新人提督と電の日々   作:七音

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目指せ、アイドル(略)! 那珂ちゃん(略)地方巡業記! その二「特徴的な語尾って、キャラ付けとしては鉄板だよね。……よし。艦隊のアイドル、那珂ちゃんだナカー! ……あれ!? なんだか方言っぽ(略)」

 

 

 

 

 

「那珂ちゃん、提督が落ち込んじゃってるような気がするんだよね、最近!」

 

 

 不意に、空へ向かって声がひびく。

 相変わらず晴天の続く夏。洋上を進む六隻の船たちが、その発生源だった。

 爆雷投射機と水中聴音機を装備した軽巡洋艦によって編成される陣形は、全艦が横一列に並ぶ単横陣。

 現在遂行中の、敵潜水艦を警戒する任務に最適なものだ。

 

 

「指揮官が、か? ……気のせいじゃないのか。俺にはいつもと同じように見えたがな」

 

 

 腕組みをし、「むんすっ」と難しい顔をする那珂に異を唱えたのは、新たに桐林艦隊へ加わった球磨(くま)型軽巡洋艦・五番艦の統制人格、木曾(きそ)である。

 右目を眼帯でおおい、訝しげに帽子をなおす彼女は、真っ赤なタイで前をとめる白のセーラー服に、緑色の二本ラインで裾を飾るスカートと、言葉遣いとは裏腹な可愛らしい格好をしていた。

 

 

「そんなことないもん! 木曾ちゃんは来たばかりだから分からないかも知れないけど、ゼッタイ変だよ! ね、神通ちゃん?」

 

「実は、わたしも気になってて……。ここのところ、宿舎が静かすぎるような……。それに、笑ってるところもあまり見なくなった気が……」

 

「そうクマ? 出迎えはいつも満面の笑みだったクマー」

 

「にゃあ。頭クシャクシャされるにゃ。本当に嬉しそうだから、断るに断れなくて大変にゃ」

 

 

 神通は同意するが、またもそれに納得しない声。木曾の姉、一番艦・球磨と二番艦・多摩(たま)だ。

 妹と似た服装をしている二人だが、履いているのはスカートではなく半ズボンで、セミロングの木曾に対し球磨はロングヘアー、多摩はショートカットである。残念ながらケモミミ・尻尾などはつけていないが、特徴的な語尾が強烈な印象を放っていた。

 なお、残る一隻である川内は、一番端っこで器用に寝ながら航行しているため、誰も話を振ろうとはしない。

 

 

「む。それを言われちゃうと反論できない。アイドルはみんなのものだから、あんまり触られるのは困っちゃうんだよね~」

 

「まったくクマ。球磨はぬいぐるみじゃないクマー」

 

「でも、いやらしい感じはしないし……。わたしは、そんなに嫌じゃない、です……」

 

「スキンシップは信頼関係を築く上で大切だからな。俺としても歓迎だ。……どうせなら、対応を統一してくれるとありがたいんだが」

 

「統一? どういうことにゃ?」

 

「いや、なんでもない。なんでもないぞ姉二番」

 

 

 一瞬、遠い目をする木曾だったが、帽子をおさえたまま首をふる。

 彼女たち、球磨型軽巡洋艦姉妹のうち三名が、荒ぶる妖精さんの御技により配備され、およそ二週間。数回の演習と通常任務を経て、すでに遠征を任されるようになっている。その帰還の際、桐林提督は入港に合わせて足を運び、必ず出迎えをするのだ。

 また、労いの言葉とともに軽く触れ合う(握手だったり、相手によっては頭を撫でたりする)のも習慣になっている。ここにいる姉妹も例外ではないのだが、木曾には少し気になることがあった。

 

 

(う~む。姉たちは頭を撫で回されるのに、なんで俺は肩を叩かれるだけなんだ)

 

 

 それは、姉妹内におけるスキンシップ格差。

 初めての遠征から帰還した時、球磨、多摩と微笑みながらじゃれあった提督は、それが木曾になると手を迷わせ、最終的に肩を叩くだけに終わった。

 考えた結果、帽子をかぶっていたからだと思い至り、次は帽子を脱いで待った。けれど、スルーされてまた肩を叩かれたのだ。

 別に、撫でて欲しいわけではない。撫でられて喜ぶほど子供ではない。しかし、しかし何かが引っかかる。

 言動は武人然としていた木曾であるが、意外に細かいことを気にしてしまう、センシティブな乙女でもあった。

 

 

「けどけど、やっぱり普段の雰囲気が硬いというか重いというか、そんな気がするよ……」

 

「真面目なだけかと思っていたが……。いつ頃からそんな感じなんだ?」

 

「うんとね~。確か、提督が初出張から帰ってきた日は、みんなで楽しくカレーパーティーしたし……。うん、その次の日くらいだと思う!」

 

「ってことは、球磨たちが呼ばれる前だクマ。理由に心当たりはないクマ?」

 

 

 みょいん、と揺れる球磨のアホ毛。

 隣へ並ぶ(右から順に川内、球磨、神通、多摩、那珂、木曾。今回は木曾が旗艦である。一悶着あったのは言うまでもない)神通は難しい顔だ。

 

 

「わたしたちも、四六時中みているわけじゃないから……。けど、秘書官をしていた子なら……」

 

「なるほど。それならなにか知ってるかもしれないにゃ」

 

「だね~。ええっと、提督が帰ってきた次の次の日が那珂ちゃんだったはずだから~」

 

「ワタシだよ。あの日、秘書官やってたの。くぁ……ぅう」

 

「ん、起きたのか」

 

 

 おそらく半分は目が覚めていたのだろう。対潜警戒そっちのけな五人へ、あくび混じりの川内が口を挟む。

 

 

「よく寝ながら舵取りできるクマ。というか、任務前はキチンと寝ておかないとだめクマ」

 

「それがさ。昨日は提督に寝かせてもらえなかったんだよねー。久々だったからワタシもつい張り切っちゃって。楽しかったなー」

 

「お、おい!? お前、こ、こんな真っ昼間から何を……!?」

 

「いちいちうろたえすぎにゃ。どうせまた、夜戦話で提督“を”寝かせなかったっていうオチにゃ」

 

「ワンパターンだクマ。そんな餌には釣られないクマー」

 

 

 どこをどう聞いても不埒な想像しかできない言い回しだが、やはり純情な木曾以外は慣れたもの。

 それもそのはず。新しい統制人格を迎えるたび、川内のいろいろ足りない言葉による誤解は発生しているのだ。当人の行動でその日のうちに解けるまでがセットである。

 もちろん球磨たちもそうだった。

 

 

「あ、違う違う。誘ってきたのは提督の方だし。いつの間にか朝になってて、二人でビックリしたよ」

 

「……クマ?」

 

「にゃん、だと……?」

 

 

 ――のだが、雲行きが怪しい。

 いつもなら、ちょっと声をかけただけで「なに? 夜戦?」と目を輝かせ、仕事をしながら「夜はまだかなー」なんてつぶやき、いざ日が落ちれば「さぁ、今からワタシと夜戦しに行こ!」だなどと、男が聞けば意味深長に取りたくなるおねだりまでかます。

 そんな彼女の被害を一番多く受けているだろう提督が、自分から誘った。一体どういうことなのか。皆へ戦慄が走る。

 

 

「ま、一緒にDVD見てただけなんだけどさ。いやぁ、盛り上がる盛り上がる」

 

「だよね。川内ちゃんだもんね。那珂ちゃん信じてた、うん」

 

 

 しかし、あっという間に霧散する緊張感。

 男と二人きりになろうと、夜通し盛り上がろうと、決して良い雰囲気になることがない。

 なぜならその胸の内は、すでに夜戦への愛で占められているから。ここまでくれば才能である。

 ともあれ、那珂は「おっほん」と気をとりなおす。

 

 

「それで、なんのDVD見てたの? KGB(カーゲーベー)24とか? 響ちゃんにも前に見せたんだけど、『巻き舌がなってないね』って評判悪いんだよ~。ハーフの子とかが頑張ってるのに~」

 

「いや聞いたことないんだけどそんなグループ。普通に戦闘記録よ、夜戦とかの。眠れなくて夜中に徘徊してたら、提督の部屋から音が聞こえてね。顔を出してみたらこっちおいでー、って」

 

「徘徊……。あの、もうちょっと、別の言い方した方が。せめて巡回とか……」

 

「間違ってない気もするがな。つまり、指揮官と二人で戦術研究をしていたということか。紛らわしい……。話を戻すが、心当たりはあるのか?」

 

「う~ん。あると言えばあるんだけどなぁ……」

 

 

 普段、水雷戦の美しさを詠う場合とくらべ、歯切れの悪い川内。

 眉毛をハの字に、ツインテールをクルクルもてあそぶ彼女は、いつになく落ち着いた口調で語る。

 

 

「あの日は朝早くに叩き起こされてボーッとしてたから、あんまりハッキリとは覚えてないんだけど。まず、提督におぶさって出勤したんだ。けっこう寝心地よかったよ?」

 

「出勤って言わないにゃそれ。まだ夢のなかにゃ」

 

「それから、業務確認しつつ二度寝かな。なんかこう、校長先生の話に通じるものがあるよね。学校なんて行ったことないけどさ」

 

「確認できてないクマ。右から左に受け流してるクマー」

 

「そしたら『いい加減にしないと今度の夜戦演習に出さないぞ』なんて酷いこというから、仕方なくうつらうつら書類を……」

 

「どおりで妙にやり直しが多いと……。提督、いろいろごめんなさい……」

 

「……んもぅ、なにさっきから! 人がせっかく真剣に話してるのに、神通までっ」

 

 

 怒る川内だが、突っ込みを入れたくなって当然だろう。

 提督の背中で眠りながら首筋によだれを垂らし、執務室で立ったままカックンカックン船を漕ぎ、席へついてもミミズがのたくったような文字を書く。話に聞くだけで、その様がありありと浮かんだのだから。

 だが、このままでは話も進まないので、一番遠くにいる木曾が声で間へ立つ。

 

 

「まぁ落ち着け。ちゃんと聞いているから。それでどうしたんだ?」

 

「ん……。動けば目も覚めると思って書記さんのとこへ報告書を取りに行ったんだけど、戻ってきたら提督が受話器を置くところだったの。

 けど、何の連絡か聞いても上の空で。流石に怒らせちゃったのかなー、と午後から張り切っても、やっぱり……」

 

「ということは、その連絡が原因か。しかし、内容までは調べようがないな」

 

「う~ん。アイドルに盗聴騒ぎは付き物だけど、提督にそんなことしたら捕まっちゃうもんね~」

 

「捕まるというか、もっと酷いことになるんじゃないかと……」

 

「スパイ容疑で拷問されそうにゃ。通話記録も残ってなさそうだし、やめといた方が無難にゃ」

 

 

 多摩の意見もこれまた当然だ。

 最近では、傀儡能力者そのものに悪意を持つ集団が複数確認されている。

 様々な主義主張をもつ彼らであるが、中にはテロ行為に及ぶケースまであり、警戒を余儀無くされていた。

 そんな中で執務室の盗聴や諜報活動など仕出かしてしまえば、鎮守府をひっくり返す大事件に発展してしまう。手詰まり感は否めない。

 

 

「ともかく。あの電話から、取り繕うみたいな笑いが多くなった気がする。

 昨日の戦術研究だって、いつもなら変な方面へ脱線するのをワタシが軌道修正するのに、まったくブレなかった。

 思う存分語り合えて堪能できたのは確かだけど、ちょーっと違和感が拭えないのよ」

 

「多分、その脱線は逃げたかったから……ううん、なんでもないです……」

 

「けっきょく理由わかんなかったね~。那珂ちゃんガックシ」

 

 

 六人が思い思いにため息をつく。

 球磨などは「クマったクマー」なんて気温の下がりそうなつぶやきまで発したが、誰も反応しない。

 川内たちにとって彼は、おちゃらけた部分が目立つものの、常に笑顔を絶やさず、気の置けない人物という印象である。

 ここ数週間でそれが変化してしまい、三人は戸惑いを隠せないでいた。

 

 

「そこまで言われると、指揮官の前の様子が気になるな。どんな感じだったんだ?」

 

「おぉ、そうクマ。それを聞かないことには、今がおかしいのかどうかも分からんクマー」

 

「にゃあ。悪い人じゃないのはなんとなく分かるけど、それ以外はまだあんまり知らないにゃ」

 

 

 けれど、木曾たちにとっては、この騒ぎようこそが戸惑いの元である。

 まだ出会って間もないせいもあって、彼女たちにとっては折り目正しく、大したことのない任務からの帰還でも、心から喜んでくれる好青年でしかなかった。

 今でも十分に良い評価を着けられるのに、それがダメとは何故なのか。頭へ疑問符が浮かぶ。

 

 

「わたしも、普通に良い人じゃないかな、と。暇をみては、手料理をご馳走してくれるし……。今でも、一番美味しくプリン作れるの、提督だから……」

 

「そうだったクマ? てっきり鳳翔さんが一人で作ってるのかと思ってたクマ」

 

「ほう、料理ができたのか。まぁこの時代だ、できた方が評価は高いな」

 

「確かに美味しかったにゃ。できればマタタビ味が欲しいにゃ」

 

「ちょっと無理があるクマ。食べる人が限定されすぎるクマ。むしろ鮭味を……」

 

「俺は両方遠慮したいぞ、姉たちよ。オーソドックスなカスタードが一番だろう」

 

 

 それに答えるのは、優しく微笑む神通。

 今まで口にしていたものが彼の手製であったと知り、球磨たちは意外そうな顔を見せつつ話を膨らませた。

 厨房の専用冷蔵庫に常備されている、多種多様なプリン。

 まれに取り合いの喧嘩まで起こるそれは、手作りならではの口溶けと、卵本来の甘みで、統制人格の皆を虜にしていた。この姉妹の好物にも追加されているようだ。

 

 

「でもでも、時々すっごくイジワルするんだよ提督!」

 

 

 ――が、いきなりのふてくされた声。

 ついさっきまでうなだれていた那珂が、ぐゎばっ、と顔を上げていた。

 

 

「出張のちょっと前だけどね、みんなが集まるスペースできたんだから、カラオケのセット買おうよっておねだりしたのに、あっさり却下しちゃうし!」

 

「それはさ、『カラオケセットだけなら』ってOK出そうとした提督に、スポットライトとか円台とか大型ディスプレイを追加しようとした那珂が悪いんじゃないの?」

 

「あ、ひどいっ。川内ちゃんは提督の味方なの!? だって、筑摩ちゃんには『似合いそうだから』って可愛い浴衣買ってあげたんだよ? ヒイキだよ~! ぶ~☆」

 

 

 怒っています~と、ぷんすか頬を膨らませる彼女。

 自分のお願いは聞いてもらえなかったのに、他の子には進んでプレゼントを用意した。

 不公平さを感じて当たり前だが、しかし、川内は呆れ顔で続ける。

 

 

「あー、あれ? 気持ちは分かるけど、後で鳳翔さんにこっぴどく叱られたみたいだし、許してあげなよ」

 

「叱られた? つまみ食いしても笑って許してくれる、あの鳳翔さんにクマ?」

 

「うん。なんでも、浴衣の帯を使って悪代官ごっこしてたんだってさ。三人かわりばんこにクルクル回って遊んでるうちに気持ち悪くなっちゃって、『帯で遊んじゃいけません!!』とか怒られてたみたい」

 

「アホにゃ。アホだにゃ。本物のアホがいるにゃ」

 

「おいやめろ。やめてくれっ。イメージが崩れるっ! 俺の指揮官がそんなにアホなわけがないぃ!!」

 

 

 悲痛な叫びをあげる木曾の脳裏に、「一度やってみたかったんだぁああ!」と笑みを輝かせる男性が描かれた。おまけに、グロッキー状態になり怒られつつ、利根と並んで介抱される情けない姿も。

 勤勉で、部下想いで、指揮においては覇気をみなぎらせる若き士官が、その実とんでもないアホだった。想像なのに一mmも間違ってないあたり、世は無情である(ちなみにこの際、「他の子へも何か、プレゼントを用意してあげて下さいませんか?」と筑摩に頼まれ、見栄を張りたい提督は浴衣選びに悩むこととなる)。

 まぁ、己が理想の上司像を投影し、そうであって欲しかったと頭を抱えてしまうところを見るに、彼女の思考回路は確実に乙女なようだ。

 と、そんな風にドタバタしている少女たちを見守る川内が、思いついたように手を鳴らす。

 

 

「そうそう、この感じ。このちょっと騒がしい感じが、今の提督に足りないものの気がするな、ワタシ」

 

「……お~! 川内ちゃんスゴイ、那珂ちゃんそういうことが言いたかったの!」

 

「わたしも、しっくり来る……。大変だけど、楽しくて……」

 

「これが、か? なんだか俺は、サンタさんが実はお父さんだったと知ってしまった子供の気分だぞ」

 

「第一印象なんてそういうものクマ。むしろとっつき易くなった気がするクマ。これなら、もう少しハメを外しても大丈夫そうクマー♪」

 

 

 ぐむむ、と腕組む妹に対して、お気楽な姉一番。

 木曾にとっては残念な変化のようだが、心とは移りゆくもの。その連続が、他者との関係を構築していく。

 他人から知人。知人から友人。そして、もっと大切な仲間へ。

 時間はかかるかもしれないが、無理に自分を押し付けようとでもしない限り、これ以上悪化もしないだろう。

 なにより、彼らは魂で繋がっているのだから。

 

 

「でも、これからどうするにゃ? 借りてきた猫みたいに大人しくなっちゃってる提督を、どうやって元に戻すにゃ」

 

「それが問題だよねー。ワタシならどんなにショックなことがあっても、夜戦一発で復活できるんだけどなー」

 

「普通は夜戦なんてしたらいつも以上に疲れるクマ……。む~、悩ましいクマー」

 

 

 和やかになりかけた雰囲気だったが、多摩の指摘でまた思案顔に戻ってしまう。

 三人寄れば文殊の知恵と、昔から言われる。であれば、六人寄らばどうなるのか。

 うなり声しか聞こえてこないのを考慮すると、時間短縮にはならないらしい。

 

 

「ショックか~。提督にとっては川内ちゃんの言ってた電話がそうだったんだよね~」

 

「たぶん……。お叱りの電話とか、身内の方に不幸があったり、とかでしょうか……」

 

「神通。言霊というのもあるし、滅多なことを言わない方がいいぞ。ましてや、俺たちはそういうオカルトな存在だ。用心に越したことはない」

 

「あ。そう、ですね……。気をつけないと……」

 

「んー、なんだか知恵熱でもでそうにゃー。古いテレビみたいにチョップで治れば楽にゃのに」

 

「ショック……言霊……チョップ……衝撃……はっ!? 閃いたクマー!!」

 

 

 球磨のアホ毛がピコンと立った。

 船同士の間隔があまり広くないためか、その表情まで読み取った川内が彼女に問いかける。

 

 

「どうしたのよ球磨。そんな大声だして。何か思いついたの?」

 

「ショック療法だクマ、ショック療法! 衝撃的なことがあって落ち込んでるなら、同じくらい衝撃的なことをぶつければいいクマ!」

 

「ショック療法か~。確かにそれなら……と思ったけど、うまく行くかな~? 那珂ちゃんちょっとふあ~ん」

 

 

 一旦は目を輝かせるものの、斜めに傾いて「むー」と目を細める那珂。

 逆に、自信ありげな態度を崩さない球磨は、胸を張って言いはなつ。

 

 

「大丈夫クマ! 何が原因かは知らないけど、川内が『夜戦行きたくない』とか、那珂が『普通の女の子に戻ります!』とか、神通がヤンキー座りして『タバコありません?』とか、多摩が『わん』とか木曾が『キソー』って言えば、ビックリ仰天間違いなしクマー!!」

 

「なっ、なんてヒドイ! ワタシ、そんなこと言うくらいなら舌噛んで死ぬ!!」

 

「ま、まだデビューもしてないのにやめないもん! 那珂ちゃんは永遠に不滅だもぉん!!」

 

「そんな不良みたいな事、絶対イヤです……!」

 

「アイデンティティの崩壊にゃ! 天地がひっくり返ってもゴメンだにゃー!!」

 

「落ち着けお前たち! あぶっ、こら、陣形を乱すなぁ!」

 

 

 その瞬間、一糸乱れぬ隊列が、珍走団のごとくフラフラと。

 危うく接触するところだった木曾は、冷や汗をかきながら声を張り上げるけれど、一切聞こえていないようだ。

 似すぎな声真似を披露した原因はいたってのん気。ケラケラ笑っていた。

 

 

「みんな嫌がっちゃだめクマ? いつもと少し違うことするだけなんだから、気楽に考えるクマ~」

 

「だったら自分でやってみるにゃ。語尾をクマからバイとかにしてみるにゃ!」

 

「なんでそんな肥後もっこすみたいな喋り方しなきゃいけないクマ!? 球磨の名前は川由来で県名じゃないクマ! ダサすぎるバイ! ……ほら変な空気になったクマー!!」

 

「いい加減にしろ! 姉二番、自分が嫌なことは他人に強制しちゃいけないだろう! そして姉一番、ダブスタにもほどがあるぞっ、熊本県民に謝れ! 第一、その川も熊本を通ってるじゃないか、全く……」

 

 

 けれども、いざ矛先を向けられると、彼女まで珍走へ加わってしまう。

 一応は九州方面に向かい「ごめんクマー」なんて付け足したが、嫌なのは変わらないらしく、あっちへフラフラこっちへウロウロ、警笛を鳴らしてパラリラ騒がしい。

 六人の中でも最年少(だと思われる)木曾へ、ツッコミの全てが掛かっていた。頭に軽い痛みが走る。

 

 

「仕方ないクマ……。こうなったら間をとって、木曾にキソーって言ってもらうしかないクマ!」

 

「 な ん で そ う な る 」

 

 

 頭痛が激しくなった。

 何をどう判断すればそれが折衷案になるのか。間じゃなくてきわっきわの端っこで切ろうとしていないか。ああ、頭痛が痛い。

 と誤用してしまうほど、木曾は疲れ始めていた。

 

 

「それは名案にゃ。多摩も前々から、木曾ちゃんのキャラ付けは弱いと思っていたにゃ。眼帯とか天龍ちゃんとかぶってるし、改善のいい機会にゃ」

 

「よ、弱い? 俺が弱いだとっ? 違う、姉たちの語尾が痛々しいだけで、俺は十分に個性的だっ」

 

「痛……!? 木曾ちゃんはお姉ちゃんたちをそんな風に思ってたにゃ? ヒドいにゃ、傷ついたにゃ!」

 

「クマー。賠償として、この遠征から帰った時に『ただいま帰投したキソ。頑張ったから頭撫でて欲しいキソ』って提督へ甘えることを要求するクマ」

 

「だから、なんでそうな――」

 

「それがいいよ! 木曾ちゃん、お願いねっ。那珂ちゃんまだみんなのアイドルでいたいの☆」

 

「――は?」

 

 

 反論する間もなく、那珂がウィンクと一緒に星を飛ばす。

 そもそもアイドルじゃないだろうが、とさらに突っ込もうとする木曾であったが、後には神通、川内も続いて。

 

 

「どうか、よろしくお願いします……。木曾さんだけが頼りです……!」

 

「うん。この中で一番お堅い木曾がやれば、かなりのインパクト出るよ。うまく行くんじゃない?」

 

「決まりにゃ。お姉ちゃん期待してるにゃー」

 

「木曾ならやってくれるクマ。なにせ球磨の妹、新参なのに旗艦を任せられるくらいだクマ。提督もそのギャップでメロメロになるクマー♪」

 

「え。えっ。えぇえっ!?」

 

 

 自分がやりたくないからか、こぞって外堀を埋めにくる五人。

 このままでは本当にやらされてしまいそうで、木曾は大いに焦る。

 が、一瞬だけ、こう思ってしまった。

 

 

(旗艦……。そうだ。これは信頼されている証、でもあるんだよな。艦隊に加わって間もない、俺を)

 

 

 真に尊い上司と部下の関係は、ただ仕事を任せられるというだけでなく、お互いに支え合い、苦楽を共にできる間柄。これが木曾にとっての理想だ。

 アホな一面を知って若干好感度は下がっていたが、それでも信頼を向けてくれて、信頼できる人物なのは同じ。

 そんな彼が落ち込んでいるという。できることなら、助けになりたい。

 少しばかり……なかなかどうして……正直に言えばこのまま逃げ出したいレベルのことでも、指揮官のためになるなら。

 

 

(だが語尾にキソ……。けど指揮官のため。しかし痛々しい。ああだけど……)

 

 

 思考が堂々巡りをし、仲間と姉たちからの期待は重く。

 さんざん悩み抜いたすえ、彼女は――

 

 

「……てやる。やってやろうじゃないかっ。俺の本気を見せてやる! め、メロメロにしてやる……き、キソー!!」

 

「おお~。その意気クマ、頑張るクマー!」

 

「木曾ちゃん可愛いにゃ。骨は拾ってあげるにゃー♪」

 

 

 ――破れかぶれに、大見得を切る。

 湧きたつ拍手に後押しされ、木曾は決意を固めてしまった。

 恥なんて所詮かき捨て。この身が役に立つならば、喜んで差し出そうではないか、と。期待に応えずはいられない、義理堅い性格が仇となったようだ。

 帰還後。

 恥ずかしさをこらえ、真っ赤な顔でプルプルしながら例の台詞を口にした結果がどうなったのか。

 お察しいただきたい。

 

 

 

 

 

「お、おい。その生暖かい対応はなんだ指揮官。違うぞ、俺は疲れてなんか……。

 本当にちが、これは姉たちが……待て、頼む待ってくれ……待つキソォォオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こぼれ話 艦隊規模が大きくなりすぎました!》

 

 

 

 

 

 コチ、コチ、コチ――と、壁掛け時計の秒針だけが、ただひたすらに動き続ける。

 言葉を発するのもはばかられる沈黙の中、立ちすくむ赤毛の少女と、書類の山となった机につくメガネをかけた少女。

 その間で、電はオロオロ足を迷わせていた。

 

 

(あうぅ……。司令官さんへのお手紙をもらいに来ただけなのに、どうしてこんな事になってるんですかぁ……?)

 

 

 彼女がこの部屋――書記 兼 調整士を務める少女のところへ出向いたのは、数分前のこと。

 きちんとノックをし、返事を待ってから入室したのだが、中には先客が。整備主任を任される少女である。

 ただならぬ雰囲気に尻込みしつつ、電は勇気を振り絞って要件を伝えた。けれど、返ってきたのは「少しだけお待ちいただけますか? すぐに済みますから」という朗らかな書記の声。一瞬だけ微笑み、すぐさま能面へ戻ったのがまた怖い。

 早く帰りたい。でも気になる。相反する感情に「あゎあゎ」しながら、電は右往左往を続ける。

 

 

「……さて、主任さん。返答は?」

 

 

 そんな中、やっと時計以外が口を開く。普段とはまるで違う重低音である。

 直接向けられてはいない電も畏縮してしまいそうだったが、整備主任は頑として立ち向かう。

 

 

「イヤです! アタシは、アタシに課せられた職務をまっとうします!」

 

「ですからっ、それは受理できないと言っているんですっ。あまりに無茶が過ぎます!」

 

「そんなこと言われたって、こっちも正式な発注受けてますし、今さら取り消しなんて困りますー!」

 

「あ、あのっ、喧嘩はダメなのですっ。お二人とも、冷静になってくださいっ!」

 

 

 いきなり始まった攻防に、慌てて割って入る電。にも関わらず、二人の少女は顔をつき合わせて睨みあう。

 

 

(はわわ、ど、どうすれば……。書記さんと主任さんが喧嘩なんて、初めてなのです……!)

 

 

 仕事に対して少々ラフな考え方を持つ整備主任と、何事にも真剣に取り組む書記。

 一見、水と油にも思える性格であったが、仲違いする姿など想像できないくらい、良い友人関係でもあったのだ。

 それが現在進行形で火花を散らしている。よほど深刻な事態に陥っているのだと察しがつき、電は意を決して渦中に飛びこむ。

 

 

「いったい何があったんですか? もしよかったら、電にも聞かせてほしいのです。ひょっとしたら、力になれるかも知れませんし」

 

「……そうですね。よくよく考えれば、電さんにも関係する事柄ですか」

 

「というより、元凶の一番近くにいるじゃないかと思うんですけど、アタシ」

 

「えっ。どういう、ことですか?」

 

 

 首を突っ込んだだけなはずが、揉め事の核心に関係しているという二人。顔は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。

 不思議そうにする電へ、メガネを正した書記は問いかけた。

 

 

「電さん。ここ最近の、桐林提督の艦隊規模拡大について、どう思われますか」

 

「艦隊規模、ですか。ええと……お仲間が増えるのは、素直に嬉しいのです。そのぶん家事は大変になりますけど、賑やかになって」

 

「……質問を変えましょう。傀儡能力者の平均保有艦艇数はご存知ですか」

 

「ふぇ、えと、えっと……」

 

「ダメですよ書記さん。そんな聞き方したら、誰でも怖がっちゃいますってば」

 

「あなたのせいでも……っ。いえ、少し気が立ってますね。ごめんなさい」

 

「あ、いえ、大丈夫なのですっ。そんなに気にしないでください」

 

 

 思わず立ち上がりそうになる書記だったが、一つ大きな息をついて、頭を下げた。

 ワタワタと手を振る電を見て、微笑ましさにようやく笑みが浮かぶ。

 肩の力も抜けたらしく、いつもの静かな声が解説を始める。

 

 

「答えは、控えも含めて二十~三十隻です。序列上位の方々はもっと増える傾向にありますが、大体この範囲へ収まります。

 横須賀に在籍している能力者の方々は十名ほどですので、この鎮守府には多く見積もって約三百の軍艦がひしめいている事になりますね」

 

「日本にいる能力者さんは全部で百人ちょっとですから、全国だと三千隻です。大戦中の保有数はとっくに超えてますねー。ちなみに、横須賀にある船の半分はアタシが建造したんですよ? スゴイでしょ?」

 

「わぁ……凄いのですっ。そんなにたくさんの船がいたんですねっ。ぜんぜん知りませんでした」

 

「ま、敵襲に備えて宿舎もドックも分散してますから。他の能力者さんの船なんて、わざわざ出向かないかぎり見れません。じみーに不便なんですよこれが。移動が手間で……」

 

「確かにそうなんですよね……。いえ、ひとまず置いておきましょう。電さん、この事実をふまえた上で、こちらを」

 

 

 音もなく差し出される書類。

 そこには、様々な数字と一緒に、いくつもの船の名前が記されていた。

 

 

「これ……。もしかして、今後の建造計画ですか?」

 

「ですよー。提督さんからの発注を、アタシが届けに来たんです。……けど、その結果がアレで」

 

「当たり前です。こんなメチャクチャな計画は、計画なんて呼べません。以前から予定していた長良型と綾波型まではいいでしょう。誰かさんの手違いで球磨型が作られてしまいましたが、それもこのさい問いません」

 

「うぐ……。あ、謝ってるじゃないですか何度も。なんでか分からないんですけど、あの提督さんからの依頼になると、ウチの子たち妙に張り切っちゃうんですよ。

 組み始めたらもう止められませんし、アタシ自身どうしたらいいのか……。他の提督さんは逆に安定してるのに、ホントなんででしょーね?」

 

「電には、ちょっと……。でも、この計画って……」

 

 

 これっぽっちも思い当たる節がありません。などと言いたげな顔へ苦笑いを返しつつ、電が書類を見つめる。

 長良型軽巡の一番艦から四番艦。綾波型駆逐艦を順不同に四隻。計八隻の名前が、間違いなく載っていた。

 けれど――

 

 

「しかし、その後の建造予定はなんですか。残る球磨型軽巡の三番艦・北上(きたかみ)、四番艦・大井(おおい)。最上型重巡四隻に、白露(しらつゆ)型駆逐艦と朝潮(あさしお)型駆逐艦だなんて、あまりに多すぎます!」

 

「ええと……。最上さんに、三隈(みくま)さん、鈴谷(すずや)さんと熊野(くまの)さん。白露さん、時雨さん、村雨(むらさめ)さん。

 それから、朝潮さん、大潮(おおしお)さん、満潮さんに荒潮(あらしお)さん、朝雲さん……。す、すごい沢山なのです……」

 

 

 ――その下には、まだまだ艦名が続いていた。

 読み上げた十二隻にしても、かなり省略した結果なのである。

 球磨型・最上型は上記が全てであるが、白露型は全十隻。朝潮型も同じだけ存在し、それが網羅されていた。しかも長良型・綾波型の残る二隻・六隻まで。

 戦時中をはるかに凌駕するスピードでの、総数四十二隻にのぼる軍備拡張計画であった。

 右肩上がりなエンゲル係数を想像し、電の頬を冷や汗がつたう。同時に、書記も胡乱な顔を。

 

 

「桐林提督は、何を焦っておられるんでしょうか。遠征目的……にしても、戦力が偏ってしまうのは分かっているはず。……気になります」

 

「たぶん、歯抜けが嫌なタイプなんじゃないですか? 他のところでは性能重視の建造しかさせてもらえませんし、いろんな船を作れて楽しいですけど。……あ、そっか。だから張り切ってたのかも……」

 

「そんな理由で建造計画を立てられても困ります。彼に割り当てられた係留施設も、平均数を基準にしているんです。今でもギリギリなんですからっ」

 

「ん? 昔からずーっと拡張を続けてて、縮小されちゃった他所の国の基地も整備し直したはずですし、常に余裕はあるんじゃ?」

 

 

 アゴに指をあて、整備主任は首をひねる。

 二十年前に始まったこの戦い。最初の数カ月で、この国に存在していた船は壊滅的な打撃を受けた。在日していた他国の船も含めて、である。

 それにより、資産家たちの出資により発足した、旧型艦船の再現計画による成果まで徴発する事態となり、それが傀儡能力発現のきっかけになったと言われている。

 以後、政府は国をあげて一世紀近く前の技術を掘り起こし、試行錯誤を重ね、彼女たちをこの時代へ呼び戻すことに成功した。そして、その砲撃による敵の撃破は、沈んでいくだけだったはずの敵艦に、なぜか旧き船としての姿を取り戻させるという、不可思議な現象まで引き起こす。

 限りなくゼロに近かった艦艇数は加速度的に回復。合わせて、操業停止を強いられ、空きの出た各地の港も、併合・軍備を進めた。

 このような事情があるため、各鎮守府はかつてのそれよりも広大な敷地を有しており、船を保持するための施設も同様である。余裕はあるはずだった。

 

 

「いいえ、それも励起待ちや解体待ちの船で埋まっています。この勢いで艦艇数を増やされては、他の方にしわ寄せが行ってしまいます」

 

「あー、なーるほど。アタシは作ってばっかりだから、失念してました。解体は材質ごとに仕分けしなきゃいけないから、余計に時間かかるんでしたね……」

 

「それに、最上型を作ろうとして高雄(たかお)型ができたり、白露型や朝潮型の代わりに睦月(むつき)型とか型が建造されてしまう未来が見えるんです。そうしたらもう、芋づる式に……」

 

「穿ちすぎですよー流石に。アタシが本気を出せば、せいぜい万に……せ、千に? うーん……。百回に一回くらいですよきっと。だいじょぶだいじょぶ!」

 

「やる気満々で、私も嬉しいです……はぁぁぁ……」

 

「何その深いため息。ちゃんと真面目にやりますってばぁ!」

 

 

 ビシッ! と親指を立てる整備主任に、書記は頭を抱えた。事はそう簡単でもないのである。

 状況によって回収できない場合などもあるが、基本的に、傀儡艦は出撃するたび新たな船を連れて帰る。しかしそれらのほとんどは、国民の生活維持のために、鋼材として解体されてしまう。

 また、損傷を受けた既存艦の修復や、二十年の歴史でも数えられるほどしか解放されていない、戦艦・正規空母などの建造にも当てられる。艦載機や兵装の開発まで考えれば、励起された駆逐艦などで係留施設を埋められてしまうのは避けるべきなのだ。

 

 

「解体待ち……。やっぱり、電たちみたいになれる船は少ないんですね……」

 

 

 そして、分かっていても目を逸らしていたかった事実に、意気消沈する電。

 未励起とはいえ、自身や仲間たちと同じ名前を持つ船が、本来の役目と違う形で一生を終える。寂しさが胸に去来した。

 彼女の落ちこみようを見て、二人は「しまった」と顔を見合わせる。

 

 

「も、申しわけありません。電さんの気持ちも考えず、こんな……」

 

「ごめん、ごめんね。つい、普通の女の子と一緒にいるつもりになっちゃって……。アタシ、最悪だ」

 

 

 気まずい沈黙が広がった。これが電でなければ、彼女たちも罪悪感を覚えなかっただろう。

 例えるなら、映りの悪くなったテレビや、音がひび割れるスピーカーに悪態をつくような、その程度の感覚だったのだ。

 常日頃から接していても、それは会話であったり、業務であったり。人として活動している状態だった。船であることをすっかり忘れさせる、愛らしい少女なのである。

 それを傷つけてしまったと、苦味に耐える表情が二つ。

 

 

「ありがとうございます、なのです」

 

 

 しかし、その場に似つかわしくない笑顔を向けられ、呆気にとられる。

 一方、電はまた笑みを深く。

 

 

「大丈夫なのです。自分たちの役割は、きちんと理解しているつもりです。どんな形に変わっても、それで誰かのお役に立てるなら。……それに」

 

『それに?』

 

 

 言葉を区切り、書記と整備主任の顔を順に見つめる電へ、二人は意図せず声を重ねた。

 くすり。小さく吹き出して、もう一度。

 

 

「こうしてお二人と出会えて、お話できて。電はとっても嬉しいんです。

 少しだけ、後ろめたい気持ちもあります。けど、皆さんと同じになれたことの方が、嬉しくて。

 だから、そんな顔をしないで下さい。書記さんとも、主任さんとも、一緒に笑っていたいです。“みんな”の分まで。……だめですか?」

 

 

 その微笑みは。

 まるで、沢山の想いを集めて出来ているように。

 ただただ、まぶしかった。

 

 

「……母港の拡張」

 

「え?」

 

「上に、掛け合ってみます。建造計画はいくつか先延ばしになりますけど、これだけの船を作れる資材のアテがあるなら、予算を組んでもらえるかもしれません。“桐”の名前、有効活用しないといけませんね」

 

「あ……! で、でも、大丈夫ですか? 無理をして書記さんの立場が悪くなったりしたら、司令官さんだって……」

 

 

 喜びそうになる電だったが、はたと考えがいたり、心配そうに顔を曇らせる。

 幼い頃からこの仕事をこなしていたようで、かなりの発言力と強力なパイプを持っているらしいが、あまり強権を振るえば煙たがられてしまうだろう。

 が、逆に書記はやる気で満ちた顔つき。さっそく左手が羽ペンをつかむ。

 

 

「備えあれば憂いなし、とも言います。確保できる船の数は多くて良いに決まっているんですから、やりましょう。桐林提督にも、多少の実費は負担していただくことになりますが、遠征で溜め込んでるようですし、なんとかなる――いえ、します」

 

「……はい、よろしくお願いしますっ。あと、できれば、あんまり絞らないであげて欲しいのです」

 

「ご安心を。今後の遠征予定や配給資材、お給金も全て把握して、無理なく月賦でお支払いできる額に納めます。こういうの得意なんです。任せてくださいっ」

 

「あはは……」

 

 

 とても楽しそうな書記に、電はタジタジである。瞳の奥で、炎が燃え盛っていた。

 頼もしい限りだが、この分だと、桐林一家の家計は底の底まで覗きこまれ、ありとあらゆる無駄が省かれそうだ。

 お酌の回数を減らすように要求される千歳。アイドルグッズを制限される那珂。カニカマを一日半パックまでにされる利根。そして始まる提督のおこづかい制。ストライキが発生しないことを祈ろう。

 

 

「……あれ、主任さん? どうかしましたか?」

 

「………………っ」

 

「も、もしかして気分でも悪く――はわわわっ!?」

 

 

 ふと、黙り込んでしまった整備主任が背を向け、体を震わせていることに気づいた電。

 低い身長を活かして様子を伺うのだが、その顔を確かめると大慌て。

 なぜなら、両の瞳からは大粒の涙が零れていたからだ。こんなところまで書記と正反対である。

 

 

「ああああのっ、電、何か余計なこと言っちゃいましたか!? な、泣かないでぇ!?」

 

「ゔっ……な、泣いてな゛んかっ……な゛いでずよ? 泣いてな゛い、泣いてな゛いもーん……ゔぅぅ……」

 

「気にしない方が良いですよ。彼女、感動屋なんです。喜んでるだけですから」

 

「そう、なんですか? ……ひにゃあ!?」

 

「電ちゃん、アタシ頑張るっ!」

 

 

 納得したような、微妙に腑に落ちないような。

 そんな気持ちで小首をかしげる電を、整備主任が突然に抱きすくめた。

 

 

「一隻一隻、魂を込めてアナタたちを組み上げる。どんな酷い状態からでも絶対に直してあげるっ。

 だからもっと一緒に、楽しいこととか、嬉しいことを感じよう! 他の子たちの、ぶん、までぇぇぇ! うあぁぁあああんっ!!」

 

「く、苦しいですよぅ。……えへへ。一緒にですね。顔、拭いてください。ハンカチ、どうぞなのです」

 

「あ゛りがとうぅぅ。電ちゃんはホントに優しいねぇぇ。ズビーッ!」

 

「あっ」

 

「あ。ごっ、ごめ、ごめんついっ。か、返す、新しいの買って返すから! あぁもう、アタシってばなんでこうなのぉー!?」

 

「い、いえ、洗ってもらえれば大丈夫なのです! 主任さん、落ち着いて、落ち着いてくださーい!」

 

「まったくもう、騒がしいですね。集中できないじゃないですか」

 

 

 うっかり鼻までかみ、にょーんと伸びる鼻水まみれになったハンカチ。

 気遣いを汚してしまったことで、整備主任は感情を高ぶらせ、なだめようとする電もだんだん身振りが大きく。

 そんな彼女たちに、書記は仕方ないと笑いながら、思う。

 

 

(私は、貴方の分まで笑えてる……の、かな)

 

 

 そもそも、そんな資格は――と考えそうになったところで、彼女は軽く首をふった。

 分からない。分かるわけがない。もう、“あの子”は答えてくれないのだから。

 けれど、今は。

 胸を張って友達だと言える、この子たちの前では。

 

 

「ふふ」

 

 

 あふれ出る暖かさを。

 どうにも、堪えきれなかった。

 

 

 

 

 




「……ねぇ響。電がいないんだけど、何か知らない?」
「暁。電なら、司令官と街へ出かけているよ」
「あ、そうなんだ。……ぇえ!? そそそそれってまさか、ででっで、デートなんじゃ……!?」
「さぁ、どうなんだろう。ヨシフ、お手。……ん、хорошо(いい子)」(島風も一緒なんだけど、面白そうだから教えないでおこうっと)

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