「おむにばす!」   作:七音

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第二話「どうか、よろしくお願い致しますっ」

 

 

 

 サンダース大学付属高校との試合を勝利で飾り、二回戦のアンツィオ高校との試合を前にした休日。

 わたくしは、乗客の少ないバスに揺られて、茨城県の笠間市方面へと足を延ばしていました。

 

 

「やっぱり、女子高生の話をまともに聞いてくれる窯元は、そう簡単には見つかりませんね……」

 

 

 ボーダー柄のシャツに膝丈の短パン。白い上着とニット帽を被るわたくしは、きっと休日を楽しむ女学生に見えるはずですが、気持ちはドンヨリ沈んでいました。

 益子焼と並ぶ関東の焼き物、笠間焼が発展したこの地域は、戦後から自由な気風を持つ若い職人が集まったおかげか、とても幅広い陶器の作品が作られているそうです。

 ウサギさんチームの副砲砲手、大野あやさんの出身地でもあるみたいですね。各チームの砲手が集まってお話しした時に聞きました。

 そこで、戦車道の練習の休日を利用し、わたくしの追い求める花器を作って頂こうとしていたのですが……。

 

 

(まさか、門前払いで話も聞いて貰えないなんて……。五十鈴の家の名前を使わなければ、わたくしはただの高校生なんだわ……)

 

 

 午前中に八軒。お昼に洋食屋さんのギガ盛りチャレンジメニューを頂き、臨時収入を得てから更に五軒の窯元を訪れて、話を聞いて下さった所は皆無。

 華道を離れたわたくしは、ただの五十鈴 華。家元の娘であることを隠し、仕事を依頼したいとお話ししたのですが、「アポを取って下さい」やら、「個人からの仕事は受けかねます」やら。

 暖簾に腕押し、糠に釘とはこの事だと、実感してしまいました。アポに関しては、飛び込みでお願いしようとした、わたくしが悪いのですが。

 もうすぐ夕方。帰りの時間を考えると、そろそろ港に戻らなければなりません。

 ネットで調べたところ、今乗っているバスが向かう先に、小さな窯元があるらしく、大手で話を聞いて貰えないなら……と、一縷の望みを託しています。

 

 程なくバスは停車し、わたくしは運賃を支払って降車しました。

 他に降りる人は居なくて、ボロボロのトタンで出来た待合所が、奇妙な寂寥感を漂わせています。

 平地より、少しだけ山に近い場所。

 山間の澄んだ空気と、遠くに都会の喧騒を感じながら、目的の窯元へと歩き出しました。

 携帯のマップアプリを頼りに、約十五分。口コミによる目印である、樹齢二百年を超える大きな木が見え始めます。

 その足元に、小さく見えてしまう家々が数軒ほど。

 自宅 兼 販売店舗と工房、整形したばかりの焼き物を乾燥させる為の建物……みたいです。

 

 

(今日は、ここで最後。ここが駄目なら……)

 

 

 戦車道の練習もしなければいけないし、試合だってあります。

 こんな風に、休日を丸々潰して歩き回れる機会は、多くありません。

 弱気になっては駄目。正直に全部お話して、いっそ土下座する覚悟で臨まないと!

 わたくしは気合を入れ直し、早速、道路沿いにある一番手前の建物……。販売所へ向かいます。

 

 

「失礼致します」

 

「あ。い、いらっしゃいませー。ごゆっくりどうぞー!」

 

 

 藍色の暖簾をくぐると、レジに座っていた妙齢の女性が、慌てて椅子から立ち上がりました。

 なんと言いますか、「お客が来るとは想像もしてなかった」といった様子です。

 小さな工房は身内経営が多いそうですから、職人さんの親族の方かも知れません。

 店内には、小皿や小鉢の並べられた棚、観賞用の大皿や壺が置かれていました。

 一見、どこにでもありそうな品々ですが、大量生産品には無い、味わい深さを感じます。職人さんの腕が良い証拠ですね。

 とにかく、まずはこちらの要件を伝えないと……。

 

 

「飛び込みで失礼だとは存じますが、実は……。お仕事を、お願いさせて頂きたくて。ご相談できませんでしょうか」

 

「……は? お仕事……」

 

 

 わたくしの言葉に、女性は疑わしげな眼を向けます。

 ……やっぱり、いきなり現れた女子高生が仕事の依頼なんて、怪しいに決まってますよね。

 また門前払いかしら、と身構えていましたが、しかし女性は、店舗の奥に向かって大声を張り上げました。

 

 

「若ー! なんか、仕事を頼みたいってお客さん来てますけどー!」

 

 

 その後、「ちょっとだけお待ち下さいね?」と微笑む女性に笑い返し、待つこと一分ほど。

 住居部分に繋がっているらしい店舗奥から、藍染の作務衣を着る、短い黒髪の男性が姿を見せます。

 わたくしよりも年上でしょうか。少なくとも二十歳は越えていそうな、実直そうな方でした。

 呼ばれ方から察するに、この窯元を代表する職人さんの、息子さんなのだと思います。

 

 

「お待たせしました。生憎、父は出ておりまして。私で良ければ、お話を伺います」

 

「あ……! ありがとうございます!」

 

 

 いきなりな訪問にも関わらず、若と呼ばれた男性の腰は低く、話を聞いて頂けるという喜びも相俟って、わたくしは深々と頭を下げます。

 若さんが小さく笑い、「こちらへどうぞ」と、奥座敷に。

 わたくしも、「お邪魔致します」と一声かけて、上がらせて頂きました。

 純和風な茶の間は、そのこじんまりとした佇まいが、心を落ち着かせてくれます。

 

 

「それで、仕事の御依頼との事でしたが」

 

「はい。あ、ご挨拶が遅れました。わたくし、五十鈴 華と申します。実家は華道の家元で……」

 

「ああ、聞いた事があります。という事はまさか、御宗家からの?」

 

「……いいえ。今回は、わたくし個人からの依頼です」

 

 

 二人分のお茶を淹れてくださる若さんに、わたくしは事情を説明します。

 一時的に華道を離れたこと。戦車道を始めたこと。

 その結果として、五十鈴家から勘当されてしまったことを。

 

 

「華道を離れて、戦車道を……」

 

「はい。わたくし、どうしても今の自分に納得がいかないんです。

 見た目は整っていても、型にハマって、ただ習った事を再現しているだけの、わたくしの生け花を変えたいんです!

 そのための特別な花器を、こちらで作って頂けたら、と、思うのですが……」

 

 

 少々熱が入ってしまったようで、わたくしは、つんのめるように語っていました。

 それに気付くと恥ずかしさが勝り、言葉は尻すぼみに。

 少しの間、茶の間には沈黙が広がります。

 

 

「なにか、こうして欲しいというアイディアとか、要望……。デッサン画などはありますか?」

 

「あ、はい。学校の美術の先生にお願いして、イメージを描いて貰いました」

 

 

 今度は、若さんの方から質問が。

 わたくしはショルダーバックを探り、一冊のスケッチブックを広げます。

 中には、美術部の顧問でもいらっしゃる先生に頼み込んだ、複数の絵が描かれていました。

 わたくしが考案した形の器と、その寸法などが書き込まれています。中には、戦車を模した花器まで。

 若さんは大事そうにそれを受け取り、けれど数秒後、沈痛な面持ちで首を横に振りました。

 

 

「申し訳ありませんが、父ではお力になれないと思います」

 

「そんなっ。……どうして、でしょうか」

 

 

 思わず、また前のめりになりかけて、落胆と共に問い掛けます。

 せっかく話を聞いて貰えたのに、これでは意味が……。

 

 

「私の父は、轆轤による成形を専門に行っています。こういった形状を作り出すには、手びねりという別の技術が必要になってきますので、そもそも父には作れないんです」

 

「そう、なんですか」

 

「それに、ここまで複雑な物となると、特注という形になりますから。

 先程、個人の御依頼と仰っていましたが、見た所、高校生くらいでいらっしゃいますよね?

 下世話な話になりますけれど、予算的にも……」

 

「予算……」

 

 

 現実的な問題を突き付けられて、わたくしの肩は落ちて行きます。

 言った本人である若さんも、心苦しいのか、表情が曇っていました。

 物にもよりますが、陶磁器や花器というものは非常に高価で、安くて数百円から数万円。

 名のある名工の手による物なら、それこそ数百万円がざらにあるという世界です。

 実家であれば、そんな花器も数点は所有していますが、わたくし個人で持っている訳ではなく、勘当されてしまっては使うことも許されないでしょう。

 そして、単なる女子高生に用意できる金額も、高が知れています。

 大洗近辺のギガ盛りメニューは制覇済みですし、賞金も、購入代金と比べたら微々たるもの。賞金目当てに全国行脚なんて本末転倒ですから、手詰まりです。

 

 やっぱり、分不相応な願いだったんでしょうか……。

 目の前を高い壁に塞がれたようで、気持ちはどんどん落ち込んでしまいました。

 しかし、そんな時。不意に若さんが声を掛けて下さいます。

 

 

「……まだ、お時間はありますか?」

 

「え? は、はい。大丈夫です」

 

「少し、見て貰いたい物があります。着いて来て下さい」

 

 

 腰を上げた若さんが、襖を開けて板張りの廊下へ。

 戸惑いながら後に続くと、大きなガラス戸越しに内庭の緑が見えます。

 廊下の先には階段があり、二階へと登ってすぐの部屋に、彼は入って行きました。

 覗き込むようにして中を伺うと……。

 

 

「まぁ、素敵な小物……!」

 

 

 そこは、可愛らしい小物がズラリと並ぶ、展示室のような部屋でした。

 動物を象った置物や、小さな花をモチーフにした陶器。繊細な柄が描かれた小物入れ。他にも、女の子が喜びそうな品物が沢山あります。

 みほさんや沙織さんに、御土産として買って行ったら喜んで貰えそう……。

 あと、乾燥した土の匂いや、顔料か何かのような匂いもしますね。

 子供の頃の、泥んこ遊びをした後を思い出します。お母様に怒られたものです。

 

 

「先ほど言った手びねりという技法で、私が手慰みに作った物です。商品にも出来ない物なんですが」

 

「え!? こ、この出来で、ですか?」

 

 

 目を輝かせていたわたくしに、若さんは苦笑いを浮かべて言います。

 信じられないといった気持ちが、知らず声を大きくさせました。

 お店に並べたら、間違いなく人気商品になりそうな、素晴らしい出来映えなのに。

 

 

「父は職人気質の人間で、酷く堅物なんです。父にとっては、こんな物は遊びの内で、仕事として認められないんですよ。売り物にするなんて以ての外、だそうで」

 

「そんな……。勿体無い……」

 

 

 わたくしの疑問には、若さんの苦々しい声が返ります。

 これほど見事な作品を遊びと断じるなんて、相当厳しい方なのでしょう。

 もし、そんな方に直接、わたくしが依頼なんてしていたら……。外出なされていたのは、僥倖だったかも知れません。

 内心で安堵しつつ、残念に思いながら可愛い小物を眺めていると、そのうちの一つ――お座りする仔犬の根付を手に取った若さんが、こちらに向き直りました。

 

 

「先程のお話ですが……。父ではなく、私への御依頼という形でしたら、お受けできると思います」

 

「……っ! ほ、本当ですか!?」

 

 

 思いがけない承諾の返事に、また驚いてしまいました。

 仔犬の根付を弄ぶ若さんは、そんなわたくしへと、真剣な眼差しで頷いてくれて。

 

 

「父に隠れて作る事になりますし、私は半人前の身ですから。

 時間が掛かるかも知れません。必ずご期待に添えると、確約も出来ません。

 代わりと言ってはなんですが、代金は勉強させて貰いますし、それで良ければ……」

 

「お願いします! 是非とも!」

 

 

 これで、わたくしだけの花器を作って貰える。お母様に認めてもらう為の、第一歩を踏み出せる。

 感激のあまり、わたくしは若さんの手を取っていました。

 キョトン、と目を丸くする彼。

 数秒後、とてもはしたない事をしていると悟り、慌てて謝ります。

 

 

「……あっ。し、失礼いたしました……」

 

「い、いえいえ……」

 

 

 手を離すと、若さんは、どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、わたくしも俯いてしまいます。

 ど、どうしましょう。殿方の手を自分から握るなんて、産まれて初めてかも知れません。

 実家に奉公に来ている新三郎とは、子供の頃に何度か繋いだことがありますが、新三郎はあくまで新三郎というカテゴライズですから、数に入れるのは違うような気がしますし。

 もどかしい雰囲気に包まれてしまった部屋でしたけれど、深呼吸をした若さんが、話を元に戻してくれます。

 

 

「じゃ、じゃあ、契約成立、という事で。デザイン画、コピーさせて貰っても?」

 

「は、はい。どうか、よろしくお願い致しますっ」

 

「承りました。……あ、この根付、良かったらどうぞ。つまらない物ですが」

 

「え? いいえ、そんな。ただでさえ御無理を言っているのに、こんな物まで頂いては……」

 

「良いんです。うちに置いていても、肥やしにすらなりませんから。遠慮しないで下さい」

 

 

 部屋を出て、階段を下りながら、わたくしたちは話し続けます。

 予想外の展開ではありましたけれど、初めて会った人間に気骨を折ってくれる、優しい職人さんに出会えた事は、何よりの収穫です。

 一先ず、花器を作って頂く算段は整いました。

 後はわたくしが戦車道で自分を磨き、もっと力強い花を活けられるようにならなくては。

 

 わたくし、頑張りますわ!

 

 

 




 あーあ、筆者も可愛い女の子とお手て繋ぎたいなー。
 と言うわけで、五十鈴 華編、第二話でした。前話ではお相手が登場してなかったので、一挙に二話更新です。
 ライカ君に続く華さんのお相手は若さん。試合中の華さんの言動と合わせると、任侠映画の匂いが漂いますな。新三郎さんカワイソス。
 それでは次回、五十鈴 華編の第三話。起承転結の転をお待ち下さい。失礼致します。

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