「おむにばす!」   作:七音

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第二話「模擬戦、開始です!」

 

 

『ところでぇ、武部先輩。ライカさんとはどうなってるんですかぁ?』

 

「……はぃ?」

 

 

 唐突な通信機越しの問いかけに、私は思わず上擦った声を出しちゃった。

 その向こう側に居るのは、ウサギさんチームの一年生通信手、宇津木優季(脳内呼称:ゆっきー)。

 ……あの子は一体、何を言ってるんだろう?

 

 

『ふむ。気になるところではあるな』

 

『はーい、私も気になりまーす!』

 

 

 ゆっきーに同調したのは、カバさんチームの二年生、エルヴィン(本名:松本里子、脳内呼称はまっつん。戦車長 兼 通信手です)と、ゆっきーと同じく一年生のアヒルさんチーム通信手、近藤妙子(脳内呼称:たえちん)。

 話の流れに嫌な予感を覚え、私は各車に通信をオープン。皆を諌めようとしたんだけど――

 

 

「ちょ、ちょっと皆、いきなり何? 今は練習中だよ? し、集中しなきゃ……」

 

『えー、いーじゃないですかー。どーせ移動中なんですし』

 

『そうですぅ、時間は有効活用しないとぉ。命短し何とやらぁ、でしたっけ? 相談された方としても気になりますしぃ』

 

『うん。ぶっちゃけ暇だ。口寂しい。ついては、武部の恋バナで盛り上がりたい』

 

「私の恋愛事情はおやつじゃないわよっ!!」

 

 

 ――この子達は私のこと舐めてんだろうか。

 特にゆっきー! 相談したのは秘密って言っといたじゃないっ!? なんで早速バラすのっ!? あとまっつん、本名で呼ぶよ?

 全く、私だって絶賛お悩み中なの知ってるでしょうに……皆の前で話すような余裕なんて……。

 

 

『ほう、恋愛しているという事は否定しないのか。ついに認めたか?』

 

「へっ!? い、いや、今のはあのっ、言葉のあやって言うか、その……」

 

『そー言えば、ここ二~三日見かけませんけど、どーしたんでしょー? もしかして病気とか?』

 

「あ、ううん、それはないよ」

 

 

 心配気なたえちんの声に、私は否定してみせる。あの健康優良ステルス野生児が風邪なんかひくはずない。

 それに……。

 

 

「蛇道の合宿で、昨日から山篭もりしてるんだって。しばらく来なかったのも、その準備に忙しかったからだよ」

 

 

 なんでも、週末を使ってサバイバル訓練をするんだとか。食料も水も最低限の状態で、三日三晩、ポインター装置で互いを探し出して、発見数を競うみたい。ライカの得意分野だね。

 だけどあいつったら、わざわざ電話で「直接想いを伝えられなくてすみませんっ」なんて謝るんだもんなぁ。ホント、変なとこで生真面目なんだから……。

 

 

『ほぅほぅ、把握していたか。私達は知らなかったというのに』

 

「へっ? いやこれは……せ、世間話の延長というか、なんというか……」

 

『マメですねぇ、ライカさん。逃げちゃった彼はそういうのずぼらだったし、羨ましいですぅ』

 

『とゆーか、先輩はなんで断ってるんですか? ライカさん、いー人じゃないですか。よく差し入れしてくれますし』

 

「それは……そうだけど、それとこれとは別なのっ」

 

 

 確かに、うちの学校に忍び込む度、ライカは菓子折りを持ってきてくれるんだよね。しかも、色々なお店の、かなり美味しいお菓子を。

 皆、最初の頃はあいつの事を怪しんで手を出し辛そうにしていたんだけど、甘い匂いの誘惑には勝てず、今では次のお菓子はなんだろうと予想までし合ってる。

 男の人って甘い物が苦手な人が多いって聞くけど、ライカはそんな事ないみたい。あいつとだったら、二人で甘味処巡りとかも出来るのかなぁ……。

 でも、そう言えばデートとかにはまだ一度も誘われたことないなぁ………………いやいやいやしないよ? 甘い物に釣られて着いていくほど子供じゃないし? 私は大人の女だし?

 

 

『どこがいい人なものかっ!』

 

 

 ――なぁんて考えていると、またもや通信機から、今度は怒鳴り声。

 この声は、カメさんチームの三年生砲手、河嶋桃先輩(通称桃ちゃん。でもこう呼ぶと怒る)かな? 大洗女子の生徒会広報でもあるんだよ。

 

 

『あいつは不法侵入者だぞっ、今度見かけたら即通報して二度とシャバを歩けんようにしてやるっ!』

 

『桃ちゃん、ちょっと落ち着いて~?』

 

『桃ちゃんって呼ぶなっ! ……それにあいつは、私の事を……ツ、ツリ片駄眼鏡と呼びおったのだぞ!? 到底許せるものではぬぁいっ! あんの盗撮カメラ小僧がぁ!!』

 

 

 ………………むかっ。

 

 

『桃ちゃん、ライカくんは一応許可取ってるよ~? いつも事後承諾だけど……』

 

『ホントは男子が入っちゃいけないんだけどねぇー。まぁ、面白いからいいっしょ』

 

「……そうですよ。第一ライカが怒ったのは、河嶋先輩があいつのカメラを取り上げて壊そうとしたからじゃないですか。

 あれ、お父さんからプレゼントされた大事な物なんですよ? そんな事されそうになったら誰でも怒りますっ。

 それに、あいつが声を荒らげたのもその一回きりだし……。後、ライカは盗撮した事なんてありませんっ」

 

 

 宥めようとする先輩達――生徒会副会長・小山柚子先輩(操縦手)と、生徒会長・角谷杏先輩(まっつんと同じく、戦車長 兼 通信手)に、私は続く。

 前に一回触らせてもらった時、ライカが嬉しそうに言ってたんだ。

 父一人・子一人、お仕事で忙しいのにちゃんとお世話したり遊んだりしてくれて、誕生日プレゼントだって忘れられた事がない。

 そんなお父さんをあいつは尊敬していて、中学の時にプレゼントされたカメラをとっても大事にしてるの。それが写真を始めたきっかけ。

 まぁ、不法侵入自体は悪い事だと思うし、一回懲らしめた方のがいいとは思うけど、なにも壊そうとまでしなくても……。

 

 

『む、お父上の? そ、そうだったのか……? よく知っているな、武部』

 

『ほっほぉー。庇うねぇー。自分の旦那が馬鹿にされるのは嫌なんだ?』

 

「か、会長? だから、違うんですってばっ、あくまで一般論として……っていうか旦那ってなんですかっ? 私達はそんな関係じゃ……」

 

 

 ――けど、この言い分はあいつを擁護しているように聞こえたみたいで。

 自分達だってさっきは弁護してた癖に、なんで私の時ばっかり?

 慌てて、見えもしないのに両手を振って否定するんだけど、それはやっぱり伝わらなかったらしくて、通信手の皆は口々に変な事を言い出す。

 

 

『はいはーぃ、ごちそーさまぁー。干し芋がやけにあまーいなぁー』

 

『いい加減、素直になれば良いだろうに……』

 

「うぅ、だぁかぁらぁ……」

 

『でも、ライカさんも一途ですよねー。私も先輩みたいに熱烈アタックされてみたいなー』

 

『そこが良いんだよねぇ。ていうか、私今フリーなんでぇ、武部先輩が興味ないならアプローチかけた――』

 

「それはダメッ!!」

 

『……ほぅ』

 

『……わー』

 

『……ですよねぇ。あ~あぁ、帰って来てくれないかなぁ』

 

「……あ」

 

 

 そんな中、何故か私の口が勝手に動き出し、ゆっきーの言葉を遮っちゃってた。

 通信は途絶え、沈黙に物凄い気まずさを感じてしまって、咄嗟に車内の皆へ助けを求める。

 

 

「や、やだやだ、ちちちちち違うの、違うんだってばぁ! ね、ねぇ、皆っ!?」

 

「ご、ごめんね沙織さん。私、周囲を観察してないと……」

 

「運転中だ。話しかけるな」

 

「そう言えば、以前ライカ殿が差し入れてくれたチーズ入りのバームクーヘンは、最っ高に美味しかったですね~。ぜひまた食べたいです!」

 

「確かに、そうでしたね。でも、毎回頂いてばかりで、負担になってはいないでしょうか?」

 

「私に味方は居ないのっ!?」

 

 

 なのに、皆はこっちの事なんかお構いなし。

 冷たいっ! 世間の風は冷たいよっ!

 バームクーヘンなんて後で幾らでも食べられるじゃない!? 私どこで買ったか教えて貰ってるから、言ってくれれば買って来てあげるよっ!?

 ……はっ、そうかっ。

 みんな私に嫉妬してるのね? 美しいって罪なのねっ? あぁんっ、自分のモテ体質が恨めしいっ! ……モテてるのは一人にだけって言うなっ!

 

 

「ん……? ……沙織さん。双眼鏡、取ってくれる?」

 

「あ、うんっ、もちのろんっ、精一杯取らせていただきますっ!」

 

「ただ取るだけだよ……?」

 

 

 不意にみぽりんが双眼鏡を要求し、場の空気を変えるチャンスを見た私は、これ幸いと狭い車内を引っ掻き回す。

 そして、目的の物を見つけていそいそ手渡すと、彼女はそれを覗き込み――

 

 

「うーん……と……あ」

 

 

 ――何かを見つけたのか、とある方向を向いて動きを止める。

 そのままちょっと身を乗り出し、しげしげと観察している様子が見て取れたんだけど……。

 

 

「……んん? くち……? ……だ、い、す………………ふぇえぇえっ!?」

 

「えっ? どうしたのみぽりんっ?」

 

「障害でありますかっ?」

 

「だいす……サイコロ、ですか?」

 

「こっちは何も見えないぞ」

 

 

 ……はて? どうしたんだろう。みぽりんは頬を真っ赤にして焦り出す。

 見上げる顔はあわあわしていてとっても可愛らしく、ミニスカートから伸びる太ももが眩しい。

 やっぱり、足細いよねー。ムダ毛なんて一本も無いし、色も真っ白。同じ女の子の私から見てもスリスリしたいくらいだよ。

 

 

「いぃいぃいやぁあぁあ、えぇぇええっっとぉおぉ………………あ、そうか。私宛じゃないんだ」

 

 

 そんな太もも美人のみぽりんは、ふと何かに思い至ったみたいで、誤魔化すように後ろ髪を撫でる。

 彼女はそのままするっと車内に戻り、私の方に向き直って――

 

 

「えっとね、沙織さんに伝言。ライカ君から、『大好きです』、だって」

 

「……えっ? ラ、ライカが居るのっ?」

 

 

 ――あいつからの、愛の言葉を伝えてくれた。

 ライカ? えっ、嘘っ? だってここ、戦車道の訓練区域だよ? 立ち入り禁止の場所に指定されてるのに……。

 曲がりなりにも砲弾とかを扱ってるんだから、絶対に間違いが起こらないよう、監視も徹底してるはず……。

 前は、山菜取りのお婆ちゃんが紛れ込んじゃった事もあったし。

 

 

「うん。ついさっきまで、ギリースーツを着て向こうの山の頂上に。

 双眼鏡でこっちを見てたみたいで、その反射光に気付いたんだけど、ライカ君も私が見てるのに気付いたみたい。

 そしたら、口パクで『大好きです』って。最初、私に言ったのかと思ってビックリしちゃった」

 

「そう、なんだ……」

 

「蛇道の合宿って、あの山でやっていたんですね」

 

「立ち入り禁止区域のギリギリ外ですか。世の中狭いですね~。まぁ、距離的にはかなり離れてますけど」

 

 

 私の疑問は、みぽりんの補足によって解消された。

 そっか……。あいつも頑張ってるんだ……。まだ、見てるのかな……?

 ううん、それにしたって、こんな状況でまでも告白する事ないじゃない。そんなに私のこと好きなの?

 ……ばか、なんだから。

 

 

「着いたぞ」

 

「あ、うん。あんこうチーム、配置に着きました」

 

 

 ――と、車体がゆっくり制動し、同時に、麻子が模擬戦の開始地点に到着した事を教えてくれた。

 私はきゅっと顔を引き締め、みぽりんと他車輌にそれを知らせる。

 

 

『カバさんチームも到着した』

 

『ウサギさんチームも到着しましたぁ』

 

『アヒルさんチーム、到着でーす!』

 

『こっちもとうちゃーく。んじゃ、西住ちゃん、全隊指揮よろしくー』

 

「はい」

 

 

 間もなく、他の通信手達からも同様の知らせが届き、会長の言葉を受けて、みぽりんが静かに頷く。

 そして、ゆっくりと車内を見渡し、隊の皆としっかり顔を合わせてから、高らかに宣言した。

 

 

「それでは……。模擬戦、開始です! パンツァー・フォー!」

 

 

 合図と共に、Ⅳ号戦車は走り出す。

 なんでだろう。

 今日の模擬戦、負けたくない。負ける気がしない。こんな気持ち、初めてかも。

 ……本当に、なんでだろう。

 

 

「よぉっし! みんな、勝つよぉ!!」

 

「うんっ! 頑張ろう、みんなっ!」

 

「最初の時みたいに、この戦車だけで全車輌撃破してやりましょう!」

 

「非才の身ながら、全力を尽くさせて頂きます」

 

「うんうんっ、その意気その意気っ! 私もやるよー!」

 

「まぁ、模擬戦だから通信手なんにもやることないけどな」

 

「それを言わないでよぉ! せめて機銃とか撃ったりするからぁ!」

 

 


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