新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 「ふっふっふ。この衣装なら、きっと新人君も喜んで――あ、なんだ貴様ら! ええい離せ憲兵共! 私を誰だと……待たないか、待て、お願い待って、変質者じゃない、痴女じゃないんですぅぅうううっ!!」

 

 

 

 

 

 書類をめくって、朱肉にハンコつけて、捺印。

 書類をめくって、朱肉にハンコつけて、捺印。

 書類をめくって、朱肉にハンコつけて、捺印……。

 

 

「大変そうだね、司令官」

 

「んぁ? あ、響か。うん、ちょっと辛いかも……」

 

 

 執務室での仕事中。不意にかけられた声へ、自分はゲンナリした顔で答える。

 よっぽど集中していたらしい。響が真向かいで立っていることに、いま気づいた。

 覗きこむ少女の身体を隠すのは、山と積まれた書類だ。

 休んでいた間に溜まったものと、自分が負傷したことで発生した書類が合わさり、とんでもない量になっていた。

 入院中に妙高が持ってきた分は、本当に必要最低限だけだったようで、午後になってもこの調子。もうハンコを押す機械になった気分だよ……。

 

 

「……あの。ワタシがここに居たら、邪魔かな」

 

「そんなことはないけど。ほぼ流れ作業だし。何か相談か?」

 

「違うんだ。そういうわけじゃなく、て」

 

 

 珍しい申し出に、手を動かしつつ首を傾げるも、響は言い淀む。

 しばらく待っていると、意を決したのか、小さく深呼吸。

 

 

「こうして、司令官と差し向かいで話す機会が、今まで無かった気がしたから。少しだけ、時間が欲しい。……いい、かな」

 

 

 恥ずかしげに、響はそう言う。

 思い返してみると、確かに。共に過ごすことはあっても、誰かと一緒だった気がする。

 いつも冷静沈着。何事にも動じない彼女だが、あの怪我に少なからず影響を受けたのかもしれない。

 当然、断る理由はなかった。

 

 

「もちろん。作業しながらになっちゃうけど、それは許してくれよ?」

 

「……Спасибо(ありがとう)

 

 

 笑顔でうなずけば、クイっと帽子を被り直し、机を回り込む。

 それに寄りかかるよう立つ姿は、どことなくソワソワして見えた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………?」

 

「………………」

 

「なぁ、響。話すことがあるんじゃ……?」

 

「……Извините(ごめん)。話すことばかり考えていて、内容は、考えてなかった……」

 

 

 なぜか発生した沈黙に問いかけたら、実に申し訳なさそうな返答。

 思わず笑いがこみ上げる。

 

 

「っふ、くくく、あはははは」

 

「わ、笑わなくてもいいじゃないか」

 

「ごめんごめん。響にもおっちょこちょいな所があるんだなー、と思ってさ」

 

「んん……」

 

 

 椅子に座って、高さの逆転した青い瞳は、悔しそうに細められる。

 でも、本当に意外だったから仕方ない。お詫びにこっちから話を振るか。

 

 

「今日は、ヨシフの世話はいいのか?」

 

「長良さんたちが引き受けてくれてる。ヨシフも好きみたいだよ、彼女たちのこと」

 

「なるほどね。長良の早朝ランニングも、散歩には丁度良いか」

 

 

 登り始めた朝日を受けて、海沿いを走るハチマキ少女と、デッカい柴犬が幻視できた。なんとも似合う光景である。

 個人的には、「司令官も一緒に走りましょうよ! お腹とか出てきてません?」と誘われた時、断る理由がなくなってきて困っていたり。

 ここ数日は飲んでないとはいえ、酒の量が増えたのも事実。ダイエット、真剣に取り組むべきか。

 

 

「司令官は、やっぱり苦手なのかい」

 

「ん~……。微妙なとこだな……。最近どんどんガタイが良くなってるしさ。そろそろ暁くらいなら背中に乗るんじゃ?」

 

「うん。乗るよ。この前、青葉さんが写真に撮ってた」

 

「え、嘘っ。後で見せてもらわなきゃ」

 

 

 またもや脳裏に浮かぶ、幻の光景。

 たくましく、勇壮に仁王立つヨシフと、その背中でドヤ顔する暁。可愛すぎる。

 まぁ実際のところは、落ちそうになってアワアワしてるんだろう。

 焼きましして引き伸ばさなければ。額も用意するかな。

 

 

「ワタシとしては、司令官にもヨシフと仲良くして欲しいかな。もちろん、無理にとは言わないけれど」

 

「……そうだな。次にまとまった休みが取れたら、一緒に散歩でもしようか」

 

С удовольствием(よろこんで)。ヨシフもきっと楽しんでくれるよ」

 

「はは、追いかけ回されないといいけどな」

 

 

 約束だ、と付け加え、自分たちは笑い合う。

 目算が正しければ、あと半月もしないで硫黄島へたどり着ける。

 セイロン偽島が不気味な沈黙を保っているのが、気になるといえば気になるけど、あの三人が前線に立っているんだ。大丈夫なはず。

 この作戦が一段落したら、間桐提督から長門型戦艦を受け取って、そうしたら少しゆっくりしよう。

 と、取らぬ狸の皮算用をしていたら、コンコン、というノックの音が聞こえてきた。誰か来たようだ。

 

 

「雷よ。司令官に手紙が来てたわ。持ってきたんだけど、入ってもいい?」

 

「おお、ご苦労さま。入ってくれ」

 

 

 ドア向こうからの声に、大きめな声でそう答える。

 ……のだが、一分たっても、二分たっても、ドアの開く気配がない。

 

 

「ん? 雷?」

 

「あ、ご、ごめんね。ちょっとだけ待って。今、覚悟を決めてるから」

 

 

 覚悟? どういうことですか。ただドアを開けるだけなんですけど?

 響へ視線で問いかけると、彼女もまた不思議そうな顔をしていた。訳が分からん。

 そうこうしているうちに、ようやくノブが回る音。

 

 

「じ、じゃーん! 病み上がりな司令官を応援するために、看護師さんになったわ! 普段と違う私の魅力は、ど、どう?」

 

 

 瞬間、世界が凍りつく。

 そこには、小脇に荷物を抱えたナースさんが居た。“しな”を作り、変なポーズまでとっている。

 息をするのも憚られる雰囲気の中、自分と響は目で通じ合う。

 

 

『響、響っ、響ぃ! 雷が、雷が!?』

 

『落ち着いて、司令官。多分もう手遅れだから』

 

『諦め早っ。いやどうすりゃいいのさ!? 確かにめちゃめちゃ可愛いけど、こんな時どんな顔すれば良いんだ!?』

 

『とりあえず、笑っておけば良いんじゃないかな。さぁ、雷が返事を待ってるよ。ワタシは黙っているから遠慮なくУраaaaa(ばんざぁぁあああい)?』

 

 

 だめだ。冷静そうに見えて、響も激しく動揺してる。

 原因である雷も、「なんで響がここに居るのよぉ!?」的に焦っているのが一目で分かった。

 おそらく、この空気を打破できるのは自分だけ。

 扶桑の艦橋から飛び降りる覚悟で、問いかけないと。

 

 

「色々と言いたいことや感想はあるんだけど、その前に一つだけ質問させてくれ。……誰の入れ知恵なんだ?」

 

「……お、怒らない?」

 

「場合によっては怒る。でも教えてくれないと、家庭的な女の子からファンキーな女の子に、君の印象が変わっちゃうぞ」

 

「教える! ちゃんと教えるから、微妙な評価はやめて!」

 

 

 今にも泣きそうな顔で、雷は机へと身を乗り出す。

 やったはいいが恥ずかしいのだろう、頬も真っ赤である。

 真昼間からコスプレすりゃあ当然だが。

 

 

「えっとね……。これ……」

 

「手紙? あぁ、そういえば手紙持ってきてくれたん――げ、先輩からだ。しかも開いてるし」

 

「ごめんなさい……。でもそれ、差出人しか書いてないでしょ? おまけに検閲されてなかったみたいだから、気になっちゃって……」

 

「確かに。これはワタシでも開けると思う。怪しすぎるよ」

 

 

 差し出された封筒を確かめると、言われた通り、それには切手も宛先もなかった。

 怪しい。これ以上なく怪しい。差出人のせいですでに胡散臭いというのに。

 けど、確認しないわけにもいかない、か。どれどれ……?

 

 

【前略。

 突然こんな手紙を送ってしまって、きっと驚いているだろうね。

 追い打ちをかけるようで申し訳ないんだけれど、実はこの手紙、横須賀鎮守府の独居房で書いています。

 全く、酷いと思わないかい? ちょっと表でナース服を手にニヤついていただけで拘束だよ。

 吉田のお爺さまから雷も貰っちゃったし……あ、“いかづち”ちゃんのことじゃなくって、“かみなり”だからね? 貰えるんだったら、それはもう(自主規制)する勢いで喜ぶけどねっ。

 まぁとにかく、数時間かけて横須賀へやって来たっていうのに、あと半日もしたら佐世保へ強制送還さ。

 世界は間違っている!

 

 と、いうわけで。

 本来なら、病院生活で溜め込んだアレやコレやを、いけないナースお姉さんにぶつけて貰いたかったんだけど、そういうわけにもいかなくなった。

 本当にゴメンね。

 許してもらえるなら、この手紙で見舞いの替えとして欲しい。

 

 しかし。だがしかし! こんな事で引き下がるようじゃ、傀儡能力者の名が廃る。

 手土産として、電ちゃんサイズのナース服を包んでおいた。

 私の代わりに、彼女と危ないお医者さんごっこを楽しんでおくれ。サイズは問題ないはずさ。

 なんで知っているかって? 女の勘だよ、勘。私の目ぢからを甘く見ない方がいい。

 それに、多少ブカブカだったりキツキツだったとしても、それはそれで乙だろう?

 にょほほほほほほ。

 

 さて、音読しながら書いていたら、「十分でいいから口を閉じてくださいお願いしますぅ!」と監視の子に泣かれてしまったので、そろそろ筆を置きます。

 新人君。

 君の選択、他人はどうあれ、私は好ましく思う。

 軍人としてではなく、一人の女として、だけどね。

 どうか健やかに。

 

 草々。

 兵藤凛。

 

 P.S.

 差し入れは新人君の手作り卵焼きが、良・い・な☆】

 

 

 短くまとめられた書面には、美しい手書きの文字が踊っている。

 さり気ない一言が、とても胸に響いた。

 ……響いたん、だけど、さぁ……。

 

 

「司令官、大丈夫かい? なんだか、顔色が物凄い勢いで悪くなっているけれど……」

 

「大丈夫。自分は大丈夫だよ。響は優しいなぁ、はは、は、はは……」

 

「今の司令官を見たら、誰でも心配になるよ」

 

「本当に大丈夫? 汗が凄いわ、お熱とかない?」

 

 

 肩へ響の手が乗せられ、したたる汗を雷が拭いてくれるものの、激しい頭痛は収まらない。

 独居房って何さ。ナース服ってなんでだ。間違ってるのはあんたの方だ!

 たぶん見舞いには来るんだろうなーと覚悟してたけど、事前に逮捕されてたとか、結果が斜め上過ぎる。

 しかもそれだけで留まらず、間接的な手段を使うだなんて……。

 

 

「なぁ雷。どうして着ようと思ったんだ? それ」

 

「それは、その……。初めての大破撤退で、やっぱり気落ちしてるように見えたから、元気になって欲しくて……。

 男の人って、こういうの好きだってよく言うし、ちょうど良いかなーと思ったの。

 でも、やらなきゃ良かったわ……。見られないように執務室へ来るの大変だったし、スカートが短すぎて、見えちゃいそう……」

 

 

 タイトスカートの前後を手で押さえ、膝頭をこすり合わせる雷。

 良かった、お医者さんごっこが趣味な駆逐艦なんて居なかったんだね。誘われたとしても全力で断ってただろうけど、本当に良かった。

 もしも着てるのが、ちとちよ姉妹や名取とかだったら、危なかったかもしれない。あの“たゆんたゆん”は凶器だ。どっちにしろ犯罪臭がプンプン漂ってますが。

 誰か来ないうちに着替えてもらわないとな……。

 

 

「まぁいっか。佐世保に送り返されるんなら、これ以上なにも起きないだろうし。他にも手紙あるんだよな。そっちは?」

 

「あ、うん。これよ。差出人は、桐谷提督と間桐提督。間桐提督からは小包も送られてたわ」

 

「あの二人から? こっちもこっちで嫌な予感がするな」

 

「ダメだよ、司令官。そんな風に言ったら失礼だ」

 

「ゴメン、つい本音が。まぁとにかく読んでみるか」

 

 

 新しく差し出されたそれに押されているのは、“桐”の印璽(いんじ)

 特別な事情でもない限り、検閲を避けられる印だ。もちろん、それと確認されれば、であるが。

 まずは……まともそうな桐谷提督のにしよう。

 

 

「……ふむ……」

 

「ねぇねぇ司令官、どんな内容なの? 見てもいい?」

 

「こぉら、ダメ。行儀悪いぞ。当たり障りのない見舞いの手紙だよ。身体を大事に、って」

 

「そうなんだ。よくは知らないけれど、良い人みたいだね」

 

「ん、そうだな」

 

 

 そそくさと手紙を折りたたみ、二人には見えないよう封筒へ戻す。

 嘘をついてしまった。

 実際に、体調への配慮は書かれていたが、加えて別のことも。要約すれば、「傀儡艦ごときのために撤退するなど、愚の骨頂である」という忠告だ。

 彼の言うことはもっともであり、頭では理解できる。

 しかし、納得するつもりも、“自分”を曲げようとも思わない。結果で周囲を黙らせればいいんだ。この程度の逆境に負けてたまるかっ。

 ま、それはそれとして、返事は書かないといけない。怪我すると面倒だな、やっぱ。

 

 

「さて、次は間桐提督のか。あの人のことだから、どうせ嫌味な――」

 

 

 全裸逆立ち超楽しみですwwwww

 

 

「――ふんぬっ」

 

「あっ」

 

「ちょ!? ど、どうしたのよ司令官!?」

 

「ふ、ふふふ、いや、何でもないよ。いいかい二人とも。この手紙はなかったことにする。これは命令だ。いいね」

 

 

 グシャリと便箋を握りつぶし、ゴミ箱へダンク。

 わざわざ手紙出しといて、書いてあったのはあの一文だけ。間違いなく挑発してやがる。

 見てろよあの4Bit野郎。一週間だ、あと一週間で硫黄島までたどり着いてやるからな……!

 

 

「あ、あの……。小包も、あるんだけど……?」

 

「……開けておこうか。一応」

 

「は、はいっ。どどどどうぞっ」

 

 

 やけに怯えている雷から包みを受け取り、乱暴に包装紙を破く。

 最新式デジタルカメラの箱。これで撮れってことか。バカにして――ん?

 持ち上げようとしたら、箱の下に敷かれていたもう一通の手紙が現れた。

 またかと思いつつ、こちらも乱暴に封蝋を外すのだが、意外なことにキチンと要件が。

 

 

「今度は真面な内容みたいだね」

 

「ああ。タ級との戦闘記録、ロックされてるらしい。

 外す権限が自分と中将にしかないから、アクセス権よこせって。

 電探に映らないのが本当なら厄介だし、暇つぶしに研究しといてやる、だってさ」

 

「書記さんね、きっと。どうするの?」

 

「後でメールしとくさ。にしても、なんでワザワザ手紙で……」

 

「んー、桐谷さんも出すからついでに、とかじゃない?」

 

「かもなぁ。気にしない方がいいか」

 

 

 腹は立ったけど、こうして手紙とオマケまでもらえたのは、純粋に嬉しい。

 桐ヶ森提督からはガン無視されてるみたいだし。本気で嫌われてるのかな……。

 深く考えると傷つきそうだ。戦車部隊の訓練と、偽島の監視に忙しいって事にしとこ。

 

 

「ところで、司令官。あのね、その……」

 

「なんだ雷。モジモジして、トイレか?」

 

「違うわよ! だ、だから、えっと……」

 

「……ふぅ。司令官、ちょっと」

 

 

 唐突に、身体を隠すような感じで恥ずかしがる雷。

 理由が分からなくて首を傾げていると、見かねた響がそっと耳打ちしてくれた。

 

 

(雷の格好に関して、何か感想はないのかい)

 

(……ああ! すっかり忘れてた)

 

(まったく、ダメじゃないか)

 

 

 だって仕方ないじゃん。色々と濃密な手紙が続いて、ナース服が霞んじゃったんだよ。

 ……いや。言い訳を考えてても、それこそ仕方ない。

 頑張っておめかししてくれたんだから、褒めてあげなくちゃ。

 

 

「あー、雷」

 

「な、なぁに、司令官?」

 

 

 椅子を回転させ、隣の雷へ向き直ると、彼女は平然を装って微笑む。

 ……なんて言えばいいんだろうか。

 セクハラにならず、それでいてちゃんと褒められる言葉?

 う~む……。下手に凝ったセリフを言おうとすると失敗しそうだし、率直に。

 

 

「ビックリはしたけど、似合ってるよ。うん、元気でた」

 

「本当!? えへへ、やったわっ」

 

「恥ずかしい格好した甲斐があったね。とても真似したくな――できないよ」

 

「ねぇ、今なんて言いかけたの。こっち見てってば」

 

 

 嬉しそうにハイタッチする雷だったが、余計な一言に笑顔のまま詰め寄る。響は素知らぬ顔で口笛である。

 どうやら、暁型の次女・三女の力関係は拮抗しているらしい。そんな姿も微笑ましいのだけど。

 なんか仕事する気分じゃなくなっちゃったな。今日中に終えれば良いんだし、休憩しよう。

 

 

「しっかし、このデジカメ。白露に買ってあげたやつよりも新しいやつだけど、どんな感じなんだ?」

 

「取説は……入っていないね。動かしてみれば分かるんじゃないかな」

 

「だな。よし、雷ー、そっちでポーズとってくれ」

 

「ええっ!? わ、私を撮るの?」

 

 

 椅子から立ち上がり、電源ボタンを探しながら机の向こうへ。

 雷は大人しくついてくるものの、恥ずかしいのかまたモジモジ。

 

 

「録画はしないよ。どんな風に映るか確かめるだけさ。いいだろ?」

 

「うぅぅ……。ほ、ホントに撮らないでね? 司令官以外の人には、見られたくないし……」

 

「分かってる分かってる。よし、電源入った。映すよー」

 

「なんでだろう。物凄く通報したい気分になるのは」

 

 

 お願いやめてシャレにならないから。

 自分でも危ない撮影会みたいだって思ったけどさ、先輩と同じ末路とかマジ勘弁。

 ……やっぱり、誤解を招くようなことは控えた方が――

 

 

「提督さん、由良です。新しい艦ができたんですって――え?」

 

「あ」

 

「へ? 由良さん?」

 

「……Хуже всего(最悪だね)

 

 

 ――いいかなーと思った瞬間、新たな登場人物がやって来てしまった。

 秘書官の絶対必須アイテム・クリップボードを片手に、リボンでまとめ上げた薄桃色のサイドテール少女、由良が硬直する。

 その瞳に写っているとおぼしきものは、恥ずかしげに身を縮こませるローティーン・ナースと、ビデオカメラを構える男。

 どう見ても性的な犯罪現場です。ちくしょう、なんでこのタイミングで!?

 

 

「あ、あのな由良。これは違うんだ。多分、絶対に誤解してるから、まずは話を聞いてくれ。な?」

 

「古鷹さんの言ってたこと、本当だったんだ……」

 

 

 一応、人目は気にしてくれるのか、後ろ手にドアを閉め、鍵までかける由良。

 穏やかな微笑みの似合う彼女は、しかし今、辛酸を嘗めているような面持ちでボードを抱きしめ、ゆっくり机へ近づく。

 

 

「あのね提督さん。こういうの、良くないと思うの。男女の間柄のことだし、野暮なことだって分かってはいるけど、響ちゃんも居るのに……。まさか、そういうプレイ……?」

 

「だからね、そう思っちゃうのは仕方ないけど、まずそこが違うんだよ。プレイでもなければ自分が強要したわけでもなくて……」

 

「そうそう! ちゃんと経緯も説明できるから、受話器を下ろして!? ひ、響からも説明してお願いっ」

 

「ふぅ……。由良さん、信じられないかもしれないけど、司令官の言う通りだから。通報はやめてあげて欲しい」

 

「……そうなの?」

 

 

 この場において、一番発言に信頼性のある響が、重々しくうなずく。

 しばらく考え込んでいた由良だったが、納得してくれたのだろう、零と一を押しそうだった指を引っ込めた。

 

 

「ごめんなさい、少し先走っちゃったみたい」

 

「……ほっ。いやいや、分かってくれれば――」

 

「でも、それとは別に。今は勤務時間だと思うな、提督さん?」

 

「相違ございませんです、はい」

 

 

 半目になり、由良は「怒っています」と意思表示。

 神妙な顔で肯定すれば、コツン、と人差し指が額へ。同時にまなじりも緩む。

 これで許してくれる? らしい。

 

 

「じゃあお仕事、ね? 励起の準備はできてるから、一緒に行きましょう」

 

「はーい。二人はどうする。来るか?」

 

「そうだな……。ワタシは行くよ。同じ境遇を辿った船同士、会ってみたいと思っていたから」

 

「もちろん私もっ。歓迎してあげなきゃ!」

 

「ふふふ。じゃあ、四人で行こっか」

 

 

 結局、連れ立って執務室を後とすることに。

 これから出会う船は、響と同じく、戦火を生き残った数少ない武勲艦の一つ。

 彼女の持つ幸運が、きっと、硫黄島への道も明るく照らしてくれる。

 そう信じ、自分たちは談笑しながら、新しい仲間を迎えに行くのだった。

 

 

 

 

 

「でも、そのままだと誤解が広まっちゃうから、雷ちゃんは着替えた方がいい、かな?」

 

「あ、そっか。ちょ、ちょっと待って、すぐ着替えちゃうから!」

 

「ってうぉおおい!? ここで脱ごうとするな、せめて自分が出てからにしてくれ!?」

 

「……やれやれ、だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 横須賀鎮守府、某所にある独居房にて。

 

 

「ぬぉおおっ、ここから出せぇええっ! やはり会わずに帰るなんてイヤだっ、新人君が私のことを待っているんだぁああっ!」

 

 

 兵藤凛は、捕獲された野生のオランウータンが如く、扉へかじり付いていた。

 蹴破ろうとしたり、ノブを思いっきり引っ張ったり、格子付きの窓に顔を押し付けたり、やりたい放題だ。

 ちなみにこの時代、オランウータンは絶滅種である。

 

 

「えーと、ここデスか。宿舎の周りをうろついていた変質者(Pervert)が居るのは。全く、不届きな人も居たものデス。顔を拝んでやりマース」

 

 

 そこへやってくる、一人の少女。

 変わった巫女服をまとう、英語混じりな帰国子女は、金剛である。

 休みの間は提督にベッタリだった彼女だが、流石に仕事の邪魔をするほど分別がないわけでもなく、かといってやれる仕事もなく、暇を持て余していた。

 そんな時に飛び込んできた、不審者逮捕の知らせ。

 警備の参考とするため、どんな人物か確かめておこうとやって来たのだ。決して、格好の暇つぶしのネタが出来たと、スキップしながら来たわけではない。

 

 

「あっ!? そこ行く個性的な巫女服ガール! 格好からして桐林艦隊所属と見たっ。助けておくれぇええっ!」

 

「w,what? 何事ですカ? どうしてこんな所にNurseさんが……」

 

 

 ――が、先んじて声をかけられ、金剛は萎縮する。

 この独居房、入り口のドアにも大きめな窓が設置してあるのだが、そこから見える人物は、なぜか看護師の格好をしているのだ。

 スカート丈は歩いただけで下着が見えそうな超絶ミニ。胸元には意味なくハート型の穴があり、色も目に痛いビビッドピンク。

 ここまで来ると、誰もが声を揃えて言うだろう。お前みたいな看護師が居るか、と。居たとしても水商売系だろう、と。

 しかし、金剛の困惑をよそに、その偽ナースこと兵藤凛は、不敵な笑みを浮かべて胸元へ手を突っ込む。

 

 

「そんなことはどうでもいいじゃないか。それより、ここから出してくれたら良いものを進呈しよう。ほら、あられもない格好で眠る新人君の寝顔写真がここに、ね?」

 

「……なるホド、Youが。甘いデスね、そんな物でこの金剛が惑わされるとデモ? お幾ら万円ですカ!」

 

「いやいや、お金はいいからまず鍵をだね」

 

「But,脱獄幇助だなんてテートクに迷惑がああんSo Cuteデース」

 

「ちょっと、何やってんですか貴方たちはぁ!?」

 

 

 明らかな賄賂の申し出に、金剛は軽蔑するような視線を向けるも、言葉が伴わない。

 対戦車砲すら弾く防護ガラス越しに顔を付き合わせ、取引は進む。

 思わず監視員を勤める女性 @ 二十三歳独身・現在彼氏募集中も突っ込むが、彼氏居ない歴=年齢な彼女の声は、全く届かなかった。哀れである。

 

 こうして、金剛という強力な手札を手に入れた兵藤は、見事に独居房を脱出。

 横須賀鎮守府を未曾有の大混乱へと陥れるのだが……。

 それはまた、別の話である。

 

 

 

 

 

「いやー、シャバの空気は美味しいね! 晴れ晴れとした良い気分だ。ありがとう金剛君!」

 

「なにを走りながら伸び伸びしてるデス!? 後ろから憲兵たちがManyMany追っかけて来てマース!? Youは一体なんなんデスかぁ!?」

 

「まぁまぁ、細かいことは気にしないでくれたまえ。反逆者とかではないから。それよりも、ここに新人君の生着替え写真があるのだけれど」

 

「そんなもの持ってる人をTrustできると思うノ!? 抜け道はこっちデース!」

 

「なんで? なんで私まで逃げてるんだろう? これはクビかなぁ……」

 

 

 

 

 




「うむ。自分の出番でありますな。一人称は同じでも、提督殿ではないので注意されたし、であります」

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