新人提督と電の日々   作:七音

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番外編 舞鶴遠征隊と横須賀艦隊

 

 

 

 

 

「……提督さん。本当に、やるんですか?」

 

 

 不安に駆られ、鹿島は桐林へと問いかける。

 大海原を臨む舞鶴鎮守府の護岸。

 陽光が反射し、眩しく輝く水平線を見つめながら、彼は一切の迷いなく答えた。

 

 

「先の作戦の成功で、上の空気は緩んだ。実行するなら今しかない」

 

「それは理解できます。ですが、装甲空母とイタリア国籍艦、全七隻の同時励起なんて……」

 

 

 桐林の視線から、わずかに逸れた先。

 鎮守府正面海域の中程では、合計七隻の軍艦が、正確な七角形を描いて停泊していた。

 先に明石が建造したリットリオ、ローマ、ザラ、ポーラ、リベッチオ、アクィラ。そして、日本海軍が唯一完成させた装甲空母──大鳳である。

 これらに加え、七隻を囲むようにして雲龍型航空母艦が三隻。極大の三角形を描いている。励起の失敗確率を少しでも下げるための、魔術的配置だ。

 

 しかし、七隻同時の励起など、世界的にも今までに類を見ない試みである。

 これだけの準備を整えたとして、成功するかどうかは疑わしかった。

 二隻同時程度なら当たり前で、失敗しても特にデメリットのない励起であるが、これ程の大規模励起となれば、何か反動があっておかしくない。鹿島はそれが気掛かりなのだ。

 けれど、その心配をおして尚、実行したい理由が桐林にもあった。

 

 

「無茶は承知だ。だが、この励起が成功すれば、舞鶴の航空戦力は一応の完成を見る。これからを考えるなら、上の都合に付き合っている暇はない」

 

 

 桐林舞鶴艦隊に掛けられた編成制限は、無期限のものである。

 いつか解除される可能性もあろうが、戦況は予断を許さない。

 仮称・重巡棲姫を撃破したからこそ、敵は桐林たちを差し迫った脅威と認識しただろう。戦力の増強は急務だ。

 しかしながら、正式な認可を受けていない励起でもある。

 間違いなく梁島が口を挟んだであろうが、今日は舞鶴を留守にしている。

 加えて、未励起の船を動かす理由として、メディア向けのスチル撮影を行うと申請もしているため、横槍が入る心配はない。

 

 その結果として、上層部から今以上に睨まれる事になるはずだが、それへの対抗策も同時進行している。

 問題は発生するが、励起は出来る。

 己の講じた策を信じ、従順な飼い犬としてでなく、命を刈り取る猟犬として力を蓄えるべきなのだと、確信していた。

 人間同士の小競り合いに付き合って、人外の敵との戦いに負けるなど、愚の骨頂だ。

 

 力強い言葉に、もはや止める手立てはないと悟ったのだろう。

 鹿島は溜め息をこぼし、けれど、いつになく真剣な表情で桐林を見つめる。

 

 

「……分かりました。

 でも、提督さんの身が危ないと感じたら、私は止めに入ります。

 第二秘書官として、これだけは譲れません」

 

「ああ。頼む」

 

「では、香取姉の所へ戻ります」

 

 

 敬礼し、鹿島は踵を返した。

 各艦に搭載された増震機を、調整室から遠隔操作しているはずの、香取の元へ向かったのだろう。

 その足音が聞こえなくなってから、桐林は右眼を閉じ、遠く海の上に居る雲龍たちへと意識を飛ばす。

 

 

「雲龍。天城。葛城。準備はいいか」

 

 

 俯瞰する鳥の視点から、一気に急降下。

 錨を降ろし、停泊する空母の姿が見えてくる。

 その上に立つ少女たちは、普段とは違う、煌びやかな装飾の巫女服に身を包んでいた。

 

 

「問題ないわ」

 

「い、いつでも行けます!」

 

「私たちに任せておきなさい。絶対に成功させてあげるんだからっ」

 

 

 甲板に特設された神楽殿の上で、静々、淑やかに、溌剌と。

 三者三様の意気込みを見せる姉妹は、桐林の励起に合わせて祝詞を挙げる役割を担う。

 七角形と三角形の、西洋魔術に則った魔方陣の配置。

 日本伝来の祈りの言葉。

 普通の人間なら何も効果を得られないが、能力者と統制人格が執り行ったなら、霊子の流れを気休め程度に整えられる。これも万全を期する為である。

 

 三人の姿を確認し終えた桐林は、まぶたを開けて深呼吸。精神の統一を計る。

 と、遠方からエンジン音が近づいて来た。

 振り向けば、護岸のすぐ側に上陸用舟艇──大発動艇が停泊する。

 操っているのは和装を纏う美女、瑞穂である。

 

 

「提督。お待たせ致しました」

 

「ああ。行こう」

 

 

 桐林を乗せ、大発動艇が離岸。七角形の中心へと向かう。

 仁王立ちする彼の周りでは、これでもかと使役妖精たちが暴れ回っているのだが、気付いていないのかそうでないのか、無反応だった。

 瑞穂が「どうしたものかしら」と悩んでいるうちにも船は進み、程なく励起対象艦が見えてくる。

 内側へ艦首を向ける七隻の間を通り、七角形のほぼ中央で、瑞穂は大発動艇を停め、錨を下ろす。

 

 

「提督。指定の位置に到着いたしました」

 

 

 瑞穂に無言で頷き、桐林が眼帯を預けた。

 しばらく両のまぶたを閉じたまま、微動だにしない彼だったが、やがて意を決したように左眼だけを開く。

 

 

「──っう!」

 

「提督っ!?」

 

 

 途端、手で左眼を覆い、崩れ落ちる桐林。

 眼を覆う左手の隙間から、紅い光が漏れていた。

 瑞穂が慌てて駆け寄ろうとするも、しかし彼は右手でそれを制する。

 フラつきながら立ち上がり、背筋を伸ばす桐林の左眼からは、もう光は漏れていない。

 ただ、異形の瞳孔が蠢いているだけ。

 

 

「これより、大規模励起実験を開始する。用意」

 

 

 桐林が意識を“啓き”、雲龍、天城、葛城、そして香取へと呼び掛ける。

 短く「はい」と、四人の声が脳裏で響いた事を確認し、彼は右手を高く掲げた。

 

 

『 ひふみ よいむなや こともちろらね 』

 

 

 ゆっくり、時間をかけて謳いあげるよう、雲龍たちがひふみ祝詞を唱え始める。

 同時に、励起艦に搭載された増震機を香取が起動。七隻分の重振動は共鳴し合い、大きな波のうねりとなって大発動艇を上下に揺さぶった。

 

 

『 しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか 』

 

 

 そんな中、桐林が右手を徐々に下ろす。

 するとどうだろう。荒れ狂っていた海面が、見る間に静けさを取り戻していく。

 加えて、二人しか居なかったはずの大発動艇の上に、人を象る光が生まれた。

 

 

『 うおゑ にさりへて のますあせえほ 』

 

 

 一人、また一人と。

 桐林と右手を重ねるようにして、ヒトガタが七人。

 成熟した女性を象るものが居れば、年端のいかない少女を象る場合もあった。

 ディテールは不明瞭だったが、それもすぐにハッキリとし、励起が完了する直前の、特徴的な高音が世界に満ちる。

 そして。

 

 

『 れ け ん 』

 

 

 人を象る光が弾けた瞬間、桐林の意識は暗転した。

 右手に暖かな体温と、急に騒がしくなる空気を感じながら、桐林は沈んでいく。

 底の見えない、深い闇へ……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 時を遡り、時津風、天津風を始めとする水雷戦隊が、舞鶴鎮守府を出発して数日後。

 晴天の広がる横須賀鎮守府、その桐林艦隊へと割り当てられた港湾施設では、数多の船がごった返していた。

 横須賀に属する桐林の傀儡艦と、横須賀へやって来た舞鶴所属の傀儡艦たちである。

 広大な母港が手狭に感じられるほどであるが、人影は逆に少なく、舞鶴の艦隊の側でたむろする少女たちの姿がとても目立つ。

 

 

「んぁー、やぁーっと着いたぁ……。時間かかり過ぎぃ……。疲れた疲れたぁー」

 

 

 白いワンピースセーラーに黒いパンスト姿の少女──時津風は、大きく伸びをした後、ぐでーっと猫背になる。

 傍らの黒いワンピースセーラーを着る少女──天津風は、対照的にピンと背筋を伸ばし、彼女を窘めた。

 

 

「だらしないわよ、時津風。私たちは舞鶴の代表なんだから、もっとシャキっとしなさい」

 

「えぇー? そんなこと言われても、巡航速度で丸々二日ちょっとだよー? ダレるに決まってるよー」

 

 

 舞鶴から横須賀まで、大雑把に計算して八百五十~九百海里。十八ノットで五十時間をかけ、彼女たちは横須賀へやって来た。

 本州を南回りに進んでいる間、やる事といえば、念話でしりとりをするか、対横須賀戦のイメージトレーニングをするか、たまたま擦れ違った漁船の漁師に手を振るか、ぐらいだった。精神的に疲れもしよう。ちなみに、漁師の方々には物凄く喜ばれた。

 ともあれ、そんなこんなで横須賀へと辿り着き、保安員の案内で艦を停泊させた後、横須賀艦隊の迎えを待つため、一箇所に集まっている訳なのだ。

 敷地に余裕がある舞鶴と違い、資材コンテナやら何やらで、せせこましい印象を与える港を、各々、物珍しそうに眺めたりしている。

 

 

「なぁーんか、舞鶴に比べると、すっごくゴチャゴチャしてるかも……。あ! みんなみんな、お出迎えの人が来たかも!」

 

 

 自分たちの方へ歩いてくる人影を見つけた艦隊旗艦、秋津洲が、舞鶴勢に手を振って整列を促す。

 軍艦だけあってその辺りの行動は早く、秋津洲を除いた五人・六人の複横陣がすぐさま完成した。

 近づいてくる横須賀勢も結構な人数であり、中でも先頭に立つ三人──時津風とほぼ同じ格好をした少女と、双子のように似たセーラー服の少女たちは、横並びに横断幕を掲げていた。

 

 

「舞鶴の皆様!」

 

「おいでませ横須賀!」

 

「なのです!」

 

 

 その三人。雪風、雷、電の後ろには、空母に改装された千歳、千代田。白露型駆逐艦や、朝潮型駆逐艦、妙にソワソワした様子の島風などが続いている。

 大人数の出迎えに、代表して秋津洲が敬礼で答えた。

 

 

「桐林舞鶴艦隊所属、水上機母艦の秋津洲です! お招き頂き、誠にありが──」

 

「時雨姉さ~ん! 夕立姉さ~ん!」

 

「って春雨ちゃん!? まだ挨拶の途中かもぉ!?」

 

 

 ……のだが、挨拶が終わる前に飛び出していく少女が一人。白露型五番艦、春雨だ。

 両手を前に駆け出す彼女を、名前を呼ばれた二人が迎える。

 

 

「春雨ちゃん、久しぶりっぽい~」

 

「元気だったかい?」

 

「はい! 春雨はとっても元気です!」

 

 

 三人は手を取り合い、輪になってその場でグルグルと飛び跳ねている。

 いかにも女子らしく、実に楽しそうな三人を、しかし白露型の長女である白露は恨めしそうに見つめた。

 

 

「ちょっとぉ! 二人ともズルいー! 今度こそ私が一番に挨拶するつもりだったのにぃー!」

 

「はいはい、怒らないの。 春雨ちゃん、横須賀へようこそ」

 

「あ、白露姉さんに、村雨姉さん、ですよね? ずっとお会いしたかったですっ。それに、五月雨ちゃんと涼風ちゃんも!」

 

「五月雨もお会いしたかったですよ! 春雨姉さん!」

 

「お、ありがたいねぇ。あたいの事も忘れないでくれるたぁ、嬉しいよっ」

 

 

 村雨、五月雨、涼風も春雨の側へ集まり、溢れんばかりの笑顔で談笑し始める。

 すると、朝雲と山雲の二人も、横須賀の朝潮型たちの元へ歩いて行き、何やら挨拶を始めて。

 

 

「なんか、勝手に親交が深まってるねー。仲良し仲良しー」

 

「ううう……。格好良く決められるかも、って思ってたのにぃ……」

 

 

 ガックリ。肩を落とす秋津洲を、時津風がのん気に慰めた。

 逆らうつもりはないのだろうが、従わせるには威厳が足りていないようである。

 しかし、逆に親近感は与えられたらしく、千歳型姉妹は秋津洲に笑いかける。

 

 

「うふふ。賑やかで楽しいじゃないですか」

 

「そうそう、鎮守府は違っても仲間なんだから。堅苦しいのはナシナシ」

 

「あ、ありがとうございま……。ううん、ありがと! 千歳さん、千代田さん」

 

 

 元は同じ水上機母艦同士という事もあってか、こちらでも順調に親交が深まっていく。

 軍記に則ると、良くないのかも知れない。

 けれど、これが“彼”の艦隊らしさでもあるのだろう。

 と言いながら約一名、睨みつけるような視線を天津風に向ける、露出“強”な少女も居るのだが、千歳はあえてそれを無視し、柏手を打って皆の注目を集めた。

 

 

「皆さん。舞鶴からの長旅、大変お疲れ様でした。演習は明日に予定されていますが、それまでの間、どうぞゆっくりと身体を休めて下さいね」

 

「食事会とかの準備もしてるから、楽しみにしてて! さ、移動するよー!」

 

 

 千歳型姉妹は、どこからか小さな旗を取り出し、さながらツアーコンダクターの如く、皆を引き連れて歩き出す。

 相変わらず白露型がキャピキャピと姦しく、朝潮型たちは大潮を除いて控えめに談笑を続けている。

 それらのグループから外れている時津風は、「そろそろいーかな?」と、同じ背丈、同じ服装の姉妹艦、雪風の隣へ。

 

 

「ねーねーねー。雪風、だよね?」

 

「あ、はい。陽炎型八番艦、雪風です! 時津風ちゃん、ですよね?」

 

「うん、そーそー。ふへ~……ほぅほぅ……」

 

「な、なんでしょう?」

 

「ん? やっぱ似てるなーって」

 

 

 歩きながらも、雪風の周りをグルグル。しっかり全方位から観察した時津風が呟く。

 正面から二人を比べると、髪型や細かい装飾、表情など、様々な違いを見つけられるが、やはり似ていた。

 姉妹艦なのだからある意味当然、けれど感じ方は人それぞれでもある。

 呟きを重く受け止めた電が、同じく双子のような姉妹を持つ者として問いかける。

 

 

「時津風ちゃんは、そういうの気にしちゃいます、か?」

 

「ぜーんぜん。アタシはアタシ。雪風は雪風だし。でも……」

 

「……?」

 

 

 

 時津風は全くもって平然と、あるがままを受け入れているようだが、その言葉尻には不安が宿っていた。

 小首を傾げつつ、電がその視線を追うと、そこにはまた双子のような少女たちが居た。

 金髪。露出度の高い白のセーラー服。

 銀髪。黒のワンピース型セーラー服。

 とてもよく似ているのに対照的な、島風型一番艦と、陽炎型九番艦が。

 

 

「貴方が、天津風……?」

 

「……そうよ」

 

 

 意を決したような島風の声に、天津風は足を止める。双方とも表情が硬い。

 島風からは極度の緊張が伺え、天津風からは警戒心が読み取れる。

 あれ程の熱視線を受けていた上での対面だ。警戒するのも仕方ないのであろうが……。

 

 

「わたし、言いたい事があります!」

 

「な、何よ」

 

 

 前のめり気味な宣言によって、二人の緊張はさらに高まってしまう。

 雷と電、そして時津風以外、この事態に気付いておらず、どんどん先に進んでいる。

 一触即発とも言える雰囲気が漂っていた。

 

 

「お……おっ……おぅ……っ」

 

 

 顔を伏せ、肩を細かく震わせながら、島風が何か言おうとして。

 あまりの力の込めようが、言わんとする内容を天津風に想像させる。

 

 お友達になりましょう。

 お前なんか認めない。

 オレサマ オマエ マルカジリ。

 

 なんだか妙なのも混じったけれど、とにかく覚悟はしておくべき。

 そう考え、天津風は心を固く閉ざさんと身構える。

 が。

 不意に身体身体力を抜いた島風は、頬を染め、上目遣いにこう言った。

 

 

「……お姉ちゃん、って。呼んでもいい……?」

 

 

 どきゅーん。

 と、心臓を撃ち抜かれたような衝撃が、天津風に襲い掛かる。

 不思議な事に、誰に聞こえるはずもないこの幻聴、周囲で見守っていた三人の耳にも届いていた。

 というより、あんな破壊力の高い告白をされては、たまったものではないだろう。

 現に天津風も一度、立ち眩みしたようにフラッと倒れかけ、すんでの所で踏み留まり、必死に平静を装っている真っ最中なのだから。

 

 

「べ、別に、構わないわ。……島風」

 

「ホント!? やったーっ! あのね、あのね、この子は連装砲くんっていってね。あ、後で駆けっこしよ!」

 

「わ、分かったわ。分かったから、落ち着きなさい。後でね」

 

「うん、絶対ね! じゃあ、先に行ってるね、お姉ちゃんっ!」

 

 

 髪をかき上げ、クールさを演出する天津風の前で、島風は無邪気に飛び跳ねて喜ぶ。

 どこからともなく連装砲くんまで呼び出し、もう大はしゃぎである。

 そんな、慌ただしい妹分を見送り、数秒。

 時津風の生暖かい視線を受ける天津風は、またワザとらしく髪をかき上げ。

 

 

「ふう……。可愛らしい子じゃない。変に構えて損しちゃったわ」

 

「天津風ー。鼻血鼻血、出てる、めっちゃ出てるよー」

 

「わっ、大変じゃない! はい、ティッシュよ、使って!」

 

 

 大量の鼻血で口元を染めるのだった。

 こうして、天津風は妹萌えの真理を体得した。

 ちなみに、雷の差し出したポケットティッシュを丸々使っても、鼻血は止まらなかったそうな。

 恐るべき島風の妹力である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 所変わって、横須賀鎮守府は桐林艦隊宿舎。

 待機中の横須賀勢との顔合わせを終えた舞鶴勢は、歓迎会と称した立食パーティーに参加していた。

 時間的にも昼飯時なので、混雑した大衆食堂のようになっている。

 どうやら、舞鶴勢は幾つかのグループに分かれて行動しているようだが、その中の一つ──初春型と清霜、早霜が集まったグループは、綾波型駆逐艦姉妹と話し込んでいた。

 

 

「うっわぁー! すっごく美味しそー! これ、ホントに清霜たちが食べて良いの!?」

 

「モチのロンで御座いますよ。鳳翔さん方お手製の料理、ホッペが落ちてマントル貫通を保障いたします!」

 

「大げさに言い過ぎでしょ……。鳳翔さんの料理で地球がヤバくなるじゃない。まぁ、美味しいに決まってるけど」

 

 

 パスタや揚げ物、炊き込みご飯や手毬寿司、サラダにサンドイッチなど、ビュッフェ形式の定番とも言える料理を前にして、清霜が目を輝かせた。

 それに対し、何一つ手伝っていない漣が得意げな顔で胸を張り、呆れた曙が突っ込んでいる。けれど、どこか誇らしげなのは同じだった。

 鳳翔を始めとした空母たちと妙高型の四姉妹に加え、金剛型の四人──違った。三人が用意した数々の品は、もう見るからに食欲を刺激してくれる物ばかりだ。

 胃を刺激されたのは皆も同じで、さっそく舌鼓を打っている。

 周りから一歩引いた立ち位置を好む早霜も例に漏れず、榛名お手製のエビフライでご満悦である。

 

 

「美味しい……。間宮さんの料理に、負けずとも、劣らないわ……」

 

「気に入ってもらえたなら、良かったです。いつか舞鶴へ行けるようになったら、噂に聞く間宮さんのお料理、食べてみたいです」

 

「……ええ。きっと叶うわ、潮さん……」

 

「はいっ」

 

 

 隣に居た潮が、ホッとした様子で早霜と微笑み合う。

 引っ込み思案な潮にとって、しっとりとした雰囲気の早霜は、話しかけやすい相手として映ったようである。

 実際のところ、「この子も拗らせたら面白そう」とか考えていたりするのだが、知らぬが仏か。

 そんな二人の背後では、優雅な手つきで手毬寿司・祥鳳作を摘む初春が、綾波と交友を深めていた。

 

 

「にしても、これが横須賀の宿舎かや。随分、こじんまりしておるのう。これはこれで良いが」

 

「え? 舞鶴はもっと大きいんですか?」

 

「そうなんですよ、綾波さん。舞鶴では、庁舎と宿舎が一体化しているので、必然的に大きくなったんだそうです」

 

「へー。やっぱ色々と違うんだねー。ほい、初霜。これ食べなよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うむ。敷波よ、お主は気がきくのう」

 

 

 初霜が詳しい事情を説明すれば、敷波が料理を取り分けながら相槌を打つ。

 横須賀の宿舎と舞鶴の庁舎を比べると、おおよそ三倍~四倍の差がある。

 執務に関連する部屋や、横須賀にはない施設が併設されているのが大きな一因であろう。

 しかし、こうした学生寮のような雰囲気は舞鶴に無いものであり、初春はそれを羨ましくも感じるのである。

 その後も、物欲しそうなオスカーを綾波主導で可愛がったり、和やかに交流していた統制人格たちだったのだが、何気なくを装った曙の発言で、空気は一変した。

 

 

「ところでさ、清霜。……アイツは、どうしてるのよ」

 

「ふぁ? アイツって?」

 

「クソ提督よ、クソ提督! どうせ向こうでも情けない顔して、だらしなく過ごしてるんでしょうけど!」

 

 

 翔鶴謹製の野菜コロッケを頬張っていた清霜が、表情を凍らせる。

 いつも通り悪態をついただけの曙は、豪快に羽黒特製のかき揚げへと齧りついていて、彼女の変化に気付いていない。

 清霜は取り皿をテーブルへ静かに置き、数秒顔を伏せてから、硬さを宿す声で返事をした。

 

 

「知らない」

 

「は?」

 

「清霜の司令官は、格好良くて、頼り甲斐があって、厳しいけど優しい人だもん。

 だから、情けなくてだらしないクソ提督なんて人、知らないもん!

 知ってたとしても、誰かの事そんな風に言う子には、ずぇーったいに、教えない!」

 

「……はぁぁあああっ!?」

 

 

 思いがけず、真っ向から怒りをぶつけられ、曙の顔が驚愕に歪む。

 清霜は怒っていた。

 横須賀ではさして珍しくもなく、存在しても問題のなかった、曙を始めとする口の悪い統制人格は、舞鶴にはほぼ存在しない。

 多少反抗的な態度を取る者も、「あ、提督(あなた)の事を気にかけてる訳じゃないんだからね!?」と、教科書通りにツンデレる葛城程度だったため、侮辱されたようにしか聞こえなかったのである。

 

 加えて、曙の物言いを好ましく思わないのは清霜だけでなく、舞鶴勢のほとんどがそうだった。

 遠方で千歳たちと居た秋津洲などを除き、耳に届いた者は曙へ鋭い視線を送っている。例外は、睨み合う二人を見てオロオロしている初霜くらいか。

 集まる視線を感じ、一瞬たじろぐ曙だが、素直に謝れる性格であれば、そもそもあのような言い方をしない。

 引くに引けず、彼女は底意地悪く清霜を揶揄する。

 

 

「なぁに? アンタまさか、クソ提督のこと好きなの? 趣味ワル~」

 

「な、あ、すっ!? ……すすす、好きで悪い!? し、司令官だって……。清霜のこと、好きだって言ってくれたんだからっ!」

 

「え」

 

 

 ビシリ。

 今度は曙の表情が凍りつく。いや、曙だけではない。

 大声量の爆弾発言により、食堂全体の時間が止まってしまう。

 横須賀時代の桐林は、統制人格を褒める事は多々あれど、好きだの愛してるだのという言葉を、軽々しく使わなかった。

 電ですら面と向かって言われた事のない言葉を、清霜は貰っている。

 その事実に反応したのは、清霜と相対する、熱しやすい性格の曙──でなく、すぐ側に居た敷波と、どこからともなく現れた祥鳳、瑞鳳の三人だった。

 

 

「ちょおっとその話ぃ……」

 

「詳しくお聞かせ願えますか……?」

 

「ふぇ!? え、ええっと、あのあの……」

 

「私も興味あるなぁ……。卵焼きあげるから、ぜひ教えて?」

 

「ぁわわわわ……」

 

 

 敷波に右肩、祥鳳に左肩を掴まれ。

 そして、卵焼きの乗った皿を持ってニョキっと生えた──ように見える──瑞鳳に前を塞がれ、清霜が顔面蒼白となる。

 三人とも笑顔なのだが、笑顔なのが怖い。

 逃げようにも逃げ道はなく、卵焼きの香ばしい匂いに「あー美味しそうだなー」と現実逃避するしかなかった。

 

 と、そんな時。

 まさしく天の助けとなる声が、清霜の背後から掛けられる。

 

 

「コラ! 何をしている、お前たち!」

 

「うっ。な、長門さん……」

 

「あ、あのですね。これはその、清霜さんとお話ししていただけで……」

 

「そ、そうそう! 卵焼きのお代わりのついでに、ちょっとだけ雑談を……」

 

「そうは見えんから割って入ったのだ、全く。同じ提督に付き従う仲間同士ではあるが、親しき仲にも礼儀あり、だぞ」

 

『はぁい……』

 

 

 暴走する三人を叱りつけたのは、長髪長躯の麗人、戦艦 長門であった。

 横須賀では新参の部類に入る彼女だが、滲み出る威厳から御意見番的な役割を担っている。

 こうして窘めるのもその一環であり、三人はショボくれつつ、清霜に「ごめんなさい」と頭を下げて離れて行く。

 

 

「済まないな、清霜。あの三人も、提督と長らく会えていないからな。色々と鬱憤が溜まっているんだ。許してやってくれ」

 

「い、いえいえ。問題ない、です。はい……。ぅわあ……。本物だぁ……!」

 

「ん……? なんだ……?」

 

 

 

 改めて長門が謝罪すると、清霜は慌てながら両手を振り、次いで眼をキラキラ輝かせる。

 憧れに近い感情を抱いていた相手が目の前に居て、しかも会話を交わしているのだ。無理もない。

 それを知らない長門は少し戸惑っているようだが、悪意からの熱視線ではない事が一目瞭然なので、咎める気はないようである。

 

 

「う~ん、鳳翔さんの炊き込みご飯、おっいしーい! 子日、お代わりするー! ……あれ? みんな、どうしたの?」

 

 

 唐突で元気一杯な、お代わり宣言。

 周囲の視線を一身に集めたのは、本当に我関せずと食事を続けていた子日だった。

 無駄口が嫌いな若葉も、流石に溜め息をつく。

 

 

「ある意味、ありがたいな。お前の空気の読めなさは」

 

「はえ? なんだか褒められたー!」

 

「……もうそれで良い」

 

「あははー」

 

 

 無邪気に笑う子日の声が、今度こそ険悪な雰囲気を一掃した。

 場の空気も和らぎ、皆、ついさっきの出来事をなかったかの如く振る舞う。

 愕然と清霜を見つめる曙と、彼女を支えるように寄り添う、朧を覗いて。

 

 

「曙。落ち着いた?」

 

「べ、別に、誰も動揺なんてしてないわよ」

 

「なら、いいけど。……我慢、しないと。ね」

 

「だから、アタシは別に……」

 

 

 普段なら怒り出しそうな、子供をあやすような扱いを受けても、やはり曙に覇気はない。

 曙自身も驚いているのだ。清霜の言った言葉に、自分がこれほど衝撃を受けた事に。

 色々あって離れ離れになったが、清霜の様子を見る限り、桐林は統制人格に想われる、変わりない生活を送っていると思える。良いことだ。

 けれど実際、胸を締めつけられたような息苦しさを感じていた。

 こんな事は初めてだった。予想もしていなかった。

 今ほど寂しさを強く感じた事は、なかった。

 世界が色褪せて見える。

 

 

「そういえば、朝雲たちはどこへ行ったんだ? 姿が見えないが」

 

「ああ、あの二人なら、姉妹艦を探して港の方に行ったわよ」

 

「ん、そうなのか」

 

「ご飯は鳳翔さんに取り置きして貰っているので、安心してくださいなのです」

 

 

 そんな時、若葉がふと、知った姿が見えない事に気付く。

 舞鶴の数少ない朝潮型駆逐艦の二人、朝雲と山雲が居なくなっていたのだ。

 雷と電がその疑問に答えれば、なるほど、としきりに頷き、加賀の不本意な得意料理である焼き鳥の消費に戻る。

 以降は特に何事も起きず、他の横須賀勢との顔合わせを交え、楽しい食事会は長く続いた。

 少なくとも、表面上は穏やかに。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 再び場所を変え、桐林艦隊に割り当てられた乾ドック。

 連れ立って歩く朝潮型の七名は、入渠中の残り一名に会うため、食事会を後回しに歩き続けていた。

 

 

「ふーん、そっか。まだ夏雲と峯雲は、こっちにも居ないのね」

 

「ええ。そうなるわ」

 

「いつか会えると良いわよね~」

 

 

 朝雲が呟くと、先頭を進む朝潮は胸を張って答え、やや後方の荒潮がのんびりと微笑む。

 朝潮型に分類される駆逐艦は、朝潮、大潮、満潮、荒潮、朝雲、山雲、夏雲、峯雲、霰、霞の全十隻。

 そのうち六隻が横須賀に在籍し、舞鶴には二隻が在籍している。

 ここに含まれない夏雲と峯雲が、桐林不在の間に励起待ち艦として解放されているのでは? と朝雲は尋ねたのだが、返答は上記の通りだった。

 少しばかり残念にも思ったけれど、桐林が舞鶴を動けない今、励起するにも色々と大変なのだから、これで良かったのだろう。朝雲はそう思う事にした。

 

 

「それでぇ~、霞ちゃんは近海警備に行ってたのよねぇ~」

 

「うん、そう! ちょーっと怪我しちゃったけど、もう治ってるはずだよ!」

 

 

 今度は山雲が、間延びした調子で確認。大潮が溌剌と肯定する。

 現在の桐林横須賀艦隊は、鎮守府近海の警備や船団護衛、各種資源の輸送、他能力者艦隊への航空支援や遠距離砲撃支援などを主な任務としている。

 桐林の指揮下にないため、大規模な活動を制限されているからであるが、その確実な仕事ぶりは評価されていた。

 霞は今回、利根、筑摩、長良と共に近海警備の任に就き、安全領域内へと深海棲艦が侵入しないよう目を光らせていたのだが、偶然にも敵の小規模水雷戦隊と遭遇。

 交戦した結果、敵を撃滅せしめたものの、霞の船体は軽微な損傷を受け、現在修復中……という訳である。

 名誉の負傷といっても良いのだろうが、しかし、一番後ろを歩いていた霰は、悲しげに眉を伏せた。

 

 

「でも……。あの事件が起きてから、霞は……」

 

 

 気掛かりなのは妹のこと。

 確実に治せる身体の傷でなく、深さを計ることすら難しい、心の傷。

 その原因に心当たりがあった山雲は、あえていつもの調子で問い掛けてみる。

 

 

「あの事件ってぇ~、舞鶴事変のことぉ~?」

 

「それ以外にないでしょ。……霞は、変わってしまったわ。悪い意味で」

 

 

 会話を継ぐのは満潮。霰の隣で、肘を抱きかかえて天を仰ぐ。

 とても不穏な言い方だったが、何故そのような言い方になったのか、理由はすぐ判明した。

 眼前に艦影が見えてきたのである。

 修復を終えたのか、撤去されていく工作機械を傍らで見守る、少女の姿も。

 

 

「誰。何か用」

 

 

 その少女──霞は振り向かなかった。

 冷たい声音ではない。むしろ温度を感じない、平坦な声。空虚、と言っても良いだろう。

 自他共に厳しく、辛辣な言葉を使ってでも周囲を叱咤していたかつての面影は、どこにも見られない。孤独な背中だった。

 

 舞鶴事変ののち、桐林が横須賀へ戻らないと判明してから、霞はその在り方を変えた。

 少しでも深海棲艦と遭遇する確率のある任務に志願し、戦闘が勃発すれば常に矢面へ立ち、一隻でも多くの敵を沈めようとしていた。

 まるで、癒えない心の傷を、身体の痛みで誤魔化そうとしているかのように。

 

 朝潮たちがどんなに言葉を尽くそうと、霞はやめようとしなかった。

 いっそ出撃制限を掛けてもらおうと掛け合いもしたが、なまじ戦果を挙げ、練度が高まっている事が災いし、駄目だった。

 吉田元帥の穴埋めという形で、横須賀に移籍した間桐──吉田 皆人いわく。

 

 

『喪ったもんを何で埋めるかは当人次第。口出しして一旦やめさせても、納得してなきゃ意味がない。フォローだけして、あとは好きにさせとけ』

 

 

 もちろん朝潮たちは納得など出来なかったが、彼もまた、舞鶴事変で大切な人を喪っている。

 言葉には無視しがたい重さがあり、結局、言われた通りに戦闘のフォローをするだけ。もどかしかった。

 こんな現状を打破するため、藁にもすがる思いで朝雲たちを案内したのだが、その甲斐あったか、朝雲は全く物怖じせず、霞の隣へと立つ。

 

 

「朝雲よ。分からない?」

 

「……ああ。朝雲。久しぶり、になるのかしらね」

 

 

 見知らぬ少女にチラリと眼をやり、淡々と呟く霞。

 この二人、一時期は第九駆逐隊の一員として編成されていた過去がある。

 久しぶりという言葉を使って、なんら間違いはないはずなのだが、やはり言葉に感動は見られない。

 朝雲は片眉を釣り上げ、腕組みして数秒考えた後、背後で見守っていた山雲に目配せをした。

 すると、彼女は「りょうかぁ~い」と唇の動きだけで返事をし、固唾を呑む姉と妹たちに話を振る。

 

 

「そういえばぁ、朝潮姉ぇ? 横須賀の工廠ってぇ、どうなってるのぉ~? 山雲ぉ、見てみたいなぁ~」

 

「え? ……そうね。案内するわ。みんな、行きましょう」

 

 

 かなり露骨な誘導だけれど、朝雲たちの意図する所を察した朝潮は、皆を促してその場を去る。

 姉妹艦の足音が消えてしばらく経っても、二人は無言だった。

 何をどう話すべきか、朝雲自身迷っていたのだが、意外な事に、会話の口火を切ったのは霞の方だった。

 

 

「ねぇ、朝雲」

 

「何よ」

 

「アイツは、また無茶してない?」

 

 

 主語の曖昧な問いかけを、しかし朝雲は正確に理解した。

 間違いなく、桐林の事を言っている。それ以外にあり得ない。

 

 

「アイツ、すぐに無茶するから。本当は辛い癖に、見栄張って頑張ろうとしちゃう、馬鹿だから。みんな、迷惑してるんじゃない?」

 

 

 己が船体を眺めつつ──いや、その向こうにある何かを見るような遠い眼で、霞は続ける。

 顔に浮かんでいるのは、人形めいた無表情から一変し、苦虫を噛み潰したような、今にも泣き出してしまいそうな、悲哀に満ちた表情。

 誰もが慰めようと考えるであろう、悲しげな少女を前にして、朝雲は。

 

 

「ふう……。同じような事、言ってる」

 

「……え?」

 

 

 溜め息ついでに、こう言った。

 霞が思わず眼を丸く、小首も傾げる。

 その仕草が妙に可愛らしくて、朝雲は小さく笑う。

 

 

「前にね、聞いた事があるのよ。横須賀に居る姉妹艦の事を。その時に、霞の事も司令が言ってたわ」

 

 

 思い出すのは、朝雲が山雲と共に励起され、少し経った頃。

 自分たち以外の朝潮型の現在を桐林に尋ねる機会があり、彼はその時、昔を懐かしむように語った。

 

 朝潮は常に礼儀正しく、皆の模範となる優等生。

 大潮はとにかく元気で、周囲を明るくしてくれるムードメーカー。

 満潮は少し口が悪いけれど、本当は心配性な気配り屋。

 荒潮は大人びた言動が目立ち、大潮とは違ったタイプのムードメーカー。

 霰は引っ込み思案だが、意外と茶目っ気のある子。

 

 ここまでは楽しく聞いていた朝雲だったのだが、ふとある事に気づく。

 順番的に考えれば霰の前へ霞が来るはずなのに、霞を飛ばして霰の事を話した。

 それは何故なのか、率直に問い質してみると、桐林は右眼を細め、珍しく苦々しい表情を浮かべて。

 

 

『霞は、責任感が強過ぎる所がある。辛い事も、苦しい事も。自分の中で処理して、どうにかしようとしてしまう、悪い癖がある』

 

 

 だから、心配なんだ。

 と、彼は言いはしなかった。けれど、表情は確かにそう言っていた。

 今でこそ人となりを熟知し、軽口も叩ける間柄だが、当時の朝雲にとって桐林は近寄りがたい人物であり、だからこそ、この事が強く印象に残っていたのである。

 

 

「アイツが、そんな風に……」

 

 

 朝雲の話を聞き、霞は一瞬、虚をつかれたような顔を見せ、次に難しい顔で俯いた。

 様々な感情の入り混じった表情だ。

 喜びと、寂しさと、ほんの少しの怒りと……後悔。

 朝雲にはそう見えたが、間違いかも知れない。

 しかし、正しいかどうかなど、どうでも良かった。

 今はただ、この面倒臭い妹の仮面を、引っぺがす方が先決だ。

 

 

「ねぇ。貴方たちって、なんなの? こんなに長く離れ離れになってるのに、同じように互いを心配しちゃったりして。もしかして夫婦?」

 

「……は、はぁ!? だ、夫婦……はぁああっ!? な、なに馬鹿なこと言ってるのよっ!? あり得ないからっ!!」

 

 

 伏せられた顔を覗き込み、半眼の朝雲が脇を肘でつつけば、顔を真っ赤にして否定する霞。

 狙った通りの反応がまた楽しく、自然と朝雲に笑顔が浮かぶ。

 

 

「やぁっと素の表情が出たわね。いいじゃない、私、そっちの方が好きになれそう」

 

「……も、もう! なんなのよさっきから! 馬鹿にしてるの!?」

 

「してないわよー。弄ってるだけー」

 

「やっぱり馬鹿にしてぇ!」

 

「あははは」

 

 

 霞が拳を振り上げ、朝雲は大きく笑いながら逃げ惑う。

 再会したばかりとは思えないほど、楽しげに。

 二人の姉妹艦はじゃれ合い続ける。

 

 ──けれど。

 

 

(なんでだろ。私、笑ってるはずなのに。どうして、こんなに胸がモヤモヤしてるの)

 

 

 桐林と霞の間にある繋がりは。

 絆と称すべき想いは、朝雲の幼い心に、確かな波紋を刻みつけたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 視点を少しだけズラし、コンテナの影に隠れて朝雲と霞を見守っていた朝潮たち。

 だんだん近づいてくる怒声と笑い声を聞いた五人も、その明るさに笑みを零している。

 

 

「良かった……。霞があんな風に騒いでるの、本当に久しぶり」

 

「うんうん! 久々にアゲアゲな霞を見られて、大潮感激ですよ!」

 

「うふふ~。やっぱり~、霞ちゃんはああでないとね~」

 

「……うん。楽しそう……」

 

 

 霞の責任感の強さは美徳だが、自らを追い込むような最近の姿は、やはり見るに堪えなかった。

 どんな会話をしたのか定かでないけれど、これをきっかけに、彼女の背負うものが軽くなれば。

 そう願い、朝潮たちは二人の元へと駆けて行く。

 一人、山雲を除いて。

 

 

「ところでぇ~、さっきから盗撮してる重巡さぁ~ん? そろそろ出てきたらぁ~?」

 

 

 くるりと振り向き、誰も居ないはずの物陰に呼び掛ける山雲。

 当然のごとく沈黙が返るのだが、しばらくすると、観念したようにトボトボと歩み出る人物が。

 

 

「うう……。バレてましたか……。青葉、まだまだ精進が足りないようです……っ」

 

 

 ネックストラップ付きのカメラを構えるその少女は、御多分に漏れず青葉であった。

 実は青葉、朝潮たちが宿舎を出た時からずっと尾行しており、連れ立って歩く姿を余す所なく盗撮していたのである。しかも微妙にローアングルから。

 なんに使うつもりだと尋問したくなる所業だが、幸か不幸か、山雲はこの事実に気づいておらず、「初めましてぇ~」とニッコリ微笑む。

 

 

「そんな事ないですぅ~。山雲ぉ、ずうっと青葉さんとお話しするタイミングを探してましたしぃ~」

 

「ほう? それはなにゆえ?」

 

 

 面白そうな匂いを嗅ぎつけ、青葉の眼が光った。

 互いの存在は色んな手段で知る事ができたであろうが、歴史的な接点も少ない山雲が、重巡洋艦の青葉に興味を抱いた。もしくは、話をしなければならない理由を持っている。

 ジャーナリスト魂をくすぐられるシチュエーションだ。

 そんな青葉に対し、山雲は周囲を警戒しながら歩み寄り……。

 

 

「司令さんからぁ~……。極秘任務を預かってきましたぁ~……」

 

「司令官から……?」

 

 

 山雲以外、誰にも知らされていない機密事項を、青葉へ語り始めるのだった。

 その内容が明らかとなるのは、ほんの数週間後の事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなは、無事に着いたかな」

 

『はい。皆さん、少しお疲れのようでしたけど、無事にお迎えしたのです』

 

「そうか。……演習は明日、か。遠慮なく揉んでやって欲しい」

 

『もちろんなのです。司令官さんが大好きな清霜ちゃん相手でも、全力を尽くすのです』

 

「………………………………え?」

 

『なのです』

 

「……あ~……あれは、違う……そういう意味じゃ、なくて……」

 

『なのです』

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

『なのです』

 

「あ、明日から大規模励起の準備するから、これで失礼します……」

 

『なのです』《プツッ》

 

「……死ぬなよ、清霜……」

 

 

 

 

 

 






 しむしゅしゅしゅー!(戦果報告ー!) 我、2017年春イベを久々にオール甲で完全攻略せり!
 いやね、ぬるイベぬるイベと言われてましたが、筆者は普通にE-2で軽く沼りましたし、E-5では盛大に沼りましたよ。
 削り中は結構簡単に沈めてたのに、いざ割ろうとしたら、残りHP58の水鬼さんに雪風がカットインで15のカスダメ出したり、代打で入れた初霜は大破水鬼と大破ネ級の二択で、妖怪ソッチジャナイに二連続で惑わされたり、微妙に削りきれなかったり。
 大天使 速吸の洋上補給が無かったら、一体どうなっていた事やら。おかげで空母が大活躍しましたし、道中ダイソン並みに攻撃を吸ってくれました。
 第二旗艦で大破進軍してごめんね。そして超ありがとう。出番は近いよ。

 さてさて。今回のお話は、「天津風、妹萌えに開眼」「清霜、ラブ勢にケンカを売る」「山雲、青葉と何やら企む」といった感じでした。
 余談ですが、春雨ちゃんは白露たちと一緒に足柄の豚カツon the 金剛の英国式カレー をキャイキャイ騒ぎながら食し、天津風や時津風は妙高の豚汁+飛龍&蒼龍の肉じゃがを味わっています。筆者も食べたい。
 本当はこれに鳳翔さんの話とか、舞鶴潜水艦隊の話をくっつける予定だったんですが、イベクリア後からリアルがまた忙しくなってしまい、断念せざるを得ませんでした。
 つってもボツにはしませんので、近いうちにお目に掛ける予定です。ちょっとだけ待ってやって下さい。
 それでは、失礼致します。

※追記 ちとちよは空母に改装済みでした。久しぶり過ぎてすっかり忘れちゃってました。超ごめんなさい。何かお詫びを考えるから爆撃は勘弁して。
    GAU様、ご指摘ありがとうございました。取り急ぎ、修正だけさせて頂きます。

「ふう……はあ……。ううう、やっぱり、緊張しちゃいますね……」
「もー、さっきからそればっかりだよー? 私たちを率いる潜水母艦なんだから、もっと堂々としてくれないと!」
「別の部分は、とても堂々としていますけど。アハトアハト越え……。恐るべし、です」



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