新人提督と電の日々   作:七音

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今回は前編三万、後編二万の、合計五万字です。
時間に余裕を見てお読み下さい。


新人提督と線引きの覚悟・前編

 

 

 

 

 

 ○月X日、水曜日。晴れ。

 

 ふと思い立って、あの人に日記帳を買ってもらった。

 彼はよく書き物をしている。なんでも、文字に書き起こすことで、思考を整理することができるんだとか。

 だから……というわけではないけれど、私も日々の記録をつけてみようと思う。

 

 戦いを始めて数年。

 あの人との連携も熟練し、“護国五本指”の一人として数えられるまでになった。

 一部では紅差し指(べにさしゆび)って言われているみたい。見た目のイメージとは合わないけど、パートナーとして鼻が高い。

 でも、彼はここ数日、塞ぎ込んでしまっている。気づけば、ぼうっと見つめられている。

 普段が春の日差しなら、枯れゆく季節を思わせる、小春日和。ほんの少しだけ、いつもと違う。

 あ。これは同僚の人に教えてもらったんだけど、小春日和って冬の季語らしい。

 てっきり春先の言葉かと思ってたから、ちょっと意外。

 

 まぁ、そんなことは置いといて。

 気づけたのも、彼らしくない冗談が続いたから。

 どうして私を見てるんですかって聞くと、「君に見惚れていた」、なんて歯の浮くセリフが飛んでくる。

 嬉しくないわけじゃない。嬉しくないわけがない。

 最近は鞍馬(くらま)も積極的にアピールするようになったし、むしろこれで一歩リードできたと思えば、思わずガッツポーズしてしまう

 

 そう、お姉ちゃんに勝てる妹なんて、この世には居ないのですっ。

 身長でも、料理の腕でも、あの人からの信頼度でもっ、胸囲……で……も……。

 

 ……本当に思考を整理できるのかな。なんか、余計な事ばかり書いてる気がする……。

 とにかく!

 嬉しい言葉も、繰り返されたら感動は薄れちゃうし、冷静になると誤魔化されたとしか考えられない。

 あの目は。あの眼差しに宿っていた感情は……何?

 彼に見つめられるのを、怖く感じる日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

 願わくば、明日一日くらい、ただ笑っていて欲しい。

 だって明日は、私とあの人が出会った、大切な記念日なんだから。

 大学芋。また作ってあげようかな。

 

 

 出典不明。

 誰か、少女の日記と思われるが、衆目に晒された形跡は無い。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「扶桑姉さまが一万三千五百十二人、扶桑姉さまが一万三千五百十三人、扶桑姉さまが一万三千五百十四人……」

 

『……なぁ、山城。それで本当に落ち着けるのか、君は』

 

 

 白み始める空の下、どこからともなく聞こえてくる呟き声へ問いかけると、当然だと言わんばかりに返事が投げられた。

 

 

「大丈夫です。私にとって、扶桑姉さまは心の支えですから。むしろテンション上がりっぱなしです……。姉さまがいっぱい……!」

 

『そりゃあそんだけ居れば心強いだろうけどさ。見てるこっちは不安になるよ……』

 

 

 うっとり。

 両手で頬を挟み込む少女――山城は、文字通り夢見心地な表情だ。

 どんだけ姉好きなんだよ……。それ自体は良い事だろうけど、ちょっと病的な感じがして怖いぞ……。

 

 

「流石にそろそろ、遠慮して頂きたいですね」

 

《同感デース……。というか、別れ際にテートクが『扶桑の数でも数えてれば緊張しないだろ』なんて言ったのがいけないのデスよ》

 

『ごめん。ここまで続くとは予想外だったんだ……』

 

《申し訳ありません、妹がご迷惑を……。さ、山城。そろそろ止めにしましょう?》

 

「えぇぇ……。姉さまがそう言うなら……」

 

 

 相変わらずポーカーフェイスな加賀さんと、ゲンナリした金剛へ謝るも、本当に予想外だったのだ。途中で間違えるか分かんなくなっちゃうと思ってたし。

 現在時刻、○六四八。

 予定していた第二次防衛線である、足摺岬から南に百七十マイルのポイントではなく、百五十マイルの海域で、二十四隻の船がたむろしている。

 

 

《でも、そうしていなければ落ち着かない気持ち、榛名も分かります》

 

「だよねー。まさかホントに、寄り道なしの前線送りさせられるとかさ。勘弁してほしー」

 

 

 北上は、改装で載せ替えた主砲――十五・五cm三連装砲のミニチュア版を手に、ため息をつく。

 当初の予定よりも、戦況は早く、より悪い方へと傾きつつあった。

 大井の眉に刻まれたシワが、それを物語る。

 

 

「佐世保の通常艦隊は、南大東島へたどり着く前に壊滅……。敵巨大船は速度を上げ、もうじきここに来る」

 

《オマケに、佐世保の艦隊を潰した戦力を引き連れて、だ。この戦い、厳しいものになるぞ》

 

 

 木曾がそう締めくくると、緊張感がいっそう高まる。

 もとより、南大東島へ向かっていた艦隊は、途中で発生するだろう遭遇戦も考えたうえで編成された、選り抜きの傀儡艦たちだった。

 最末期の航空母艦・伊吹を第十評価とし、一が励起直後とされる、全十段階での評定値。実戦投入可能なのが第三評価だとすれば、第五~第六評価の高練度な船ばかり。

 しかし、彼女たちは与えられた任務へ就く前に、その生涯を終えてしまう。想像を絶する数の深海棲艦が、進路を塞いだからだ。

 予想だにしない事態を受け、指揮をとっていた能力者は即時撤退を命令するも、追いすがるタ級やル級、ヲ級などに阻まれ、蹂躙された。

 現在、その深海棲艦たちは巨大船――キスカ・タイプと合流。三桁を優に越す軍勢となり、こちらへ向かって来ている。緊張するなという方が酷だろう。

 

 

「書記さんは大丈夫ですか?」

 

「お気遣い、ありがとうございます。特に問題は。作戦終了までお手伝いさせていただきます」

 

「すみません、わざわざ来て貰っちゃって」

 

「いいえ。これが私の役目ですから。それに、提督の調整士を務めるには、少々コツがいります。他の方には任せられません」

 

「あはは、助かります」

 

 

 初めて訪れた場所で、慣れない増幅機器に座る自分を補佐してくれるのは、あきつ丸たちの帰還を見届けてから、ヘリを使い追いかけてきてくれた書記さんだ。

 重要な局面となるであろうこの戦い。万全を期するために、上層部が配慮してくれたとのこと。なんとヘリは本人が操縦したらしい。

 正直言って、ありがたい。彼女が同じ調整室に居るというだけで、安心感が違う。

 

 

「うぅぅ、やっぱり艦隊旗艦を変えましょう、提督。今からでも遅くないです。私になんかよりも……」

 

《駄目よ山城。ワガママを言っては。私が背中を守るから、立派に勤めを果たしてちょうだい》

 

「姉さま……。でも……」

 

《ぁああもうっ! さっきから聞いてりゃ、デモデモダッテで情けない! なんならアタイに指揮を譲んなっ。ただデッカいだけの船なんて、アタイらにかかれば一捻りさ!》

 

《あの、涼風ちゃん? 膝が物凄く震えてる……》

 

《武者震いっ》

 

《だ、だけど、冷や汗も……》

 

《武者震いだって!》

 

 

 正気に戻ってしまい、不安に駆られる山城。小刻みに震えながらも、自身を奮い立たせる涼風。オロオロしながらそれに突っ込む五月雨。

 他のみんなも、それぞれに緊張をほぐそうと会話したり、準備運動をしていたりする。

 ごく一部に、「カニカマ持って来ればよかったかの」とか、「眠い……。まだ寝足りない……」とか言っている、緊張感のかけらもない子も居るのだが。肝が太くて羨ましい。

 

 

(許されるなら、誰かにこの場を押し付けたいくらいだけど……)

 

 

 いや、こんな事を考えちゃいけない。

 第一次防衛線は構築する間も無く破られ、最前線はここ。生半可な覚悟で挑めば、犠牲になるのは電たち。しっかりしなくちゃ。

 ともあれ、艦隊旗艦としての立場を思い出したのだろう。自分と同じように、山城は表情を引き締める。

 

 

「ごめんなさい。ちゃんとやるべき事はやります。逃げたりしたら、扶桑型の名に傷が付きますから」

 

《大丈夫ですよ。わたしだって、お姉さまを差し置いて旗艦なんか任されたら気後れしますし。みんなも分かってますって。ね?》

 

《ええ。それより問題は敵艦隊。とりわけ、仮称・浮遊要塞とキスカ・タイプです》

 

 

 姉好き同士のシンパシーか、あっけらかんと慰める比叡だが、霧島は至って真剣である。

 キラリと光るメガネにつられ、言葉を継ぐのは筑摩だ。

 

 

《艦載機を制御し、三次元機動までする浮遊砲台。そして自己修復機構をもつ巨大双胴船。どちらも一筋縄ではいきそうにありませんね。困りました》

 

《うぬぅ……。確か、敷設艦が機雷をばら撒いとるんじゃったな? 少しでもダメージを与えられれば良いが、それだけで倒せるとも思えぬ。厄介じゃ》

 

《あかん、あかんわぁ……。生きたまま食べられるやなんて、想像しただけで痛いぃ……》

 

 

 太ももをこすり合わせ、身を抱えるようにして鳥肌の立った肌を撫でる黒潮。

 南大東島に敵戦力が集中しているせいなのか、こちらの海域では深海棲艦の出現が皆無だった。

 それを利用し、例の梁島提督と先輩が率いる敷設艦――機雷や防潜網を敷設する艦船が、およそ二十マイルに渡って機雷を設置している。

 戦闘を行う船ではないためか、同調率を度外視し、積んでいるのは比較的新しい型。二十一世紀初頭に使用されていた高性能機雷だ。

 普通の深海棲艦……たとえ戦艦級であっても、これをまともに食らえば轟沈は必至。けれども、相手があまりに大き過ぎる。有効打になってくれれば助かるが……。

 

 

《幸い、あの触手は動きが遅いようですし、対応も機銃で十分のようですけれど、できるだけ距離を置きましょう。捕まらなければ、どうということはありませんわ》

 

《ああ。みすみすやられる訳もいかん。厳しい戦いになるだろうが、とにかく、全力を尽くすのみだ》

 

 

 そんな胸の内を察してくれた妙高が、唯一の安心材料……傀儡艦を捉えようとするあの触手が案外脆いという事実で、皆を慰撫する。

 那智さんが見せる気概も頼もしい。気になるのは――

 

 

《……電? 大丈夫?》

 

《あ……。だ、大丈夫なのですっ。いつでも、戦えます!》

 

 

 ――すっかり黙り込んでしまっている、電だ。話しかけた雷も、心配そうな顔をしている。

 分かっている。書記さんに見せてもらった、桐谷提督の戦闘記録。傀儡艦の、自爆攻撃が原因だろう。

 頼んだ時、珍しく彼女が口籠ったのを、深く考えなかった自分が悪い。

 最も効率良く傀儡艦を“使い潰す”男。

 こんな評価をされる人物の戦いがどんなものか。簡単に想像できたはずなのに。

 

 

『電。考えるなとは言わない。けど、戦いが始まったら、自分と仲間を守ることに専念してくれ。今は生き延びることが最優先だ』

 

《……はい》

 

 

 一応は頷いてくれるが、表情は曇ったまま。自分も納得できない気持ちは同じだった。

 きっと桐谷提督なら、「納得する必要も、させる必要もないでしょう。そういう存在なのですから」と、笑顔で言ってのける。

 たぶん正しい。少なくとも、間違っているとは言えない立場だ。

 でも、自分の在り方も間違っていないはず。それだけは自信がある。この戦いで、証明してみせよう。

 

 

《こちら瑞鳳。敵艦隊、見ゆ。映像、送ります。……ちょっとだけ、覚悟しておいた方が良いかも》

 

 

 密かに決意を固めていると、偵察機を飛ばしていた瑞鳳から知らせが入った。

 重い口振りに嫌な予感がしたが、送られてきた映像は、その期待を裏切ってはくれない。

 

 

《ちょっと、これって……!》

 

《共食い、してる……?》

 

《うひぃ……。背筋がゾワッと来た、ゾワッとぉ》

 

 

 五十鈴が口を覆い、古鷹は一歩だけ後ずさり。加古も顔をしかめている。

 そこに居るのは、百を越える大艦隊ではなかった。

 巨大船と四つの浮遊要塞。加えて、数隻の深海棲艦。かなりの上空から見下ろしているはずなのに、たったそれだけ。

 佐世保の艦隊がいくらかは撃破したが、こんなに数を減らせたはずがない。キスカ・タイプが、仲間を捕食しているのだ。

 駆逐・イ級を。軽巡・ヘ級を。重巡・リ級を。戦艦・ル級を。見境なく食い散らかしている。

 

 相手にする数が減っただけ、ありがたいと思わなければいけないのか。

 ……もしも、あの巨大船に吸収機能があったら。食べたら食べただけ、その力を増すとしたら。

 あり得ないと言い切れないのが、恐ろしい。皆にそれを気取られないよう、自分は腹に力を込め、できるだけ落ち着いた声で、もう一人の軽空母へと問いかける。

 

 

『祥鳳。間桐提督の艦隊は?』

 

《はい、確認済みです。我が艦隊の後方に》

 

 

 後方――北へ向けて飛ぶ一機の二式艦偵が、水平線の向こう側を映す。

 停泊する六隻の軍艦。長大な砲身を持つ単装砲を備えた戦艦二隻と、軽空母へと改装された千歳型二隻に、鵜来型海防艦二隻。

 間桐提督の艦隊である。ちょうど通信が入ったようで、書記さんがそれを繋いでくれる。

 

 

『おい新入り、聞こえてんな』

 

『はい、聞こえています。何かご用事で?』

 

『当たり前だろうが。用も無しに通信するなんざ馬鹿のするこった。……桐谷の戦線復帰は無理だ。それだけ伝えとく』

 

『え?』

 

 

 ぶっきらぼうに伝えられたのは、期待していた援護が受けられないという、悪い知らせだった。

 予定では、桐谷提督もこの戦闘に参加するはずだったのだ。

 数時間の休憩を挟み、自分が横須賀から乗ってきたジェット機を使って宿毛湾泊地へ。そこで新しく傀儡艦を励起し、遠距離から雷撃支援を行うと聞いていたのに。

 一体どうしたんだろうか……という疑問を発する前に、間桐提督が答えを教えてくれる。

 

 

『野郎の自己申告だ。軽度の第三種フィードバック――精神汚染だとよ。薬の副作用も抜けきってねぇ。出たところで役立たずだろうさ』

 

 

 第三種? 事も無げに言っているけど、かなり大変なんじゃ……。

 多くの場合……いや、例は少ないのだが、第三種フィードバックが発生すると、能力者は長期の戦線離脱を余儀なくされる。

 極度の倦怠感、加虐性の助長、躁鬱、利敵行為など、様々な症例を引き起こし、最悪、永久監房行きだ。

 軽度ということは、そこまでじゃないのか?

 支援が受けられない不運を嘆くべきか、それとも、使い捨てにされる統制人格が出ずに済むのを、喜ぶべきか。

 普通なら前者なんだろうけど、複雑だ……。

 

 

『そうですか……。桐ヶ森提督は?』

 

『ちっ、調整士に聞けよ……。今、威力偵察に使った正規空母共をこっちに向かわせてるみてぇだが、たぶん間に合わねぇ。

 しかしまぁ、参戦はできるだろうよ。念のために、呉に置きっぱだった二軍を宿毛湾へ向かわせといたらしい』

 

『良かった。心強いですね。桐ヶ森提督の二軍空母っていうと、確か――』

 

『翔鶴と瑞鶴よ』

 

 

 唐突な、耳に心地良いソプラノ。

 祥鳳の二式艦偵が、間桐艦隊の背後から接近する空母四隻を捉えていた。

 翔鶴型航空母艦・翔鶴、瑞鶴。

 祥鳳・瑞鳳とおなじく、潜水母艦から軽空母に改装された龍鳳(りゅうほう)

 最後に、ミッドウェー海戦で喪った正規空母の穴埋めとして、ドイツ客船・シャルンホルストを買収。軽空母へと改装した神鷹(しんよう)だ。

 本来、海外国籍の船を励起するには、様々な条件をクリアしなければならないのだが、過去に買収された船は除外される。

 特にこの神鷹は、ドイツ艦として生まれたシャルンホルストではなく、最初から神鷹として作られているため、問題ない。条件については長くなるので割愛する。

 そんな彼女たちを率いるのは、桐谷提督と威力偵察へ赴き、今も沖縄に身を置いているだろう、“飛燕”の桐ヶ森。

 

 

『お久しぶりです、桐ヶ森提督』

 

『ん、どーも』

 

『ぁんだ、もう来たのかよ。貧乏暇無しってか?』

 

『うっさいハゲ死ね』

 

『誰がハゲだァ!? モッサモサだぞ!?』

 

 

 騒がしく間桐提督とじゃれあう声からは、なんの気負いも感じられない。

 あれだけ強大な敵と相対し、今また戦おうというのに、落ち着き払っている。

 年は若くても軍人ということか。

 

 

『でも、本当に早いですね。前もって準備をしておいたんですか?』

 

『当然。転ばぬ先の杖、よ。……まぁ、威力偵察では予想外なことばかりで、遅れをとったけど。今度は負けないわ。この子たちで戦うんだから』

 

《この子たち? ……見たことのない艦載機ですね》

 

《えっ、どこどこどこどこっ? ねぇ、もうちょっと寄って寄って!》

 

『こら瑞鳳。無茶言うな、そして興奮するな。祥鳳が困ってるだろ』

 

《うぅぅ、だってぇ……》

 

《しょうがないんだから……。桐ヶ森提督、よろしいでしょうか?》

 

『……好きになさい。落ちないようにね』

 

 

 桐ヶ森提督の翔鶴・瑞鶴の上に、露天駐機されている艦載機が見えた。

 途端、目を輝かせる瑞鳳に押されたのか、二式艦偵が低空飛行へと移行。

 陽光を受ける見慣れぬ姿を二つ、視界に留めた。

 

 まず一つ目が、飛燕改二。

 旧日本陸軍が開発した三式戦闘機を、紫電改二と同じように艦上戦闘機とした機である。

 エンジンを載せ替えたり、その他武装なども一新しているため、どちらかといえば、五式戦闘機の艦載機化と言った方が良いかもしれない。

 この改良を経て、零戦に匹敵すると言われた飛燕は、後継機である烈風に勝るとも劣らない――いいや、“飛燕”が使うことにより、凌駕する性能を発揮する。

 

 そしてもう一つの見慣れぬ機体が、Ju87C改。

 日本で唯一、桐ヶ森提督にのみ与えられた艦載機である。

 大戦中、ドイツ・ユンカース社が開発した急降下爆撃機。俗称として、ドイツ語の急降下爆撃を意味する単語を縮めた、「シュトゥーカ」という名も持つ。

 最も有名なのはG型――対戦車攻撃機で、軍人なら知らぬものはないだろう、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル氏が使用した。

 一九三九年、旧日本軍が前身であるB型を二機購入。同時期、ドイツ海軍のために計画された試作C型を、残されていた廃材寸前のB型と資料を基に作り上げ、改良したものだ。

 

 開発には、あの大侵攻の直前に行われていた、北大西洋での大規模合同演習にて、日本人技術者の持ち帰った開発設計図が参考とされたらしい。

 ロシア・アラスカを経由して人員と資材を送り込み、現地で新たな長門型二隻・他随伴艦を建造するという、とっても無茶な方法で参加した日本だが、持ち帰ることの出来ない船たちは“初期化”され、そのまま他国に渡った。

 なんと言うか……。海の男というものは、今も昔も良い意味でバカが多いようで、あの大戦で活躍した船が貰えることに、彼らは歓喜。

 見返りとして、開発設計図を引き渡したのである。各国軍部の独断で。

 

 ドイツには駆逐艦の雪風と時津風(ときつかぜ)が渡されたのだが、中には興奮し、鼻血を出しながら船体に頬擦りするドイツ人能力者も居たらしい。

 励起権を巡っては血みどろの殴り合いが発生し、他国にも同様の軍人(ヘンタイ)がいたと聞く。どないやねん。

 まぁ、あっという間に情報漏洩は露見。事後承諾のような形で認めざるを得なかった他国の上層部は、使用中のデータを渡すことを条件として追加した。

 そのため、海外製の装備を使う能力者は極めて少なく、桐ヶ森提督も滅多にシュトゥーカは使わないと聞く。

 それを引っ張り出したということは、彼女にとっても正念場だということか……。

 いかん、思考がそれた。……でも、どうせだからもっと聞いてみようかな。

 

 

『あの、一つ聞いても良いですか』

 

『何を? もうすぐ戦闘開始でしょうから、手短にね』

 

『はい。えっと……どうして、翔鶴・瑞鶴が二軍なんですか? 蒼龍や飛龍の拡大・発展型が、翔鶴型の二隻なんですよね?』

 

 

 前から疑問だったのだ。

 第三次海軍軍備充実計画――通称マル三計画で建造され、機関出力に関しては、同計画で建造された戦艦・大和をも上回る空母。

 特に瑞鶴は、マリアナ沖海戦まで一発も被弾しないという、類稀な幸運に恵まれた船。能力者が誰しも一隻は持ちたいと願う空母である。

 性能面でも申し分なく、言ってしまえば、蒼龍・飛龍の上位互換のような存在だ。

 それを引っ込めてまで前級の航空母艦を使うのには、きっと何がしかの意味が……。

 

 

『――とか――の方が、――が――良いから』

 

『はい? あの、よく聞こえない……』

 

『そ、蒼龍とか飛龍の方が……名前が、格好良いからよっ! 悪い!?』

 

 

 ……あれ? もしかしてこの子、意外と単純?

 確固たる理由があるのかと思いきや、自分が天龍たちを呼んだのと同じとは……。

 まぁ、強い思い入れを持てる船や装備を使ったほうが、より良い戦果を挙げられるのは前にも言った。悪いことじゃないはずだ。

 

 

『いや、良いんじゃないですかね。格好良さだけで選んでも。ほら、ドイツ語もすごくカッコいいですし。クーゲルシュライバー! ……とか』

 

『え。……ホントに、そう思う?』

 

『はい。思います』

 

『……そう。そっか。うん。アンタのこと誤解してたわ。“嫌い”から“好きでも嫌いでもない”にランクアップしてあげる』

 

『はぁ、どうも』

 

『バッカじゃねぇの。名前なんてどうでも良いだろうがよ』

 

『アンタが胸の大きさにこだわるのと同じよ。それでもバカにする?』

 

『スマン。俺が悪かった』

 

《そこは素直に謝るんかぁい!》

 

 

 黒潮の切れ味がいいツッコミが炸裂し、なんとも言えない空気が漂う。おっぱいに関しては本当に素直っすね、棒人間さん。

 んなこたどうでも良いとして、意外と子供っぽいところもあるんだな、桐ヶ森提督。いや、まだ子供なんだけども。きっと今の地位を築くまで、苦労したんだろうなぁ……。

 ちなみに、クーゲルシュライバーとはボールペンの事である。ドイツ語は無駄に格好良くて困る。

 あ、それからもう一つ。まだ見ぬ蒼龍・飛龍さん。悪く言っちゃってゴメン。

 励起したら手厚く歓迎するんで、許してください。

 

 

「提督。桐ヶ森様がお見えになられたのなら、頃合いかと」

 

『っと、そうだな。そちらは?』

 

『問題ないわ。……って言いたいところだけど、一つ注文』

 

 

 加賀さんに指摘され、横道へそれっ放しな思考が引き戻される。

 間も無くキスカ・タイプは機雷原へ差し掛かるはず。合わせて浮遊要塞も。

 艦載機を発艦させ、対応する準備をしておかねば。

 ……と思ったのだが、桐ヶ森提督は一言つけ加えた。

 

 

『もう分かってると思うけど、あの船の能力は未知数よ。でも、“世に不条理など在らず。ただ知らぬ理があるだけ”。奴にも必ず弱点はあるはずなの。

 それを的確なタイミングで突くために、シュトゥーカは出し惜しみさせて貰うわ。砲撃の主力は間桐として、空の主力はアンタの船。いける?』

 

 

 誰の言葉かは分からないけれど、引用しているような雰囲気で、彼女は語る。

 おそらく、“彼”がここに居れば聞けた言葉なのだろう。

 自分は、“彼”の代わりに、ここに居る。不思議と、気合いが入った。

 

 

『やります。自分たちなら、やれます』

 

『……ふっ、返事だけは一丁前ね。とりあえず、背中は守ってあげる。存分にやりなさい』

 

 

 見えてはいないが、笑みを浮かべ合っているのが感じられた。

 多分まだ、背中は預けてもらえない。まだ、守られる側だから。

 それでも。一つ一つ積み上げて、強くなろう。

 

 

『オイ。なぁーんか除け者にされてる感があるが、主役は俺だからな。

 お前らはしょせん前座だ。俺が狙撃で奴を仕留める。弱点を解析するまでの時間稼ぎに集中しろよ?』

 

『心得てますよ。でも、あんまり遅いと、解析してる間に倒しちゃうかも知れませんよ』

 

『ケッ、言ってろ雑魚が』

 

 

 口の悪い忠告からも、今なら不器用な気遣いが分かる。

 自分たちが揃っているなら、負けるはずがない。

 こう信じられた。

 

 

「提督、敵艦隊に動きが」

 

『気付かれたわね。“千里”! 行ける?』

 

『誰に物を言ってんだ“飛燕”。テメェは上だけ気にしてろや!』

 

 

 再び加賀さんから知らせが入り、場の空気は一瞬で引き締まった。

 先行する二式艦偵の視界を見れば、佐世保艦隊を大敗させた随伴艦は、すでに平らげられていた。

 腹が一杯になったからか、それとも見られていることに気づいたのか。キスカ・タイプはますます速度を上げて近づいてくる。

 いよいよ、だ。

 準備は万端――と、言いたいとこだけど……。

 

 

『間に合わない、な。暖機に時間を取りすぎたか……』

 

《司令官さん?》

 

『いや、なんでもない。行くぞ、みんな!』

 

 

 未だ現れない“二人”の姿に、一抹の不安を感じつつ、電へ答える。

 無い物ねだりをしたって仕方ない。

 今ある戦力で、最善を尽くす。

 自分にできるのは、いつだってそれだけなんだから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『さぁて……。まずは一発、様子見と行くかぁ? 新入り、情報よこせ』

 

『了解です。加賀さん、祥鳳、瑞鳳。よろしく頼む』

 

「承りました。……ですが、“さん”は要りませんと何度も言って……」

 

『あ、ごめん。なんか癖になっちゃっててさ』

 

《もう様式美みたいな感じですね》

 

《うん。一日一回は聞いてる気がする》

 

『イチャついてんじゃねぇよクソがっ。……俺も加賀を励起すっかな……』

 

 

 初手を打つのは、隠れ巨乳な正規空母に羨望の炎を燃やす、間桐提督。

 水平線のはるか向こうに居るキスカ・タイプへ、四十六cm単装砲が照準を合わせる。

 彼の使役する戦艦・長門、陸奥。それぞれに据えられた四基四門――合わせて八門の砲口が、脈動するかのように、小刻みに微調整を繰り返す。

 能力者への負担を最小限とするため、目の役割を果たすのは加賀たちの艦偵だ。

 有効射程ギリギリの距離にいる艦と、最前線で多角的に展開する航空機とが、有機的に連携。必殺の一撃を生み出す。

 

 ――轟雷音。

 

 三百三十kgもの炸薬により、秒速七百八十mの速度で吐き出される、一・四六tの砲弾。

 長く轟く、数百の雷を束ねたような砲音が収まって数秒。悠々と海原を進んでいた巨大船に、北北西から襲いかかった。

 

 

「す、すごい。本当に当てた」

 

『ハッ、ったり前よ。俺の砲撃は本物だぜ?』

 

 

 山城が思わず目を見開き、金剛や比叡たちも、「Wonderful!」「敵に回したくありませんねー」と拍手喝采だ。

 しかし、当の本人は満足がいっていないのか、次の瞬間には小さな舌打ちをする。

 それもそのはず。普通の船なら轟沈必死な風穴は、瞬く間に塞がっていくのだから。

 

 

『チッ、ダメだなこりゃあ』

 

『やっぱり効果はないわね。もう塞がり始めてる』

 

『仕方ねぇ、周りから潰す。標的変更、浮遊要塞――ァん?』

 

 

 無駄弾を消費するよりも、確実に仕留められるだろう浮遊要塞へ狙いを変える間桐提督だが、言葉尻は不機嫌そうに上がった。

 空飛ぶ球体は、まるで未確認飛行物体がごとく、不規則な回避行動を取り始めたのだ。

 再生機構を持っていない分を、機動力で補っているらしい。

 

 

『チィッ、小賢しい真似を……!』

 

《箱の中で飛び回るゴムボールのようです。外見からは推進装置も見受けられないのに……。とても興味深いですね》

 

『感心してる場合じゃないぞ、霧島。あんな物理法則を無視してるみたいな相手に、どうやって当てれば……』

 

 

 たしか、威力偵察の映像では、こんな機動をしなかったはずだ。

 ということは、今の一撃が自身にとって致命的であると判断したのか?

 だったら朗報だけど、あの変態機動、どうやって攻略しよう……。

 

 

『ねぇ、貴方たち。アレに当てる自信、ある?』

 

《へ? わ、ワタシたちですか? ムムム……悔しいデスけど、Impossibleネ》

 

《お姉さまと同意見です。ただでさえ距離がある上に、あのように動かれたら、無駄撃ちにしかならないと思います》

 

 

 桐ヶ森提督からの問いかけには、腕組みする金剛と、厳しい眼差しの榛名が答える。

 ちょっと意外だ。舞鶴での談合では、感情持ちに否定的な態度を取っていたのに、こうしてキチンと意見を聞いてくれるなんて。ありがたいことだけど。

 ともあれ、話しても大丈夫なのだと判断したのだろう、比叡や扶桑も続く。

 

 

《せめて、一瞬だけでも動きが止まってくれたら……う~ん。いや、どうなのかな~。正直、今のわたしたちの練度じゃ、まぐれ当たりに期待するしかないんじゃ?》

 

《一つの飛行要塞に対し、六隻で一斉射撃すれば、まだ可能性はあると思いますけど……》

 

「それも、距離が縮まってからでないと駄目そうですね。

 目視距離に来たら、キスカ・タイプも砲撃を開始するでしょう。集中も出来なさそう……。

 あっ。ち、違うんですよ姉さま? 姉さまの意見を否定したわけじゃなくて、あくまで私の練度が低いから無理だっていうだけの話であって」

 

『はいはいそこまでっ。自分もだいたい同じ見解です。接近すれば、金剛たちでも芽はあると思いますが、この距離であれを仕留められるのは間桐提督だけかと』

 

 

 アワアワと言い訳し始める山城を制し、最終的な結論を述べる。

 “千里”を見通す眼。実際に見るまで半信半疑だったが、彼は間違いなく戦艦主砲での狙撃をやってのけた。

 常識では不可能だと断じてしまうことをすら、やってくれるかも知れない。

 

 

『なら、やる事は決まったわね。

 敵艦載機をくぐり抜け、爆撃機を肉薄。回避方向を誘導し、四六単の狙撃で殴りつける。

 キスカ・タイプとやりあう前に、できるだけ数を減らしましょう。行動を開始してちょうだい』

 

『それは構わねぇが、どうしてテメェが作戦指揮を執ってやがるんだ? こういう時は一番強い奴が指揮をだな』

 

『何を動物みたいなこと言ってるの。私たち三人とも大佐でしょうに。けど、適任なのは私よ。

 一番出撃数が多いし、中将からも委任されてるわ。文句あるなら直訴してみたら?』

 

『……チッ、あの煙突ジジイめ。まぁいい。サッサと浮遊要塞を足止めしろよ、解析を始める』

 

『偉そうに。桐林』

 

『了解っ。加賀、祥鳳、瑞鳳、扶桑、山城。出番だ!』

 

「はい。零戦六二型と彗星を主力に。前衛は紫電改二で行います」

 

《了解です。改装された祥鳳型の力、信じてください》

 

《そうそう、正規空母にだって負けないんだから!》

 

《私たちは援護に徹しましょう。とにかく、落とされないように……》

 

「ですね、姉さま。けど、隙があれば逃しません。……あるといいんですけど」

 

 

 凛と響く指揮のもと、桐ヶ森提督の空母と、自分の空母に航空戦艦。合わせて九隻が戦闘行動を開始する。

 すでに発艦を終えていた機も含め、数えるのもバカらしくなるほどの航空機が空を埋め尽くした。

 浮遊要塞に雷撃は当たらないだろうから、天山などの艦攻は上空に控えておくとして、先頭を切るのは新型の艦戦・紫電改二と、桐ヶ森提督の飛燕改二。

 そこに扶桑たちの瑞雲を加えて、森林機動部隊の完成だ。

 ……自分で名付けといてアレだけど、ダサいな。口には出さないでおこう。

 

 

『あぁ、言い忘れてた。“アレ”に近づく時は覚悟しておきなさい。どんな事があっても、集中を乱さないように』

 

「……どういう事でしょうか」

 

『すぐに分かるわ』

 

 

 群れ成す発動機の音に慣れた頃、不意に桐ヶ森提督は奇妙な事を言い出す。

 “アレ”というのはキスカ・タイプか浮遊要塞として、覚悟しておけってどういう事だ……?

 敵の艦載機には出力強化型が多い。気をつけるのは当たり前なのに。

 加賀が聞き返しても、返事は来ない。しかし、彼女の言う通り。その答えはすぐに分かった。

 

 

『な……。これは……!?』

 

 

 ある一線を越えた瞬間、世界が裏返る。

 太陽が黒く塗られ、雲はタールのような粘り気を持ち、海も血に染まった。

 誰も彼もが、言葉を失ってしまう。

 どういうことだ!? 威力偵察の映像に、こんな風景は映っていなかったはず……!?

 

 

「書記さん、見えてますか?」

 

「はい。この目で、しっかり。画面にも同じように出ています。威力偵察の際も、同じだったかと……。

 おそらく、肉眼でしか確認できないのではないでしょうか。可視光による光景ではない、と思われます」

 

 

 問いかけには、彼女なりの推論が返ってくる。

 北方では記録に残り、今回は残らない。やはり、前回との差は大きいようだ。

 桐谷提督が陥った第三種フィードバック、警戒した方がいいかも知れない。

 と言っても、具体的にどうこう出来るわけじゃないのが怖いんだけど……。

 

 

『考えるのは後よ。いいわね』

 

『……はい。みんな、気を引き締めろ!』

 

 

 背骨をなぞられるみたいな悪寒に耐えながら、精一杯の声を張る。

 そうしないと、飲まれてしまいそうだった。

 こんなんじゃダメだ。気持ちだけは、いつでも強く持たないと!

 

 ややあって、暗い空にポツポツと、橙光が混じる緑光の群れが見え始めた。

 敵 艦載機群だ。

 

 

「まずは制空権を確保します。祥鳳さん、瑞鳳さん」

 

《はいっ。私たちだって航空母艦です、やります!》

 

《うん、絶対に落とさせないからっ》

 

「お二方は編隊の中ほどに。威力偵察の情報が確かなら、浮遊要塞は瑞雲を特に警戒するはず。囮に最適です」

 

《了解です。山城、行きましょうか》

 

「お伴します、姉さま」

 

『私は貴方たちの背中を守る。前だけに集中しなさい』

 

 

 空母たちは即座に対応。

 紫電が前へ突出し、後方に瑞雲。その周囲を爆戦が固め、飛燕は高度を稼いで全体を見通す。

 敵も攻撃的な編成に切り替わり、強化型が突貫してくる。

 睨みつけるような数瞬。そして、鋼鉄の鳥たちが絡まり合う。

 

 

《ん……。やっぱり、ちょっとやり辛いかも……》

 

《そうね……。光が少ないだけで、こんなに見え方が違うなんて》

 

『それは分かるけど、あんまり機体へ入り込まないようにね。落とされた時に痛いわよ』

 

《うん、気をつける――あっ! ご、ごめんなさ……じゃない、申し訳ありませんっ》

 

 

 夜間飛行に近い状態を強いられ、苦い表情を浮かべる瑞鳳と祥鳳。

 そんな二人を気遣ってくれる桐ヶ森提督に、瑞鳳は気安い返事をしてしまい、戦闘中にも関わらず恐縮しきりだ。敬語を使う余裕もなかったんだろう。

 けれど、さらに語りかける“飛燕”の口調は柔らかい。

 

 

『謝らなくていいわよ。思考を固くしないように、柔軟に対応してちょうだい』

 

《お気遣い、ありがとうございます。後で瑞鳳共々、ちゃんとご挨拶させてくださいね》

 

《……あ、あのっ。その時は……ひ、飛燕改二、見せてくれます?》

 

『ふふ、いいわよ。楽しみにしとくわ。さ、お喋りはここまで。桐林艦隊の実力、確かめさせてもらうから』

 

「どうぞ。一航戦の誇り、とくとご覧に入れましょう」

 

 

 もはや定番となった加賀の一航戦締めで、和やかさの中に戦いの火が灯る。

 真っ向勝負を潜り抜けた紫電は、競うように敵機と高度を稼ぎ合い、はたまた、海面スレスレでの追走劇まで繰り広げる。

 しかし、格闘戦を制するのはそのどちらでもなく、鋭い切り返しで一撃離脱を行う飛燕だ。

 数の上では互角でも、背後を守られているおかげか、こちらの被害は全く無い。

 初めて組む僚機だというのに、この密な連携。

 加賀たちの練度が高くなっている事もあるだろうけど、桐ヶ森提督が尋常じゃない速度で“適応している”という理由もあるだろう。末恐ろしい。

 

 

「穴が開いた! 姉さま!」

 

《ええ。瑞雲、爆撃に移ります》

 

 

 そうこうしているうちに、浮遊要塞への道が切り開かれた。

 僚機に守られ、一機も失われていない瑞雲隊が突出。桐谷提督とは違い、高度を稼いで爆撃体勢へ移行する。

 ここまで来ても、キスカ・タイプは対空射撃を始めない。……少し、気になるな。

 だが、謎の沈黙に答えを出そうとする間にも、状況は動く。

 瑞雲の接近を悟った浮遊要塞は、艦載機の吐出を止め、空中を横滑り。体当たりを受けて紫電が数機落ちてしまった。あの巨体からは考えられない機動性だ。

 急降下しようとしていた瑞雲も、標的を見失ってしまう。

 

 

『フン、なるほどな……。オイ。もう一回、瑞雲でデカ物に仕掛けさせろ。離れるんでも近づくんでもいい。四つに対して同時にだ。次で落とす』

 

『え? もう解析できたんですか?』

 

『俺を誰だと思ってやがる。まぁ見てな』

 

 

 しかし、単なる攻撃失敗からも、間桐提督は攻略手段を掴んだらしい。

 どうするのか、無言で問いかけてくる扶桑たちへ、自分も黙ったままゴーサインを出す。

 

 

「じゃあ、一回離れてから、もう一度爆撃体勢へ――きゃあっ」

 

 

 高度の下がった機体を立て直し、いったん離れさせようとする山城だったが、瑞雲を高速の飛来物がかすめ、風に巻かれる。

 同時に、均一な球体だった浮遊要塞たちが、金槌で殴られたピンポン球の如くヘコんだ。

 ヘコみの中央には、錐で穿たれたような穿孔。

 

 ――爆砕音。轟雷音。

 

 黒煙を上げ、重力に捕まり始める浮遊要塞と、遅れて届く四六単の発射音。

 ……ほ、本当に落とした? しかも、浮遊要塞はキスカ・タイプの上に陣取ってたから、このコースで落下すれば、双方にダメージを与えられて、一石二鳥?

 

 

『嘘だろ……。全弾命中、しかも四対象同時にって、どんな脳みそしてんだ……』

 

『キッヒッヒ、褒め言葉として受け取っとくぜ、新入りよォ。

 ま、乱数回避が読み易いのは当たり前として。瑞雲が近づいた時、明らかに動きが変わりやがった。

 そいつはつまり、手動に切り替わったってことだ。なら逆に、離れりゃ自動操縦だかなんだかに戻る。

 その隙を狙ったってわけだ。俺にしかできねえ芸当だろうがな』

 

《トンでもない砲撃するねぇ……。あたし、何がなんだか……》

 

《わ、私も……。すごい事が起こってるのは分かるんだけど、着いて行けそうにないわ……》

 

 

 得意げな種明かしにも、唖然とするしかない。涼風や雷も同じようだ。

 乱数回避が読み易いとか、相手の乱数アルゴリズムを完全に解析しないと言えないセリフだぞ?

 たった数分の映像からそれを行うって、スパコンが何台必要になるか……。

 オマケに、オートからマニュアルに切り替わるにしても、コンマ何秒かの世界。

 たとえ機械のサポートがあったとして、実行するのは人間なのだから、本当にとんでもない。

 文句をつけられるのは、予告無しに瑞雲を落とされかけた山城たちくらいか。

 

 

「び、びび、びっくりした……。せめて一声かけて下さいよぉ……」

 

《危うく、何機か落としそうに……》

 

『ぁん? ……あぁ、ワリィワリィ。だが、しっかり機体の隙間を縫ってブチ当てたんだ、文句はねぇだろ』

 

『狙ってやったんですか、あれ』

 

 

 ダメだ、見えている世界が違い過ぎる。

 四十kmにも及ぶ距離での、対艦砲による狙撃技術。

 得られた情報を解析し、正確に把握する頭脳。

 そして、乱舞する航空機を落とさないよう、隙間と射線を見つけ出す洞察力。

 対人面に問題さえなければ、間違いなく稀代の軍神と呼ばれていたんじゃないだろうか。

 次元が違う。っていうか凄すぎて若干引く。

 

 

『しかしアレだ。他人の感情持ちってぇのも、使い用によっちゃ役に立つもんだな。認識を改めるか。……揺れるし』

 

「……揺れる? どういう意味ですか? 確かに波や風で揺れてますけど……。姉さま?」

 

《ごめんなさい、私にもちょっと……》

 

『アンタ、本当に大きな女の子には素直よね。……ん、あれは……?』

 

 

 ――と、撃破成功で緩む空気の中、桐ヶ森提督が異変を察知する。

 墜落中だった浮遊要塞の全てを、あの触手が捕らえたのだ。

 そしてそのまま、艦首へと横並びに固定された。まるで盾のように。

 ……確か、もうすぐ……。

 

 

《まさか、あのまま機雷を突破するつもりでしょうか?》

 

《ああ、どうもそうらしいな。知恵が回る》

 

《っていうか、ヤバいんじゃないのこれぇ。何でもありじゃんアイツ……》

 

《浮遊要塞を潰せただけで十分かと思いましたが……。いえ、私たちの仕事に変わりはありません。この戦い、退くわけには参りませんわ》

 

 

 自分の考えを古鷹が代弁し、那智さんが同意。加古は頬を引きつらせた。

 味方を喰らうだけじゃなくて、残骸すら活用するのか? まるで桐谷提督みたいだ。

 妙高の言うとおり、やるべき事は変わらないけど、一筋縄ではいきそうもない。

 

 

(情報が漏れてる? そうとでも考えなきゃ……。裏切り者? いや、精神感応能力? どっちにしろ由々しき問題だな……)

 

 

 前もって情報を得ていなければ。機雷が撒かれていると知っていなければ、あの行動を取る理由がないのだ。

 なら、彼女たちは――キスカ・タイプの中央で祈っている、二人の統制人格は、どうやってそれを得た?

 近代レーダーに近い走査能力でも持っているなら、人類側に裏切り者がいる事にはならないけど……。

 ここで考えても、答えの出ない問題だった。

 

 

『……クソ、ダメだな。集中力が途切れた。俺はいったん下がって解析に専念する。“アレ”はお前らでなんとかしろ』

 

『へっ? ちょっ、そんな!? じ、自分たちだけでですかぁ!?』

 

『ウルッセェな、俺は疲れやすいんだよ。心配しなくてもトリは飾ってやっから、安心しろ』

 

《はい。お疲れ様でした、間桐提督。榛名も頑張ります!》

 

『……お、おう。お疲れさん……。ぁ、あ~、えっと……ヘマすんな、よ……』

 

 

 なんでか知らないが、歯切れの悪い消え方をする間桐提督。

 あんな精密射撃の後だ。疲労するのは仕方ないとして、あの火力がなくなるのは頭が痛い。

 あ、そうか。間桐提督がああいう反応したということはだ。榛名って着痩せするタイプなんじゃ――いや何を考えてんだよ、そっちじゃないだろバカ!

 ……とにかく、彼女たちと直接対決しなければならないのは確実。

 ただ待っていても、やられるだけだろう。かと言って、自分に打開策を論じるだけの頭脳はない。

 

 

(でも、求められているのはそういう役目じゃない、か)

 

 

 間桐提督は解析に専念するといった。呆気なく浮遊要塞を沈めた彼が。

 個人的な直感だが、彼は口は悪くとも、嘘はつかない思う。

 己への絶対の自信。言い換えれば――誇り。それを汚すことだけは、しないはずだ。

 この戦場での主役は自分じゃない。自分は“まだ”脇役。なら、全力でその役を全うする。

 みんなで生き延びるために、全力で主役を引き立てよう。

 

 

『聞いての通りだ。おそらくキスカ・タイプは機雷を難無く越えてくるだろう。

 自分たちのやるべきことは、あの再生能力を無効化する手がかりを掴むことと、本土にこれ以上近づけさせないことだ。

 こちらから打って出る。水雷戦隊、頼むぞ!』

 

《はーい! 雷、司令官のために頑張っちゃうわ!》

 

《い、電も、負けないのです!》

 

「よぉーっし。史実では微妙な子扱いだった重雷装艦の実力、見せつけようじゃないですか。大井っち、行こ」

 

「はい、北上さん。はぁ……。早く魚雷を撃ちたいわ……」

 

 

 気合いを入れ直すと同時に、二十四隻の艦隊は隊列を変化させた。

 現在、キスカ・タイプを中心として、遠距離に加賀隊。中距離に山城・北上・大井隊が居る。北へ向かう敵に対し、やや東寄りだ。

 航空母艦である加賀たち三隻には桐ヶ森提督の部隊が合流。一定の速度を保って、艦載機を準備し続ける。新たに天山が前へ出た。

 扶桑、金剛、五十鈴は隊を離れ、戦艦と重巡で構成される山城の打撃部隊へ参加。残る北上・大井が率いる水雷戦隊は、榛名と霧島を随伴艦として矢面に立つ。

 

 作戦は極めて単純。

 打撃部隊でキスカ・タイプの開口部を叩きつつ、爆撃で上部兵装を可能な限り無効化。

 随伴する戦艦が側面へ砲弾を浴びせ、すれ違いざまに水雷戦隊が魚雷を叩き込む。反対側は艦攻で攻める手筈だ。

 完璧に決めることができれば、きっとなんらかの反応を得られるはず。

 

 利根型二人の水偵に、若干速度を落としながら北へ向かう巨大船が映る。

 水柱。

 触雷した浮遊要塞の残骸が、みるみる目減りしていく。

 やがて、機雷原を抜けたことを悟ったキスカ・タイプは、もう用済みだと言わんばかりに残骸を食い散らかす。

 ダメージは与えられなかったか。いや、少しでも時間を稼げたんだ。それで十分。

 

 

《……? こちら筑摩、キスカ・タイプの側面砲塔が動いてます!》

 

《じゃが……なんなのだ、あの動きは? こっちを向いておらんぞ》

 

 

 ――と、思っていた矢先。前触れもなく異変が起こる。

 今まで頑として稼働しなかった無数の砲塔が、旋回を始めたのだ。しかも、水面へ向けて。

 ためらうことなく数発。

 なぜか砲弾は、飛沫を上げることなく水中に消えた。

 息苦しい沈黙の後、その着弾点から浮かび上がる、船影が。

 まるで潜水艦が浮上するかのように、姿を現したのは――

 

 

『……吹雪型? 一体、どうして!?』

 

《て、提督っ、吹雪型だけじゃないです!》

 

《ありゃあ睦月型に最上型、だね。どうなってんのさ、どうして味方の船が……?》

 

 

 ――紛うことなく、特Ⅰ型駆逐艦シリーズと、その前級たち。加えて、最上型の重巡が四隻。

 あれは……。まさか、桐谷提督が使役していた……?

 

 

《ねぇ、提督。何か聞こえない?》

 

『五十鈴? 聞こえるって、何が』

 

《……分からない。だけど、確かにどこからか……。あ》

 

 

 不意に、五十鈴が耳元へ手をあてがう。

 集中してみると、微かに。だが確かに、聞こえてくる音があった。

 波の音ではない。タービンの回転音でもない。

 それは、人間が生まれながらに持つ旋律。

 

 

《これって、歌?》

 

《綺麗な声、なのです。……でも、なんだか……》

 

 

 雷と電は、聞き惚れるように目を閉じる。

 鈴の音のようで、管弦に似た雰囲気を放つ旋律は、オペラ歌手の歌声に引けを取らない。

 演目があるとすれば、きっと悲劇だろう。

 業に塗れ、儚く命を散らす、乙女たちの歌。

 初めて遭遇する現象に、皆はただ呆然と佇む。

 

 ……違う、呑まれるな!

 戦闘中なんだぞ、しっかりしろ自分!

 

 

『狼狽えるなっ、敵の策略かもしれない、戦いに集中を――』

 

「ねぇ、提督。ちょっとお願いがあるんだけどさ」

 

『――なんだ北上、こんな時に! 変な内容だったら怒るぞ!?』

 

「うん。むしろ怒ってほしい。そんな訳ないだろ、って言って欲しい、かな」

 

「北上さん? どうしたんですか、一体?」

 

 

 叱咤しようと声を荒らげるも、北上に遮られる。

 いつもは良い意味でのマイペースだが、このタイミングでは悪くしか取れなかった。

 が、彼女はそれでも構わないという素振り。

 明らかに普段と違う様子に、大井も心配そうな表情を見せるが、北上は一点を見据え、ゆっくりとした動作で指差す。

 

 

「聞きたいんだけど……。“アレ”、さ。女の子、だよね」

 

 

 吹雪型の甲板で立ちすくむ、虚ろな顔の少女を。

 

 

「……嘘。そんな事って。……統制人格?」

 

《な、なんでやの? ついさっきまで、なんも見えへんかったのに》

 

 

 かき乱された感情が、重なる魂を通じて、押し寄せてきた。

 山城も、黒潮も。

 その子を認識した途端、目に見えて狼狽しはじめる。

 吹雪型――深雪の統制人格は、逆になんの反応も示さない。

 船体が歪に歪み、別の何かへと変じていく間も。膨張する装甲に取り込まれ、完全に埋没してしまう、最後の瞬間まで。

 赤黒い妖気が、船体を覆った。

 

 

《薄々、そうなんじゃないかと思ってたが。いざ目の前に立たれると……想像より、効くな》

 

 

 木曾ですら、しきりに帽子のつばを直しては、左目を細めて歯噛みする。

 バレてしまった。確定してしまった。傀儡艦と深海棲艦が、同系の存在であると。

 おそらく世界で初。傀儡艦が深海棲艦となる瞬間に、立ち会ってしまった。

 よりにもよって、自分たちが。

 なんで。どうして。こんな……。

 

 

『最悪のタイミングで、一番イヤなことをやってくれるわね、全く』

 

《……し、知ってた、の? 桐ヶ森提督は、このこと知ってたの!?》

 

『ええ。知っていたわ。私には最初から、ツクモ艦――深海棲艦に統制人格が見えていた』

 

《そん、な。……提督?》

 

 

 冷静さを失わない桐ヶ森提督へ、瑞鳳が悲壮に詰め寄り、祥鳳は、絶望に染まりかけた瞳で問う。

 もう、嘘なんかつけない。正直に話すしか、ない。

 

 

『……あぁ。自分も知っていた。初めの頃から、“彼女たち”を視認していた』

 

 

 努めて低く、落ち着いた声で、そう答えた。

 落ち着かなければと、自分自身へ言い聞かせながら。

 すると、いの一番に涼風が食ってかかる。

 

 

《なんで……なんで言ってくんなかったのさ!? どうしてこんな大事なことを黙って……!》

 

『君たちには見えていなかったからだっ』

 

 

 それを遮るようにして、自分は語気を強めてしまった。

 そんな事をするつもりはなかったのに、勝手にそうなってしまった。

 

 

『言おうとしたさ……。でも、言ったとして信じてくれたか? 君たちが沈めた船に、君たちと同じかもしれない存在が乗っていた、なんて』

 

 

 口にしてしまえば、もう止まれない。

 桐生提督の残した映像は、統制人格の権限では見ることができず、自分も見せないよう、意図的に隠していた。

 勘付いている子も居ただろうけど、明言することだけは避けた。

 曖昧にしておけば、誤魔化すことができた。……自分の気持ちすら。

 

 

『それに、信じてもらえたところで、何も変わらないんだ。

 自分たちは戦わなければいけない。“彼女たち”を討たなきゃいけない。

 だったら、知らない方がいいと思った。知ってしまえば、もう……』

 

 

 ……いいや、そうじゃない。また嘘をついている。

 みんなを気遣うふりをして、自分を守ろうとしていたんだ。

 ずっと目を逸らしてきた。深海棲艦に統制人格を見てから、ずっと。

 自分が呼んだ子たち以外は、意識的に見ないようにして、思考の外へ追いやっていた。

 そうしないと戦えないから。

 使い捨てにされるかも知れない子たちを、哀れんでしまうから。顔を見ながらだと、攻撃命令を出せそうになかったから。

 あぁ、結局はまた、逃げてたのか。……最低だ。

 

 

「提督。キスカ・タイプ、来ます」

 

『く……。ゆっくり話もさせてくれないか。全艦、戦闘用意! 今は生き延びることだけを考えろ!』

 

 

 自分の弱さが、この状況を作り上げている。その苦さを味わいながら、加賀の報告へと声を張り上げる。

 もう逃げられないと、自覚できたからだろう。

 ここで逃げれば、死ぬのは自分じゃない。こんな自分を信じてくれていた、みんな。

 それだけは絶対にダメだ。あってはならない。

 

 

『まずは魚雷の射線を確保する。重巡、戦艦は周囲の駆逐艦を。その他は予定通り、開口部へ集中砲火。再生させるな。加賀、爆撃はキスカ・タイプだけを狙ってくれ』

 

「承知しました」

 

 

 指示を出すのと同時に、隊列の変化も全体へ送る。

 空母たちを除いた、複縦陣での反航戦。

 駆逐艦と雷巡を庇うように、キスカ・タイプ側へ戦艦と重巡を配置する。

 頃合いを見計らって戦艦と位置を入れ替えさせ、魚雷発射管を載せた船で単縦陣へ。

 程無く、キスカ・タイプの艦影を目視で確認した。

 こちらに砲が向けられる。彼女たちも、戦うことを選んだようだ。是非も無い。

 

 

『砲撃開始!』

 

「……了解、です」

 

 

 覇気の失せた声で山城が応答し、先制攻撃を仕掛ける。

 戦艦六隻、重巡四隻。大小合わせて八十門の主砲が火を噴く。

 

 

『……どうした。まるで掠りもしないぞ!?』

 

《も、申し訳ありませんっ。ちゃんと狙っているんです。けど、だけど……っ》

 

 

 ――が、あれだけ群れた深海棲艦相手に、こちらの砲撃はまるで当たらない。

 いつもなら数発、調子が良ければもっと命中弾を出せるのに、弾は的をそれてしまう。

 選良種の力場で防がれているだけじゃない。榛名が顔に焦りを乗せる。

 

 

《Ouch! うぅ~! さっきからチクチク痛いデース!?》

 

《なんだか、素肌を輪ゴムでパッチンされてる気分です……。地味に痛いですよ司令ぇ……》

 

《例えは微笑ましいんですが、事態はもっと深刻ですよ、比叡姉さま》

 

《このままでは、装甲が、もちません……。あ、服に穴が……》

 

「痛い!? ……やっぱり不幸だわ……」

 

 

 逆に、吹雪型……ちがう。駆逐イ・ロ・ハ級と重巡リ級の砲弾は、金剛たちに確実なダメージを与えている。

 万が一にも撃ち抜かれれば、扶桑型の二人が特に危ない。

 加賀たちの爆撃で幾つか砲は吹き飛び、まだキスカ・タイプの狙いも甘いけれど、いずれ精度を上げてくるだろう。

 このままじゃ……っ。

 

 

《っかしいなぁ……。引き金、こんなに重たかったっけ……?》

 

《戦争のために生まれたモノとして、覚悟も、記憶も、持ち合わせていたはず、なのに……》

 

《……せやね。うち、アホみたいにビビってもうてる。なんやの、これ……》

 

 

 加古、古鷹も。黒潮までもが、艤装に振り回されているような様相だ。

 これまでだって戦っていたのだ。彼女たちも、死を覚悟して海へ向かっていたに違いない。

 けれど、相手には顔がなかった。誰も乗っていないと思って、撃っていた。

 無視してきた“命”が、今。重みとして肩にのしかかっている。砲を惑わせている。

 自分のせいだ。

 もっと早く、真剣に考えるべきことだったのに、軍務を言い訳にして後回ししたツケが、回ってきたんだ。

 自分自身に対してではなく、仲間たちに対して。

 

 

『電っ、回避行動を取れ! 狙われてるぞ!』

 

《え。――あっ、は、はいっ》

 

 

 そんな焦りが、ますます声を大きくさせる。

 金剛たちが庇っているとはいえ、水雷戦隊の数は多い。

 わずかにはみ出てしまう電たちを、怨念が狙う。

 

 

『撃つんだ電。撃たないと君がやられるんだぞ!?』

 

《そ、そうよ電。当てられなくてもいいから、とにかく撃ち返さないと……》

 

 

 加えて、電は全く砲撃を行っていなかった。

 狙いは定まっている。練度も上がって、間違いなく至近弾を出せる。

 現に、雷は多少のダメージを与えていた。

 でも動かない。

 風圧ではためく髪と、頬を滴る雫以外は。

 

 

《……ごめん、なさい……。電には……無理、です……。

 目が、合ったんです。悲しそうって、寂しそうって、思っちゃったんです。

 撃ちたく、ないのですっ。助けられないんですか、司令官さん!?》

 

 

 うなだれる彼女の言葉には、答えることが出来なかった。

 もう誰もが気付いている。あの深海棲艦は、かつての統制人格。桐谷提督が使役して、使い捨てた船。

 砲に込められているのは怨みと憎しみ。そして、絶望だ。説明されなくとも、そうだと分かってしまう。

 けれど、どうしろと言うんだ。

 憎悪で身体を鎧い、「何故。どうして」と言わんばかりに、鉄の涙をふり乱すあの子たちを、どう救えばいい?

 

 

《電ちゃん……。気持ちは分かりますけど、あの子たちは、もう……》

 

《でも……っ。ただ撃つことしか出来ないなんて……。そんなの……!》

 

《……チックショウめっ》

 

 

 答えなんか出る訳もなく、それを理解しているのだろう五月雨は、ただ悲しげに砲火を交える。

 へたり込む電の想いを感じ、涼風が悔しそうな顔で吐き捨てた。

 ……あぁ、確かに。これは畜生の所業だろう。

 人類が生み出した命と、その成れの果てが。勝手な思惑に振り回されて、戦っているんだから。

 ダメだ。きっと電は、撃てない。

 優しすぎるあの子に、強要なんて出来るはずがない。

 

 

「全艦へ強制介入。主砲塔制御権を全て自分に」

 

「提督? 何を……」

 

「お願いします、書記さん」

 

「……はい」

 

 

 なら、自分がやるべき事はたった一つ。

 あの言葉を、実行する時だ。

 

 

『――く!? っぐ、ふっ』

 

《ンなっ!? て、テートク、いきなり無茶しちゃ駄目ネ!? そんなことしたら……!》

 

《そうですっ。私なら大丈夫ですから、どうかご自愛をっ》

 

 

 言いすがる金剛、扶桑を無視して、自分は砲撃に専念する。

 総数二十四隻。砲門の制御情報が脳に集中し、押しつぶされるような重さを感じた。

 それでも、各艦ごとに書記さんがグループ分けしてくれた。回避行動もみんなに預けたままだから、大分マシな方だ。

 位置情報の確認。敵艦との距離を確認。相対速度や射角などの諸元を入力。全砲門を開く。

 轟音。

 百を越える砲弾のうち、数発が駆逐艦へ命中した。

 撃沈、させた。

 

 

『……自分たちは、戦いから逃げることができない。

 望む望まないに関わらず、戦いの中でしか、生きることを許されない身だ。

 ずっと見てきた。物言わぬ“彼女たち”が、海へ没していく姿を。あの、瞳を。

 だけど、自分は撃つ。君たちに撃てないのなら、自分が撃つ!』

 

 

 もう、誰かに任せていい状況じゃなくない。最初から、誰かに任せるべきじゃなかったんだ。

 今更かも知れないけど。こんな形じゃダメかも知れないけれど。自分はこんな方法でしか、責任を取れない。

 そんな言い訳を、己に言い聞かせる言葉へ乗せて、砲弾として放つ。

 幸か不幸か、制御で脳が一杯一杯になり、罪悪感を覚える暇はなかった。

 

 

『はぁ……。男ってこう、どうして肝心な時に言葉足らずなのかしら』

 

 

 しかし、繰り返される砲撃の最中、ふと桐ヶ森提督の声が割り込む。

 

 

『ちゃんと言ってあげなさい。アンタは、なぜ撃てるのか。何がアンタにそうさせるのか。理由を言いなさい』

 

 

 やけに静かな――慮るようなそれに、自分は脳内でルーチンを走らせつつ、心も探る。

 船ごとに複数のつまみを設定し、いちいち調整するイメージ。

 案外どうにかなるもんだ……と思っていると、なぜか、口は勝手に動き出していた。

 

 

『……生きていて、欲しい。

 自分たちの都合で呼び出して、無理やり戦わせて……。

 こんなロクでもない世界だけど、それでも生きて欲しいから。だから自分は、線を引く。

 君たちを生かすために、“彼女たち”を撃たねばならないなら、迷わず撃つ。……そう決めた』

 

 

 人生とは選択の連続だと、どこかで聞いたことがある。それと同じだ。ようはどちらを選ぶか。

 “仲間”の命か。

 “仲間だったモノ”の命か。

 きっと小説か何かの主人公なら、両方を選んで、両方を救ってみせるのだろう。

 でも、自分はそうじゃない。痛みのない物語なんて、現実には存在しない。

 だったら自分は、“仲間”を選ぶ。ただ、それだけだ。

 

 

『騙していたのは事実。裏切ったも同然だ。もう、信じられなくなったかも知れない。

 それでも頼む、今は戦ってくれ。このままだと君たちがやられてしまうっ。

 生きていなくちゃ、笑うことも、怒ることも、悲しむことすら出来ないんだ!

 許してくれなくてもいいから。お願いだから、生きて帰って来てくれ……』

 

 

 気がつけば、祈るような気持ちを晒け出す、情けない自分が居た。

 戦いのために生み出された君たちだけど、心を持ったからには、生きる喜びを知って欲しい。

 それが君たちのため……だなんて、善人染みた考えじゃない。

 これはきっと、君たちを戦争へと送り出すしかない、情けない男の……救いにもなるだろうから。

 

 誰も声を発しない。

 ただ、戦争の音だけが耳朶を打つ。

 やっぱり、もうダメなんだろうか。取り返しのつかない事を、してしまったのか。

 胸に込み上げる感情。

 暗く湿ったそれは、燃えていたはずの闘志をかき消さんと襲いかかり――

 

 

《Burning………………Looooooooove!!!!!!》

 

 

 ――突然な歓声が、闇を吹っ飛ばす。

 金剛。

 昼夜の反転した領域で、なお輝く笑顔を乗せ、彼女は両手を腰に当てる。

 

 

《まぁーったく。テートクはときどき、おバカさんになるのが困りものデース》

 

《全くもって同感です。もっとわたしたちを信じて欲しかったですね~》

 

『……は、え? お、おバカ?』

 

 

 続く比叡も、いつものあっけらかんとした表情。

 思わず休めてしまった砲撃ルーチンは、二人とその妹――榛名、霧島に奪われていく。

 

 

《“あの子たち”の姿を見て、確かに動揺してしまいました。不甲斐なく思われたのかもしれません》

 

《でも、私たちは軍艦。戦争の中で生まれた存在。必要以上に気を回し過ぎです》

 

 

 自分の砲撃制御とは違い、正確無比な射撃が繰り広げられる。

 赤黒い力場の盾を貫き、深海棲艦を大破させていくが、砲の運びに迷いはない。

 

 

《撃ちたくなくても、撃たねばならん時がある。戦の習いさ。この程度で怖気付くような、温い覚悟で戦場に立っているわけではない!》

 

《“貴方たち”に生きていて欲しいのは、私たちも同じ。だからきっと、ここに居るんです》

 

《うむ。吾輩たちは皆、そのために馳せ参じたのだからな!》

 

《その“重み”はみんなで背負うべきもの。もっと頼ってください、提督》

 

 

 那智さんが。妙高が。利根が。筑摩が。

 次々と制御権を奪い返し、砲戦へ参加していく。

 立ち続けるのも容易ではない波涛に負けず、しっかりと立っている。

 

 

《……さて。どうするの、提督。貴方の統制人格は、揺らぐことは多少あっても、簡単に折れたりしないわよ?》

 

 

 挑戦的なのは五十鈴だ。

 触手の迎撃をしつつ、つり目がちな流し目で、こちらに意思を問いかけている。

 ……思い出した。これは、電に言われた事と同じ。

 自分はどこかで、まだ彼女たちを下に見ていた。守るべき存在だと感じていた。そうじゃないと言われても、実感が伴っていなかったんだろう。

 本当に、バカだ。

 迷いから目を背けていた自分よりも、彼女たちの方が、よほど。

 ……どうするのか。そんなの、決まってる。

 

 

『ありがとう。共に戦えることを、誇りに思う。……誰一人として欠けるんじゃないぞ。これは、命令だ』

 

 

 生きるために、戦おう。

 今度こそ。背中を預けあう仲間として。

 熱い。

 胸の中に、新しい火種が生まれたようだった。

 

 

「命令、かぁ。命令されちゃあ、仕方ないよねー。……大井っち。だいじょーぶ?」

 

「はい。なんてことありません。私と北上さんの未来を阻むモノは、どんな存在であろうと敵です。やるべき事は変わってませんし」

 

《ブレないな……。まぁ、良いことだが。俺もいけるぞ!》

 

 

 のほほん、と返事をしてくれる北上に、なんだか身の危険を感じる発言な大井。ありがたいけど怖い。

 苦笑いする木曾も、帽子を目深に被りなおし、裂帛の気合いで艤装を構えた。

 その意気が伝わったか、涼風たちも表情が引き締まる。

 

 

《やるしか、ないんだね……。せめて、あたいらの手で終わらせないと……!》

 

《スンッ……。これが、本当の戦争、なんですね……。ただの記憶じゃなくて、今、私が経験してる、戦争……》

 

《――っし! 気合い入れ直しや! うちらは、こないなとこで終わられへんねん!》

 

 

 鼻をすすり、零れそうだった涙を拭う五月雨と、自身の頬を叩き、キッと目を見開く黒潮も、来たるべき雷撃の瞬間に備えている。

 よく考えれば、三人はこれが初実戦。酷な事態が重なってしまったけれど、五十鈴は正しかったようで、見事に持ち直ってくれた。

 だが――

 

 

《………………》

 

 

 ――電は、静かに涙を流し続ける。

 彼女も艤装を動かそうとしていた。発射管と砲塔がわずかに旋回し、狙いを定める。でも、そこから先は。

 胸につかえた何かを吐き出したいのか、震える唇を開いては、切なく噛みしめる。

 同調する魂が、歯痒い気持ちを伝えた。

 純粋に、ただ救いたいと願っても、力がなくて救えない。

 力がなければ――強くなければ、優しく在ることすらできない、不条理な世界へのやるせなさ。

 

 

《ねぇ、電》

 

 

 そんな妹を、雷は呼ぶ。

 戦場においても柔らかさを失わない声は、轟音の響く中で、温かな静寂を作り上げた。

 

 

《言葉にならない時は、無理しなくてもいいのよ。分かってるから、全部。

 あなたの優しさも、悲しみも。司令官を通じて、感じてるから。……ね?》

 

《――あ》

 

 

 自らの後ろを振り返り、雷が微笑む。

 慈母のような神々しさすら感じるそれに、電は顔をクシャクシャにして――

 

 

《……ごめん……なさい……ごめんなさい……っ。

 電は、電にはまだ、やりたい事とか、一杯あって……。一緒に居たい、人が居て……。

 だから……だから……!》

 

 

 ――悲しみを抱えたまま、引き金をひく。当てることは出来なくても、決意と共に、攻撃する。

 優しさとは、戦いでは邪魔にしかならないものだ。敵に同情し、狙いを甘くさせ、引き金を重くする原因だ。

 多分だが、昔のままの彼女がここに居たら、こんな選択は出来なかっただろう。

 絶望に身をすくませ、優しさで指を絡めとられ、命を散らせていたはず。そんな子だ。

 

 

『……桐林。アンタって、恵まれてるわね』

 

『はい。もったいないくらいです。羨ましいでしょう?』

 

『バカ。調子乗らないの』

 

 

 しかし、出会ってから今までの間に起きた出来事が……。想い出と仲間の存在が、優しすぎる少女に戦いを決意させた。

 喜ぶべき成長。悲しむべき結果。

 どう評すればいいのか、自分にはなんとも言えない。ただ、電は選んでくれた。戦ってでも、一緒に居る道を。

 それだけは、嬉しいと感じた。

 

 

「話はお済みでしょうか、提督。二次隊を上げても?」

 

『許可する。……すまん、助かる』

 

「お礼を言われるような覚えはありませんが……。受け取っておきましょう」

 

《……ねぇねぇ。提督と加賀さんって、妙に通じ合ってるように感じない?》

 

《そうよね……。私たちの方が付き合いは長いはずなのに……。羨ましい……》

 

『こらこら、なんの話だ。集中しろ二人とも』

 

《はぁーい。まだ戦闘中、だもんね》

 

《ええ。第二次攻撃隊、順次発艦させますっ》

 

 

 言葉少なに、信頼を行動で示してくれる加賀にも、感謝の念で一杯だ。

 どんな状況にあろうと、揺るがない一航戦の誇り。きっと赤城も同じようにしてくれただろうと、確信がある。

 瑞鳳たちの羨ましいという意見はよく分からないが、自分から二人への信頼だって負けてない。これからも頼りにさせてもらおう。

 

 

《……山城? ひょっとして私たち、忘れられてるかしら……?》

 

「言いたいこと、全部言われちゃいましたもんね……。所詮、そういう役回りなんでしょうか……」

 

『んなこた無いって! 地味にみんなのカバーしてたの、分かってるから。な?』

 

「地味……。あれ、なんでだろう。物凄く心に来る……」

 

《だ、大丈夫よ。艦隊で二隻だけの航空戦艦だもの。いつか陽の目を見る時が来るわ、きっと……多分……おそらく……?》

 

「お姉さまぁ……」

 

 

 空母組と気持ちを確かめ合っていたら、別の意味で悲しいことを言い出す戦艦姉妹。

 みんなが迷っていた間、砲撃から瑞雲での爆撃まで、必死にこなして戦況を支えていたのは扶桑と山城だ。

 もっと自信を持って欲しいくらいなのに、なぜだか拭いきれない、縁の下の力持ち感。

 ……うん。良いことだよ、きっと?

 

 

《提督っ、こちら古鷹です。もうすぐ雷撃の射線が確保できますっ》

 

『了解した。……無理してないか、古鷹。加古も』

 

《はい、大丈夫です。もう迷ったりしませんっ》

 

《思考停止するって訳じゃないけどさ。まずは生き残んなきゃいけないわけだし。色んなもんまとめて、ブッ飛ばす!》

 

 

 いつもの調子に戻りつつある思考へと、ハキハキした報告が入る。見れば、敵艦の数はかなり減っていた。

 砲の重さにあえいでいた二人も、迷いは吹っ切れたようだ。この大舞台を初実戦として、見事に役目を果たしている。

 みんなが作ってくれた機会、無駄にするものか!

 

 

『金剛、扶桑っ』

 

《Aye,Aye,Sir!》

 

《目標変更、キスカ・タイプに照準します!》

 

 

 バラけていた標的を一つに集中させ、やや速度を落とした戦艦と重巡がキスカ・タイプへ砲撃を加える。

 こちらを狙っていた側面砲塔が沈黙し、その隙に、間隔の開いた打撃部隊の合間を縫い、隊列の左右が入れ替わった。

 ガラ空きとなった腹へ、水雷戦隊の発射管が向けられる。雷巡、重巡、駆逐艦。合わせて、片舷 百二十八門の酸素魚雷。

 

 

『今だ! 北上、大井っ、ブチかませ!』

 

「りょーかーい。さぁって、ギッタギタにしてあげましょーかねっ」

 

「皆さん、タイミングを合わせて下さい!」

 

 

 まずは北上隊が第一射。わずかに時間をズラして、大井隊が第二射を放つ。

 

 

「こちらもお忘れなきよう。一航戦、加賀。参ります」

 

《航空母艦、祥鳳。続きますっ》

 

《同じく瑞鳳! 軽空母だって、頑張れば活躍できるのよ!》

 

 

 同時に、北上たちの反対側から、天山が航空魚雷を投下。

 浮遊要塞が落ちた今、制空権はこちらにある。数十機の艦攻が放つ、精度の高い雷撃が加わり、必殺の雷撃陣が完成した。

 あの巨体からして、回避は不可能。何本かは、まだ生き残っている深海棲艦に当たってしまうだろうが、どちらにせよ甚大なダメージを与えられるはずだ。

 飛び交う砲弾の下を、酸素魚雷が進む。

 命中まで、残り二十秒。だが――

 

 

《そんなっ、また駆逐級が!?》

 

《なんじゃとぉ!? そんなんアリか!?》

 

 

 ――再び、キスカ・タイプの周囲に駆逐艦が現れた。

 天山が攻撃した側は、側面砲塔からの射撃による召喚。水雷戦隊側は、特に予備動作は見られなかった。

 出現地点から考えてみると、砲撃によって飛び散った、双胴船の破片から生まれたらしい。利根、筑摩が驚くのも当然だ。

 水柱。

 射線上で立ちふさがる深海棲艦たちが、雷撃の第一射を吸い込む。

 運良く潜り抜けた残りの魚雷も、二重三重に浮上してくる船で阻まれ、一本もキスカ・タイプへ届かなかった。

 必殺を期待した作戦のあんまりな結果に、比叡が頭を抱えだす。

 

 

《マズいです、ヤバいです、ピンチですよ司令! あれってもしかして、食べた分だけ好きな時に吐き出せるってことじゃ!?》

 

『どうも、そうらしいな……。くそっ、雷撃は無意味か……っ』

 

「んがーっ! 何さそれー!? これじゃあ結局、あたしたちの評価は重雷装艦(笑)なままじゃーん! 活躍の場をよこせーい!」

 

「き、北上さん、落ち着きましょう? まだチャンスはありますから、ね? ほら皆さん、手筈通り、二手に分かれますよー! 榛名さん、霧島さん。先導をっ」

 

《了解いたしました!》

 

《お任せを。……にしても、完璧に防いでくれますね。ふぅむ……》

 

 

 よほど悔しいのか、十五・五cm砲から怒りをぶちまけつつ、北上が地団駄を踏む。瑞鳳も、「活躍……したかったのにぃ……」と恥ずかしそうな様子だ。

 気持ちはよぉく分かる。失敗ばかりで麻痺しそうだが、ことごとくに防がれてしまう、こちらの作戦。霧島の言う通り、やはりおかしい。

 とりあえず、失敗した場合も想定してあったから、二次行動として隊を分割。今度は三方向からの同時雷撃を狙うつもりだが……上手くいくだろうか。

 いや、やる前から失敗の可能性を考えたって仕方ない。座して死を待つのは勘弁だ。最後まで足掻いてやる。

 

 

『オイ、聞こえるか。劇団桐林』

 

『間桐提督? って、なんですかその呼び方』

 

『ハッ。戦闘中にクッセェ台詞の応酬してっからだバーカ。それより、解析が済んだ。結果を伝える。全員聞け』

 

 

 そんな時、脳内へ響いたせせら笑い。

 ちょっとだけムカつくが、確かに戦闘中にやる事じゃない。反省しなければ。

 ともかく。にっちもさっちも行かないこの状況で、新しい情報は喉から手が出るほど欲しい。

 自然とみんなも耳を澄ます。

 

 

『奴の再生パターンを観察した結果、局所的に他より硬く、再生速度の速い箇所を見つけた。

 断定はできねぇが、おそらくなんらかの重要機関があると思われる。

 反対側はどうだか知らんが、俺の陸奥なら撃ち抜ける計算だ。とにかく一回ブチ抜く。

 しかしだ、有効だったとしても、射角の問題で一方しか狙えん。

 もう片方はテメェの船にやらせろ。一点集中すりゃ、ヘボでもまぐれ当たりが出るだろ。いいな。

 それと、狙撃位置につくまでまだ時間が掛かる。足止めしとけ』

 

 

 視界の一部を、解析結果と思しき映像が占有した。

 複数回の砲撃とキスカ・タイプの装甲再生を、加賀や利根たちの艦載機が観測したものだ。

 まるで木造建築が如く、簡単に吹き飛ぶ装甲。そしてそれは、不快な泡を立てて元どおりになる。

 しかし、ごく一部。巨体のほぼ中央部分だけは妙に硬く、再生速度も段違いだ。比較してみると、砲弾の食い込み具合の違いがよく分かった。

 常識……が通用するかは不明だが、あの場所がキスカ・タイプにとって重要であることは間違いない。

 敵船に対して北北西に居た間桐提督の艦隊が、狙撃可能な北北東へ向かうまで、時間を稼ぐ。まだ、やれる!

 

 

『分かりました。みんな、聞いてのとおりだ。まずは回頭して同航戦に移行。然るのちに――』

 

「……!? すみません、割り込みます! 全艦、巨大船から離れて下さいっ」

 

『――山城?』

 

「説明してる暇ありません、信じてください、早く!!」

 

 

 心機一転、新たな指示を出そうとした時に、山城が叫ぶ。

 同調する五感に、鳥肌が立つような感覚を覚えた。悪寒と言っていいだろう。

 返事の間も惜しく感じ、思考のみで離脱を命令する。

 と、キスカ・タイプの船体から、異常な唸り声が轟き出した。

 

 

《これは……タービン音?》

 

《そういう事ですか……っ、デタラメにも程が――》

 

 

 扶桑がつぶやき、霧島の顔色が変わった刹那。

 キスカ・タイプは回頭を始めた。しかも、戦車が無限軌道で行うような、超信地旋回。

 互い違いの艦首と、双胴を繋ぐ船は、この為か……!?

 

 

『ちょっと、マズいわよっ。無傷な方の船体に砲塔が増え始めたわ! 貴方たち、回避に専念なさい!』

 

『オイオイオイ冗談だろ……。何百隻分だアリャあ!?』

 

 

 キスカ・タイプ上空を旋回する桐ヶ森隊の彩雲が、側面装甲や甲板上に生える、新たな砲を確認した。

 大小を問わず、射角の調整すら儘ならぬほどに密集している。まるで針山だ。

 そして、山城の警告に従い、散会しつつ離脱を試みていた艦隊へ――

 

 

《そんな……。私の戦況分析が甘かった……?》

 

《Hey,霧島っ、今は後悔してる場合じゃ――ぁぁあああっ!?》

 

『金剛!?』

 

 

 ――絨毯爆撃ならぬ、絨毯砲撃が与えられた。

 点ではなく、面で降りつける鉛の雨。初速の違う弾頭がぶつかり合い、空中で無数の爆発が発生している。

 回避しようにも、まだ散会しきっていなかったせいで思うようにいかない。

 少女たちの悲鳴が、耳に木霊する。

 

 

『バ、カな……。一瞬で……。そ、損害報告! 電、金剛っ、みんな!?』

 

『クソッタレが! これじゃあ狙撃も……!』

 

 

 一瞬だけ、気の遠くなるような感覚。

 フィードバック発生を防ぐため、書記さんが一時的に同調率を下げたせいだ。

 おかげで自分は何も感じないが、同調率が復帰するにつれ、皆の負傷の度合いも伝わり、今度こそ血の気が引く。

 

 

《い、たい……ので、す……》

 

《Sit! テートクに貰った、大切な装備ガっ!》

 

《ぐぅ……これくらいの傷、なんてことは、ない……っ》

 

《う、く。こんな、格好じゃ……レイテ突入は、無理ね……》

 

《砲塔が吹っ飛んだ!? ……っんのぉ、変態ヤローが! 古鷹っ?》

 

《やっちゃった……。でも大丈夫。まだ、沈まないよっ》

 

 

 無事なのは、距離を置いていた空母たちのみ。他は全てが被弾してしまった。

 電、金剛、那智さん、扶桑、加古、古鷹を始め、甚大な被害を受けている。

 辛うじて中破に留まっているような有様だ。

 

 

《あか~ん、こりゃあかんでぇ、こないなこと何度もされたら……》

 

《たかが上部兵装を少し失っただけよっ。機関部はまだ大丈夫! やれるわ!》

 

「元気だね~……。あたしたちは、ちょっと無理かも……。マジでシャレになんない〜……あたたっ」

 

「北上さん!? ……よ、よくもぉ……っ!! 発射管さえ無事なら、あんな奴……っ」

 

 

 特に水雷戦隊の損傷が酷い。

 彼女たちの主力は雷撃。それを行うために必要な魚雷発射管は、敵砲弾の直撃を防ぐために防盾を備えているのだが、あの密度で攻撃されては意味もなく、ほとんどが破損していた。

 むしろ、魚雷が誘爆しなかっただけ有難いと思いたくなる。

 たった一撃。撃破の糸口を掴んだはずが、たった一撃で全てをひっくり返された。

 ……バカげてる。どうしろって言うんだこんなの!?

 

 

『くそ、なんなんだあの船はっ! このままじゃみんなが……っ!?》

 

《し、司令官さん、落ち着いてほしいのです。電たちなら平気ですからっ》

 

『けど……っ、ごめん、愚痴ってる場合じゃないな。どうにかして立て直さないと……。見通しが甘かった……』

 

《何よ、そんな不安そうにしないで! 雷は大丈夫なんだから、気に病む必要なんか――あれ?》

 

 

 思わずこぼれた苛立ちにも、傷ついているはずの少女たちが健気に支えてくれる。

 その暖かさにで思考は立ち直すが、しかし、その言葉尻が不意に上がり、違和感を示した。

 無理な増設だったのか、針山を崩壊させるキスカ・タイプへ向けられたそれは、新たな脅威を教えるもの。

 

 

「……っ!? 提督っ、キスカ・タイプ上甲板が開口しています。おそらく昇降機かと」

 

『なんだと? まさか、浮遊要塞の機能まで取り込んだのか?』

 

《一、二、三、四、五……。ど、どんどん増えてる。もう浮遊要塞の数より多いよっ?》

 

《第二次攻撃隊をいったん下げます! 急いで艦戦を発艦させないと、上を取られる……!》

 

『本気じゃなかったってこと? 舐めた真似してくれるわね……っ』

 

 

 加賀の二式艦偵が、またしても変異を起こす双胴船の姿を捉えていた。

 飛行甲板が縦にいくつも並べられるような、広大な上甲板。そこへ、いきなりポッカリと黒い穴が開く。

 桐ヶ森提督の言葉が終わらないうちに、キスカ・タイプからは新たな艦載機が垂直に飛び立っていた。

 数えるのを放棄したくなる、群れ。しかも、出力強化型だけで占められている。

 焦りながらも、瑞鳳や祥鳳が残りの紫電を上げているが……多分、間に合わない。

 

 

《命令をくれ、指揮官! 俺はまだやれるぞっ、ちょっとばかり涼しくなっただけだ!》

 

 

 木曾の求めに、応えられる言葉が無かった。

 対空戦闘をしようにも、空母以外の上部兵装は半壊。

 航空戦ならまだ対応可能だけれど、数の暴利で劣勢はやむを得ない。

 針山も復活を始めた。回避に徹すれば時間は稼げるが、幸運はそう長く続かないだろう。

 

 

(ダメなのか。ここで、終わるのか? 手も足も出せないまま、見ているしかないのか……!?)

 

 

 真綿で首を締められているような。肺が凍えるような、息苦しさを感じた。

 時間の流れと共に、確実に忍び寄る気配を。

 これが……絶望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう諦めるのか? いいや。貴方はその程度の男ではないはずだ」

 

《そうよ。なんと言っても、この私たちがついてるんだからっ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に届く、凛々しい声と華やいだ声。

 まだ聞き慣れず、しかし、待ち望んでいたそれは……!

 

 

《今の声は……》

 

「扶桑姉さま、あれを!」

 

 

 暗い空を横切る“何か”。

 キスカ・タイプの直上へ近づくと、花火のようにまばゆく爆ぜ、飛び立ったばかりの敵 艦載機を炎が巻き込む。

 三式弾。それも、扶桑や金剛たちの三十六cm砲で使うものではなく、より大きな。

 全てを見計らったようなタイミングは、敵機の九割が為す術なく堕ちるという、目覚ましい効果を発揮した。

 ああ、間違いない。この声。この力。確かにつながるこの魂。

 

 

『長門、陸奥! 来てくれたか!』

 

「もちろんだ。待たせてすまなかった。暖機は途中で切り上げて、後を追わせてもらったぞ」

 

《でも許してね? 女の子は、お化粧に時間が掛かるものなの》

 

『いや、助かった。ありがとう。本当にありがとう……!』

 

 

 加賀たちのやや北西。主戦場からはまだ遠いが、最大戦速で南下する二隻の軍艦があった。

 四十一cm三連装砲から、砲火の余韻をたなびかせる戦艦。甲板上にはそれぞれ、少女が威風堂々と立っている。

 夜よりも濃く、長い黒髪。内巻きになった短い茶髪。

 赤いソックスに加え、対照的な白と黒のミニスカートを履く彼女たちは、肩や脇、腹部を大きくはだけた和装で上半身を守り、二本の角にも見える測距儀で艶やかさを飾る。

 名を、長門と陸奥。

 山城と同じく、かつての聯合艦隊旗艦を務めた偉大な戦艦と、その姉妹艦――ビッグセブンの二隻だ。

 

 

《……あ! あのとき司令官さんが言ってたのは、長門さんたちの事だったんですね?》

 

『ああ。初めての航海だから、大事をとって通常暖機をしてもらってたんだけど、思ってたより戦況が早く動いたし、計算からは外してたんだ。

 でも、状況は変わってない。艦隊の被害は大きいし、またあの砲撃をされたら終わりだ。精密射撃が可能な距離に長門たちが来るには、時間が……』

 

『はっはっは。援軍は二人だけではないぞ。そら、手伝ってやろうかの』

 

 

 力強い増援に胸が沸き立ち、厳しい現実で冷めそうになるも、更なる一声が。

 年輪を感じさせ、深みをにじませるこれは、中将?

 

 

「提督、皆さん! 対閃光防御を!」

 

「へ? 閃こ……り、了解――うをっ!?」

 

 

 いきなりな書記さんからの警告に、慌てて視界の明度を落とすも、それでも眩しさに目がくらむ。

 先ほどの三式弾と違い、鮮烈に空を引き裂く、一条の赤い光。

 はるか彼方から伸びるそれは、ある一点で直角に曲がり、キスカ・タイプの上甲板を撫でるように這う。

 

 ――哭泣。

 

 鋼鉄が赤熱し、飴細工のように溶け始めた。

 いつの間にか、聞こえているのが当たり前になっていた“歌”が、消える。

 

 

《ひぇえぇぇえええっ!? な、なんですか今のぉ!?》

 

《むっ。まさか、あれは……!》

 

《知っているんですか、霧島?》

 

《ええ。おそらく間違いないでしょう。あれは、“ひかり”の曲射熱線砲ですっ》

 

《アレが? It's Amazingネ……。超兵器ってLevelじゃないデース……》

 

 

 さっきまでの危機感も忘れ、みんなポカンと眼前の光景に見入ってしまう。

 当然だ。あんだけ苦労してダメージを与えようとしていたのに、一瞬でそれを上回る攻撃力が見せ場を持っていった。

 キスカ・タイプの上甲板は、今や溶鉱炉の一部と化している。わずかに海面へと走ったせいで、水蒸気が凄いことに。世の不条理すら感じる。

 こんな船が何隻もあって負けたのか? どうなってるんだ、この世界は……。

 

 

『ちょっと遅ぇんじゃないですかい、中将。格好付き過ぎてムカつきますぜ?』

 

『はっはっは。そう言うな間桐。真打ちは遅れて登場するもんじゃ。攻撃許可をもらうのに手間取ってな。

 それと、桐林艦隊の嬢ちゃん方。感心しておるところ悪いんじゃが、これ以上の手出しは難しいぞ』

 

《何故じゃ、中将殿? あのような攻撃が可能ならば、もっと早く決着がつくだろうにっ》

 

『至極もっとも。だがの、あの出力には反射板が耐えきれん。そちらに送っているのは残り数機しかないのじゃ。

 照射時間はせいぜい十数秒。ジェネレーターも一基が吹き飛びおった。危うく沈没寸前じゃわい。はっはっは!』

 

《ご、豪気な方ですね……》

 

 

 破れた衣服から覗く肌を隠しつつ、筑摩が苦笑い。利根も「ううむ、口調が被っておるな……」と難しい顔だ。

 悩むところが違うだろ。あとさ、もっとちゃんと隠して。急に視界が肌色めいて困るんだ。

 

 

「えぇーっと……。何があったんですか、提督。私、肝心な時に目にゴミが入っちゃって……」

 

『妙なところで不幸だな……。浮遊反射板を使った、“ひかり”からの超長距離支援砲撃だよ』

 

《支援砲撃……。まさか、宿毛湾からここまで、ですか? なんて凄まじい……》

 

《び、ビックリして腰が抜けちゃいました》

 

 

 妙高の呆れ顔も、五月雨がへたり込んでしまうのもしょうがない。

 改めて整理すると、中将が“ひかり”に配備された浮遊反射板を使用し、水平線を超えた超長距離射撃を行ったのだ。

 数百kmにおよぶそれは、反射板に備わっているという、分子的に熱線の通り道を作る機能のおかげだろう。

 熱線と称されるだけあり、照射しているのは超高出力の赤外線レーザーで、自分にも見えたのは、統制人格の感覚を通していたからである。

 

 

『これでみんなを退避させる時間が稼げる……。ありがとうございます中将、おかげでなんとか……!』

 

『なぁに、ワシだけの力ではないでな。ほれ、よく見てみよ』

 

『え?』

 

 

 中将に視点を導かれ、空を見やる。

 未だ白熱する浮遊反射板のそばに、見覚えのある艦載機があった。彗星だ。というより、これは彗星の視界だった。

 慣れ親しんだ感覚を辿っていけば、戦場へと足を急がせる十二隻の船たち。

 

 

『……赤城?』

 

「はい、お待たせいたしました。一航戦、赤城。これより戦列に参加いたしますっ」

 

《赤城さんだけじゃありませんよっ。雪風も参戦させて下さい!》

 

《提督~! 島風が来たよ~っ、思ってたより早かったでしょ~?》

 

《雷、電っ、大丈夫!?》

 

《ワタシたちが来たからには、もう好き勝手はさせない……!》

 

《いてこましたるたるでぇ、こんのド外道め!》

 

 

 背筋をピンと。反射板の護衛艦載機を制御しながら、たおやかに微笑む赤城。

 大きく手を振り、元気さをアピールする雪風、島風。

 負傷した妹たちを気遣う暁と響に、怒りで拳を震わせる龍驤。

 

 

「やっっっっったぁああぁぁあああ!! 時間的には朝だけど、待ちに待った夜戦っぽい戦闘だー!!!!!!」

 

《あらあら~。そんなに興奮すると鼻血出ちゃうわよ~》

 

《陽炎型ネームシップ、参上よっ。よくもみんなを痛めつけてくれたわねぇ?》

 

《この借りは返します。……ええ、三倍返しです》

 

《軽巡・長良、参戦します! 砲雷撃戦、用意っ!》

 

《や、夜戦だけは、得意なんです、私。が、頑張りますっ》

 

 

 島風・雪風以上に元気一杯。超絶戦意向上中な川内と、それをニコニコ顔でたしなめる龍田。

 不敵な笑みを浮かべ、揃いの手袋を直す陽炎、不知火。

 負けじと艤装を構える長良に、そんな気は無いんだろうけど、前屈みに両の拳を握ったせいで、たゆんたゆんが強調されちゃった名取。

 

 そこには、みんなが居た。

 魂を分け合った、仲間たちが。

 

 

 

 

 


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