新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と戯れる悪意

 

 

 

 

 

 一つ、疑問に思っていたことがある。

 ツクモ艦が出現してから三年。傀儡能力者が生まれてからは、早くも三つの季節が過ぎた。

 相変わらず海は塞がれ、同時に空も侵されている。

 しかし、それだけなのだ。

 

 最初期に犠牲となった、数多の人々を忘れたわけではない。ツクモ艦は敵だ。

 だが彼ら――と、呼んで良いのかは分からないが、ひとまずこう呼ぶ。

 彼らは、それ以上の侵略行為を行わない。

 海に出れば、大きさも種類も関係なく、エンジンを乗せた船は沈められる。空を行こうとも、海上へ出て半刻もせず撃墜される。

 けれど、陸にだけは攻撃しようとしない。多くの人間が住まう大地を侵そうとはしない。

 

 何故だ。

 彼らが人類の敵対者であるなら、何故もっと殺そうとしない。何故、版図を拡げようとしない。

 自ら手を出すことなく、人が海と空を進もうとした時のみ、武力を振るう。

 それはまるで、「侵略しているのは人類だ」という、意思表示のようにも思えるのだ。

 

 

 桐竹随想録、第七部 陰る、未修正稿より抜粋。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『どういうことなんですか、一体?』

 

『どうもこうもないわい。いきなり偽島が動きおったのだ。文字通りにの』

 

 

 装具越しに聞こえる中将の声は、多大な困惑を含んでいる。

 硫黄島から、帰りの海流に乗ってわずか十数分。唐突な知らせに、誰もが驚かざるを得なかった。

 

 偽島、動く。

 

 桐ヶ森提督がもたらした情報である。

 それは瞬く間に日本中を駆け巡り、各鎮守府は厳戒態勢を余儀無くされていた。

 和やかな空気が、戦いへの緊張に取って代わる中、あきつ丸が挙手をし、皆の疑問を代弁する。

 

 

「中将殿、発言をお許し頂きたい」

 

『うむ、許す』

 

「有り難く存じます。まさか、あの装置が引き金となったでありますか?」

 

『いや、それにしてはおかしいんじゃよ。もしアレが切っ掛けなのだとすれば、偽島は北東へ向かうはず。

 それが、加速しながら真っ直ぐ北上、おまけに島の形状すら変化させておる。もはやセイロン偽島とは呼べん有様じゃ』

 

 

 タイミングを考えると、無関係とは思えない今回の任務。しかし、中将の語る事実は、奇妙な“ズレ”を教えた。

 あの声が偽島を呼び覚ましたのなら、普通に考えて、その発生源へ向かうと考える。だが現実は違う。

 偽島は北へ――四国は高知県との直線上を進んでいる。日本へ、攻め込もうとしている。

 

 

(もしかして、あの声は狼煙のような物だったのか。自分たちは、本当に災厄の引き金をひいてしまった……? いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない……っ)

 

 

 泡立つ悪寒が鳥肌を立たせるも、深く深呼吸をして気を落ち着かせた。

 因果関係を整理するのは後だ。深海棲艦への対応を優先しなくては。

 それに、もう一つ聞きたいこともある。

 

 

『状況は把握しました。しかし、なぜ自分が佐世保に? 増援を必要としているなら……』

 

『なぁに、保険じゃよ。確かに能力者の居場所は傀儡制御に関係せんが、佐世保へ出向いてもらわんと出来ぬこともあるでな。

 ワシ自身も久々に出るやもしれん。最悪の事態に備え、“ひかり”の用意をしておくようにと、上は言っておる』

 

『“ひかり”を? 唯一残った光学武装艦じゃないですかっ』

 

 

 思わぬ名前に身を乗り出そうとしてしまい、装具が軋む。日本に残された、最後の切り札まで切ろうとしているのか。

 密かに乗組員の育成をしているという噂は聞いていたが、どうやら、上は事態を重く捉えているようだ。

 

 

「八○○○t級護衛艦、ひかり型ネームシップ。前時代的な艦艇と区別するため、光学現象などに関する名前を与えられた近代戦闘艦。

 反射浮遊板を使用する曲射熱線砲、重振動ミサイル、分散魚雷を装備し、海底探査にも利用可能な多機能レーダーを有しています。

 かつて、司令長官が座乗なされていた艦ですね」

 

《そ、そんな凄い船が残っていたんですか。雪風、ビックリです》

 

《うん。なんか、私よりも早そうで、ちょっと悔しいかも……》

 

 

 書記さんが諳んじるスペックに、雪風は目を見張り、島風は悔しそうな顔を見せる。

 保有制限もあり、大した数は作られていないが、一隻で深海棲艦を相手取れる戦闘力を持つ、近代戦闘艦。超伝導推進装置により、最高速度六十七ノットを叩き出すことも可能な船だ。

 姉妹艦として、“にじ”、“しょこう“、“げんじつ”、“はくめい”などが存在したが、対深海棲艦戦術を見出せないまま戦闘へ赴き、一番艦である“ひかり”を残して轟沈している。漢字では虹、曙光、幻日、薄明と書く。

 唯一の弱点といえば、昔ながらの護衛艦とさして変わらない装甲くらいで、対応戦術が確立された今、上手く戦えば、フラ・タ数隻をまとめて倒せるはず。

 上手く戦うことができれば、だが。

 

 

《……逆に言えば、そんな船を引っ張り出さないといけない状況、ということだよね》

 

《ワタシもそう思う。相手が相手なんだ。油断なんて、できるはずが無い》

 

《でも、こっちに向かってないんだから、とりあえずは安心っぽい?》

 

 

 おそらく、先鋒を務めるのは“桐”。沖縄にいる桐ヶ森提督と、その近くで資材輸送・船団護衛を行っている桐谷提督。加えて、二人の補佐をしている能力者だろう。

 攻撃力の低い夕立たちが、矢面に立たずに済むのは安心だけど、時雨の言うとおり、“ひかり”のような船を用意しておかなければならない、非常事態でもある。覚悟だけはしておかないと。

 

 

『もちろん、おヌシの船にも出てもらわねばならん。特別に、予備の中継器を四台貸し与える。

 二十四隻までの艦隊を編成、横須賀から出航させよ。呉を経由し、沖縄へ向かわせるのだ。そして、桐林提督は空路を使い、佐世保に向かえ。

 現在出撃中の艦隊も戻り次第参加じゃ。場合によっては、呉にも寄らず直接出撃となるやも知れぬ。準備を怠るでないぞ』

 

『はっ!』

 

 

 身動きできない自分に代わり、あきつ丸たち六人が敬礼。中将との通信は途絶えた。

 途端に、ドッとのし掛かってくる重圧。

 硫黄島への揚陸任務とは違う、撤退が許されるかどうかも分からない、決戦だ。

 

 

『全く、なんだってこんな急に……。すまない、みんな。こういうわけだから、あとの指揮はあきつ丸に預ける。帰還を最優先に行動せよ』

 

「了解であります、提督殿。帰還ルートは完璧に記憶しているであります」

 

《艦隊のことはお任せくださいっ。絶対みんなで帰ります!》

 

《超特急で帰って、私たちも追いかけるから。あんまり遅いと、途中で追いついちゃうよ?》

 

『ああ、そっちの方がありがたいな。じゃ、また後で』

 

 

 あきつ丸に雪風、島風。残る三人の頷きを確認し、同調を切る。

 装具から解放されると、座席の上を飛び降り、軽く柔軟して身体をほぐす。

 必要以上に緊張するな。今まで積み重ねてきた物を思い出せ。

 それを忘れなければ、きっと無事に帰還させられるんだから。

 

 

「さて、と。まずは……」

 

「皆さんへの連絡は私が。佐世保には空港から小型ジェットが出るようですので、その前に状況説明をするのが良いかと。

 この時間なら、どの重構造会議室も空いているはずです。庁舎の裏口へ車を手配しますので、終わり次第そちらに。お急ぎください、提督」

 

「分かりました。お願いします、書記さん」

 

 

 こんな状況にあっても、彼女はいつも通りだ。頼もしい。

 落ち着いた声に背中を押され、自分は走り出す。

 地下を脱する階段を登り始めるころには、鎮守府全域へと放送が流されていた。

 

 

『桐林艦隊に所属する、全統制人格へ通達。

 現作業を全て中断し、庁舎地下にある第一重構造会議室へ集合してください。

 繰り返します。現作業を中断、重構造会議室へ集合してください。

 司令長官、並びに、桐林提督による最優先事項です』

 

 

 普通の統制人格なら呼ぶ必要なんてないのだが、うちの子たちは色んな場所で作業をしていたり、それぞれに余暇を過ごしているため、こうして呼び掛けないといけない。ちょっと手間だな。

 階段を登り終えると、そこは庁舎の一階である。

 一般職員は偽島の存在を知らないはずだが、今の放送で事態を察したのか、すれ違う顔に緊迫した表情が浮かぶ。

 彼らからの敬礼と会釈を受けつつ、会議室へ続く大型エレベーターに。降りた先を右手に進めば、もう目的地だ。

 ……と、入り口の前にたむろする少女たち。

 

 

「一番乗りは白露たちか。自分もまっすぐ来たんだけど、負けたな」

 

「はぁ、はぁ……。な、なんといっても、一番艦ですからっ」

 

「ホントはタイミング良く、庁舎の酒保に来てただけなんですけどね~」

 

「それで、一体何があったんですか、提督?」

 

「こんな呼び出し、ただ事じゃあないってのは分かるんだけどさ……」

 

 

 硫黄島組の二人を除く白露型――白露、村雨、五月雨、涼風だ。

 肩で息をする白露の手には、膨らんだビニール袋。おやつの調達をしてたらしい。

 本当に空気を読んで欲しいもんだ。深海棲艦の連中め。

 ま、それよりも質問に答えてあげなきゃ。

 

 

「手短に言う。偽島に動きがあった。自分たちも出るぞ」

 

「……え!? 偽島って、セイロン偽島ですよね。本当なんですか?」

 

「そいつぁ、とんでもない事態だぁね。提督。やっとあたいらの出番ってわけかい?」

 

「そうなるな。詳しいことはみんな揃ってからだ。適当に待っていてくれ」

 

 

 室内に入ってから、続く五月雨、涼風へと説明。扇状に置かれた席を進める。

 投影用スクリーンとの間には高低差が付けられており、大学の講堂みたいな感じだ。

 自分はもちろんスクリーンの前に立ち、四人は前から席を詰めるのだが、五月雨は妙にソワソワしていた。

 

 

「落ち着いてますね、提督。私、なんだか緊張しちゃいます……」

 

「ん? 焦ったって仕方ないからな。こういう時こそ冷静に、出来ることをしっかり把握するのが大切なんだ。この間の一件で、それを学んだよ」

 

「おぉ~。なんか貫禄を感じるわ。そこはかとなく男前に見えるような?」

 

「村雨、それって普段は……やっぱいいや。フツメンなのは自覚してるし」

 

「なんだいなんだい。そんな調子じゃ、二枚目でも三枚目扱いになっちまうよ? 男はどっしり構えてなって」

 

「そうだよ提督っ。少なくとも、桐林艦隊の中では一番のイケメンなんだから!」

 

「対抗馬いないしな。単独トップで嬉しいよ……」

 

 

 女の子六十人に対して、男一人。我ながらよく我慢できるもんだ。

 時々、セクハラしまくりたくなる衝動にも駆られるんだけど、この信頼を守るためにも、お薬飲んで頑張ろう……。

 なんて決意を新たにしていたら、会議室のドアをノックする音が。

 顔を覗かせるのは、紅白鉢巻を巻いた瑞鳳を筆頭に、工廠へ出向いていた統制人格たちである。

 

 

「し、失礼しま~……あぁ、良かった。みんな居たぁ……」

 

「どうした瑞鳳、そんなビクビクして」

 

「だって、こっちの会議室に来るの、初めてなんだもん。それに、こんな風に呼び出し受けるのも初めてだし……」

 

「はい、驚きました。提督、一体何が……?」

 

 

 胸に手を当てる祥鳳の後ろには、「やほー」とVサインする北上、無言で会釈する大井、目礼する木曾が続く。

 艦載機の補充と、キスカ・タイプ――対大型深海棲艦用の、魚雷兵装を開発してもらっていたのだ。

 

 

「ごめん、説明してあげたいんだけど、まだ全員そろってな――」

 

「申し訳ありません、遅れてしまいました!」

 

「な、なのですっ」

 

「お待たせしましター! 金剛四姉妹、推参デース!」

 

 

 歩み寄ってきた五人に言葉をかけていると、それを遮るように、また人影がなだれ込む。

 今度は宿舎組――鳳翔さん、電、金剛たち+αである。片手で鍵をもてあそぶ那智さんも居た。

 

 

「すまん、遅くなってしまった。車、勝手に使わせてもらったぞ」

 

「ご苦労さまです。むしろ丁度いいタイミングでしたよ。祥鳳たちと一緒に座ってください」

 

 

 席へ促すと、他にもぞろぞろ、二十人以上の統制人格たちが椅子を引く。

 全員が腰を下ろしたのを見届けてから、自分はスクリーン前の卓を挟んで向かい合う。

 

 

「では、状況を説明する。今し方、中将からの直通連絡が入った。セイロン偽島に動きがあったという知らせだ。物理的に移動しているらしい」

 

「島が? そんな事が起こりえるだなんて……」

 

「うむ。吃驚仰天じゃな。だが提督よ、妙高の驚きも分かるが、お主がここに居るということは、硫黄島へ向かうのは断念したのか?」

 

「いや、硫黄島への揚陸は成功した。あとは帰ってくるだけだから、指揮を預けてある。

 むしろ、桐ヶ森提督が異変を察知したのと、装置を起動させたタイミングは符合するんだ。

 確かなことは言えないが、関連はあると考えた方がいいだろう」

 

「きっとそうです。気をつけないといけませんね……」

 

「古鷹に同じくー。やー、目が冴えて来ちゃったよ、あたし」

 

 

 そういう割りに、深刻な顔の古鷹と違って、加古は眠たそうだ。

 後ろの川内もボケーっとしていて、神通がオロオロしている。

 緊張感がないなぁ……。まぁ、その方がらしいか。

 

 

「報告によると、偽島周辺には多数の深海棲艦が出現しているようだ。

 それに対抗するため、自分たちも支援部隊として出撃する。ついてはこれより、対偽島作戦への選抜を行う」

 

「選抜……。あの、でも、中継器は二つとも……」

 

「心配には及ばないさ、神通。予備の中継器を四台割り当てられた。ここに居る大半が出撃だ」

 

「ってことは、最大で二十四隻の大艦隊じゃないですか。ひぇー、とんでもない事になりそう……」

 

「けど、日頃の訓練の成果を見せるチャンスでもあります! 司令官、コンディションは最高ですよ!」

 

「わ、わたしも、あんまり自信はありませんけど……。選んでもらえたら、が、頑張りますっ」

 

 

 かつてない規模の出撃に、比叡は少し気後れしているようだが、長良と名取は意気込み十分。

 他の面々も、顔を見る限り、怖気付いている子なんて居ないみたいだ。ありがたい。

 

 艦隊の状況を整理しよう。

 現在出撃中の艦船は、硫黄島揚陸部隊と、囮部隊の十八隻。

 島風、雪風、時雨、夕立、響、あきつ丸。

 天龍、陽炎、朝潮、暁、赤城、龍驤。

 龍田、足柄、羽黒、青葉、衣笠、不知火の三部隊だ。

 ここに、遠征中である八隻――那珂・初雪・望月・満潮、由良・霞・曙・叢雲を加えて、出撃させられない艦船は全部で二十六隻となる。

 艦隊の総数は六十一で、残りは三十五隻。ここから、四台の中継器で使役できる限界数――二十四隻を選び出す。

 

 駆逐艦:電、雷、白露、村雨、五月雨、涼風、黒潮。

 軽巡:川内、神通、球磨、多摩、木曾、長良、五十鈴、名取。

 雷巡:北上、大井。

 重巡:妙高、那智さん、利根、筑摩、古鷹、加古。

 水母:千歳、千代田。

 軽空母:鳳翔さん、祥鳳、瑞鳳。

 正規空母:加賀。

 戦艦:扶桑、山城、金剛、比叡、榛名、霧島。

 あとは潜水輸送艇のまるゆだが、彼女は絶対戦闘には出せないし、実質三十四隻からの選別になるか……。

 

 

「まず、戦艦のみんなと加賀・祥鳳・瑞鳳、そして雷巡の二人が必須メンバーだ。

 中継器は加賀と山城、大井、北上に載せる。金剛たちは護衛として力を振るってくれ」

 

 

 卓に埋め込まれたパネルを、付属のペンでなぞる。

 それはスクリーンへと即時反映され、まずは十一名の名前が記された。

 

 

「お任せ下さい。赤城さんが居ない今、一航戦の誇りは私が守ります」

 

「久方ぶりの出番……。腕がなるわね、山城」

 

「はい、姉さまっ。でも、私なんかに中継器載せて、良いんでしょうか……? その、防御力と速力が、アレですし……」

 

「No Problem! 足りない部分は、みんなで補えばいいネ!」

 

「そうです。かつては聯合(れんごう)艦隊旗艦も務めたのですから、適任だと思います」

 

「榛名の言う通り。一年足らずであっても、貴重な経験です。頼りにしてますよ」

 

「霧島霧島。その言い方だと角が立つんじゃないかなーと、比叡おねいさんはちょっと心配」

 

 

 立ち上がり、加賀は自信に満ちた表情でうなずく。

 赤城に代わり、彼女には機動部隊を率いてもらう。先の出撃でも、遺憾無く実力を発揮してくれたことだし、頼らせてもらおう。

 対して、ネガティブな思考に陥りがちな山城を、金剛四姉妹と扶桑が囲む。なんだかんだで仲間意識は強いらしい。

 考えてみれば、金剛たちの方が扶桑たちよりもお姉さんなんだよな。大元が建造された年代的に。

 我が艦隊の主力である戦艦たち。その持ち味を活かせる指揮をしないと。

 

 

「出撃、かぁ……。やっぱり、緊張しちゃうな……」

 

「そうね……。だけど、青ヶ島でやられた分を取り返す、良い機会だと思いましょう、瑞鳳」

 

「うん。今度は一緒に、だもんねっ」

 

「ふっ。やっと時代がスーパー北上様に追いついたようだ……。活躍してみせるから、期待しててねー、提督」

 

「主砲は載せ換えましたし、雷撃練度も上昇してます。おまけに北上さんとペアなら、戦果も上がるに決まってます」

 

 

 同じように、曇りがちな顔を伏せてしまう瑞鳳を祥鳳が励まし、マイペース過ぎる北上、大井が締める。

 以前から考えていたキスカ・タイプ用の戦術では、雷撃が重要な役割を担う。

 攻撃力だけなら戦艦並みの重雷装艦だが、その分、防御力は低い。

 航空母艦で出来るだけカバーし、酸素魚雷を当てられる状況を作る。それを手助け、加勢してくれるのが、次に発表するメンバーだ。

 

 

「次に、脇を固める巡洋艦と駆逐艦は……。打撃力重視。重巡と駆逐艦を多めに起用する。

 重巡は全員。駆逐艦は、雷、電、黒潮、五月雨、涼風。残る二枠は木曾と五十鈴だ。頼むぞ」

 

「おうともっ! 吾輩が艦隊に加わる以上、もう索敵の心配はないぞ!」

 

「及ばずながら、那智共々、力を尽くさせて頂きますわ」

 

「ああ。二度と情けない姿は晒さん。砲火を交えるのが楽しみだな」

 

「セイロン偽島……。昔を思い出しますけれど、様相は違うみたい。とにかく、頑張りましょう」

 

「そう言えば、利根さんと筑摩さん、金剛さんたちと一緒に、セイロン沖海戦に参加されたんでしたね。今度は、私たちもご一緒します!」

 

「でも、ちょおっと遠いよねぇ……。帰還中に、また潜水艦と出くわさないと良いんだけど……」

 

 

 勢い良く、机の上に仁王立ちする利根。

 静かに闘志を燃やす妙高、那智さんと比べ、騒々しいくらい元気だ。淑やかな佇まいの“妹”を見習って欲しいところである。

 古鷹型の二人はこれが初の実戦。特に加古は、第一次ソロモン海戦を無事に乗り切った帰り道、米潜水艦から雷撃を受けて沈没させられてしまった。

 戦闘で気に掛けるだけじゃなく、無事に帰って来るまで気を抜けない。

 といっても、実際に対潜警戒をしてもらうのは――

 

 

「電と一緒に出撃するのも、なんだか久しぶり。頑張りましょうね!」

 

「なのですっ。水雷戦隊の一員として、電の本気を見せるのです!」

 

「ううぅ、陽炎も不知火もおらへんのに、ウチだけ激戦に出撃……。不安やわぁ……」

 

「なぁに言ってんだい、こんだけの数で出るんだから、相手がなんだろうとお茶の子さいさい、ってなもんさ!」

 

「そうですよっ。この日のために演習を重ねて来たんですもん。ね、五十鈴さん?」

 

「ええ。まだ完璧とは言い難いけど、守ってみせるわ」

 

「俺も雷巡にはなれてないが、そんなことは微々たる差だ。指揮官、お前に最高の勝利を与えてやる」

 

 

 ――わいわいと可愛らしく笑い合う、駆逐艦五人と軽巡二人なのだが。

 全員に爆雷や聴音機・探信儀を配備するのはもちろん、酸素魚雷の発射能力も備えている。

 五十鈴の役割はちょっと違うけど、北上・大井に率いられた彼女たちが、艦隊第二の主力。上手く戦術がハマってくれるといいが……。

 っと、いけない。忘れるところだった。振り分けも伝えないと。

 

 

「具体的な編成だが、機動部隊、主力打撃部隊、水雷戦隊・二つに振り分ける。

 第一艦隊は旗艦・加賀。随伴艦・金剛、祥鳳、瑞鳳、扶桑、五十鈴。

 第二艦隊は旗艦・山城。随伴艦・比叡、古鷹、加古、利根、筑摩。

 第三艦隊は旗艦・北上。随伴艦・榛名、雷、電、木曾、妙高。

 第四艦隊は旗艦・大井。随伴艦・霧島、黒潮、五月雨、涼風、那智。

 沖縄への道中は、第一艦隊を中心として第二艦隊を前衛に、後方を第三・第四艦隊が固めてくれ。

 次に……。長良っ、地味に落ち込んでる暇なんかないぞ! 後続部隊についてだ」

 

「へっ? ぉぉおぉ落ち込んでなんか……。でも、後続部隊ってどういうことですか、司令官?」

 

 

 ペンの頭をクリック。操作を切り替えて、書き出された名前を指定し、パズルのように場所を入れ替えていく。

 綺麗に並べ終えたところで、こっそり肩を落としていた長良を指差す。

 ビクンッ、と慌てだす彼女の代わりに答えるのは、やっと寝ぼけ眼から抜け出した川内だった。

 

 

「多分、あれじゃない? 出撃中の二組に載せてる分を、帰ってきたら載せ換えるとか」

 

「お、起きたか。正解だ。数時間後にはあきつ丸たちが、半日もすれば赤城たちが戻ってくる。

 赤城と龍驤には続投してもらうけど、それ以外のメンバーは疲労や損傷の度合いを見て、君たちが自由に判断してくれ。一任する」

 

「それじゃあ、わたしや長良ちゃんにも、出撃する機会が……?」

 

「やったじゃない、長良。走り込みの成果を見せる時よ」

 

「う、うんっ。水雷戦隊の仕切りなら自信あるし、私、頑張る!」

 

「昼間なのに元気だねー、みんな。夜に出撃だったら、むしろ立候補するんだけどなー」

 

「あの……。普通は、昼間に元気なのが当たり前で……」

 

 

 五十鈴に肩を叩かれ、気を取り直した長良がガッツポーズ。やる気が満ち溢れている。

 しかし、ぐでー、と机に垂れる川内からは、全くもって覇気を感じることができない。

 夜戦フリークも困ったもんだな……。仕方ない、発破かけるか。

 

 

「よく考えろ、川内。出発は昼間でも、向こうへ着くのはたぶん夜だ。

 それに戦闘自体、何時間かかるか分からない。ひょっとしたら夜戦になる可能性も……」

 

「行く! ワタシ絶対に後続部隊に入る! さ、早く準備しよう神通っ、夜がワタシを待っている!!」

 

「だ、ダメですっ、まだ会議の途中ですから……! あの、えっと……ど、どうどう……っ」

 

「お? これはウチの出番やな。おっほん……。気持ちは分かるけど馬か!」

 

 

 目を輝かせていきり立つ川内の姿は、宥めようとする神通とあいまって、まさしく暴れ馬の如し。ワッと明るい笑いが起こり、出撃前の緊張を和らげてくれた。

 これを計算してやってくれてるなら、凄いことなんだけど……素だろう絶対。

 にしたって、那珂もこのタイミングで遠征とか、間が悪いというか。早いとこ実戦を経験してもらいたいんだが……。これから先も、こんな感じで行きそうな気がする。

 

 

「で、心苦しいんだけど、千歳、千代田、鳳翔さん、まるゆの四人には、横須賀に残ってもらわなくちゃいけない。後続部隊も不可だ。本当にごめん」

 

「甲標的、ほぼ全滅してしまいましたから……。今回は大人しくお留守番ですね」

 

「疲れも抜け切ってない感じがするし、しょうがないよ、お姉。それに、横須賀にも守りは必要なんだし」

 

「そうですね。提督が留守の間は、私たちがここをお預かりします。でも、今日のお夕飯、余ってしまいそう……」

 

「はい、もったいないです……。ご近所の人たちにお裾分けしましょうか? まるゆがお荷物持ちますから」

 

 

 最後に、出撃不可な四人へと声を掛けるのだが、自身で状態を把握していてくれたんだろう、すんなり納得してもらえる。

 ちとちよ姉妹の言うとおり、硫黄島攻略に用意した甲標的は壊滅状態。連続出撃の疲労も、一日やそこらでは抜け切らないはずだから、無理はさせられない。

 ただ、この二人の練度も上がってきている。いっそのこと、甲標的の運用は他に潜水母艦を建造して、彼女たちに新たな道を用意するべきかもしれない。

 鳳翔さんとまるゆについては……。残念だけど、戦闘力不足としか言い様がなかった。迂闊に戦いへ向かわせれば、待っているのは死。後方支援に徹してもらおう。

 

 ちなみに。あきつ丸と同じく陸軍生まれなまるゆだが、彼女が生まれながらに纏っていた衣装は、なぜかスク水だった。しかも白。

 あの時ほど、自分の煩悩を恥ずかしいと思ったことはない。宿舎へ連れて帰る途中、すれ違う女性職員の軽蔑の眼差しが痛かった。耐えきれなくなって上着を貸したら、裸学ランっぽくなっちゃって大変でしたよ。

 現在は、あきつ丸と同じ型の色違いを着てもらっていた。こちらも白である。が、下に隠れているのはスク水。遠征の際には脱衣して海へ行く。

 ……考え出したらきりが無いし、そろそろやめよう。仕事モードに復帰しないと。

 

 

「加賀さん、艦載機の選択は……」

 

「さんは不要です。艦戦を多めに、ですね。あちらには桐ヶ森提督がいらっしゃるのですから、私たちはその補佐を。新鋭機、使わせて頂いても?」

 

「うん、頼む。呉までの航路では、山城を艦隊旗艦として行動するように」

 

「……えぇ!? わ、私が、全体指揮をとるんですか?」

 

「ああそうだ。嫌なのか?」

 

「だって、私……。運が、悪いし。嫌な予感ばっかり当たって……。姉さまや加賀さんの方が、相応しいんじゃ……」

 

 

 驚きに立ち上がる山城は、うつむき加減に言葉尻をしぼませる。

 相変わらずのネガティブ思考だ。しかし、見ようによってはそれも長所。

 自分は彼女へ歩み寄り、細い肩に手を置く。

 

 

「何を言ってるんだ。つまりそれって、常に最悪の状況を想定して行動できる、ってことじゃないか。指揮官に必要な才能の一つだ。自信持て」

 

「提督……」

 

「そうよ山城。貴方なら、立派に務めを果たせるわ」

 

「私も今回は、艦載機の制御に専念させて頂きたいので、お任せして構いませんか?」

 

「……はいっ。謹んで、拝命いたします」

 

 

 三人分の言葉が届いたのか、キリリと表情を引き締め、深く頭を下げる山城。

 これでもう大丈夫。あとは信頼して任せるだけだ。

 時間を確かめると、思いのほか時間が経っていた。そろそろ横須賀を出た方が良いな。

 最後に一言、と思って卓に戻れば、それを察したみんなも席へ。

 

 

「それじゃ、自分は車で空港へ行く。君たちは出撃準備を始めてくれ。

 今度の戦い、厳しいものになるだろう。だが、お互いを信じ、訓練の成果を発揮できれば、必ずや勝利を掴めると確信している。

 諸君らの奮闘を期待する! 以上、解散っ」

 

『はっ!』

 

 

 幾重もの敬礼と、靴音の波。

 自分の返礼を受けてから、少女たちはそれぞれに固まって退室して行く。

 合わせて歩き出そうとするが、しかし引き止める声があった。鳳翔さんだ。

 

 

「お待ちください、提督。せめてお見送りだけでも」

 

「まるゆも行きます! 隊長、良いですよね?」

 

「あ、あの、できれば、電も……」

 

「はいは~い、電が行くなら私も行くわ!」

 

「当然、ワタシもデース。行ってらっしゃいのKiss、一回してみたかったネ!」

 

 

 甲斐甲斐しい申し出に、五人が集まってくる。断る理由もない。

 

 

「……ありがとう。霧島、みんなの兵装を見てやってくれ。あ、キスはいらないからな金剛」

 

「了解です。万全の状態で戦いに臨みましょう。金剛姉さま、早めに戻って……来ますよね、どうせ」

 

「アレ? テートクがつれないのはいつものコトとして、霧島の言葉にまで含みを感じるのは何故にWhy?」

 

「いえいえ、そんな事は。では、お先に失礼しますね」

 

 

 首をひねる金剛へニッコリ微笑み、霧島が姉たちの元へと去って行く。

 まぁ、実際すぐに返すつもりだしな。そうしないとコントが始まって、いつまで経っても出かけられないし。

 苦笑いしながら歩き出すと、雷電姉妹は隣へ並び、三歩後ろをついて来る鳳翔さんに、それをマネる金剛とまるゆ。

 なにやら、「Submarineの統制人格って、息はどうしてるんデスか?」とか、「艤装状態なら水中で呼吸できますよ。陸に上がるとき、おえってしなきゃいけませんけど」とか話している。初めて知った……。潜水艦も大変だ。

 廊下はごった返しているかと思いきや、すでにエレベーターで行ってしまったようだ。自分たちもさっさと上に戻ろう。

 

 

「司令官さん。あの……」

 

 

 エレベーターのドアが閉じ、身体に重力を感じ始めた頃、左隣の電がつぶやく。

 ゆるく袖をつまむ手から、不安が伝わってくる。……戦いへの不安では、ないと思った。

 おそらく、戦いへ臨む覚悟。桐生提督を前に、二人で語り合ったあの言葉を、忘れていないかという不安。

 それを解消してあげたくて、自分は柔らかく笑いかける。

 

 

「大丈夫。忘れてないよ」

 

「……はいっ」

 

 

 返されるのも、同じ柔らかさの微笑み。

 開いたドアから差し込む光と、同じくらいの眩しさ。

 足取りも軽くなり、堂々と通路を進む。

 

 

「電さんって、隊長と仲が良いんですね。なんだか、特別って感じがします」

 

「ふぇ!? そ、そんな事ない、のです……。えへへ……」

 

「ウムム……。Wordにしなくても通じ合うとは、やりマスね電……。

 デスが、Dateの約束を取り付けているワタシは余裕ShockShock。こんな事では動じないデース」

 

「ショック受けてる。何気に言動がショック受けてるわ、金剛さん。

 っていうか司令官、いつの間にそんな約束したのよ! 二人ばっかりズルい~! 私もどこか行きたい~!」

 

「おおっと、こら、引っ張るなっ。デートじゃなくてただの買い物だからっ」

 

「駄目ですよ雷ちゃん、ワガママを言ったら。……あ、もう着いてしまいましたね」

 

 

 いつも通りなバカ騒ぎをしているうちに、数人の警護が立つ裏口へたどり着く。

 緩んでいた顔を引き締めると、無言の敬礼の後、速やかな運転手の自己紹介が行われ、空港に着いてからの段取りも確認する。

 それらを済ませて、「じゃあ行くよ」と振り返れば、鳳翔さんは袂から火打ち石を取り出し、打ち合わせて切り火を切ってくれた。

 

 

「どうかご武運を。お気を付けて、行ってらっしゃいませ」

 

「まるゆ、鳳翔さんのお手伝いして待ってます。頑張ってください、隊長!」

 

 

 最敬礼のお辞儀で送り出してくれる鳳翔さん。

 陸軍式の敬礼から、慌てて海軍式に直すまるゆ。

 

 

「テートク、Bon Voyageデース! 空の旅を楽しんだら、向こうの海で会いまショー!」

 

「作戦が終わったら、私たちともお出かけしてよ? 約束ね、司令官っ。ところで金剛さん、ボンボヤージュってフランス語じゃなかった?」

 

「……アッ!? な、なんたるMiss Take……。やり直しを、やり直しを要求するデース! 帰国子女としてのIdentityガー!?」

 

 

 投げキッスで決めたと思ったら、鋭い突っ込みに頭を抱えてしまう金剛と、苦笑いで肩をすくませる雷。

 

 

「一緒に海へ出るの、久しぶりなのです」

 

「そうだな。戦うのは怖いけど……それは、嬉しいかもな。頼むぞ」

 

「はいっ。電がお守りします。行ってらっしゃい、なのです!」

 

 

 そして、凛々しく気を付けをする電。

 五人の顔を順番に見つめ、この場に居ない皆の顔も思い浮かべて。

 身体に染み付いた、ごく自然な動作で答礼を。

 

 

「行ってきます」

 

 

 まぶたの裏に笑顔の残像を残し、自分は鎮守府を後にする。

 よく考えたら、航空機を制御したことはあっても、生身で乗るのは初めてだ。

 陸路だと数時間かかる道のりも、ジェット機なら一~二時間でひとっ飛び。

 不謹慎かもしれないが……。ちょっとだけ、楽しみだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 G線上のアリア。

 古めかしい、レコードによるクラシック音楽が、その部屋を満たしていた。

 発生源はジュークボックスに似た機械。旧世紀を思わせる見た目だが、中身はそれなりに新しい。

 

 

「もうすぐですね、偽島は」

 

「はい。間もなく、最上と三隈(みくま)の瑞雲が目標を捉えます」

 

 

 これは、屋久島に仮設された調整室で身を横たえる男――桐谷提督の趣味だった。

 いつの時代でも、人間は貪欲だ。常に新しいものを求め、そのためには犠牲を厭わない狂人すら居る。

 しかし逆に、過ぎ去った過去を愛おしむ人間も、また多い。

 かつて、傀儡能力発見のきっかけとなった、重巡洋艦・伊吹。

 これを現代で蘇らせた趣味人の血を引く彼は、古き時代を愛でることを生き甲斐としていた。

 

 

「通信が入りました。間桐提督です」

 

「珍しいですね。繋いで下さい」

 

 

 妻公認の愛人である女性調整士の知らせに、桐谷は驚いたそぶりを見せる。

 間桐の補佐として、協同作戦を展開することが多い彼だが、作戦中に連絡を取り合うことは稀だった。

 それというのも、間桐は好き勝手な砲撃を繰り返し、水平線に隠れた敵艦をことごとく殲滅してしまうので、連絡事項が発生しないからだ。

 運悪く潜水艦などが存在した場合、その迎撃行動へ移る旨を知らせることはあっても、返事は「おう」の一言だけ。

 だからか、装具越しの間桐の声に、普段と違った高揚を感じ取ってしまう程度には、驚いていたのである。

 

 

『よぅ、熊男。今日も窮屈なブースター・ベッドに押しこまってっか?』

 

「いえいえ、快適ですよ。金に飽かせて特注したシートですから。ご存知でしょう」

 

『ちっ。嫌味とすら取りやしねぇ。ま、んなこたどうでも良いんだ。キチッとデータ取ってこいよ。例のフラ・タみたいなのが、また出てきてるかもしれねぇ』

 

「分かっています。それがわたしの役目ですからね。下拵えはしておきますよ」

 

『おうおう。美味しいとこは全部頂く。お零れくらいは残してやっから、頑張れや』

 

 

 この二人が組まされる理由は、間桐の暴言を物ともしない鉄面皮だけでなく、技能などの相性故でもある。

 敵艦を撃ち滅ぼすことにかけては随一の間桐だが、それ以外のことはやろうとしない。身を守ることすら、仕方なくやっているような印象を周囲に与えた。

 逆に桐谷は、予知染みた行動予測で敵を翻弄し、交差雷撃を成功させる技量を持つが、自らが倒すということの優先順位は低く、戦果にも頓着しない。

 一手を打てば殲滅できる状況で、その戦果を横取りされたとする。それでも、敵が倒れたという結果が同じであれば、大差ないと。

 絶対的な攻撃力と引き換えに、コミュニケーション能力を欠落させた“千里”と組めるのは、何に対しても平等な――いや、平坦な対応のできる“梵鐘”しか居ないのだ。

 

 

「相変わらず……。年上の人間を敬おうという気は起きませんか? 躾されていない犬でもないんですから」

 

『なんとでも言え。無駄に生きてるだけのゴミムシほど、そういうセリフを吐きやがる。テメェは違うと思ったがな』

 

 

 しかし、思うところが全く無いわけでもなく、どうせ反省しないと分かっていたが、形だけの注意をうながす。

 嘲りを込めた音声が、その予想は正しかったのだと教えるけれど、桐谷にも矜恃はあった。無能扱いされては、“梵鐘”として黙っていられない。

 

 

「違いますね。わたしが居なければ、あなたはただの浮き砲台だ。わたしが居るから、あなたが存分に力を振るえる。間違っていないと思いますが?」

 

『……けっ。やっぱテメェは気に食わねぇ。笑うこと“しか”出来やしねぇくせして、一丁前に説教かよ』

 

「桐ヶ森さんではありませんが、十年来の引きこもりに言われたくありませんね。たまには日に当たらないと、ホワイトアスパラになってしまいますよ」

 

『ほっとけ。俺がそっちに着くまで薄ら笑いでも浮かべてろ』

 

 

 断裂する通信。喧嘩別れにしか思えないが、桐谷は一層笑みを深くした。この悪態、間桐なりの信頼の証なのである。

 先ほど挙げたように、両極端な人間性を持つ彼は、人付き合いに関しても同じ傾向を見せる。

 興味を持たないことに対しては酷くおざなりであり、逆に興味をそそられれば、路肩の石でも拾い上げて磨いてみる。ああだこうだと、ブツクサ文句を付けながら。……こういう男なのだ。

 戦いによって“歪み”を抱えた者同士。歪だからこそ桐谷は間桐を守り、間桐は桐谷に背中を預けている。そんな気がしていた。

 彼の出番はまだ先。存分に活躍できる場を整えてみせようと、桐谷は笑う。

 

 

「さらに通信。桐ヶ森提督です」

 

「おや。槍でも降ってきそうですね」

 

『聞こえてるわよ、ソプラノマッチョ』

 

「それは失敬、見せパンお嬢様」

 

 

 思考に割り込む、聞き慣れた少女の声。沖縄に居るはずの桐ヶ森だ。

 彼女も嫌味を挨拶代わりとして、気ままに話し始める。

 

 

『偽島、加速してるらしいわね』

 

「……のようで。島影もかなり変化したとのこと。今を表現するなら――マダガスカル偽島、と言ったところですか」

 

 

 キスカと違い、偽島は活動を始めてなお、その姿を衛星に晒している。

 おかげで観測も容易いわけだが、もたらされる情報は、常識では考えられないものばかりだった。

 時速数cmから、今では十ノットへ速度が上昇した。表面積も拡大を再開し、もう二万平方kmにまで。しかも形状は、インド洋に浮かぶマダガスカル島と酷似してきた。

 ここまで非常識が揃うと、「未知の生物が島に擬態している」とでも考えた方が合理的である。

 

 

『“アレ”の重役出勤はいつもの事として、私とアンタが組まされるとか、上は焦ってるわ、相当。桐林にも招集かけたそうよ』

 

「仕方ないでしょう。何せ島が動いているんですから。史上初――いえ、二度目でしたか。とにかく深海棲艦からの攻勢。全世界が注目しているはずです」

 

『そのくせ、手助けはしないよのね、連中。漁夫の利でもさらうつもりかしら』

 

「さぁ。わたしはわたしに出来ることをやるだけです。空はお任せしますよ」

 

『しょうがないわね、守ってあげるわよ。……出ると思う? キスカ・タイプ』

 

「出るでしょう、おそらく。聞けば、例の装置と同じタイミングで活動を開始したらしいじゃありませんか。

 桐生殿のように、生まれる前に仕留められれば良いのですが……。いやはや、厄介なことになったものです』

 

 

 苦笑を浮かべながら、その実、桐谷は全く困っていなかった。

 屋久島から南下する二十四隻の水雷戦隊群――最上型四隻を旗艦とし、睦月型・吹雪型で固めた部隊と、沖縄から出発し、合流した航空母艦・飛龍、蒼龍。商船改装空母・飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)

 これだけの戦力があれば。ましてや“梵鐘”と“飛燕”が揃っていれば、旗艦種が同じ数だけ出現したりしない限り、負けるはずがない。

 今まで積み重ねてきた戦いの記憶が、そう自負させていた。

 

 

「偽島、目視距離に捉えます」

 

 

 調整士が偽島への接近を知らせる。

 確か手前には、無数の深海棲艦が展開していたはず。

 駆逐艦などを狙って爆撃を開始したいところだが、艦載機制御は桐ヶ森の方が長けている。下手な爆撃で刺激するより、偵察に徹した方が良いだろう。

 そう判断した桐谷は、気づかれぬよう高度を稼ぐ。

 

 

「………………」

 

『………………ねぇ』

 

「なんでしょう、桐ヶ森さん」

 

『目視距離に捉えるんじゃなかったの。もう三分待ってるんだけど』

 

 

 ――が、一向に島影は見えてこなかった。

 ただただ、同じ光景が続くのみ。群れるはずの敵艦すら居ない。

 桐谷は嘆息し、調整士へ問いかける。

 

 

「どういうことですか」

 

「いえ、それが……。衛星からの情報が確かなら、すでに目視できているはずです。これは、まさか……」

 

「……なるほど、迂闊でした。わたしたちの得た情報が、無意識に正しい物だと信じ込んでいた。これも慢心ですか」

 

『それってつまり、キスカと同じことが起きたっていうの? 衛星からの情報はダミー?』

 

「おそらく。桐ヶ森さんの彩雲が引き上げてすぐに、偽島は消えていたんではないでしょうか」

 

『く……っ、なんて失態……』

 

 

 桐ヶ森の声には悔しさがにじむ。

 キスカを思えば、なんらかの干渉能力があったのは確か。そして、誰かを騙そうという時、徹頭徹尾そうしようとする必要はないのである。

 普段は無害なそぶりを見せておき、必要となった際、最小限の嘘をつく。これが賢いやり方だ。騙される方はたまったものではないが。

 

 

『ということは、キスカ・タイプ、もう産まれてる可能性もあるわけね』

 

「そう考えた方が良いかと。どのような形になるかは分かりませんが、用心に……ん? あれは……」

 

 

 桐谷の視界――瑞雲が奇妙なものを捉えた。

 偽島と比べればあまりに小さい……けれど、人間と比べればはるかに巨大な、人影を。

 

 

『嘘……。あんな、子が……?』

 

 

 密やかに、“彼女”は水の上で立っていた。

 新雪の如く清らかな肌。

 生糸のように艶めく長い髪。

 紅玉の色を宿す瞳。

 纏うは影を織り上げた、左右非対称なガウンか。

 

 

(これが、キスカ・タイプの統制人格。……なんと、美しい)

 

 

 名家に産まれたが故に、数々の美術品で審美眼を磨かれた桐谷が、思わず見惚れてしまうほどの造形美。高貴な生まれの少女――由緒正しい国の姫君に通じる、気品すら漂う。

 こんな感情は初めてだった。いや、誰の視界も借りず、敵艦に統制人格を見たこと自体、これが初めてだった。

 今までは、同時出撃した間桐や桐生の視界を介して見ていたが、桐谷単独で見ることは叶わなかった。それが今、かつてない美しさを伴って、実在している。

 堪らない高揚感を覚えた。

 

 

(……っ、いけない。引き込まれるところだった。注意しなければ)

 

 

 ――が、桐谷は精神汚染と断じ、欲望を奥歯で咬み殺す。

 これまで、戦いの中で感情を高ぶらせたことなど、一度たりとてなかった。

 ならばこれは、あの“少女”からの影響であると考えた方が良い。長く続くと、己を見失う可能性もなくはないだろう。

 出来るだけ手早く片付けたいが、しかし、ただ立ちすくむ巨人相手に、どう手を出せば良いのか。

 

 

「早まらないで下さい、桐ヶ森さん。まずは出方を伺いましょう」

 

『分かってるわよ。桐生が相打ちになったのと同種、見くびったりなんかしないわ。

 っていうか、船はどこよ。いくらなんでも、あのサイズに直撃させるのは面倒なんだけど』

 

 

 桐ヶ森も当惑しているのか、艦爆の発艦を進めながら、瑞雲を介して“少女”に注視している。

 旗艦種以上の存在感を放つ、白い“少女”。意思疎通が可能なら、中将からの密命通り、コンタクトを取ることも選択肢に入れなければならないが、目の前へ立つとそれも難しい。

 先行していた瑞雲に続き、桐谷・桐ヶ森の連合艦隊も近づいている。このまま接敵すれば、どうなるだろうか。桐谷は考え込む。

 

 

『え?』

 

「は?」

 

 

 そんな時、世界にノイズが走った。

 ブラウン管テレビのチャンネルを変えた時のような乱れ。

 ほんの一瞬、砂嵐にさらわれた視界で、またしても変化が起きている。

 

 

「……っ、これは……」

 

『ちょ……な……』

 

 

 ノイズを境に、昼夜が入れ変わってしまった。同じ映像を見ていた桐ヶ森も、言葉を失う。

 空には太陽が浮かんでいる。しかし、日蝕でも起きたように暗い。空気は淀み、青かった水面は血の海へ。

 地獄。

 そんな単語が脳裏に浮かぶ。

 

 

『どういう、ことよ……。私が偵察した時は、こんなこと……』

 

「……桐ヶ森さん。それよりも驚くことがありますよ」

 

『これ以上なんに驚けって――ん、なっ』

 

 

 増えた。

 左右を反転させたように、“少女”が二人になっていた。それだけでなく、彼女たちは鏡合わせの動作を行う。

 近い腕が絡まり、指も重ねる。空いた腕を前方にかざす姿は、何かを誘うようでありながら――

 

 

 

 

 

《藻屑ト、ナッテ》

 

《沈ンデ、シマエ》

 

 

 

 

 

 ――脳へ焼きつく、たわんだ声が。沸騰する敵意を伝えた。

 深海棲艦が喋った。

 驚愕に値することだが、驚く暇もないまま、世界は震え始める。

 日本人なら誰でも覚えがあるだろう、大きな地震の予兆。空気そのものが震えている。

 “少女たち”が宙へ浮かぶ。

 呼応するかのように、複数箇所で赤い水面が盛り上がり、やがて、巨大な“何か”が姿を現した。

 

 

『なにこれ……。ふざけてるの……』

 

 

 大きい。とにかく大きい。全幅はおよそ七十~八十m、全長は六百~七百mほどはあろう。

 双胴船に見えたが、同じ向きで並ぶはずの胴体は、互い違いに並んでいる。しかも、繋ぐのは小型――といっても戦艦並みの大きさだが、これまた船なのだ。「井」という漢字を細長くしたようにも見える。

 砲も上甲板だけでなく、船体の側面にまで張り出していた。据えられたというより、勝手に生えたような乱雑さ。

 船と呼ぶのをはばかる非常識の塊。その中央に設けられた足場のような場所で、“少女たち”は祈りを捧げる。

 

 加えて、上空には奇妙な球体が四つほど浮かんでいた。

 口のような開放部が存在し、そこから吐瀉物の如く艦載機を吐き出している。あっという間に空は覆い尽くされ、開口部の奥にはギラつく砲門まで見える。

 これらも尋常ならざる大きさであり、戦艦をまるごと飲み込んでしまえるほどだ。

 決して短くはない戦いの歴史においても、他に類がない“敵”だった。

 

 

「あんな物まで浮かべますか。撃ち下ろされたら堪りませんねぇ、はっはっは」

 

『笑ってる場合じゃないでしょっ、来るわ!』

 

 

 敵艦載機が動くのと同時に、レコードが切り替わる。

 パイプオルガン。

 バッハの小フーガが、響き出す――。

 

 

 

 

 




『あぁぁチクショウ面倒臭ぇ! ァんでこんなタイミングで……』
「とか言いながら、きっちりプレゼントの準備を整えるあたり、律儀ですよねぇ」
『ウルッセェ、いいからテメェはPC持って動けや痴女が。おら、右だ右』
「あいあいさー。……早く来ておくれ、新人君。“この子たち”も会いたがっているよ」

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