新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 鳳翔さんに全身全霊で介護されてみたい

 

 

 

 

 

「提督、鳳翔です。昼食をお持ちしました」

 

「はーい、開いてますよー」

 

「失礼します」

 

 

 自室のドア向こうからの声に、布団へ横になりながら返事をする。

 静かに入ってくる女性――鳳翔さんは、盆に乗せられた土鍋を持っていた。

 

 

「流動食なら食べられるとのことでしたので、お粥を用意しました。食べられそうですか?」

 

「おぉ、ありがとうございます。もちろん、いただきます」

 

 

 淑やかに、布団の横へと膝を落とす彼女に合わせて、自分は身体を起こす。

 病室で意識を取り戻してから、丸一日。検査の結果は非常に良好で、自宅療養に移っていた。

 というのも、霞たちが宿舎へ帰ってからわずか十分足らずで、うちのみんなが病棟に殺到。業務に支障をきたしたからだ。いわゆる厄介払いである。

 いやもう、すごい騒ぎだった。特に出撃組が。

 

 赤城は「お怪我に気付けず、申し訳ありません」って、加賀と一緒に謝りどおしだったし、足柄は書類へハンコ押させようとする妙高たちを止めもしないで、「もうこんな傷は負わせないわ!」と目に炎を宿していた。

 衣笠が来てくれた時には、思わず紐パンを思い出してしまい、それを悟られて「エッチ」と頬をつねられたし、千代田は共に来た千歳に甘えてるだけ。何しに来たんだ。

 極めつけは金剛型姉妹。金剛は泣きながらダイブして来たうえ、榛名も白い顔に驚いたのか、「おいたわしいです……っ」ってポロポロ泣き出し、霧島は霧島で、今回の出撃と治療にかかった費用を黙々と、事細かに報告するのである。比叡が抑えに回るって、よっぽどだぞ。

 

 もちろん待機組も来てくれたのだが、例を上げるとキリがないので割愛させてもらう。

 強いて言うなら、暁が点滴の針をみて「きゅう」と気絶したことくらいか。

 見舞ってくれるのは嬉しいんだけど、みんな自重して欲しい。

 特に――

 

 

「あー、もうお昼? どおりでダルいと……」

 

「……ん。何、食べよう……?」

 

「でもさー。さっきからずっとお煎餅とかミカンとか摘まんでるし、あんまお腹空いてないよねー」

 

「ですね。あんまり身体には良くないんでしょうけど……。はい、北上さん。新しいの剝けましたよ」

 

「あーん……。んぁー。幸せー」

 

 

 ――朝っぱらからコタツに足突っ込んでくつろぎまくってる、そこの女子ども。

 望月、煎餅のカスをこぼすな。初雪、冷蔵庫を漁るな。北上、ミカンを食うな。大井、食わすな。

 目の高さでお尻がモジモジ動くから、全く気が休まらないんだよ。帰って、お願いだから(ありがとうございます)

 

 

「姿が見えないと思ったら、ここに居たんですね」

 

「今朝からずっとですよ……。というか、あの作戦の日からこうだったっぽいです」

 

「いやー、待機中って暇でしょ? 何か面白いマンガでもないかって見に来たら、見覚えのない文明の利器があるじゃないですか。これはもう使えってことでしょー」

 

「あのな北上。それは自分が初めて買った電気コタツなんだぞ?

 実家には囲炉裏しかなかったし、使うの楽しみにして、あの日早めに引っ張り出したんだぞ?

 それが帰って来てみれば、知らぬ間に土足で踏み荒らされて、穢されて……。出張中に嫁さん寝取られた気分だ……」

 

「提督、変な例え方しないでくれませんか。たかだかコタツくらいで、大げさな」

 

「聞き捨てならないにゃ。こんなに素晴らしい暖房器具に向かって“たかだか”とは失礼千万にゃ!」

 

「あら、多摩さん」

 

 

 にゅぽっとコタツから頭を出した多摩が、ジト目の大井に反論した。

 名は体を表すというけれど、似合い過ぎである。

 しかし、そんな彼女へと不満をぶつける、白ネクタイの黒セーラーな赤メガネ少女、望月。

 

 

「あのさぁ、できれば普通にコタツ使ってくれない? 確かに大き目だけど、人一人まるっと入られたらさぁ」

 

「……ちょっと、邪魔……」

 

「それは無理な相談にゃ。多摩はコタツで丸くなる。有名な童謡にもそう歌われているにゃ。これは本能にゃ。だから多摩は悪くないにゃ!」

 

「いつもは猫じゃないとか言ってるくせに……」

 

「……矛盾、してる……」

 

 

 ダルそうにつぶやく望月に、半袖のセーラー服少女、初雪が続く。

 ぐでー、とコタツの上へ伸び、綺麗に揃えられた黒髪がふわり、広がっていた。

 コタツから放たれる魔力に、みんな虜となっているらしい。さもありなん。

 

 

「ふふ。よほど気に入ったんですね」

 

「全く……。あと一週間もすれば、食堂の和室スペースにもコタツを置くから。そしたら向こうでくつろいでくれよ」

 

「ホントかにゃ!? 感無量にゃ~。提督、ありがとにゃ~」

 

 

 もう秋本番。冬の足音も近づいているし、寒さ対策は必須である。

 広い食堂全体を温めるのは電気代的にあれなので、コタツに加え、ストーブなどで我慢してもらう予定だ。

 個室にはエアコン完備だから、問題ないだろう。

 

 

「ところで、これで全員ですか? 木曾さんと球磨さんも見かけていないんですけれど……」

 

「あぁ。木曾なら自分の代わりに、陸軍から贈られた船の受領に行ってますよ」

 

「陸軍? あれ、陸軍が船なんて持ってたっけ? っていうか、タダでくれるなんてスゲー怪しい……」

 

 

 煎餅を齧りながら、胡散臭い目つきをする望月。

 こら、と叱りつつ、自分はその意図を説明する。

 

 

「もともとこの作戦は、陸軍との協力関係を築くって意味合いが大きいから、こっちの任務にも絡む予定だったんだよ。

 例の再現装置はデカい上にデリケートな作りになっちゃったから、航空機に積んで投下するわけにもいかないし。

 そこで、陸軍の強襲揚陸艦――が積んでる、大発動艇の出番ってわけだ」

 

 

 大発動艇とは、旧日本陸軍が開発した上陸用舟艇である。

 旧海軍も多く運用し、その時は十四(メートル)特型運貨船と呼ばれていた。現代では前者に統一してある。

 完全武装兵員七十名、もしくは一tまでの物資を積載可能で、満載時速度は八ノット。これに再現装置を載せて、硫黄島へと揚陸させる手筈だ。

 

 

「なるほどねー。でもそれってさ、大発動艇だけ貰って千歳さんとかに積んだ方が確実じゃない?」

 

「言うな、北上。世の中には大人の都合ってもんがあるんだよ」

 

「……ご近所付き合いって、面倒……」

 

 

 痛いところを突いてくる北上にため息が漏れ、初雪の例えで思わず苦笑い。

 陸軍にも陸軍のメンツがあるんだろうが、確かに北上の言うとおり、大発動艇を千歳たちに積んだ方が、練度的な意味でも手堅い。

 でも、吉田中将からも必ず励起するようにって言われてるし、励起したらしたで、仕事をさせてあげなきゃ可哀想だし。困ったもんだ。多分だけど、この任務が終わったら遠征番長になりそうである。

 とにかく、全ては二~三日休んで、千歳たちと調査出撃してから。自分の思惑が正しければ、戦闘力が低くてもどうにかなるし、頑張ってもらおう。

 

 

「そうでしたか。木曾さんは分かりましたけど、でしたら、球磨さんは?」

 

「あそこですよ、あそこ」

 

 

 鳳翔さんに大井が指し示すのは、縁側へつながる開口窓。

 南向きの、良く陽が当たるそこには――

 

 

「一彫り一彫りに、魂を、込めるクマ……! 我が怒りを、思い知る、クマ……!」

 

 

 ――新聞紙の上にあぐらをかき、一心不乱に一刀彫りへと勤しむ少女が居た。

 目の前には木の塊が。躍動感あふれる鮭。それを獲る熊。さらにそれを「獲ったクマー!」する球磨を象っている。

 おおよそ、全高八十cmくらいだろうか。邪魔ってレベルじゃねぇぞおい。

 

 

「………………あ、あの、一体何を?」

 

「ちょっと前、うちの艦隊が雑誌に特集されたじゃないですか。

 その反響の中に、『キャラまで作って大変ですね』ってお手紙があったそうなんです。それでもう怒っちゃって怒っちゃって。

 本気で木彫りの熊……いえ、球磨を送るそうです。二分の一スケール統制人格・球磨フィギュア(木製)って品書き付きで」

 

「……宅配、テロ……?」

 

「うわー、ひど。家族に見られたら家出もんだね……」

 

「それで済めばいい方だ。場合によっては即家庭内別居を引き起こすよ」

 

 

 茶をすすりつつの解説に、望月と初雪と自分。図らずも、三人同時に球磨の後ろ姿を見つめてしまった。

 鬼気迫る背中から、暗黒の闘気が立ち昇っている。そこまで怒ることなんだろうか……?

 いや、どんな些細なことでも、人によっては逆鱗になるのだ。触れないでおこうと思います。

 なんまいだ~。

 

 

「ええっと……。あ、新しい趣味が見つかって、良かったですね? さ、そろそろお昼にいたしましょう」

 

「ですね……っと、そうだったそうだった。言うの忘れてた」

 

「はい?」

 

 

 心の中で念仏を唱えていると、気を取り直した鳳翔さんが、脱線していた話を元に戻す。

 しかし、それでまた別のことを思い出してしまった。忘れないうちに伝えておかなきゃ。

 

 

「鳳翔さん。あの日の弁当、食べられなくてすみませんでした。ずっと謝りたかったんです」

 

「え……。あっ、いいえ、そんな。頭を下げて頂かなくてもっ。ちゃんと他のみんなに食べてもらって、無駄にはしていませんし」

 

「それでもです。というか、食べられなかったのが悔しいんですよ。せっかく鳳翔さんが作ってくれたっていうのに……」

 

 

 拳を握り、自分は力説する。

 今も鼻の奥に残る、あのかぐわしい香り。想像するだけで涎が滝のように出てくるというのに、それを味わうことは二度と叶わない。

 これ以上悲しいことなどこの世にあろうか。いや、ない!

 覚えてろよタ級……。食いもんの恨みは七代先まで祟るんだからな……。

 

 

「そんなに……食べたかった、ですか?」

 

「ええ、そりゃもう! 鳳翔さんの作ってくれるご飯が、生きる活力の一つですから」

 

「……おだてても、何も出せませんよ? 体調が完全に戻るまでは、晩酌もダメです」

 

「そんなつもりじゃないですってば。本心ですよ、本心」

 

「ふふ、お上手なんですから」

 

 

 上品に微笑み、土鍋の蓋を開けてくれる鳳翔さん。湯気と一緒に出汁の香りが漂う。

 普通の白がゆ……じゃない。たまご粥だ。

 相変わらず、胃袋を刺激するのが上手いなぁ。

 

 

「おぉぉ……。いい匂い。じゃあ早速――あれ」

 

 

 レンゲを掴もうとした手が空振る。

 なぜかお盆は空中を移動し、スカートに包まれた太ももの上へ着地する。

 あれ。なんで意地悪するの鳳翔さん?

 

 

「熱いですから、ちょっと待ってください。ふぅ~、ふぅ~……。はい、あーんしてください、提督」

 

「……え゛?」

 

 

 困惑する自分を他所に、素敵な笑顔がレンゲを差し出して来た。

 いやいやいや。見られてますから。

 球磨だけは変わらず小刀を振るってるけど、めっちゃ見られてますから。

 

 

「あ、あのですね。自分で食べられますんで、あの……」

 

 

 ニコニコ、ニコニコ。

 たまご粥が鼻先で待機中。

 これはマズいぞ……。

 いや、美味しそうなんだけど、とっても恥ずかしいんですが。

 

 

「えっと……。あ~……」

 

 

 しゅん、と表情が変わる。「食べてくれないんですか?」と、瞳が語りかける。

 卑怯だ……。あなたは卑怯だ、鳳翔さん。

 そんな顔されたら、もう食べるしかないじゃないかっ。ええい、ままよっ!

 

 

「お味はいかがですか?」

 

「……超美味しいです。もっと、食べたい……です……」

 

「うふふ。良かった。はい、どうぞ」

 

 

 素敵な笑顔を、絶対無敵な笑顔に進化させ、羞恥プレイはまだまだ続く。

 恥ずかしい。でも美味しい。あぁ、なんだろうこの甘美なジレンマ。

 ごめん、ごめんよ電。全ては絶妙な塩加減のお粥が悪いんだ……!

 

 

「……これって、浮気……?」

 

「や、どーなんだろ。これを浮気扱いするのは可哀想なんじゃ? どう思う、大井さん」

 

「かもしれませんねぇ。何せ、鳳翔さんですし。仕方ない部類でしょう」

 

「にゃあ。お出汁の匂い、たまらないにゃあ」

 

 

 そして女子たちよ。勝手なこと言わないでもらえまいか。

 特に大井。鷹揚にうなずきよって、その道の専門家か。なんの道かはよく分からないけど。

 と、こんなことを考えながら「はい、あーん」を堪能していたら、じぃっと無言で観察していた北上が、コタツから抜け出してこちらへ這い寄る。

 

 

「ねーねー鳳翔さん。あたしにも貸して」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

「ちょっ、北上さん!? 何するつもりですか!?」

 

「やー、見てたらなんとなくやってみたくなって。はい提督、あーん」

 

 

 北上(ブルータス)、お前もか。

 ちょうど鳳翔さんの真向かいに正座した彼女は、お粥を盆ごと受け取り、同じようにレンゲを差し出す。

 まぁ、羞恥心も薄れてきたし、北上もノリでやってるだけっぽい。気にしたら負けだな、これは。

 そう思って、いきり立つ大井を華麗にスルー。ごく自然に口を開けて待つのだが――

 

 

「……と見せかけてあむっ」

 

「あっ、こら! 食べるな!」

 

 

 ――レンゲは急速回頭。北上の口へと収まってしまった。

 うっとり。頬に手を当て、唇をもにゅもにゅさせている。

 

 

「ん~。さすが鳳翔さんのお粥。美味しいね~」

 

「美味しいに決まってるだろ! ほら返せ!」

 

「まーまー、落ち着いて。今度はちゃんと食べさせたげるから。ほい、あーん」

 

 

 再び差し出されるそれに訝しい視線を向けるも、「ほら」と彼女は強調。どうやら、本当らしい。

 ……でも、いいんだろうか。もろ間接キスなんですが。

 さっきはああ思ったけど、やっぱ気になる。なんだかんだで可愛いし、嫌じゃないのが本気で困る。

 どうしよう……?

 

 

「そうはさせません! はぐっ」

 

「ぬぉあっ、お、大井!? 顔、顔近い!」

 

「あ。もー、大井っちダメだよー」

 

 

 ――と、悩んでいたら、突如として至近距離に出現する大井さん。

 おほほほほ、なんて笑うその目が語る。「わたしの北上さんと間接キスしようとはいい度胸ですね」、と。

 んなことで怒られても、自分が強要したわけじゃないんですよ。っていうかさ、これで君とも間接キス成立なんですけど、大井的にはいいの?

 ついでに、可及的速やかに離れてください。マジでキスする五cm手前だから。

 

 

「ごめんなさい北上さん。あまりにも美味しそうな匂いにつられて……あ、ホントに美味しい」

 

「……二人とも、ズルい。わたしも、ひとくち……」

 

「ならあたしにもー。食堂行く手間省けるし」

 

「ぐぬぬ……。多摩は猫舌だから食べられないにゃ……。羨ましいにゃ……」

 

「あの、いけませんよっ、それは提督の……みなさん、聞いてますかっ?」

 

「……自分の、お粥が……。久しぶりの、ご飯、がぁ……」

 

「な、泣かないでください提督。また作って差し上げますから、ね?」

 

「ぃよっし、荒彫り終了だクマー! 提督、この勇姿を見て欲しい……って、なにマジ泣きしてるクマ?」

 

 

 ドギマギしている間に、布団の周辺は女の子だらけ。鳳翔さんの声も届かず、あれよあれよとお粥が減っていく。

 取り戻そうと手を伸ばしても、和気あいあいな食べさせ合いへ、男が割り込めるはずもない。

 ぎゅるる、と。中途半端に刺激された胃袋の悲鳴を聞きながら、自分は、静かに涙を流すのだった。

 

 木曾、早く帰ってきてくれ。

 そしてこいつらを思いっきり叱ってくれ。

 もう君だけが頼りだ……!

 

 

 

 

 

「さて。陸軍から船を受け取ったはいいが……。なんで二隻あるんだ? 一隻だけだと聞いたんだが……。しかもこいつは……?」

 

 

 

 

 




「新人君が、負傷……? こうしちゃいられないっ、早く準備しないと!」
『あっ、おい兵藤テメェ、勝ち逃げすんなっ! 俺が勝つまで付き合え!!』
「お二人とも。勤務時間中にパズル対戦とは良い度胸ですね」

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