新人提督と電の日々   作:七音

20 / 107
新人提督と面影の二婦・後編

 

 

 

 

 

「やっぱあの写真が原因……なわけないよなぁ」

 

「……? 司令官さん、どうかしました?」

 

「いや、なんでもない。こっちの話」

 

 

 記憶の海から戻った自分は、甘いコーヒーを口にしながら、左隣で首を傾げる電へ答える。

 場所も移り――といっても数メートルだが、執務室の片隅に作られたくつろぎスペースで、ソファーに身体を預けていた。高級感ただよう白いクロスが敷かれたテーブルと並ぶ、緑色の三人掛けである。両サイドにも椅子が一脚ずつあり、その左手に赤城が腰掛けている。

 実はこれ、買った物ではない。今も宿舎の食堂で現役を勤めているちゃぶ台と同じく、前任者が残していったものだった。たぶん、金剛が倉庫から引っ張り出したんだろうけど、昨日の今日で凄い行動力だ。

 

 

「じいぃぃぃぃぃ……。まーだデースかー? もうポットもカップも温めちゃってますヨー?」

 

「分かってるから、せめてキチンと味わわせてくれ」

 

 

 そして、当の本人はテーブルの向こう側。陶器製らしい白のケトルから、丸みを帯びたポットと三客のカップへお湯を注いでいる。詳しい淹れ方なんて知らないが、さっき言っていた通り、温度が重要なようだ。

 彼女がこんな、はっちゃけた人格を持った原因は……まだ誰にも解明できないだろう。

 通常、統制人格が感情を得た際の性格傾向、戦術的なロジックなどは、それまで能力者と重ねた経験によるとされて来た。

 例えば、砲撃よりも雷撃を得意とする能力者の使役艦なら、雷撃による敵撃破を狙う傾向にある。自分の船を除くと百例ほどの感情持ちだが、概ねこんな感じだったらしい。

 

 だからこそ、電を始めとした“この子たち”は異常なのだ。真っ白なコピー用紙を使い、じっくり論文を下書きするつもりが、偉人の名画を数秒で模写してしまったようなものである。

 金剛に限って言えば、先輩の印象が強くなったのが原因とも考えられる。しかしそうなると、赤城の言動だって違っていたはず。

 正直、訳が分からない。自分は一体なんなのかと、不安にも思う。定期健診以外にも、一度くらい精密検査を受けたのが良いんだろうか……。

 

 

「……ふぅ。美味しかったよ、電。ご馳走様」

 

「お粗末様、なのです。お砂糖の量、大丈夫でしたか?」

 

「ああ。多過ぎず少な過ぎず、丁度良かった。長い付き合いだけはあるな」

 

「えへへ。司令官さんの好みはきちんと把握してますからっ。顔を見なくても、今日はどのくらいが良いのか、すぐに分かっちゃうのです」

 

「ふふ、凄いですね」

 

 

 どうだ、と言わんばかりに得意満面の電。

 こんな風に自慢するなんて珍しいなぁ。可愛いけど。赤城も微笑ましそうに笑っている。

 

 

「うぐぐ、なんだか悔しいデース……。でもでも、ここからはワタシのTurn! Gorlden Ruleに則った美味し~い紅茶をご馳走しマース!」

 

 

 そんな彼女へすら対抗心を燃やす金剛は、空のマグカップを確認して、意気揚々と蓋が付いた茶葉の容器を開けた。

 ポットに入っていたお湯をそれ用のピッチャーに捨て(後で洗い物にでも使いマス、との事)、茶葉を適量投入。沸かしたてのお湯を注ぐ。

 蓋をしたら、どこからか懐中時計を取り出し、「じっくり待つのが重要デース」とそのまま数分。

 頃合いを見計らってカップも空に。ベストと思われるタイミングで、香り立つ赤を使い、また満たす。

 

 

「あ……。すごくいい匂いなのです」

 

「はい。紅茶は初めてですし、楽しみです。というより、私も頂いていいのでしょうか?」

 

「もちろんデス。一人のTea Timeも優雅でGoodですけど、みんなで楽しむ方がワタシは好きネー。今回はおもてなしする側なので遠慮してますガ、次は一緒に楽しみまショー!」

 

「それがいい。しかし、こう飲み物が続くと、お茶請けみたいなのが欲しいな」

 

「あ、ごめんなさいです、気付かなくて。すぐに何か持ってきま――」

 

「Stop! 問題Nothingデスよ電。きっとこうなると思って、スコーンを準備してきましタ。そろそろあの子たちが持って来てくれるはずデース」

 

「あの子たち……ってまさか来るのかっ?」

 

「なに慌ててるんデスか? 大丈夫デース。オーブンに入れるまで、ちゃんとワタシがCoachingしましたから、味は保証しマース! さぁ、紅茶が入りましター!」

 

 

 最後の一滴までを注ぎ終えた金剛は、小さなミルクポットと砂糖が入った小瓶を添え、それぞれの前にカップを置く。

 

 

「皆サン、どうぞ召し上がれ! できれば、最初の一口はStraightの香りを楽しんで、それからMilkやSugarで調節してくだサイ。スコーンがあることも忘れずにっ。というわけで、C'mon,My Sisters!」

 

 

 そして、ススス、と電の反対側に移動。ほとんど距離を開けずソファーへ腰を下ろし、高らかに指を鳴らす。

 途端、またもや扉の向こうに気配が生じた。間違えようがない。特徴的なこれは、彼女の妹たち。

 どうしよう、いやいやいや待ってくれ、まだ心の準備が――

 

 

「おん待たせ致しましたぁああっ! 天が呼ぶ、地が呼ぶ、お姉さまが呼ぶっ。金剛型戦艦二番艦・比叡、焼きたてのスコーンを腕に抱き、ただいま参上つかまつりましたぁああっ!」

 

 

 逃げ場を探し、つい腰を浮かせそうになる自分を無視して、先ほどの金剛よろしく、扉が開かれた。

 小さなバスケットを抱える彼女――比叡は、姉と揃いの衣装を纏いながら、スカートは緑のチェック柄。髪型も外向きに跳ねたショートであり、見た目での判別が容易だった。

 何より強い印象を残すのが、第一声からも分かる通り、お姉さま大好きっ子であること。

 その入れ込み様は、励起後の自己紹介の最中、金剛の姿を見つけた彼女に――

 

 

『巡洋艦の運動性能と、戦艦の砲撃能力を兼ね備えた巡洋戦艦、比叡の現し身ですっ!

 経験を積んで、姉である金剛お姉さまに少しでも近づきたいですってもうそこに居るじゃないですかぁ! 姉さまぁああっ!!』

 

『ぬぉわぁああっ!?』

 

『おおっと、提督さん吹っ飛ばされたー!』

 

『なんで実況風なんだい主任……』

 

 

 ――と、押し退けられたくらいだ。

 なんでこう、千代田といい山城といい筑摩といい、自分が呼ぶ統制人格には、結構な確率で姉好きが混じるんだろう。実は姉好きなんだろうか。認め難い……。

 ちなみにその直後、金剛・比叡間で「がばっ。ひらり。ずべしゃあ」が発生した。違う点は、助け起こされるのが自分で、比叡はしばらく放置プレイだったこと。自業自得である。

 

 

「私もお手伝いしましたよ。計量はmg単位で、焼き時間も秒単位でキッチリ計測しました。完璧です」

 

 

 比叡へと続く少女が、自信ありげにメガネを光らせる。

 濃紺のスカート。分け目までしっかり揃えられた短めの黒髪は、几帳面さを伺わせた。

 霧島。

 金剛型の末っ子。そして、桐生提督が旗艦として重用した艦の同型だ。

 予想はしていたが、あの病室で見た彼の霧島と、ここにいる彼女とは、見事にかけ離れた存在となった。見た目的に。

 色々な感情を呼び起こされてしまうけれど、しかし、心を乱されるのはそのせいではない。

 

 

「プレーンスコーンですので、ジャムや蜂蜜、生クリームもご用意しました。よろしければ、使ってくださいね」

 

 

 ジャムなどの詰められた瓶や食器をトレイに乗せ、霧島と並び入室する、三番艦・榛名。

 彼女こそが、不整脈を引き起こす元凶だった。

 全く癖のない、滑らかな指通りを想像させる濡れ鴉の髪。真っ赤なスカートから覗く白い脚。微笑みと共に向けられる、凛々しさと儚さを同居させた瞳。

 それら全てが、霧島とは別の意味で胸をざわつかせるのだ。締め付けられる、と言ってもいい。

 こんな情動を表に出すわけにもいかず、自分は意識的に視線をそらす。タイミング良く、比叡が小走りで駆け寄り、テーブル中央にバスケットを置いてくれた。

 

 

「さぁ司令、金剛姉妹合作のスコーンです。ありがた~く召し上がってくださいね?

 まぁわたしは後ろで三人を応援してただけなんですけど。あ、沢山ありますんで、赤城さんや電ちゃんも食べてください」

 

「おい。なぜ威張れるんだそれで。食べるけどもさ」

 

「ありがとうございます。洋風の焼き菓子ですか、これも初めてですね」

 

「なのです。すっごく美味しそうですっ」

 

 

 香ばしいバターの匂いに、赤城と電も顔を輝かせる。

 ついさっき団子を食べたばかりだが、それでも思わずつまんでしまいたくなる、そんな匂いだった。

 ……うん。これは卵を使ってるな。作り方さえ分かれば、自分でも作れそうだ。

 

 

「お勧めは、スコーン一つに対して蜂蜜小さじ一杯か、ジャムを十五g。生クリームはお好みで、でしょうか。

 司令、どのジャムがお好きですか? データとして記憶したいので、教えて頂けると助かります」

 

「んー、どれも好きだけど……リンゴがいいかな」

 

「リンゴジャムですね。生クリームはおかけしますか?」

 

「あ、あぁ。任せるよ」

 

「では少し。……はい。どうぞ、提督」

 

「ありがとう。……榛名」

 

「FrankなTea Partyですカラ、作法なんて気にせず、そのまま手づかみで食べちゃってくだサイ。気になるならフォークを使ってもイイですし、お気に召すまま、デース」

 

 

 味を指定すると、榛名はすかさず小皿に取り分け、スコーンをジャムでデコレーション。最後に生クリームを一さじ乗せ、うやうやしく供してくれた。

 赤城たちにはトング片手の霧島がそうしてくれて、比叡は金剛の側で「わたしもお姉さまの隣に座りたいなぁ~」と指をくわえている。

 悪いな比叡。このソファー三人掛けなんだ。猫型ロボットも生まれそうにないし、我慢してくれ。

 

 

「さて。それじゃあ、頂きます」

 

『頂きます』

 

 

 自分と赤城、電。三人分が揃うのを待って、ようやく紅茶に手をつける。

 金剛が言った通り、まずはそのまま一口。鼻に抜ける香りと苦さを確かめてから、砂糖を小さじ一杯とミルクを追加。

 ティースプーンで攪拌され、混ざっていく紅と白を眺めつつ、スコーンも。サクッと小気味良い音を立てるそれを頬張ると、期待通りの食感が楽しませてくれた。

 そして、甘さを堪能した後の口には、丸みを帯びたミルクティーの苦味がとてもよく合う。

 

 

「どう? どうですかテートク?」

 

「ほぉ……。これ、結構いいかも。淹れたての紅茶なんて滅多に飲まなかったけど、こんなに美味しかったんだな」

 

「気に入ってもらえましたカ!? Yes,やりましタ!!」

 

「良かったですね、お姉さまっ。ちょっと司令が妬ましいけど、笑顔が眩しくて、比叡も嬉しいです!」

 

 

 素直な感想をつぶやくと、金剛は小さくガッツポーズし、正直すぎる比叡とハイタッチ。

 ここまで喜ぶなんて、一体どれだけ張り切ってたのか。こっちまで嬉しくなるくらいだ。

 視線を移すと、赤城、電もティータイムを楽しんでいるもよう。フォークがせわしなく動いている。

 

 

「日本茶とはまた違って、美味しいですね。ちょっと贅沢な気分です。それに、このお菓子がなんとも言えず……」

 

「はい、サクサクなのです。あの、金剛さん。後で作り方とか教えてもらえませんか?」

 

「構いませんヨ~? その代わり、テートクのFavorite情報を教えて欲しいデース。英国式の料理なら自信ありマスけど、テートクが好きなものなら、なんでも作れるようになりたいデスからネ!」

 

「司令官さんの好み、ですか……。わ、分かりました。取引成立、なのです。金剛さんが“知らない”司令官さんのこと、教えてあげます」

 

 

 うふふーあははー、とでも聞こえてきそうな様子の少女たち。

 勝手に個人情報をやり取りしないで欲しいなぁ、とは思いつつ、美味しいものを食べる機会が増えるのは嬉しいかもしれない。

 けどね二人とも。笑顔でジワジワ距離を詰めるのやめてくれません? そろそろ尻が動かせなくなりそうなんですよ。

 よくマンガとかでこういうシチュエーション見かけたけど、実際やられると本当に居心地が悪いっつーか、いたたまれないっつーか。

 胃がシクシクするのはカフェインの取りすぎが原因ですよね……?

 

 

「いや~、まるで科学の実験してるみたいにしか見えなかったですけど、最高ですね~。さっすが姉さまですよ~。わたしには真似できそうもないです。あむ」

 

「何を言ってるんです、比叡姉さま。お菓子作りとは、すなわち化学変化の応用。計量さえ正確なら誰でも作れる。これ以上簡単ことなんて無いじゃありませんか」

 

「う~ん、そうかな~? でもほら、料理は愛と目分量っていうし、独自のアレンジで自分らしさを出した方が?」

 

「どうしてでしょう。榛名、比叡姉さまにお料理をさせてはいけないような、そんな気がしてきました」

 

「同感デース。比叡には、Recipeの重要性を改めて認識させないといけないようデース」

 

「そんなっ、榛名だけじゃなくお姉さままでっ!? ですが、姉さまのお料理教室であれば、むしろ望むところっ。気合い! 入れて! 教わります!!」

 

 

 サンドイッチ状態に悩む自分を置いて、金剛姉妹は和気あいあいと茶会を楽しんでいた。

 こうしてみると、一人一人が個性的でありながら、確かに姉妹なのがよく分かる。

 金剛型戦艦。

 旧日本海軍が英国に発注した、日本初の超弩級戦艦である。

 元々は一等巡洋艦として計画されていた(戦艦の名は本来、旧国名を由来とする)が、当時の最新鋭戦艦・ドレッドノートや、同等の戦闘力を有する巡洋戦艦・インヴィンシブルを開発した英国の技術を導入すべく、同国ヴィッカース社に発注された。

 以前、扶桑たちを「初の日本独自設計による超弩級戦艦」と表現したけれど、金剛は文字通り、日本が初めて手にした“それ”なのだ。加えて、今も横須賀鎮守府に一部が眠る伝説的戦艦・三笠(みかさ)を作ったのも、このヴィッカース社だ。

 

 

「司令官さん、ブルーベリージャムも美味しいですよ。少しどうぞ、なのです」

 

「お、いいのか? ありがとう。……うん、こっちも美味い」

 

「そうデショーそうデショー。これからも美味しい英国料理をご馳走しますカラ、楽しみにしててネ?」

 

 

 超弩級という謳い文句。これはドレッドノートの主砲 十二inchを越える大きさの砲を備えた戦艦に用いられるものであり、金剛も十四inch――扶桑たちと同じ、三十五・六cm連装砲を装備している。

 しかし、彼女たちの真価はそこにない。

 最も特筆すべき特徴は、金剛も自己紹介の時に言った高速力。第二次改装後を再現され、排水量は三万を越えるにも関わらず、最高速度は三十ノットを記録するのだ。

 大戦へ参加した艦艇の中では最も古い船でもあったのだが、それを押しての活躍ぶりは、戦史に華々しく刻まれていた。桐生提督は彼女たちにさらなる改装を加えており、両舷に強度を増した錨を複数特設。戦艦でもドリフトをやってのけた実績がある。

 自分にそれができるとは思わないが……。なんとか吸収できる部分を見つけて、自分だけの戦い方を見出さないと。

 

 

「そうだ。みんな揃ってるし、ちょうどいいから今後の予定を話しておこう。赤城」

 

「んっむ!? ――っ、し、失礼しました。えっと、えっと……。おほん」

 

 

 ふと思い立ち、秘書官である赤城へ話を振ると、彼女は大きなスコーンを口へ運んだ直後だった。

 焦らせてしまったか、一息にそれを飲み込み、書類を確かめる表情は、「もっと味わいたかったのに……」という本音がありありと。……なんかゴメン。

 しかし、赤城もけっこう可愛いところがあるな。甘いものを食べてる時とか幸せそうだし。口元にイチゴジャムついてるよー。

 

 

「金剛型の皆さんには、明後日、艦隊内演習へ出ていただく予定になっています。その頃には調整も終わっているはずですから、万全の状態で臨めるよう、ご自身の状態を把握なさっておいてください」

 

「ほうほう、さっそく実力を見せつけられるというわけデスか。腕が鳴りマース!」

 

「今回の仮想敵は扶桑たちに勤めてもらう。脇を固めるのも先任の重巡と駆逐艦。言うなれば、主力打撃部隊だ。油断すると痛い目を見るぞ?」

 

「扶桑型姉妹ですか。私たちの次級であり、情報によれば航空戦艦としての実力もかなりのものらしいですね。相手にとって不足無し、ですっ。

 最近では山城さん、『改造してもやっぱりドックに居ることになるんですね……』と、ボヤいているそうですが」

 

「来て間もないのに、よく知ってるな霧島。というか、後半の情報本当なの?」

 

「私、艦隊の頭脳と言われるのを目指して、情報収集は欠かさないつもりです。『空はあんなに青いのに……』って言いつつ梅昆布茶を飲んでる扶桑さんに聞きましたので、間違いありませんよ」

 

「あー、そうなんだ……」

 

 

 隣を見れば、「本当なのです」という顔つきで、言葉に出さないまま頷く電。

 そう言われると、あの特務以来、扶桑も山城も目立った作戦へ参加してないような。

 でも、速力の問題で今回は出番をあげられない。無尽蔵とも思える敵領海を進む時間は、短ければ短いほど良いからだ。

 だからといって、二人ほどの戦艦を無駄にしておくのも勿体無い。どうにかして、航空戦艦が活躍できる場を作ってあげなきゃ……。

 

 

「まぁ、アレだ。扶桑たちには演習で我慢してもらうとして。君たちの練度を確かめたら、すぐにでも特務へ赴く。

 初の実戦で、厳しい戦いを強いることになるが、扶桑、山城もそれを乗り越えた。足りない部分は自分が補う。一緒に戦ってくれるか」

 

 

 気を取り直して、自分は金剛たちの顔を見回す。

 なんの因果か、うちへ来る戦艦には、即戦力としての役割を期待せざるを得ない。

 もし立場が逆だったなら、プレッシャーに負けて押しつぶされてしまうことだろう。

 けれど――

 

 

「当ったり前ネー! ワタシの魂は、常にテートクと共にありマス。

 どんな相手だろうと、My Burning Loveで燃やし尽くしてあげるデース!」

 

「そしてお姉さまの行くところ、常にこの比叡もお供いたしますっ。お姉さまの邪魔をするひとは、許しません!

 ……あ、司令もお守りしますから、安心してください。忘れてません、忘れてませんよ~」

 

 

 わざわざ立ち上がり、まだ見ぬ敵に向けて手を振りかざす金剛。

 腕まくりして見せるが、言わなくていいことも口にしてしまう比叡。

 

 

「榛名も、お姉さま方に遅れはとりません。提督のお役に立てると証明するため、全力で参ります!」

 

「もちろん私だって。この霧島の情報分析力にかかれば、航路開拓くらいわけありませんよ」

 

「……そうか。よろしく頼むぞ」

 

 

 胸元で拳を握り、まっすぐにこちらを見つめる榛名。

 さも当然とメガネを光らせ、不敵に微笑む霧島。

 四人の顔には、曇りなど一点もなかった。

 信じてくれている……のとは、少し違うだろう。まだそこまでの積み重ねはない。

 だが、生まれた意味を、生み出された意義を、彼女たちは自覚できる。この点において、意思を持つ統制人格は揺るぎがない。

 だから自分自身を信じられる。存在理由(レゾンデートル)を証明するため、寄せられた期待に応えようとする。活かせるかどうかは、采配次第だ。

 

 

(やるべきことは変わらない。自分らしく、波に流されないように)

 

 

 途中撤退を繰り返したせいで、なんやかやと言われることもあるが、所詮は外野が好き勝手言っているだけ。

 自分には、自分なりの譲れない部分がある。それを守り、確実に行こう。みんなの顔を確かめれば、きっと間違っていないのだと信じられるから。

 ……やはり、榛名だけは直視できなくて、目を泳がせてしまうのだが。

 

 

「……あの、提督。私は、提督のお気に障ることを、してしまったんでしょうか」

 

「えっ? そ、そんな訳ないじゃないか。こうして取り分けてくれたり、助かってるよ。どうしたんだ、急に」

 

 

 あまりに露骨すぎたのだろう。榛名が肩を落とし、声を沈ませる。

 言い繕うも効果は薄く、悲しげにまぶたまで伏せられた。

 

 

「気にしすぎ、なのかもしれませんけれど。初めてお会いしたとき以外、私を見てお話ししては、下さらないような……」

 

「あ~。わたしも気になってたんですよね~。司令、お姉さまやわたしたちにはけっこう遠慮しないのに、榛名に対しては妙に緊張してるような感じで」

 

「そう言えば、榛名を呼んだ時もReactionがおかしかった気がしマス。じぃーっと顔を見つめたまま、しばらく固まってましタ。今度はテートクがFall in Loveしてしまったのかと思ったくらいデース」

 

「ッ、あ、れは……だな……」

 

「……司令官さん?」

 

 

 バク、と心臓が暴れる。

 うまく言い逃れなければならないのに、舌は回ってくれない。紅茶の味も分らなくなってしまった。

 左の太ももへ、そっと小さな手。不安の込められた上目遣いに、いっそう喉は固まっり……。

 そんな空気を読み取ってくれたのか、メガネの位置をただし、霧島が助け舟を出してくれようとしてくれる。

 

 

「あながち間違ってもいないと思いますよ、金剛姉さま。何せ、榛名は司令の初恋の女性にそっくりですから」

 

「ぐふぉ!? ま、待て、こふっ、待て霧島、なんで君がそれを……!?」

 

「Ah,惜しかったデース。正解したら、テートクとの一日デート権を要求するつもりだったのに――ってどういうことデスかぁああっ!? み、身内にもRivalがいるなんて寝耳にNiagaraの滝ってLevelじゃないデース!?」

 

「ぉぐ、ちょ、金剛、やめ、胃が、ひっくり返る、うっぷ」

 

「こ、金剛さん、揺さぶっちゃダメですっ。司令官さんも、大丈夫ですか? 落ち着いて、ゆっくり説明して欲しいのです」

 

「ぇふっ……。この場で説明させられるの確定ですか……」

 

 

 違った。トドメを刺された。

 唐突な爆弾発言で自分はむせ返り、金剛に腕を取られ、電の手が背中をさすってくれる。

 でも怖い。優しい笑顔がめっちゃ怖い。

 

 

「お、驚きましたね。まさか、榛名さんが提督の……。そんなに似ているのですか、霧島さん」

 

「ええ。利根さんから頂いた司令の情報を元に推測し、ちょっと調べました。なぜか情報部に写真があったので拝借して来たんですが、ご覧になります?」

 

「こらぁああっ!? なに人のプライバシーを侵害して――あっ、待て比叡!」

 

「ひぇ~、ほんとに似てる。っていうか、榛名そのもの……」

 

「……私が、写っていますね……」

 

「Wow……。くりそつデース……」

 

「綺麗な人、なのです……」

 

 

 写真を奪おうとするが、伸ばした手は空を掴み、全員に回ってしまった。

 最終的に電の手へと収まったそこに写っているのは、どこぞの学生服を着て、これまたどこぞの校門前に立つ、榛名と瓜二つな少女。おそらく、能力が芽生えた際に行われた身辺調査の副産物だろう。

 こんな写真まで保存されているとは思わなかったが……まさか、自分の送ったラブレターとかまで保存されてないだろうな……?

 とりあえず、覚えてろよ利根。あんだけ口酸っぱく「誰にも言わないでくれ」って頼んだのに言いふらしやがって。カニカマにワサビとカラシを練りこんでやる。

 

 

「まぁ、かいつまんで話すとだ。自分は小学生の頃、高校生だったその人――裕子お姉ちゃんに振られてな。榛名がちょうど同じ年恰好なもんだから、古傷が痛んでさ」

 

「そういうことでしたか……。ですが、そこまで神経質にならなくてもよいのでは? 提督の年齢でしたら、恋の一つや二つ、経験なさっていて当然ですし……」

 

「赤城。告白した翌日の登校中、八百屋のおっちゃんとか肉屋のおばちゃんに、『頑張ったな』とか『勇気あるわねぇ』とか励まされてごらん。死にたくなるから。

 自分はあの日、初めて学校サボって隣町へEscapeしたよ。速攻で補導されたけど。お巡りさんに塩キャラメルもらったっけなぁ……。あれ、普通のキャラメルだったっけ……?」

 

「……あの、ごめんなさい……。本当にごめんなさい……」

 

「おそらく、スピーカーおばさんの類いに知られてしまったんでしょうね。ご近所ネットワークは侮れません」

 

「善意の地獄だぁ。流石にこれは、わたしも同情しちゃうかも」

 

「同情するより放っといて欲しかったよ。はあぁぁ……」

 

 

 申し訳なさそうに顔を背ける赤城と、神妙に腕を組む霧島、比叡を見て、思わずため息が出た。

 そう、心を乱されるのも、胸を締め付けられるのだって、思い出したくない黒歴史を刺激されるからなのだ。

 感情持ちの人格と違い、彼女たちの外見には、能力者の願望が強い影響をもたらすと統計から判明している。それは服装から始まり、声や顔立ちにまで及ぶ。

 初恋の人、死んだ母親、姉や妹。様々な人物が再現され、果てはアニメのキャラと似た統制人格を呼んだ能力者もいる。ぶっちゃけ先輩のことだが。

 

 

「もちろん、君が別人なのは理解してる。ただ、自分の中で驚きを消化し切れてなかったんだ。

 出会ったばかりでこんなこと言われても困るだろうから、秘密にしときたかったんだけど……。かえって嫌な思いをさせてたな。すまなかった」

 

「あ、そ、そんな、頭を上げてください。榛名は大丈夫です。むしろ、光栄に思います。

 この姿は、提督にとってお見苦しいものではないと分かりましたから。そう思って、いいんですよね?」

 

 

 無言で頷くと、心から安心したように目を細める榛名。それにすら昔の記憶がダブり、内心で苦笑する。

 違うと分かっていても、無意識に重ねてしまう。桐竹氏も、この名状しがたい気分を味わっていたのだろう。難儀なものだ、人の心とは。

 本人からしてみれば気持ち悪いだけだろうし、何より失礼にあたる。適切な距離を保って接しないと。あぁ、ままならない。

 

 

「つまりテートクは、榛名が昔の知り合いにくりそつだったからShockを受けていただけで、別に浮気しようとしてたわけじゃないと?

 なら一安心デース。ただでさえ初めての励起艦というAdvantageを奪われてるのに、妹にまで参戦されたら大変でしタ」

 

「誰がするか。そもそも自分と金剛はそういう関係じゃないだろう。榛名にだって選ぶ権利はあるんだし、なぁ?」

 

「え。あ……私は……その。……提督がお望みでしたら、お姉ちゃんにでもなってみせますっ。榛名、頑張りますっ! さぁ、どうぞっ。お姉ちゃんって呼んでみて下さい!」

 

「いや何の話!? どう見たって君のが年下だよ!? 呼ばないからっ」

 

 

 金剛型姉妹に唯一残された良心かと思いきや、彼女は彼女で暴走気味だ。

 どこをどう聞き間違えれば、姉成分を求めてるって結論になるのさ。ついでになんで落ち込んでるの? 「残念です……」じゃないよ全く。

 あれか。霧島とは双子みたいなもの(竣工日が同じ)だから、お姉ちゃんって呼んで欲しいとか? それにしても無理やり感が――って痛、痛いっ!?

 

 

「ちょ、電、いっ、二の腕つねるのやめて、地味に痛いからっ」

 

「司令官さん、モテモテなのです。良かったですね?」

 

 

 良かないよ!? なんで自分がつねられなきゃいけないのさ!

 くそぅ、拗ねて怒りながらも、それをごまかすために浮かべるぎこちない微笑み。なんだかんだで可愛いですねっ!(脳内ごますり)

 

 

「あ、あのな? 自分がモテるとかあり得ないから。仲良くしてもらえるのは能力者だからって分かってるし、金剛も、先輩と同じ様なノリと勢いで好きとか……」

 

「ムッ。Hey,テートクぅ、それは聞き捨てならないネー」

 

 

 電に向けた言い訳は、反対方向からの不機嫌な声で遮られる。

 口をへの字に、眉毛を十時十分の角度にした金剛が、手を腰だめにこちらを覗き込んでいた。

 

 

「その先輩という人がどういう方なのかは知りまセンが、ワタシの気持ちに嘘偽りなんて一micronもないデス。こんなに正直なPassionを疑うだなんて、テートクEyeは節穴同然デース!!」

 

「ふ、節穴? いきなり何をっ」

 

「イイエッ、この際だからハッキリ宣言させてもらいマース!」

 

 

 ズバァン! なんて擬音が聞こえてきそうなポーズで、指を突きつけ立ち上がる彼女。身振り手振りを交え、演説は加速していく。

 

 

「愛のEndに理由はあれど、恋のStartには必要ないデース! ワタシは戦艦。戦うために生まれましタけど、そのためだけに生まれたのなら、この意思に意味はありませんカ?

 それこそあり得まセン! “金剛”という存在の意味は、必ずどこかにあるハズ。だったらワタシは、誰かを……アナタを愛するために生まれたんだって、信じたいデス。

 手が触れた瞬間。目が合った瞬間。声をかけられた瞬間に、そうだと確信しましタ。何より今のワタシ自身が、そうしたいと思えマス。だから……」

 

 

 砲弾のごとき速度は、しかし、やがて祈りの言葉に。

 弾ける笑顔も、慎ましやかな乙女のそれへと。

 胸元で畳まれていた指が開かれる。

 細い人差し指が、花びらのような唇に当てがわれ――

 

 

「この想いは、世界中の誰にも否定させないワ。もちろんテートクにも、ネ?」

 

 

 ――大胆不敵なウィンクを乗せて、呆ける唇へ押し当てられた。

 カァァ、と、体温が上昇していく。

 耳まで真っ赤になっているのを自覚する。

 告白された。真っ正面から、誤解のしようもない言葉で。

 人生初の経験に。そして、離れる指先の名残惜しさに、たじろぐことすらできない。

 心臓が破裂しそうだった。

 

 

「まぁ、他にもLoveい気持ちを隠してる子は居そうデスが、最終的にテートクのHeartをつかむのは、ワタシデース! ……ちゃーんと意思表示しないと、勝負にすらなりませんヨ?」

 

「っ! い、電、は……っ。電だって……っ!!」

 

 

 隣へ戻り、ぎゅうう、と腕を抱え込む金剛。対して、言葉に詰まりながら、同じく左腕に抱きつく電。

 両サイドに別々の息遣いを感じつつ、脳が茹だりそうだった自分は、こんな事を思って現実逃避をしていた。

 

 あぁ。

 これがモテ期か、と。

 ………………胃が痛いです。

 

 

 

 

 

「むぐぐぐぐ……。お、お姉さまに愛を語られるとか、悔しい、妬ましい、羨ましいぃぃ! わ、わたしだって司令には負けないんだからぁ!」

 

「今の私では、無理なんですね……。でも、諦めませんっ。いつか提督に『お姉ちゃん』と呼んでいただけるよう、榛名は精進します!」

 

「比叡姉さま、榛名。意気込んでるところ申し訳ないんですけど、聞こえてないみたいですよ」

 

「……はぁ。紅茶が美味しい。今日も鎮守府は平和ですね……」

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告