「おむにばす!」   作:七音

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秋山優花里編
第一話「応援させて頂きますっ!」


 

 

 

「はぁ~……。ふふふ……。ぬぇっへへ……」

 

 

 県立大洗女子学園で戦車道が復活し、早二月以上。

 自動車部のツナギを着た私、秋山 優花里は、休日の昼間からニヤニヤしていました。

 何故なら! 私の目の前に! スクラップ状態を脱しつつある戦車があるからです!

 もはや人々の記憶からも忘れ去られ、学園艦の奥深くで静かな眠りについていた戦車が、息を吹き返していく……。

 もう堪りません! 生きてて良かったー!

 

 

「秋山さんって、本当に戦車好きなんだねー」

 

「はい? ナカジマ殿、何を今更! そんなの女子なら当たり前じゃないですかっ」

 

「いやいや。当たり前って言うと、女子を誤解されるんじゃないかなぁ?」

 

「えー。そうですかー? ホシノ殿なら分かって頂けるかと思ったのに……」

 

 

 作業の合間にニヤついていた私へと話しかけるのは、その戦車の砲塔部分から頭を出すナカジマ殿と、砲塔の物陰から身を乗り出すホシノ殿です。

 ショートカットと朗らかな笑顔が特徴のナカジマ殿は、自動車部の部長を務められており、大洗女子戦車道チームの整備を総括して下さっています。

 ホシノ殿はボブカットで、ツナギの上半身をはだけたタンクトップ姿が目印。運転技術が高く、大洗女子の中で一番速い女、とも呼ばれているそうな。

 御二方共、顔やツナギのそこかしこが汚れていて、整備の大変さを物語っていました。まぁ、私も似たような状態なんですが。

 

 

「にしても、この子はちょーっと手強いなー。○カリ持って来たぞーい」

 

「あ、ツチヤ殿。それにスズキ殿も。お疲れ様であります!」

 

「お疲れー。生徒会にせっつかれてるけど、これは次の試合には無理だね。というか、またすぐに壊れそうな予感がする」

 

 

 一息つく我々に、背後からスポーツドリンクを持って歩み寄る御二方。

 ホシノ殿よりも短めの、外跳ねボブカットがツチヤ殿で、スズキ殿は短い癖っ毛と、日に焼けた肌が特徴です。私も癖っ毛なのですが、ひとまず置いておきましょう。

 スポーツドリンクを頂いた私は、「助かります」とお礼を申してから、一気に半分ほど飲み干しました。はー、働いた後の一服は最高でありますー。

 とか思いつつ、ナカジマ殿達が取り囲む戦車を正面に。

 

 

「これ、レア物ですもんねぇ。

 足廻りが気難しいみたいですから、試合中に問題が発生でもしたら、それで白旗判定になる可能性も……。

 あああ、88mm砲と正面100mmその他80mmの重装甲を無駄にするなんて、勿体無さ過ぎですぅううっ!?」

 

 

 四角いフォルムに、後部が丸っこい砲塔から伸びる長砲身。

 かの天才、フェルディナント・ポルシェ博士が設計した、ポルシェ・ティーガー。

 先に叫んだ通り、実用化すれば大洗一の重戦車となるはずなのですが、重量はなんと57トン! 一回り以上大きいロシアのKv-2より、5トンも重いんです!

 それを支えるエンジンは、時代を先取りし過ぎたハイブリッドエンジン。

 ポルシェ・ティーガーを元にしたドイツの重駆逐戦車、エレファントでの調子は良かったらしいんですけど、実際運用する側に回ると、正式採用を躊躇したドイツ軍の気持ちが分かります……。

 

 思わず頭をモシャモシャしてしまう私。

 しかし、ナカジマ殿はレンチで肩を叩きながら、実に頼り甲斐のある微笑みを浮かべていました。

 

 

「ん~……。ま、いざとなったら、やりようはあるけど……。とりあえず直すのが先決だね」

 

「ですなー。よーっし、気合い入れるぞー!」

 

『おー!』

 

 

 ツチヤ殿の声を合図に、自動車部の皆さんが拳を振り上げます。

 もちろん、お手伝いの私も!

 例え扱いが難しくたって、今の大洗には重要な戦力に違いありません。

 今後の為に、早々に仕上げてしまいましょう!

 

 ……と、意気込んでいる所に、《プップー!》というクラクションの音が。

 そちらを振り向いてみれば、白い2トントラックが戦車格納庫に入って来ていました。

 車体に大洗の校章ステッカーが貼ってあるので、学校所有の車ですね。

 

 

「ちわーっすっ! 御注文の品々、届けに来ましたよー!」

 

「お。やっと来たかぁー!」

 

 

 軽トラの運転手……。ちょっと髪の長い男子生徒が声を上げると、砕けた口調のナカジマ殿が手を振ります。

 工学科の生徒に支給される、黒いツナギを着た彼が降車するのに合わせて、ホシノ殿が小走りで近寄って行きました。

 どうやら、お知り合い? みたいです。

 

 

「パーツクリーナー三ダース、国別のネジやら何やら細かい部品、加工を頼まれてた部品、ウェスと予備の軍手は適当に。確認して貰えます?」

 

「はいはいっと。……うん、完璧! さっすがダンチョー、頼りになるね! こっちも手が回んなくて。ついでに値段も下がんない?」

 

「下がるわけないでしょ、ホシノさん。こっちは部じゃないし、資金繰り苦労してんですから。ただでさえギリギリなのに」

 

「そんなこと言わないでさー。頼むよダンチョー」

 

「ちょ!? やめ、あ、当たってる!?」

 

 

 何やら荷台を覗き込み、持って来たらしい品を確かめたホシノ殿は、男子生徒の頭を脇に抱えて、値段交渉を始めました。

 あ~……。あの位置は、うん、当たってますね。胸が。顔が真っ赤になってます。

 やけに楽しそうなホシノ殿でしたが、彼は腕の中から逃れようとし続け、ふと、視線が重なりました。私とです。

 

 

「……あれ。スズキさん、新しい部員入ったんですか?」

 

「ん? ああ、秋山さんは違うんだ。ほら、戦車道の」

 

 

 団長? 殿は、荷台から段ボールを降ろすスズキ殿に問いかけ、スズキ殿は首を振ります。

 同じ服装だから、勘違いされてしまったようです。

 初めての方ですし、ここはキチンと挨拶せねば!

 

 

「普通科、二年C組所属の、秋山 優花里と申します! 誕生日は六月六日、血液型はO型RH+であります!」

 

「へ? あ、詳細にどうも……。二年、って事は同学年か。よろしく」

 

 

 気合を入れて、踵を鳴らし、陸軍式の敬礼で自己紹介すると、ホシノ殿の柔らかフェイスロックから脱出した団長殿(仮)が、軽く頭を下げます。

 期待していた訳ではありませんが、答礼が無いのは少し寂しいでありますね……。

 それはさて置き。丁度良いですから、先程から感じている疑問をぶつけてみましょう。

 

 

「つかぬ事をお聞きしますが……。本名がダンチョー殿、と仰るんでありますか?」

 

「ああ、違う違う。それはこの人等がつけたあだ名で、本当は――」

 

「男子自動車部の部長だから、略してダンチョーなんだよねー。一人しか居ないから、そもそも部として認められてないけど」

 

「おい。確かにそうだけど邪魔すんなツチヤ。おっほん、オレは工学科の――」

 

「ついでにパソ研と科学部の部長でもあるんだけど、やっぱり他に部員居ないんだよねー」

 

「ツチヤ、お前ケンカ売ってんの?」

 

「きゃーん怖ーい」

 

 

 私の質問に、パーツクリーナーの缶を持ったツチヤ殿が何故か乱入。青筋を浮かべた彼に追い払われました。

 団長ではなく、男長なんでありますねー。同じ部だけあって、皆さんとは仲良しみたいです。

 余談でありますが、彼の持っている免許は、おそらく学園艦および競技中限定の自動車免許だと思われます。

 車種ではなく環境で限定を行った免許で、戦車道を履修する私達も当然、戦車の限定免許を取得しています!

 管理された競技中以外で陸を走ると即逮捕されちゃいますけど、取っておけば通常免許の取得が楽になるでありますよ?

 ちなみに双方共、取得可能年齢は十五歳からであります! 割と簡単です!

 話が逸れましたが、とりあえず、私もダンチョー殿と呼ばせて頂きましょう。

 

 

「なるほどー、男子自動車部の方でしたか。もしかして私達、今までもお世話になっていたりしたんでしょうか?」

 

「まぁ、本格的に参加したのは割と最近だけど、そこそこかな。

 コネを使って、加工難度の高い部品を安く仕入れたりしてるし。

 あと、選択科目に整備道を選んでるから、レギュレーションに合わせた戦車の防水加工とか。

 オレがやったのはルノーで、車検前にやっとけば費用安くなるんだけど、けっこう骨が折れるんだ、これが」

 

「おおおっ、そうでありましたか! ありがとうございます、ダンチョー殿!」

 

「……いや良いんだけどさ、その呼び名でも。どういたしまして」

 

 

 改めてお礼申し上げると、今度は照れ臭そうな敬礼を返して貰えました。

 手と肘の角度が違うので、海軍式になっちゃってますが、公の場じゃありませんし、こういうのは気持ちが大事なんです。とやかく言っちゃいけません!

 ルノーの整備と聞くと、通常は乗り合わせず、必要に応じて手伝いに来る五人目の乗員、グリース係を思い出しますねー。

 大洗女子では分校の男子生徒だけが履修できる、超就職向き科目、整備道を学んでいるというのも、雰囲気にピッタリです!

 

 また余談でありますが、競技に使用する戦車も、キチンと車検を通らねば試合には出られません。

 ダンチョー殿が仰った防水加工を例に挙げると、当時のままだと車内に水がガンガン入ってくる戦車も少なからず存在しまして、競技フィールドには川などがある場合も。

 なんらかの不測の事態により、そういった戦車が水没してしまった場合、乗員を守るために防水加工は必須なのであります! 戦車道は安心安全な競技なのです!

 

 とはいえ、去年の全国大会の時のような、かなり危うい場面がある事も否めないのでありますが……。

 防水加工してるなら放っておいても良かったんじゃ? トンでもない!

 三号戦車が完全に呑まれてしまうほど水かさを増した川では、競技を中断して救援車両を派遣しようにも、そもそも近付けなかったと思われます。

 あの場合、三号を見失わない内に川へ飛び込み、乗員を救出に向かった西住殿の判断は、やはり正しいんですよ!

 水圧でハッチ開かないだろ? きっと内側からも開けようとしていたんですよ、まだ沈みかけで圧も低い状態でしたし!

 って言うか、戦車も飲み込む激流に負けず、三号に辿り着いた西住殿は凄いです! 凄過ぎです超人です軍神ですぅ! 

 

 ……はっ。一人で脳内ヒートアップしてしまいました。自重せねば……。

 閑話休題! ひとまずポルシェ・ティーガーの整備は中断し、ダンチョー殿が持って来た品々を降ろす手伝いです。

 六人掛かりなら直ぐ終わってしまうんですが、そうする内に、また疑問が生まれました。

 ダンチョー殿が所属……していると言っていいのか分かりませんけど、部についてです。

 

 

「にしても、自動車部とパソ研と科学部って、なんだか妙な取り合わせですね。何か理由がお有りなんですか?」

 

「ん……。まぁ、ちょっと」

 

 

 世間話として聞いてみたんですが、ダンチョー殿は愛想笑いを浮かべるだけ。

 ……もしかして私、やらかしました? 初対面の人の地雷踏み抜いちゃいましたかっ?

 すみませんっ、空気読めなくてごめんなさいぃ!?

 

 

「話してやんなよ、ダンチョー」

 

「スズキさん……。いや、でも面白い話でもないし……」

 

「恥ずかしがる必要、無いんじゃないかな。立派だと思うよ、アタシは」

 

 

 内心焦りまくりな私でしたけど、スズキ殿、ホシノ殿の言葉に、ダンチョー殿は頭を掻きます。

 恥ずかしがる……。どういう事なんでしょう?

 ややあって、彼は首を傾げる私へと向き直りました。

 

 

「夢が、あるんだ。オレ、将来は車の設計がしたくてさ」

 

「へー、設計でありますか! 何が切っ掛けで志したんですか? やっぱり、構造の美しさとかに惹かれて?」

 

「いや、そうじゃなくて……。事故を起こしても、乗員を必ず守れるような、安全な車を作りたいんだ」

 

 

 意外や意外。とても堅実的な夢に、私は感心してしまったのですが、ダンチョー殿は軽トラのドアへ寄り掛かり、静かに続けます。

 

 

「小学生の頃、親戚……つってもかなり遠縁の人達がさ。事故で亡くなったんだ。それが切っ掛けかなぁ」

 

「あ……。そ、そうだったんですか。すみません、無神経な事を……」

 

「良いんだ、気にしないで」

 

 

 やっぱり地雷を踏んでいた事が分かり、申し訳無く顔を伏せる私に、ダンチョー殿が手を振って笑い掛けてくれました。

 心の広い方で、命拾いしましたね……。いえ、別に生命の危機ではありませんでしたけど、精神的に。

 

 

「その人達には娘さんが居たんだ。同い年だったもんで、葬式に出た時、親に色々と話し掛けさせられたんだけど、なんも反応しなくて。

 子供だったから、事の重要さもよく分かんなくてさ。つまんなくて放っぽりだしちゃったんだ、その子のこと。……ホント、最低だよな」

 

 

 ――が、その笑みはすぐ、自嘲へと取って代わります。

 お葬式をつまらなく感じる。

 子供なんですから、ある意味仕方ないと思う部分もありますが、口には出せませんでした。

 こういう時、西住殿や武部殿とかだったら、気の利いた事を言えるんでしょうけど……。

 ああ、自分のオタク気質が恨めしいです……。

 

 

「でも、やっぱり葬式だからどこ行っても辛気臭くって、結局その子の所に戻ろうとしたら……泣いてたんだ、一人で。声を殺して、畳に蹲って。

 声も掛けられなかった。今考えると、側に居るだけでも良かったんだろうに、ただただ、居た堪れなくて、見てるしか出来なかった。

 その一度きりしか会わなかったけど、それから考えるようになったんだ。

 どうしてあんな事故が起きたのか、なんであの子の両親は助からなかったのか。……どうすれば、あんな事故を防げるのか」

 

 

 ダンチョー殿が天井を見上げます。

 釣られて上を向くと、天窓に切り抜かれた青空が見えました。

 とても重大な話を、けれど、必要以上に重々しく感じないのは、彼の声が、あの空と同じように澄んでいるからでしょうか?

 

 

「まぁ、そんなこんながあって、事故を防止するシステムとか、安価で効果的な衝撃吸収材の開発とか、車体の設計をしたいと思うようになって、今に至るんだ。

 工学科を選んだのも、プログラムとか機械の設計とかを勉強するためなんだよ。悪かったね、つまんない話を聞かせて……」

 

「そんな事ありませんっ!」

 

「うおっ」

 

 

 照れ臭そうに、苦笑いを浮かべるダンチョー殿でしたが、私は思わず、全力で否定していました。

 当然、夢をじゃなくって、つまらないと本人が言ってしまった部分を、です!

 

 

「どこがつまらない話ですか! 不肖・秋山 優花里、感動致しましたっ。素晴らしい夢ですよ、ダンチョー殿! 及ばずながら、応援させて頂きますっ!」

 

「え、あ、そ、そう? あり、がとう……」

 

 

 幼い頃に出会った少女の涙のため、自分の夢を定める……。

 紛うこと無き、男――否! 漢でありましょう!

 私で力になれる事は少なそうですけど、その分、心の底から応援したいです!

 なんだかつい最近、似たような話を聞いた気もするんですが、この際、気にしませんっ。

 頑張って下さい、ダンチョー殿!

 ……と、一人でまたヒートアップする私を見て、ナカジマ殿がにこやかに笑っていました。

 

 

「戦車道が本格的に始まる前、放置されてた戦車を運び出したでしょう?

 そのヘルプとして、生徒会から派遣されて来た人員の中にダンチョーが居たんだけど、その時、構造とかを調べてる姿が凄く真剣で。

 話を聞いてみたら、まぁ、ワタシ達も応援したくなっちゃって。それから色々と仕事を頼むようになり、今では一緒に戦車を弄ってる、って訳です」

 

「実際、戦車の整備って自動車のよりも力仕事だし、台数増えて時間も掛かるようになっちゃったし、助かるんだー。頼りにしてるよーダンチョー」

 

「はいはい、頼りにされますよ」

 

 

 私の勢いに戸惑っていたダンチョー殿は、ツチヤ殿に肩を叩かれ、表情を崩します。

 仲が良いだけでなく、気安いやり取りが信頼関係を伺わせますね。

 きっと私の知らない、これまでに培った日々があるんでしょう。ちょっと羨ましい関係です。

 さてさて。

 そんなこんながあった所で、配達を終えたダンチョー殿が、軽トラ乗り込みつつ、自動車部の皆さんへ声を掛けました。

 お帰りになるようです。

 

 

「じゃあ、オレはこれで。なんか、他に必要な物とかは?」

 

「あ、あるある。ちょっと待ってくれるかな、メモっといたのが……はいコレ」

 

「ふむ……。了解です、ホシノさん。そいじゃ、秋山さん、また」

 

「はいっ。武運長久をお祈りします!」

 

「いや秋山さん、出撃するわけじゃないんだから……」

 

「あっははは。んじゃ、失礼します!」

 

 

 ホシノ殿からメモを受け取り、ダンチョー殿は軽トラに乗り込みます。

 私の敬礼とスズキ殿のツッコミに吹き出して、今度こそエンジンを始動。

 バックで切り返してから、格納庫を走り去って行きました。

 新しい出会いのおかげで気合いも入りましたし、ポルシェ・ティーガーの整備、頑張りましょう!

 

 

 




 キングクリムゾン! 投稿までに掛かるはずだった三年と十一ヶ月半を、無かった事にする!
 つー訳で、ここだけ次のオリンピック・イヤー。ゆかりん編の開始でございます、ひゃっほぉおおう!
 今回のお相手はダンチョー君。もうお分りでしょうけど、あんこうチームの某キャラの親戚です。超遠縁の。
 戦車と西住殿にしか夢中にならなさそうな彼女が、どうやって突き崩されるのか。よろしければお付き合い下さい。
 では、失礼します。

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