新人提督と電の日々   作:七音

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カタパルトや航空機滑走台の装備時期が間違っていましたので修正しました。
間違って覚えちまったよ、という方、申し訳ないです。


こぼれ話 教えて、古鷹先生!

 

 

 

 

 

「うあー、マズいー、かなり遅くなった……」

 

 

 日が差し込む鎮守府の廊下を、少しだけ息を切らせ、早足で進む。

 腕時計の針は一四◯◯。指定した時間を大幅に過ぎていた。きっとみんなに待ちぼうけを食わせてしまっているはず。

 怒っていないといいんだけど……無理か。素直に謝ろう。

 

 

「すまん、遅れた!」

 

「お? おせーぞ司令官。自分から呼び出しといて遅れんなよなー?」

 

「いやぁ、悪い天龍。途中で書記さんに捕まってな、資材運用のことでお小言を貰っちゃって」

 

「それは司令はんの日頃の行いが悪いからとちゃう? ウチら、お説教なんてされたことないで。な、龍田はん?」

 

「そうね~。むしろ、楽しいお話を聞かせてもらってるわ~。タチやネコの話とか~」

 

「ほー。猫は分かるけど、書記はん、刀になんて興味あらはったんや? 知らんかったわ」

 

「……君は純粋だな、黒潮。その言葉を組み合わせて調べたりなんかせず、ぜひそのままでいてくれー」

 

「ぐぅ……。すかぁ……」

 

 

 小会議室の扉を開けると、数人の少女たちが出迎える。

 教室を思わせる配置に並び替えられた複数の長机。その左前で黒潮が頬杖をつき、右前に天龍・龍田姉妹。二列目中央では、まだ見慣れるのに時間が必要だろう、新人の少女が突っ伏している。自分はその前の席、前列中央へ。

 最後に、新人の子と同じ制服を着る少女がもう一人、ホワイトボードを背に立っていた。

 

 

「もう、駄目じゃないですか、提督。何かあったのかって心配してたんですよ?」

 

「ごめんな、古鷹(ふるたか)。今度は気をつけるから、許してくれ」

 

「はい。お願いしますね」

 

 

 白地に青。胸元のリボンは赤と、ごく普通のセーラー服をまとい、優しく微笑む彼女の名は、古鷹。古鷹型重巡洋艦のネームシップである。

 髪型はショートカットで、少し丈があっていないのか、チラリと見えてしまうおへそがチャームポイント。我が深層心理は素晴らしい仕事をしてくれるものだ。

 なんで最上じゃなくて彼女がいるのかとかはどうでもいいです。諦めました。

 

 

「では、提督も来られたことですし、巡洋艦の、巡洋艦による、巡洋艦運用のための勉強会を始めたいと思います。

 第一回目である今回は、軽巡と重巡の区別の仕方や、そこに当てはまる艦艇たちを紹介させてもらいますね。

 わたしたち、重巡洋艦と軽巡洋艦の良いところ、いっぱい知ってもらえると嬉しいです」

 

 

 きゅっきゅっきゅ、と黒いマジックペンを使い、彼女は集まりの趣旨を書き出して行く。

 例の特務において、艦隊編成の一部を担うことになった、軽巡・重巡というカテゴリーの艦船。

 艦隊内演習でもその力は証明されたが、より効率良く、確実な運用をするために。そして、古鷹型の二人とも親睦を深めるために、こうして復習も兼ねた勉強会を開いたのだ。

 ……が、いざ開始という時に、右の席から「ちょっと待った」と挙手。天龍である。

 

 

「その前に聞きたいんだけどよ。なんでオレたちが呼ばれたんだ? 今日は珍しく演習も遠征も入ってない、完全なオフなんだぞ。暇じゃねぇってのに」

 

「あれ、予定でもあったのか?」

 

「大丈夫よ~。天龍ちゃん見栄張ってるだけだから~。やることなんて、せいぜい銘刀“紅蓮”ちゃんの手入れくらいかしら~」

 

「ああ、なるほど。“紅蓮”か。“紅蓮”の手入れは大事だな。なにせ“紅蓮”だしな」

 

「おい、オマエらワザとだろ。軽々しく名前を出すな! 恥ず――お、重みがなくなるだろ!?」

 

「あはは……。でも、天龍さんたちは巡洋艦の中でも特別な存在ですから。先輩として居てもらえると助かります」

 

「ぉ……おう、そうか。まぁ、設計当初から世界水準の天龍様だからなっ。よし、任せとけ!」

 

 

 特別な、というのが気に入ったのか、天龍さんご機嫌である。

 素で操縦方法を心得ているとは、古鷹、頼もしい子だ。

 

 

「ほんなら、ウチはなんで呼ばれたん? ウチは巡洋艦やのうて駆逐艦やで?」

 

 

 ――と、今度は左から黒潮の挙手が。それに対しては自分が答える。

 

 

「それはな。黒潮にしか頼めない、重要な役目があるからだよ」

 

「えっ、そうなん? な、なんや嬉しいわ。陽炎は幼馴染属性が発覚したし、不知火はもともと無表情クーデレ属性やし、最近めっきり影がうすぅなって、困っとったんよ。そしたら、ウチは何したらええの?」

 

「そんなの決まってるだろう。君がいなかったらボケが過多になって話が進まないじゃないか。期待してるぞ、仕切り」

 

「ってウチの存在価値はツッコミだけかぁい!」

 

 

 しぱぁん、と唸るハリセン。音は派手だが、ぜんぜん痛くない。さすが。

 

 

「こんなんやったら龍驤でもできるやん!? やっぱウチにはなんも特徴ないんや、そのうちみんなから忘れ去られてしまうんやっ。こないなことしとる場合ちゃう、帰って対策練るぅ!!」

 

「まぁまぁそんなこと言わず。実はここに、早起きして作った新商品の白胡麻豆腐プリンを――あ」

 

「ひょうがなひなぁ、司令(ひれひ)はんがほこまへひうなら、ウチも付きはうわぁ。ほ代わひある?」

 

「ごめん、一個しか持ってきてないんだ。それで勘弁してくれ」

 

 

 どこからともなくプリンを取り出した途端、部屋を飛び出そうとしていた黒潮が瞬間移動。隣でパクついていた。

 食い意地はってんなぁ。大阪生まれなんだし、食い倒れキャラとしてやって行けるんじゃなかろうか。お代わり無しと聞いて凄く残念そうにしてるし。

 ちなみに、すっかり忘れられているであろう酒保に置くと言ったプリン類だが、売れ行きは絶好調である。売り切れの苦情が入るほどなので、どうにか量産できないかと思案中だ。

 

 

「あのぉ、提督? そろそろ始めさせてもらっても……?」

 

「おう、ごめんごめん。ほら、加古(かこ)も起きろ」

 

「んぐ……。むん……。すぅ……」

 

 

 困ったような古鷹の声に、背後で寝ている彼女の姉妹艦を起こしにかかる。

 寝癖で跳ねまくった黒髪を一本に束ねている加古は、着ている服こそ古鷹と同じだが、ちょっと気を抜くと寝てしまう癖があった。

 なかなか起きてくれないし、戦闘中に寝やしないかと心配だ。

 

 

「うぅん……。食べられない……。食べられないってば……」

 

「おー。こんなテンプレ通りの寝言、オレ初めて聞いたぞ」

 

「……赤城さん、ボーキサイトは食べ物じゃないってぇ……。歯が折れちゃうってばぁ……」

 

「あ、あら~。なんだか、想像してたのと違うみたいね~」

 

「いや、誰もボーキをそのまんま食べたりしないだろう。でも、ちょっと面白いな。……隣の家に囲いができたってね」

 

「加っ古いぃぃ……」

 

「なぁ。ホンマに寝とるんか加古はん。寝たふりしてるだけちゃうの」

 

「あの、みなさぁん。あの、あのですね、勉強会を……」

 

「おっと、ごめんっ。始めてくれ」

 

 

 みんなで加古をいじっていると、本格的に古鷹が弱り出したので、慌てて身体の向きを戻す。

 加古の分は彼女が頑張ってくれるだろうし、自分たちは真面目に授業を受けよう。

 

 

「お、おっほん。それでは、今度こそ! まずはわたしたち、巡洋艦という存在がどういうものか、ご説明しますね」

 

 

 咳払いを一つ。気を取り直して、ホワイトボードに新たな文字を書いていく古鷹。マジックペンなのに達筆である。

 

 

「巡洋艦とは、英語でクルーザーと呼ばれます。遠洋を航海できる能力を持った船の総称でもありますが、軍艦の中では排水量が一八五◯tを越え、一万t以下の船をこう呼びます。

 また、戦闘を行うための砲などを備えた船は、ロンドン海軍軍縮条約により、さらに二つのカテゴリーへと分けられるんです。

 十五・五cm以上、二十・三cm以下――六・一inch以上、八inch以下の主砲を備える艦を、カテゴリーA。十二・七cm……五inch以上、六・一inch以下の艦をカテゴリーB。

 それぞれ、重巡洋艦、軽巡洋艦と。日本では一等巡洋艦、二等巡洋艦とも呼ばれていますね」

 

「そしてオレたち天龍型が、日本の近代的軽巡洋艦の一番手だな! 同じ時期に作られた他国の船を軽く凌駕する性能だったんだぜ?」

 

「結構すごい船だったのよ~。当時は」

 

「ああ。戦闘力もかなり高かったんだよな。当時は」

 

「当時はって言うなぁ! もう近代化改修したから古くないっ。時代遅れじゃなくなったんだよぉ!!」

 

「くー……。時代は、めぐる……。トレンディ……」

 

「それは服とかの話やろ。船の装備を遡ったって意味ないやん」

 

 

 バンッ、と机に手を叩きつけ、天龍がいきり立つ。存外気にしていることらしかった。

 天龍型は、旧日本海軍が八八艦隊計画で最初に建造した三五◯◯t級の艦だ。

 装甲こそ軽いものに留めたが、十四cm速射砲を四基四門、八cm単装高角砲一基や、巡洋艦としては始めての三連装魚雷発射管まで備えていた。しかも速度は駆逐艦並みの高速と、本当に画期的だったのである。当時は。

 それというのも、艦形自体が小柄であり、居住性・拡張性に乏しかったため、より大型化した五五◯◯t級へと計画は移行し、球磨型・長良型・川内型などに比べると、武装やら防御力やら乗り心地やらで、どうしても型落ち扱いになってしまうのだ。余談として、川内型の後には夕張(ゆうばり)型・阿賀野(あがの)型・大淀(おおよど)型が続く。

 まぁ、ここにいる天龍たちは近代化改修済みで、タービンや石炭と重油の混焼型だった(ボイラー)を、島風が載せている改良型に変更したり(だからと言って島風並みのスピードは出せないのが難しい)、主砲・発射管はより大きく、装甲自体も特殊圧延加工とやらで強化されている。

 練度的にみても、第一線で活躍してくれる軽巡だった。いい反応してくれるからつい弄りたくなるのが玉に瑕だが。

 

 

「天龍さんたちをきっかけとして、旧日本海軍は本格的に軽巡洋艦の建造を開始します。

 まずは大型化した球磨型で缶の数を増やし、長良型から木曾さんで試験採用された航空機滑走台を標準装備。

 川内型では、重油消費量を軽減するために缶を混焼型へ戻したりしましたが、七七◯◯t級である阿賀野型が完成するまでの長い間、新鋭艦として活躍しました。

 最後の連合艦隊旗艦を務めた大淀型はさらに大きくて、全備排水量は一万tを越えます。夕張型は逆に、三◯◯◯t級の小さい船体へ五五◯◯t級の武装を詰め込んだ、実験艦としての意味合いが強いですね。

 そして、次々と投入される列強の軽巡洋艦たちに対抗するため、設計・建造された最初の重巡洋艦が、古鷹型なんです。大きな主砲をたくさん積んで、敵戦力に打撃を与える役割を担いました。

 といっても、その頃はまだワシントン軍縮条約の方しかなかったので、重巡洋艦として設計されたわけではないんです。あ、わたしたちの構造は、夕張型で得られたデータが礎になっているんですよ」

 

 

 Bの下に天龍以下の名を記した後、古鷹はAの下へ、自身から連なる型名を板書していく。

 順に、青葉・妙高・高雄・最上・利根である。

 

 

「青葉型では、わたしたちの時に人力装填だった主砲を機力装填へと改良。

 二番艦の衣笠(きぬがさ)さんで圧縮空気式カタパルトを初装備しています。これを元に改良された火薬式が、五五○○t級の各艦へ搭載されました。

 妙高・高雄型ではさらに主砲と雷装を増やし、防御力も増大させています。特に変わっているのが、最上・利根型で――きゃあっ!?」

 

「なんだっ!?」

 

「ふがっ、お、起きてる、起きてるからっ、敵はどこぉ!?」

 

 

 唐突に窓ガラスが割れ、飛び込んでくる人影。

 すわテロリストかと声を上げる自分を、黒潮たちが無言で庇う。加古ですらメカメカしい艤装を召喚、右腕に横並べされた主砲二基を構える。実体弾の代わりに霊的衝撃波を撃ち出せるので、制圧戦闘も可能なのだ。使いすぎると消滅退避してしまう諸刃の剣でもあるが。

 一瞬で緊迫する空気。古鷹も戦闘態勢を整え、右腕(縦並びの二基)をうずくまる影に向けた。

 しかし、その姿には妙な見覚えがあり――

 

 

「ぬぁっはっはっは! 呼ばれて飛び込み即参上! 吾輩が利根である!!」

 

「筑摩です。すみません。お騒がせして本当にすみません……」

 

「と、利根さん? びっくりしましたぁ」

 

「んだよ、オマエらか……」

 

「危うく切りつけちゃう所だったわ~」

 

「なぁんだ、あたしゃてっきり、敵襲かと……ぐ~」

 

「ってまた寝るんかぁいっ! どんだけ睡眠時間必要なんっ!?」

 

 

 ――原因を理解した途端、全身から力が抜けてしまう。加古が寝てしまうのにも頷けるほど、脱力した。

 グワっと立ち上がるのは、小柄なツインテール少女。重巡洋艦、利根だった。妹である筑摩は、申し訳なさそうに割れたガラスを箒で掃いている。

 とりあえず何事もなくて一安心だ。んが、一家を支える主として言わねばならないことも出来た。

 

 

「利根、今月分のカニカマ没収な」

 

「なんじゃと!? そ、そのような無体が許されて良いのか!?」

 

「アホかぁ! 君が割ったガラス一枚でカニカマどんだけ買えると思ってんだ!? ここ一階なんだから普通に窓開けて入ってきなさい!!」

 

「いやいや司令はん、窓から入るんは普通とちゃうて。ドアなんのためについとる思てはるの。しっかりせなあかんよ?」

 

「はっ。言われてみれば」

 

「ぐぬぬ……。しかし、普通に入ったのでは“いんぱくと”がないではないか! 先の演習も足柄たちに枠を奪われてしまった……。こうでもして印象付けぬと出番がなくなってしまうではないかぁ!!」

 

「落ち着いてください姉さん。あれはジャンケンの結果なんですから、仕方ないじゃないですか。カニカマなら私のお小遣いから買ってあげますから、ね?」

 

「もうどっちが姉だか分かんないな……」

 

 

 駄々をこねる利根に、それをなだめる筑摩。関係性を逆転させた方がしっくりくるのは自分だけではないはず。

 思わずつぶやくと、どうにか苦笑いを押さえ込んだ古鷹が、艤装をしまいながら場を取り繕う。

 

 

「ええっと……。ちょうど良いタイミングで利根さんが来てくれましたし、最上・利根型の事は、お二人自身にお聞きしましょうか」

 

「うむっ。任せるが良い。騒がせた詫びじゃ、詳しく説明してやるぞ?」

 

 

 立ち位置を譲った古鷹に代わり、むっふんと鼻息荒い利根が進み出る。

 筑摩はサポートらしく、マジックペンを受け取り板書体勢に。

 

 

「さっき古鷹が変わっていると言った二つの型じゃが、何故かというと、重巡ではなく軽巡として起工された船だからである。目的は高速給油艦であった祥鳳たちと同じく、ロンドン軍縮条約の裏をかくため。

 主砲の大きさで艦種を決定づけるこれを逆手に取り、合計排水量に余裕のあった軽巡枠で重巡に相当する船を作り、後で主砲を載せ替え、戦闘力を得ようとしたわけじゃな。竣工時には条約を脱退していることも見越しておったようだ」

 

「そのため、私たちの名前は川から取られているんです。軽巡は川、重巡は山を由来とするのは、もうお分かりですよね? 書類上は最後まで軽巡扱いでした」

 

「実はあたしも川から名前取ってんだぁ……。くか~」

 

「あ、そうだったよね。加古は、本当は川内型の四隻目になる予定だったんですけど、ワシントン軍縮条約締結の影響で、建造が初期に中止されたんです。

 でも、予算が勿体無いから名前と一緒に流用、より艦形を大型化しての建造が決定されたんです。起工は加古の方が早いから、ちょっとお姉さんなんだよね?」

 

「就役は四ヶ月遅れだったけどねぇ……。すか~」

 

「やっぱ起きとるやろ加古はん。寝言で会話成立しとるし」

 

 

 先ほどから挙げられている二つの軍縮条約だが、大雑把に言うと、ワシントンが戦艦・空母の合計排水量を制限するための条約であり、ロンドンは前条約の抜け道的存在だった、巡洋艦以下の補助艦艇を制限するための条約である。空母なども制限がキツくなった。

 これにより、すでに建造されていた古鷹型から高雄型までの十二隻で、重巡枠が一杯になってしまったのだ。妙高たちの性能を脅威とした各国が、日本を狙い撃ちにした足かせ、という説もある。

 

 

「そしてそして! 最上型と吾輩たちのもっとも特筆すべき特徴が、水上機運用能力の高さである!

 最上はミッドウェーで損傷を受けた後、航空巡洋艦に改造されてからだがな。

 妙高や高雄たちが二~四機の運用しかできなかったのに対し、改造後の最上は最大で十一機、吾輩たちは最初から六機の水偵を載せることができたのだ!」

 

「実際の運用数や主砲は少なめですけど、船体前部に四基を集中配置し、後部を航空艤装とした私たちは、理想に近い巡洋艦とも称されたんです」

 

「旧海軍が完成させた重巡の最終形に相応しい性能というわけじゃ!」

 

 

 艤装を召喚状態にしながら、利根が胸を張り、筑摩は楚々と佇む。やっぱり差があるなぁ、胸――じゃなくって落ち着き具合いとか。

 彼女たちの艤装は右半身に主砲が集中していて、肩に一基、腰から太ももにかけて三基が凸の字を左回転させたみたいにくくられている。左腕にはカタパルトが二基あり、左足だけに出現するニーハイには、飛行機運搬軌条のレールが描かれていた。

 他にも、小さな対空機銃がブーツへ付いたり、左肩と左腰に高角砲・魚雷発射管があったりと、けっこう忠実に再現されているようだ。

 ……あ、思い出した。

 

 

「確か、本当は利根型の後に伊吹(いぶき)型っていうのが建造予定だったんだけど、終戦の影響で未完成に終わったんだよな」

 

「はい。よくご存知ですね、提督」

 

「最近読んでる本に名前がよく出てきてさ。それで調べたんだ。でも、今は関係ないか。続けてくれ、古鷹」

 

「分かりました。……といっても、利根さんがほとんど説明しちゃったので、最後に少しだけ、本筋とは関係ない豆知識を」

 

「豆知識……。小豆と大豆は種類違うけど、大豆と枝豆は同じ種類……。ずびー」

 

「へぇーへぇー、それはウチ知らんかったなぁ。覚えとこ。あ、もう面倒やからツッコまへんよ」

 

 

 何やら机を叩くような仕草をしながら、突っ込まないという突っ込みをしてしまう黒潮。律儀である。

 しかし、その動きの元ネタはなんだろう。古いテレビ番組でも見たんだろうか。

 

 

「さっき、わたしよりも加古の方がお姉さんだって言いましたけど、事故で竣工が遅れちゃって、一番艦はわたしの方になっちゃいました。

 実は他の型でも似たようなことが度々起こっているんですが、どっちがお姉さんになるかの基準は曖昧だったりします。

 例えば、わたしや神通さんは竣工が先なので繰り上がったのに、龍田さん、那智さんや羽黒さん、愛宕さんは先に竣工・就役したのにそのままだったり。面白いですよね」

 

「いろんな理由があるっぽいけど、オレたちはあんまり気にしてないよな。重要なのはどっちが姉かじゃなくて、安心して背中を任せられるかどうか、だろ」

 

「ん? そりゃそうだけど、最初に龍田と対面した時、『今度はオレの方が~』とか言ってなかったっけ?」

 

「ね~。でも、そういうところが天龍ちゃんっぽいと思うわ~」

 

「なんでそんな細かいことばっか覚えてんだよっ、せっかくいい感じで決めたのに!?」

 

 

 水を差されたのが悔しいのか、むきーっ、と天龍は頭をかきむしる。

 彼女や利根、長良たちを見て実感していたことだけれど、通常の姉妹というくくりに、統制人格は当てはまらない場合もあるようだ。

 根っこで繋がっている部分があるのか、不仲な子は居ないのが幸いである。これからも変にギスギスしたりしないでやって行けると良いのだが……。

 と、そんなことを思う自分をよそに、古鷹は最後の締めにかかる。

 

 

「こんなわけで、一口に巡洋艦といってもこれだけの種類があり、それぞれに特徴的な性能を持っているわけなんです。

 わたしはまだ呼んでもらったばかりで、近代化改修しないとあまりお役に立てないでしょうし、練度も低いですけど。

 でも、重巡洋艦の名に恥じないよう、全力で頑張りたいと思います! 機会があったら、今度の特務にも使ってくださいね。

 ハプニングもありましたけど、以上で第一回、巡洋艦の、巡洋艦による、巡洋艦運用のための勉強会を終わります。ご静聴、ありがとうございました!」

 

 

 ペコリ、腰を九十度に曲げる古鷹に向けて、みんなから暖かい拍手が送られた。それを受けて、照れ臭そうな笑顔が浮かぶ。

 目新しい発見こそなかったものの、親睦を深めるという目的は十二分に果たされたようである。

 だが加古。寝たまま拍手するくらいならいい加減に起きなさい。まばらな音が気になって仕方ないよ。何が君をそこまで眠りに駆り立てるのか。

 仕方なく、彼女を揺り起こそうとするのだが、同時に、大きく背伸びをした天龍がこちらを向いた。……なんか、微妙にニヤついているのが気になる。

 

 

「結構いい暇つぶしになったな。しっかし、司令官。こんな日にわざわざ午後をつぶして勉強会とか、もしかして友達いないのかぁ?」

 

「………………居ませんが何か」

 

「え」

 

「鎮守府が開いてる定例会へ行っても報告以外に話する相手いませんが、何か。

 自分で励起した統制人格に負けるとか、ってプークスクスされましたが、何か?

 まともに話しかけられる男の知り合いなんて吉田中将くらいしかいませんが、何かぁ!?」

 

「ゴメン! からかおうと思ったオレが悪かった、だから笑顔で泣くな!」

 

「よ~しよ~し、辛かったのね~。もう我慢しなくていいのよ~」

 

「泣きっ面に、うっかり八兵衛ぇ……。すこー」

 

「より悲惨になりそうでならなさそうやなー。きっと泣く子も笑ってくれるわ」

 

 

 不意に突きつけられた現実が、自分の胸を切り裂いた。丸めた背中を、龍田の手が優しく撫でてくれる。

 他人から見れば大したことないとも思われるかもしれないけども、割と辛い。仕事上は全く問題ないのがこれまた辛いのだ。他の提督もそこら辺は弁えてくれてるし。

 まぁ、笑った奴らの眼前で鳳翔さん手作りの豪華弁当をこれ見よがしに平らげて、利根みたいな「ぐぬぬ」顔させてやったが。

 羨ましいか。羨ましいよな。羨ましいだろう名もなき提督ども。自分だったら奥歯を噛み砕くところだ。

 ……んな事やってるから友達できないんだよ。馬鹿か自分……。

 

 

「あれじゃな、これだけの美少女に囲まれておるのだ。嫉妬されるのも仕方なかろう」

 

「それは自分だって嬉しいさ。でも、やっぱり男一人って肩身が狭いよ……。中将は飲みにとか誘えないし。あぁぁ、同性の友達が欲しい……」

 

 

 主任さんのおかげでめでたく宿舎に離れができ、一人の時間を満喫できるようにはなった。なったのだが、いざ一人の時間が増えると、難儀なことに寂しいのである。

 ときおり聞こえてくる笑い声や、川内の「夜~戦~!」コールが届く中、黙々と戦術を練り、今後の建造計画を確かめ、息抜きに隔月刊・艦娘を眺めることの、なんという侘しさよ。

 せめてそんな時、電話をかけて相談したりとか、鎮守府内にある慰安施設(飲み屋とかノーマルなマッサージ店とか)へ出かける相手が欲しかった。切実に。

 

 

「そや。ウチ前から疑問やったんやけどな。統制人格ってなんで女の子ばっかなん? 男の子とかおらんよね。

 一つの艦隊に同じ艦もおらんし。性能の良い艦だけ選んで励起した方が効率いいんとちゃうの? 長門型十隻つるべ撃ち、とか」

 

「世の中、そんな都合良くはいかないんだよ……。専門家によれば、能力者には、統制人格と同調するための専用回線みたいなものがあるらしいんだ。

 艦それぞれに対して、一つずつ構築されるみたいなんだけど、すでに励起した経験のある艦と同じ艦を新たに励起しようとした場合、回線は上書きされてしまう。

 結果、用を為さなくなった古い方の統制人格は消滅して、練度も何もかも真っさらな、新しい統制人格が生まれる。同艦複数励起は不可能なんだってさ」

 

「そ、そないな仕組みやったの? ……司令はん。もし、ウチと同じ船拾うてきても、励起せんといてな? な?」

 

「頼まれたってしないよ。自分にとっての黒潮は、ここにいる君一人だけだ。心配しなくていい」

 

「……ん。おおきに。安心したわ」

 

 

 不安そうに寄ってくる黒潮の肩へ、苦笑いしながら手を置く。

 明言されてホッとしたのか、彼女はそこに自身の手を重ね、目を細める。

 己という存在が、あやふやな確証の上に成り立ち、消えてしまう可能性まであると分かったのだ。焦るのも仕方ない。

 しかし、せっかく巡り会えた大事な仲間。簡単に消したりするつもりなんてなかった。

 

 

「それから、統制人格が女の子ばかりな理由なんだけど……。こっちはまだ解明されてないんだ。

 一昔前までは、アニマ――男性の中にある女性側面の投影じゃないかって説が主流だった。

 でもこれだと、女性能力者も女の子しか呼べない説明がつかないから、今はもう廃れてる」

 

「せなんや。なんでやろね」

 

「ぬぅ、横文字はよく分からん。じゃが、日本には船魂(ふなだま)を祀るという習慣があるしのう。御神体として女の髪を用いる場合もあったそうじゃ。どう思う古鷹?」

 

「そうですね……。昔から船のことを女性に例えることがあったみたいですし、その影響もあるとか……」

 

「それだと、『船は男』って教え込まれた人なら、男の子を呼べるってことになるわね~」

 

「ちょっと簡単過ぎねぇか。つーか、『らしい』とか『みたい』とか、スッキリしない言い回しばっかじゃねぇか。真面目にやってんのかよ? その専門家」

 

「だよなぁ……。今までは現状維持で精一杯だったけど、そろそろ本格的に研究へ専念して、いろいろ解明して欲しいよ。

 あぁ、でもやっぱり、一人くらい身内に男仲間が欲しい……。せめて後輩能力者とか入ってきてくれないかなぁ……」

 

 

 そうしたら手取り足取り……とか気持ち悪いからやんないけど、親身になって相談へ乗ってあげるという名目で、友達作れるのに。

 もしも女性能力者だったら、女性教導官が専属でついちゃうから無理だけど。“あの”調整士君は能力強度が低くて、沖縄の戦車部隊に配属予定らしいし、しばらくは新人来なさそうだ……。

 

 

「あの……。提督、こんなことを尋ねるのは失礼だと思うんですけど……」

 

「ん? 筑摩、どうした」

 

「提督は、その……。そっちの趣味がおあり、なんですか?」

 

「は」

 

 

 投げかけられた突拍子もない質問に、つきかけていた溜め息がせき止められた。

 そっちの趣味? そいつはもしかして、男同士がくんずほぐれつという意味ですか。薔薇族ですか?

 いやいやいやいやいや。

 

 

「んなわけないだろう!? 自分は異性愛者だってばっ!」

 

「でも、さっきからずいぶん男性に執着しているような……。いえっ、否定しているわけじゃないんですよっ? 趣味は人それぞれ、愛の形も様々ですから」

 

「いやだから違うって!! 友達が欲しいだけで変な趣味なんかない! 女の子大好きだよっ!? 黒髪ロングとか憧れます!!」

 

「分かっておる分かっておる。筑摩なりの冗談じゃろう。とはいえ、そのように公言されても困るがの。いくら筑摩が可愛いからといって、浮気はいかんぞ浮気は」

 

「そうだぞ? また電を泣かせそうになったら今度こそ引っぱたくからな?」

 

「あの時は未遂だったから良かったけど~、もし本当に泣いてたら~……。分かりますよね~?」

 

「えっ、電ちゃんを泣かせたってどういうことやの司令はんっ? そこまで鬼畜やったん!?」

 

「泣かせてないから! もう誤解はといたし和解もしてるから! あとなんで艤装召喚してるの龍田さぁんっ!?」

 

 

 思わぬ波及をした疑惑に、龍田様が紅刃を煌めかせる。

 天龍は心から電を心配してるだけだろうけど、彼女は違う。気配で分かる。不貞行為したらマジで切り落とす気だ。

 どうしよう、ただのボッチ話がなんでこんな事態になっちゃったんだ? もうわけが分からないっ!

 

 

「て、提督、落ち着いて? 大丈夫です、分かってますから。

 提督はちっちゃい子にしか興味もてないんですよね。

 だけど、治療はちゃんと出来ますから。慌てないで、ゆっくり治しましょう?」

 

「ちょっと待ってくれ。酷い勘違いされてるのがひしひし伝わってくるんですが!?

 違うよ古鷹、自分はホモでもなければロリコンでもないっ。

 年上のお姉さんに恋したことだってあるんだからなぁ!? もちろん先輩じゃない人に!!」

 

「ほう、それはそれは。後学のためにもぜひ聞きたいものじゃの」

 

「え。あ。いや。あっと」

 

「ほれほれ、さっさと吐かんか色男。筑摩も聞きたいであろう?」

 

「はい。私、そっち“も”気になりますっ」

 

「キチンと説明してもらうんやからね? さもないとハリセンで百叩きやで?」

 

「よくやるぜ……。何が面白いんだか」

 

 

 思わず口をついてしまった恋愛遍歴に、少なくとも見た目は年頃の乙女たちが食いついてくる。

 横へ回り込み、面白がって肘でつつく利根に、目を輝かせて前のめりな筑摩(“も”って何さ)。

 天龍はああ言いながら、一言一句聞き逃さない態勢。薙刀を構え笑っている龍田の顔に、「楽しくなってきたわ~」なんて書いてあった。

 唯一止めてくれそうな古鷹も、「む、無理強いはダメですよ?」と表面上は中立っぽいが、その実興味津々といったご様子。

 このままでは、小学生の頃に姉の友人を好きになり、告白までしたけどあっさり振られたという、誰もが経験する甘酸っぱーい思い出を語らなければいけなくなってしまう。

 しかし逃げ場は……ない。三百六十度、囲まれてしまっている。

 さぁ! と詰め寄る彼女たちの息遣いを感じ、自分は思った。

 桐生提督。早く目を覚ましてください。

 うんちくなら何時間でも聞きますんで、この悩ましい天獄(造語)から一時的にでも解放してください、と。

 

 

 

 

 

「惚れた、腫れたは……。バック・トゥ・◯・フューチャー……。デ◯リアーン……」

 

「それを言うなら『当座のうち』やろ! タイムスリップしてどないすんねぇんっ!」

 

 

 

 

 




「皆さんお待ちかネー! やっと、やぁっとワタシたちの出番だヨー!」
「気合い! 入れて! 全裸待機をお願いしますっ!!」
「ええっと、本気にしないで下さいね? まだまだ寒いですから、体調など崩さぬよう、注意して下さい」
「この本のデータによれば、紳士な方々はネクタイと靴下さえあれば無敵だそうでし、大丈夫ですよきっと」
「民明書房……。知らない出版社ですね……」

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