「おむにばす!」   作:七音

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第三話「それは誤解です!」

 

 

 ――ハメられた。

 

 そう気付いた時には、既に手遅れだった。

 すでに退路はなし。この場に立ち入ってすぐに塞がれてしまっている。

 眼前には、まるで獲物を狙うようにこちらを見据える影。

 悠然と佇むその姿は、この状況が計算され尽くした上で生み出されたのだという事を証明していた。

 

 騙された。

 裏切られた。

 罠に掛けられた。

 

 どうしてこうなったの?

 どうしてこんな事するの?

 私は、皆の事を信じてたのに。

 

 ……あぁ、近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくり、近づいて来る。

 

 孤立無援で、救援も期待出来ない。

 もう、抵抗のしようがない。

 このまま、まな板の上の鯉のように、料理されるのを待つばかり。

 ……逃げられ、ない。

 

 

 

 

 

「武部さん、二人で一緒にお昼食べましょう!」

 

 

 

 

 

 こいつの猛攻からは、逃げられない。

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「たった~らりらら、ふっふふっふ~ん♪」

 

 

 時は少し遡って、十分前。

 上機嫌に鼻歌なんて歌いながら、私は屋上への階段を上っていた。

 今日は日曜日。

 学校はお休みな筈なのに、どうして私が校舎内に居るのかと問われれば、それはもちろん、戦車道が理由です。

 ちょっと前の私なら、日曜にわざわざ学校に来て練習するだなんて面倒臭がってただろうけど、先日のアンツィオ戦でも見事に快勝。最近ノリにノってるさおりんとしては、この程度の事でとやかくは言わないのだ。

 

 それに、この後は皆で一緒に、眺めのいい所でお昼ご飯。昨日みぽりんから提案があって、皆でお弁当を作って、それを交換しあおうという事になってるの。

 正直、みんなのお弁当はどうなっているのか想像つかないけど(特に華とか麻子とか)、まぁとにかく、気合を入れて作ってきたんだ~。

 メニューは、コンニャクとヒジキの煮物に、春雨の中華風炒め、レンコンの挟みハンバーグ。タネには味付けしたお豆腐を使ってます。

 女子には嬉しい、低カロリー&食物繊維たっぷりの、栄養満点なお弁当。本当はもうちょっと脂分が欲しいんだけど、そこは少しだけ濃い目の味付けで我慢。

 そうしなかったら、あっという間におデブちゃんだもん。せっかく戦車道で得たモテかわスリム、維持したいんです。

 

 

「よーし、私がいっちばーん♪」

 

 

 そうこうしている内に、屋上へ続くドアの前に到着。

 なんだか、みんな色々と細かい用事があるみたいで、先に行ってて欲しいとの事だった。

 後で考えるとものすっごく怪しい素振りが見え隠れしてたんだけど、この時の私は疑問に思う事もなく、勢いよくドアを開ける。

 予想通り、屋上にはまだ誰も来ていなかった。ある物といえば、干し芋の空きダンボールくらい。多分、いつも会長が齧ってるやつのかも。

 かなり大量に纏め買いしているらしいし、屋上にあってもおかしくない。

 

 

 

 

 

「――おかしくない訳ないでしょお!? なんで屋上にダンボールがポツンと鎮座してるのよ!? 違和感バッリバリじゃない!?」

 

「ちぃっ、バレたか……っ!」

 

 

 

 

 

 指差しながら言い放てば、ダンボールからニョキッと足が生え、中からあいつが――ライカが姿を現した。

 何をシリアスチックなイケメンボイス出しておるか、このおばか。

 間違い探しにしたって得点の低い問題でしょうこれは。○ォーリーに丸つけてあるレベルよ。

 っていうか質量保存の法則無視してなかった? その小さなダンボールにどうやって入ってたの? 子供が入るのがやっとの大きさだよ?

 

 

「この完璧な偽装を見破るとは……。流石は武部さん! 惚れ直しましたっ!」

 

「どう見たってワザとでしょう、この蛇道三段。……で、なんであん――貴方がここに居るのよ。私、これからチームの皆とお昼ご飯なんだけど」

 

「はい、知ってますよ。だから待ってたんです」

 

「……あんですと?」

 

 

 なんでこいつが知ってるの? まさか、サンダースよろしく戦車に盗聴器でも仕掛けてるんじゃ……?

 そんな事を思って後退りしていると、ライカは、何故か少し照れた様子で自分の頬を掻く。

 

 

「……実は、西住さん達に協力をお願いして、武部さんにここへ来てもらえるよう、仕組んだんです」

 

「みぽりん……?」

 

 

 ど、どういうこと? 私を呼び出すために? ……まさかっ!?

 嫌な予感に大急ぎで反転し、私は校内へ続くドアを開け――

 

 

《カチャン》

 

 

 ――ようとした、正にその時、その瞬間、鍵の掛かるような音がした。

 念のためにノブを回して確かめてみても、ガチャガチャいうだけで全然回らない。

 

 

「えっ、ちょっと、やだっ! まだ人が居るんですけどー!? っていうかそこに居るの誰ー!? 開けなさいよー!!」

 

「悪いな沙織。ケーキ食べ放題のためだ、犠牲になれ。一時間くらいしたら戻る。じゃ」

 

「あ、ちょっとー!? 麻子ぉー!?」

 

 

 扉の向こう側からは、若干申し訳なさそうな……しかし、必死に笑いを堪えているようでもある、麻子の声が聞こえてきた。

 それはあっという間に遠ざかり、気配も感じられなくなってしまう。

 ……う、裏切った、裏切ったわねぇ!? 幼馴染をケーキのために売るってどういう事ぉ!?

 そんなに生クリームが好きなら、後で背中にたっぷり流し込んであげるわっ!! ベッタベタにしてやるんだからぁ!!

 

 

「武部さん」

 

 

 ――と、ちゃっちい復讐を企てている私に、背後から近寄る気配。

 ど、どうしよう、逃げる事は――無理。

 隠れられるような遮蔽物もない。誤魔化す事も、出来そうにない。

 こんな状況で告白されたら、私、私……。

 

 

 

 

 

「武部さん、二人で一緒にお昼食べましょう! ……そ、それで、出来れば、お弁当を交換して下さいっ!」

 

「……はぇ?」

 

 

 

 

 

 断れないかもー、なんてドキドキしていたのに、ライカは青い包みにくるまれたお弁当箱を差し出しながら、腰を九十度に曲げた。

 ……お弁当? え? 今日は好きって言ってくれないの?

 ………………いやいやいやいやいや違うでしょ私。そうじゃない。疑問に思うべきはそこじゃないってば。

 

 

「え、ぇえっと、とりあえず、事情を説明して欲しいんだけど……?」

 

「はい。……まぁ、その……事情も何も、ただ単に武部さんと一緒にご飯を食べたいなぁって、思いまして。

 それで二~三日前、皆さんにメールして協力を仰いだんです。騙すような形になってしまって、本当にすみません」

 

「あっ、う、ううん、そんな謝らないで。怒ってるわけじゃ、ないし……。

 でも、どうやって学校に入ったの? 休みの日も警備の人はちゃんと居るって聞いてるけど」

 

 

 学園艦としては小さい方で、知名度もあんまり無かった大洗だけど、そこは女子高。警備はしっかりしてるはず。

 ……はず、だよね? ライカは毎日のように忍び込んでるけど、こいつが特別、変態的なステルス技術を持ってるだけだよね?

 なんか不安になってきたよ……。

 

 

「そこら辺は大丈夫です。今回はちゃんと、事前に会長さんを買収して許可を貰ってますから。干し芋五十キロで」

 

「干し芋なんかで買収されないで下さいよかいちょー!! っていうか五十!? 桁一つ間違えてない!?」

 

 

 不安に頭を抱えていたら、ライカは腕に通した許可章を示しながら更に不安にしてくれる事をのたもうた。

 干し芋で買収される生徒会ってどうなの?

 よく考えたら、会長は干し芋食べてばっかりだし、副会長はおっとり巨乳だし、広報はトリガーハッピーの口だけ侍だし。

 何で学園崩壊したりしないのか不思議。

 

 

「それが間違ってないんですよ……。あんの合法ロげっふんごっふん業突く張り、ここぞとばかりに集って来やがりましてね……。

 諭吉さんが大勢旅立ってしまわれて、俺の財布はツングースカ大爆発の跡地の如き有様ですよ……バイト代がすっからかんですよ……。おかげでケーキ代が怖い……」

 

 

 こんな事を考えていると彼女達に知られたら、間違いなく単独あんこう踊りを強制されるだろう事を思っていると、ライカはそう言って乾いた笑みを浮かべた。

 ケーキ代は自業自得として、干し芋五十キロって一体いくらになるんだろう。あんまり想像したくない。

 

 ……あれ? よく考えたら、あのあんこう踊り、こいつに見られてる?

 …………う、ううんっ、そんな事は、ない、よ、ねぇ?

 ………………見られてたら死のう。もう御嫁に行けない。

 あ、いっそのことライカに貰ってもらえばいいのかー。きっと貰ってくれるよねー。あははー。

 

 

「えと、武部さん、とにかく座りませんか? 今、シートとクッションを用意しますから」

 

「……うん、お願い……」

 

 

 脳裏を過ぎる忘れたい過去に打ちひしがれ、私はライカの差し出してくれた小さなクッションへ腰を下ろす。

 お尻が冷えるのは嫌だから、とっても助かる。それに、シートも生地がしっかりしていてふかふか。

 相変わらず、よく気が付いてくれるなぁ。

 

 ……ん? いつの間にか一緒に食べることになってない?

 それに私、普通に喋れちゃってる。昨日までは正面に立つことも避けてたのに。

 どうして? 自分の事なのに、まるで理由が分からない。

 こいつと出会ってから、どんどん分からない事が増えて行ってる気がする。

 

 ……でもまぁ、いっか。お腹空いたし。本当に嫌って訳でもないんだし。うん、ごはん食べよう。

 

 

「そういえば、お弁当、交換するの? 私はいいけど、男の子には物足りないかも知れないよ?」

 

「いえ、大丈夫ですっ。武部さんの手作りってだけで、他の何よりも嬉しいですっ!

 むしろ、俺なんかの作った弁当と交換だなんて、恐れ多いというか、申し訳無いというか……」

 

「……うぅ、そういう事、あんまり言わないの……。じゃあ、はい。これ」

 

 

 照れ臭さを誤魔化すために、私は巾着袋からお弁当箱を取り出し、ずいっ、と押し付ける。

 ライカはそれを恭しく受け取った後、「どうぞ」と、彼が作ったのだろうお弁当を手渡してくれる。

 

 

「一応、女の子向けという事で小さめの箱に詰めたんですけど、量は大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがと、大丈夫。でも意外、貴方ってお料理できたんだ」

 

「片親ですからね。家事全般は人並みに出来ないと、自分達が困っちゃいますから」

 

「そっか……大変だよね……」

 

 

 やっぱり、お母さんが居ないと大変なんだろうな……。

 私は、お料理もお裁縫もお母さんに教えて貰ったし、妹まで居るし、ライカと同じくらい大好きって言ってくれるお父さんも居て、いつも賑やかな、自慢の家族。

 その分、お父さんと二人っきりの生活なんて、想像しただけで寂しくなっちゃう。

 胸が切なくなっちゃったけど、でも、ライカはそんな私に笑いかけてくれる。

 

 

「いえ、楽しいですよ? 慣れれば大した事はないですし、もう日課みたいな物ですから。それに、元々は自分のためでしたしね」

 

「そうなの?」

 

「はい。小さい頃は、親父も艦の仕事に慣れてなくて、いっつも帰りが遅くて。しかも飯はコンビニ弁当でしたから、風邪ばっかり引いてて。

 それを改善したくて、家庭科の授業で味噌汁の作り方を習ってからは、自分でちょっとずつ作るようになったんです。

 まぁ、それでもまだひ弱だったんで、ついでだから、体を鍛えてそれも治そうって蛇道を始めて、今に至るって感じですね」

 

「へぇ~」

 

 

 人に歴史あり、ってことかぁ。

 ひ弱なライカ……うーん、いまいち想像付かない。でも、ちっちゃい頃のライカなら……。

 風邪引いてばっかり……線の細い少年……色白……半ズボン……「お姉ちゃん」とか………………ふひひ。

 

 

「じゃあ、そろそろ頂いても……?」

 

「……はっ、そ、そうだね。でわ、御開帳~!」

 

 

 やだ、変な妄想しちゃってた……。気付かれなかった、よね? 危ない危ない。

 彼に促されて正気に戻り、私は早速、お弁当箱の蓋を開ける。

 そうして目に飛び込んできたのは、意外とちゃんとした内容のお弁当だった。

 

 

「きんぴらごぼうと豆腐ハンバーグに、春菊とチーズのちくわ巻き、ほうれん草のオムレツです。

 今回は武部さんに食べて頂くので健康志向、肉は少なめにしてみました。……どうでしょう?」

 

「うわぁ、美味しそう……!」

 

 

 これを、ライカが作ったの? なによ、普通に上手じゃない。しかも私のよりもおかずが一品多い。

 ……くっ、なんか悔しいっ! でも、まだ負けたわけじゃないわよぉ? お味の方は……。

 

 

「それじゃ、まずはこのきんぴらから……頂きま~す」

 

「はい、どうぞ」

 

「……あれ」

 

「……え? マ、マズイですかっ? ちゃんと味見したんですけど……」

 

「ううん、違くて、その……ホントに美味しくて、びっくりしちゃった……」

 

 

 彼の作ったきんぴらごぼうは、普通に美味しかった。

 きちんと味が染みてるし、アク抜きも出来てるみたい。それに、このくど過ぎず、程よい甘さ……。私でも出せるかどうか。

 他のも口に運んでみるけど、どれもこれも美味しい。冷めても美味しいように、ちゃんと考えてもあるみたい。

 

 

「この味、私、好きかも……」

 

「マジですかっ? ぉしっ!」

 

 

 つい呟いてしまうと、ライカは握り拳を引き付けながらガッツポーズ。その笑顔はとても嬉しそうで、私も釣られて笑っちゃった。

 お料理が出来る男子かぁ……。もし付き合ったりしたら、彼の部屋で一緒にご飯作ったり、一緒に食べたり出来るんだぁ……。

 そしてその後は………………いやいやいやいやいやいやいや、いくらなんでも飛躍しすぎでしょ私。落ち着きなさい私。

 私は淑女、私は乙女、私はアイアンメイデン。なんか変なの混じったけど、とりあえずよっし!

 

 

「……っほん。ねぇ、私のお弁当も食べてみてよ。これでも結構、気合い入れて作ってきたんだよ?

 貴方が食べるんだって知ってたなら、もっとお肉多めのガッツリ系に出来たんだけど……」

 

「そんな、気を使わないで下さい。俺は、武部さんが普段食べているものを頂ければ、それだけで十二分に幸せですっ!」

 

「はいはい、それはさっきも聞きました。いいから食べて?」

 

「はいっ! 頂きますっ!」

 

 

 勧めてみると、ライカは実にいい笑顔で私のお弁当に箸をつける。

 まずは、レンコンの挟みハンバーグを……あ、一口で食べちゃった。結構大きめに切ったのに。

 

 

「~!」

 

 

 無言のままに再び笑顔。

 そして、瞬く間におかず達は彼の口に消えていき、そのたびに笑みが深くなる。

 なんだか、とっても幸せそう。こんな風に、本当に美味しそうに食べて貰えると、作ったこっちまで嬉しくなっちゃうかも。

 

 

「……はぁ~、ご馳走様でした~。至高でした、究極でした、最っ高でした!」

 

「一人で料理対決になっちゃうよ、それじゃ……。お粗末さまでした」

 

 

 横顔を眺めている間に、ライカはお弁当を空にしてしまっていた。

 はぁ~、すご。こんなに早く食べちゃった。そんなに美味しかったのかな……。

 おっと、とりあえず私も食べなきゃ。

 

 

「あ、そう言えば」

 

「ん? ……っん、どうかしたの?」

 

「遅ればせながら、アンツィオ戦快勝、おめでとうございます。あっという間でしたね」

 

「あ、うん。ありがとう。いや~、アンツィオは強敵だったよ? 確かにあっという間だったけど。

 みぽりんの作戦が怖いくらいハマっちゃってさ? 私もよく覚えてないんだぁ。いつの間にか勝っちゃってた、って感じ?

 私なんて、ただ皆と連絡取り合ってただけだったし。みぽりん様々だよ~」

 

「本当に、西住さんは凄いですよね。一つのチームを指揮するのだけでも大変でしょうに、隊長だなんて。

 才能もあるけど、でも、それに驕ったりもしない。西住さんみたいな人を、大和撫子って言うんですかね」

 

 

 腕組みをし、こくこく頷きながら、ライカはみぽりんを褒めちぎる。

 ……うーん。

 重要な役割だっていうのは分かるんだけど、通信手って華がないよね……。華はすぐ側に居るけど。やっぱり、目に見える活躍が出来ると違うのかな……。

 でも、私にはみぽりんみたいな才能は無いし、ゆかりんみたいな知識も無いし、麻子みたいに頭良く無いし、華みたいな集中力も無い。特技なんて、お料理と携帯の早打ちくらい。

 私って、駄目な子だ……。

 

 

「でも、武部さんだって凄いと思いますよ、俺は」

 

「……へ?」

 

「通信手って、それぞれの戦車を繋ぐ架け橋のような物じゃないですか。

 どんなに強い戦車だって、たった一輌じゃ戦いには勝てない。逆に、多少性能が劣ったって、きちんと連携できていれば、どんな強豪にだって立ち向かえる。

 今までの戦いがそれを証明してます。武部さんがそれを可能にしたんです。武部さんだから出来たんです、きっと。西住さんに負けないくらい、凄い事ですよ」

 

「………………」

 

 

 真っ直ぐな目で。

 真っ直ぐな言葉で。

 真っ直ぐな気持ちを、ライカは、私に向けてくれる。

 どうしよう……。嬉しい。すっごく嬉しい。

 でも、すっっっっっごく恥ずかしい……っ。

 

 

「それに俺、武部さんの声、メチャクチャ好きです。可愛くて、柔らかくて。それこそ、ずっと聞いていたいくらいです。

 だから、訓練中とか試合中でもそれが聞ける他のチームの通信手の皆さんが羨ま――」

 

「ぅうぅううっ、もう分かったから、ちょっと口閉じててぇ! ほらっ、これでも食べてなさいっ!」

 

「――むぁぐ」

 

「全くもう、すぐそうやって煽てるんだから……。貴方って、人の良い所を見つけるのが得意だよね。その手口で、今まで何人の女の子を泣かせてきたんだか……」

 

 

 褒め殺しに耐え切れなくなった私は、ライカの口を塞ぐために、お弁当箱から豆腐ハンバーグを摘んでその口に押し込む。

 はあぁ、まだドキドキしてる……。男の人って、皆こんなに積極的なの……? ううん、そんな事ないよね。

 あぁ、みぽりんと出会った頃の、挨拶だけで舞い上がってた自分が恥ずかしいぃ。今じゃあんなの挨拶にもならないよぉ……あれ、挨拶だよね? なってるじゃん。……私は何を考えてるの?

 なんて静かにテンパっていると、ハンバーグを飲み込み終えた彼は、勢い込んで私に反論を呈してきた。

 

 

「それは誤解です! 俺、誰彼構わずこんなこと言ったりしません! それに、俺は武部さんが初恋ですっ! 貴方以外、見てませんっ!」

 

「……なっ、なっ!? やだ、もう……なに、言ってるの、よ……」

 

 

 またも、臆面もなく恥ずかしい事を言い放つライカに、顔がカァッと熱くなるのが分かった。

 それを悟られたくなくて、苦し紛れに私はそっぽを向き、なんとなくお箸を咥え――

 

 

 

 

 

「――ほわぁあっ!?」

 

 

 

 

 

 ――思いっきり放り投げる。

 

 く、くくっくくっっく、くわ、くわわ、くわっ、くわーーーーーーっ!?

 咥えちゃったぁぁあああっ!!!!!!

 私のファースト間接キッスぅぅうううっ!!!!!! (対 年頃の男の子)

 

 

「ど、どうしたんですかっ、いきなりそんな奇行――じゃねえや、えっと、その……取り乱して?」

 

「な、ななな、ぬ、にゃ、にゃんでも無いっ! なんでも無いからっ!」

 

 

 立ち上がり、お箸を追いかける背中に向かって、私は噛みまくる。

 どどどどっどどうしよう、私今、ホントに無意識に咥えちゃった。

 女の子同士ならまだしも、男の子相手に、こんな……。

 それに、なんで嫌じゃないの? なんで、お箸の触れた部分がこんなにムズムズするの? 全然、分かんないよぅ……。

 

 

「あーあ、汚れちゃって……。洗ってきますね?」

 

「すすすそそそうだね……あれ? でも、鍵……」

 

「……あ。それじゃあ、ちょっくらフェンスを伝って降りて……」

 

「ちょっとちょっと! 危ないからっ! お箸を洗うのにいちいち命なんて賭けないでよっ!」

 

 

 今、屋上のドアには鍵が掛かっている。っていう事は、水道を使いに行くことも出来ないわけで。

 ライカはお箸片手にフェンスをよじ登ろうとしていたけど、私はそれを急いで止める。

 そりゃあライカなら余裕でそういう事も出来るんでしょうけど、見てるこっちがハラハラするんだってば。

 おかげで一周回って落ち着いちゃったわよ。

 

 

「でも、代えの箸なんて……あ。……っ……じ、じゃあ、しょうがない、ですよね?」

 

 

 すると、ライカは不意に笑顔を浮かべ、こちらの側に舞い戻る。

 そして彼は、自分のお箸を手に取り、私の持っていたお弁当箱からおかずを摘み上げて――

 

 

「はい、アーンして下さい。今度は、俺が食べさせてあげます」

 

「……ぅえぇえっ!? い、いいよっ、なにも、今すぐに食べなくちゃいけないわけでも……」

 

「アーン」

 

「いや、だから……」

 

「アーン」

 

「あうぅ……」

 

「アーン」

 

 

 ――私の口元に、それを寄せた。

 恥ずかしくない訳がなくて、私は遠慮がちに首をふるふる横に振ったんだけど、こいつはそんなの御構いなし。満面の笑みのまま、アーン、を繰り返している。

 

 なに? なに? なにこの状況? そりゃあ確かにいつかは恋人とこんな事してみたいなぁって妄想してたけど、なんでこんなに急なの?

 どうする? どうしよう? どうなっちゃうの?

 ……ぅうえぇいっ! もうどーなってもいいやっ!!

 

 

「あ、あ~……ん」

 

「……美味しい、ですか?」

 

「………………」

 

 

 こくん。

 無言で頷く。

 

 

「……へへへ。はい、アーン」

 

「……あ~ん」

 

 

 一度受け入れてしまえば、もう吹っ切れた。

 私は、餌を待つひな鳥みたく口を開け、ライカの運ぶご飯を食べる。

 

 ……なんかもう、全部、どうでもいいや。考えると、変な事になりそうだし。

 それに、今はただ、こうしてたい。

 ずっと、ずっと。

 こいつと、こうして、ドキドキしてたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていたのに。

 

 

「――、いい――すか? お――か――――も――」

 

 

 なんで、貴方はそんなに安心しきった表情をしているの?

 

 

「ああ。――――長い付き合い――るんだ。私の――麻子――――べ。特別――す」

 

 

 なんで、麻子はそんなに優しく笑ってるの?

 

 

「――あり――うご――す、麻子さん。で――ま――武部――と――――関係に――て――」

 

 

 なんで、貴方は麻子を、そんな風に呼ぶの?

 

 なんで……。

 

 


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