新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 暁型残り三人の新規絵・追加ボイス・改二はまだですか?(願望)

 

 

 

 

 

 ただ、赤があった。燃え盛る炎のような、赤が。

 何もかもがそれに侵され、色を変える。本来の自分らしさをかき消される。

 世界の全ては今、とある存在を除いて、赤く塗りつぶされていた。

 

 

「……ふ……あは……」

 

 

 少女。

 瞳へ世界を宿す彼女は、唯一、染め切らない濃紺のセーラー服を身にまとっている。

 襟元に星型の勲章。機関部と連動する艤装を背負い、両腿へ魚雷発射管、右手は連装砲を握っていた。

 ゆらり、ゆらり。長い金髪とスカート、白いマフラーがはためく。

 

 

「さぁ……」

 

 

 砲が夜空へ掲げられた。

 緩慢に、それでいてよどみなく、それは標的に向けられる。

 今にも火を吹かんと鈍く輝き、合わせて少女が、天使のように愛らしく微笑んだ。

 弧を描く唇の裏に、薄暗い暴威を隠しながら。

 

 

「ステキなパーティー、しましょ……!」

 

 

 風はより強く。

 闘争の旋律が、最高潮に達した。

 

 

「……何してるんだい、君たち」

 

「あ、響ちゃんっぽい? こんにちは~」

 

 

 しかし、いきなりな質問者の登場により、ぽん、と音を立てて少女の艤装が消え、緊迫感はしぼんでいく。

 沈黙を保っていた観衆も、それを合図に動きだした。

 

 

「響だけじゃなくて私も居るわよ! で、こんな所にたむろって何してたの?」

 

「いらっしゃい、雷。改二ごっこ、だってさ。僕はあまり興味なかったんだけど、感想が欲しいからって」

 

「撮影は私がやってるんだよ? 何を隠そう白露は、みんなの中で一番に動画を撮るのが上手いんです!」

 

 

 手を上げて自己主張する雷を出迎えたのは、黒髪を三つ編みにした少女と、デジタルカメラを構える茶髪にヘアバンドの少女。白露型駆逐艦二番艦・時雨と、一番艦・白露である。

 彼女の背後で、その姉妹たちがライトや扇風機、海洋SFアニメ主題歌の流れるカラオケを切ったりしていた。

 ここは、桐林艦隊の宿舎一階にある、食堂の一角。つい最近、ゴネにゴネる那珂に提督が折れ、仕方なく購入されたカラオケステージである。

 注文通り、スポットライト、円台、壁に面する大型ディスプレイ(現在は夜の海を映している)も完備した、超豪華セットだ。

 

 

「う~、マフラー暑い~。カラコンも目がしょぼしょぼするし、夕立には合わないっぽい~。提督さんにもらったお小遣い、使わなければよかったかも~」

 

「あらあら、大丈夫? はい、コンタクトとって、目薬さしましょ」

 

「でも、すっごく格好良かったですっ。なんかこう、ソロモンの悪夢を見せてやる~、って感じで」

 

「あっ! 五月雨ちゃん、そのセリフ良いっぽい! もし改二になれたら使わせてもらうねー?」

 

「はいはい。動いちゃダメよー。ステイ!」

 

「村雨ちゃん、私、犬じゃないっぽい~。……ちべたっ」

 

 

 近くにあった椅子へ腰掛け、カラーコンタクトと勲章(プラスチック製)を外す四番艦・夕立。彼女に目薬を指してあげているのは、長い茶髪をツインテールに結ぶ村雨。姉の三番艦である。

 パチパチと拍手をする、色を反転させたような白いセーラー服の少女が、六番艦・五月雨だ。村雨以上に長い、目の覚めるような青い髪をストレートにしていた。

 

 

「ま、あたいが演出したんだから、カッチョいいのは当然だねっ。その連装砲、十二・七cmB型改も、実際に撃てる代物さ!」

 

「へぇー、凄いじゃないっ。……あれ? だけど司令官、いつの間にそんな新装備開発したんだろ?」

 

「や、撃てるのは撃てるんだけど、それがパチンコ玉なんだー。主任さんにちょちょいと作ってもらってさ」

 

「要するにオモチャなのね……。でもちょっと撃ってみたいような……」

 

 

 最後に、セットの壁へ寄りかかる、江戸っ子もどきな言葉遣いの少女が、十番艦・涼風だ。服装は五月雨と同じく白セーラー。長めの黒髪を肩上で二つに縛っていた。

 彼女だけ名前が「雨」ではなく「風」に因んでいるのは、第四艦隊事件(台風による大規模海難事故。龍驤、妙高もこの事件で被害を受けている)で発覚した耐久性の問題を改善された、改白露型、もしくは海風型とも呼ばれる駆逐艦だからである。番号が飛び飛びな理由はいつも通りなので、ここでは省かせていただく。

 ともあれ、急な客人に撮影を中断して、白露が問いかける。

 

 

「それで、二人は私たちに何か御用なの? 珍しい組み合わせだよね。響ちゃんって暁ちゃんと一番仲が良くて、いつも一緒みたいだったのに」

 

「姉妹仲については否定しないけど、いつも一緒にいるわけじゃないよ。暁は今、帰ってきた司令官に、どこへ行ってたのか根掘り葉掘り聞いてるんだ」

 

「なんだか、ダブルデートしに行ったって勘違いしちゃったみたい。で、島風も電も動けなくなっちゃったから、代わりにお土産を配って歩いてるの。部屋に居なかったからこっちかなって。はいこれ、間宮のドーナツよ」

 

「ドーナツ!? わーい、食べる食べるー!」

 

「提督、けっこう気が利く人なのね。こういうの嬉しいわ~。お皿とってこないと」

 

 

 雷が小脇に抱えていた紙箱を差し出すと、夕立は歓喜の声をあげて飛びついた。

 他の仲間たちにも、羊羹や饅頭、最中、どら焼き、プリン、アイスにケーキなど、和洋折衷な土産が渡されていたが、どうやら好みのお菓子が残ったようだ。

 せっかくの土産物。行儀良く食べたい村雨は、全員分の取り皿を用意しに行き、五月雨も後に続く。

 

 

「私はジュースをもらって来ます。お二人も飲みますよね?」

 

「そうね。ちょうど配り終えたところだし、ゆっくりしようかな。いいわよね、響」

 

「異論はないよ」

 

「じゃあ八人分ですね。ちょっと待ってて下さい」

 

 

 駆けていく二人を見送った六人は、近くのテーブル席へ陣取る。

 そして、待ちきれないといった様子でドーナツの箱を開封。どれを選ぼうかと迷い始めた。

 

 

「んー、美味しそー。じゃあまずは、一番艦である私が先遣隊として……」

 

「あ、白露ちゃんズルいっぽいー! 私も選ぶー!」

 

「ほうほう。あたい、こういうの初めてなんだけど、甘い匂いがタマンないねぇ」

 

один、два、три(いち、に、さん)……。ピッタリ八個あるから、ちょうどいいね。どれにしようか」

 

「もう、響まで。村雨と五月雨が戻ってくるまで待ってましょうよ」

 

「僕は最後でいいかな。残り物には福があるって言うしね」

 

 

 一つ一つ、口の開いた包装紙に収められるカラフルなそれを、少女たちは吟味し続ける。

 オーソドックスなドーナツ、間に生クリームを挟んだもの、チョコやシロップを纏うもの。アップルパイなどもあり、乙女の瞳を輝かせるには十分なラインナップだ。

 ややあって、重ねた小皿を持つ村雨と、トレイにコップを乗せる五月雨が戻ってきた。

 

 

「はいはぁーい。噂の村雨さん、ご到着よー」

 

「ジュース、オレンジを持ってきたんですけど、みなさん大丈夫で――あ!?」

 

 

 ――が、五月雨は唐突にバランスを崩してしまい、身体が前傾していく。

 スローモーションになる世界。

 息を飲む七人。

 トレイも前のめりに、コップの中身がふちへ迫る。

 

 

「……う。あれ? な、なんで? 転んでない……」

 

「ふ、ふっふーん。何を隠そう白露は、サポートも一番、と、得意なんです……! でもお願い、腕つっちゃいそうだからそろそろ自分で立ってぇ……?」

 

 

 けれど、いつまで経っても落下音は聞こえてこず、不思議に思った五月雨が目を開くと、その下で、つっかえ棒となる白露が震えていた。片手は妹のお腹を、もう片方はトレイの底を支えている。

 艤装を召喚していれば、駆逐艦でも数百kgを運べる統制人格だが、そうでない時は普通の女の子。顔がやせ我慢で引きつっていた。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私ってば、何もないところでつまずくなんてっ」

 

「あ、危なかったわね。お盆とるわよ? はい、リフトアーップ」

 

 

 村雨が小皿を時雨にまかせ、振動するトレイを回収。安全な状態へ移行してから、五月雨がペコペコ頭を下げる。

 体重から解放された白露はといえば、「間に合ってよかった……」とため息をつきながらも、にこやかな顔つきだ。

 

 

「五月雨ちゃん、気にしない気にしない! 今回はセーフだったんだし。それに、こういう時一番うれしいのは、ごめんよりありがとう、だよ?」

 

「はぃ……。陸の上でまで、何度もごめ――ううん、ありがとう」

 

 

 申し訳なさそうな顔から一転、五月雨は感謝の笑顔で答えた。

 かつてまだ、船の身体しか持たなかった頃。彼女は白露と衝突、かなりの損害を与えてしてしまう経歴があった。戦闘の混乱で仕方ない部分も多いが、ごっつんこ組の一人(実は妙高・那智なども)である。陸の上、と付け加えたのはこのことだろう。

 傀儡艦になった現在、それを繰り返してしまうかは、本人の注意力にかかっている。

 頑張ろう、と密かに心で決意する五月雨であった。

 

 

「話もまとまったことだし、そろそろ食べようよ~。私、もう我慢できないっぽい~」

 

「そうそう、早いとこ座んなよ五月雨。ほら、こっちこっち」

 

 

 そうこうしている間に、皆の手でコップなどが配膳され、オヤツの準備は万端になっていた。

 ドーナツの箱を中心として、片側に白セーラーの雷、響、五月雨と涼風。反対側に黒セーラーの白露から夕立が座った……のだが、白露はすぐさま立ち上がり、注目を集めるように手を上げる。

 

 

「ではっ、ここは私が音頭を取りまして……。いただ――」

 

「いただきま〜すっ。夕立これ~! 生クリーム挟んであるやつ~」

 

「わたしも先に選んじゃうからね? よし、ショコラ味ゲッツ!」

 

「んじゃ、あたいはアップルパイにしよっかなー。五月雨は?」

 

「う~んと……。シナモン、がいいかな。ありがとう、涼風ちゃん」

 

「私はハニーシロップもらうわ。……あれ。響、いつの間に取ったの?」

 

「早い者勝ちだからね、こういうのは。前から食べてみたかったんだ。……うん、もちもち感がХорошо(素晴らしい)

 

「そんなっ!? わ、私が、この白露が一番遅いだなんて……!?」

 

 

 しかし、それを無視して甘味へ群がる少女たち。

 何故かやたらと一番にこだわる白露。挨拶を終えた瞬間、一番先に手を伸ばそうという目論見が外れ、彼女は悲しみにくれる。

 おかしな姉を慰めるのは、静かに福を待つ時雨だ。

 

 

「あの、僕はまだ取ってないから。先に選ぶ?」

 

「あ、ここまで来たらむしろ一番最後がいいかも」

 

「そう? なら、遠慮なく」

 

 

 とにかく一番とつけばなんでもいいのだろう、白露は妹へ先をゆずる。最終的に、時雨の手にはカスタードパイ、白露にはストロベリードーナツが渡った。

 思い思いに頬張り、皆が舌鼓を打つ。夕立や村雨などは、「ん~♪ い~じゃないですか~、このお味♪」「あぁー、いい仕事してますねぇー」と妙なかけ合いまで。

 そんな時、ふと何かを思い出した雷が、向かいの席へ視線を投げる。

 

 

「あ、そうそう。ねぇ時雨、改二ごっこって何? そんな言葉、聞いた覚えがないんだけど」

 

「さぁ。僕は夕立に誘われただけだから、詳しくは。涼風は知らないかい?」

 

「はぐ、んぐ……。あたいもよくは知んないね。面白そうだから手伝ってただけだし。あの銀玉鉄砲だって、たまたま作ってもらってたもんさ」

 

 

 カチャリ。重厚な厚みを見せる連装砲を構え、「ほら、射的とか好きじゃん? あたい」と、おそらく初出の情報を口にした。

 片目を閉じ、開いた窓へ狙いを定める姿は様になっており、口元も楽しげだ。縁日などで射的に興じる彼女が、皆の脳裏に浮かぶ。

 当てて喜び、外して悔しがるお転婆な少女は、客寄せにピッタリだろう。

 

 

「やっぱり、言い出しっぺに聞くのが確実じゃない? ほら」

 

「んむ? なに村雨ちゃん。あ、私の出番っぽい?」

 

 

 可愛らしい想像に微笑む村雨が、発起人へと話をつなげる。

 べったり付いたクリームを指で舐めとった後、夕立は「おっほん」と立ち上がり、解説を始めた。

 

 

「えっとね。昔の夕立って、第三次ソロモン海戦で大活躍したっぽいでしょ?

 今の私じゃ無理っぽいけど、もっともっと鍛えて、改修を重ねてもらったら、あんな戦果を出せるんじゃないかな~と思ったの。

 さっきのはイメージトレーニングも兼ねてるっぽい?」

 

「凄いわよねー。たしか、巡洋艦二隻と駆逐艦一隻を大破させちゃったのよね?」

 

「おぉー、やるねぇ夕立。ぃよっ、ニクいねっ」

 

「敵味方が入り乱れる混戦だったから、正確な情報は残っていないらしいけど、それでも、駆逐艦一隻の戦果としては凄まじい」

 

 

 過去の自分とはいえ、村雨、涼風、響にまで褒められれば嬉しいのも当然。「けっこう頑張ったっぽい?」と、夕立が照れ臭そうに髪をすく。

 彼女が活躍した、ソロモン諸島沖・サボ島周辺は、アイアンボトム・サウンド(鉄底海峡)とも呼ばれる激戦地である。

 多くの海戦が繰り広げられる中、第三次ソロモン海戦と名付けられた夜戦において、駆逐艦・夕立は自らを沈めながら、凄まじい戦果をあげたのだ。

 この他に、夜戦第二夜では、敵 駆逐艦四隻を単騎で叩いてみせた驚異の武勲艦も存在するのだが、それはまた別の話である。

 

 

「だけど、私たちの大規模近代化改修って、普通は一回までじゃありませんでしたっけ?」

 

「そのはずよ。資材に余裕があれば司令官が改修してくれるけど、それ以上は装備の改装くらいしか、してもらってないわ」

 

「でも、調べてもらったらなんか出来るっぽい? かなり練度をあげないとダメっぽいんだけどね、どうせなら目指してみようかな~って」

 

 

 唇に指を当てて疑問顔の五月雨へ、雷たちが補足を。

 時間を超え蘇った軍艦である彼女たちは、その改善すべき点や、資材的な問題などで実装されなかった改造、新たな発展の方向性がすでに研究され尽くしていた。特に事情でもない限り、戦力向上のため、即時改修を行うのが常である。

 ここで言う改修と改装、改造の違いは、改修が性能向上のために船体などへ手を加えることであり、改装は砲や機銃、魚雷など、艤装の変更にあたる。そして、艦種の変更をともなうほど大きな改修・改装(扶桑型戦艦の航空戦艦化など)が改造と呼ばれるのである。

 駆逐艦の夕立へ施せるのは、改修・改装のみ。これを行った艦は、便宜上「◯◯改」と名称をあらためるが、しかし、あまりに改良しすぎれば、古き船の統制人格と、新しくなった船体との間で認識のズレが生じ、傀儡艦としての役割を果たせなくなるため、限界はあった。

 ゆえに、二度目の大規模近代化改修を施せる船は、ズレを自らの意思で補正しうる、感情持ちだけである。今はまだ練度の関係で無理だろうが、経験を積み重ねれば、日本初の改二駆逐艦・夕立改二も夢ではないだろう。

 

 

「私も憧れるなぁ、白露改二……。名前はちょっとアレだけど、一番になれそう!」

 

「そういった意味でなら、僕も強くなれるのかな。一応は、佐世保の時雨、なんて呼ばれていたわけだし」

 

「かもしれませんねっ。夕立ちゃんや時雨ちゃんなら、きっとすごく強くなれるのかも!」

 

「えへへ~。夕立、ニューバージョン目指して鍛えるっぽい!」

 

「うん。僕も、自分がどこまで行けるのか、興味がある。酸素魚雷とか積んでみたいな」

 

「はぁ。いいわねぇ、活躍した過去がある子って。わたしなんか、出番が多かったのは輸送任務だけよ? そもそも改修してもらえるかなぁ。うぁあん……」

 

「てやんでぃ! そんなんじゃあ、本当にしてもらえなくなっちまうよっ? シャキッとしなって!」

 

 

 だが、上を目指す心意気には、長い道のりも些細なこと。五月雨の応援を受け、自らの進む先を夢想する二人だった。

 時雨もまた、夕立とは違う形で讃えられた駆逐艦だ。珊瑚海海戦やミッドウェー海戦、夕立の活躍した第三次ソロモン海戦にも参加。以降も数々の作戦へ加わった船なのである。残念ながら、終戦までは残れなかったが、激戦を長く生き抜いた事実は称賛に値する。

 それにひきかえ、彼女たちほど華々しい逸話を持たない村雨は、べたー、とつっぷして落ち込んでしまう。男らしく(というのも変だが)足を組む涼風が発破をかけても、全く効果なし。

 気持ちは分かるが、どう声をかけていいものか……と皆が悩む中、不意に響は、雷に見つめられていることに気づく。

 

 

「なんだい、雷。さっきから見てるみたいだけど」

 

「うん、ちょっと。ひょっとしたら、響もなれるかもしれないわね、改二。なにせ、昔の大戦を生き残った、数少ない船なんだし。そうなったら私も鼻が高いわ!」

 

「……どうだろう。ワタシはただ、生き残っただけだから。あの頃は、暁が先に逝って、電も助けられなくて、君も……。不死鳥の通り名、誰かに恩恵を与えられれば、もっと良かったのに」

 

 

 期待の眼差しに、しかし、響は小さくなったドーナツを置く。

 損傷を受ける機会は多かったものの、乗組員の奮闘や、修理のタイミングなどが功を奏し、終戦まで沈没をまぬがれた彼女だが、こうして意思を持った今、「生き残ってしまった」という後ろめたさを感じていた。

 上記のソロモン海戦に暁が沈み、雷は別日、敵潜水艦から雷撃され、看取られることもなく闇に消えた。そして終戦間際、電までをも目前で失う。この孤独を真に理解できるのは、同様に生き残った幸運艦であり、時雨と並び立つ存在――呉の雪風くらいであろうか。

 今度こそかける言葉は見失なわれ、しんみりとした空気が食堂にただよう。

 

 

「だったらさ、与えられるようになっちゃえばいいんじゃない?」

 

 

 それをいの一番に打ち破る声。

 すっかりドーナツを食べ終えた白露だ。

 

 

「昔のことは昔のこと。今はこうして、お菓子まで食べられるようにもなったんだもん。

 きっと何だってできる、何にだってなれるよ! そして、艦隊一の駆逐艦に、私はなるんです!!」

 

 

 立ち上がり、勢い良く天を指差す彼女の眼には、臆する気持ちなど微塵もなかった。

 純粋に自分の未来を信じ、疑うことを知らないような、一直線の宣誓。

 それは、目覚ましい効果をもって周囲に作用する。

 

 

「だって。負けてられないわよ、響?」

 

「うん、そうみたいだ。不死鳥の名は伊達じゃない、やれるさ」

 

「頼もしいね。僕も特訓とかしてみようかな」

 

「なら私もっ。一人でやるより、二人でやった方がずっと楽しいっぽい!」

 

「むむ……。わたしだけ仲間はずれも嫌ね……。よぉし、今度の出撃では、村雨のちょっといいとこ、みんなに見せたげるっ」

 

「おぅおぅ、その意気だよ! あたいたちが力を合わせりゃあ、それこそ千人力さ!」

 

「みんながんばって! 五月雨、影ながら応援しますっ。もちろん私も、一生懸命がんばりますから!」

 

 

 勢いづく七人の顔を確かめ、満足そうに白露はうなずく。

 どうやら彼女、ムードメーカーとしてもトップを目指しているようだ。結果も良好。先行きは明るいのかもしれない。

 食べるスピードまで加速させた夕立など、おまけにジュースを一気飲みしてしまうほどである。

 

 

「ぷはぁ。お腹いっぱい――ではないけど、大満足っぽい! じゃあ私、さっそくセットの準備してくるね~」

 

「よぉーし、私もとことん付き合っちゃうよー!」

 

「へ。まだやるの? 改二ごっこ」

 

 

 気合十分、再びステージへ向かう背中二つに、雷が声をかける。

 白露はそのまま、スキップしていた夕立がピタッと足を止め、後ろ歩きで時雨の背後に戻り、肩へ手を置いた。

 

 

「当然! だって時雨ちゃん言ってたでしょ、特訓したいって。今度は夕立がお手伝いっぽい?」

 

「………………え? いや、僕が言ったのはそれの事じゃなくてね。普通に演習とか、砲撃訓練とか……」

 

「いいからいいからっ。カラコンの色は? 背景は? 決めゼリフはカッコイイ系がいいっぽい? それとも可愛い系?」

 

「えぇえぇぇ」

 

 

 すでに食べ終えているのを確認すると、しぶる姉を無理やり立たせて背中を押す。妹の無垢な好意を拒めないのか、時雨は抵抗すらしていない。

 残る六人は顔を見合わせ、「しょうがないか」と苦笑い。フォローをするためにおやつタイムを切り上げ、全員で後を追う。

 ステージのそばでは、ズラリとカートに並んだコンタクトやアクセサリー類を、次の主役が訝しげに見つめていた。

 

 

「うーん……。こんなので眼の色を変えても、意味あるのかな……。これ、鎖……?」

 

「形から入るっていうのも良いんじゃないかしら。ほら、先に錨がついてるし、ちょっと悪女みたいに。どぉう? 村雨、アダルティに――あれ。ちょ、ま、絡まって取れないっ」

 

「あーあー、なにやってんだい、ったくもー」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 アクセサリーというよりは、小道具類だろうか。先ほど夕立が巻いていたマフラーやら、オープンフィンガーの革手袋やら、ゴツい鎖分銅(錨型)やら。他にも帽子やマントなどが揃っていた。

 そのうち一つを振り回してみた村雨だったが、うっかり身体へ巻きつけてしまい、網にかかった魚のよう。涼風、五月雨が救助に入る。

 姉妹たちの面白おかしい様子を眺めていた時雨は、付いたままの値札から、供給元が酒舗であると知り、どんな基準で商品を置いているのかを疑問に思ってしまうのだった。

 

 

「あ、そうだ。少し思い出したんだけど、僕たちって、本当に個性的な外見してるみたいだね」

 

「んえ? どういうこと時雨ちゃん?」

 

 

 唐突な発言に首をかしげる、デジカメを構えた白露。

 向けられた時雨は「恥ずかしいから」と顔を隠しつつ、理由をその話しだす。

 

 

「僕が提督に呼ばれた時、彼は驚いていた……というか、意外そうな顔をしていた気がして、後で理由を聞いたんだ。

 そうしたら、『自分が知っている時雨とは、見た目的に違ったから』と言っていたんだよ」

 

「あぁ。そういえば司令官から聞いたことあるわ。他のところにも私と同じ子はいるけど、顔立ちも違って、みんな黒髪みたい」

 

「白髪の響も、他にはいないようだね。少し、寂しい気がするかな……」

 

 

 雷たちの言に、それぞれが自分の髪をつまんだ。

 統制人格は、その肉体を構成する霊子を固着する際、主である能力者の影響を多大に受ける。

 万物に宿るとされた、不可視の架空物質・霊子。傀儡能力発現まで眉唾とされてきたが、長年の研究成果により、特定の波動――いわゆる、音で増幅・物理的性質を得ることが確認されていた。古来より、祭事において神楽や祝詞などが用いられたのは、このことを経験則的に学んでいたからではないか、とされている。

 しかし統制人格とは、鉄の塊である軍艦を動かすほどの、強大な干渉能力をもつ存在。実体化するには大掛かりな機械装置に加え、“呼び水”となる分御霊が必要なのだ。

 もちろん能力者から分かたれたものであり、そこから生まれ出でる彼女たちは、日本人然とした外見がほとんどなのである。夕立などの金髪ならまだ例はあるが、五月雨のような、人間に現れない髪色を持つ統制人格まで属する桐林艦隊は、ある意味、異常であった。

 

 

「それってつまり、夕立たちは2Pカラーっぽいってこと?」

 

「というより、オンリーワンだよ、オンリーワン! 一番とはちょっと違うけど、格好良いよね! いいなー。私、普通の茶髪だし。いっそピンクとか、赤とかに染めてみようかな」

 

「五月雨の髪とか、すげー綺麗だしねー。あたいと服も揃いで、嬉しいよ。こんなみば(見栄え)のいい制服、一人でなんか着られっこないしさ」

 

「そんなこと、涼風ちゃんも似合ってますよ? でも、ありがとう。嬉しいです」

 

 

 ゆらゆら。上機嫌に揺れる青い髪。

 よほど嬉しかったのか、五月雨は満面の笑みで準備に加わる。

 すると、両手に扇風機とスポットライトを持つ夕立が、うずうずした表情で時雨を急かす。

 

 

「ねぇねぇ時雨ちゃん。それはいいんだけど、どんなポーズ取るかとか決めた? 私、早く見てみたいっぽい?」

 

「撮影班・白露、とっくに準備はできてるよー!」

 

「背景画像も、スタンバイOKよ」

 

「BGMはお任せください!」

 

「う……。わ、分かった、やるよ……」

 

 

 レンズを覗く白露。いつの間にかキャッチ&リリースされ、ディスプレイの操作を担当する村雨。リモコン片手に選曲カタログを開く五月雨。

 あまり乗り気ではない時雨であったが、ここまでお膳立てされてはどうしようもなく、ため息をつきながら艤装を召喚した。

 

 

「あれ。コンタクトも、小道具も使わないのかい?」

 

「うん、このままで。早く終わらせたいし。注目を浴びるのは、苦手だよ……」

 

 

 響からの問いかけに、顔を赤らめる時雨。

 見ている分には良かったが、実際にこの場へ立ち、しかも決めゼリフを言わなければならないなんて、恥ずかしすぎた。

 戦闘中であればいざ知らず、特に気分も高揚していない状態では、罰ゲームと変わらない。

 そんな彼女を励まそうと、手の空いている涼風や雷が声援を送る。

 

 

「元気ないわね~。そんなんじゃダメよ? せっかく可愛いんだから、笑顔笑顔っ」

 

「そーそー……って言いたいとこだけど、夕立と違って落ち着いた雰囲気のがいいかもねー。

 背景は雨で、風無しのライト弱め。んで、しっとりした感じの曲でも流せば……。うんっ、これならいけるいけるぅー!」

 

「そう、かな。……ちょっとだけ、頑張ってみよう、かな」

 

「しっとりした曲ですね? ちょっと待ってください。えっと、えっと……」

 

「雨かぁ、確かにいい感じかも。ポチッとな!」

 

 

 村雨の操作で、ディスプレイに雨が降り始めた。スピーカーからは環境音も流れ出す。

 ほだされかけていた心へ雨音が沁み、時雨は徐々にスイッチを入れる。

 浮ついていた表情も落ち着き、やがて女優の顔へと。

 

 

「時雨ちゃん、心の準備はできたっぽい? それじゃあ、撮影開始っぽい!」

 

「さぁー、はりきって行きましょー!」

 

 

 それを感じ取った夕立が、どこから取り出したのかカチンコを構えて、白露の声でうち合わされる。

 しとやかなイントロが奏でられ、デジタルカメラも録画を開始。楽しい楽しい撮影会は、こうして始まった。

 近い将来。

 この映像が原因で羞恥に悶え苦しむとは、露にも思わないまま。

 そして――

 

 

「決めゼリフ、か……。本当の戦闘って奴を教えてやるよ、とか……」

 

「おっ? 木曾、いいじゃねぇかソレ。今度使えよ!」

 

「ぬぉあ!? て、天龍っ? いつからそこに居た!?」

 

「んなことはどうでもいいだろ。なぁなぁ、オレたちの改二ってどんなだろうな? オレはやっぱ防空巡洋艦か? けどそうなると打撃力がなぁ」

 

「む。難しいところだな。まぁ、俺は順当に雷巡だろう。どんな姿になれるか……」

 

「あら~。二人とも仲良しね~。こういうのも類友って言うのかしら~」

 

 

 ――密かに様子を見守っていた三人の少女まで、土産のチュロスをかじりながら「オマエも剣持てよ」「いや使い所がないだろう」と、改二予想図談義に花を咲かせるのだった。

 どんとはらい。

 

 

 

 

 




「……なぁ、暁? そろそろ機嫌直してくれないか」
「別に、怒ってなんかないし。これが普通だし。お出掛けしたかったわけじゃないし。司令官しつこいです」
「あ~……。こ、困ったな~。次の任務では、君を旗艦に指名したかったんだけどな~。
 来る予定の新人軽巡たちを、“先輩”として指導してあげて欲しかったんだけどな~。暁にしか頼めないんだけどな~」
「……っ! しょ、しょうがないわねっ。そこまで言うなら、特別に行ってあげてもいいけど?
 まったくもう。こんなに頼りにされちゃうなんて、困っちゃうわ。……ぇへへ。先輩。ぅふふ」
(喜んでる。めっちゃ喜んでる。頭なでくりまわしたい)

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