新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と電の出会い・後編

 

 

 

 

 

「うーん。三回目の訓練でこれは、ちょっと酷いなぁ。至近弾の一つも無しとは」

 

 

 赤みを帯び始めた陽光が差し込む、執務室。

 その主である先輩のため息に、自分は居心地の悪さを覚えていた。

 

 

「すみません……。思ってたよりも、才能なかったみたいで……」

 

 

 初めての励起から三日。

 挙動確認もそこそこに始められた砲撃訓練は、散々な結果ばかりに終わっている。

 基本的な動作――前進・後進、急速回頭や各種兵装も問題なかった。

 しかし、いざ砲撃戦となると、途端に足並みが揃わなくなり、ペイント弾は的外れな方向にしか飛んでくれなかったのだ。

 初日ならそれも許されるだろうが、すでに三度目。度し難い才能の無さである。

 

 

「厳しいことを言わせてもらうと、そんなことは関係ない。

 新人君、君はもう“提督”なんだ。結果を出さなくてはならない立場にある。

 言い訳より、そのために何をすべきかを考えなさい」

 

「っ。……はい」

 

 

 冷たく、辛辣な言葉。

 その厳しさには、期待と信頼が込められていると、短い付き合いながら知っている。

 だから我慢も出来るのだが、隣の少女は知る由もなく。

 

 

「あのっ、違うんです。司令官さんはちゃんと指示を出してくれてて、電がそれに応えられなくて……。だから……」

 

「いいから。電ちゃんは気にしないで」

 

「でも……」

 

 

 自ら責めを負おうと、進み出る電ちゃん。

 手で制すも、顔には居た堪れないと書いてある。

 優しいのは結構だが、小さな子に庇われて、居た堪れないのはむしろこっちだ。

 全く、情けない男。

 

 

「とにかく、これで今日の訓練は全行程を終了した。帰って休みなさい」

 

「はっ! 失礼します!」

 

 

 自責の念を噛み殺し、寸分の狂いもなくなるよう叩き込まれた、海軍式の敬礼を。

 一歩後ろに下がり、逃げ出す気分で退室しようとするのだが、しかし、幾分柔らかくなった先輩の声が引き止める。

 

 

「ああそうだ。新人君、ちょっと」

 

「は? あ、はい……」

 

「電ちゃんは外で待っていてくれるかい。何、心配しなくても、これ以上叱ったりはしないさ」

 

「……分かりました。失礼します、なのです」

 

 

 ぺこり。九十度のお辞儀をして、電ちゃんだけが静かに出て行く。

 彼女を外に出したということは、これから話すのはあの事。

 いきなり“感情持ち”を励起してしまった事についてだろう。

 

 

「彼女はどうだい。見た限りでは、本当に感情持ちのようだけど」

 

「……正直言うと、普通の女の子としか思えません。その、まだ打ち解けてはいませんけど、よく気を遣ってくれますし。……か、可愛いですし」

 

 

 感情持ちとは、極めて高い練度を持つに至った統制人格のたどり着く、第二段階のことである。前に言った例外だ。

 繰り返し能力者からの命令を受け取ることにより、統制人格はそのルーチンを蓄積、徐々に作動効率を上げていく。

 これを練度と呼ぶのだが、どれほど厳しい訓練を続けても、人間の行うことには必ず癖がついてしまう。

 統制人格はそれすらも自身の中に取り込んでいき、無駄にしかならない情報が、個性を作り上げる。

 その結果、物言わぬ人形が自意識を持つに至るのだ。この辺の事情は、人工知能に関する専門家が出した、過去の書籍に詳しいとのこと。

 自意識を持つということは、自ら判断を行えるということの証左であり、多くの場合、戦闘力の大幅な向上が見られる。

 ありていに言えば、感情持ちとは、傀儡能力者の持ちうる最高の武器なのだ。

 

 

「ふむ。確かに電ちゃんは可愛い。できることなら抱き枕にしたいくらいだ。そんな子と一つ屋根の下に住むなんて、けしからん。

 いいかい新人君、押し倒してもきっと彼女は拒まないだろう。だからと言って無理強いしてはいけないよ?

 それと、同意を得た上で実行するなら呼んでおくれ。君の脱童貞を支援しなくてはいけないからねっ!」

 

「止めんのか焚きつけんのか、どっちかにしてもらえません? 緊張でそれどころじゃありませんよ……」

 

 

 加えて、こちらは副次的な効果……というより、個人的な所感なのだが。

 いかに整っていようとも、マネキンの容姿に心躍らせる人間は居ないと思う。もし居たとしても、かなりの特殊性壁だろう。

 しかし、それが人の温かみを持ったなら。はにかみ、戸惑いつつ、一生懸命お世話しようとしてくれたなら。

 

 朝は優しく揺り起こしてくれる。顔を洗うとタオルを渡してくれる。襟の乱れを整えてくれるのも当たり前。

 食事は摂る必要がない上、彼女自身が固辞したから一人で食べているけど、掃除もしてくれるし、洗濯機の使い方も一発で覚えてくれた。

 男物のパンツを畳む時の、恥ずかしそうな顔が堪らなゲッフンゴッフン。アホか正気に戻れ。先輩の影響を受けちゃダメだ、やり直し!

 

 ……とにかく。男であれば誰でも。女であっても高確率で、心を許したくなるに違いない。

 だからこそ、自分は困っていた。

 降って湧いたギャルゲ的同居生活もそうだが、なにより彼女を――電ちゃんを“兵器”として扱わねばならない、提督という立場に。

 

 

「まぁ、冗談はさておき。上も驚いているようだ。今はとにかく様子を見るしかないけれど、電ちゃんと意思疎通を図ることが、色んな事の第一歩かもしれないね」

 

「はい。……でも……」

 

「うん?」

 

「いえっ、なんでもありません。お話が以上であれば、自分はそろそろ」

 

「そうだね。いつまでも待ちぼうけさせるなんて可哀想だ。下がってよろしい」

 

「はっ、失礼します!」

 

「……頑張れ。男の子」

 

 

 思わず零しかけた言葉を飲み込み、気をつけをする。これはきっと、先輩の前で言うべき事ではないから。

 それも見透かされていると、去り際の声に気づいてしまうのだが、気恥ずかしさも手伝い、二度目の敬礼でごまかす。

 

 

「ごめん、待たせちゃったね」

 

「あ、いいえ。大丈夫なのです」

 

 

 ドアを開けると、廊下の少し離れた位置に電ちゃんが立っていた。話が聞こえてしまわないようにだろう。

 パタパタ。小走りに駆け寄る姿は、著しく庇護欲を掻きたてる。

 まるで小動物にそうするみたく、頭を撫でようと手が伸び――

 

 

「と、とりあえず、帰ろうか」

 

「はい」

 

 

 ――土壇場で、自分自身の後頭部へと誘導することに成功した。

 出会って間もない女の子の頭を撫でるとか、いくらなんでも失礼だ。それに、もし嫌がられたら立ち直れないし。

 そんな訳で、さっさと家路につくのだけれども。

 

 

『………………』

 

 

 案の定、会話はない。

 ときおり横を確認すると、何か、話しかけようとしてくれているのは分かったのだが、言葉にはならない。

 こちらとしても、難しい年頃の婦女子相手に、小洒落たトークをかませる経験はなく、それどころか目を合わすのだって恥ずかしい。小学生か自分。

 気まずいような、もどかしいような。

 なんとも言えない空気の中、庁舎を抜け、デコボコな影が伸びる海沿いの道を歩いていく。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと、警笛の音が耳へ届いた。

 遠目に見える、幾つかの船影。おそらく、夜戦演習に向かう傀儡艦だろう。

 演習海域までは数時間かかるから、始まる頃には、海の境目は闇に沈んでいるはず。

 縁遠い訓練だ。自分に演習の許可が降りるのは、いつになることやら……。

 

 

(……待てよ。確か演習って、映像記録が残されてたよな。能力者の様子も含めて。

 それを見れば、他の提督がどんな風に傀儡艦を制御しているのか、参考に出来る!)

 

 

 気づいた瞬間、足が止まっていた。

 振り向く電ちゃんは訝しげな顔。

 

 

「司令官さん? どうかしましたか?」

 

「ごめん、先に帰っていてくれるかい。ちょっと用事ができた。遅くなるかもしれないし、休んでくれてて良いから」

 

「あ……。分かり、ました。お家に戻ってますね。お身体、冷やさないようにして下さい、なのです」

 

「うん、ありがとう。ごめんな」

 

 

 軽く手を合わせて謝ると、首を横に振り、笑って送り出してくれる彼女。

 感謝しながら、もう一度謝って来た道を戻る。

 何度か途中で振り返ったが、小さな影は、いつまでも立ちすくんで。

 ……罪悪感を覚えた。

 角を曲がり、見えなくなってもそれは続いたけれど、しばらくすれば、資料室への道筋を思い出すことで頭がいっぱいに。

 

 二十分足らずで、目的の部屋にたどり着く。

 スライドドアを引くと、受付らしき場所で作業をしている女性が。

 ちょうどいい。この人に保管場所の案内を頼もう。

 

 

「あの、すみません。ここって、艦隊演習の映像記録が閲覧できるって聞いたんですけど……あ」

 

「はい? ……あら」

 

 

 そこには、電ちゃんの励起に立ち会い、それが縁で調整士として抜擢された、書記さんが居た。

 訓練を終えた時、調整室で別れたきりだったが、あれからまた別の仕事をしていたようだ。

 余談になるが、調整士というのは、傀儡能力者を複数人で補佐する情報担当官である。

 能力者が任務で使うブースター・ベッド――増幅機器の出力を調整する役目を担い、統制人格から引き出した観測情報を分析・計算し、砲塔や魚雷発射管を動かすために必要な数値を導き出す。

 コンピューターの助けがあるとはいえ、凄まじい処理能力を持つ人間しか就くことの出来ない職業だ。

 まぁ、自分はそれを活かすことも出来なかったのだが。

 

 

「さっきぶり? ですね。書記さん」

 

「……ですね。申し訳ありません。訓練では、お邪魔にしかならなかったようで」

 

「そんなことありませんよ。自分が不甲斐ないだけですから」

 

 

 本気で悪いと思っているのか、うつむいてしまう書記さんに対し、自嘲しながらそう答える。事実、彼女の情報処理は的確だった。

 手順としては、能力者が統制人格へ観測を指示。それを受けた統制人格が艦の装備などで各種情報を収集、能力者へと送り返す。この情報から必要な分を抜き出し、今度は調整士に伝え、計算が始まる。

 ところが書記さんは、統制人格が観測を開始した時点で、艦から情報を随時取得。次の行動を予測し、あらかじめ計算を済ませてしまうのだ。

 いちいち指示を出さなくても、必要な行動をとってくれる。ある意味、彼女の方が感情持ちの統制人格らしかった。

 しかし、それを電ちゃんに伝えるべき自分が、情報を言い間違えたり、聞き損じたり。電ちゃんはそのせいで右往左往。まともに砲撃が出来なかった、というわけなのである。

 情けないったらありゃしない。けど、とりあえず今は置いておこう。

 

 

「で、お仕事中に悪いんですけど……」

 

「はい。艦隊演習の映像記録ですね。許可がないと外部への持ち出しは厳禁ですので、この場で閲覧して頂くことになりますが、よろしいですか?」

 

「お願いします」

 

「では、そちらの席で少々お待ちください」

 

 

 受付に近いブースを示し、書記さんはデスクトップPCを操作し始めた。

 言われたとおりの席へ着くと、設置されたPCが遠隔起動。動画再生ソフトも勝手に立ち上がる。

 その手前にフォルダも表示され、幾つかの動画ファイルが。

 

 

「一口に艦隊演習といっても、その内容は千差万別ですから、私の方でいくつかピックアップさせて頂きました。ご迷惑でしたら申し訳ありません」

 

「ああ、助かります。どうも」

 

 

 本当にありがたい。パソコンなんて超高級品、ここに来て初めて触ったくらいだから、授業は受けても、操作は危うかったのだ。

 ここまでお膳立てしてもらえれば、あとはマウス操作だけでどうにかなるはず。

 早速、フォルダの一番上にあるファイルをダブルクリックし、ヘッドホンを装着。タイムラグ無しで再生される映像にかじり付く。

 

 

(凄いな……。これが、本物の艦隊戦)

 

 

 四対四。軽巡洋艦を旗艦とし、残りを駆逐艦で固める水雷戦隊同士の戦い。

 一方はこれでもかと砲弾を撃ち込み、一方はそれを巧妙に回避しながら、魚雷発射管を旋回させていた。

 画面に映るのは前者の側。能力者が伝達した命令なども文字に起こされ、字幕として追加されている。

 周辺情報の取得。調整士への計算指示。針路設定。速度設定。砲弾再装填。残弾数確認。五秒足らずでこれだけの命令が出た。

 さらに、刻一刻と変化する周辺環境を把握するため、再度情報を取得。また伝達を繰り返す。

 目まぐるしいの一言に尽きた。

 

 

(こんなこと、できるのか)

 

 

 正確に、そして的確に伝達しなければならない命令もそうだが、この演習、魚雷を回避しきれないと判断した能力者は、駆逐艦を軽巡洋艦の盾とした。結果として戦術的勝利は得たが、駆逐艦は轟沈判定を受けている。

 次も。次の次も。そのまた次も駆逐艦が参加していたものの、対潜水艦戦闘以外では弾除けのような扱い。

 

 話は変わるが、傀儡艦に適合する船は、ツクモ艦を撃破することでも手に入るらしい。これを解放艦と呼ぶ。

 人類がこの力を手に入れた当初、励起することのできる艦は少なかったそうだ。

 過去の栄光にあやかり、戦艦・長門や空母・瑞鶴、駆逐艦・雪風などが再現されるも、統制人格は現れなかった。

 様々な試行錯誤の結果、判明した励起条件は、ツクモ艦を撃破し、その残骸から該当する艦が“解放”されること。現在、励起できる艦船に欠番があるのは、これが原因とされている。

 対外的に、資源の解放という意味で使われていた解放艦という言葉。本当の意味は、「ツクモ艦に囚われていた艦の魂を、解放しているように見えるから」、なのである。

 

 どうして作っただけでは励起できないのか。ツクモ艦と傀儡艦は元を同じくするものなのか。

 はたまた、ツクモ艦から傀儡艦――ひいては統制人格が生まれているのではないか。そして、ツクモ艦が傀儡艦になるなら、その変化は不可逆だと言い切れるのか。

 この問いへの答えを持つ人間は、まだいない。

 だが、そういう仕組みだと理解しさえすれば、大抵の人は理屈を無視して利用する。自分が今、便利だというだけで、作れもしないPCを使っているように。

 

 とにかく。こんな理由があり、資源に乏しいこの国でも艦船の入手は容易で、しかもその確率は駆逐艦が圧倒的多数。

 取り柄と言えば、高速力と雷撃に、上記の対潜戦闘。そして入手の容易さ。簡単に手に入るのだから、弾除けに使っても問題ないのは分かる。

 むしろ、被害を抑えるため、積極的にそうすべきなのは、分かっている。

 でも……。

 

 

『司令官さん』

 

 

 俺に、できるのか。

 こんなことが。

 

 

「――とく。提督」

 

「……は? え、あ、俺?」

 

 

 唐突に肩を叩かれ、くぐもって聞こえる声に驚く。

 そうだ。もう提督と呼ばれるようになったんだった。

 先輩からも言われたばかりなのに、本当にダメだな。

 

 

「もう映像は終わっていますよね。お帰りにならないんですか。そろそろ夕食時ですが……」

 

「そ、そうですか。すみません、なんかボーッとしちゃって。すぐ帰ります」

 

「………………」

 

 

 画面隅の時刻を確かめると、そろそろ二時間が経過しようとしている。

 パパッと決着がつく演習もあれば、時間をかけた詰将棋のような演習も。随分のめり込んでいたようだ。

 慌ててPCをスタンバイ状態にし、ヘッドホンも片付けて席を立つ。

 すると、意外にも書記さんの方から会話の続きが。

 

 

「私も、今日はこれで上がりなんです。よろしければ、途中まで送って頂けませんか? 鎮守府内とはいえ、女の一人歩きは心細いですし」

 

「……良いんですか。俺――じゃない。自分も一応、男なんですが。危ないと思いません?」

 

「危ないんですか?」

 

「いえいえ、そんなことは」

 

「なら良いじゃありませんか。それとも、私と並んで歩くのはお嫌ですか」

 

「滅相もないっ。お供させてもらいます」

 

 

 ……あれ? なんだか、いいように言いくるめられたような。

 しかし、彼女もなかなかの――いいや、知る限りでは最上位クラスにランク付けできる美少女。

 それをエスコート出来るんだから……。百害あって一利無し、の逆はなんて言うんだろう。まぁそんな感じだ。

 と、こんな事を考えている間に、交代の職員が入室。書記さんと言葉を交わす。

 視線で促され、自分はドアの向こうに消える背中を追いかける。さすがに歩幅は自分の方が大きいらしく、すぐに追いついた。

 

 

「お悩みのようですね」

 

「え? ……ええ、まぁ」

 

 

 再び庁舎を抜けてしばらく。

 闇へ沈む水平線を横目にした頃、書記さんが問いかけてきた。

 対する自分は、曖昧にうなずくだけ。

 彼女の言う通り、悩んでいる。悩んではいるのだが、当てはまることが多過ぎて、どれを話に繋げたらいいのやら、皆目見当もつかない。

 が、悩んでいるうちに、また質問が飛ぶ。

 

 

「つかぬ事をお聞きしますが、彼女は……電さんは、どうなさっているんでしょうか」

 

「電ちゃん、ですか」

 

「はい。現場に立ち会ったものとして、気になりまして」

 

「今は家に居ると思います。まだ訓練にも慣れてないでしょうから、休んでもらおうと思って。感情持ちは疲労を感じると、資料で読みましたし」

 

「そうですか」

 

 

 安心と落胆。

 混ぜ合わせるには、少しばかり方向性の違う感情が見えた。

 なぜそんな表情を……と、問う前に、またまた彼女の方から勝手に答えてくれる。

 ペースを握られっぱなしだ。

 

 

「ちょうど、あの年頃だったんです。私が正式な軍属になったのは」

 

「そんなに前から?」

 

「はい。身内に関係者がおりまして、もっと前から手伝っていたんですが、その関係です。こんなに長く続けるとは思っていなかったんですけれど。

 だから……というわけではないんですが、電さんが寂しい思いをしていないかと、心配で……。すみません、余計なお世話ですよね」

 

「いいえ、とんでもない。ありがとうございます」

 

 

 今の書記さんはハイティーンくらいに見えるが、電ちゃんの年頃というと、十三~四くらい。

 慢性的な人手不足に悩まされている昨今、年齢的な就労制限はかなり引き下げられているが、にしても早すぎる。

 余程の才能を持っていない限り、普通に学校へ行っているはずなのに。

 あ。いや、この人なら納得だ。訓練での機械染みた処理速度。あんなことが出来るなら、知能指数だってきっと高いだろう。

 ……無理して大学まで行かされたって、明らかに能力が下の人間も、ここに居るし。

 

 

「どうすればいいんでしょうか、俺」

 

 

 卑屈な気分が潤滑油となり、先輩にも言えなかった言葉が滑り出ていく。

 

 

「あの年頃の子と、どう接していいかもそうなんですけど。

 ……俺は、あの子を。電ちゃんを、兵器として扱わなきゃいけない。

 でも、あんな風に気弱で大人しい子を、矢面に立たせなくちゃいけないなんて」

 

 

 能力者としての心構え。

 傀儡は人にあらず。魂は分け与えても、命を宿すには至らない、人形だと思え。

 無人兵器規制条約をかい潜るため、魂という表現を使っただけの、鉄の塊だ。

 座学のたびにそう教え込まれたが、電ちゃんとの出会いで、教えは砕け散ってしまった。

 

 声を。表情を。繋いだ手の感触を思い出すだけで、実感できる。

 あの彩りが、生命の輝きじゃないとしたら。世界中どこを探しても、命なんて見つかりっこないだろう。

 それを、戦わせなければいけない。

 自分の命だけなら良い。それに見合う給金と待遇を得られるんだから。だけど、他者の命を背負うだけの覚悟なんて、まだ。

 

 

「いっそ、普通の統制人格だったら良かったんだ。何も言わず、何も答えてくれないのなら、もっと楽だったのに」

 

 

 本人を前にすれば、絶対に出てこないだろう言葉が、口をついていた。

 最初こそ戸惑うだろうけど、感情のない傀儡なら、こんなに悩むこともしないで、前線に送り出していたと思う。

 まるで、ゲームのキャラクターを選び、そうするように。

 

 

「書記さん?」

 

 

 気がつくと、隣を歩いていた人影はなかった。

 数歩ほど後ろ。彼女は立ち止まっている。

 街灯の真下から微妙に外れているせいで、どんな顔をしているのか、分からない。

 

 

「……いいえ。なんでもありません。そろそろご自宅に着きますね」

 

「ああ、そうですね。どうしましょう、ここまで来たのに、一人で行かせるのも――んん?」

 

「どうなさいました」

 

 

 幾分、海風の冷たさを漂わせる声。しかしその温度には、気づくことができない。

 なぜなら、目指すべき仮の我が家、その窓から立ち上る黒煙があったからだ。

 ……見間違い?

 

 

「なんか、自分の宿舎から黒~い煙が上がってるような……」

 

「……もしかして、あそこですか」

 

「はい」

 

 

 二人そろって指差し確認。

 影がまた並び、なんとも奇妙な愛想笑いが向けられる。きっと、同じ顔をしていると思う。

 焦りの乗り移った足取りで表札を確かめれば、そこには確かに、親からもらった名前が。

 

 

「………………嘘ぉ!? え、えっ、火事ぃ!? い、電ちゃん!?」

 

「あっ、提督っ?」

 

 

 ゾワッと寒気が走り、玄関の扉を蹴破る勢いで開け放つ。

 焦げ臭い。うっすらモヤが掛かっている。

 くそっ、どうなってるんだ!?

 

 

「電ちゃん、無事か!?」

 

「ぁわわ、はわゎ……。あ、し、司令官さん……!? あの、これは……っ」

 

 

 大急ぎで靴を脱ぎ捨て、居間を通り台所へ。

 割烹着を身につけ、小さな台に乗った電ちゃんが、モクモクと煙を上げるフライパンの前に居た。

 声をかける間も惜しみ、煮えたぎった味噌汁の火を消したり、黒焦げな魚を移動させたり、換気をしたり。意外なほど冷静な対処をしていく。

 

 

「はぁぁぁぁ、あ、危なかった」

 

 

 ――が、やるべきことをやり終えたら、脱力してしまった。

 一歩間違えれば、本当に火事が起きていた。間に合ってよかった……。

 つーか、なんで火災報知器は動いてないんだ?

 仮にも国を背負って立つ傀儡能力者の住まいだぞ。入居させる前に点検とかしといてくれよ、全く。

 

 

「ごめ――さぃ」

 

 

 ビクリ。背筋が硬直する。

 黒煙を見つけた時と、種類の違う寒気。

 恐る恐る振り向けば、女の子座りでへたり込む電ちゃんが、大粒の涙をポロポロ零していた。

 

 

「ごめんなさ……。っ、司令官さん、遅い、から、ひっく、お腹、空かせてると、思って……っ。

 ご飯、作ってあれば、ぅ、喜んでくれる、かなって……。でも、失敗、しちゃいまし、た……」

 

 

 しゃくり上げながら語られる、騒動の原因。

 無闇に叱りつける気なんて元々なかったが、こんな弱々しい姿を見せられてしまうと、胸が痛む。

 あんなことを言ってしまう人間だというのに、この子は。

 

 

「……なぁ、電ちゃん。どうして君は、そんなに頑張ってくれるんだ」

 

 

 だから、聞いてみたくなった。

 なぜ尽くしてくれるのか。なぜ慕おうとしてくれるのか。

 理由が思いつかなかったから。

 

 

「それしか、知らない……のです」

 

 

 返事は、消え入りそうな声で。

 それを聞き逃さないために、彼女の前へ膝をつく。

 

 

「電は、司令官さんのお役に立つために、ここにいて。そうしないといけないのです。

 ……だけど、戦いはあんまり得意じゃないから、せめてお料理くらい。そう、思ったのに……っ」

 

 

 一旦は止まった涙が、また。

 反射的に拭おうとして、身をすくませる電ちゃんに、動けなくなる。

 ……何をしてるんだ、俺は。

 なんて酷いことを思ったんだよ、俺は。

 人形の方が良かった? その方が楽だった? ふざけるな。

 違うだろ。自分自身の弱さを棚上げして、周りに理由を求めていただけだ。

 何も、変わってない。……あの頃から。

 

 

「俺は、さ。望んでたはずなんだ。今の、この状況を」

 

「え?」

 

 

 あぐらをかき、何の気なしに話し始める。

 今までの人生を。歩むはずだった人生を。

 

 

「長男だから仕方なく家業を継いで、勧められた見合い相手とでも結婚して、色んなものを我慢したまま死んでいく。

 名も無き一般人のまま、平凡な人生に埋没していくんだって。それが相応しいんだって、ずっと諦めてた。あの日、駅でコンパスを拾うまでは」

 

 

 そう。まさにあの瞬間、運命の歯車は――コンパスの針は回り始めた。

 変な電波でも出してるんじゃないか? なんて友人たちにからかわれ、帽子を被った女性と話す駅員さんへと、コンパスを渡そうとして。

 あー! と叫ぶその女性が、結構な美人であることに驚いて。

 翌日。涙ながらに握られた手の感触を思い出していたら、一人暮らしをしていたボロアパートに、軍関係者が大挙して現れて……。

 

 

「それからはもう、あれよあれよと急展開。養鶏場の長男から、人類の存亡を賭けて戦う傀儡能力者に大変身だ。

 おまけに君みたいな、特別な存在まで呼び出せた。

 不安もあったけど、まるで小説の主人公みたいで、ワクワクしっぱなしだった。けど、現実はそうじゃなかった」

 

 

 帽子の女性――先輩と再開したことには運命を感じたが、当人の言動で夢は爆破され、おまけに待っていたのも、地味~な基礎訓練の日々。

 それだって上手くこなせていた訳じゃなく、肉体面・知識面共に、成績は下の中くらい。

 何度も脱走を考えたけど、実行する勇気なんかありもせず、流されるままズルズルと続けていただけ。

 

 

「昔からこうなんだ。最初から上手くやらなきゃって気負ったあげく、失敗したらすぐ投げ出したくなるのに、そうすることすら出来ない。

 面倒臭いことが嫌いだし、飽きっぽいし、軍人なんて柄じゃない。戦う覚悟なんてもってのほかで、本当は戦いたくなんかない。

 俺は、そういう弱い人間なんだよ。君の司令官には、似つかわしくない。……君に尽くしてもらう資格なんて、ないんだよ」

 

 

 いつの間にか、視線は床板を見つめていた。

 浪人した時だって、姉たちにケツを蹴っ飛ばされながらじゃなかったら、すぐに諦めていただろう。

 でも、ここに家族は居ない。優しく叱咤してくれる人は居ない。

 ちょっとばかりおかしなところはあるが、底抜けに明るく、楽しい先輩は居てくれる。

 でも、先輩は家族じゃない。甘やかしてはくれず、甘えてもいけない。

 訓練はどんどん厳しくなり、安らぎはごく僅か。

 気力が萎えかけていた。

 

 

「電も、同じなのです」

 

 

 そんな、情けない男へと差し出される、小さな手。

 軍服の袖を、軽くつままれる。

 たったそれだけで、“何か”が繋がった気がした。

 

 

「本当は、戦いたくなんてないのです。この戦争には勝ちたいけど……。勝たなくちゃいけないのは分かっていますけど。

 戦わずに済む道はないのかなって、考えちゃうんです。誰かに砲身を向けるのが、その結果が、怖くて……。

 電は、“電”を名乗る資格なんかない、情けない現し身。……なのです」

 

 

 うつむき加減の言葉に、偽りはないと感じる。

 なんだろう。出会ってから三日も経つのに、ようやく真正面から話せたような。

 考えれば、この子も不安だったに違いない。

 普通の女の子と同じに見えても、自身が従属するものであることしか知らず、血縁なんて望むべくもない。

 つまり……ひとりぼっち。

 

 

(あぁ、そうか。そうだったんだ)

 

 

 最低だ。こんな簡単なことにも気づかず、いじけていたなんて。

 俺も、電ちゃんも。欲しいのは居場所。

 居心地の良かった世界から、突然見知らぬ環境へ放り出され、感じたことのない苦さに喘いでいた。

 ここに居ても良いんだと、無条件で肯定してくれる場所が欲しかったんだ。

 けれど、そんな都合の良いもの、あるはずがない。

 

 

(だから電ちゃんは、こんなにまで……)

 

 

 だったら、作らなくちゃいけない。

 居ても良い場所じゃなく、居たいと思える場所を。居て欲しいと思われる関係を。

 だからこの子は、必死に価値を示そうとしているんだ。

 ……見習わなくちゃ。

 情けなくて、弱っちくて。果たすべき責務からも逃げがちな、どうしようもない人間だけど。

 そんな奴にしか出来ないことが、一つだけある。

 今までの“俺”では、きっと無理だ。でも、軍人である“自分”であれば、できることが。

 

 

「そっか。なら、ちょうど良いのかも」

 

「そう、ですか?」

 

 

 やれる事を見つけただけで、随分と気が楽になった。

 小さく笑うと、電ちゃんは小首をかしげる。

 素直に、可愛いと思えた。

 

 

「ごめん。……ありがとう」

 

「……? 司令官さん?」

 

「気にしないで。なんとなく言いたかっただけだから」

 

「はわわ、か、髪がグチャグチャになっちゃうのですっ」

 

 

 聞かれたわけではないけれど、やっぱり謝っておきたくて。

 しかし、意図したところが伝わってしまうのも気恥ずかしく、ちょっと強めに頭を撫でる。

 迷惑そうな口ぶりと裏腹に、彼女は笑っていた。

 初めて見る、屈託のない笑顔だった。

 

 

「あ、あの……提督……」

 

「うぉっ。しょ、書記さん? あっ、すみません、放ったらかしにしちゃって」

 

「いえ、こちらこそ。盗み聞きするような真似をしてしまい、申し訳ありません」

 

 

 ――と、そんな時、居間と台所を仕切る暖簾から、気まずそうに覗き込む少女が。

 いかんいかん、本気で忘れてた。あんな状況じゃ気になって入ってくるに決まってるよ。

 もしかして聞かれてたんだろうか。

 うわ、恥ずかしい。超恥ずかしいんですけど。

 

 

「それで、ですね。お詫びといってはなんですが……。電さんに、お料理をレクチャーさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 

「え。それは……。でも、ご迷惑じゃ……」

 

「良いんです。本当はお詫びなんて、ただの言い訳。私がそうしたいと思うんです。やらせてもらえませんか」

 

 

 モコモコなスリッパを履いた彼女は、台所を一瞥しながら稽古を申し出てくれる。

 ということは、女の子の手料理を食べられるのか?

 自炊しないで済むだけでもありがたいけど……。

 

 

「電ちゃんは、どうしたい?」

 

「あ……。教わり、たいです。ちゃんと、朝ごはんとか作れるようになりたい、のです」

 

「ん。じゃあ、お言葉に甘えます」

 

「はい。お任せください」

 

 

 制服の長袖をまくる書記さんと、立ち上がって顔を拭う電ちゃん。

 頷きあう二人は、さっそく冷蔵庫の中身を確認。残った材料で作れるメニューを模索する。

 手伝っても良いのだろうが、ここは彼女たちに任せよう。きっと、必要なことだから。

 

 

「いいですか。包丁の握り方はこうで、逆の手は指を丸めて……」

 

「えっと、こ、こう、ですか?」

 

「あ、ごめんなさい。私は左利きですけど、電さんは普通に右手で持って良いんですよ」

 

 

 あれやこれや、語り合う声を背に、思う。

 多分、明日は。今日以上に頑張れる。

 こんな風に、温かい時間を過ごせるのなら。明後日も、明々後日も。同じように頑張れる。

 みんなそうやって、目の前の壁を越えていくんだろうな……と。こう思った。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

『ではこれより、第四回砲撃訓練を開始する。新人君、電ちゃん。準備はいいね』

 

『はい』

 

「な、なのですっ」

 

 

 翌日。太陽が中天へ登りつめようとしている時刻、一○○○。

 波に揺られる感覚を覚えながら、二人、引き締まった先輩の声を聞いていた。

 

 

『何度も言っているけれど、砲撃を当てるのに必要なのは緻密な計算だ。

 地球の自転、大気の状態や圧力、風向き、波の影響もそうだし、熱による砲身の変形、対象と自艦の方向角・速度・進路などなどなど。

 これら全てを計算し、最終的な旋回角と仰角を求め、やっと散布界を求められる。が、それでも確実に当たるわけじゃない。

 この訓練の目的は、対象艦に直撃させることではなく、散布界へと素早く対象を納め、射撃結果から誤差を修正。当たらないものを当たるようにすることだと意識して欲しい。

 調整士である書記君と連携、情報を的確に把握して、統制人格へ指令として伝達するんだ。いいね』

 

『はいっ』

 

 

 気合十分、腹に力を込めて返事をする。

 今朝の献立は、ネギと油揚げの味噌汁に、卵焼きと漬物。簡単なメニューだが、電ちゃんと一緒に作った。彼女の担当は味噌汁だ。

 一人で食べるのはちょっとばかり寂しいけど、無言で食べていた今までと違い、たくさんのことを話した。

 卵焼きの上手なひっくり返し方や、食べ物の好み。書記さんと交わした買い物の約束。本当に色々と。

 もちろん、訓練のことも。今日こそは当ててやろうと誓い合った。

 たったそれだけで、こんなにもやる気に満ち溢れるんだから、男って生き物は単純なんだろう。

 

 

『では、後は好きにやってみたまえ。今回は横から口を挟むのはやめる。思う通りに指示を出してみるといい』

 

『……了解しました』

 

 

 先輩にも伝わっていたのか、それとも元々の予定か。普段の手取り足取りな教導ではなく、やり方は任せてもらえるらしい。

 渡りに船とはこのこと。昨日考えた案を説明する手間が省けた。

 普通の能力者には出来ない、ズルみたいなやり方だろうけど、こっちの方が感情持ちの初期訓練には合っているはず。

 ……ひょっとしたら。多分。だといいなぁ。

 

 

「書記さん。あの、除け者にするってわけじゃないんですけど、同調率の管理だけ、お願いできますか」

 

「はい? ……なるほど。そういうことですか。承りました」

 

「ありがとうございます」

 

 

 第一段階として、まずは書記さんへ頼み事。

 打てば響くというのか、それだけで彼女は察してくれたらしい。ホント優秀だわ、この人。

 さぁて、問題は次。こっちが本命だ。気合い入れろ、“自分”!

 

 

『……い、いな――電っ』

 

「ひゃわっ!? な、なんですか、何か、怒られることしちゃいましたか?」

 

『ごめ、つがう……じゃない違うんだ。そうじゃなくて』

 

 

 ……気合い入れ過ぎて、声が上ずった挙句に噛んだ。

 女の子を呼び捨てにするだけでこれとか、嘆かわしいよモテない男は……。

 んが、ヘコんでる暇なんかない。

 

 

『射撃管制を、君に一任したいんだ。大丈夫か?』

 

「……ぁ。けど、電は……」

 

『分かってる。怖いんだろう、自分の撃った砲弾で、誰かを傷つけるのが』

 

 

 戸惑う電ちゃん――電は、小さく首を縦に振る。

 自らが行使した力で、何かを破壊する。自分たちの場合、相手はツクモ艦。

 機械なのか、そういう生物なのかも分からない相手だが、故にこの子はまだ割り切れず、恐怖と感じるのだろう。

 傷つけるのを。傷つけるのに慣れてしまうのを。

 しかし、負わされた責務から、逃れることなんてできない。

 

 

『それでも、やらなくちゃいけないんだ。自分は軍人で、君は軍艦。戦うためにここに居る』

 

「……はい……」

 

『だから、引き金は自分がひく』

 

「――え?」

 

 

 意味をはかりきれないのか、キョトンとする彼女に、自分は説明を続ける。

 

 

『電。君には敵との距離を測り、砲塔の向きや仰角を整え、弾込めもしてもらう。でも、引き金はこの手で引く。

 本当は全部自分で出来たらいいんだけど、バカには高度な計算なんて無理だしさ。

 君の助けが必要なんだよ。一緒に、戦ってくれないか』

 

 

 感情を持った統制人格の利点とは、通常であれば機械を使わなければいけない演算を、単独で行えること。

 人が腕を動かすのに、いちいち何cm動かすかなんて意識しないよう。感情持ちは、息をするのと同じレベルで、高度な射撃演算を処理する能力を持っている。

 後付けで技能を習得したり、武器を装備しなくてはいけない人間とは、根本から違うのである。調べた情報によると、だが。

 でも、だからと言って全てを任せてはいけないんだ。

 たぶん、照準は上手くつけられるけど、引き金を引けないだろう電。たぶん、引き金は躊躇いなく引けるけど、それしか出来なさそうな自分。

 一緒に戦わないと、意味がない。きっと二人合わせて、ようやく半人前なんだから。

 

 

「……分かりました。やってみます……!」

 

『ありがとう。さぁ、始めようっ」

 

「なのですっ」

 

 

 上手く伝えられた自信はなかったが、電は決意を新たに頷いてくれる。

 これだけ大口叩いて当たりませんでした、なんて、笑い話にしかならない。

 今日こそ……いいや、今日は当たるまでやめない覚悟で行こう!

 

 

「司令官さんっ」

 

『よし。――ってぇ!』

 

 

 呼ばれる声で、意識を集中。

 調定された数値に基いて砲塔が旋回し、仰角が整う。

 すると電気的な回路が形成され、そこへ「撃つ」という意思を流し込むことで、引き金をひく。

 轟音。

 三基ある十二・七cm連装砲のうち、第一砲塔が唸りを上げた。もっとも、初弾は当たりっこないのだが。

 

 

「着弾を観測。誤差を修正、並びに次弾装填なのです」

 

 

 ジリジリと、砲塔がまた旋回。

 再装填・微調整が完了し次第、再び引き金をひいた。

 

 第二射。

 ――命中せず。対象との距離、奥に極めて遠い。

 第三射。

 ――命中せず。対象との距離、同、遠い。

 第四射。

 ――命中せず。対象との距離、手前に遠い。

 第五射。

 ――命中せず。対象との距離、奥に遠い。

 

 辛うじて挟叉には捉えているけれど、そこからが縮まらない。

 教本通りなら、このまま撃ち続けていれば当てられる。

 しかし、砲内の損食を考え、第一砲塔でしばらく射撃を行ったら、冷却のために第二砲塔を使用、第二砲塔の後は第三砲塔と変えていくため、また微妙な誤差が生じてしまう。

 それも含めての訓練なのだが、十射、二十射、三十射と、撃つごとに焦りは募っていき……。

 

 

(やっぱり、自分たちじゃダメなのか……。ようやく、心からなりたいと思えるものを、見つけられたと思ったのに……)

 

 

 ――と、諦めが胸を掠めた瞬間、妙な感覚がした。

 

 

《諦めちゃダメ、なのです》

 

 

 声。

 鼓膜を揺らされて……は、いない。

 空気を伝わる声ではなく、脳へ直接に届いているような、初めての感覚。

 

 

《せっかく信じてもらえたのに、ここで諦めたら、なんにもならないのですっ》

 

 

 最初は語りかけられているのかと思ったが、違う。

 これは彼女の。電の、心の声。

 自分自身を奮い立たせようとする、とても小さな。

 

 

《司令官さんは、一緒に戦って欲しいって言ってくれた。

 まだなんのお役にも立ててない電を、それでも頼ってくれたのです。

 ……応えなきゃ。あの人の船だから。応えてあげられなきゃ、ダメなのです……!》

 

 

 漏れ聞こえているとは、想像もしていないのだろう。

 必死に言い聞かせ、くじけそうな足を踏ん張る電。

 なんて、いじらしいんだろうか。なんて、ひたむきなんだろうか。

 自分には勿体無いほど、優しい子だ。

 あぁ。もし叶うなら、もっとこの子を知りたい。もっと一緒に過ごしたい。もっと話してみたい。

 

 ――こんな所で、終わりたくない!

 

 

(……あ? 当たる)

 

 

 拡大する五感。人間では受け止めきれないはずの情報が、脳髄に浸透する。

 風。波。陽光。鋼鉄の鼓動。余すところなく、“理解”していた。

 その感覚が確かに示す。次の一発。確実に当たる、と。

 同調率が上がった? まさかこれが、完全同調? でも自分は特に何も……。

 

 

「司令官さん? 装填完了、発射準備良し、なのですっ」

 

『ぁ、ああ。――ってぇ!』

 

 

 呆然としたまま、反射的にペイント弾を弾き出す。

 だが、それも異常なほど鮮明に、スローモーションのように意識へと焼きつく。

 燃焼する炸薬と、ライフリングにより生じる回転と、砲口から吹き出る黒煙。描かれる弾道すら把握していた。

 定偏効果――回転により弾が左右へブレる現象が起きても、吸い込まれるように砲弾は伸び……。

 

 

『……当たった?』

 

「……当たり、ました?」

 

 

 灰色一色だった標的艦に、鮮やかな黄色が乗せられた。

 船尾方向。電だと、ちょうど第三砲塔の辺り。

 見間違いじゃ、ないよな。当たったんだ、よな?

 

 

「上空の観測機でも確認しました。有効です」

 

「……や、やりました! 司令官さんっ、やりました、当たったのです!」

 

『ああ、ああ! やったな!』

 

 

 書記さんの声で、ようやく現実なのだと実感でき、電と二人で大喜び。

 諸手を挙げてピョンピョン飛び跳ねるその姿が、やけに輝いて見えた。

 

 

『こらー、二人ともー。規定発射数に達してないんだから、勝手に訓練中断しちゃだめだよー』

 

「あっ。ご、ごめんなさいなのです」

 

『すみません、浮かれちゃって……』

 

『戦闘では、こういう気の緩みが致命的な隙になるんだ。最後まで気を抜かないように。

 当たったのは対象が動いておらず、撃ち返しさえしていないからというのも、忘れずにね。

 ……とはいえ、初命中弾。劇的な進歩だよ。二人とも、よくやった』

 

『はいっ』

 

「ありがとうございます、なのですっ!」

 

『ふふふ、良い返事だ。調子も良いみたいだし、休憩を挟んだら、さっそく次の段階に移ろうか。移動しながらの砲撃戦。いけるね?』

 

『望むところですっ!』

 

 

 先輩からのお小言も、今の自分たちにはなんのその。

 新たな試練にだってやる気満々だ。

 

 

『電』

 

「はい、なんですか? 司令官さん」

 

『……なんでもない。一緒に、色んなことを出来るようになろう。一緒に強くなろう。これからも、よろしくな』

 

「あ……。はいっ。よろしくお願いいたします、なのです!」

 

 

 自分は何もしていない。この成果は、電が真摯に応えてくれたからこそ。

 ただ傍観しているだけの司令官なら、居ても居なくても同じ。

 でも、色んな支えがあれば、なれる気がした。

 世界で一番の提督にはなれなくても、世界で一人だけの、彼女に居場所を作ってあげられる人間に。

 

 弾けるような笑顔に微笑み返しながら。

 “俺”は――“自分”は、そうなりたいと、心から思った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……っていう風に訓練を重ねて、初出撃は数週間後かな。いやー、懐かしい」

 

 

 ちょっと情けない思い出話を終えて、自分はお茶を一服する。

 なんだかんだと語ってしまったが、やっぱ人に話しても面白い話じゃないな。ウダウダしてるだけだったし。

 そういえば、書記さんの手料理も、みるみる内に電が上達しちゃったから、あれ以来食べてない。ちょっと残念。

 

 

「そうだったんですかー。今では指揮にも貫禄がありますが、そんな時期もあったんですねー」

 

「貫禄って、んなもんないよ。それに、引き金はうんぬん言ってたけど、今じゃ任せっきりだ。

 結局、一人じゃなんにも出来ないのは変わってない。あんま成長してないよなぁ……」

 

 

 腕組み、難しい顔でうなずく青葉の言葉は、やる気なさげに否定。

 事実、その後の訓練で上昇したのは電の練度のみ。自分は相変わらず指示してただけだ。

 今思うと、あの頃の励起障害は、自分で自分にプレッシャーを与えてしまい、能力をセーブしてしまっていたんじゃないか、という気がする。

 ま、すぐに開き直っちゃってご覧の通りだけど。

 

 

「んー、そんなことないんじゃない?」

 

「衣笠?」

 

「そりゃあさ、普通の能力者さんに比べたら、提督はダメダメなのかもしれないけど。なんていうのかな……。普通に比べるべきじゃないっていうか……」

 

「どういうことでしょうか」

 

「うーん、ちょっと待って加賀さん。いま考えてるから……。そうだ!」

 

 

 今度は衣笠が難しい顔をし、身体を斜めにして考え込む。

 そろそろ倒れるんじゃないか? と思ったところで閃いたのか、彼女は大げさに両手を打つ。

 

 

「例えば棒グラフで表すと、提督は二~三十cmで、他の人たちは一mくらいあるの」

 

「すごい差だね~。それだけ差がついたら、もう人気ランキング圏外だよ……。那珂ちゃん想像しただけでブルーになっちゃう……」

 

「ちょっと黙っててっ。だけどね、それを斜め上から見ると奥行きがあって、そっちだと他の人たちは二~三十cmなのに、提督だけ何十mもある……みたいな?」

 

「……ごめん。励ましてくれてるのは分かるんだけど、あんまり褒められてる気がしないや」

 

「え、えーっ!? 会心の例えだと思ったのに……」

 

 

 気のない返事で落ち込ませてしまうが、本当は違う。

 斜に構えないと誤魔化せないくらい、頬が緩みそうなのだ。

 おまけに、周囲も衣笠の意見を否定せず。

 

 

「いえ。分かる気がします。感覚的に、ですが」

 

「平面で見ても表記はされず、しかし立体的に見ると別の形が顔を出す……。面白い視点ですっ、メモっておかねば!」

 

「あ、そっか~。人気投票の得票数が、実際のファンの数と違うのと同じことだよね? うんうん、それなら那珂ちゃん分かるかも!」

 

 

 みんながみんな、楽しそうにこう言ってくれるのだから、くすぐったくて仕方ない。

 那珂の表現は逆に分かり辛いと思うし、加賀は栗きんとんをもくもく頬張ながら、だけど。

 ……ん? なんか忘れてるような……。あ、金剛が妙に静かなんだ。一体どうし――

 

 

「ぬぉっ。な、なんだ金剛。ふくれっ面して?」

 

 

 横に視線を滑らせれば、風船みたくほっぺたを膨らませる、ジト目の金剛が居た。

 うわー、めっちゃ不機嫌そう。

 

 

「……テートクが元から優しいのを知れたのは嬉しいケド、なんだか……なんだか面白くないデス。手取り足取り砲撃訓練なんかしたことナイのにっ。

 ワタシもテートクと、One on Oneで愛の艦隊演習したイ! 一つ屋根の下、二人っきりで色んなHappeningを経験したいデース!!」

 

「む、無茶言うな。そんな非効率な真似、もう出来るわけないじゃないか。ハプニングも勘弁してくれ……」

 

「ヤーダー! テートクとの甘酸っぱい思い出が欲ーシーイー!」

 

 

 ベタン、と畳へ寝転んだ彼女は、そのまま手足をジタバタ。子供のような駄々をこねる。

 あーあー。もう、何してるんだよ。そんな短いスカートで暴れたら、中身が見え――あ、白。

 ……じゃねぇだろバカ! じっくり見ちゃイカン! は、早くなんとかせねばっ。

 

 

「分かった、分かったから。近いうちに、ええと……買い物! 個人的な買い物とかに付き合ってもらうからっ。それで我慢してくれないか?」

 

「ホントですカ? ぃヤッター! 初Date,今から楽しみデース!!」

 

「あざとい。さすが金剛さんあざとい。那珂ちゃんもあのくらい強引にいった方がいいのかな~?」

 

「やめといた方が良いんではないですか?」

 

「青葉に賛成。あれは金剛さんだから出来るんだよ、多分」

 

「……あら。栗きんとんが空に。今お代わりを」

 

 

 狙っていたのか、天然か。どっちにしても、上手く乗せられてしまったようだ。

 他四名も慣れたもので、途端に上機嫌になる金剛を、然も当然と受け入れている。

 泣いたカラスがもう笑うとはこのことか。まったく……。

 と、釣られて笑みを浮かべていたら、何やら背後に騒がしい気配を感じた。厨房の方だ。

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

「お、鳳翔さん帰ってきたか」

 

「ということは、榛名たちも戻りましたネ。食材の運び入れを手伝わないト!」

 

 

 勝手口からガヤガヤ入ってくる、買い出し組の足音。

 本日の成果を確認すべく、自分たちは腰を上げ、厨房の奥へと。

 そこには、忙しく表と中を行ったり来たりする鳳翔さんを筆頭に、多くの少女たちがたむろしていた。

 ここは一つ、男として手伝わねばなるまい。……まぁ、艤装召喚されたら敵わないんですけどね。腕力でも。

 

 

「みんな、お疲れ。自分も手伝うよ。ほら、榛名」

 

「あっ、提督? いけません、まだ無理をなされては!」

 

「平気だよこのくらい。傷はもう治ってるんだし」

 

「そうですよ。適度な運動は、健康の維持に必要不可欠です。本人がやる気なんですから、お任せしましょう。これ、お願い出来ますか?」

 

「でも、霧島……」

 

「任せろ。榛名? 心配してくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だから、な」

 

「……はい」

 

「ンー、榛名は優しい子ですネー。いい子いい子してあげマース」

 

「あ、あの、金剛お姉さま。こういうことは、比叡姉さまに……」

 

 

 手伝うとか言っておきながら、妹をハグしてなで回す金剛。

 榛名も満更ではなさそうだ。牛乳パックの詰められたトートバッグ片手に、思わず霧島と苦笑いである。

 次に視界へ入ってくるのは、オレンジの衣装を身にまとい、疲労困憊した顔の夜型統制人格と、その妹。

 

 

「はぁぁ、疲れたぁぁ。やっぱり、昼間だと調子でないや……」

 

「川内? 珍しい、こんな時間に起きてるなんて、人工衛星でも降るか?」

 

「あ、失礼しちゃうなぁ。ワタシだって、食事当番の時くらいはちゃんと起きるよっ」

 

「あれ。今日は川内も厨房に立つんだっけ」

 

「はい……。わたしも、お手伝いさせて頂きます……」

 

 

 後ろに続く神通が付け足し、新たな荷物を運ぶ。業務用のでっかい醤油だ。

 そこへ「那珂ちゃんも手伝うんだよー!」と末っ子が参戦。ボトルを受け取って行く。

 びみょ~な不安を感じたのは、きっと自分だけではあるまい。

 

 

「そっか。でも、神通が居るなら安心だな。夕飯、楽しみにしてるよ」

 

「えっと……。あまり、自信はありませんが、頑張ってみます……」

 

「美味しいの作るから、期待しててね? 立派な山芋買ってきたし、胃に優しくて滋養に良い物……。山芋のフワフワハンバーグ・夜戦仕様とか作れるしさ!」

 

「……神通」

 

「だ、大丈夫、です……。おかしなことには、なりませんから……。絶対に、させませんから……!」

 

「頼んだよ。本当に頼むよ。マジで頼むからな?」

 

 

 山芋を両腕に抱え、川内がハツラツと視界からハケる。

 もう日が落ちてきた。ここからが彼女の本領発揮なのだろう。

 が、夜戦仕様という部分に不安は倍増。揺れるツインテを追う背中へ、祈るような気持ちを託す。

 球磨型の木曾と同じく、川内型最後の良心である神通なら。あの子ならなんとかしてくれる! ……といいんだけど。

 

 

「あ、司令官。ご機嫌ようです。いま帰ったわ」

 

「司令官さん。ただいまなのです」

 

「おお。暁、電。おかえり」

 

 

 ――なんて、諦めの境地に達していると、いつの間にか暁型の二人が側にいた。

 暁はネギなどが飛び出たバッグ、電は大きなキャベツを三玉も抱えている。

 

 

「……? どうかしましたか?」

 

 

 小首をかしげる電に、ハッとする。

 どうやら、ボーッと見つめていたようだ。

 思い出話をした影響だろうか。

 

 

「なんでもないよ。いつもご苦労様」

 

「はわ。髪、崩れちゃいます」

 

 

 なんとなく頭をなでれば、くすぐったそうに目を細める電。

 さっきは成長していないと言ったが、変わっているところもあると気づいた。

 指を通じる温かさも、それを嬉しいと思う気持ちも。あの頃よりずっと強く、大きく。

 妙に、誇らしく感じた。

 しかし、隣で見守る小さなレディーにとっては、あまり面白いものでもなかったようで。

 

 

「むぅ。ねぇ司令官。私も頑張ったんだけど。それに、お料理だって手伝うのに」

 

「ん? ああ、悪い悪い。暁も料理手伝えるようになったか。偉いぞ」

 

「えへへ、お姉さんなんだから当然よ……って、あ、頭を撫で撫でしないでってばっ。こんなことで喜ばないんだから! あんまり出撃しないから、家事の腕が上がっちゃってるだけだし」

 

「……ごめんな。出させてあげたいのは山々なんだけど、都合が……」

 

「あっ。別に、催促したわけじゃなくて。……花嫁修業してると思えば、家事だってやりがいあるわ!」

 

「そうか。ありがとう。でも、どこかへ嫁にいく予定あるのか?」

 

「え゛。それは………………ないけど。い、いいじゃない、女の子は花嫁さんに憧れるものなのっ」

 

「そうだなー。もし改二とかになったら、大人っぽく成長できるといいなー」

 

「むむむむむ……! 絶対に改二になる……。そうしたら、司令官がビックリするくらいの美人になれるわ、きっと!」

 

「ははは、そりゃあ楽しみだ。ま、自分はちっちゃい暁も好きだぞ?」

 

「へぅ!? ……ち、ちっちゃくないもん! 今度言ったら許さないんだからぁ!!」

 

「あっはっはっはっは」

 

 

 真っ赤な顔で、暁は腕を振り回す。

 だが、圧倒的にリーチが足りず、ただ頭を撫で回しているだけで抑え込めてしまう。

 よっぽどくやしいのだろう、「むがぁーっ!」と変な鳴き声まで。

 うーん。やっぱりマスコット的な可愛さがあるな。無性に弄りたくなるというか。天龍に通じるものがあるよ。

 

 

「司令官さん、暁ちゃんをいじめちゃダメなのですっ。はい、お野菜しまうの、手伝って欲しいのです」

 

「おう、了解。うーん、でっかいキャベツ。食いごたえありそうだ」

 

「はぁ、ふぅ、あぅ……。司令官の……ばかぁ……」

 

「Hey,テートク! 今晩のMenuはハンバーグだそうデース。お隣の席をReserveしてもいいデスか?」

 

「あの……。一緒にサラダも作る予定なんですけど……。ドレッシングのお好みは……?」

 

 

 ――と、暁で遊んでいたら、キャベツを一玉、お腹に押し付けられてしまった。

 叱られてしまっては仕方ない。電たちと連れ立って、自分は大型冷蔵庫へ。

 向かう先には金剛や神通がおり、そこへみんなが集まって、また会話に花が咲く。

 

 電と二人きりだった頃に比べると、ずいぶん賑やかになった。

 戦況も動き始め、自分の心持ちも幾らか変化している。でも、目指すところは変わらず同じ。

 あの朝。電が言ってくれたように。

 いつか有賀中将のような、出会えて良かったと感じてもらえる男になってやろう。

 

 今、何気なく過ごしている、この時間が。

 そのための活力になるのだと、確信できた。

 明日から、また頑張るとしますか!

 

 

 

 

 

「やっぱり、金剛お姉さまこそが最高のお姉さまだと、この比叡、断固として主張します!」

 

「はぁ? 扶桑姉さまの儚げな雰囲気こそ至高でしょうに」

 

「まぁ。利根姉さんの無邪気な笑顔も、守ってあげたくなること請け合いですよ?」

 

「えー、なに言ってるのみんな。うちのお姉に気配りで敵う人なんて、鳳翔さん以外に居ないってばー」

 

『……アハハハハ』

 

 

 

 

 


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