「おむにばす!」   作:七音

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第三話「その言い方は酷いと思います」

 

 

 

 私こと、黒森峰女学院に在籍する高校二年生、赤星 小梅は、今日ほど自分の不幸を呪った事はありませんでした。

 

 

「はぁ……。大洗まで来て、何やってるんだろう……?」

 

 

 取って置きの白いワンピースと、日差し対策の通気性が良いカーディガン。

 合わせて白い帽子まで被り、気分はまさしく避暑地へのお出掛け……なんですが。

 今現在、私の居る場所は海の上。正確に言うと、茨城県の大洗に帰港した学園艦、県立大洗女子学園の上。

 しかも、ちょっと疲れた風を装い、道路脇のガードレールへと腰掛けている状態です。

 

 

(本当に来るのかなぁ。むしろ、来てくれない方が嬉しいけど……)

 

 

 もちろん、こんな事をしている理由はあります。……ある人物の、待ち伏せです。

 “彼”がこの道を通った際、道に迷ったふりをしつつ、声をかけろ。

 というのが、今の私に課せられた極秘任務。

 でもでも、彼氏いない歴=年齢な私には荷が重いですよぉ……。

 

 

「あの……。大丈夫ですか?」

 

「へっ!?」

 

 

 重責にうな垂れていると、いきなり声をかけられた。

 驚いて顔を上げれば、そこには任務の標的である男の人──肩掛けバッグを持つエリヤさんが居た。

 う、嘘っ。なんで私の方が声かけられてるのっ!?

 

 

「突然すみません。先程からずっとそうしているので、体調が優れないんじゃないかと……」

 

「あ、いえいえ、大丈夫です! えっと、少し、自分の運のなさを嘆いていたというか、なんと言いますか……」

 

 

 心配そうなエリヤさんに、私はあたふたながら答える。

 運が悪い? ううん。こっちから声をかける勇気を考えたら、むしろ運は良いんだと思うけど、ここからどう話を続ければ……。

 うわあ~ん! モヤシっ子にコミュ力なんてないですってばぁああっ!

 

 

「……よく分かりませんが、問題ないなら良かった。では、僕はこれで。失礼します」

 

 

 心の中で泣き言を叫んでいると、その間に彼は歩き去ろうと背を向けてしまう。

 うぅうぅぅ、こうなったら覚悟を決めるしか……!

 

 

「ぁぁあ、あのっ!」

 

「はい?」

 

 

 意を決して、私はエリヤさんに話しかける。

 彼は人の良さそうな笑みを浮かべ、こちらを振り返って。

 ……罪悪感が凄いけど、やるしかない!

 

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

「は? なんで謝──る?」

 

 

 ガチャリ。

 首をかしげるエリヤさんの手元から、重々しい音が発せられた。

 それは何故かと言うと、私が彼に手錠をかけたからです。

 

 

「え、ちょ、何を──」

 

「よし確保ぉ!」

 

「──ぶぉ!?」

 

 

 驚いているエリヤさんの頭に、今度は背後から、パンツァージャケット姿のエリカさん──逸見副隊長が布袋を被せる。

 何がなんだか分からない。

 そんな風に慌てふためく彼を、私と副隊長は連携してロープで拘束。いわゆる簀巻きにしていく。

 

 

「ふぅ……。なんとかなったわね。急いで運び出すわよ。ほら直下(なおした)、脚持ちなさい」

 

「了解で……わっと、あ、暴れないで下さいよぉー!」

 

「むぉ、ちょ、何これ、誰か助けてぇー!?」

 

「あああ、本当にごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ……」

 

 

 更には、同じくパンツァージャケットを着る、黒森峰のヤークトパンターの車長、直下 (おもい)ちゃんまで呼び、三人がかりでエリヤさんをグローサーメルセデスへと積み込む。

 これにて、西住隊長から言いつけられたエリヤさん拉致──もとい、ご招待作戦は完了です。

 あとは隊長の待つファミレスへ向かうだけ……なんですが。

 

 

「な、なぁ、あれって……」

 

「どう見ても拉致、だよなぁ……? 通報しとく……?」

 

「いや、そっちじゃなくてあの車! メルセデス・ベンツの770グローサーだぜ! ヤベェ超カッケー!」

 

「そっちかよオイ!? 確かにカッコイイけど!」

 

 

 私達の姿は、思いっきり通行人の注目を浴びているのでした。

 人目についちゃいけないはずなのに、なんでこんな目立つ車を選んだんですか隊長ー!?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 犯罪の片棒を担がされてから、約十数分後。

 私と副隊長、想ちゃん、エリヤさんを乗せた車は、一時的に学園艦を下船。大洗の街にあるファミレスの駐車場に停まっていました。

 最初はモガモガと抵抗していたエリヤさんでしたが、陸に上がる頃にはめっきり大人しくなってしまい、罪悪感を煽られます。

 ロープと手錠、頭に被せた袋を外すと、顔も真っ青。本当に怖がっているみたい。そりゃそうだよね……。

 

 

「西住隊長! 例の男を拉致──いえ、連行しました!」

 

「ああ、ご苦労」

 

 

 車から降りると、仁王立ちしていた西住隊長に副隊長が駆け寄ります。

 まるで飼い主さんを見つけたワンちゃんみたい……。というか、やっぱり拉致したという自覚はあるんですね……。

 ちなみにですけど、あの場は「自主制作映画の撮影中でーす!」と言って乗り切りました。

 乗り切れちゃったのが不思議というか怖いです。

 

 

「さて。唐突な無礼を許して貰いたい。どうしても直接話したかったものでな」

 

「………………」

 

 

 副隊長を労ってから、西住隊長は彼の前に進み出ます。

 鋭い視線に晒されたせいなのか、隊長よりもずっと大きな体は、微かに震えているようにも。

 気の弱い人なのかな? 怖がらせて本当にごめんなさい……。

 

 

「もう気づいていると思うが、自己紹介をしよう。私の名は西住まほ。西住みほの、姉だ」

 

 

 凛々しく静かに、西住隊長が名乗ります。

 といっても、隊長とみほさんはかなり似てるし、みほさんと一緒に居る時間の長いエリヤさんになら、すぐ分かったはず……なんですけど。

 未だに青い顔のエリヤさんは、隊長を見て微動だにしませんでした。

 どうしたんだろう?

 

 

「ちょっと、なんとか言いなさいよ! 西住隊長に失礼でしょ!?」

 

「……もう、無理……」

 

「はぁ? なに言ってるのか聞こえな──きゃ!」

 

 

 隊長を敬愛してやまない副隊長は、それが気に食わなかったようでエリヤさんに詰め寄ります。

 が、頬をリスのように膨らませたエリヤさんは、小さく何かを呟き、副隊長の肩を掴み……。

 

 直後、副隊長を悲劇が襲うのでした。

 

 

「ずみまぜん、もう、限界……。ゔっ」

 

「えっ。ちょ、待って、離しなさい、離して、止め──」

 

「オロロオロオロオロロロロ」

 

「──ぎゃあああああっ!? いやぁあああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ただいま、ゲロルシュタイナー中です。少々お待ち下さい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っく、うっ、ひっく……」

 

「ほ、ホントにすみません……。僕は、重度の下船病でして……」

 

「ウルサイわね! 話しかけるんじゃないわよっ!? うううっ……っ」

 

 

 副隊長の涙目ながらの怒声に、少しだけ顔色の良くなったエリヤさんは、ひたすら謝りまっていました。

 私達は諸事情によって再び車の中に戻り、現在、西住隊長の運転で大洗の街をドライブしています。

 流石に、公道は戦車の免許じゃ走れませんので。十八歳なのも隊長だけですし。

 

 

「あ~……。なんだ、こちらこそ、本当に済まなかった」

 

「いえ……。僕自身、普段は気にせず生活してますし、治療もしてませんから……。うっぷ」

 

「ひっ!?」

 

 

 助手席でえずくエリヤさんに、ゲロルシュタイナーを思い出した副隊長が身を竦ませます。

 当然ですが、まともに“アレ”を浴びてしまったパンツァージャケットは使い物にならず、副隊長は念のために持ってきていたジャージを着てます。ファミレスのトイレを借りました。

 下船病とは、いわゆる船酔いの地上バージョン。

 長く船上生活をしていた人が発症してしまうようで、かなり辛いみたい……。

 さっきの諸事情というのは、とりあえず乗り物に乗っていれば気持ち悪くなくなる、との発言を受けて、という訳です。

 

 

「改めて自己紹介する。西住まほだ。みほが世話になっているようだな」

 

「いえ。西住さ──みほ、さんには、僕の方が助けられていて……」

 

「そうか。時に、みほは絵のモデルを引き受けているようだが?」

 

「あ、はい。本人からお聞きになったんですね。戦車道のポスターの件」

 

「……ん? ポスター?」

 

「はい。……え?」

 

 

 運転席と助手席の二人は、後部座席の私達を置いて世間話をしていますが、なんだかすれ違いがあったみたい?

 でも、そうなんだ。みほさん、ポスターのモデルやってたんだぁ。

 なんにも知らされないまま、命令通りに拉致──じゃない、連れて来ちゃったけど、そういう繋がりがあったんですね。

 完成したら一枚欲しいな~。

 

 

「す、すまない。みほからは裸婦と聞いたんだが……」

 

「……? はい、ラフの段階ですが、もう何枚か描き上げていますよ。ご覧になりますか?」

 

「段階……。み、見せてもらおう」

 

 

 エリヤさんは、肩掛けバッグから一冊のスケッチブックを取り出し、赤信号で止まった時に開いてみせる。

 

 

「これは……。なるほど、確かに」

 

「うわっ、スッゴイ上手だー」

 

「本当……。色んな表情が描いてある」

 

 

 ついでに想ちゃんと私も覗き込んでみると、白い紙の上で、様々な角度から描かれたみほさんが居た。

 遠くを見つめている横顔や、楽しそうにお喋りでもしていそうな顔。輝くような笑顔でボコられクマのキーホルダーを眺めている顔などなど、まるで写真みたい。

 思わずスケッチブックを受け取って、しげしげと鑑賞してしまいます。

 

 

「凝り性なもので、まだ満足のいく物が描けていないんですが、みほさんが根気よく付き合ってくださるので、助かっています」

 

「そうだったのか……。うん、素晴らしい腕前だ。素直に感服したよ」

 

 

 エリヤさんの腕前を褒めつつ、西住隊長の目もチラチラ後ろに。

 じっくり見たい気持ちは分かりますけど、運転中ですよ隊長。

 後でまた見せてもらいましょう?

 

 

「……あ、あの。ところで、なんとお呼びすれば?」

 

「ん? まほ、で構わない。君の事は……」

 

「エリヤでお願いします。もう、こっちの呼ばれ方の方に慣れてしまって」

 

「そうか。では、エリヤ君と」

 

「はい。まほさん」

 

 

 穏やかに微笑み合う、エリヤさんと西住隊長。

 戦車道を離れている時は、隊長も普通に笑ってくれるんですよね。

 それが綺麗で優しくて、みんな、このギャップにやられちゃうんです。

 かく言う私や、副隊長もそうなんですけど。やっぱり綺麗だなぁ……。

 と、私が羨望の眼差しを向けていたら、想ちゃんがツンツン肘でつっついてきて。

 

 

(ねぇねぇ小梅っ、これってさぁ、もしかすると、もしかするんじゃない?)

 

(え? それって、彼と西住隊長が? まさかぁ)

 

(いやいや、あり得なくはないでしょ! 隊長が男子にあんな顔するの、見た事ないもん!)

 

(それは……。まぁ、確かに……)

 

 

 耳打ちされて振り返ってみると、確かに隊長が男の人と笑い合う所って、初めて見たかも。

 だけど、そもそも黒森峰は女子高で、男子との関わる機会自体が少ないし、どっちかっていうと愛想を良くしているだけじゃ……?

 あ。でも隊長、異性に媚びを売るタイプとは正反対の性格か。う~ん、どうなんだろ。

 とにかく、初対面にしては互いの印象は良いみたい。

 

 

「それで……。こんな風に拉──つ、連れ出されたのは、まほさんから見て、僕に問題があったから、なんでしょうか……?」

 

「うっ」

 

 

 ……と思っていたのは、私だけのようでした。

 笑顔から一転。エリヤさんは不安そうな表情を浮かべ、何故か隊長は焦ったように言葉に詰まり……。ルームミラー越しにも、目が泳いでいるのが分かります。

 もしかして、狼狽えてる?

 嘘……。みほさんのだったら何度も見た事あるけど、隊長が狼狽える姿なんて初めて見た……。

 

 

「あ、あのぉ……?」

 

「問題があった、というのは少し違う。君のひととなりを、私の眼で確かめたかったんだ。方法が手荒になってしまったのは……。とにかく、謝る。申し訳ない」

 

 

 様子を伺うエリヤさんに、隊長はひたすら謝ります。

 声や表情からも、その真摯な姿勢が伝わってくる……んですが、そこはかとなく誤魔化そうとしてるように感じるのは、なんででしょうか。

 ……なんだか、真相を知ったら私の中の隊長像が崩れそうな気がするし、深く突っ込まないでおこう……。

 

 

「僕は、そのっ! やましい気持ちで、みほさんを描いている訳じゃなくて。会長に依頼されたというのもありますが、純粋に彼女を……」

 

「……それはつまり、みほに女性としての魅力を一切感じていないと?」

 

「んなっ、めっ、滅相もないっ! とと、とても……。か、可愛らしい、女の子だと、思います……」

 

「はっ。下心丸出しじゃない。やだやだ、これだから男は」

 

「う……」

 

 

 必死に言葉を重ねるエリヤさんですが、隊長の指摘に顔を赤くして、副隊長はそれを見て不機嫌そうに鼻を鳴らしました。

 久しぶりに喋ったと思ったら、副隊長ってば……。

 

 

「副隊長。ゲロルシュタイナーされて怒ってるのは分かりますけど、その言い方は酷いと思います」

 

「そうですよー。っていうか、思春期の男子からの下心が100%無しなんて、逆に傷つくんじゃ?」

 

「し、知らないわよそんなこと! っていうかどっちの味方なのよアンタ達は!?」

 

「強いて言うなら……。みほさん?」

 

「だよねー」

 

「こ、この……っ! いいい、いつもいつもそうやってぇえぇぇ……っ!」

 

 

 ちょっと可哀想になり、私と想ちゃんでエリヤさんをフォローすると、副隊長はますます不機嫌に。

 別に副隊長を信頼してないって訳じゃありませんが、もしも黒森峰にみほさんが残っていたら、 絶 対 に 、みほさんにリーダーシップを取って欲しいと考える私です。

 っていうか、そんなに暴れるとジャージのチャックが降りちゃいますよ?

 ゲロルシュタイナーのせいで今ノーブラなんですから、大人しくしましょうよ……。

 

 

「みほは、優しい子だ。優し過ぎるくらいに。姉としては心配になってしまう所なんだ」

 

「……少し、分かる気がします。誰かに嫌な思いをさせるくらいなら、自分が嫌でも我慢しちゃうような……。そんな人ですよね」

 

「ああ、そうなんだ。分かってくれるか」

 

 

 騒ぐ私達を他所に、隊長とエリヤさんは、みほさん談議に花を咲かせています。

 うんうん。そうなんですよぉ~。みほさん優しくて、基本、自分よりも他の人を優先しちゃうから……。エリヤさん、よく分かってる!

 

 

「だから……と言っても、失礼なのに変わりはないが。愚かな姉が安心するために、みほの側にいる君の事を聞かせて欲しい。良いだろうか……?」

 

「………………」

 

「もちろん、答えにくい事は答えなくて構わない。みほと君の関係をどうこうするつもりも、権利も私にはないからな」

 

 

 どうせなら私も参加したいとこですけど、不意に隊長の声は真剣味を帯び、間に入る事を躊躇わせました。

 エリヤさんからしてみれば、急にそんなこと言われても……というのが正直な反応だと思います。ただポスターを描いてと頼まれてるだけですもんね。

 だけど、隊長がみほさんを心配する気持ちは本物で、私達も同意したからこそ、ここに居るんです。お願いだから、誠実な答えを返して欲しい。

 いつの間にか静かになった後部座席から、そんな気持ちを込めてエリヤさんの横顔を見つめていると……。

 

 

「分かりました。可能な限り、お話しさせて頂きます」

 

「……ありがとう」

 

 

 表情を引き締めて、エリヤさんは頷いてくれました。

 やっぱり良い人なんだなぁ……。まぁ、拉致されても怒らない時点で分かってましたけど。

 普通だったら即通報、即逮捕ですもん。前科つかなくて良かったです。

 

 

「君は、実家である“あの学園艦”を離れ、仕送りも受けずに、農業科の成果だけで生計を立てているそうだな」

 

「えっ!? の、農業科のだけでって……。ホントですかっ?」

 

「はい。そうですよ。色々と設備を投資してもらってるんですが、その賃貸料も含めて」

 

「うっそぉ……。そんな人見た事ないよ……」

 

「とんだNOUMINね」

 

 

 隊長からの情報に驚き、思わず本人に確認してしまう私。対するエリヤさんは、然も当然と頷いて。

 ええっと、寮の家賃とか学費とか、あとは生活費に雑費、その他必要経費……。ううう、考えただけで頭が痛くなりそう。

 それを全部、授業の成果だけで補うなんて、全国大会初出場のチームが優勝しちゃうくらいにトンでもない。

 想ちゃんも驚いてるし、副隊長は呆れてる。大洗の人材って規格外揃いなの? 魔窟?

 

 

「御実家は、かなり裕福だと聞く。その庇護から離れて生活しているのは、何か理由があるんだろうか」

 

 

 めんたいパークを横目に通り過ぎながら、隊長の質問は続く。

 チラッと聞いた話では、エリヤさんの実家は某学園艦。かなり裕福なのも頷ける。

 けど、よほどの理由がない限り、より良い環境から離れる人も居ないでしょう。

 予想に違わず、彼は少し思い詰めたように問い返す。

 

 

「……そこまで知っているのなら、僕が実家に居た頃、何をやっていたかも……?」

 

「すまない。調べさせてもらった」

 

「構いませんよ。いくらでも調べようはあったでしょうから」

 

 

 どうやら、隊長はすでにエリヤさんの“何か”を知っているみたい。

 あの学園艦を出て、わざわざ大洗女子まで来なければならなかった理由……。

 かなり気になったけど、二人の邪魔になるのは嫌だし、大人しくしてよう。

 と、私は考えたんですが、想ちゃんは違ったようで、右手を上げつつ話に首をつっこむ。

 

 

「あのぉ……。ちなみに何をやってたのか、私達にも教えてもらって良いですか?」

 

「ちょっと、やめなよ想ちゃん。野次馬じゃないんだから……」

 

「気にしないで下さい、赤星さん。大した事じゃありませんし」

 

「あ、すみませ……ん? あれ? 私、まだ名前……?」

 

 

 好奇心旺盛な想ちゃんを止める私に、エリヤさんが微笑みかける。

 でも変だ。私、まだ名前を名乗っていないのに。

 不思議に思っていると、彼の方からネタバラしをしてくれました。

 

 

「さっき、呼ばれているのが微かに聞こえたので。赤星 小梅さん、ですよね? みほさんから話を聞いた事があります」

 

「え? み、みほさんから?」

 

「はい。去年の準決勝での事や、今年の決勝戦前の事も。

 あの時、赤星さんが声をかけてくれたから。

 “ありがとう”って言ってくれたから、戦車道を続けて良かったって思えた。

 とても嬉しそうに、そう言ってましたよ」

 

「……みほさん……」

 

 

 じぃーん、と。胸にこみ上げるものがあり、言葉に詰まってしまいます。

 第六十三回戦車道全国高校生大会、決勝戦開始前の挨拶が終わった直後。

 大洗の仲間の元へ戻ろうとするみほさんを、私は呼び止めました。

 本当は、去年の事を謝るつもりだったんですが、テンパった私は何故かお礼を言ってしまって……。

 だけど、みほさんがそんな風に思ってくれたなら、結果オーライ?

 あの時、勇気を振り絞って良かった……。

 

 

「……ちょっと! さっきから話が逸れてるんだけどっ? 小梅の話じゃなくてアンタの話だったでしょうに!」

 

「あ、すみません。つい……」

 

「副隊長……。せっかく感動的な雰囲気になってたんだから、空気読みましょうよー」

 

「な、なによっ、そっちが本題でしょ!? 私は隊長の求めているものを察して……」

 

「すまない、エリカ。少し待ってくれ……。っすん」

 

「隊長ぉ!?」

 

 

 何が面白くないのか、いつも以上につっけんどんな副隊長でしたが、顔を背け、静かに鼻をすする隊長の姿に愕然としています。

 多分、みほさんのエピソードが涙腺に来たんだと思います。隊長、みほさんが関わってたりする話や、動物系の感動物語に超絶弱いので。

 ポーカーフェイスも得意だから、本当に親しい付き合いのある人しか知りませんけど。

 あれ? そう考えると、もしかして隊長、エリヤさんにも気を許してたり? う~ん、どうなんだろ……?

 

 

「……ふぅ。さて。話を戻そう」

 

「は、はぁ」

 

(あ。無かった事にする気だ)

 

(無かった事にする気だねー)

 

(茶々入れるんじゃないわよっ)

 

 

 とか考えている内に、隊長は涙腺へのダメージから復活したようで。キリッと前方の道路を見つめ、話の軌道修正に努めます。

 私と想ちゃんが思わず小声でツッコミ。副隊長に叱られました。

 これもいつもの事だったりするんですけど、もちろんエリヤさんは知らないので、ちょっと戸惑っているようです。

 しかし、とりあえず話を続けようと思ったらしく、後部座席を振り返ります。

 

 

「ええと……直下、さん? 騎士道、って御存知ですか」

 

「あー、はいはい。あれですよね、精神的なアレじゃなくて、男子の選択科目にある」

 

「ええ。その騎士道です」

 

「でも確か、日本での競技人口はかなり少なかったような……。あ、ごめんなさいっ」

 

「いいえ、本当の事ですから。日本ではやっぱり、蛇道や侍道、忍道の方に人気がありますし」

 

 

 うっかり口をついた失言に、頭を下げる想ちゃん。エリヤさんは苦笑いで手を振ります。

 性別や学校によって違いが出る必修選択科目ですが、男子に多く採用される科目は、刀を振りまわせる侍道、手裏剣を投げられる忍道、銃を撃てる蛇道が多いらしいです。

 ちなみに、侍道でも物凄く古い銃を使ったり、現代風忍と称してハッカーを育成したり、蛇道では高周波ブレードも使ったりするみたいです。

 ですが騎士道においては、古式ゆかしい甲冑や武具、とりわけ馬が重要視されるようで、どうしても競技人数は少なくなってしまうそうな。

 

 以上、「高校、必修選択、男子、人気」のワードでザッと調べた情報でした。

 ふむふむ。という事は、エリヤさんってやっぱりお金持ちなんだぁ……。

 

 

「彼は、日本騎士道界の未来を背負うと言われるほどの、一騎打ち──ジョストの名手だったらしい」

 

「ジョスト?」

 

「甲冑を身につけて馬に乗り、すれ違い様にランスなどを打ち込む競技ですよ。

 装備や馬を揃えるのにお金が掛かりますし、怪我も多くて。持て囃されたのは、単にやる人が少なかっただけです」

 

「ランスって槍ですよね? 馬に乗って、槍を……。か、格好良いかも……」

 

 

 隊長が更なる情報を追加すると、また想ちゃんが首を傾げます。そして、エリヤさんが詳しく解説。今度は目を輝かせる想ちゃんです。

 私もまたまた携帯で調べてみましたが、色んな情報が目白押しでした。

 例えば、近代騎士道の甲冑はセラミックス製が多く、中にはキチン質を使った物もあること。

 馬上槍であるランスには柔らかめの形状記憶合金が使われて、怪我を未然に防ぐのと同時に、衝撃で曲がっても再利用できるようになっていること。

 あとは……。あれ、この記事って……?

 

 

「だが、君はある時期を境にして、騎士道競技から離れてしまった。

 かなり話題にもなったようだな。顔写真こそないが、ネットに記事が残っていた」

 

 

 丁度、隊長の話が佳境に入った所で、私も件の記事を発見しました。

 

 日本騎士道の期待の星、謎の引退!

 

 気になる見出しをタイトルに、様々な推測を書き連ね、合わせて経歴を紹介した上で、今後を惜しむ声が寄せられています。

 小学生関東大会優勝、全国大会中学生の部でも優勝、十三歳にしてオリンピック馬術競技の選手選考会までをもトップで飾り……。

 だというのに、数年前から表舞台への露出が一切なくなってしまい、あらゆる騎士道競技からその名を消してしまった。

 

 なんて言うか、人生を快進撃してる人だったんですね。エリヤさんって。

 でも、文字として踊る順風満帆さが、尚のこと疑問を深めます。

 どうして騎士道を捨ててまで、大洗女子で農耕に精を出していたのか。

 エリヤさんは、流れていく車外の景色を眺めながら、吐き捨てるように呟きます。

 

 

「僕は、逃げたんです。

 自分の馬鹿さ加減が嫌になって。

 ……みほさんとは、大違いですね。情けない」

 

 

 憤り。自蔑。あと……後悔?

 今までのエリヤさんからは想像もつかない、冷たい表情。

 けど、みほさんの名前を出す時には、今まで通りの、柔らかい微笑みを浮かべていて。

 そのコントラストが、心に落ちる影の濃さを物語っているようでした。

 

 車内に重い沈黙が広がります。

 流石の副隊長や想ちゃんも、この空気では口を挟めずにいましたが、しかし、隊長だけは。

 

 

「先程も言ったが、話したくないのなら無理に話さなくていい。

 ただ、一つだけ言わせて貰おう。

 そんな風に引き合いに出されても、みほは喜ばないぞ」

 

 

 あくまで冷静に、ただ事実だけを言って彼を窘めます。

 うん。確かにそう。

 自分自身を辱めるような言い方、みほさんは絶対に好きじゃない。「そんな言い方は良くないです!」って、怒ってくれそうです。

 エリヤさんもそれを思い出してくれたのか、今度は恥ずかしそうに笑って。

 

 

「そう、ですね。すみません、卑屈になっていました」

 

「いや。分かってくれたなら十分だ」

 

 

 隊長とエリヤさん。

 交わす言葉は少なめですが、妙な安定感があります。

 まだ出会って間もないのに、信頼関係を築いているような。

 なんだか不思議……。

 

 

「今はまだ、全てを話すだけの勇気を持てません。

 でも、いつか自分の中でけじめをつけられたら……。

 その時は、みほさんや、まほさんにも聞いてもらうかも知れません」

 

「そうか。……ちなみにだが、みほも一度は逃げ出した。

 様々な出来事が重なり、新しい友人達に支えられて、ようやく乗り越えられたんだ。

 あまり一人で気負わない方が良い」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 

 エリヤさんは素直に頷き、重い雰囲気が霧散していきました。

 詳しい事は分からないけど、彼にも色々と抱えているものがあって、隊長は優しく見守ってあげて。

 大人の余裕、なのかな? いつか私も、隊長みたいな先輩になれたら……。とか、夢のまた夢だよね……。

 でもでも、隊長が素敵な先輩である事に変わりはなくて、静かに見守っていた想ちゃんが、嬉しそうに耳打ちしてきます。

 

 

(やっぱり、西住隊長って良い先輩だよね~)

 

(うん、本当に。西住隊長だから、私も戦車道を辞めずに済んだようなものだし)

 

 

 あの試合の後、私はみほさんに、みんなに迷惑をかけてしまった事が辛くて、戦車道をやめようとも考えました。

 だけど、西住隊長がそれを止めてくれたんです。

 

 指揮を放り出したみほも悪いし、みほが居なくなっただけで動けなくなった他のメンバーも悪かった。

 気が咎めるというなら、試合の中で挽回しろ。でないと、一生後悔し続けるかも知れないぞ。

 

 本当は、みほさんを慰めたり、褒めたりしたかったはずなのに、こんな風に言ってくれて。

 だからこそ、私は戦車道を続けたいと思いました。

 隊長に恩返しするために。そして、今度はみほさんを助けられるように、と。

 まあ、そんな機会もないまま、みほさんは大洗へ行っちゃって、あの決勝戦でも特に活躍できず負けちゃった訳ですが……。

 来年には隊長だって卒業してしまうし、直接に恩を返せないのは残念ですが、代わりに、今後の黒森峰を盛り上げていく事で返そうと、私は心に誓っています。

 

 ……なのに……。

 

 

(何よあの男……っ! 私の隊長とあっという間に打ち解けてぇえぇぇ……っ!)

 

(……来年から大丈夫かなぁ、小梅ぇ)

 

(私達が頑張ろう……)

 

 

 次期隊長のポジションに居るはずの副隊長は、微笑み合うエリヤさんと隊長を見て、「キイイイ!」と爪を噛んでいました。

 ううう、先が思いやられる……。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「今日は、ここまでにしようか」

 

 

 不意に声を掛けられて、ボウっと窓の外を見ていた私の思考は、現実へと引き戻される。

 声のした方に視線を向けると、イーゼルの前……。こちらから見れば奥側で、エリヤ君が鉛筆を置くところでした。

 

 

「どう?」

 

「こんな感じ、かな」

 

 

 椅子から立ち上がり、エリヤ君の肩越しにスケッチブックを覗き込むと、もはや見慣れてしまった、モノトーンの私が居ます。

 難しい顔をしているのは、間近に迫ったエキシビジョンマッチでの戦略を考えているから。

 最初の頃は色々と指定を受けていたけれど、今では特に何も決めず、適当な世間話をしたり、考え事をしている私を、エリヤ君が自由に描く……という感じです。

 

 

「あとは、どんなポスターにしたいのか、イメージを擦り合わせて、また描いて……」

 

「その繰り返し?」

 

「うん。西住さんには、何かこうしたいっていう希望はある?」

 

「え、私? う~ん、特には……」

 

 

 ポスターのイメージ、かぁ。

 あまり具体的に考えた事がなくて、私は悩み始める。

 構図とかポーズとか、色んな要素があるのは知っているけど、ご存知の通り、悪い意味の画伯なので……。

 いっそのこと、エリヤ君に丸投げしてしまいたい部分もありますが、流石にそれは無責任だし。

 

 

「エリヤ君の方は、どう? どんな風にすれば良いポスターになるか、アイディアとか」

 

「……正直、僕もイメージが固まってないんだ。これじゃまだ、西住さんの一部分しか描けてない気がする」

 

 

 困ったあげく、同じ質問で返してしまう私に、彼も困ったような表情を浮かべた。

 けっこう意外、かも。

 エリヤ君ってなんでも出来ちゃうみたいだし、あんまり悩んだりしない、天才肌な人だと思ってたけど、そんな事ないんだね。

 ちょっと親近感。でも、悩みのレベルは違うかな? 天才ゆえの悩みというか。

 

 

「ごめん、まだまだ完成には時間が掛かりそうだよ……」

 

「ううん。気にしないで? 私ならいくらでも付き合うから!」

 

「……ありがとう」

 

 

 珍しく弱気なエリヤ君を元気付けたくて、私は大きく笑ってみせる。

 すると、彼も嬉しそうに微笑んで、美術室は和やかな雰囲気に包まれました。

 最初は緊張するばかりだったけど、今ではもう、落ち着いて色んな事を考えられる、貴重な時間。

 許されるなら、もう少しだけこの時間が続いて欲しいと、私はそんな事を思ってしまうのでした。

 

 大洗女子に、かつてない危機が迫っているだなんて、考えもしないまま。

 

 

 





 みぽりん編なのにみぽりんが最後しか出ないとはこれ如何に!

 いやー、リアル仕事のヘルマーチから戻るためにまたBDを見直した訳ですが、改めて思います。見てて超楽しい。そしてモブっ娘が可愛い。
 だからこそ、小梅ちゃんや直下ちゃんに御登場願ったんですけども。
 何度も何度も巻き戻して、キャストコメンタリーやスタッフコメンタリーに音声切り替えて……。
 それだけで週末終わってしまうんですが、なんだか幸せ。完結編楽しみですわぁ。

 さてさて、西住みほ編第三話。
 エリヤ君は拉致られて災難。エリカちゃんはゲロルシュタイナーされて超災難。呼び名が似てると不幸度も似るのか?
 とりあえずエリヤ君ですが、みほ談議でまほ姉との絆を深めて外堀を埋め、実家が金持ちっぽい事、騎士道を学んでいた事が判明しました。
 現実にも、リアルな甲冑を着て殴り合う競技(?)がヨーロッパで行われてますけど、あれをより厳正にした感じだと思って下さい。
 不穏な終わり方をしましたが、次回はいよいよ、エリヤ君の正体が明らかに!
 ……どうでもいい? そんなこと言わず、次の更新をお待ち頂ければ幸いです。
 それでは、失礼致します。

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