サンダース大学付属高校との試合を勝利で飾り、二回戦のアンツィオ高校との試合を前にした休日。
わたくしは、乗客の少ないバスに揺られて、茨城県の笠間市方面へと足を延ばしていました。
「やっぱり、女子高生の話をまともに聞いてくれる窯元は、そう簡単には見つかりませんね……」
ボーダー柄のシャツに膝丈の短パン。白い上着とニット帽を被るわたくしは、きっと休日を楽しむ女学生に見えるはずですが、気持ちはドンヨリ沈んでいました。
益子焼と並ぶ関東の焼き物、笠間焼が発展したこの地域は、戦後から自由な気風を持つ若い職人が集まったおかげか、とても幅広い陶器の作品が作られているそうです。
ウサギさんチームの副砲砲手、大野あやさんの出身地でもあるみたいですね。各チームの砲手が集まってお話しした時に聞きました。
そこで、戦車道の練習の休日を利用し、わたくしの追い求める花器を作って頂こうとしていたのですが……。
(まさか、門前払いで話も聞いて貰えないなんて……。五十鈴の家の名前を使わなければ、わたくしはただの高校生なんだわ……)
午前中に八軒。お昼に洋食屋さんのギガ盛りチャレンジメニューを頂き、臨時収入を得てから更に五軒の窯元を訪れて、話を聞いて下さった所は皆無。
華道を離れたわたくしは、ただの五十鈴 華。家元の娘であることを隠し、仕事を依頼したいとお話ししたのですが、「アポを取って下さい」やら、「個人からの仕事は受けかねます」やら。
暖簾に腕押し、糠に釘とはこの事だと、実感してしまいました。アポに関しては、飛び込みでお願いしようとした、わたくしが悪いのですが。
もうすぐ夕方。帰りの時間を考えると、そろそろ港に戻らなければなりません。
ネットで調べたところ、今乗っているバスが向かう先に、小さな窯元があるらしく、大手で話を聞いて貰えないなら……と、一縷の望みを託しています。
程なくバスは停車し、わたくしは運賃を支払って降車しました。
他に降りる人は居なくて、ボロボロのトタンで出来た待合所が、奇妙な寂寥感を漂わせています。
平地より、少しだけ山に近い場所。
山間の澄んだ空気と、遠くに都会の喧騒を感じながら、目的の窯元へと歩き出しました。
携帯のマップアプリを頼りに、約十五分。口コミによる目印である、樹齢二百年を超える大きな木が見え始めます。
その足元に、小さく見えてしまう家々が数軒ほど。
自宅 兼 販売店舗と工房、整形したばかりの焼き物を乾燥させる為の建物……みたいです。
(今日は、ここで最後。ここが駄目なら……)
戦車道の練習もしなければいけないし、試合だってあります。
こんな風に、休日を丸々潰して歩き回れる機会は、多くありません。
弱気になっては駄目。正直に全部お話して、いっそ土下座する覚悟で臨まないと!
わたくしは気合を入れ直し、早速、道路沿いにある一番手前の建物……。販売所へ向かいます。
「失礼致します」
「あ。い、いらっしゃいませー。ごゆっくりどうぞー!」
藍色の暖簾をくぐると、レジに座っていた妙齢の女性が、慌てて椅子から立ち上がりました。
なんと言いますか、「お客が来るとは想像もしてなかった」といった様子です。
小さな工房は身内経営が多いそうですから、職人さんの親族の方かも知れません。
店内には、小皿や小鉢の並べられた棚、観賞用の大皿や壺が置かれていました。
一見、どこにでもありそうな品々ですが、大量生産品には無い、味わい深さを感じます。職人さんの腕が良い証拠ですね。
とにかく、まずはこちらの要件を伝えないと……。
「飛び込みで失礼だとは存じますが、実は……。お仕事を、お願いさせて頂きたくて。ご相談できませんでしょうか」
「……は? お仕事……」
わたくしの言葉に、女性は疑わしげな眼を向けます。
……やっぱり、いきなり現れた女子高生が仕事の依頼なんて、怪しいに決まってますよね。
また門前払いかしら、と身構えていましたが、しかし女性は、店舗の奥に向かって大声を張り上げました。
「若ー! なんか、仕事を頼みたいってお客さん来てますけどー!」
その後、「ちょっとだけお待ち下さいね?」と微笑む女性に笑い返し、待つこと一分ほど。
住居部分に繋がっているらしい店舗奥から、藍染の作務衣を着る、短い黒髪の男性が姿を見せます。
わたくしよりも年上でしょうか。少なくとも二十歳は越えていそうな、実直そうな方でした。
呼ばれ方から察するに、この窯元を代表する職人さんの、息子さんなのだと思います。
「お待たせしました。生憎、父は出ておりまして。私で良ければ、お話を伺います」
「あ……! ありがとうございます!」
いきなりな訪問にも関わらず、若と呼ばれた男性の腰は低く、話を聞いて頂けるという喜びも相俟って、わたくしは深々と頭を下げます。
若さんが小さく笑い、「こちらへどうぞ」と、奥座敷に。
わたくしも、「お邪魔致します」と一声かけて、上がらせて頂きました。
純和風な茶の間は、そのこじんまりとした佇まいが、心を落ち着かせてくれます。
「それで、仕事の御依頼との事でしたが」
「はい。あ、ご挨拶が遅れました。わたくし、五十鈴 華と申します。実家は華道の家元で……」
「ああ、聞いた事があります。という事はまさか、御宗家からの?」
「……いいえ。今回は、わたくし個人からの依頼です」
二人分のお茶を淹れてくださる若さんに、わたくしは事情を説明します。
一時的に華道を離れたこと。戦車道を始めたこと。
その結果として、五十鈴家から勘当されてしまったことを。
「華道を離れて、戦車道を……」
「はい。わたくし、どうしても今の自分に納得がいかないんです。
見た目は整っていても、型にハマって、ただ習った事を再現しているだけの、わたくしの生け花を変えたいんです!
そのための特別な花器を、こちらで作って頂けたら、と、思うのですが……」
少々熱が入ってしまったようで、わたくしは、つんのめるように語っていました。
それに気付くと恥ずかしさが勝り、言葉は尻すぼみに。
少しの間、茶の間には沈黙が広がります。
「なにか、こうして欲しいというアイディアとか、要望……。デッサン画などはありますか?」
「あ、はい。学校の美術の先生にお願いして、イメージを描いて貰いました」
今度は、若さんの方から質問が。
わたくしはショルダーバックを探り、一冊のスケッチブックを広げます。
中には、美術部の顧問でもいらっしゃる先生に頼み込んだ、複数の絵が描かれていました。
わたくしが考案した形の器と、その寸法などが書き込まれています。中には、戦車を模した花器まで。
若さんは大事そうにそれを受け取り、けれど数秒後、沈痛な面持ちで首を横に振りました。
「申し訳ありませんが、父ではお力になれないと思います」
「そんなっ。……どうして、でしょうか」
思わず、また前のめりになりかけて、落胆と共に問い掛けます。
せっかく話を聞いて貰えたのに、これでは意味が……。
「私の父は、轆轤による成形を専門に行っています。こういった形状を作り出すには、手びねりという別の技術が必要になってきますので、そもそも父には作れないんです」
「そう、なんですか」
「それに、ここまで複雑な物となると、特注という形になりますから。
先程、個人の御依頼と仰っていましたが、見た所、高校生くらいでいらっしゃいますよね?
下世話な話になりますけれど、予算的にも……」
「予算……」
現実的な問題を突き付けられて、わたくしの肩は落ちて行きます。
言った本人である若さんも、心苦しいのか、表情が曇っていました。
物にもよりますが、陶磁器や花器というものは非常に高価で、安くて数百円から数万円。
名のある名工の手による物なら、それこそ数百万円がざらにあるという世界です。
実家であれば、そんな花器も数点は所有していますが、わたくし個人で持っている訳ではなく、勘当されてしまっては使うことも許されないでしょう。
そして、単なる女子高生に用意できる金額も、高が知れています。
大洗近辺のギガ盛りメニューは制覇済みですし、賞金も、購入代金と比べたら微々たるもの。賞金目当てに全国行脚なんて本末転倒ですから、手詰まりです。
やっぱり、分不相応な願いだったんでしょうか……。
目の前を高い壁に塞がれたようで、気持ちはどんどん落ち込んでしまいました。
しかし、そんな時。不意に若さんが声を掛けて下さいます。
「……まだ、お時間はありますか?」
「え? は、はい。大丈夫です」
「少し、見て貰いたい物があります。着いて来て下さい」
腰を上げた若さんが、襖を開けて板張りの廊下へ。
戸惑いながら後に続くと、大きなガラス戸越しに内庭の緑が見えます。
廊下の先には階段があり、二階へと登ってすぐの部屋に、彼は入って行きました。
覗き込むようにして中を伺うと……。
「まぁ、素敵な小物……!」
そこは、可愛らしい小物がズラリと並ぶ、展示室のような部屋でした。
動物を象った置物や、小さな花をモチーフにした陶器。繊細な柄が描かれた小物入れ。他にも、女の子が喜びそうな品物が沢山あります。
みほさんや沙織さんに、御土産として買って行ったら喜んで貰えそう……。
あと、乾燥した土の匂いや、顔料か何かのような匂いもしますね。
子供の頃の、泥んこ遊びをした後を思い出します。お母様に怒られたものです。
「先ほど言った手びねりという技法で、私が手慰みに作った物です。商品にも出来ない物なんですが」
「え!? こ、この出来で、ですか?」
目を輝かせていたわたくしに、若さんは苦笑いを浮かべて言います。
信じられないといった気持ちが、知らず声を大きくさせました。
お店に並べたら、間違いなく人気商品になりそうな、素晴らしい出来映えなのに。
「父は職人気質の人間で、酷く堅物なんです。父にとっては、こんな物は遊びの内で、仕事として認められないんですよ。売り物にするなんて以ての外、だそうで」
「そんな……。勿体無い……」
わたくしの疑問には、若さんの苦々しい声が返ります。
これほど見事な作品を遊びと断じるなんて、相当厳しい方なのでしょう。
もし、そんな方に直接、わたくしが依頼なんてしていたら……。外出なされていたのは、僥倖だったかも知れません。
内心で安堵しつつ、残念に思いながら可愛い小物を眺めていると、そのうちの一つ――お座りする仔犬の根付を手に取った若さんが、こちらに向き直りました。
「先程のお話ですが……。父ではなく、私への御依頼という形でしたら、お受けできると思います」
「……っ! ほ、本当ですか!?」
思いがけない承諾の返事に、また驚いてしまいました。
仔犬の根付を弄ぶ若さんは、そんなわたくしへと、真剣な眼差しで頷いてくれて。
「父に隠れて作る事になりますし、私は半人前の身ですから。
時間が掛かるかも知れません。必ずご期待に添えると、確約も出来ません。
代わりと言ってはなんですが、代金は勉強させて貰いますし、それで良ければ……」
「お願いします! 是非とも!」
これで、わたくしだけの花器を作って貰える。お母様に認めてもらう為の、第一歩を踏み出せる。
感激のあまり、わたくしは若さんの手を取っていました。
キョトン、と目を丸くする彼。
数秒後、とてもはしたない事をしていると悟り、慌てて謝ります。
「……あっ。し、失礼いたしました……」
「い、いえいえ……」
手を離すと、若さんは、どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、わたくしも俯いてしまいます。
ど、どうしましょう。殿方の手を自分から握るなんて、産まれて初めてかも知れません。
実家に奉公に来ている新三郎とは、子供の頃に何度か繋いだことがありますが、新三郎はあくまで新三郎というカテゴライズですから、数に入れるのは違うような気がしますし。
もどかしい雰囲気に包まれてしまった部屋でしたけれど、深呼吸をした若さんが、話を元に戻してくれます。
「じゃ、じゃあ、契約成立、という事で。デザイン画、コピーさせて貰っても?」
「は、はい。どうか、よろしくお願い致しますっ」
「承りました。……あ、この根付、良かったらどうぞ。つまらない物ですが」
「え? いいえ、そんな。ただでさえ御無理を言っているのに、こんな物まで頂いては……」
「良いんです。うちに置いていても、肥やしにすらなりませんから。遠慮しないで下さい」
部屋を出て、階段を下りながら、わたくしたちは話し続けます。
予想外の展開ではありましたけれど、初めて会った人間に気骨を折ってくれる、優しい職人さんに出会えた事は、何よりの収穫です。
一先ず、花器を作って頂く算段は整いました。
後はわたくしが戦車道で自分を磨き、もっと力強い花を活けられるようにならなくては。
わたくし、頑張りますわ!
あーあ、筆者も可愛い女の子とお手て繋ぎたいなー。
と言うわけで、五十鈴 華編、第二話でした。前話ではお相手が登場してなかったので、一挙に二話更新です。
ライカ君に続く華さんのお相手は若さん。試合中の華さんの言動と合わせると、任侠映画の匂いが漂いますな。新三郎さんカワイソス。
それでは次回、五十鈴 華編の第三話。起承転結の転をお待ち下さい。失礼致します。