしかなさそうだ。

 というか、写真って舞鶴の時のだろうか。確かに、記念だからってツーショット写真を先輩に撮ってもらったけど……。

 反応に困るな。聞かなかったことにしよう。陽炎も照れくさそうだし。

 

 

「……あの、提督。意見具申しても、良いでしょうか?」

 

『山城。どうした』

 

「私たち、中破しちゃいましたけど、まだ瑞雲は飛ばせるんです。雀の涙程度かも知れませんが、航空戦にだったら参加できるかな……と、思って」

 

『それはありがたいが……。大丈夫なのか?』

 

《問題ないと思います。このままオメオメと帰っては、ただ脱がされただけになってしまいますもの。せめて一太刀でも浴びせないと、扶桑型の名折れです……!》

 

『……なら、よろしく頼む。赤城』

 

「はい。編成に加えさせて頂きます。扶桑さん、山城さん。打ち合わせを」

 

 

 砲を折られながらも、扶桑、山城は作戦行動を申し出る。

 国の名を持つ戦艦の意地、なんだろう。献身的な姿勢を拒めるわけがない。

 ごめんなさい嘘つきました。ホントは早いとこ、全裸に近い二人の格好から目を逸らしたかったからです。

 戦闘中に興奮するわけにゃいかんのです。提督として。記憶には焼き付けるけどな!

 

 

『……ォし。狙撃ポイントに到達した。狙いに入る』

 

『あ、はい。こちらも、もうすぐ反航戦に入ります』

 

『頃合いね。中将、お願いします』

 

『うむ。曲射熱線砲、収束射撃用意!』

 

 

 ――と、バカげた理由で意気込んでいたら、間桐提督から連絡が入る。合わせて思考も切り替わった。

 はるか彼方の宿毛湾に、戦場にいる皆と違い、陽光を浴びる五隻の船がある。

 中央に鎮座するのは、近代的なフォルムと赤外線レーザー照射装置が特徴の、光学兵装艦“ひかり”。

 左右を航空戦艦・伊勢、日向に。前後を重巡洋艦・高雄(たかお)愛宕(あたご)に守られる中、中将が発した指示で、何十人もの士官たちが“ひかり”を動かしている。

 視界はおそらく、中将の感情持ち。黒い礼装とタイトスカートに身を包み、サーベルを携えた長髪の美しい女性――伊勢の物だろう。

 

 

『撃ちぃ方ぁ、始め!』

 

 

 揺るぎない信頼で見守る彼女へ応えるかのように、古い時代の号令が轟いた。

 追随する士官の復唱がわずかに聞こえ、そして、再び熱線が照射される。

 光にかかれば、数百kmの距離も一瞬。瞬きする間に、長門の視界で赤黒い力場と純粋な赤がぶつかり合う。

 一秒。二秒。三秒。

 

 

『……想定より厚いのう。反射板は潰れるが、仕方ない。対空照射用意。……照射ぁ、始めぇ!』

 

 

 四秒目で、中将は照射目的を変更する。

 一点集中による高い攻撃力ではなく、乱反射させることにより広範囲を制圧する、本来は対空戦闘で用いる使用法。

 空飛ぶ四角い板といった外見だった浮遊反射板が変形、半円球となって回転するそれを熱線が通過し、赤い光が乱れ舞う。

 十秒。十一秒。十二秒。十三秒。

 やがて、熱の蓄積に耐えきれなくなった反射板が爆散しようとした刹那。キスカ・タイプの赤黒い力場が、ガラスに似た音を立てて砕け散った。

 

 

『よし、剥がれた! 今よ!』

 

『言われなくたって分かってるってぇの! 何度でも、何度でも当ててやるゼぇ?』

 

 

 間髪入れず、間桐提督の陸奥が砲撃を開始する。

 小・中学生くらいの、セーラー服を着たあどけない少女は、身体と不釣り合いに大きな艤装を構え、連動する四十六cm単装砲がわずかに挙動。

 轟雷音。

 四度続いた直撃弾だが、弱点には当たっていないらしく、すぐに再生が始まった。それでも、轟雷音は止むことがない。

 

 同時刻。

 力場の完全消失を見届けて、自分たちも動いていた。

 

 

『まずは確認、重要機関があると思われる部位に、戦艦以外の攻撃を集中させる。砲雷撃戦、用意!』

 

Да(了解)。さて、やりますか》

 

《うん。……ちゃんと攻撃するからね。司令官、見てて?》

 

 

 号令を受け、右肩から覗く砲塔を撫でる響と、身体の両脇にある発射管を操作する暁。

 こちらもあどけないのは同じだが、眼差しには、寂寥(せきりょう)が幾ばくか。

 目は逸らさない。

 向かう先で、庇い合う“彼女たち”からも。

 傷を負いながら立とうとする一方と、肩を貸しながら憎悪に顔を歪める、もう一方からも。

 

 

『攻撃、開始!』

 

「了解っ。みんな、突撃よ!」

 

《川内ちゃ~ん、指揮は私って聞いてなかった~? ……ふぅ、仕方ないわね~》

 

《五連装酸素魚雷、行っちゃって!》

 

《当たってくださ~い!》

 

 

 軽巡たちの十五・五cm砲、駆逐艦の十cm砲が唸り、島風や名取の五連装・四連装発射管から酸素魚雷が押し出された。

 まずは砲が着弾。目標範囲をズレた物は、派手に装甲を撃ち砕くものの、収まった物は詮無く弾かれてしまった。十五・五cmの徹甲弾が、辛うじて食い込んだ形だ。

 次に魚雷。また駆逐級を召喚するかと思っていたのだが、思いの外、雷撃は静かに吸い込まれ、水柱が上がる。やはり、目標範囲内だけは効きづらい。

 陽炎と長良が悔しそうに歯噛みする。

 

 

《かった~い! やっぱり長十cmじゃ抜けなさそうね》

 

《十五・五でも削るのがやっと……。けど、間桐さんが言ってた通り。司令官!》

 

『ああ。長門、陸奥。狙いは』

 

「無論。いつでも行けるぞ」

 

《わたしの出番ね? いいわ、ヤってあげる!》

 

 

 同期している他艦からの情報を駆使し、二人は狙いを定めていた。

 主砲・四十一cm三連装砲、四基十二門。副砲・十四cm単装砲、片舷九基九門。

 世界でたった七艦だけの、ビッグセブンが砲を構える。

 

 

《さーて、トドメを刺すわよ? 全砲門、開け!》

 

「待ちに待った艦隊決戦か……。胸が熱いな」

 

 

 その威容と裏腹に、長門型戦艦は、今も昔も戦艦同士の殴り合いを経験していない。

 つまりはこれが本当の初砲戦というわけだが、しかし、外れるとも思わない。

 的の巨大さだけが理由じゃなくて、大した根拠もないのに、確信していた。

 

 

『砲撃、開始』

 

「全主砲、斉射っ。――ってぇ!!」

 

《戦艦・陸奥の力、ご覧なさい!》

 

 

 轟音と共に、海面が“たわむ”。

 大量の空気を押しのけ、九一式徹甲弾は走るように伸び――

 

 

《着弾ならず! 司令っ、部分的にですけど、力場防御が復活しています!》

 

《……っ? しぶとい……!》

 

『まだ余力があるのか!?』

 

 

 ――空中で爆散。赤黒い壁に阻まれた。

 雪風の双眼鏡が、局所的に出現するタイルパターンを確認。おまけに、小口径の砲が復活しつつあった。

 思わず、不知火と一緒に苦い顔をしてしまう。

 

 

「いいや、まだだ! ビッグセブンの力、侮るなよ!」

 

《大人しく、イっちゃいなさいってば!》

 

 

 だが、長門たちも諦めない。

 即座に再装填を済ませ、同じ箇所への集中砲火を再開する。

 不知火や雪風も続き、キスカ・タイプも応戦。まさしく殴り合いの様相を見せ始めた。

 

 ちょうどその頃、対面側でも砲弾が力場に弾かれる。

 対の船体とはわずかにズレた場所。「ッハハ」と、喜色ばんだ笑いが聞こえた。

 

 

『見つけたぜェ、そこか!』

 

『ちょっと間桐。防がれてるじゃないの、撃ち抜けるとか言ってなかった!?』

 

『黙って見てろプリン頭。俺様に撃ち抜けない者は――』

 

 

 声質を獰猛に変え、彼は嘯く。

 

 

『――この世に無ェ!!』

 

 

 己こそが、世界で一等の男だと。

 間違いでないことは、結果が証明した。

 放たれた徹甲弾はまたしても阻まれた。が、それとは別方向から、同じ弾頭が、同じタイミングで殺到。力場をすり抜ける。

 放ったのは陸奥ではない。間桐提督が使役する空母・千代田、鵜来型二番艦・沖縄に護衛された、陸奥と瓜二つな容姿を持つ長門だ。

 そういえば、先ほどの砲撃の際、陸奥の側に長門は居なかった。力場の復活を見越して移動させていたのだろう。

 攻撃方向を限定、一方向からしか来ないと思わせておき、最後は二方向からの同時射撃で防御をくぐり抜ける。

 流石としか言いようのない、見事な砲撃だった。

 

 

《うふふっ。そろそろ我慢も限界でしょう? ほうら、ガラ空き、よ!》

 

「よし! 艦隊、この長門に続け! 榴弾装填、一斉射だ!!」

 

 

 そして、こちらも。

 同じ範囲へ繰り返し着弾する砲弾に、程なくタイルパターンは粉砕。

 不発で終わった十五・五cm弾を押し込むように、九一式徹甲弾が着弾。内部で連鎖的に爆発が起こる。

 更に、再生が始まる前の穿孔へ、単装砲と軽巡・駆逐艦の榴弾が次々と。

 奇しくも、計ったような同一時刻に、キスカ・タイプは双胴を爆散させた。

 

 

『うむ、見事じゃ。やはり、長門型は二隻揃ってこそじゃな。桐林も良くやった』

 

『ありがとうございます。ご支援の賜物です』

 

『ヒッヒッヒ。ま、せっかく励起したんすから、使わねぇと損でしょう。チィとばかし見た目が残念ですがね。久々に食い出のある獲物でしたぜ』

 

『……ふん。宗旨替えしたばかりにしては、良い腕じゃない。特にそっちの長門。本当に励起直後なの? 第六評価くらいの練度がありそうだけど』

 

「恐れ入ります。今の私など、聯合艦隊旗艦を務めた栄光に比べれば、取るに足らないものでしょうが。有難く貰っておきましょう」

 

《あらあら、素直じゃないわね。嬉しいくせに》

 

《やったー! 勝利・勝利・大勝利! 最っ高の響きよね!》

 

《勝利か。良い響きだな。嫌いじゃない》

 

「ふぐぉ!? ……ひ、響ちゃんが、ひ、ひび……ふっく」

 

《……あれ? 山城さんが反応したってことは……。な、なぁ、長良さん、響ちゃん。今の……》

 

《触れないでおきましょう、黒潮。偶々かも知れません》

 

《でもぬいぬい……。ボケられたならうちツッコまんと……》

 

《ぬいぬいじゃありません》

 

 

 中将や“飛燕”からの賞賛に、間桐提督は然も当然と受け取るが、自分たちの艦隊は歓声に湧いている。

 島風が連装砲ちゃんを高い高いし、金剛は破れた衣装をおさえつつ「Good Job!」とサムズアップ。船上でなければ、ハイタッチや万歳三唱でも始まりそうだ。

 心無しか、折り畳み式の後付け艤装――四十六cm単装砲を背中に格納する、間桐提督の長門、陸奥も誇らし気だ。

 駄洒落上戸な山城は置いとこう。響が顔を真っ赤にして縮こまってる辺り、偶然っぽい。

 

 

「提督っ、敵艦に動きがありますっ」

 

 

 ――と、皆が勝利の余韻に浸っている最中、警戒を続けていた赤城が報告をあげる。

 緩んだ空気は一変。二式艦偵からの映像に、全員が注目した。

 大火災による黒煙。

 行き足が止まり、轟沈もやむなしと思われたキスカ・タイプの双胴が、分離する。

 途端、結合崩壊を起こす船体中央部には、白い船が一隻、産まれ出ていた。

 外殻と同じ双胴船だが、今度は艦首が同じ方向を向き、それぞれが長門型に匹敵する大きさ。載せられている砲も、戦艦タ級の十六inch三連装砲が八基二十四門。

 まだ普通の船に見える純白の弩級戦艦には、またしても二人の少女が立っていた。

 産まれたままの姿を、赤い粘液で隠す……人間と同じ大きさの、統制人格が。

 

 

《ふぅん。アレが本体ってわけ》

 

「意外と小さい……いや、十分に大きな戦艦だな」

 

《あ、なんか嫌な予感する。陸奥さん、長門さん。他のみんなも耳塞いだ方が――ひぃいやっぱりぃ!》

 

 

 ――哭泣。

 

 手を取り合い、立ち上がる“彼女たち”は、憎悪の咆哮で“殻”を粉砕。船体を黒く染め、同時に黒衣と赤黒い妖気を纏った。ついでに陽炎も涙目だ。

 整っていた装甲が歪に隆起し、砲塔は捻じくれ、艦橋相当部位も朱金に蛍光する。

 あれが。あれこそが、キスカ・タイプの真の姿。

 

 

『砲じゃ狙えないわね……。でも、ちょうどいいわ。桐林、大渦の発生も考えられる。艦隊を退避させなさい。航空戦力の出番よ』

 

「お任せを。鎧袖一触に伏してみせましょう」

 

 

 しかし、位置が悪い。巨大双胴船の残骸は、未だ結合崩壊の途中。長門たちが狙うには、北か南へ回り込まねばならない。

 ようやくここまで追い込んだのだ。時間を与えては、またひっくり返されるやも。

 だが、こんな時のために残しておいた航空戦力である。

 桐ヶ森提督の指示に加賀が即応し、百を優に超える爆撃隊が編隊を組む。

 

 

「瑞雲じゃダメージは与えられない……」

 

《けれど、露払い程度なら!》

 

 

 まずは芙蓉部隊と山城・扶桑の瑞雲隊。

 三発の爆弾を装備した機体が先行し、着弾点を瑞雲が確実に狙う。

 延々と続く爆撃が、力場防御を剥ぎ取った。

 

 

「敵艦直上! 急降下します!」

 

《こちら龍驤、赤城に続くでぇ! ソロモン海のようには行かへんよっとぉ》

 

《瑞鳳。私たちもっ》

 

《そうねっ、追撃しちゃいますか!》

 

 

 そこへ、赤城率いる五百kg爆弾装備の彗星が追随。

 対空砲火で二割ほどを失いつつも、上部兵装を砕く。

 

 

『使わずに済めば良かったんだけど……。確実にいくわ。Auf Wiedersehen(さよなら)

 

 

 最後を飾るは、“飛燕”の桐ヶ森。

 宙をひるがえったJu87C改が、直角に近い角度で艦橋・機関部直上・統制人格の三つを狙う。

 小型プロペラと連動する、悪魔のサイレンが鳴り響き――炸裂音。

 決して優れているわけではない機体を使い続け、限界以上の性能を引き出した彼女にのみ許される、正確無比な一撃だった。

 

 

『終わった……。最後は、呆気ないな……』

 

『そんなものよ、戦争なんて』

 

 

 夜が明ける。

 海面スレスレで復元したJu87C改の視界には、無残に燃え上がるキスカ・タイプが映っていた。

 太陽の光が届いたということは、おそらく、作り上げられていた領域も崩壊したということ。

 戦いが、終わった。

 目を凝らしても、雪のような“少女たち”の姿は煙に巻か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 思わず、首を巡らせる。

 いつの間にか、自分は真っ白な空間に立っていた。

 普段通りの軍服姿で、ただ、立ち尽くしていた。

 

 

「……あ。は、ぇ?」

 

 

 訳が分からず、言葉にならない息が漏れる。

 なんだこれ。

 自分はさっきまで、地下に居たはずだ。佐世保にある調整室で、増幅機器に横たわっていたはず。

 だというのに、終わりが見えない空間が広がっている。

 白。

 天地の境目、上下感覚すら判然としない、無窮。雲の上に立っているような、不安定感。

 

 

「……ここは、何処だ?」

 

「十万」「億土」

 

「っ!? 誰だ!?」

 

 

 背後からの声。反射的に振り返りつつ、腰から銃を引き抜く。

 南部十四式カスタム。

 旧日本海軍が陸式拳銃の別名で採用した、南部式大型自動拳銃。その派製品である十四年式拳銃を、外見だけ再現した銃だ。

 本来は8x22mm南部弾という小口径の銃弾を使用するが、これは9x19mmパラベラム弾を装填可能で、離脱装弾筒付き・徹甲炸薬弾も発射――

 

 

(ちょっと待て。なんで自分はこんな物を。それに、“彼女たち”は)

 

 

 鍵付きの引き出しに入れっ放しだった支給品を、訓練通りに構えられたのも疑問だが、それ以上の違和感が眼前に存在した。

 曇り一つ許さない白の中で、自分と同じく黒をまとう二人の少女。

 

 

「双胴」「棲姫」

 

 

 キスカ・タイプの統制人格が、そこに居た。

 あまりの事に、理解が追いつかない。

 十万億土? 双胴棲姫? 一体なにを言ってるんだ。意味が全く――いや、そもそもなんで、音で聴いただけの言葉を脳内変換できている?

 ジュウマンオクド。十万億度。充満奥戸。

 ソウドウセイキ。騒動正気。相同世紀。

 いくらでも他に変換候補は挙げられるだろうに、どうして……。

 

 

「自分はなんでここに居る。自分に何をした。君たちはなんなんだ!?」

 

「双胴」「棲姫」

 

 

 叫ぶような詰問に、二人は同じ言葉を繰り返す。

 穏やかな表情だった。

 あの赤い海に居た、呪詛を謳い上げる怪物とは、まるで別人に見える。

 ただ立っているだけなのに、名工が作り出した芸術品の如き魅力を放つ、“彼女たち”。

 緊張感で、生唾が喉に絡む。

 

 

(……もしかして、単純な質問にだけ答えてるのか?)

 

 

 最初の発言は、十万億土。直前に自分は、ここは何処だと呟いた。意味は分からないが、この空間の名称なのだろう。

 次に聞こえたのが双胴棲姫という単語。“彼女たち”の名前に違いない。そして同じく、直前には誰だと聞いた。

 この法則が当てはまるなら、またと無いチャンスだ。

 今まで、意思の疎通なんて夢物語だとされてきた存在と、言葉を交わせる。

 

 

(きっと桐生提督も、同じだったんだ。だからギリギリまで……)

 

 

 桐生提督が意識を失った、キスカ島での行動。ようやくその真意が掴めた。

 これは確かに、自分のことなんか放り出して、質問攻めにしてしまうだろう。

 だが、彼は戻ってこなかった。自分もそうなる可能性がある。

 元に戻る方法はよく分からないけど、できるだけ的確に、意味のある質問をして、切り上げなくては……。

 

 

「君は……。君たちは、深海棲艦か?」

 

 

 小さな頷き。

 推測は間違っていなかった。

 理由なんか分からないし、正しいことを教えてくれているとも限らないが、とにかく話さなくちゃ!

 

 

「なぜ船を襲う」

 

「命令」「サレタ」

 

「誰に」

 

「知ラ」「ナイ」

 

「目的はなんだ」

 

「分カラ」「ナイ」

 

「……人類を憎んでるのか」

 

「分カラ」「ナイ」

 

「何も知らず、何も分からないままで、戦ってるのか?」

 

 

 沈黙。二対の紅玉が、ジッと見つめる。

 なんだ、それ。

 誰の命令かも知らず、目的も教えられないまま、ただ戦っているだと?

 なんだ、それは。

 

 

「……じゃあ、自分たちはなんの……なんのために、戦ってるんだよ……」

 

 

 知らず、銃把を握る力が強くなった。

 なぜだか抑えが効かず、湧き上がる衝動に任せて言葉をぶつける。

 

 

「自分たちは襲われたから反撃して、色んなものを取り戻したくて、戦ってるのに。

 それなのに、なんなんだよその理由は!?

 ただ命令されたから戦って、死んで、失われていくものが、沢山……。

 そんなんで良いはずないだろう!? 人類の天敵じゃなかったのか……? 君たちは――お前たちはなんなんだ!?」

 

 

 銃口を突きつけ、なおも存在を問う。

 この怒りは、誰に向けたものだろうか。

 深海棲艦。その背後にいる“何か”。それとも、闘争本能から逃れられない、人類か。

 

 

「貴方」「タチハ」

 

「……え?」

 

 

 どうせ、名前を返すだけだと思っていた詰問に、なぜか今までとは違う言葉が聞こえた。

 問いかけに対する自動音声ではない。

 双胴棲姫である“彼女たち”の、肉声。

 

 

 

 

 

「自分ガ何者カ」「知ッテイルノ?」

 

 

 

 

 

 冷や水を浴びせられた気がした。

 己が何者であるか。

 人類が知恵を得て以来、問い続けられてきた問題だ。

 その答えも知らぬまま、相手にはそれを求める。

 身勝手な愚かさを、鏡に映されたようだった。

 

 

「……あ。ま、待て、待ってくれ! まだ聞きたいことが……!」

 

 

 双胴棲姫はきびすを返し、無窮の彼方へと歩いていく。

 追いすがろうと脚を走らせるが、背中は遠ざかるばかり。

 空回りしている。届かない。無駄。

 

 

「アノ人、カラノ」「伝言」

 

 

 ふと、わずかに振り返る少女たち。

 赤い瞳は、戸惑う自分の胸を射抜き――

 

 

「失楽園ハ」「マヤカシ也」

 

「……うぁ!?」

 

 

 ――理解しえない単語が、足場を崩す。

 暗転。

 浮遊感。

 うつ伏せに落下している。

 

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。

 息が苦しい。手足がゾワゾワする。訳が分からない。

 失楽園? まやかし? あの人って……まさか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 

 ピー、ピー、という警告音。

 急に襲いかかってくる落着感で、身体が跳ねそうになった。

 しかし、慣れ親しんだ感触が肩・頭・手を押さえつけ、代わりに心臓が暴れる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだ。なにが、どうなって……」

 

「て、提督? どうなさったんですか、急に大声を……。あ、バイタルが乱れて……」

 

「……書記さん?」

 

 

 目を白黒させていると、それ以上に困惑している少女の声が。

 ここは、調整室? なんなんだよ。ついさっきまで、自分は十万億土に……。

 急いで周囲の環境情報や、時間などを確認してみるが、一分も経過していないように思える。

 ……なんなんだよ。間違いなくあの無窮で、数分は過ごしたはずだ。それがこっちでは……。

 夢、だったのか?

 

 

『オイオイ、どうした新入り? バイタル表示が滅茶苦茶になってるぞ。気が抜けて小便でも漏らしたか?』

 

『アンタねぇ、どうしてそう下品な表現しかできnoayion』

 

 

 からかう間桐提督への桐ヶ森提督の苦言が、途中で異音に変化した。

 遠く、彼方から聞こえる警告音。

 ……マズい!?

 

 

『赤城、加賀っ、シュトゥーカを拾えぇ!!』

 

「っ? り、了解!」

 

「直ちにっ」

 

 

 反射的に叫んだ瞬間、帰艦を開始していたJu87C改が失速する。

 即応した二人が弓を弾かなければ、相当数が海へ没していただろう。

 

 

『……オイ、どうなってやがるそっちの調整士!? プリン頭のバイタルが消えたぞ!?』

 

『わ、分かりません。こんな、急に……っ。の、脳波が検出されません!』

 

『なんじゃと。蘇生措置は?』

 

『すでに!』

 

 

 間を置かず、かつて桐生提督の調整士を務めたという男性が、さらなる危機を伝える。

 ビー、という電子音が響いていた。

 増幅機器から放たれる、先ほどより耳障りなそれは、使用者の体調を管理するプログラムによって、調整士に様々な情報を伝える。

 これは、その中でもっとも憂慮すべき事態を示している。即ち、能力者の生命維持に支障をきたした、ということ。

 

 

『大渦なんて発生してねぇぞ、どうなってやがる』

 

『それが分かれば苦労せんわい。おのれ、桐ヶ森まで欲しがるか、キサマら』

 

 

 中将の声も、なんとか冷静さだけは保っている印象だった。

 双胴棲姫――深海棲艦を沈めた直後に、能力者が意識を失う。どう考えても、キスカの再現。

 だが、自分は思っていたより冷静だった。

 

 

『間桐提督。狙えますか』

 

『お? ……おお、ったりめぇだ。トリは飾るって言っただろうが』

 

 

 すでに外殻は崩れ去っている。

 燃え上がる双胴棲姫を、どこからでも撃てる。

 

 

(まだ沈んではいない。拿捕できるならそれが一番だった。でも……)

 

 

 若い同僚の命が掛かっている今、優先すべきはどちらなのか。

 迷うはずもない。

 

 

『全艦、砲撃用意。トドメを刺す。照準だけ合わせ、引き金を自分に』

 

「……了解した。提督よ。長門の砲、貴方に預けよう」

 

 

 思うところがあるのか、みんなは静かに従ってくれた。

 双胴棲姫は立っている。

 瞳と同じ色の、炎の中で。満身創痍になりながら、仁王立つ。

 綺麗だと思った。煤にまみれ、薄汚れようとも、その立ち姿は姫を冠するに相応しい。

 だからこそ、終わらせる。

 

 

『アン時の言葉、そっくり返すぜ。……藻屑となって、沈んじまえ』

 

『――ってぇ!』

 

 

 カチリ。と、引き金をひくイメージ。

 無数の艦砲が連動し、炸薬が燃焼。一隻へ向けるには多過ぎる砲弾が、双胴船に集まる。

 四六単まで加わり、命運は尽きたも同然だ。

 

 ――爆音。

 

 

《帰ル、ノネ……。アノ海ニ……》

 

《帰リ、マショウ。一緒、ニ……》

 

 

 最後の瞬間、双胴棲姫の声が聞こえた気がした。

 確かめようとしても、その姿はもう見えず。

 “彼女たち”は、沈んでいった。今度こそ、終わった。

 

 

『……終わったようじゃの。沖縄の、どうじゃ』

 

『いえ、それがまだ……』

 

『aakmu、no……moomtot……kuotuak、na……tei……』

 

『あぁぁぁもぅ……。さっさと戻って来てくださいよ……っ。いい加減にしないとスカートめくって写真撮りますよ!?』

 

『――ぬぁんですってぇええ!?』

 

『うわぁぁあああぁごめんなさいぃいい!?』

 

『……あれ? 私、なにして……アイツは……』

 

 

 程なくして、桐ヶ森提督は意識を取り戻した。

 開口一番が怒声な辺り、彼女らしいというか、なんというか。

 とにかくホッとする。

 

 

『戻ったか……。ったく、気ぃ抜くんじゃねぇよ馬鹿野郎が!! アイツの二の舞になりてぇのか!?』

 

 

 意外なのは間桐提督だ。

 第一印象が霞んでしまうほど、張り上げられる声には熱が込められている。

 もう誤解のしようがない。口はとんでもなく悪いけど、とんでもなく良い人だ。彼は。

 それが骨身に沁みたのだろう。桐ヶ森提督は不貞腐れたような雰囲気を出す。

 

 

『……命を救ってもらった礼は後でするし、心配してくれたのに悪いんだけど、私は女ですから。野郎呼ばわりされる筋合いないわよ』

 

『アァン!? つまんネェ揚げ足取りしてんじゃ――! ………………チッ。俺は落ちる。中将、あと頼んます』

 

 

 疲労を隠さないツンデレ青年が、早々に通信を切り上げる。

 使役艦にも帰還航路を設定したらしく、小さな長門たちは北へ。

 ……あれ? 今あの子たち、こっちにお辞儀したような……。

 

 

『やれやれ、勝手じゃのう。……さて。目標の撃沈を確認した。これにて作戦行動を終了。母港へ帰投する。安全領域にたどり着くまで、まだ気を抜くでないぞ』

 

『了解です。……まぁ、いっか』

 

『ん? どうかしたかの?』

 

『ああいえ、なんでも』

 

 

 気にはなるけど、こんな状況で無理に確かめることもない。

 中将の言葉に従い、戦い終えた船を帰路へ着かせる。

 

 

《お洋服もカタパルトも台無し……。帰ったら、少し直したいですね》

 

《あぁ……なんか気が抜けた……。だめ……ダルい……艤装が……まぁいいか……》

 

《ちょっと無茶しちゃったものね。しっかり兵装の手入れをしないと》

 

 

 中破してしまった船を中心に、後方を空母と駆逐艦。側面を長門と陸奥、前方を軽巡が守る。

 気づけば、総数三十八隻の艦隊へ膨れ上がっていた。小さな海戦なら、自分たちだけで乗り切れそうだ。

 まだ安全ではないにしても、戦闘準備を収めて一息ついたのだろう。筑摩や加古、古鷹が艤装を確かめていた。

 脳に深~く刻み込むために、ここで詳しく描写しても良いのだが、その前に……。

 

 

『あの、中将。お聞きしたいことが。双ど――キスカ・タイプは……』

 

『分かっておるよ。残骸の回収や調査は、兵頭と梁島が行うことになっとる。今、こちらへ向かっておるはずじゃ。……それよりおヌシ、なんぞ隠しておることは無いじゃろうな?』

 

『へっ? いいぃいいいやぁ、そっそそそそんな事は』

 

《分っかりやす! いくらなんでも動揺しすぎちゃう?》

 

《で、なに隠しとるん? はよ言わんと後が怖いで~》

 

『黒潮、龍驤ぉ……!』

 

 

 君らは誰の味方だ……というセリフを飲み込み、自分は「仕方ない」とため息をつく。

 もともと、落ち着いたら話すつもりだったし。

 そう思って、どこから話そうかと考え出すのだが、「よいよい」と中将自身がそれを止めた。

 

 

『こんな場所では落ち着かぬじゃろ。詳しいことは帰港してから、戦後処理の時にでも聞く。それまでに整理しておくように』

 

『あ、はい。分かりました』

 

『桐ヶ森は船が安全領域まで達し次第、使役船を曳航部隊に預け、同調機器を降りて精密検査を受けよ。よいな』

 

『了解です。……はぁ、災難ね。一回本土にも戻らないと』

 

 

 今は普段通りといった様子だが、桐ヶ森提督のことも心配だ。

 彼女も双胴棲姫と対話したのだろうか。……それか、“あの人”と。

 色々と考えてしまうけれども、とにかく今は。

 

 

『みんな、ご苦労だった。どうか無事に帰ってきてくれ。早く君たちに会いたい』

 

《はい。電もなのです。……でも、できればその前に、服を……》

 

《Hey,テートクぅ。会いたい気持ちは同じで嬉しいんだけどサ、時間と場所とSituationを弁えなヨ?》

 

「この格好じゃ、さすがにあたしもねー。提督のエッチー」

 

「北上さんの柔肌を肉眼で楽しみたいだなんて、どういうおつもりですか。セクハラで訴えますよ」

 

『あっ。いや違う、違うぞ! そういう意味で言ったんじゃなくてだな!?』

 

 

 ――ただ会って話したいなー、と思っていただけなのに、なんなんだよその反応!?

 別に、金剛型はサラシ巻きかぁ、とか、扶桑型は相変わらず剥き出しだなぁ、とか、五十鈴や木曾も中々いい脱っぷりだなぁ、とか、古鷹・加古は艤装が爆発しないか不安、とか、北上・大井は今後に期待したい、とか、五月雨・涼風・黒潮の穴開きハイソックス&スパッツも味があるなぁ、とか、そんなことは思ってないよ!

 雷電姉妹? 犯罪臭がします。だがそれが良ぐえっふんごっふん。

 

 

「ふふふっ。帰ったら、早めに修復してあげて下さいね? 艦隊の護衛は、この赤城が務めます」

 

「余力もありますので、ご安心を。一航戦の力、こんな程度ではありません」

 

「無論、私も力を尽くすぞ。正直に言うと、まだ暴れたりないしな」

 

《わたしはちょっとお化粧を直したいわぁ。潮風でお肌が荒れちゃいそう》

 

「夜が終わっちゃった……。なんで一日は二十四時間しかなくて、夜はその半分しかないんだろ……? 一日中夜でも良いのにね?」

 

《川内ちゃ~ん。それだと、夜を待つ楽しみがなくなっちゃうわよ~?》

 

「あっ。それはとても良くない! 待つのも楽しみの内だし、ワタシちゃんと待つよ!」

 

《なんやろ。犬っぽい思うたんはウチだけやろか》

 

《ちょい龍驤っ、それはうちの仕事やから! 取らんといてぇな~!》

 

 

 慌てて言い訳する最中も、赤城や長門たちが頼もしく胸を張り、川内へのツッコミをきっかけとして、みんなに笑顔が広がっていった。

 ふと気になり、電はどうしているのかと探ってみれば、彼女は振り返っている。

 破れたセーラー服が落ちそうになるの押さえつつ、肩越しに、あの子たちが居た場所を見つめる。

 

 海は穏やかだった。

 まるで、戦争なんて起きていないようだった。

 

 

 

 

 




「Achtung! ようやくワタシたちの出番よ。アナタたち、乱目して待ちなさい!」
「それを言うなら乱目ではなく刮目です。“らんもく”などという熟語、この国にはありません」
「仕方ないよ。提督のおかげで言葉は話せるけど、文字は勉強しなくちゃいけないんだし」
「でもご安心! こんなこともあろーかと、国語ドリルを用意しておきましたっ。小学生レベルから頑張りましょー! フレーフレー姉さまー!」
「……あっ。ままま待ちなさい、違うの、少し読み間違えただけで……。生暖かい目で見守らないでちょうだい!」



「まったく騒がしい……。紅茶くらい静かに楽しめないのか、ここは」
「でもー、賑やかでたっのしーよねー? 毎日がぁ……カーニバルー!」
「下らん……。私たちは軍艦だぞ。戦えればそれでいいだろうに」
「あまり言いたくはないが、その姿では何を言っても格好つかないと思――あぁ!? こ、コート返してぇ……!」
「……こう、ご期待?」

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