「おむにばす!」   作:七音

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最終話「嫌な予感がします……」

 

 

 

 

 

「はぁ……。う~ん……」

 

 

 今日、何度目かも分からない溜め息をつき、私は自室の天井を見上げ続けています。

 学校から帰ってきて、着替えもせずにそのまま。

 制服がシワになってしまいますが、どうにも、着替える気力すら湧きませんでした。

 戦車道の練習中、西住殿に「何かあったの?」と心配されてしまう有様です。

 その場はなんとか誤魔化しましたけど……。

 

 

(どうして、繋がらないんですか。もう一週間も経つのに)

 

 

 なんとなく携帯を取り出し、アドレス帳にあるダンチョー殿の項目を選択して……何もしません。

 ダンチョー殿の告白から、早くも一週間が経とうとしています。

 最初の二~三日は、罪悪感で電話を掛けようとも思えませんでしたが、このままでは駄目だと勇気を振り絞ってみたんです。

 でも、「お掛けになった電話番号は……」という自動音声が流れるばかりで、通じなくなっていました。

 

 

(やっぱり、私が傷付けたから……?)

 

 

 ジワジワと、心を蝕まれているようでした。

 どう考えたって、私がダンチョー殿の気持ちを拒絶したからに、決まってます。

 私みたいな戦車オタクを好きだと言ってくれたのに、自己弁護ばっかりで、答えようともしなかったから。

 ハッキリと断った所で傷付けるのは同じでしょうけど、こんな、後ろめたい気持ちにはならなかった……と、思います。

 ……ああ、駄目ですね。結局、ダンチョー殿の気持ちじゃなく、自分の事ばかり考えてます。

 本当にどうしようもないです、私……。

 

 

「優花里、入るわよー?」

 

 

 ぼうっと考え込んでいたら、お母さんの声とノックが聞こえてきました。

 返事をする前に入って来ちゃいますけど、特に隠すような物もないので、問題はありません。

 とりあえず、寝そべってないで起きましょう。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「どうかしちゃってるのは貴方の方でしょう。……ダン君と、何かあったの?」

 

「……え」

 

 

 図星を指されて、私は言葉を失ってしまいました。

 その間に、お母さんは「やっぱりね」と呟き、隣へ静かに腰を下ろします。

 返事ができたのは、優しく癖っ毛をワシャワシャされてからでした。

 

 

「なんで、分かったんですか」

 

「そりゃあ分かるわよ。お母さんだもの。

 ……というか、ダン君とのデートから帰って来てずっとよ? 何かあったとしか思えないでしょ。

 日に一度は聞こえてきてた、戦車関連の咆哮も聞こえてこないし」

 

「私、そんな事してたんですか……」

 

 

 なに当たり前な事を、とでも言いたげなお母さんの微笑みに、私はちょっとげんなりしちゃいました。

 いえ、戦車を好きな事は恥じたりしませんけど、知らないうちに雄叫びを上げてたとか、我ながら駄目だと思います。御近所迷惑です。

 あとでお隣さんとかへ謝りに行きましょう……。

 まぁ、それはさて置き、です。

 

 

「ダンチョー殿を、傷付けてしまったみたい、なんです」

 

「……ダン君を?」

 

 

 バレているのに一人で抱え込んでも仕方ないので、私はお母さんに、事の次第を話してみます。

 ダンチョー殿に告白されたこと。

 ちゃんとした返事を出来なかったこと。

 そして、今日まで一切の連絡が取れないことも……。

 

 

「そっかぁ。ダン君の方からアタックしてくれたんだぁ。なんか嬉しいわ」

 

「嬉しいって……。なんでですか!? そのせいで私はダンチョー殿をっ」

 

 

 場違いな明るい声に、私は思わず食って掛かります。

 ダンチョー殿が傷付いたのも、私が思い悩んでいるのも知らないで、と。

 ですが、お母さんは……。

 

 

「だって、大事に育ててきた娘を『好きだ』って言ってくれる子が現れたんだもの。

 母親としては嬉しいに決まってるわよ。お父さんは……荒ぶっちゃうかもしれないけど」

 

 

 また笑みを深くして、私の肩を抱いてくれました。

 ……やっぱり私、まだ子供なんですね。

 お母さんには、敵いそうもないです。

 

 

「でも、ノー眼中発言しちゃったのは失敗だったわねぇ。告白してフラれたんだから、傷付いていて当たり前よ」

 

「やっぱり、そうですよね……。私、ダンチョー殿にどう謝れば……」

 

「は? なに言ってるの? そんな事したら、傷口に塩とワサビと辛子とデスソースを塗り込まれるようなものじゃない! 絶対に止めなさい。謝るのだけは絶対に駄目」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

 

 お母さんに寄り掛かりながら、ちょっと弱気な発言をしてみるんですが、今度はピシャリと叱られてしまいました。

 意図せずフってしまった相手に謝るのは、拷問に等しい、という事でしょうか。覚えておかねば……。

 いえ、活用する場はもう無いと思いますけど。ダンチョー殿が好きになってくれたのだって、奇跡に近いと思いますし。

 

 

「それにしても、連絡が取れないのは心配ね……。他のお友達は何も知らないの?」

 

「それが……。なんと言って聞き出したものか、全く思いつかなくて……」

 

「聞いてすらいない、と。変なとこで臆病ねぇ」

 

「返す言葉もありません」

 

 

 ダンチョー殿の現在ですが、知ろうと思えば調べられるはずです。

 ライカ殿や自動車部の皆さん。最悪、生徒会を通じて連絡を取る、という手段だって。

 しかしながら、それとなーく事情を聞き出そうにも、どんな風に取っ掛かりを掴めば良いかすら思いつけず……。

 他校に潜入した時とか、エルヴィン殿と敵中突破した時なんか、自画自賛したくなる程の機転を発揮できたんですけどね……。

 

 

「ま、とりあえずそっちは置いときましょう。それよりも問題なのは、優花里。貴方の方」

 

「へ?」

 

 

 地味に落ち込む私のおデコを、お母さんの指がつっつきます。

 私の方が問題って、どういう事でしょう。

 そりゃあ私は、駄目だめダメな戦車オタクですけど……?

 

 

「ダン君に謝りたいと思ったのは、どうして?」

 

「どうしてって、そんなの当たり前です! 私のせいで傷付いたなら、謝るのは当然で……!」

 

「んー、そうじゃなくてね……。なんて言ったらいいのかしら……」

 

 

 まだ質問したい事を整理できていないのか、お母さんも難しい顔で悩み始めました。

 ですが、それも短い間。すぐにまた私へと視線を戻します。

 

 

「ねぇ優花里。ダン君の事は好き?」

 

「……好き、だと思います。でもそれは……」

 

「まだお友達として、なのよね。じゃあ、みほちゃんの事はどう?」

 

「敬愛してます! 尊敬しております! 西住殿が居られなければ、今の私はありません!」

 

「この食い付き様……。我が娘ながら呆れるわ……」

 

「あれ? 何か間違えました?」

 

「間違いじゃないんだけど……。まぁとにかく。

 ダン君の事も、みほちゃんの事も好きなのは分かったわ。

 じゃあ今度は、その二つの気持ちを比べてご覧なさい」

 

「比べ……で、ありますか? うぅむ……」

 

 

 途中、西住殿への気持ちを叫んだ所で、若干お母さんにも引かれような気はしますが、ひとまず置いといて。

 ダンチョー殿に感じている気持ちと、西住殿に感じている気持ちを比べる。

 むむむむむ……。

 

 

「どう? どんな感じ?」

 

「どんな感じと言われても、よく分からないです。

 戦車道で導いて頂いた恩がありますし、西住殿には凄く感謝してるんですが……。

 ダンチョー殿の事を考えると、それに匹敵するくらいの罪悪感を覚えると言いますか……」

 

「なるほどぉ……。意外と健闘してるわね、ダン君」

 

「はい?」

 

 

 何故だか、お母さんはしきりに頷いています。

 我ながらハッキリしない、中途半端な意見だと思っていたんですけど……。

 お母さんには別のものが見えてるんでしょうか? 訳が分かりません。

 と、首を捻っている間にも、話はどんどん進みます。

 

 

「じゃあ、次の質問ね。優花里はどうして、ダン君の告白を断ったの?」

 

「それは………………なんででしょう」

 

「聞いてるのお母さんなんだけど」

 

「ですよねぇ~。……あれ?」

 

 

 告白を断った理由。

 恋人同士という関係に、リアリティが無かったから。

 確かにそれも理由の一つだったはずですが、こうして考えてみると、少し物足りない気もしました。

 現実味が無かったと言うなら、私が戦車道を始めて、大切な仲間と戦車に囲まれる日々を送れるなんて、それこそ夢物語でした。

 でもその夢物語が、今の私の現実。

 例え想い描く環境にリアリティが無くても、身を置けば慣れてしまうと、私は知っています。

 なら、とりあえずOKしておいて、恋人という存在に慣れておいても……。

 いやいや、なに考えてるんですか私は!? そんな不誠実な真似、ダンチョー殿に失礼ですよっ!

 やっぱり私じゃ駄目です。

 私には、ちゃんと恋人やれる自信ありません。

 私なんかじゃ、ダンチョー殿を幻滅させて……。

 

 

「もしかしてなんだけど……。自分はダン君に相応しくない、とか考えてない?」

 

「っ!」

 

 

 心臓が、破裂するかと思いました。

 顔を覗き込むお母さんの言葉は、四号の75mm砲が如く、私の胸を穿ちます。

 

 

「そっかぁ。優花里はそんな風に考えちゃってたのね……」

 

「だ、だって! 私、戦車の事にしか興味ないし、戦車か歴史の話しか出来ませんし! ……全然、女の子らしくない、ですし」

 

 

 反射的に言い返そうとしましたが、言葉はどんどん尻すぼんでいきます。

 私には戦車しかありません。戦車を取り上げられたら、何も残らない。

 西住殿のような人徳も、武部殿のような愛嬌も、五十鈴殿のような感性も、冷泉殿のような知性も。

 そんな私が、誰かに想いを寄せられるはずがないと、予防線を張って、自分を守っていた。

 ああ……。そうだったんですね。

 私は、ダンチョー殿に失望されるのが怖かったから、曖昧な態度で逃げたんです。

 なんて、なんて馬鹿な事を。

 

 

「困ったわね~。これはダン君に賭けるしかない、かぁ」

 

「どういう事、ですか?」

 

「なんでもないわ。うちの娘が戦車以外ではポンコツだって、再確認しただけよー」

 

「うっ。事実ですけど、そんなハッキリ言わなくたってぇ……」

 

 

 ますます気分を落ち込ませる私に、溜め息混じりのお母さんが、意地悪く微笑みました。

 ジト目で唇を尖らせれば、また優しく髪をワシャワシャしてくれて。

 子供の頃からそうでしたけど、こんな風に頭を撫でられるの、やっぱり落ち着きます……。

 

 

「ん~。でもアレよ、お母さんの見立てが正しければ、多分なんとかなるわ。大丈夫」

 

「……本当に?」

 

「ええ。お母さんを信じなさい。ダン君は強い子よ」

 

 

 しばらくそうした後、やおら立ち上がったお母さんは、自信満々な声で断言します。

 根拠なんか一つもないのに、思わず信じたくなってしまう、明るい笑顔。

 お父さんはきっと、お母さんのこういう所を好きになったんでしょうね。もちろん、私も大好きですけど。

 今はまだ、解決策も見つかっていませんが。

 お母さんの言葉だけは信じたいと、そう感じる私でした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

(とはいえ、具体的に何をどうすれば大丈夫なんですかねぇ……?)

 

 

 月が沈んで日が登り、また新たな一週間が始まる月曜日。

 いつものリュックサックを背負った私は、一人トボトボと、通学路を歩いていました。

 結局、なーんにも解決しないまま翌日ですよ。

 お母さんの気持ちは嬉しかったですけど、せめて行動指針になるような……ヒントのようなものが欲しかったです……。

 

 

「ゆっかりーん! おはよー!」

 

「その声は、武部殿ですね。おはようござぃうわッ!?」

 

 

 悩み続ける私の背中に、一際明るく元気な挨拶が届きました。

 このルートで会うのは珍しいですが、間違えようがありません、武部殿の声です。

 ひとまず返事をしなければと、笑顔を作って振り返ったんですけれども、ビックリ仰天!

 なんと武部殿は、前日にスッポンと豚足と手羽先を食べたみたく、お肌がツヤッツヤのテッカテカだったからです!

 

 

「ど、どうしたの、ゆかりん。そんなビックリして」

 

「そりゃビックリもしますよ!? なんでそんなにツヤテカしてるんですか!?」

 

「あ。やっぱり分かるー? 実はね実はねぇ」

 

「うっ、嫌な予感がします……」

 

 

 明らかに普段と様子が違うチームメイトへと、私はつい問い掛けてしまったのですが、それが失敗でした。

 キュピーン! と瞳を輝かせた彼女は、これ以上ないほど幸せそうな顔で、“いつもの様に”惚気話を始めます……。

 

 

「昨日、日曜日だったでしょ? 華と一緒に、ライカが出る蛇道の無差別級試合、応援に行って来たんだー!

 でねでね! ライカがすっっっっっごくカッコ良くてさぁー、もう惚れ直しちゃったよー♪」

 

「さ、左様でございますか……」

 

「もちろん試合には勝ったんだけど、戦車道と試合運びが全然違うんだよ?

 連携は重要なんだけどね、それ以上に個人の力量が物を言う、みたいな感じで。みんな凄かったぁ」

 

「はぁ……。まぁ、蛇道は時々、一人で一個大隊を丸ごと無力化するような、超人も排出する武道ですから……」

 

「うんうん。ライカが必殺○事人みたいで凄いのは当然だけど、ライカの先輩さんが一人で何十人も足止めしちゃったり、助っ人の若さんが日本刀で暴れまわったり。

 あ、ダンチョー君が爆弾で橋を吹っ飛ばしちゃった時とか、映画かっ! ってくらいの大迫力だったよー」

 

「へぇー。若さん殿も蛇道やってたんですね――えっ!? だ、ダンチョー殿ぉ!?」

 

「きゃっ」

 

 

 これまたいつもの様に、話を右から左へ聞き流していた所、唐突に登場したダンチョー殿の名前で、意識が引き戻されました。

 私の食いつき様を見て、武部殿も驚いています。

 

 

「あ、あれ? ゆかりん、ダンチョー君が蛇道やってるの、知らなかったっけ……?」

 

「いやいやいやいやいや、知ってはいましたけど、え? 試合に出てたんですか?」

 

「うん、出てたよ。普通に。触発式信管の……ボムアロー? とかいうのを使って、隠れながら狙撃してた。ライカと同じで、隠れて行動するのが得意なんだって」

 

「そ、そうだったんですかぁ……」

 

 

 説明を聞けば、ドッと疲れが込み上げてきました。

 試合。試合に出てた? 連絡が取れなかったのは、それで?

 路地裏で見失ったのも、隠密活動を得意とするなら納得です。

 なぁんだ……。用事があっただけなんですね……。

 それだけで全部の説明がつく訳じゃありませんけど、ちょっとだけ安心できました。

 ですが、ホッと胸を撫で下ろす私を、武部殿は曇った表情で覗き込みます。

 

 

「でも、試合に出てたのを知らないなら、入院の事もまだ……?」

 

「え。入院……!? ど、どういう事ですか!?」

 

 

 安心できたのも束の間、今度は全身から血の気が引きます。

 に、入院って……!

 蛇道では戦車道と違い、全身を隙間無く覆う、最新式の気密性ボディアーマーを着て競技を行いますし、脱ぐと即失格ですから、滅多な事では怪我なんてしません。

 10トントラックに撥ねられたって、ビルの十階から突き落とされたって、地雷を踏んだって、至近距離で手榴弾を食らったって、倒壊させたビルの残骸の下敷きになったって。

 せいぜい、むち打ちや打撲で済むはずなんです。機械によるダメージ判定を行う点は戦車道と同じで、銃火器は実弾ですが、RPGとかは派手な花火程度の威力になってます。

 それが入院とか、一体どんな激戦が繰り広げられて……!?

 

 

「……ゆかりん。気になる?」

 

「当たり前です! 教えて下さい、どの程度の怪我なんですかっ、重症なんですかっ!?」

 

 

 やけに落ち着いた様子の武部殿へと、私は詰め寄っていました。

 もしかしたら、このまま。冷泉殿とその御両親のように、二度と会えなくなってしまうのでは……?

 あり得ません。あり得ないと分かっているはずの想像が、どうしても頭から離れないんです。体に震えが走るほど、怖い。

 

 

「今は、学園艦の病院に移ってるはずだよ。ゆかりん、行ってあげて。行かないと絶対に後悔すると思うから」

 

「え? で、でも……」

 

「先生は私が誤魔化しておくし、ね?」

 

「武部殿……」

 

 

 多分、青くなっているでしょう私の肩を叩き、武部殿が励ましてくれます。

 いつもの柔和な笑顔ではなく、包み込まれるような、とても暖かい微笑み。

 それに背を押されて、覚悟が決まりました。

 

 

「恩に着ます! 秋山 優花里、行って参ります!」

 

 

 かかとを鳴らし、全身全霊の敬礼で挨拶をして。

 私は、あらん限りの力で地面を蹴りだします。

 向かうは学校と反対方向――県立大洗女子、学園艦病院。

 学校なんて行ってる場合じゃありませんっ。ダンチョー殿、今行きますからね!

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 十数分後。

 どうにかこうにか学園艦病院に辿り着いた私は、息も絶え絶えのまま、受け付けでダンチョー殿の所在を聞き出し、三階にあるという病室へ飛び込みました。

 

 

「ダンチョー殿ぉ!」

 

 

 六人らしい大部屋で、こちらを振り向く入院患者の皆さん。

 非常に驚いている顔の中に、見知った人――ダンチョー殿も。

 

 

「……あ、秋山、さん?」

 

「はぁ……。はぁ……。はぁ……。あれ……?」

 

 

 緑色の入院着を着て、お見舞い品っぽいバナナを囓っている彼は、非常に血色が良く、左手にギブスをつけている以外は、まるっきり健康そのものでした。

 あ~……え……? ど、どういう事ですか? てっきり、重傷だとばかり……。

 

 

「ど、どうしたのさ。そんなに息切らせて。とにかく、ここ座って。ほら」

 

「ぁ、どうも……。あの……。武部殿、から……。怪我をした、と、伺いまし、て……。でも、あれぇ?」

 

「……それ、武部さんに担がれたんじゃないの? 大した怪我じゃないよ、オレ。骨にヒビが入っただけだし」

 

「なぁんだ……。武部殿も人が悪いです……って十分に重傷じゃありませんかぁ!?」

 

「ちょっと、そこの貴方! 病院内ではお静かに!」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

 

 窓際の椅子を勧められ、取り敢えずリュックを降ろし、腰も落ち着けた私ですが、割と酷い怪我にまた立ち上がってしまい、通りすがりの看護師さんに怒られて。

 同室の御老輩方にも、「彼女かい?」とか「羨ましいのぉ」とか冷やかされちゃいましたし、大人しくしましょう……。

 

 

「学校は? もう始まってるんじゃ?」

 

「サボっちゃいました……。あはは、生まれて初めてです。それより、怪我の具合いは……?」

 

「さっきも言ったけど、大したことは無いよ。

 試合が終わった後、帰りの連絡船へのタラップで派手にすっ転んじゃってさ。

 変な突き方しちゃったみたいで、全治三週間の、入院三日。いや、ダサいよねぇ」

 

「はあぁ……。試合中の怪我じゃ、なかったんですね……。私はてっきり、瀕死の状態なのかと……」

 

「まさか。蛇道が始まって半世紀、死人は一人も出てないよ? 四割殺しの重傷者はごまんと居るけど」

 

「不安度が増す情報を有り難う御座います……」

 

 

 ダンチョー殿は爽やかに笑っていますけど、半死半生より一割軽いからって、なんの慰めにもなりません。

 ……よく考えたら、設備や人員に限りのある学園艦の病院に移ってるって時点で、重傷じゃないに決まってるじゃないですか。私、どれだけ慌ててたんですか?

 ああぁ。窓の向こうで流れる雲が、「嘘は言ってないもんねー♪」とピースする武部殿に見えてきました……。こんなに疲れたのは久しぶりです……。

 とはいえ、このまま何も話さず帰るなんて絶対ダメですし、どうにかしないと……。

 

 

「あの……。ダンチョー殿? その……」

 

「そうだ。秋山さん、ごめん。何度も連絡くれたみたいなのに、返事も出来なくて。実はあの後すぐ、携帯の上に思いっきり座り込んじゃってさ」

 

「へ? ……じ、じゃあ、あのっ、連絡が取れなかったのは、単に携帯が壊れてただけ、なんですか!?」

 

「うん。いやー、尻ポケットに入れるもんじゃないね、携帯って。

 新しいの買うのに時間掛かったし、ライカの助っ人要請もあったから、身動き取れなかったんだ」

 

「さんざん人をヤキモキさせておいて、そのオチはなんなんですかぁあぁぁぁ」

 

 

 完全に脱力してしまった私は、ぐでー、とベッドの端に突っ伏しました。

 もう駄目です。さっきから肩透かしばっかりで、気力が根こそぎ持って行かれましたよ……。

 よっぽど酷い顔なのか、ダンチョー殿は申し訳なさそうにしています。

 

 

「……心配して、くれてたんだ?」

 

「急に連絡取れなくなって、しかも入院したって聞いたら、心配になって当たり前じゃないですかっ。ダンチョー殿は大切なお友だ――っ!?」

 

 

 身を起こし、反射的に不満をぶつけてしまう私でしたが、慌てて口を塞ぎます。

 考え無しだったせいで、推定NGワードを口走ってしまいました……。

 案の定、あの一件を忘れてしまったような、気安い雰囲気は霧散して。

 

 

「一つだけ、聞いていいかな」

 

「はい。なんなりと」

 

「……オレはさ、秋山さんの中で、どういう位置づけなのかな。ただの知り合い? 男友達? それとも……」

 

 

 とても真剣な表情で、ダンチョー殿は問い掛けてきました。

 それは、一週間前の続き。

 私なんかを好きだと言ってくれた人を、明確に、ランク付けしなくてはいけない。

 

 

「もちろん、大切なお友達……なので、ありますが。

 ライカ殿は武部殿一筋でしたから、事実上、初めての男友達でもあって……。

 色々と良くしてもらいましたし……。は、初めて、好きと言って下さった、方で……」

 

「……でも、恋人とかは、まだ考えられない?」

 

 

 もう、とにかく心苦しくて、申し訳なくて。

 私は無言で頷く事しか出来ませんでした。

 ダンチョー殿は、大切なお友達です。そのお気持ちに、応えたいと思う部分もあります。

 ……でも、それはまだ小さく、恐れの方が勝っています。

 今は私を好きだと言ってくれても、いつか、嫌われてしまうんじゃないか。

 そんな、産まれて初めて感じる、恐怖が。

 

 

「秋山さん」

 

「は、はい……」

 

 

 また、名前を呼ばれます。

 しかし、顔は上げられません。

 きっと今まで通りには戻れない。終わってしまう。

 あんなに楽しかった日々が、優柔不断だったせいで。

 だけど、それは確かに、私のせいだから。

 鼻の奥がツンとするのを我慢して、言葉を待ちます。

 この関係に決着をつける、ダンチョー殿の裁断を。

 

 

「悪いけどオレ、諦めないよ」

 

「……え」

 

 

 自分の耳が信じられずに、私はダンチョー殿へ顔を向けます。

 そこにあったのは、驚くほど柔らかい表情でした。

 柔らかで、でも、どこか逞しさを感じる……笑顔。

 

 

「考えてみたらさ。あのライカだって、武部さんを落とすのにあんなに時間掛かったんだ。

 告白さえすれば恋人関係になれると思ってた、オレが悪いんだよ。ヤキモキさせて、ごめん」

 

「な、なんでダンチョー殿が謝るんですかっ。悪いのは、ダンチョー殿の気持ちに気付こうともしなかった、私なのに……」

 

 

 頭を下げられてしまい、思わずワタワタと振り回した手は、やがて膝の上へとそれを落ち着かせます。

 謝りはしますが、どうしても二の句を継げない私に、ダンチョー殿はまた微笑んで。

 

 

「最初、断られた時はさ。ショックだった。けど、それでもやっぱり、オレは君が好きだよ。

 戦車を見つめて、目をキラキラさせてる君が好きだ。

 戦車に関する薀蓄を語って、得意気になってる顔が好きだ。

 戦車の整備を手伝って、油まみれになっているのにも気付かない、真剣な表情が好きだ。

 それから……。単なる男友達を心配して、学校までサボっちゃう優しい君が……大好きだ」

 

 

 最初、真っ直ぐにこちらを見つめていた彼は、次第に目を泳がせ始めます。

 頭を掻いたり、頬を掻いたり、照れ臭そうに。

 そして……。

 

 

「今すぐじゃなくていい。戦車の次にでもいい。

 時間を掛けて、いつか君に、オレを好きになって貰う。

 人間の中では一番好きになって貰うから、覚悟しといてくれよ?」

 

 

 いつかと同じようにニカっと笑い、握り拳を突き出しました。

 こんなの、反則です。

 もう駄目です。

 我慢できなくなった涙が、勝手に目から溢れていきます。

 

 

「え、ちょ!? な、なんで泣いて!? 泣くほど迷惑っ!?」

 

「ちが……違うん、です……。

 こんなに、好きだって言って、貰えたのが、嬉しくて……。

 でも、それにちゃんと、答えられな、い、私自身が、不甲斐なくてぇ……」

 

 

 慌ててティッシュの箱を取ってくれるダンチョー殿に、私はしゃくり上げるばかりでした。

 戦車以外に関しては優柔不断で、どうしようもなく情けない私を、それでも好きだと言ってくれる、優しい人。

 今の私を好きだと言ってくれて、その上で好きになって貰うと宣言した、強い人。

 嬉しくないはずがありません。

 まだ、恋愛感情とは程遠いのかも知れませんが、私だって確かに、ダンチョー殿の事が好きなんですから。

 

 

「ゆっくりで良いよ。

 ずっと戦車一筋だったんだし、急がないで。

 ……まぁ、古臭いセリフだけどさ。

 友達から始めない? もう一度、最初から」

 

「ダンチョー殿ぉ……っ」

 

 

 涙と鼻水で顔を汚す私へと、ダンチョー殿が右手を差し出します。

 また涙が出てしまいますけど、私は急いでリュックから除菌シートを取り出し、顔とか手とかを全部拭いてから、それを両手で握り返しました。

 

 

「はいっ。これからダンチョー殿は、私の大切な、初めての男友達であります! よろしくお願い申し上げますっ!」

 

「……はは。うん、よろしく!」

 

 

 ちょっと困っているようで、けれど、嬉しそうにも見える、ダンチョー殿の苦笑い。

 自然と私も、笑い返しています。

 多分ですが、完璧に前と同じ関係には、戻れません。

 私はダンチョー殿の気持ちを知っていて、彼自身、諦めないと宣言しました。同じで居られるはずが無いです。

 

 しかし、それで良いんじゃないかとも、今は思えるんです。

 変わっていくという事は、悪い事ばかりじゃないはずですから。

 私が戦車道と出会って、掛け替えのない仲間を得たように。

 また新しく、掛け替えのないものを得られる……かも知れない。

 頼りない可能性ですけど、信じたいと思います。

 握り合う手に喜びを感じる、私の心を。

 

 

 

 

 

 蛇足ですが、結局、サボった事はお母さんと学校にバレてしまい、この後メチャクチャ怒られました。

 ……誤魔化してくれるんじゃなかったんですか、武部殿ぉおおっ!?

 

 

 

 

 




 空気を読んだ御老輩方
(若いねぇ)
(青春だねぇ)
(儂も若い頃はブイブイ言わしたもんじゃ……)
(死んだ婆さんを思い出すのう……。ん? おおお、綺麗な川が見えてきよった)
(この目出度い時に何やっとんじゃ! 戻って来んかい!)


 ってな訳で、ゆかりん編の最終話でございました。友達以上恋人未満な関係。ありだと思います!
 さおりん編、華さん編とは違い、ダンチョー君とゆかりんは、ここからがスタートです。
 今までは戦車一筋だった彼女ですが、ハッキリと自分を好きだと言ってくれる男友達の存在で、ちょっとずつ“女の子”に目覚めていくんじゃないでしょうか。
 あ、さおりんは必死に誤魔化そうとしたんですけど、病院の方から連絡が入ってバレちゃった感じです。オチはつけないといけませんよね?

 さて。やっとこ六割、あんこうチームの三人のお話が終わりました。
 残るは麻子っちとみぽりんだけなんですが、またリアルが“超”慌ただしくなって来てますので、今度は本当に間が開きます。
 つっても今年中、早ければ来月、再来月末には更新できる……と良いな(希望的観測)。
 とりあえず、仕事のコネで富士総合火力演習に行けるかも知れないので、それを楽しみに頑張るんだぜ!
 ひゃっほう! 待ってろ一○式戦車ー!

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